エピソード:43 水野舞の場合 その2

 南の大国、ユーツェル連邦共和国の中でも二本柱と呼ばれてるのが、陸の人族だとエマシーナ共和国、海の人魚人族だとウォルパール魚人王国、らしい。

 旅の間に聞いた話だと、この両国、伝統的に仲が悪いそうな。どちらもユーツェルでは一番の存在という自負心が強く、エマシーナの人間族は魚人族を見下しがちで、だけど水中/海中なら魚人族に人間族は敵う筈も無く、ウォルパールの人々は逆に水中でまともに活動できない人間族を哀れんでいるそうな。


 エマシーナ共和国の隣国の一つ、リュフ・イ・エ公国の港町ヴェローニに到着。宿屋で部屋を取り、食堂でさらに噂話を聞き集めた。

 エマシーナとウォルパールの仲違いはユーツェル連邦共和国の根幹を揺るがしかねない領域に達しかけてたので、他の重要参加国達から仲裁を受けて、王族の婚姻による関係改善を図ったそうな。


「ん?どうしてそこ過去形なの?途中なの終わったのどっちなの?」


 私の話し相手になってくれてた魚人のおばさん(蛸足)が丁寧に教えてくれた。


「婚約は去年決められて、来年になれば挙式の予定だったんだけれどねぇ」

「どっちかが破棄したとか?」

「まだ正式にじゃないけど、そうなりそうだって噂だよ。やだねぇ、どっちに天秤が傾いても面倒な事になるのに」


 より詳細には、こうなる。(イカスミのパスタみたいな料理は美味しかった)


 婚約の片方、人間側は、エマシーナ共和国の当主の息子で、南海諸島でも屈指の美男子と評判が高いロマオ・モンテッキ。彼自身も面食いだけど、相手もかなりの面食いという事もあり、ならばという人選だったらしい。

 婚約のもう片方、魚人側は、ウォルパール魚人王国の王女シュリエータ・カ・プレーティ。人族が想像する美人な人魚の完成系、究極の人魚姫とも評されるけれど、彼女のお眼鏡に適う男性がなかなかいなかったそうな。

 そんな二人の顔合わせで、まぁこの相手ならと二人とも婚約を受け入れ、周囲もほっとしたらしい。

 三ヶ月に一度、陸上か海中かどちらかを交互に訪れて交流を深める事になり、五回目の今回は、このリュフ・イ・エ公国にて逢い引きデートする事になり、約定通り、シュリエータ姫の一行はリュフ・イ・エの港町ヴェローニを訪れたのだけど、桟橋で釣りをしていた人間族の少年だか青年を一目見て惚れ込んでしまいその場で求婚。

 訳が分からないよと逃げ出しそうとしたその相手はシュリエータ姫によって捕獲され、不実な事は出来ないと姫はロマオとの婚約破棄を通告。

 国対国、ユーツェル連邦共和国の根幹を揺るがしかねない騒動は二転三転した後に、シュリエータを目に入れても痛くないほど溺愛しているザッカーディア王が押し切る形で、代替案を提示。シュリエータの兄王子と、ロマオの妹姫との提案がなされたが、エマシーナ側は難色を示している、そうな。


「でもその拉致られた少年だか青年って男の子も災難でしたねぇ」

「相手が相手だし、エマシーナからは特にだけど人間側からも魚人側からもうらまれちまっておかしくないからね。ただ、とんでもない美少年らしいって噂だよ。自分の容姿にも自信があったロマオが一目見て、なるほどこれは自分と分類ジャンルが違うが一角の者だと身を引く事を決意したとかなんとか」

「なにそれ」

「その男の子っていうのがね、どこからとも知れない流れ者だったみたいで。そうそう、あんたみたいな黒髪黒目の」


 なんとなく、イヤな予感がしたので聞いてみた。


「名前はなんていうの?」

「ジロー。ジロー・ウラシマとかって名乗ってたらしいよ」


 大当たりだった。

 浦島次郎。クラスメイト。かわいい系とかっこいい系の間の絶妙なバランスの容姿で、円城高校の男子ランキング五強にも入学当初からランクインした。三年の倉方さんとかも、浦島を見に来る為だけに一年の教室までやってきたりした。

