エピソード:48 終わり方の一つと、終わりからの始まりと

「勝ち抜きおめでとう。勝者として何を望む?」


 全身白タイツのっぺらぼうな主神アルゴニクスが問いかけてきた。これ絶対本当の姿じゃないんだけど、先に本題を片づけないとか。


「何を望むかの前に、いくつか聞いておきたい事があるんですけど」

「なるべく回答するように努めよう」

「そりゃどうもです。先ずは、自分達って生きてるんですか?」

「なぜそう思う?」

「例えばですよ。私が元の世界に戻りたいと願ったとします。死んだりした他の生徒がどうなっているかって想像した時、集団で行方不明扱いになってたり、そもそもいなかった扱いにするには人数が多すぎます」

「つまり、最初の最初から、本当は死んでいたのではないかと?」

「死んでから転生なり転移される方が筋書きとしてはありふれてますし、最終的な勝者が元の世界に戻った時の処理も簡単ですからね。他の誰かが全員死んでるのは、戦いに負けてメダルを失ったからだと」

「それで、君が問いたいのは、全員生かして、いや生き返らせて戻す事は可能かどうか、かな?」


 私はためらわずにうなずいた。

 可能性として、全員あのままだったら死んだだろう何かが起こった。死んだ筈の命として、この世界の神様に転用されたかリサイクルされた。それが一番あり得るんじゃないかと疑っていた。


「その疑念を抱いていたからこそ、機械的にでも殺しまくり、勝者になれたという事かな?」

「何とでも言って下さい。それで、出来るんですか、出来ないんですか?」

「出来ない、が答えだ。なぜなら、あちらの命の管轄権はあちらの神様に有るからね」

「あちらで死んだ筈の命を、こちらの世界でならともかく、あちらの世界で生き返らせる事は出来ない、ですか」

「そういう事だ。訊かれるだろうから先に答えておくが、本来、勝者としての権利でも、この世界で生き返らせる事が出来るのは一人までだ」

「今回の私の場合は?」

「君の望みに最大限答えようじゃないか。これまでの勝者が到達し得なかった偉業を成し遂げてくれたからね」

「最初はともかく、その後のは、この結末を迎えるまで繰り返そうとしてたんですか?」

「そうかも知れないね」

「じゃあ、これは単なる質問なんですが、最初は一人の、いわゆる全能なる神様だったんですよね?」

「世界の創世者であれば、当然の結論だな」

「寂しかったから?」

「それもある。が、神がかかる病気の様なものだ」

「私のいた世界でもありふれてはいましたけどね。主神だった神様の遺体のいろんなパーツから、いろんな神様が生まれてくる創世神話とか」

「であれば、次の質問は、どうして主神を決める戦いが必要になったかと、どうして終わらせる必要が生じたのか、かね?」

「分裂したあなたは、人でいえば、はしゃいだのでしょうね。でもはしゃぎすぎて統制が取れなくなって、形だけでも主意識の様な存在を決める必要が出てきてしまった。そうやって最初の頃の主神の座を決める戦いは行われた。私の想像ですけどね」

「おもしろいよ。続けて」


 私は私の想像というか、推察を話してみた。

 統制役を欠いた神様の間で、世界中がてんやわんやの状態から、はちゃめちゃの状態にまで行ってしまったのだろう。だから、世界の運営の根幹を成す七大神という地位は固定しておいて、主神の座を設けて競わせた。

 その騒動すらも、楽しんでいたのだろう。たぶんおそらく絶対に。

 充分に楽しんでから、主人格というか主神格を秘めていたのだろうアルゴニクスが主神の座についた。何回目かは知らないし、たぶん重要ではない。


 大事なのは、今回以降繰り返されないだろう事が一つ。それとこれからどうなるかだ。


「次の主神は、私に加護を与えてくれた絵描きの神様、ディルジアになるんですか?」

「一回くらいならともかく、ずっとというのは絶対に辞退させてもらいたいね。神格的にもそうだけど、世界の運営なんて重荷を背負わされたら、絵を描くどころじゃなくなる。アイデンティティーの危機だよ」

「今回参加したのとは違う神様を生み出して争わせるって迂回手段は採れるでしょうけど」

「やらないよ。美しくないし、それに君が達してくれたからね。何も問題は無い」

「神様だと出来なかったって事ですか?」

「相手のいない恋愛が成立しないようなものだよ」

「わかりやすそうでわかりにくい例えをどうも。描くのは、その全身白タイツの女性版でいいんです?」

「姿なぞ如何様にも変えられるさ。君が想像する私とその連れ添いの姿を描いてみてもらえるかな?

