Lv.7 勘違いは誰だ


「ありえないありえないありえないありえない!ありえない!!」





「音葉うるさいわよ。」

「例え全ての女子が許しても、私は絶対許さない!」

「うるさいって言ってるでしょーが。」



ガツン、と。

美和ちゃんの、普段の声質より多少低くなった声と共に落ちた頭への衝撃に、もともと机に突っ伏しながら愚痴っていた私は、あごと舌にまで痛みが走る。





「ひ、ひひょいよ、みわひゃん!」


それに対し恨ましげに美和ちゃんを見れば、


「酷くないわよ、私がうるさいって言ってるのに騒いでた音葉が悪いんじゃない。」


逆に睨み付けられてしまい、慌てて目をそらした。






まだ1時間目すら始まっていないのに、ドッと疲れが押し寄せてくるのも、美和ちゃんに叩かれる切っ掛けを作ったのも………………全てはにっくきアイツのせいだ。




「…美和ちゃん、もううるさくしないから、」


あいつを何とかして。




突っ伏したままで、若干ふて腐れながら助けを求めてみれば、私には無理よ、とスパッと切られてしまった。


私には無理よ、の後に面倒臭い、と続く気がするのは、私の考え過ぎだろうか。


……悲しくなるので気のせいだと思うことにしよう。







「……音葉、大丈夫?元気ないけど。この女に虐められた?」


私が反応するよりも早く、突っ伏したままの私を椅子ごと抱き締めたのは、最近ストーカーだと判明した男。



麻生奏である。





この麻生奏と言うストーカー、何故だかわからないし、わかりたくもないが、家に泊まりに来てから何を根拠にしているのか。


いまだ私を自分の彼女だと多大なる勘違いをしているのだ。




「麻生君?私も毎日毎日まいにーーち!同じ事言いたくないんだけどね?いい加減私に抱きついてくるのやめてくれない!?」

「そうよ。確かに音葉をからかうのは楽しいし、面白いのは理解出来る《わかる》けど。毎日こうも五月蝿うるさいと私が迷惑するの。いい加減音葉を困らせてるって事実に気づいた方がいいんじゃない?

“しつこい男は嫌われる”、流石に世間知らずのお坊っちゃまでも知ってるわよね?」

「……困らせる?意味がわからない。今抱きついてるのも音葉に元気を分けてるだけ。」

「はっ!そこまで幸せな頭だと笑えてくるわね。」

「俺もアンタの顔見てると笑えてくるけど?」



(えっ、何このブリザード。)




口ではなんだかんだ言いつつ、いつもいざとなったら助けてくれる友情に感動…………………したいところなのだが、音にしたらバチバチと。


この二人の間で見える筈のない火花が激しく散っている気がして、それどころではなくなってしまう。



それにプラスして、二人の周りに、激しい吹雪が見えるのだから私の目はどうなってしまったのか。



否、幻覚が現実となって見えているのはきっと私だけではないのだろう。



その証拠に『また始まったよ』的な、ここ最近日課となっている私達3人のやり取りを傍観していたクラスメート達も、2人の言い争いがヒートアップすると顔色が悪くなり、自分に矛先が回らないようにするためなのか、この2人を視界に入れようとはしない。




ちなみに麻生君が私に引っ付いてくることで、いつ何をされるかとひやひやしていたが、クラスメイト初め、他クラスの麻生君ファンの女子も初めこそ私と麻生君のやり取りに殺意的な何かを含んだ視線を送って来ていたけれど、何度も私達のやり取りを見ていたせいなのか。


今では一部を除き、大体の麻生君ファンの女子から向けられる視線が、同情めいたものに変わっているのだから逆に居たたまれない。





そうしているうちに、キーンコーンと鳴り響く、救いの音。


「麻生君、チャイム鳴ったよ。」


ようやく外された麻生君の腕に、心底安堵の息が溢れる。





「音葉。少しの間、寂しいかもしれないけど、泣くな。同じ空気吸ってるから、ね?」

「……麻生、アンタ素で気持ち悪いわ。」



(うん、美和ちゃん、)



それは切実に同意見です。







当たり前だが、始まりがあれば終わりもある。



キーンコーンと、短いようでとてつもなく長かった、本日の学校生活の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。