 彼は釣り好きとして有名で、彼に気に入られようと釣りを始める女子が後を絶たなかったとかなんとか。私はどうでも良かったのでスルーしてたんだけど、私をそういう目で見てこない存在として好意的には捉えてはいた。彼の方も似た感じだったらしい。


「で、そのジロー君は魚人国に連れ去られてしまったんです?」

「連れ帰ると正式にシュリエータの配偶者としてウォルパールが認めてしまった事になるからね。そこは慎重になってるので、まだこの街ヴェローニに留められてるって話だよ」

「なるほど。ところで、シュリエータ姫と彼がどこに滞在してるかも、もし知ってたら教えてもらえませんか?」

「知ってるけど、知ってどうしようというのさ?」

「いや、話題になってる人がいる場所を外からでも眺めてみたいだけですよ」

「わかるわぁ~」


 蛸足のおばさん(ノッチュエさんというらしい)から得た情報を元に、私はその日の内に手紙を書き上げ、翌日その在所に届けに行った。もちろん門番には良い顔をされなかったのだけど、


「浦島次郎と同郷の者だと言えばわかるから」


 と自分の泊まっている宿屋の名前も伝えておいた。その日は街中をぶらついて過ごした。どこでも話題に上ってたのが、シュリエータ姫とロマオの婚約破棄と、シュリエータ姫の兄オルルッカ王子とロマオの妹ラ・ルジュレの婚約が上手くいくかどうかで、哀れな人間の男の子は幸か不幸か添え物の様な扱いではあった。


 助ける義理は無いのだけど、ねぇ、と思いながら夕飯時には宿屋に帰ると、シュリエータ姫の遣いの人が置いていったという手紙を受け取った。

 部屋に戻ってから読むと、明日、今日と同じくらいの時間に出頭せよという事らしい。迎えは、まぁ来ても来なくてもどっちでもいいか。


<行く気?>


――乗りかかった船という諺が私の世界にはありましてね


<言いたいことは分かるけど、深い関係の誰かという事でもないでしょう?下手に感傷を増やすと、いずれ訪れる時がつらくなるだけじゃない?>


――そーいう間柄って訳でも無いんだけどね。無理して助けようってつもりも無いし。行きがかりに偶然窮状を聞いちゃったから、ま、出来る事くらいはしてあげようかなってだけだよ


<今のあなたなら、それなりの事は出来るでしょうけど、その結果についても考えておくようにね>


――面倒だけどねぇ。仕方ないか。


<面倒なら、関わらなければ良いだけなのに>


 なんとなくなんだよ、ほんと。


 そんな、誰に当てたものでもない言い訳を思い浮かべながら、翌日、シュリエータ姫と浦島君が待つだろうやかたへと向かった。豪華な別荘とか邸宅というよりはミニチュア版の宮殿という趣の建物。

 どちらかと言えばはっきり魚人向けの物件らしく、大半の部屋には水路が引き込まれていて、メイドとか執事に当たるのだろう魚人さんや人魚さん達が泳ぎながら行き交っていた。

 私が連れて行かれたのは、そんな水路が四方から集まってきていて、どんな仕組みになっているんだか、部屋の中央が立体化した水で組み上がってる様な不思議な空間?その水は自由に形を変えられるようで、私を迎えた偉そうな人魚姫様は高所にしつらえられた水製ソファにもたれながら、私を(物理的にも)見下してきた。


「たいしたことない人間の娘じゃない。で、お前はジローの何なの?」

「クラスメイト。学校はわかる?そこで同じ教室で学んでた学友って感じね。で、浦島君はどこ?私、あなたに用は無いんだけど?」

「ジローはあなたに用は無いわ。二度と近づかないように。これは親切心で言ってる警告よ」

「そう。おバカさんのあなたにもわかるように私も親切心で言ってあげるわ。浦島君が置かれた状況も理解してない救いようがない低脳ならとっとと彼を解放してあげる事ね。これは警告よ」


