第42話紅水仙
「知ってますよそれ。水仙には毒があるけどニラと似てるから間違えて食べちゃう事故があるらしいですね」
「う~ん、えりたんは知ってたかぁ。やるわね」
得意の雑学を披露したが絵理歌が知っていた為、知識マウントを取りたかった史は少し残念そうに唸る。
「あんたら何の話をしてんだよ。確かに紅水仙には毒があるが加工すれば薬に変わるんだぜ」
「こういう危険な地域にしか生息していないせいで効能は高いのに凄く高価なんですけどね」
地球の植物の話が分からないトールがあきれた様子で述べ、ジニーが補足した。
「毒も使いようによっては薬になるってことね。なるほど、勉強になったわ」
「ふふん、あんたら他所からきたんだろ? だったら知らないのもしょうがないさ。ちなみに紅水仙は見つけても必要以上に取ったらダメなんだぞ。希少な植物が絶滅しちまうからな。この国の法律で決まってるんだ」
絵理歌達に教えられるのが嬉しいのか、トールは嬉しそうに語り出した。
だが、その話は興味深いものだ。
地球でも利益になるからと希少な動植物を乱獲し、絶滅した種は数多くある。
それを文明レベル的に低いこの世界の人々が、すでにルールを作って実践していることに絵理歌達は驚いたのだ。
「とにかく採取して帰ろうぜ。早く司祭様を治してやりてえんだ」
「根を傷つけないように地面の土ごと採取してください。傷つけると成分が抜けて薬にできなくなります」
「鉢植えみたいにして持って帰るって訳ね。詳しいのね貴方達。私達だけだったらそこまで丁寧に採取しなかったと思うわ。連れてきて正解だったわね」
意外にも植物に詳しいトールとジニーを褒めると、二人は嬉しそうに笑みをこぼした。
聞けば教会では寄進の他に司祭が調合した薬を売って現金収入を得ていたらしく、手伝いをしているうちに詳しくなったとのことだ。
絵理歌達は根を傷つけないよう慎重に地面を掘り、必要な分の紅水仙を採取した。
「採取はできたけどもう夜になるし、出発は明日にして今日は休みましょうか。幸い紅水仙の浄化効果でアンデッドは湖に寄ってこないみたいだし」
メリア湿地にくるまで馬車で半日、その後の移動や戦闘ですでに日は暮れかけている。
野営の準備を終えるとトールが今まで見せたことのない神妙な面持ちで絵理歌に話しかけてきた。
「なあ、あんたはどうやってあんなに強くなったんだ? 俺は強くならなちゃいけねえんだ。頼む、教えてくれ!」
「いいけど、貴方には一目で分かる弱点があるわ。体が小さくてフィジカルが弱い。まずは基礎体力を鍛えるのが大事よ」
絵理歌の言葉にトールはショックを受ける。
トールは160㎝に満たない身長だが、絵理歌は167㎝と中一女子にしては長身である。
体重はともかく身長だけはどうしようもない。
「鍛え方を教えるのは構わないわ。あと、貴方ちゃんと食べてる? 食事も大事なトレーニングよ。強くなりたかったらいっぱい食べなさい」
絵理歌はPFCバランスや体重をグラムに変えて少なくても自分の体重の二倍たんぱく質を取らなければならないなど、筋肉を増やす為の栄養学を教えるがトールにはちんぷんかんぷんだったようだ。
「何を言ってるのか俺にはさっぱり分からねえ。そういうのはいいから鍛錬の仕方を教えてくれよ」
「はああ? 理論なくして筋肉は育たないのよ! 強くなりたかったら苦手だからいいや、じゃなくてやりなさい!」
「エリちゃんの熱血筋肉指導が始まっちゃったよ。こうなると止まらないんだよなぁ」
栄養学の大切さが分からないトールに絵理歌が厳しく指導する。
強くなるには苦手を克服して弱点をなくすことも必要なのだ。
絵理歌の熱血指導に晴香はあきれたように呟いた。
まだまだ人体の解剖学など教えたいことは沢山あったが、時間がないので一人でもできる自重トレーニングを教えることにした。
腕立て、腹筋、背筋、スクワット、懸垂の五つを限界までやることまではよかったが、筋肉は超回復ではなくストレス応答で太くなることや分割法などを教え出すと、またトールは「分かんねえよ!」と騒ぎ出した。
「もっと簡単なのを教えてくれよ絵理歌師匠!」
「おおっ! 異世界で巴理心流の門下生が増えた! やったねエリちゃん」
「えっ、弟子になるの? ……まあいいけど」
師匠と呼ぶトールを見て晴香が喜ぶと、絵理歌は満更でもなさそうに微笑んだ。
難しいことが分からないトールには一つずつ教えるしかないかと、今日のところは筋トレのフォームだけを教えることにしたのだった。
翌日、トールとジニーの紅水仙を早く届けたい思いを叶える為に絵理歌達は帰路を急ぐ。
行は馬車を使えたが帰りは使えないので徒歩になるが、今日中には帰れる予定である。
「暗くなってきたけど夜までには帰れそうね」
「そうですね。あれ……史さん、何だか町の様子がおかしくないですか?」
城塞都市ダンデライオンの城門が見える所まで帰ってくると、絵理歌が異変に気がついた。
町の各所から煙が上がっていたのである。
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