Lv.4 家庭訪問




「よっ…し!よく頑張った自分……!!」






あの後、昇降口で麻生君のすきをつき、自分の鞄を奪取した私は、おそらく人生で一番出しただろうスピードで帰路についた。



わざわざ鞄を教室に取りに行ってくれた麻生君には、ほんの少しだけ、ほんとーに少しだけ申し訳ない気がしないでもないが、いかんせん私が頼んだわけでもないし、何よりあのままだと私の今後の何かが危険にさらされる気がしたのだ。


第六感シックスセンス、ってやつだろうか。




まあ、明日になれば忘れているだろう。

ようやく辿り着いた我が家の扉に手をかける。








「ただいまー。」


「……おかえり。」



…………バタン。




「は?……………え?あれ?」



扉を閉め、勢い良く目の前の家を見上げる。




何故だ、何故なんだ。


確かにここは自分の家で間違いない筈だ。

それともなにか。

並行世界に迷い込んだのか。



一応、表札の名前も確認してみるが“松本”と、私含め一家の名字がいつも通り、なんの変わりもなく掲げられている。




(……………や、やだなー、私ったら。いくらさっきのことでちょびっと罪悪感あるからって、幻覚まで見ちゃうなんて。こんなとこにいるわけないじゃない。もうわたしのおばかさん!)





がチャリ。





「……入らないのか?」


「なんで麻生君がいるのよおーーーーーーー!?」






「松本、なんで俺より着くの遅いの。」


「そんなのこっちが聞きたいよ!麻生君はお金持ちで世間知らずなのかも知れないけど、勝手に人の家に入るのは犯罪なの!流石の麻生君でも不法侵入で訴えられるよ!?

第一なんで私の家知ってるの?さっきは知らない風だったくせに!」


「楓に電話して大体の場所聞いた。あとは……勘?」




(勘で他人の家が分かるかっ!)




「音葉ったら…。玄関先で大声出してたら近所迷惑でしょう?」


「あ、ごめん……ってお母さん、どういう事なの!?なんで麻生君がここにいるの!?むしろなんで入れちゃったの!」


「こら音葉!あなた具合が悪くて早退してきたんでしょう?せっかく彼氏が心配して、自分も早退してまでお見舞いに来てくれたのに!どうしてそんな言い方するの。

…ごめんねー、麻生君。」




「……松本って俺の彼女なの?」


「あら、麻生君たら。照れなくてもいいのよ。ただの男友達が彼女じゃない子のこと早退してまで心配して、家に来てくれないでしょう?」



「そう、なの?」


「正直に言ってくれても私は反対するなんて野暮なことしないわよー。それにしても麻生君たら見れば見るほど美形なんだから。美形で優しくて謙虚。音葉も良い子見つけたわね。流石、私の娘ね。

麻生君、私のことは“お義母さん”って呼んでくれていいからね。」


「じゃあお義母さんも奏って呼んで……?」





「ごめん、本当、日本人がわかる日本語喋ってくんない?むしろもう2人喋んないで。」




麻生君て実はただの馬鹿なんじゃないだろうか。




それに母も母で大概おかしい。


“お義母さん”てなに。



やはり顔か、顔が良いからか。




(楓君、どうして教えちゃったの。)







そしてなんで、



「奏君、お家ではもっと豪華で美味しい物を食べているだろうからお口に合わないかもしれないけど、お義母さん、奏君の為に一生懸命作ったから、遠慮せずにいっぱい食べてね。」



なんで、



「ありがと…これ、美味い。」


……なんで、



「そうだろー、ママの料理は天下一品なんだよー。ほら、奏君、これも食べてみなさい。」



………なんで!



「かなでおにーちゃん!こっちも食べてみてよー。これね、ミウがお手伝いしたやつなんだよ!」




麻生君は私達家族に混じって夕飯を食しているのか。


誰でも良いから教えて欲しい。


いや、本当、切実に。






しかも麻生君。


初めて私の家に来て、初めて私の家族に会ったとは思えないほど、ここに馴染んでいる。



むしろ私の方が、友人宅でご飯をご馳走になっているかのような疎外感が漂っているからいたたまれない。






(…あれ?ここって実は麻生君の家だった?)




この世に生を受けて17年と数ヶ月、家族と思っていた方々が、実は赤の他人でクラスメイトの実の家族でした!なんてヘビー過ぎる展開誰も望まないぞ。



少なくとも私は望んでない。





「それにしても、ほんっと奏君たらイケメンよね。こんな格好良い子見たの、私はじめてよ。」


「本当だねぇママ。僕も今から2人の子供が楽しみで仕方ないよ。

奏君!僕はね、若いお祖父ちゃんになるのが夢だったんだ。」



「……わかった。今日から頑張る。」


「何を?麻生君は何を頑張ろとしているの!?頑張らないよ?頑張らないからね!?

麻生君、ノリが良いのはもう充分わかったから、私達がただのクラスメイトだってちゃんと否定して。」




「…ただのクラスメイトは、早退してまでお見舞いに来ない、らしい。」


「お母さんの言うことはに受けなくて良いから。」


「ただのクラスメイトは、「あーもー!私と麻生君がただのクラスメイトじゃなかったらなんだっていうの!」」



「彼氏と彼女、でしょ?」


「私と麻生君がいつ付き合ったていうの!そんな事実も記憶もないよ!」


「……照れてるの?」

「照れてるわね。」

「照れてるな。」

「おねーちゃん、ツンデレなの?」


「照れてない!!ツンデレでもない!!」





家族が敵ってどんな四面楚歌なんだ。





(落ち着け、落ち着くんだ自分……!)



たとえ私の可愛い可愛い6歳の妹が、私のツッコミにより泣きそうになっていても、今は慰めるより自分を落ち着かせなくてはと、ご飯茶碗を持ち直す。





「……焦ってる松本の顔、可愛い。」



ガシャーン、と。


思いもしなかった攻撃に、持っていた茶碗が手を離れる。


しまった、と下を見やれば、それは見るも無残な形に砕けて散っている。




「音葉、大丈夫!?ケガしてない?今お母さんほうきを持ってくるから…。

あなた達は危ないから立っちゃ駄目よ。」


「だ、大丈夫!私が拾うから!……っ!」



慌てて椅子から降り、それらを拾い集めようとすればピリリとした痛みが走った。


やってしまった、そう思うも時すでに遅く、傷口からぷっくりとした血液の粒が浮かんでいる。





自分の不注意と言われればそれまでだけれど本日の私の運のなさに、なんだか泣きたくなる。





……なったのだけれど。





突然指先から伝わったぬるりとした生暖かさに、それも全部吹き飛んだ。






「い、い、い」


「松本の血ってなんか甘い、ね………?」


「今すぐ家から出てってよぉーーっっ!!!」




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