 互いに、睨み合った。だけでなく、彼女の護衛だろう兵士とかが水路や通路を固めて武器を向けてきたので、再度警告を発した。


「いい?浦島次郎を連れてきなさい。これは命令。従わなければ、あなた達の大切なお姫様を人質にするよ?」

「やってしまいなさい。身分の差も理解出来ないような輩はどの道長生きは出来ないもの」


 言葉が通じるのは話が通じる事を意味しない。

 そんな当たり前な事を再確認させられてしまった私は、部屋中に流れてる大量の水を操作して兵士達を捕縛。凝固させて身動き取れなくした。


「で、まだやるの?」

「アイシクル・ランス!」


 シュリエータ姫がかざした両手から、氷の槍が七本も現れて飛んできたけど、水の刃ウオーター・カッターで全部切り刻んであげた。


「なっ、なんなのよ、お前は!」

「だから、浦島次郎のクラスメイトだって言ってるでしょう。ああ、いいわもう。あなたといくら話しても話は進まなさそうだから、拘束したまま引きずっていくから」


 彼女が腰掛けていたウォーターベッドというかソファを変形させて彼女の首から下をほとんど凝固させた水で固めて、やはり水を凝固させた鎖でつないで彼女の居室を後にした。

 館を端から端まで探し回る事になったけど、おそらく人間用の客室区画の一番奥まった部屋に彼は囚われていた。


 ほぼ幽閉されてたっぽい浦島君は、私を見るなり飛び上がるように喜んで抱きついてこようとしたけど、水を操作して遠慮して押し返しておいた。

 そういう関係になりたくて来た訳じゃなかったし、恩を売りに来た訳でも無かった。


「来てくれたんだね、水野さん!」

「なんとなくだけどね。一つだけ先に聞いておきたいんだけど、いい?」

「何かな?何でも答えるよ!」

「この人魚のお姫様と相思相愛だったりする?もしそうだったら私は平謝りしてどこへでも消え去るけど」

「いや全然」

「良かった」

「良くないわよっ!ジロー!あなたは私と一緒になるのよ!魚人王国なら、あなたの見たことの無い魚がいくらでもいるわ!釣りならそこで」

「確かにそれは心惹かれなくもないんだけど、別に君と婚約してる必要は無いし」

「で、でも、私と結婚すれば、後は何一つ不安無く暮らせるのよ?あなたの好きな釣りだけしながら、むぐっ!?」

「ちょっと黙っててね。浦島君、この女にデスゲームの事は説明したの?」

「一応ね。だけどぼくもずっと釣りだけしてたような感じだから、話半分に受け取られてたみたいで」

「ちなみに、どの、いや聞くまでもないか」

「うん。ぼくに加護を与えてくれたのは、釣りの神様のアルデガッド。その加護スキルは、求めている何かを釣り上げる能力で、決して折れない釣り竿ももらったんだよ!」


 浦島君は異世界に来ても、ちっとも変わっていなかった。少年の幼さと青年の凛々しさの絶妙な混合。まっすぐなきらきらがまぶしすぎる。


「ちなみにそれ、釣り上げられる物に制限はあるの?」

「自分の釣りの加護スキルレベル以上の何かは釣り上げられないって聞いてるけど、メダルも釣れたよ?」

「マジで?!」

「マジだよ。といってもまだ一枚だけだけど、それでとりあえず今月分のノルマは稼げてるし、月に一枚くらいなら釣れそうな感じはしてるよ」

「まぁいいや。それで、ここから逃げ出したい?」

「う~ん。デスゲームどうこうを除けば、ユーツェル連邦共和国とその周辺の南方諸島が釣りには一番向いてるみたいなんだよね。だから、もしこのゴタゴタが平和に片づくなら、あえて逃げたくもないかも。このお姫さんとかその配下の誰かが追ってきたり構ったりしてこない事が最低条件だけど」


