Lv.8 好きなのはお前だ″K.A″


こんなにも分からなくて理解できない、俺を振り回す人間なんて後にも先にもコイツだけだろう。






バカな子ほど可愛いと言うが、それはコイツ限定の言葉だと思う。

今まで………否、これからもバカな人間に興味の欠片もわくことはないだろうが、コイツだけは別。


だが俺の彼女、バカを超越しつつあるらしい。





今俺は、目の前で必死に何か訴えている音葉の言葉を理解しようと戦っていた。


「麻生君!もうこんな嫌がらせみたいなことしないで良いから!………そりゃあね、正直に言うなら楓君のことは悲しい気持ちもあるけど。でもね!二人のこと応援するって決めたから!今の私は無害です!」

「………………………。」


よくぞここまでペラペラ舌が回るものだと感心する。

しかし嫌がらせとは何を言っているのか。


それに何故楓の名前が出てきたのかわからない。




(よくわからないが、要するにアレか。)


「……ヤキモチ、か。」

「え?麻生君が私にってこと?これだけ言ってもまだ信用してくれないの!?」

「……何を言っている。お前が、だろ。」



どうして俺が音葉に妬かなくてはいけないんだ。


流れから言って音葉が俺と仲の良い楓に嫉妬、と言うのが妥当だろうに。

照れているのか、素でボケていのか。


一度で良いから音葉の頭の中を覗いてみたいものである。




「私!?そ、そりゃちょっとは妬いてるかもしれないけど……。でもだからって二人の仲を裂こうとか、そう言うわけじゃないんだよ!」

「?当たり前だ。ヤキモチくらいで俺達の仲が壊れるわけないだろう。それくらいでお前の事が嫌になる心が狭い男だと思っていたのか?」


本当に素直じゃない奴だと思う反面、そんな音葉も可愛いと思う俺は本当に俺らしくない。



それにしてもたかだか嫉妬くらいで俺が自分から離れていくと杞憂していたとは。


俺はそんな小さな男に思われているのかとイラつくが、それだけ音葉が俺を想ってくれていると言う事なのだろう。

自然と口角が上がる。



ならば俺が音葉だけのものだと証明すれば、音葉の嫉妬も収まるだろうと結論づける。


今まで照れ屋な音葉に合わせ、抱き締めるだけにしておいたが、これを期にキスの一つくらいするのもありだろうと、人目につかない場所に移動するため音葉の腕を掴み足を踏み出す。


俺はここでキスしても良いが、照れ屋な音葉のことだから人がいる所でキスをすれば、照れ隠しに怒ることなど想像に容易い。



それにしてもここ数日、学校で何か行事があっただろうか。


何故か数日前から、音葉と俺が話している時に限り、きゃーきゃーと女達が煩わしいくらいに騒ぎだすのだ。

麻生君頑張って、押せ押せ、などと言ったよく分からない応援混じりの叫び声を。

だから俺は何かの種目に参加していたか?と隣の席の三橋?に聞いたところ、気にするなと返された。


我がクラスながら不思議なものだ。


結論から言えば音葉以外が何をしてようと興味はないから放って置いているが。




しかし先程から、歩こうとすれば音葉が足を踏ん張って歩みを止めようとしているが、新手の遊びだろうか。


「こ、殺される!お願い!だ、誰か助けて!」



…………………高校生にもなって誘拐ごっことは。



(…どれだけ構って欲しいんだ。)


俺なりに構っていたつもりだったが、音葉にとっては足りなかったのだろうか。

これからは出来る限り傍にいようと、俺が強く決心し直すのは、この直後である。




「何度でも言うけど私、無害だから!麻生君と楓君が付き合ってるってちゃんと理解してるつもりだし、もう諦めたから!」

「………。何を言っている。」


悩んでいたからとは言え、どれだけ酷い妄想を繰り広げていたんだ。

音葉の妄想癖がここまでとは。


流石に度肝を抜かれた。



これはキスよりも二人で話し合う必要があるだろうと掴んでいた腕を放し、変わりに音葉自身を肩に担ぐ。

俵担ぎにしてから、横抱きの方が良かったかと一瞬悩むが、音葉が大人しくしているのでこれで良いかと、そのまま屋上に向かうことにした。




――早く音葉を安心させてあげたい。


そう思うのになかなか屋上へは着かず、それどころか屋上への道のりがいつもより長く感じる。

ちっ、と思わず舌打ちが漏れる。


落とさぬよう、さらにがっしりと腕に力を込めた俺は、階段を何段か飛ばして駆け上がる。

音葉から悲鳴のような声が上がり、スピードを抑えたが、鼻声のような笑い声も聞こえ、どうやら楽しんでいただけだとわかり、それならばとまたスピードを上げた。



屋上に着いた俺は、音葉を落とさぬよう細心の注意を払い制服のポケットを探る。

危険だと言う理由で屋上に通じるドアには普段から鍵がかけられているが、入学当初、担任の女教師に屋上に入れないのかと尋ねたところ、翌日「他の人には秘密よ」と鍵を渡されたのだ。