「美和ちゃん、今日クレープ食べて帰らない?なんか疲れてるせいか無性に甘い物が食べたくて。」


チラリ。


「そうね、丁度私も最近どこからともなく湧き上がってくる害虫のせいで、甘い物が食べたいと思っていたところよ。」


チラチラリ。


2人、ストレス疲れの原因の人物を警戒して、そいつに目を向ける。


そこで気付いたのは、いつもチャイムが鳴ると同時に飛んでくるアイツが、いまだ席に座ったままだということ。



(……どうして来ないんだ。)



否、誤解しないで頂きたい。



これは寂しさを感じているとかそういう類いのものではなく、(寧ろもう私に近付いて来ないならそれに超したことはない)アイツ、麻生奏が静かだと何か良からぬ事を企んでいそうで怖いと言うか不気味と言うか……。


とにかく、ヤツが何故ゆえ席を立たないのか非常に気になるところだが、そんな自分の思想にハッとしてブンブンと首をふる。




(よく考えろ自分………!)


アイツが何をしようと私が気にする必要なんて一つもない。


むしろ今のように気にしていたら、ヤツの思うつぼだ。



そう、これはチャンスなのだ。



「美和ちゃん!今のうちに早く行こう?」

「そうね、帰りましょ。」


そうと決まればこうしちゃいられないと、早急に荷物を詰め込む。

言っても、机の中に入れて置いたアメとかチョコと言ったちょっとしたお菓子とか、宿題のプリントとそれに使う資料くらいのものだけれども。





「か、奏!お前それ………!」


それらを仕舞い終わり、いざいかんとした時、私の唯一の癒し、楓君の、珍しくも慌てたような声が教室の中に響き渡り、美和ちゃんと2人、足を止めてしまった。



「えっ、ちょ、落ち着けオレ…………!深呼吸、深呼吸、っと。……よし!なんでお前がこんなもん持ってんのーー!?」

「うるさい。勝手に人の物を覗くな。これを見て良いのは俺だけだ。社会的に消されたいのか。」


ワタワタと身振り手振り慌てる楓君の姿にキュンとするの半分、アイツが関わっている事で心配が半分。


けれど事態がよくわからない私と美和ちゃんは、顔を見合わせ首を捻る。



「これちょっと幼いけど、音葉ちゃんだろ――!?し、しかも音葉ちゃん、まさかのビキニ!?」



その瞬間、音が消えた。


騒がしかったクラス内のざわめきが一つ残らず。




まだ何か叫んでいる、いつもなら永遠に聞いていたい楓君の声が、もうよく聞き取れない。


唯一聞こえるのは、ふつふつと沸き上がってくる怒りの音。




「楓君、今、私がなんとかって言わなかった……?」


怒りで震えているせいか、足元が覚束ない。


けれど確実にゆらりゆらゆら、怒りの原因に足を動かす。



そして私は標的の元に着くと、ソイツの手中にある一枚の写真を光の早さで取り上げた。



「~~っ!なんでアンタが私の中学の時の写真持ってるのよ!?し、しかもなんでよりによってこの写真!?」


これは中学最後の年、友達と海に行った際、ビーチボール片手に撮ったものだ。


まさか数年後、盛大なる勘違いをかまし続けるこの男にこの写真が渡るとは予想つくわけもなく、写真の中の私は無邪気に笑っている。


だから周りの迷惑を省みず、大声で叫んでしまった私は何一つ悪くないのだ。


誰だって毛嫌いしている人物が、自分の、しかも水着姿の写真を持っていれば、実際上げるかどうかは別として、叫び声の一つや二つ上げたくなるのではないだろうか。



「この写真?貰った。」

「貰ったって誰によ!?」

「そ、そうだよ!誰に貰ったって言うわけ?」

「音葉の母、つまりは俺の義母。」

「義母とか言わないでくれる!?あーもー!お母さんってばいつの間にこんなの渡したのよ!」

「……昨日?」

「まさかの昨日!!えっ?ここは麻生君が勝手にうちの母と会っていたことをツッコむべきなの?それとも麻生君とお母さんが連絡先を交換していたことにツッコむべきなの!?」

「音葉ちゃん落ち着いてー!奏も!写真のこともそうだけど、付き合ってるわけでもないのに女の子の家に押し掛けるのはどうかと思うなー。」

「楓君……………………!!」


(楓君が私を庇ってくれてる!)