 人魚姫さんがもごもご抗議の声を上げてたけど無視。


ちまたの噂だと、国家間の大事な婚約をぶちこわした男としてそれなりに名前が知られちゃってるから、このお姫さんがあきらめてくれるだけだと安心にはほど遠い状況かもね」

「え~、そんな~」


 そして思案顔しつつ、何かを期待するように私をちらちら見るな。そのチワワの様な視線は、私にもわずかだが効力を持つのだ。

 私は彼の眉間をデコピンで弾いて言った。


「あうっ」

「ほら、とりあえずここから出ておこ。後の細かい事はまた後で考えればいいよ」

「・・・前から思ってたけど、水野さんて、けっこうおおざっ・・・、いや前向きというか楽天的だよね」

「言い直さなくてもいいよ。適当で行き当たりばったりな性格しいてるのは自覚してるし」

「あ、あははははは」


 苦笑いしてる浦島君と人魚姫を連れて、館の中央部付近にまで戻ってくると、なにやら騒ぎが起きていた。

 シャチ的な上半身と人の下半身を持ち、いかにも高貴な身分ですと自己主張の強い(青系の服装で揃えられてるのは国の色なんだろうか)魚人さんが、新たな兵士達を連れて現れてた。奇っ怪な水オブジェにお仲間が集団で囚われてたらまぁびっくりするよね。


「む、なんだお前達は?シュリエータ?!何が起こっている?」

「初めまして。知り合いが無理矢理囚われてたので助けにきただけの通りすがりです。ここから無事出れればこの人魚姫さんは解放します」

「むぐぐぐあぐぐぅっ!」

「まさか、お前がこの水を操作したのか?」

「だったらどうだっていうんですか?あなたとその手下の兵隊さん達もオブジェの仲間入りしますか?」


 ここでリュウグウノツカイぽい頭部を持つ魚人さんが人魚姫の兄らしき人物の脇からすっと進み出て進言した。


「シュリエータ姫が懸想された相手の事情を聞き出した者達が言っておりました。神々の間で主神を選ぶ戦いの駒として選ばれて異世界より招かれた拉致されたと。姫の配下の者達は真剣に受け止めておりませんでしたが」

「それが真実ならただ事ではないが、我が国には一人も現れなかったので、本国でも流されたのだったな」

「しかし、これだけ大量の水を同時に操作し、数十人を拘束し続けるなど、もしや、そこな女性は、水の大神の加護を受けているのでは?」

「だとしたら、何なの?」


 ざざっ、と何かの効果音が部屋中に響いた。いや物理的には魚人さんや人魚さん達があとずさったとか身を引いたとか顔をひきつらせたとか顎をがくんと落としたとか、そういったリアクションが数十人から一斉に起きた。


「水の大神か。さすが水野さん、すごいね」

「んー、他に六人も大神はいるみたいだし、そうでもないんじゃない?」

「「いや、そんな事はない(ありませぬ)!」」


 さっきのシャチ王子とリュウグウノツカイ執事?ぽい二人が身を投げ出す勢いで私の前にひざまずいていた。それを見た動ける魚人の兵士達も後に続いた。


「我ら水中に住まう者達にとって、水の大神エイミア様こそが主神。他の加護を受けし者なら受け流して終わりだったでしょうが、エイミア様の加護を受けし方なら話は全く異なります!」

「ぜひ、我らが王に謁見を!我ら魚人王国一同、あなたの戦いに助力は惜しみません!」

「えー。でも魚人さん達って、陸上でそこまで万全に動けないでしょ?」

「人魚達ならいざしらず、魚人達なら少なくとも人間達と同程度には動けます。また、我らウォルパール王国が一丸となって主張すれば、ユーツェル連邦共和国としても貴方に助力する事が可能かと」

「また、強敵と対峙する時は海原か水中であれば、あなたが不利になる事はありますまい。その時こそ我らも万全な力添えをご提供出来るかと!」


――うーん、そんな事言ってるけど、どうする?


