Lv.3 私は瞬間湯沸し器


へこむ、落ち込む、元気がでない、食欲がない、暗い。



それがここ一週間の私を表す言葉である。





あの事件からクラスメートの一部の女子始め、知らない他クラスの女子の人達までもが、私を見ると陰口を叩くようになった。

本人達はヒソヒソと話しているつもりかもしれないが、その声はしっかりと私に届いてしまっている。

たいてい女の子のヒソヒソ話と言うものは、誰かしら周りの人間に聞こえているもので、あまりその意味をなしていないから注意して頂きたい。



おそらく、否、絶対に彼女達は麻生君のファンだ。


たしかに麻生君がこの学校で(学校外は知らないが絶対モテているのだと断言する)多大なる人気を誇っているのは私を含め、みんなが知っている事実だ。


けれどいくらなんでも私のクラスで起きたちっぽけ?な事件が、学年問わず学校全体に広まっているのはいかがなものか。

どうやら私は麻生君の人気を理解していたつもりでまだまだ認識が甘かったらしい。




でもまあ、人の噂は75日と言うし。


(……あれ?75日って長くない?)



………いやいやいやいや。

たしかに陰口は落ち込むけれど、普段挨拶程度しか話さない子達や知らない人達だし。

別に支障は出ないから前向きに考えよう。



なんて思っていた私は、これだけだったなら、気分が復活するのに時間はかからなかった筈だったのだ。

そう、これだけだったなら、だ。




ここ一週間の私の最大の悩みと言える問題点は別にあるのである。






実はこの一週間私は、何者かに嫌がらせを受けているのである。


なんと言うか……とにかく凄まじいのだ。

SKYという私が普段使っている動画をあげたり画像をあげたり出来る、友達との連絡ツールで使っているアプリがあるのだがそれを使った嫌がらせが。

……まあ、こちらも麻生君ファンの仕業なのだろうけれども。



初めはどこかの外国のサイト的なものが適当に人を選び、文章を送付し忘れDMを送ってきたの?ばかめ、などと笑う余裕があったのだが、時間が経つにつれ笑うどころかサーッと音を立てて血の気が引いた。



最初は数十分、そのまま放置し続ければ数分、最終的には数秒と間隔が縮まって、おびただしい数のメッセージが受信されていたのである。

気付けば私のスマホには短時間の間に、真っ黒なアイコンの同じ人物からのDMがズラリと並んでいた。

しかもこのDM、ひとつ残らず文章が送付されていない。


唖然とした私は慌ててその人物をブロック。

とりあえずこれで安心だと一息つけば、しばらくしてまた私のスマホは雨に濡れた子犬のように振動を始めたのだ。



文章のない、DMを。



それから私と謎の人物の戦いは始まった。

ブロックすれば直ぐに別のアイコンの人物から受信、その人物を拒否すればまた別の人物から受信、またブロックすればまたまた別の人物から空白のDMが。


まさしくメビウスの輪である。


しかも小憎たらしいことに真っ黒なアイコンの濃淡が若干変わっていることである。



最早これは私と犯人との意地と意地の張り合いである。



この黒のアイコンによる黒の組織のブロック戦争は、(勝手に命名)数時間にも及び、最終的に犯人は私の粘り強さの前にひれ伏した。

しかしこの戦争による戦火を防ぎきれなかった私は、受信した空白のメッセージ300件以上、ブロックした人物100人弱という恐ろしい犠牲を出してしまったのだ。



そして私はあることに気づく。


個人が作れるSKYのアカウントは数が決められていたはず。

ならば犯人は複数犯なのか、そうなのか………!



だがここまでやれば犯人達ももうDMを送ってくることはないはず。



――が、しかし。


これで終戦したと思っていた黒の組織によるブロック戦争は、この日が始まりにすぎなかったのである。



その日で終わったと思っていた戦いは、次の日もその次の日も、そのまた次の日も続いた。

流石にここまでされると、悪質なイタズラと言うよりは陰湿なイジメである。


たかが空白メッセ、されど空白メッセ、だ。




犯人を捜そうにも、今までに気付いたことと言えば、情けないことに2つだけ。

まず1つは、黒の組織の一人の人物を私がブロックするまでの間、他の人物からの空白のDMは一切受信されないということだ。

つまり複数いるはずの犯人のうちの1人が、私へ空白のDMを送りブロックされるまでの間、他の犯人達は順番待ちをしていることになる。



『今、松本に拒否されたよ。』『じゃあ次は私だね。』『うん。あ!終わったらちゃんと佐藤さん(仮)に電話回してよ。』『わかってるって。』『じゃあ私はその間、他の子達に準備しておくように連絡しとく!』

