エピソード:47 戦いそのものの終結

 伊藤輝人から黒田茜という特大の地雷を押しつけられてから、オタ五人衆の鉄の結束は揺らいだ。はっきりとレベルやメダルの差が付き、誰がどう誘惑されたとしても彼女の魅了スキルを跳ね返せるくらいになるまで服従の仮面は外すべきではない、というのがリーダー織田を除いた四人の意見で、黒田茜自身を含めて仮面をすぐに外して欲しいとは願い出なかったので、織田も自分の意見をすぐに押し通そうとはしなかった。


 当面は、五人で予備2枚だったのが、六人で予備1枚という窮状を凌ぐ為に、最低でもメダル5枚を獲得しようとした。けれども、探索や移動を補助するような加護スキルを六人の間で誰も持っていなかったのが響いた。


 それでも強行軍な旅を続け、3枚のメダルは獲得したところまでは良かったが、その後が続かなかった。織田は自分は最後でいいと言って、彼以外の五人衆の四人が2枚ずつとなったが、黒田茜は1枚のままだった。こうなる可能性も踏まえていた黒田茜は密かに準備を進めていた。


 強行軍な旅を続けていれば、野宿も多く、疲れもたまり、夜間に交代で見張りを立てても半分以上居眠りしている場合も多く、黒田茜が見張り役と、あるいは見張り役が眠っている間に他の誰かを、用心深く、一人ずつ、身体も用いて籠絡していった。


 黒田茜はそれでも焦り続けていた。足りない。到底届かない、と。トップを走り続けている七瀬綾華が東大陸に続いて北大陸も制覇し、冒険者達どころか大国とまで協力関係にあると聞いて、この五人を食いつぶしても勝ち目が無いと。綾華が出せる魔物達だけでも充分な脅威なのにと。

 妬んで僻んで恨んで彼女が出来る事は自分にも出来る様にと、日々刻々と嫉妬の感情をさらに募らせ続けていった。

 自分に絵心は無いので、地面に木の小枝でかつて自分を滅茶苦茶にしようとしたオークの姿を描いて実体化しようとしても成功する兆しは見えなかったので、その方面はあきらめる事にした。


 最初の一ヶ月が終わろうとする頃になっても、妙案は思い浮かばなかった。圧倒的な力を持つ筈の大神の加護を受けたライバル達でさえ綾華は蹴散らしてきた。ならば、正攻法で倒す事は不可能。どうにか絡め手で、彼女の全てを簒奪しなければ生き残れない。黒田茜はそう思い込み、その実現方法に残りの数日をつぎ込んだ。


 最初の一ヶ月の最終日、綾華のメダル枚数がまた急激に増えていったのを見て、茜も覚悟を決めた。

 もうレベル上げしても意味が無いのだからと、オタ五人衆の装備のほとんどを売却させ、そのお金で服従の仮面を外させた。

 ご褒美として、宿屋で一人ずつ相手にして果てさせながら、メダルへと彼らを変換していった。大半が茜には使い道が無いような加護スキルだったので、全部を嫉妬の神の加護レベルにつぎ込んだ。オタ五人衆で計9枚しか持っていなかったので、ぴったり10枚。


 嫉妬の神の加護レベル10で出てきたスキルは、そねみ。自分が欲しくて手に入れられない何かを持っている相手から、その何かを一時的に一方的に借り受けて行使可能にする。

 たぶん、ものすごく強い。同程度のレベル帯やメダル枚数の相手だったら、圧倒しただろう。でも、レベルで数十レベル、メダル枚数で数百枚の差がついた相手に通じるかと問われればたぶん無理。

 でももう状況そのものが無理で詰んでしまっているのだ。


 あきらめても殺されるだけなら、あがくしか無いんだけどね。


 そんなあきらめ半分な惰性で全体掲示板を覗いてみた。書き込むような人数はもうほとんどいなくなってたのだけれど、その日その時は違った。メダル獲得枚数で二位につけている水野舞が綾華の加護スキルの要、スケッチブックを奪ったと書き込まれていた。返して欲しければ、浦島次郎にかけた呪いを解けと何度も書いてたけれど、その間にも綾華のメダル枚数は増え続けていた。


 もう、スケッチする必要も、そこに書き込まれた魔物を実体化する必要すら無くなっているらしい。スケッチブックを奪われる可能性を読んで対策を打っていたという可能性もあるけれど、綾華は西大陸を制していた火の大神の加護を受けた生徒とその協力者二人も倒したようだった。

 というか、メダルを失った筈の生徒達が死亡表示になってない事に気付いた。夜近くになってから、メダル枚数が余裕で百枚を越えてた水野舞も綾華に負けた。浦島次郎はその後になってもまだ生きてた。


