第29話トールとジニー

 指名依頼を受けた絵理歌達は調査を開始した。

 まずはギルドで掴んでいる行方不明事件の詳しい情報を教えて貰う。事件は現場で起こっているが、会議室で分かる事だってあるのだ。

 ディステル会を担当するギルド職員ビオラに詳細を訪ねてみた。


「行方不明になった冒険者は迷宮探索に行って帰ってこなかったケースが多いわね。でも、これって魔物にやられて死んじゃったんじゃないの? ボス部屋とかでさ」


「そうかもしれません。やっぱり冒険者の死因は迷宮探索中が一番多いですから」


「そうだと決めつけるのもよくないけど迷宮は怪しい……候補の一つといったところね。ありがとう、参考になったわ」


「こちらでも情報が入ったら報告しますね」


 ギルドの調査では迷宮が怪しいが確証はないということしか分かっていないようだ。

 ビオラに礼を言って外に出ると冒険者風の二人組が声をかけてきた。


「よう! お前らが最近有名なパーティーか? 俺と勝負しろ!」


「止めようよトール君……迷惑だよう」


「止めるなジニー! 有名になったこいつらを倒せば俺達の名が売れるんだ!」


 声をかけてきたのは男女二人組の少年少女で歳は絵理歌達と同じくらい。

 勝負しろと言う少年の言葉を面倒くさいと判断した絵理歌達は無視して逆方向に向かって歩き出した。


「待てよ! 勝負しろ!」


 無視された少年が怒って絵理歌の腕を掴んで引き留めようとするが、腕を振り払うと少年は尻餅をついた。

 絵理歌は少年を見下ろす。


「私達はお前らでもこいつらでもない。そんなに勝負したいならやろうか」


「くそっ、やりやがったな!」


 少年は立ち上がると剣を抜き放ち斬りつけてきた。


(なんて遅い剣、筋力が足りないから重い剣に振り回されているわ。安定してないから刃筋も立ってないし、この子かなり……)


 弱い、少年の剣を余裕を持って躱す絵理歌はそんなことを考えていた。

 もっとも日本刀と違い斬ることではなく叩くことを目的にした剣なので、そこまで刃筋は重要ではないのだが、この少年は体のサイズに合わない大きめの剣を振り回していたので一振りするたびにバランスを崩している。

 振り下ろした少年の剣が地面に突き刺さると、絵理歌は剣を踏みつけ動きを封じ逆の足で少年の顔面を蹴り上げた。


「がはっ」


 加減した蹴りだったが少年は後ろに吹っ飛び大の字に倒れ意識を失った。

 絵理歌が胸倉を掴んで引き起こし頬を張ると少年は目を覚ます。


「まだやる?」


「当たり前だ! 勝負はこれからだろ!」


 答えを聞いた絵理歌はもう一度頬を張ると乾いた音が響く。

 少年の眼が死んでいないことを確認した絵理歌がもう一度頬を張ろうとすると連れの少女が割って入ってきた。


「止めてください! トール君の負けです! ごめんなさい許してください!」


「なっ、ジニーお前、俺はまだやれるぞ!」


 飛び込んできた少女は絵理歌の腕にしがみついて叫ぶ。

 その必死の表情にほだされ、絵理歌は一つ息をついて少年を放した。


「ありがとうございます! ほら、トール君も謝って!」


「へん! 俺はまだ負けてねえ!」


 少女が謝るよう促すが負けん気の強い少年は謝らない。

 いきなり喧嘩を売るのはよくないが、始まった以上は負けたと思わなければ負けじゃないと思っている絵理歌は勝負はまだついていないと思っていた。


「本当にごめんなさい。私はジニーと言います。このトール君とチームを組んでいる新人冒険者なんですが、トール君が近頃話題のディステル会を倒して名を売ろうとして喧嘩を売っちゃったんです」


「謝らなくてもいいよ。時間があれば相手をするのは構わないから」


 ジニーは何度も謝りながらトールに肩を貸して去って行った。

 帰り際にトールが「決着は次だぞ!」と叫んでいたことからまた戦うことになると絵理歌は思う。


「あんな弱い子の相手するなんて、エリちゃんにしては珍しいね」


 戦うのは好きだが弱い者いじめを嫌い、弱い者より強い者との戦いを好むのが巴絵理歌である。

 絵理歌をよく知る幼馴染の晴香が疑問に思うのも無理はなかった。


「そうだね、しつこかったからかな?」


「あの子またくるだろうな、エリちゃんのことロックオンしてたし次もよろしくね」


 それを聞いた絵理歌は、少しうんざりした顔で頷くのだった。

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