エピソード:49 エピローグの一つ
俺の名前は、
クソったれだ。最悪だった。俺には最愛の妻がいて、結婚四年目でようやく最初の子供を授かって、産まれたばかりだったのに。育児休暇を取ろうとしたが、妻の実母が入り浸るように世話を焼いてくれるという事で取らない事になった。
それはともかく、俺は生き残る為に、面識のあった教諭達が複数所属していた最大グループに加わってみたけど、首謀者である生徒会長達はダメだとすぐに分かった。あれは笑顔のままで人を騙し殺せるタイプ。
異世界に入ってから早々に集団生活に別れを告げ、俺はなるべく東の国の王都からなるべく遠く、南の大国の辺境方面を目指した。なぜかって?普段の殺し合いを可能な限り避ける為だ。どうせ殺し合いが避けられない日までは誰も殺さない為に。
時折遭遇したり狙われたり追われたりはしたけれど、俺に加護を与えてくれた扉の神ソデスケの加護スキルのお陰で、逃走手段には困らなかった。
それは任意に選んだ扉と別の扉をつなぐ。しかも俺か、俺に触れている誰かに対してのみ。加護レベルが1だと一組の扉の先しかつなげられなかったし、最低は一度通った扉同士しかつなげられなかったけれど、それでも便利だった。
通勤に使えたらと思わずにはいられなかったけど、使う奴が使えば、侵入からの窃盗や暗殺、逃走にと大活躍できた加護スキルだっただろう。俺はランダムに通り抜けた扉のどれか一組をつなげたりつなげなかったりするだけで簡単に追っ手を撒けた。実際、誰も傷つけず殺さないまま逃げ延びられたのだから。
誰かに見つかるまでは、冒険者ギルドの採取や届け物などのクエストを受けて日銭を稼いだりしつつ、東大陸南端の先、多島海でも辺境のほぼ孤島で、最初のランダム対戦までの日を過ごす事にした。
妻や子供の事を考えるといてもたってもいられなかったが、出来る事と言えば生き延びる糧を手に入れつつなるべく自分を鍛え、ランダム対戦で勝ち抜けられるよう備えるしかなかった。例え、メダル数十枚以上でレベルも数十というトップグループに追いつくのが絶望的な状況になったとしても、だ。
そして迎えたランダム対戦の前日、空から舞い降りてきた一人の少女を前に、俺は何も出来なかった。廃屋から取り外して加工した持ち運び出来るサイズの扉を背負ってはいたけれど、気付いた時にはメダルを刺し貫かれて全ては終わっていた。
いや、そこから難民キャンプと彼女が呼んでいる場所に転移で連れて行かれて、置き去りにされた。そこにはデスゲーム参加者で、俺と同様の措置を受けた敗者達が十数人ばかりいた。
「負けたら死ぬ筈じゃなかったのか?」
「死ぬのは殺されるか、メダルがゼロ枚になった時だから、そのルールの間隙を、七瀬さんはうまく突いたらしいよ」
俺より一回り以上若い生徒達に質問して何をされたのかは判明したけれど、これからどうなるのかは誰も知らなかった。
数時間以上が立ち、夜十時過ぎくらい。誰もがどうなるか怖くてうとうとしても眠れないでいると、七瀬綾華が最終的な勝者になったとアナウンスが流れた。
それからさらに数時間が経ち日付も変わった頃に、俺達はどことも知れない空間に転移させられていた。荒野の中に建てられた柱と屋根だけがあるような場所。そこに最終的に生き残った数十人が全員集められていた。全体で六百人近くが異世界に拉致されて、そこにいたのはせいぜいが五十人前後くらいだった。
前方中央の壇上には、俺を処置した勝者、七瀬綾華が立っていた。彼女は敗者達を見下ろしながら告げた。
「デスゲームは終わりました。神様達といろいろ確認しましたけど、みなさんには元の世界でもない、この世界でもない、別の世界に行ってもらう事にしました。拒否権はありません」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!元の世界には」
「戻れません。なぜなら、この世界に拉致られてきた全員が、元の世界では、そもそも死んでた筈の命だからです」
「どういう事だってばよ!?助けたんならちゃんと最後まで責任取」
責任取れと言い掛けてたのだろう男子生徒の姿が消えた。
「責任?甘えないで下さい。私は神ならぬ身で、あなた達を殺さずにこの戦いを終え、さらに二度と今回の様な主神を決める戦いが起こらないようにしました。