屋上の鍵を。



ポケットから取り出したそれを鍵穴に差し入む。

ガチャリと鈍い音がしたのを確認した俺は、屋上に足を踏み入れると、音葉をゆっくりと下ろした。




「うわーっ!!私、学校の屋上って初めて入ったよ!」


初めての場所で興奮しているのだろう。

ちょこまこと動きまわるその姿が、小動物のようで微笑ましい。


暫く好きにさせてやろうと、ドア横の壁に寄り掛かりながらその様子を見守る。




………が。 何度となくつまずくその姿に、いつ何時大怪我なんどきおおけがをするのではないかと気が気じゃない。

そろそろ落ち着かせるべきかと考え始めた矢先、俺の気など知るよしもない音葉はフェンスに近づくとそれにしがみつき、下の方を覗き始めた。



音葉のことだ。

フェンスごと落下するかもしれない。

どれだけ手の掛かるヤツなんだと思いながら、そんな彼女に近付いて行く俺は今、きっと微笑わらっている。



「上から見るとこんな風に校庭が見え、る!?ちょ、無言で背後に立つの止めてよ!って近い!近いからね!?」

「落ちたら大変。」

「フェンスがあるのに!?絶対落ちないから!私、そんなバカじゃないよ!」

「……自分のことをもっと知った方が良い。」

「どういう意味でしょう!?自分のことは自分が一番わかってるつもりですけど!?」

「いや、音葉は何もわかってない。」

「……じゃあ何がわかってないっていうの?」


そこまで言うなら言ってみろ、と意気込む音葉に、たくさんある中の何から言ってやろうかと考える。


そんな俺を見つつ、何故か勝ち誇ったような顔をした音葉はポケットからのど飴を取り出すと、その包みをを乱暴に破り口に放り投げた。



(……そんなに急いで包みを開けなくとも、誰も盗らないだろうに。)


柚子はちみつのど飴。


これは音葉と俺が付き合っているのが発覚して、音葉が持ち歩くようになったもので、少しでも俺に良い声を聞かせたいという音葉の配慮なのだと思う。

そんなものを舐めなくても俺は、彼女の声が今まで聞いてきた一流の音楽より素晴らしい音色だと言うのに。



本当に彼女は自分のことを何一つわかっていない。



「……例えば、」

「…例えば何?」

「自分がどれだけ俺に愛されているか、とか?」


意地悪く口角を上げれば、ガリリッと、音葉の口内から飴の砕ける音が屋上に響いた。



「な、何言って、」

「その声がどんな楽器よりも素晴らしくて、その笑顔がどんなに俺を惹き付けていて、くびれた腰のラインがどんなに俺を欲情させているのか、音葉は自身の事を何もわかっていない。その瞳が、」

「ストップストップストップ!もう止めて!お願いだからそれ以上喋らないで………!もう本当嫌がらせはいいから!楓君は麻生君のものだって言いたいんでしょ!?」


一瞬で赤に染め上げた顔を、音葉がその小さな手で隠す。


その顔色から、俺の気持ちがちゃんと伝わっていると確認出来るのに、それでもなお楓なんかに嫉妬するとは。



「……楓はたしかに俺の僕。それだけの価値しかない。だから音葉があんな男に嫉妬する必要はない。俺が好きなのは音葉だけ。」

「うん、わかってるよ!楓君は麻生君のしもべなんだよね!だからもう嫌がら、………し、しもべ?」

「そう、しもべ。」

「えっ?二人は付き合ってるんだよね………?」

「…何を言っている。俺が楓なんかと?はっ、冗談だろ。気持ち悪い。俺が付き合ってるのはお前だろう。」

「だってこの前、麻生君、『楓は俺の』って言ったじゃない!」

「?言ったけど?楓は俺の“僕”。」

「わ、私の勘違いだったってこと?………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぎゃあああああああああああ!私のバカバカバカ!本当バカ!だから美和ちゃんが笑ってたんだ!もう嫌!穴があったら埋まりたい!麻生君が楓君は俺の、なんてまぎらわしい言い方するから、」



(………ああ、なるほど。)


ようやく俺は、最近の音葉を理解することが出来たらしい。

最近やたら楓に妬いていると思ったら、俺の言葉が原因だったのか。



(…ならやっぱりやることは決まっている、)


俺が音葉を、音葉だけをどんなに好きなのか、ヤキモチなんて妬かせる暇を与えないほど伝えれば良いだけだ。




1人で百面相する音葉の顎に触れ、上を向かせる。


そして俺は、何か喋ろうとしていた音葉の口を塞ぐように、俺のそれを重ね、今まで言葉が口にしていた嫉妬の言葉を絡めとるように、そこに舌を差し入れた。



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