<あなた次第ですよ、マイ。相手もバカばかりではありませんからね。あなたと水際や水中で戦おうとはしないでしょう。しかしそれ以外を狩る際には彼らの助力は邪魔にはならないでしょうね>


――でもそれルール違反にならないの?


<あなた自身が手を下し続けるのであれば>


――ふ~ん。それじゃ、申し出は受けた方がいいって事?


<最終的な判断はあなたが下すのがルールです。でも、私は彼らの王国を訪れる事をお勧めするけれど>


――その理由はルール違反になるから言えないって?


<そんなところです>


 話題の渦中から外れてしまった次郎君が言った。


「ねぇ、水野さんが行くのなら、ぼくもついていったら、だめかな?」

「・・・ほとぼりさますまで保護措置って意味なら。そこの人魚姫の婚約者って立場では無くね」

「そもそも婚約に同意してないし!」

「という訳だから、お招きには応じてあげてもいいわ。でも、ウォルパール王国として声明は出しておいて。シュリエータ姫が懸想した人間の男子はあきらめたと」

「それは、そのようにとりはからい、ましょう。ただ、そうなるといくつかまた政治的な手間が発生しますので、国元に戻るまでに数日いただけないかと」

「どうして?」


 リュウグウノツカイさん(姓はリュグノーさんらしい)が説明してくれた事情によると、だ。

 浦島君に一目惚れしたシュリエータ姫がロマオさんとの婚約を破棄した。その浦島君を諦めたというのなら、当初の予定通り、ロマオさんと婚約し直すのが筋なんだけど、お互いいったん切れてしまった気持ちを結び直すのがむずかしいのも事実。

 なおかつ、破談した婚約の代わりに、シュリエータ姫の兄のオルルッカ王子が、ロマオの妹さんのラ・ルジュレさんとの婚約の為にここに来てるらしい。今回は初顔合わせで、互いに相当の不満が無ければ婚約は成立する流れだそうな。相当の、って何だ?いいや。私が気にするべき事じゃないのは確か。


 シュリエータ姫の館で本来なら会見するだった筈が、兄ロマオに心酔していて身勝手な婚約破棄したシュリエータ姫に激怒しているラ・ルジュレさんの心情は、あの館には滞在したくないという浦島君の気持ちなどもあって、オルルッカ王子が乗ってきた水中も洋上も航行できる魚人王国王室御用船、王鯨号の客分として迎えられる事になった。


 私は水の大神の加護を受けた者として、浦島君はその私の友人でシュリエータ姫が無礼を働いて迷惑をかけてしまったお詫びとして、魚人王国の皆さんには大変良くしてもらってたし、浦島君は洋上の船から釣りを満喫する日々でそれはそれで良かったのだけどさ。


「ところで、釣った魚を片っ端からどこに放り込んでるの?」

「ああ、この異次元ポケットみたいなの、無限収納とかいうらしいよ」

「抽選会場でゲットしたの?よく残ってたね」

「ううん。ぼくは女子達に追いかけられてたから、何も選べずに南の出口から出ちゃったんだ。そしたら何故かゲットしてたの。とってもぼく向きだよ!」

「そ、そう。それは良かったね!」


 抽選会場って、そういう意味だったのか。でも、何が抽選されるか分からないなら、かなりなギャンブルになったろうけど。


 そんな時間を過ごしてたら、ラ・ルジュレさんのご一行の船が近づいてきたので、私たちはそれぞれの部屋に引っ込んだ。国と国の政治による婚約話とか、私達が口を突っ込む話じゃないし。

 とか思って自重してたんだけど、ラ・ルジュレさんからの強い要望で、浦島君が呼び出され、浦島君は私の付き添いを条件に出したせいで、私まで彼女の前に連行されてしまった。彼女の眼中に私は入ってなくて、浦島君しか映ってないようだったけど。


