第26話大将戦
「ただいまー。疲れたよー!」
「お疲れ晴香。加減するの大変だったでしょ?」
「あっ、分かっちゃった?」
副将戦を終えて帰ってきた晴香は疲れた表情をしていた。殺さずに倒す為に力のある打突で峰打ちを当てなければならなかったのだから無理もないだろう。
そう、殺すだけなら簡単だったのだ。晴香のスピードなら人間相手に鎧の隙間に剣を通すことなど容易いのだから。
殺しは反則負けになるし、絵理歌達との約束もあった為殺さなかったのだ。晴香は約束を守る女なのである。
「ウチもうへとへとだから、エリちゃん後は任せるね」
「任された! ゆっくり観戦しててよ。支援タイプの景さんまで回させないから」
「ありがとう絵理歌ちゃん。あたしも戦えたら良かったんだが……」
「景さんには迷宮でいつもお世話になってるから、ここは私達に任せてよ」
消耗した晴香と交代して絵理歌の出番がやってきた。ここで絵理歌が負ければ後方支援型の景まで回る事になるので負けは許されない。
今までの仲間達の戦いや負けられないプレッシャーに絵理歌の心は熱く燃え滾る。強敵との戦いに期待を膨らませ試合場に上がった。
モーニンググローリーの大将は幽鬼のような雰囲気を漂わせる中肉中背の男だった。武器も持たず、とてもやる気があるとは思えない覇気のない表情をしているが、得体の知れない凄みを感させる男だ。纏っている気がそう感じさせるのか、死の臭いを漂わせていた。
(この男……一見するとどこにでもいそうな雰囲気だけど、何人も、いえ、何百人も殺していそうね。凄腕の暗殺者かしら?)
相手の異様さを敏感に感じ取る絵理歌に男が声をかける。
「どうも、ディステル会の巴絵理歌さん。私はモーニンググローリーのリーダーをしているニルと申します」
「名乗ってもいないのに私の名前を知ってるのね」
「そりゃあディステル会はスーパールーキーとして有名ですし、情報は金にも勝る価値がありますから有名どころはもちろん、気になれば無名な方々まで調査済みですよ。もっとも、貴方達に興味があったので個人的に調べていたんですがね」
ニルは興味のある対象に出会えた事が嬉しいのか嬉々として語る。
初対面の得体の知れない雰囲気の男が自分を知っている事に絵理歌は嫌悪感を抱く。
「貴方と親しく話す義理はないわ。お互い素手のようだし、後は拳で語りましょう」
「ふふふ、それは残念です。拳で語れと言うならそうしましょうか」
「二人とも準備はいいな? それでは、始めい!」
両者の戦意の高まりを感じ取ったレフリーが試合開始を告げた。
ガードを上げてリズミカルにステップを踏む絵理歌に対して、ニルはゆらゆらと体を揺らし緩急をつけた独特な歩法で絵理歌を中心に円を描くように回り始めた。
(独特な変則スタイルね。緩急のせいで動きが読み難いし、実際よりも速く感じるわ)
絵理歌はニルの変則スタイルに戦いづらさを感じる。
そんな絵理歌の心を見透かしたように、ニルの描く円が狭まり攻撃を仕掛けてきた。
絵理歌よりも背の高いニルはリーチ差をいかし間合いの外からフリッカー気味のジャブを放つ。
「――ちっ」
ジャブをパリィしようとした絵理歌だが、突然バックステップで距離を取る。
ニルのジャブが触れて切れたのか、絵理歌の腕と頬から鮮血が流れた。
絵理歌は頬から流れる血を拭い口端を吊り上げる。
「素手のふりをして暗器とはね。やってくれるじゃない」
「あれぇ、今ので決まると思ったんですが、目が良いですね。噂通りお強い」
暗器とは所謂隠し武器の事で、現在ニルは拳を握り何も持っていないように見せているが、恐らく手の内に握り込んで隠すタイプの暗器だと絵理歌は予想した。
巴理心流でも暗器は扱うので絵理歌も多少の知識はある。
手に握り込むタイプの暗器は小さな刃物か鈍器が主流なのでそのどれかだろうが、武器種が分からない以上警戒を強めるしかない。
「今度は当てますよ!」
ニルは打撃が届くはずもない距離から腕を振り回してきた。
意味のない攻撃はしないだろうと、強者に対してある種の信頼を持つ絵理歌が手の動きを注視する。
すると、届かないと思われた距離にいた絵理歌に向かって何かが飛んできた。
刃物だった場合致命傷になる為、大きく躱した絵理歌の目は暗器の正体を確かめていた。
「分銅鎖か、厄介な物使ってるわね」
「ばれたようですねぇ。まあ、正体が分かったところで躱せませんが」
ニルは暗器の正体がばれた事に動揺した様子もなく、両手に一つずつ持った分銅鎖をブンブンと振り回し、独特の歩法で距離を詰めてきた。
絵理歌はダメージを覚悟して気を放出し、分銅鎖をぎりぎりで躱して懐に飛び込んで右ストレートのカウンター、ライトクロスを打ち込む。
「凄いパンチですねえ。とても女性のものとは思えないですよ。だが、私には届かない」
「ぐ……うう……」
だが、絵理歌のパンチはニルが持つもう一つの分銅鎖に受け止められ、躱したはずの分銅鎖が絵理歌の首に巻き付き締め上げていた。
ニルの分銅鎖は、まるで意思を持っているかのように自由自在に動いていた。
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