Lv.6 どこまで本気なんですか




「いってらっしゃい、奏君。気をつけてね。」

「音葉も奏君が一緒とはいえ、車には気をつけるんだよ。」

「かなでおにーちゃん、また遊びにきてね!」




満面の笑顔とは今の妹の顔の事を言うのだろう。


バックに花を背負った美雨みうの頭を麻生君が優しい手つきで撫でつける。


そんな彼の顔も普段とは違い、どことなく優しい。











だからなんだっていうんだ。




今私達が、の家族に見送られるように玄関を出たのは、夕飯を食べた後、麻生君を送っていけと言われたからではない。



むしろ暖かな光が降り注ぎ、鳥なんかチュンチュンなんて平和に鳴いている。





そう朝、朝である。


一日の始まりを告げる大事な時間。





これで察して頂けただろうか。




この麻生奏と言う男、私の帰れと言う魂の叫びを無視して、図々しくも泊まっていきやがったのだ。





どこに?


私の家の私の部屋に、だ。





勿論、反対はした。


しないわけがない。



泊まることは勿論の事、私の部屋に麻生君を入れるなんてとんでもないと猛反対したけれど、

お母さんの無敵の呪文で渋々頷く羽目になってしまったのだ。





『携帯電話没収、お小遣い2ヶ月なし』



なんて卑怯で無敵な呪文なんだろうか。




おかげで私は『一緒に寝ればいいのに』という家族プラス1名のふざけるにもほどがある意見など賛同できるわけがなく、自分の部屋をよく知りもしない赤の他人に受け渡し、リビングのソファーで縮こまって寝るはめになったのだ。




そりゃあ、お小遣いなしはキツいけれど、2ヶ月だけなら耐えられないわけではないし、今しているバイトの時間を増やせば良いだけだ。




問題はスマホ。


確かに最近は悪質な悪戯のせいで多少スマホにはウンザリしていたが、没収となると話は別。



仮にも華の女子高生なわけだし、スマホがないのは困る。

たかがスマホ、されどスマホなのだ。、




だから昨日の、麻生君を泊めるという選択肢を選んだのは正しいのだと、無理矢理自分を納得させる。








(……………あれ?)




そういえば昨日、毎晩のように続い空白のDMがきていない。




何故だろう。


止めて欲しいと心から願っても止まることを知らなかったストップ知らずのアイツが、なんの前触れもなく止むなんて。





「……どうしたの。」

「えっ、何が?」

「音葉、難しい顔してる。」


「あー、ちょっと考え事してた。麻生君には関係無いから気にしないで。」

「音葉、悩みがあるなら俺にはちゃんと言って?」

「……麻生君に言ったところで解決するとは思わないし。言う必要もないから。……………………ってちょっと待て待て待て、待って下さい!」



何、と私を見下ろす麻生君の目は、うっすら細められていて、普段より鋭さを増しており、若干気後れしたものの、ここで怯んでは駄目だと自分を奮い立たせる。





「なんでナチュラルに私の名前呼んでるの?昨日まで『松本』って呼んでたよね?」

「彼女を名字で呼んでたらよそよそしい。」

「うん、そっか!何回言えば解ってもらえるのかな?私達そんな関係じゃないよね。いまだかつてないほどよそよそしい関係だよね!これからもそこから発展させる予定はないからね。」


「音葉も俺のことは奏って呼べば良い。」


「ちゃんと話聞いてくれる!?」





バサリ。


私の声を聞いて、平和に鳴いていた鳥達が一斉に遠くへと飛んで行く。



そんなに私の声は大きかったのか。




(鳥さん達、ごめんね。でも悪いのは私じゃないんだよ。悪いのは麻生君なんだよ。)


だから今後、間違っても私にフンは落とさないで頂きたいものだ。



小学生3年生の時、登校中、おニューのワンピースを着てうかれていた私に、カラスがフンを落とし、しばらくの間、クラスの男子にからかわれたのは未だトラウマだったりする。






話が逸れたが、麻生君って成績は良いくせに、頭の中身がヤバすぎやしないだろうか。


天才と馬鹿は紙一重、なんて聞くが、麻生君の場合、馬鹿とかそういう次元じゃない気がする。



それとも何だ、アレか。


頭がヤバいんじゃなくて、耳が悪いのか。



だとしたら彼の聴力は限りなく0に近いと断言する。






「と・に・か・く!私の事は今まで通り、親しみなど一切込もっていない感じの“松本”でお願いします。」




やれやれと、いつの間にか止めてしまっていた足をまた動かす。




「俺には言えない悩み?」


ことは叶わず、右手を掴まれ、あれ?デジャヴ?なんて思ったのも束の間、麻生君の方、つまりは後ろに引き戻され、あろうことか麻生君に抱き止められる体制になっている自分がいた。





「……音葉、遠慮なんてしなくて良いから正直に言って?言ってくれないと………ね?」


「ひぃぃっ!」




耳許に熱い息がかけられれば、ぬるりとした感触が耳朶みみたぶう。


舐められたと自覚するよりも早く、ぞわり、震えと共に全身が粟立った。







「教える………!教えるから離してっ!」


「やだ。先に教えてくれたら離す。」




(こいつマジぶっ飛ばしてぇ…………………!!)




