第30話学者のシエル
「えりたんも妙な奴に目をつけられたわね。ご愁傷様。とりあえず一番怪しい迷宮に行ってみましょうか」
面白いことになってきたとばかりににんまりと笑いながら慰める史に絵理歌がジトっとした目を向けるが、まずは迷宮に行こうと話題を切り替えられる。
絵理歌は「……そうですね」と溜息をつくしかなかった。
一同は迷宮に向かい探索するが、特に怪しい物も人物も発見できず、何の収穫も得ることはできなかった。
翌日、新たな情報を得る為に冒険者ギルドを訪れると担当職員のビオラに呼び止められた。
「皆さんいいところに! 会って欲しいお客様がいらしてますので応接室までお願いします」
「お客? 誰のことかしら?」
「吸血鬼の専門家と言われる学者さんが情報を聞きつけて訪ねてきたんですよ。今回の事件について何か情報を得られるかも知れないですよ」
ビオラはそう言って応接室まで案内してくれた。
確かに吸血鬼の専門家ならば何か情報を持っているかもしれない。
今のところ何の手掛かりも得られていない絵理歌達がそう思い応接室に入ると、中にはギルドマスターのタコスと二十代中頃くらいの女性が話をしているところだった。
「ほあぁぁ、綺麗な人だね」
女性を見た晴香が見惚れたようにそう零す。
腰まで伸びた黄金色の髪は美しい光沢を放ち、磁器の肌は少し病的なまでに白く、彫の浅いさっぱりした顔の美人だった。
「貴方達が冒険者行方不明事件の調査をしているディステル会の方々ですね。初めまして、私はシエルと申します。って、なんか固まっちゃってますけどどうしたんですか? もしかして私の美しさに見惚れちゃいましたか?」
「うん……お姉さんすっごい綺麗」
「まあ嬉しい! 貴方達も凄く可愛いですよ」
晴香が正直に答えると、人懐っこい笑顔で嬉しそうに褒め返してきた。
絵理歌は人好きのする親しみやすい人だなと思った。
「みんな揃ったようだな。こちらのシエル嬢は吸血鬼について研究している学者さんだ。情報は漏れないようにしてたんだが、どこかから聞きつけてきたようだ」
「ふっふっふっ、ギルマスさん。人の口には戸が立てられないんですよ。私は吸血鬼についての情報は漏らさないようにしてますからね」
困ったように頭を掻きながら話すタコスによると、どうやらシエルは呼ばれてないのに勝手にやってきたらしい。
そもそも学者という人種は好奇心旺盛なものだ。好きな物事に対してアンテナを張っているのだろうなと絵理歌は得心した。
「……だそうだ。きちまったもんはしょうがないってんで、専門家の意見を窺ってたところだ。で、どうなんだ。やっぱり吸血鬼の仕業だと思うかい?」
「……まず間違いなくはぐれ吸血鬼の仕業ですね。吸血鬼にとって他種族の血は食事であり、力を増す薬でもあります。自分の血を分け与えることによって眷属にすることもできますので、目的はそのどちらかでしょうね。派手に動くとユナ陛下からの刺客に狙われるので、こそこそと隠れて悪事を働いているのでしょう」
吸血鬼の専門家だけにシエルは的確に行動理由を説明していく。
専門家の知識があれば手掛かりのなかった捜査も進むかもしれない。
アポもなしにやってきた招かれざる客であるシエルは普通であれば追い返されるところだが、臨機応変に応対したタコスの手腕でもあった。
「なるほどな。それで、犯人や潜伏場所の見当はついてるのかい?」
「そこまでは分かりませんよ。私もこの町にきたばかりですからね」
タコスの問いにシエルは両手を広げて分からないと表現した。
「ま、今この町に潜んでいるのは間違いないと思うので調査させてもらいますよ。今日は情報を共有する為にギルドにきたので、何か掴んだらお知らせします」
「それはありがたい。こちらでも情報が入り次第知らせよう。せっかく専門家がきてるんだ。ディステル会のみんなは何か聞きたいことはあるか?」
「はい! どうやったらそんなに肌を白くできるの? 色白で羨ましいな」
タコスの問いに晴香が空気を読まずに答えた。
だが、絵理歌もシエルの色白の美肌は綺麗だと思っていたので、心の中でナイス晴香と思っていた。
「学者は研究で室内に籠ることが多いですからね。あまり外に出ないのが美肌の秘訣ですよ」
「あちゃー。冒険者やってたら無理だなあ」
色白の美肌になりたかった絵理歌達は揃って肩を落とすのだった。
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