もしやこんな感じで連絡網を回されているのだろうか。



(…どうしよう、嫌すぎるんだけど。)



そしてもう1つは、私自身がそのアカウントを捨て、その直後親しい人間にしか新しいアカウントを教えなくても、しばらくすれば犯人達からそちらにDMが送られてくるということ。

考えたくないが犯人の中に私と親しい人間が少なからずいるということだ。



そんなことをこの一週間、つまりは今日まで、毎日の空白のDM。

未だになくならない麻生君の視線。

女の子達の陰口と戦い続けた結果が、『へこむ、落ち込む、元気がでない、食欲がない、暗い。』これである。






しかも今日は、冷たいことを言いつつも、なんだかんだ慰めてくれる美和ちゃんが風邪をひいたらしくお休み。


(今日はもうダメだ。うん、早退しよう、そうしよう!)


美和ちゃんが休みのせいか、いつもより堂々とした麻生君の視線。それに対し、またヒソヒソと囁かれる陰口。


(これはどう考えてもこれ以上耐えられそうにない。)





そうと決まればと、移動教室とは逆の方向に素早くターン。

フンフンと鼻歌を歌いながら、スキップ混じりに職員室に向かう。

しかしスキップしていた私の注意力は散漫になっていたらしい。


「ご、ごめんなさい!!」


ドスンと勢いよく前から歩いてきた人にぶつかってしまった



謝罪をしつつ、慌てて顔を上げる。


どうやら神様はどこまでも私に冷たいらしい。



見上げた先には、この一週間私が、避けに避け続けた麻生君が、ほんの少しだけ目を細めて私を見下ろしていたのである。



「あ、の……本当ごめんね、私、前ちゃんと見て、なくて……。じゃ、じゃあ、私はこれで。」

さり気なく視線を逸らし、何事もなかったかのように麻生君の横をすり抜ける。


「……どこ行くの。次の移動教室、そっちじゃないけど。」

………筈だった。




(なんで掴むの………!)


それなのに私の左腕は、麻生君によってガッチリと掴まれ、その場に制止を余儀なくされてしまったのである。




「あ、えっと、その……風邪!うん、風邪ひいたみたいで、なんか熱っぽいし、咳なんかも出ちゃったりして………ゲホッゲホッ!…ほらね!?だから早退しようと思って!」


我ながら上手く言い訳が出来たと自画自賛してしまう。


でも麻生君はやっぱり手強いらしい。



「……鼻歌うたってスキップまでしてたのに?」


見事な観察力である。




「み、見てたの………!?それは、なんか熱が高いせいかテンション上がっちゃて!」

「…………ふーん。」


多少おバカな子と思われたかもしれないが、まあいい。

これでもう追求されることはないだろうと、内心ほくそ笑む。





その直後、額に触れた自分以外の熱。

一瞬だけだけれど、確かに感じたそれは気のせいなんかではない。



「熱、ないみたいだけど?」

「な、ななななな、なにを………!?」

そう言って不思議そうな顔で私を見下ろす麻生君。


合わさった額の熱が麻生君のものなのだと理解するのに時間はかからなかった。





「……茹で蛸みたい。」

「だ、だだ、だ誰のせいだと思ってるの!!」

「?誰のせいなの?」

「麻生君に決まってるでしょっ!!……あ、麻生君、今なにしたか解ってるの?」

「松本が熱あるって言うから測った。」


正直に言おう。

キョトンと首を傾げる麻生君は大型犬のようで可愛い。

その顔から悪気があって、額と額をくっつけわけではないと理解する。



(だけど………………!)