「へぇ、ほぉ、これが・・・。兄様には及ばないわ、決して。でも、確かに、これくらいなら」

 ためつすがめつって感じで、近づいたり離れたりぐるぐる周囲を回りながら浦島君を鑑賞し倒す彼女の姿を不安に思ったのは、浦島君やオルルッカ王子達だけでは無かったらしい。

 ラ・ルジュレさんのお付きの侍女らしき女性達が彼女を諫めたりもしたのだけど、彼女は右耳から左耳へ、あるいはその逆へと聞き流した。


「み、水野さん・・・」


 またチワワが瞳をうるうるさせる感じで助けを求められたので、私は仕方なく介入する事にした。


「あの、その辺にしておいてもらえる?」

「・・・誰よ?邪魔しないで」

「邪魔っていうか、あなたお見合いの最中でしょう?私達はもうこれで引き取らせてもらうから」


 ぴくっ、と体を震わせ、片眉を吊り上げた妹さんは言った。


「あなた、彼とどういう関係なの?」

「単なる友人ですが」

「じゃあやっぱり邪魔者ね。引っ込んでなさい」


 私が何者かなんてのは、先方(ラ・ルジュレさんの実家側)にも伝えられてた筈で、ちらりと王子の方を見ると、口を差し挟んだものかどうか迷ってる感じだった。まぁ、向こうはシュリエータ姫がやらかした側だから強くは言えないのだろう。


 私は船の傍らの海面から巨大な腕を何本か生やして彼女をつかみ上げ、船の上でお手玉してあげた。


 時間にして一分もしないくらいで船の上に戻してあげたけど、怒りにぷるぷる震えていた。


「この浦島君や私が、参加者の間で一人しか生き残らないデスゲームに巻き込まれてるって聞いたでしょ?だから、恋話コイバナとかに巻き込まれてる暇なんて無いの」


 嘘だけど。私が水に浮かんでまったりしたり泳いだり、浦島君が釣りを楽しんだりするのは、人が呼吸しないと死んでしまうのと同じ行為だからね。仕方ない。


「・・・じゃあ、あなたはいずれ彼を殺すの?」

「さあね。なるべくなら殺したくないけど、決めるのはこの世界の神様達だし」

「ぼくだって、水野さんと殺し合いなんてしたくないよ。ていうか、ぼくの加護スキルって、釣りだけだから、戦う術なんて無いんだけどね。ははは」


 彼の釣りスキルは、魚だけじゃなく、望んでる何かを釣り上げるという物なので、使いようによっては戦う為の何かを手にするのは不可能では無いようなのだけど、彼はそもそも戦うという気質を持ち合わせていなかった。持ち合わせているようなら、私もさくっと狩って終わりにしてたかも知れない。


「まぁ、メダルもたまに釣り上げられるなら、ランダム対戦は避けられるでしょ。それまでの間は、他の生徒とかが入ってこれない訪れられない魚人王国に滞在してれば、当面はだいじょうぶなんじゃない?」

「いいのかな。何ヶ月かはかかるだろうし」

「構いません。我らは、水の大神の加護を受けし方とその協力者に対する援助を惜しみませんから」

「だってさ」

「なら、私も魚人王国に参ります!」

「えっと、それは、オルルッカ王子の婚約者として?」

「それしか名目が無いのであれば仕方ないでしょう。その戦いが数ヶ月の間で終わってしまうというのであれば・・・」

「その後は?」

「その間に、判断します。そのままオルルッカ王子の伴侶としてそこに留まるのか、それとも別の相手を選ぶのかを」


 そんな流れで、私も浦島君もオルルッカ王子もラ・ルジュレさんも一緒に魚人王国を訪れる事になったのだった。(後日、その話を聞きつけたシュリエータ姫も実家に戻ってきて、ラ・ルジュレさんと浦島君を取り合うような格好になったけど、それは余談として置いておく)


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