 あらかじめ言っておくけど、時の大神や予見の神の加護スキルとか使ってズルしようとするのは無しだ」

「分かりました。やってみますよ」


 創世神話で良くあるのは、昼を司る太陽神と、夜を司る月の女神が結ばれて子を為していくとか。イザナギとイザナミの話は、ちょっとグロエンドだし避けておこうか。


 私はスケッチブックを取り出し、絵描きの神の加護レベルを最大に引き上げた状態で、描いた。

 頭部がサイコロとかコインで回転したり投げたり出来るとかって色物も考えたりしたけど、思考は当然の様にもろばれしてて、真面目に考えるようアルゴニクスからプレッシャーを受けたりした。


 私はあれこれどういう絵にしようか、どんな姿を描けばいいのか気に入ってもらえるか何時間か考えてみたけど、アルゴニクスの一言で扉が開けた。枷が外れたとも云う。


「君にしか描けない誰かを描けばいいのさ。

 私に描けるんだったら私が描いてるさ」


 一発OKもらえなければ死ぬとかそういうんじゃないんだし、修正だってなんだってありだろう。

 そう考えて、鉛筆の芯が走るままに任せた。絵描きの神様と、この世界の主神でもある確率の神様に見守られて絵を描く事自体が圧迫面接ぽいけど、私は十五分もかからずに描き上げた。


「説明をしてもらえるかな?」


 私が描き上げたのは、地球の神話に残ってるようなのと、日本のアニメマンガラノベ映画などに出てくる女神様の総まとめして、どちらかと云えば姉さん女房的な女神様だった。よくある、全知全能な筈なんだけど、やらかしがちな主神をいましめ苦労されるポジション。でもちょっと違いを出した。


「神が世界を渡れない事も無いでしょう。だからこれは私が描いた、自分の世界の管理で疲れてどっか違う世界にバカンスに行きたいな~、すてきな出会いとかあったらうれしいな~、とか思っちゃってるどこかの誰かさんです。神様ですけどね。無限の世界が並行して存在し得ているのなら、あなたがこの世界を管理している主神でもある確率の神様なら、余裕でそれくらいの確率は引き当てられますよね?」


「ちょっ、君、待」


 私がスケッチした紙が光を放った。線に命が宿り、線と線の合間に生が色づいた。立ち絵姿の線描からそんな光の二次元的な姿が物理的に立ち上がると、空間的奥行きを無造作に獲得して、お気に召すままの微修正や装飾を勝手に施された。いえ、好きにされて下さい。あなたの身体ですからね。


 アルゴニクスは乾いた笑みを浮かべたまま固まっていた。ディルジアは賢明にもこの場から姿を消していた。


 この世界に転移?憑依?漂着?まぁ要は息抜きにやってきたのだろう女神様に私は尋ねた。


「初めまして。私は七瀬綾華と申します。御名を伺えますか?」


 女神様はその指先を私の眉間に触れさせて、そのまま数秒ばかし佇んでから答えた。


「キピュエル。そう名乗っておきましょう。あなたの絵を依り代として、この世界にやってこれたわ。あとで褒美を取らせましょう。あなたはあなたでこれまで大変だったみたいだけどね」

