第40話生真面目な悪霊に安らかな最後を
メリア湿地は五百年前に大きな戦が行われた古戦場だった。
生前のレイスは魔術師団を束ねる団長として戦に参加していた。
「団長! 戦線は崩壊しています! 撤退しましょう!」
「ならん! ここで引けば王都は戦火に塗れてしまう! 我々は最後の砦、逃げ出す者は焼き殺すぞ!」
「そんな……」
生前のレイスが所属する国は相手国に押され、部下の魔術師に撤退を進言されるほど窮地に立たされていた。
だが、生前のレイスは生真面目な男で、国の為に盾となり最後まで戦う道を選んだ。
「嫌だあ! 俺はこんな所で死にたくない! 国には帰りを待っている人がいるんだあ!」
「ぐあっ!」
部下の魔術師はこんな所で死にたくないと、後ろから魔法でレイスを撃ち逃げ出してしまう。
後ろから不意打ちを受けたレイスは地に倒れ、立ち上がることができないほどダメージを負ってしまった。
(くそっ……このままでは国が……私はこんな所で倒れる訳にはいかないんだ……)
「おい、見たか今の? 団長が撃たれたぜ。逃げるチャンスなんじゃねえか?」
「逃げる前に団長に止めをささなきゃな。悪く思うなよ、あんたに生き延びられたら俺達が逃げたことがばれちまうんだ」
「や……止めろ……くそがああぁぁあああ!」
団員達は傷を負って動けないレイスに剣を突き立てて殺し、守るべき持ち場を放棄して戦場から逃げ出した。
レイス率いる魔術師団がいなくなったことで王国軍は瓦解し、王国は敵国に占領されてしまう。
仲間に殺された無念、国を守れず死にゆく未練の思いがレイスをアンデッド化させたのだった。
また、逃げ出した魔術師団の団員達も逃げた先で敵国の残党狩りによって殺されるのだが、それはまた別のお話。
☆☆☆
「俺は……王国魔術師団の団長……ここを通す訳には……いかぬ……」
「レイスが喋った……どういうこと」
景のレクイエムを聞いて苦しんでいたレイスは次第に落ち着きを取り戻す。
自我が戻ったかのようなレイスの言葉に絵理歌は戸惑っていた。
「戦は五百年も前に終わりました。貴方がここを守る必要はもうありません」
「そうか……私は死んで……戦は終わったのか……」
話ができるようになったと判断したジニーが話しかけると、レイスは現状を理解して悲しそうな雰囲気を漂わせる。
「君達に頼みがある。私を殺してくれ。もうこの世に存在し続ける意味はないようだ。その少女の歌で強力な聖属性の加護を得た君達にならできるだろう」
「貴方がそれを望むのなら私がやるわ」
殺してくれと頼むレイスに絵理歌は自分がやると買って出た。
レイスの言葉通り、景の歌に燐光がプラスされたことによって体に清浄な力を感じる。
ねむの魔力弾で傷を負った足はまだ痛むが、それも歌の力で動ける程度には回復していた。
「絵理歌さん、私からもお願いします。未練を残して亡くなった霊に安らぎを与えてください」
「任されたわ」
ジニーの願いも受けてレイスに近づく絵理歌を状態異常で動けない晴香達も見守っていた。
「いくよ、思い残したことはない?」
「頼む……もう私は生に疲れたのだ」
絵理歌はレイスの言葉に頷いて答えると、付与された聖属性の力を拳に集約させる。
右拳を脇の下に置き、後ろ重心のどっしりとした腰だめの構えから一気に前方に体重移動させて全力の正拳突きを繰り出した。
聖属性の力を纏った拳がレイスを捉えると先程とは違い確かな手応えを感じる。
絵理歌の拳を受けるとレイスは消滅し、消える瞬間顔の影は穏やかな表情になっていた。
「やったな絵理歌ちゃん!」
レイスの消滅を見届けると景が声をかけてきた。
「景さん……これで良かったのかな?」
「あいつも最後に笑ってたし、満足して逝ったんじゃねえかな」
「うん、そうだったらいいな」
そう言って絵理歌は景と笑い合う。
命懸けの戦いをした仲だったが、レイスは今の絵理歌では一人で勝つことはできない強敵だった。
あれだけの手練れが一人苦しみながら死ぬのではなく、心穏やかに逝くことができて嬉しかったのだ。
「ありがとう景さん。レイスが正気を取り戻せたのは景さんのおかげだよ」
「よせやい絵理歌ちゃん。仲間を助けるのは当然のことだろ」
絵理歌は素直に感謝を述べる。
五色の燐光を纏った景の歌がレイスの自我を呼び戻したのだ。
今回の一番の功労者は景だと思っている。
「えりたん、景ちゃーん! 私達のこと忘れてないー!」
「体が痺れて動けないよー! 解毒薬飲ませてー!」
笑い合う二人に史と晴香から助けを求める声がかけられた。
もちろん絵理歌も忘れていた訳ではない、ちょっと頭から抜けていただけなのだ。
絵理歌と景は解毒薬を取り出し、急いで治療に向かった。
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