その事実にキュンキュン胸が高鳴る。


可愛いくて、癒し系なだけではなく、頼りがいがあって優しいなんて。


松本音葉、本気で彼に惚れて《マジ恋》しまいそうです。



「と、とにかくこの写真は返して貰うからね!こんな写真、こうして………!」



ビリビリとそれをなるべく細かく千切っていく。


上手く撮れて良かったーと、これを撮ってくれた友達には悪いが、こんなヤツに渡るくらいなら今すぐ写真自体なくした方が良い。


きっと友達も文句を言わないはずだ。




最後の欠片も細かく千切り終わり、どうだ見たかと言わんばかりに麻生君を睨み付ける。


しかしヤツは、そんな私に呆れた表情を浮かべ、あからさまにため息を吐いただけ。


(ため息を吐きたいのはこっちだよ!)



どこまで憎たらしい男なんだ。




「…………音葉。」

「……なに?」


要件があるならさっさと言えと促す。


この騒ぎを聞き付けてか、教室の外にちらほら集まり出す野次馬の人達に焦りが生まれる。


いくら最近コイツのせいで、不本意にも自分の顔と名前を広めてしまったとは言え、何度でも繰り返すが出来ることならこれ以上目立ちたくない。


私は卒業までのスクールライフを、なるべく静かに平穏に平凡に暮らしたかったのに。


どうしてこうもこの男は私の生活をぶち壊そうとするのだ。



「確かにこの写真を持ってきた俺も悪い。だけど俺以外の男に見られたからといって写真を破くのは良くない。写真を破く前に、他の男に見られたのが嫌って素直に言ってくれれば「うおおっ!?」……こうやって見た奴の記憶を消してあげたのに。」

「ぎゃーーーーー!!楓くーーん!?」



いきなり立ち上がった麻生が(こんなヤツもう呼び捨てで十分だ)何をするかと思えば、止める暇もなく、楓君の頭上から拳を降り下ろした。


楓君が叫び声を上げ床に沈む。


今まで耳にしたことがない、何だかもの凄いインパクト音を聞いた気がする。



「あ、麻生君!楓君に謝ってよ!」


麻生は一瞬だけ私を見ると、頭を押さえたまま床に座り込む楓君と目線を合わせるようしゃがむ。



「楓。」

「な、なに?今日と言う今日は奏がいくら謝っても許さないからね!あー痛てぇ。」

「……?謝る?俺が?謝る要がどこにある?それより音葉の水着姿忘れた?」

「は?いやいや、誰が見ても今のは絶対謝らなきゃいけないって!第一、叩かれたくらいで記憶が飛ぶわけ………嘘です!嘘嘘!完璧忘れました!水着?水着ってなんですか?1ミクロも記憶にございません!」

「それで良い。もう二度と音葉を見るな。今後は、音葉に用があるなら俺を通せ。」

「ふざけたこと言わないでよ!」


私の持てる全ての力を出して、楓君の前にしゃがみこむ麻生を突き飛ばす。


横に倒れる姿がダルマみたいで、一瞬ほだされそうになったが、これもヤツの罠だと言い聞かせ見ないふりを決めこむ。



「楓君、大丈夫?立てる?」

「ん、立てる。心配してくれてありがとー。それと俺が余計な事したせいで話が大きくなっちゃったね…。ごめんね、音葉ちゃん。」

「全然だよ!だから気にしないで!むしろ私のせいだし……。ごめんね。」



立ち上がろうとする楓君に恐る恐る手を差し出す。


楓君が謝る必要なんて一つもない。

私が騒いだせいで楓君は叩かれたのだから、楓君は被害者だ。


それでも私を気にかけてくれる楓君は、冗談抜きに聖人君子の生まれ変わりではなかろうか。



そして楓君が私の手を取ろうとした時、ヤツが私と楓君の間に割り込んできた。


(どんだけ邪魔すれば気がすむのよ………!)