 何が起きてるのか知りたくて、綾華にメッセージを入れるかどうか迷っている内に、当人が目の前に現れた。

 かつてアルカストラの町近辺でグリフォンなんかを倒した頃など比べものにならない。化け物、いや神かと見まごう程の恐れ多さみたいな印象まで受けた。

 そんな彩華は、気安く声をかけてきた。だから茜も普通に話せた。


「服従の仮面は外しちゃったみたいね」

「なんとかね。それなりに手間取ったけど」

「あと残ってるのは、私とあなたと輝人だけ」

「じゃあ、アヤっちを倒せばテルっちだけなのね」

「やってみる?輝人の状態異常無効のスキルはどうするの?」

「アヤっちのメダルを総取り出来れば何とでもなるでしょう?」

「そうかもね。それで、試すの?」

「一つだけ先に聞かせて、いや二つか」

「答えるかどうかわからないけど、質問してみて」

「アヤっちに倒されてメダルを奪われた筈なのに死んでない人達がたくさんいるのはどうして?」

「そういう事が出来るようになったから。次の質問は?」

「どうやって、てのは聞いても仕方無いんだろうね」

「まあ、この剣で相手のメダルを刺せば必要な処置が行われるようにしてあるだけだけどね。その処置内容はまだ教えてあげない。ただ、その処置を受ければ死なないで済むのは確実だと思う」

「確実てのと、思うってのは両立するの?」

「この主神を決める戦いってのが最後の一人になってみないとわからない事もあるからね。守れないかもしれない約束はしない主義なんだ」

「知ってるよ。じゃあ、質問にも答えてもらったし、試してみるね!」

「いいけど、だめだったら処置させてもらうからね」


 黒田茜は目の前の相手に加護スキルの嫉みを使ってみた。スキル自体は発動して、効果を発揮したようだった。目の前の綾華が持っていた赤黒く光ごつごつした剣が自分の手中に現れたので、両手で束を抱え込むようにして、綾香のお腹に突き入れた。


 ぐりぐりと剣身でかき回しながら言った。


「ごめんね、アヤっち。でも私が勝者になったら、ちゃんと生き返らせてあげるから、そしたら二人で、二人っきりの世界で」

「うーん、却下。それは願い下げかなぁ」

「え?!」


 目の前の綾華は無抵抗なままお腹に突き刺された剣をぼんやりと見つめたまま、大量の血を吐き出して絶命して、いた。その証拠に、彼女の姿がだんだんと消えていって、数百枚のメダルが地面に散らばったので、慌ててかき集めた。


「やった、これで、私が、勝者!アヤっち、ごめんね!全部終わったらすぐに」

「いやー、それ拾うのもお勧めしなかったんだけどね。ステータス画面から見てみて。獲得メダル枚数増えてる?」

「え、え、え・・っ!?増えて、ない?!ちゃんと拾えたのに、加護レベルも上げられないし、なんでっ!?というか、アヤっちの声、どこから」

「嫉妬の神の加護スキルは発動できなくなる。嫉妬の神の加護を受けたプレイヤーのあらゆる行為は、私に一切の危害を及ぼせなくなる。これは法の神の加護スキルね。あ、剣も返しておいてもらうから」


 黒田茜は、無力化されたのを悟り、数秒前に殺した筈の七瀬綾華が姿を現して、剣を自分の手からひょいと取り上げるのを、ただ見つめる事しか出来なかった。


「さっき、殺したのは?」

「絵描きの神様の加護レベル75で出てくるドッペルゲンガーってスキル。フェイクのメダルも持たせてたから威厳も出てたでしょ?私自身がその背後で幻の神の加護スキルとかも使ってたから、分からなかったのもしようがないね」


 綾華は、これまでと同様に、茜のメダルに剣を突き刺して変質させ、延命用の複製メダルを渡してから他のメダルを全て差し出させて他の駒と同様に処置した。最後まで渋ったので、支配の神の加護スキルまで用いなければならなかったとはいえ、殺さずには済んだ。


 そして最後に残った一人。伊藤輝人もその姿を現して言った。


「やれやれ。写し身ドッペルゲンガーとはいえ、七瀬さん、いや、綾華を手に掛けられるところでよく自制できたものだと自分を褒めたいよ」

「・・・絶対信頼できないから、スキルで縛らせてもらった上での結果だけどね。それで、輝人も試してみたいっていうの?」

「綾華が剣を持たないで終わらせていたのなら、ぼくも自分のメダルを差し出して処置してもらって終わりにしただろうけど」

「はーっ、わかったよ。じゃあ剣構えて」

「せっかく、最後の決戦舞台なんだしさ、もうちょっと」

「盛り上げようよって?いらない。だってもう終わってるもの」

「っ!」


 伊藤輝人が、武器屋青竜の牙の店主に、赤竜の牙を元に造ってもらった剣が、文字通り粉砕されていた。


「まいったな。鋼の武器や鎧だろうが切り裂けた剣だったのに。彩華の持ってる剣を貸してとか言うと未練が残りそうだから降参しておくよ」

「その素直さに免じて、私を名前呼びした事は大目に見てあげるけど、もう繰り返さないように」

「わかったよ、あ、いや、七瀬さん」

「よろしい」


 そして、七瀬綾華が最後の一人輝人のメダルの処置を終えた後、世界中に主神のアナウンスが流れた。五百年に一度の大戦を、絵描きの神の加護を受けた七瀬綾華が勝ち抜いて勝者になったと。彩華は、最初に個別面談を受けた一室に転移させられた。そこには自分に加護を与えてくれた絵描きの神ディルジアと、主神アルゴニクスとが彼女を待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る