実行するかは抜きにして、物騒な事を考えてしまうのは当然の事だと思う。


否、私にこの男をぶっ飛ばせるだけの力があったならば確実に今殴り飛ばしているのに。




これまでの人生、こんなにも力が欲しいと思ったのは初めてだ。


さらに言うなら、こんなにも一人の人間が憎たらしいと思ったのも初めてだ。






「………か、簡単に言うなら嫌がらせって言うの?それが最近続いてて。」


おそらくお前のファンのせいでな!と、続く言葉を咄嗟とっさに飲み込んだ私を誰か褒めて頂きたい。




「ほ、ほら!教えたんだからさっさと離れてよ。」


「……………なにそれ。」

「えっ?何?よく聞こえなかったんだけど。」



後ろから抱き締められているせいか、小さく吐き出された言葉がよく聞こえなくて、思わず聞き返す。


聞き返すと同時に麻生君の腕が緩められたのをチャンスとばかりに抜け出し距離をとれば、麻生君の様子がなんだか可笑しい。




「な、なに、どうし「いつからどんな嫌がらせ受けてるの。」」





氷点下。


今、この場を表すならこの言葉が一番相応しい気がする。



人の声だけで恐ろしさを感じたのは初めてで、いつの間にか私は自分を守るように抱き締めていたことに気付いた。





「ねえいつから?」

「い、1週間くらい前からだけ、ど。」

「その内容は?」

「えっと、明らかに嫌がらせのDMが送りつけられてくる、みたいな?」







(………なんでだ。)



何故私は、こんな往来で取り調べみたいなものを受けているんだ。



それに、何故今日に限って誰もこの道を通らない。




確かに麻生君と通学しているところを学校の人間には見られないよう、普段より1時間早く家を出たが、いくらなんでも誰も通らないなんて異常ではなかろうか。





(まあ、見られないに越した事はないんだけどさ。)






「……、聞いてる?」


「あ、ごめん。聞いてなかった……。」


何?と続ければ、わざとらしく肩をすくめため息を吐く麻生君にイラッとしつつも、先を促す。






――しかし。


この後、麻生君から告げられる真実が私を驚愕させる事になろうとは、この時、誰が予想出来ただろうか。


少なくとも私には予想出来なかった。






「…悪戯のDMのこと。悪戯って具体的にはどんな?」


「どんなって……言うほどじゃないけど…。なんも書かれてない、空白のDMが1日に何件も送られてくるんだよね。」

「……嗚呼、それで。」

「それでって?」


「音葉勘違いしてる。」



音葉は照れ屋の他に被害妄想もありとかなんとか。


聞き捨てならない台詞が聞こえた気がするが、あえてそれを流す。



今は、私が何を勘違いしてるのか聞くほうが先だ。




「私が何を勘違いしてるって言うの?」

「それ悪戯じゃない。」

「えっ?え?勘違いしてないよ!だって1回や2回の話じゃないんだよ?ここ1週間、毎日何十件っていう大量の空白DMが送られてくるんだよ?悪戯以外のなんだって言うの?」


「だからそれは悪戯じゃない。それに何十件も来るのは音葉が悪い。」


「私が悪いの!?」




(まさか麻生君、犯人を知ってるとか?)


だとしたら麻生君が犯人を庇うのも頷ける。


自分のファン達なんだ(私の予想だけど)、多少なりとも情が沸いていても可笑しくない。



麻生君的にはこういう事なんだろう。


『俺に罵声を浴びせたんだから、嫌がらせを受けるのは当然だ』みたいな?





(……何様なのよ!麻生奏!!)




爆発しそうな怒りをうつむく事で誤魔化せば、私が落ち込んでいるとでも思ったのか、私達の間に少し空いていた距離を埋め、ポンポンと頭を撫でられてしまった。








――そしてついにコイツは、




「音葉の勘違いのせいで俺がいくらDMしても返信が来なかった理由はわかった。だから謝らなくて良い。でもいくら勘違いしてたとは言え、彼氏からの連絡を毎日何件も無視してたんだから、これからは音葉からいっぱい連絡して。」





恐るべし爆弾を投下したのである。



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