第36話アンデッド
アンデッドの群れの姿は霧に隠れて見えないが、自分の存在をアピールするかのようにアンデッド特有の死臭を辺りにまき散らしていた。
強烈な腐敗臭に絵理歌達は鼻をつまむ。
「くっさ! なにこれ、腐敗臭ってやつ? こんなに臭うのね」
「あんたらBランクのくせにアンデッドとの戦闘は初めてなのか?」
「そういうあんたはどうなのよ? 戦ったことがあるの?」
「俺達は駆け出しだぞ。ある訳ねえだろ」
「何で偉そうなのトール君、私恥ずかしいよ……」
なぜか自信満々に言い放つトールに絵理歌達が非難の目を向けると、隣にいるジニーが申し訳なさそうに頭を下げる。
そうこうしているうちに取り囲んでいたアンデッドの姿が目視できるほど近づいてきた。
歩き回る腐った人間の死体、所謂ゾンビと動く骸骨スケルトンである。
ゾンビは丸腰、スケルトンは剣と盾を装備している。
「みんな知ってる? 大きく分けてゾンビは二種類いるの、歩くゾンビと走るゾンビよ」
「……史さん、それって映画の話ですよね?」
「気づいた? さすがえりたん、やるー」
「くそっ! あんたら緊張感ねえのかよ! 囲まれてんだぞ!」
ゾンビに囲まれた状態で雑談を始めた史と絵理歌にトールは怒り始めるが、二人は余裕の表情を崩さなかった。
「なんで雑魚相手にビビらなきゃいけないのよ。ねえ、えりたん」
「そうですね。新人冒険者にBランクの力を見せてやりますか。景さんお願い!」
「まああたしらも新人なんだけどな。よっしゃ! 久々に燃えるぜえ!」
景が久しぶりの出番に気合を入れてギターをかき鳴らし歌い始めると、体から赤橙黄緑の四色の燐光が迸る。
トールとジニーは景の歌と幻想的な燐光に目を奪われ言葉を失ってしまう。
「わたくしも久しぶりに行きますわよ! オラオラオラオラオラオラアアアア! ハチの巣にしてやりますわあ!」
「景さんとねむさん張り切ってるなぁ。私はフォローに回るか」
ねむも久しぶりの戦闘にはっちゃけ、四方八方から迫るゾンビにグロックの魔力弾を放ち弾幕を張る。
その様子を見て、絵理歌達前衛は弾幕を抜けてきたゾンビを各個撃破していく。
呆然と絵理歌達の戦いを見つめていたトールとジニーが正気に戻る頃には、ゾンビとスケルトンの群れは絵理歌達の連携によって殲滅されていた。
「何だよこれ……おまえらそんなに強えのかよ……俺との戦いでは手を抜いてやがったのかよ……」
「ショックを受けてる場合じゃないわよ。今の騒ぎでアンデッドが近づいてるから、急いでここから離れるわよ」
派手に戦闘したことにより周囲のアンデッドがこちらに集まりつつある。
絵理歌はトールに移動するよう促すがショックが大きいのか動かない。
「男の勝負にケチつけやがって! 真剣勝負は本気で相手をするのが礼儀だぞ! 帰ったらもう一度勝負だ!」
「私は男じゃないし、本気出したら君の体は砕け散るわよ。ま、本気で戦うかは君次第だけど、勝負するのは構わないわ」
「絶対約束だぞ!」
絵理歌は言葉を大切にしている人間である。
例え口約束であっても、一度口に出したことは滅多なことでは破らない女だ。
絵理歌はこの思想を他人に強制したりはしないが、自分ルールとして大切にしていた。
約束は絶対に守る女、それが巴絵理歌である。
帰ったら勝負する約束を交わし移動しようとすると「待ってください」とジニーに呼び止められた。
「このままではアンデッド化した人達があまりにも不憫です。時間はかかりませんので私に浄化させてください」
ジニーが地面に膝をつき手を合わせて祈り始めると体から魔力が放出され、周囲に散らばるアンデッドの残骸が浄化されて消えていった。
初めて見る光景に絵理歌達は息をのむ。
「私にできるのはこのくらいですが、亡くなったアンデッド達は浄化しました。アンデッドに元の肉体の魂はないとされるので気休め程度ですが……」
「すごいですわジニーさん! どこぞの役立たずのがきんちょとは大違いですわ!」
ねむが興奮した様子で褒め称えるとジニーは頬を染める。
控えめな喜びの表現にねむは「可愛いですわ」とジニーの頭を撫でて賞賛を送った。
「がきんちょって俺のことかよ……」
「ねむちゃんは無礼者は嫌いだからな、嫌われたんじゃねえか?」
ショックを受けがっくりと肩を落とすトールに、景が止めを刺すのだった。
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