「ありがとうございます」


 私はただ頭を下げた。そして女神様キピュエルは、アルゴニクスへと向き直り、注文を付け始めた。


「あなたが確率を結び合わせてくれたのね。礼を言うわ」

「は、はは。お喜び頂けたのなら何より」

「あなたもまだ若いみたいだから、いろいろやらかすのは仕方無いにしても、ちょっとお話をしましょう」

「いいいえ、そうだ、私はこれからこの綾華の願いを叶えたり、先方の神とも交渉しなければならず」

「それなら私も手伝ってあげるられるわ。知り合いだし。なんなら貸しもあるし?」

「いやいや、そんな恐れ多い」

「だいじょうぶよ。これからの滞在費として受け取っておきなさい。綾華は少し待っててね」

「あっ、はい。お気になさらず、ごゆっくりと。数百年とか言われると困ってしまいますが」

「だいじょうぶよ。人間の感覚なら数十分てとこに留めるわ」

「そうして頂けると助かります」

「じゃ、また後でね」


 そうしてアルゴニクスは首を後ろをがっしりと掴まれてどこかへとひきずられるようにキピュエル様と姿を消してしまった。


 二人?二神が姿を消して十数分経ってからディルジエ様が怖々と現れて声をかけてきた。


「なんて方を呼び出すんだ」

「知りませんでしたよ。ご縁があっただけでしょうね。無かった何かが生まれたのかも知れませんが」

「怖いもの知らずとは恐ろしいものだ」

「つい先ほどまでデスゲームで何百人も殺してきた身の上ですからね。今更です」

「そういえば、そうだったな。それで、望みはもう固まっているのか?」

「デスゲーム開始当初のからは変わってしまいましたけどね。キピュエル様達が戻ってきてから可能な範囲がどうなったか聞いて決めようと思います」

「私が言うのもなんだが、良く勝ち上がれたものだ」

「グラハムさん達との出会いとか彼らの置かれた境遇とか、あとは複製スキルとの兼ね合いがうまく回ってくれた感じですね。主神の思惑が絡んでたんでしょうけど」

「そんなところだな」

「そうあっさり認められると、もやっとしたわだかまりが残りますが、そうじゃなければ私が殺された側になってたでしょうしね」

「その可能性は低くなかっただろう」

「ですよねぇ」


 しばし雑談に興じた後、ディルジエがもちかけてきた。


「君がどういう選択をしようと、私の加護は外さないでおくよ。君は君が描きたい何かを描きたいように描けるだろう」

「ありがとうございます。ちなみにスケッチとか複製の能力とかは、他の加護スキルとかはともかくとして、残せるんですか?」

「本来なら、勝者としての願いを使ってという事になろうが、今回は主神も大盤振る舞いするらしいから、私からの贈り物という事で授けておこう」

「わぁ、助かります!」

「人間の社会を壊さない程度に、という制限はかけさせてもらうがね」

「お金とか無制限に複製出来たらとんでもない事になりますしね」


 そんな風にディルジアとだべっていると、アルゴニクスとキピュエル様が戻ってきた。なんだかアルゴニクスがお疲れというか消耗してるような感じがしたが気にしないでおこう、うん。

 なぜかすっきりした様子のキピュエル様が尋ねてきた。


「それで、願いは固まったの?」

「全員を生かして戻す。可能なら、デスゲーム開始時点まで時間を戻して、開始後の記憶まで消せれば最高なんですけどね」

「あちらの神様と交渉したのだけど、やはり死んだ筈の魂は戻せないって。戻せても、一人か二人。あなたと誰か」

「まぁ、神様なんて気まぐれで万や億の単位の命を刈り取りますしね。ちなみにその戻すのだけで、願いは使い切る感じになりますか?」

「もしあなた自身も戻るのであれば」

「じゃあたぶんそれは無しで。さて、じゃあキピュエル様。こんなのは可能でしょうか?」


 私は、序盤からリードを築けた頃から思ってた。私自身の願いを変えたとしても、全部無かった事に出来るのかどうかと。それは出来ないと断言されてしまった。私にとって元の世界はそれほど魅力的ではない。(嗜好してる作品群との別れはあるにせよ、リアルで理想のカップルを鑑賞できるの願いは既に叶えられてるようなものだし)


 で、例えばクロっちだ。今から全部水に流して~、とか無理だしね。お互いそう約束して、何らかの神様の力で強制をかけたとしても、しこりは残ってしまう。クロっちの記憶を消したり修正すれば済む問題でもないし、私が殺した中には、生き残った誰かの友人とか大切な人が含まれてたろうし、それは私以外の誰かにとってもたぶん同じ。


 誰か一人だけ選んで戻せるとか伝えてもそれは第二次デスゲームを引き起こすだけだろうしね。プレイヤー自主開催の。彼らは神様の加護を失ってるから、ほぼ素の状態での殺し合いにしかならんし、せっかく生き残らせた私の努力も無駄になるのでやらせない。


 そこで私はアルゴニクスとキピュエル様を相手に交渉して、強引かも知れない願いを叶える事にした。生き残らせた人達の要望は聞かなかった。二人以上元の世界に戻りたいってのだけでもう叶えられないし、どちらを残したとしても私がすっきりしないし平等でもないしね。


 ただ、一つのけじめとして、二人の主神(片方はほぼ「元」主神だけど、現在もほぼ主神なので)に叶えてもらう願い措置を彼らに説明しに行く事にしたのだった。

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