「麻生君、熱を測るにしても手で触るとかあったでしょ?急にあんな、額をく、くっつけるとかされたら普通はびっくりするから止めた方が良いと思うよ。」

「?俺の母親は昔熱が上がるとそうやって測ってたからびっくりしないと思う。」

「それは麻生君の御家族だからでしょう!?……あーもういい。とにかく他の誰にしようが私には関係ないけど、私にはもう絶対しないでね!」


わかった!?と、先程からいつもの私じゃ考えられないくらいに強気になっている私がいる。



前回に引き続き、麻生君が関わると何故私はこうなってしまうのだろうと頭の隅でボンヤリ思う。



とにかく、それに対し麻生君はわかったと了承してくれる。

それだけで良かったのに。




「他の誰にもしないけど、松本だけにはする。」

「私の話、聞いてた!?私にはしないでって言ってるんだよ!?」

「聞いてた。けど松本には何故か触りたくなるから、約束はしない。」


それと同時に麻生君の手が私の頬を撫でる。


ゾワリ、肌が粟立って、引いた筈の熱が一瞬にして全身を巡る。



これ以上の羞恥には耐えられないと、掴まれたままの手を上下左右に動かし、麻生君の手を無理矢理振りほどくと、脱兎の如く職員室に逃げ出した。







「……しつれーしました。」



(なんということだ………!)


いつもなら嫌味の一つや二つ言う、ハゲツルピッカの口煩い担任から、なんの疑いもかけられることなく、早退の許可を頂いてしまった。

むしろあの担任から心配されるなんて、どんだけ私の顔は赤かったんですか。




それもこれも全部、麻生君のせいだ。


否、結果的にすんなり早退出来たのだから麻生君のおかげと言うべきなのか。

しかし元々の早退の原因は麻生君なのだから、やっぱり麻生君のせいなのか、否か。




(……………………………、よく分からなくなってきた。)


この事について考えるのを止めよう、思わずため息を吐いて、鞄を取りに教室まで、誰もいない授業中の廊下をトボトボと歩く。


渡り廊下を進み、廊下の門を曲がれば…………うん、なんていうか。






「………遅い、何時まで待たせる。」


壁に背を預け立っている、麻生君がいらっしゃいました。





「麻生君!なん……フガッ!」

「しー。今、授業中。」


自分でもビックリするくらい、思わず飛び出したでかい声を、伸びてきた麻生君の右掌が遮断する。


私の唇に触れる麻生君の掌が、妙に生々しい。



本日3度目の急激な頬のほてりに、気づかないうちに自分は人間ではなく、瞬間湯沸かし器になってしまったのかもしれないと本気で疑いたくなった。




(しかもあの麻生君が『しー』って……!)


麻生君はなんなの?キャラ変えを希望しているの?


暴君キャラだろうが弟キャラ、お兄ちゃんキャラ……例え自分大好きのナルシストになろうと、麻生君ほどの美形なら自他共に許されてしまうのだろう。


なんたって楓君がタイプの私でさえ、今の“しー"にはクラリとくるものがあったくらいだ。

これを目撃したのが麻生君のファンの人間だとしたら……。




(麻生奏、なんて恐ろしい男なの………!!)





「……静かに出来る?」


その問い掛けに、壊れた人形の如く、ブンブンと頭を上下に動かせば、ようやく麻生君に塞がれていた口は自由を取り戻した。




「…それで?早退させてくれるって?」

「は、はい。早退させてくれるそうです。」

「ふーん。良かったね。」

「そうだ、ね。じゃ、じゃあ私、帰るから。それでは………!」


一刻も早くこの場を立ち去ろうと、麻生君から目線を下に逸らしつつ、足を前に出せば、ふ、と。

今までは気付かなかった物が目についた。


それは、麻生君の足元に置かれた二つの鞄。

一つはキーホルダーも何もついていない、シンプルな指定鞄。

もう一つは、私の大好きなキャラクター、リラビット(※リラックスラビットの略)のマスコットキーホルダーがつけられた指定鞄。


そのキーホルダーは、先日美和ちゃんと買い物に行った際、一目惚れして買ったものによく似ている。





(…………………………………って言うか、それ私の鞄んんんんんん!?)



「あ、麻生君?それ、その足元の鞄、わ、私の鞄じゃないでしょうか?なんで麻生君の足元に私の鞄があるの………!?」

「うん?早退するなら鞄いると思って。」

「え、持ってきてくれたの?ありがとう!でもなんでもう一つ鞄が、」

あるの?そう聞こうとすれば、麻生君が二つの鞄を拾い、何故か歩き出す。



「ちょ、麻生君!?どこ行くの?わ、私の鞄返して!」

「?帰るんでしょ?」

「いや、帰るけど……。」

「うん、だから。」

「え?え?えっ?『だから』って?それはどういう……?」

「俺も行く。」


何故だろう。

日本語で会話している筈なのに、会話の意味が解らない。



(『俺も行く』ってまさか私の家に来る気じゃないよね………?)





「松本の家どこらへん?」



……そんな馬鹿な!






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る