「………音葉。」

「なによ!」

「楓と仲良くするな。」

「はあ?だから意味わかんない!誰と仲良くしようが私の勝手でしょ!?なんで麻生君に指図さしずされなきゃいけないの!?」

「……楓は俺の。だから音葉が楓に話しかける必要はないし、仲良くする必要もない。」


「………………………………………………………………………………ええーーーーー!?」




楓君に背を向けたまま、麻生は腕を組み、イライラした様子で私を見下ろし、まだ何か喋っているが、もうそれどころじゃない。



まあ、そのせいで暫くの間、顔から火が出るほどの多大なる勘違いをしてしまうのだけれど今の私はそれに気づかなかった。




(コイツ今なんて言った…?)


私の聞き間違いでなければ、楓君の事を俺の、とかなんとか言わかなかっただろうか。



状況を整理してみよう。


つまりコイツは、私と楓君が仲良くするのが面白くないわけで。


よくよく見れば今の立ち位置だって、私から楓君を隠す、もしくは守っているようにも見えなくはないだろうか。




(そ、うか。そう言うことだったのね…………!)



麻生君ほどの人が何故私みたいなじみーな1女子にストーカー紛いな事をするのか気になっていたが、今までの全てが私に対する嫌がらせだったなら納得出来る。


もしそうならまだ色々疑問点は残るし、かなりやり過ぎだった気がするが、なんとなく彼の今日までの奇行とも言える行動に多少なりとも理解を持てる。


私の写真を持ってきたのだって、私に嫌がらせ兼楓君にヤキモチを妬かせたかっただけなのかもしれないし。



そうかそうかと、呟いた私は謎が全て解けた時の某名探偵と同じ顔をしているに違いない。

真実はいつもひとつってね。


そんな私を見て、楓君が素早く立ち上がると、何か言いたそうに慌てだす。


だから私は、大丈夫だよ、軽蔑なんてしないよ、そんな意味を込めて楓君に微笑みかける。



「だ、大丈夫だから!恋愛って個人の自由だと思うし、偏見とかないから!麻生君も!今まで私無神経な事しててごめん!恋人が自分以外の人と仲良くしてたら、そりゃ嫌がらせもしたくなるよね。ごめんね!」

「わかってくれたなら良い。これからは気をつけて。」

「まてまてまてーーい!二人とも絶対噛み合ってるようで合ってないから!音葉ちゃんなんか誤解してない!?違うよ!オレ達そんなんじゃないからね!?」

「じゃ、二人ともまた明日ね。」

「頼むからオレの話聞いて!?本当待って音葉ちゃん!まだ帰らないで!帰るならそのあり得ない誤解の真実を暴いてから帰って!」



これ以上二人の邪魔をしてはいけないと、楓君を無視するのはかなり心が痛むが、その声に答えることなく歩きだす。



そして教室の扉のところで待っていてくれたのだろう美和ちゃんが、お腹を抱えて大爆笑しているのに疑問を抱きつつ、そんな美和ちゃんの腕を半ば無理矢理とって教室を後にする。




だから私は知らない。


私が去った後、ことのなり行きを見守っていた生徒の間で「松本さんの勘違いハンパねーな。」「何日で恥ずかしい勘違いに気付くだろうな。」「じゃあ、俺、明日に100円。」「んじゃあ1週間に500円。」と賭け事が始まったことも。


「……なんかここまで来ると、音葉ちゃんアレだよね。」「決めた!私、麻生君が音葉ちゃんと付き合えるように協力する!」「私も!」「えー!だったら私は楓君を応援する!」麻生派、楓派と、よく解らない派閥が出来たことも。



「奏が『俺の』とか変な言い方するから!音葉ちゃんに完璧誤解されたじゃん!!」

「……誤解?楓は俺のしもべ。何も間違ってない。」

「だったらさっきも『俺の』じゃなくて今みたいに略さず言ってよ!いや、って言うかそれ以前にオレは奏のしもべじゃないけどね!?」




これらの会話があったことなど知らない私が、死ぬほど恥ずかしい勘違いをしている事に気が付くのは、この日から数日後の事である。

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