この世界でもない別の世界に行ってもらうのは、私以外の誰もこの世界に残って欲しくないからです。なんと言っても、私たちは殺し合いをした仲ですからね。ここにいるお互いはたまたま結果的には相手を殺さずに済んだだけで、私を殺そうとした人もいますし、生き残った誰かにとっての大切な誰かを殺したとかって関係は複数存在するでしょうね」
俺達を壇上から見下ろす勝者、七瀬綾華だったか、彼女は、無表情を装っていた。冷たい眼差し。何十人も、いや何百人も手にかけてきたんだろう。自分には耐えられなかったのは確かだ。全体の一割くらいにしろ、彼女は本来二重に死んでた筈の誰かを生き残らせてくれた。そしてまたどこかへと追放する様な形で、生きる道を示そうとしてくれている。
ここに残りたいとか、いや元の世界に戻らせてくれとか、懇願する声を上げた奴は、片っ端から姿を消していった。議論は、無しか。
だから、俺は何度か深呼吸を繰り返してから、黙って挙手した。
抗議しようとしても声も上げられない場で、幸い、俺は目立てた。七瀬さんと視線が合ってから、尋ねた。
「質問いいか?いや、よろしいでしょうか?」
「・・・どうぞ」
「神様達に相談して、元の世界に生き残った全員が戻れないのは確認済みって事でいいか?事でしょうか?」
「無理に敬語使って頂かなくていいですよ。答えは、はい、です。選べもしませんしね」
「だろうな」
はぁ、と深いため息というか、覚悟を決める為の一息を吐いてから、問いかけた。戻れない事はもう確定した事実だと、受け入れる覚悟はずっとしてきた筈なのだから。
「俺には、妻と、産まれたばかりの子供がいる。家族と会わせてくれと頼みたいが、可能だろうか?」
「元の世界に戻してくれ、ではなく?」
「それは不可能なのだろう?なら、最期に一目見て、別れの一言でも告げられたら、それで俺は、終われる」
新しい世界で新しい人生を、というのも有りなのだろう。もし交通事故とかで目覚めた先がそういうのだったら、俺も区切りをつけられていたのかも知れない。でも、今はまだ、違うし、愛する妻や子供を失ってまで、別の世界でやり直したくはなかった。
七瀬さんは、俺をじっと見つめた後に尋ねてきた。
「あなたに加護を与えてた神は?」
「扉の神ソデスケ。扉と別の扉の先をつなぐ事が出来た」
それなら!と儚い期待を持った連中はもう何人かいた。けれど、それは出来ないと俺は最初にソデスケに確認済みだった。能面というよりは、悲痛さを面に出さないよう堪えてるような七瀬さんは、しばし俺を見つめた後に張りつめた表情のまま、俺の脳裏に映像が浮かんだ。というか強制的に映し出された。
故郷の町並みを上空から見下ろした映像だが、上空から何かが降り注いで、っていうか、SF映画とかで時々見る核ミサイルが爆発した時の・・・・・
「は、はは・・・。そんなの、ありかよ」
「記憶をある程度消したりした上で、次の世界に送ります」
俺は、いつの間にか、両手両膝を地面についていたけれど、核ミサイルが爆発する様子も、この異世界に拉致されてきてからの逃走の日々も、妻と子と触れあった至福の記憶も、薄れて消えていって、地面も空も何もかも消えて、ここではないどこかで、誰とも知れない誰かと何かを話したけれど上の空のままで、気が付いたらまたどことも知れないどこかに立っていた。
俺の名前は、
世間の学校が夏休み明けの二学期の初日。事務用品メーカーの営業として、円城高校に定期納品と挨拶に車で向かってた時に、運悪く居眠り運転のトラックに突っ込まれて、あえなくお陀仏。
たまたま異世界パルデラの神様キピュエルっていう女神様に拾ってもらい、パルデラで第二の生を与えられる事になった。
これで、離婚した妻との間に子供が産まれてて別れてなかったら未練ありまくりで、どうにか戻れないか足掻こうとしてただろうけれど、まぁ、これも何かの縁ていうの?
なんか、二人の間で子供が産まれてたらこんな感じの顔つきで、どんな風に育児して、冷えかけてた二人の間が暖められてどんなに幸せな日々が送れてたか、やけに鮮明に想像できたけど、妄想は妄想だ。
存在しない日々の妄想の幻影はやがて薄れて消えていき、俺は目の前に広がる異世界の都市へと歩み出した。
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