エピソード:39 光川きらりの場合 その7

 う~、確かに、恋にのぼせてなかったとは言えない。


 でも、北大陸に渡ってくるや、ラングロイド帝国東部広域に散らばった狩るべき対象を根こそぎにしながら北部へと回っていく七瀬綾華の速度が予想よりも早すぎた。


 私も帝都の獲物は狩り尽くし、メダルは66枚に達してたけど、帝都周辺ですぐに行けるような場所に獲物はあまり残ってなくて、それら全部を巡ろうとするなら到底時間が足り無そうな事は明白で、だから、私はこれまでよりも少しだけ、いや狩られる側からすればだいぶ、ズルをした。


 遠見や縁結びのスキルなんかを駆使して、兵士達が物理的にそこまで行って急いで連れて戻れる距離の獲物を帝城まで連行してもらった。

 私がそこら中を飛び回るのは、急襲された場合の不利を考えれば危険過ぎると止められた。そう、七瀬はグリフォンとかの高速移動手段だけでなく、中央大陸から東大陸へと瞬時に移動した転移手段も持ち合わせてるのは明らかだったから。

 それがどんなトリガーを条件にしてるかは不明だったけれど、もし顔見知りとかだった場合、学年全体でも目立ってた私の顔を知られててもおかしくなかった。

 それとたぶん、入手が出来そうな位置にあるメダルを全部狩れたとしても百枚までには絶対届かなそうなのもあった。百枚集められたとしても、混沌や収束みたいな外せないスキルにも割り振る必要もあった。


 そういった事情を積み上げて、攻めに出るよりは守るに有利な帝城で罠を張る事にした。

 帝都周辺の村や町に潜伏してたターゲット達は、不自然に思われない速度で、罠を仕掛ける場所で殺した。ただ、殺した相手のメダルによっては戦い方ががらりと変わるので、見かけ上の数は増やさない為に、保有してた戦闘には役立たなそうなメダルを実体化して、それを手に取りながら、新しいメダルに手を触れる事で、どんな加護スキルなのかを読み取り、より良さそうな物なら元々持っていたのを罠の場所に置き、新たなメダルを手中にした。ご想像の通り、料理とか裁縫とかのメダルは罠の具材になった。今後、誰かとそういう関係になったりすれば大活躍しそうだったから、誰にも渡すつもりもなかったけれど。


 七瀬が帝国東部を席巻しながらも王都には近づこうとせず、はっきり北に向かっていたので、おそらくは氷竜の洞窟を目指しているのではないかという意見が出ていた。王都から見ても真北の方角にあるし、縁結びや鋭敏とかの加護スキルで七瀬の現在位置はほぼ把握出来てたから、彼女が氷竜の洞窟に到達した直後くらいからが一番危なく、また罠にかけるのであれば最善のタイミングと決めた。


 七瀬はイルクナードにも立ち寄ってメダルを増やしてたから、もしかしたら、私の同行を関知してた相手のメダルを入手してた可能性もあった。王都周辺で狩った相手のメダルにはそれらしい物が無かったという事は、声その他でこちらの様子を伺えるという事だ。つまりそれは、こちらの望んだ情報を相手にそれとなく伝えられるという事でもある。


 彼女が氷竜の洞窟に達したであろう夜に舞踏会を開き、見かけ上は華やかながらも、実力者の兵士や冒険者や魔法使いなんかを招待した、しかしその場にいなければ具体的な参加者までは分からないような舞踏会で、エキストラとして雇われた役者達が貴族のふりをしたりその名をかたったりしてそれらしい雰囲気が出るように務めた。

 そして何より、私自身の感情とか言動が読み取られてる可能性があったので、私自身は少なくとも舞踏会を楽しんでいる必要があった。

 そういう訳でという言い訳も付けて、ヒュー殿下やパージメ卿、アル殿下達にも参加してもらい、彼らと順々な感じで踊ってたから、私のテンションはピーク状態を保っていた。

 混沌とか鋭敏とか以外だと、孤独の神の加護スキルは10を最低限として、感情が高ぶり過ぎないよう落ち着き過ぎないよう調節するのに一苦労、いや三人分だから三苦労以上した。ダンスそのものは、舞踏の神様の加護スキルなんてのも手に入れて有効化してたから余裕だった。いやでもこれさ、どう戦えと、って今更か。いちおう、加護レベル上げると上手く踊れるってだけじゃなくて、魅了みたいな事も出来るので最低限5から10くらいの間で調節したりした。うん、まぁ、やっぱり、惹きつけたかったしね。


 夜遅くまで開かれた舞踏会の後は、私の部屋のベランダへ移動。何重にも結界を張って、室内奥にはアル殿下や特に腕利きの冒険者や近衛兵達にも控えてもらい、メダル構成もほぼ完全に戦闘向けな物に切り替えた。

 パージメ卿から歯の浮くような台詞をずっと聞かされて、孤独の加護スキルは絞る必要があったから分かってても心浮かされつつ、ステータス画面から七瀬のレベルを監視して、それが跳ね上がり、そして落ち着いてしばらく経った頃、私はパージメさんに合図を出した。

 それまでもさりげなく彼女のレベルの数字をテーブルに指で書いたりして状況を伝えてたんだけど、そのレベル上昇が落ち着いて、1時間ほど経ってから、パージメ卿は私の隣に椅子の位置を移し、ぴたりと寄り添いながら、彼が私にどれだけ惹かれているのか、演技だとは信じたくない内容の言葉を延々と聞かされた。手を取られ、肩を抱かれ、


「私の愛を信じては下さいませんか?」

 とか至近距離で言われたら、うなずくしかなかった!演技じゃなくて!

 もういつ七瀬が襲ってきてもおかしくない頃合いタイミングになってたから、罠は最終段階へ。動きやすいよう椅子から立ち上がりベランダの中央、罠の位置、重ねて置いたメダルに足の爪先が触れているのを確認。予見は12欲しかったけど10。鋭敏と収束は5で妥協。ここまでで既に20枚。混沌は15欲しかったけど、孤独を1じゃもう耐えられなくなってから3で併せて13枚。あ、縁結びは外せないんだったから、鋭敏と収束に回したのを1枚ずつ外して3で!計66枚の状態だと、光の神の加護以外に回せるのは計33枚だからね!

 そんな準備が一応出来たとうなずいて見せてから、もう心臓がバクバクいってるのが止まらない状態で、


「あなたの唇に、私の唇を重ねてもよろしいですか?」

 なんて聞かれたものだから、心臓はもう破裂しそうですよ!命に関わるとしても、こんな状態で急襲されたら絶対に死にそうだったので、鋭敏と収束をもう1ずつ削って孤独に回してから、

「い、いいぃぃですよ。私のなんかでよろしければ」


 にこりとうれしそうに微笑んで、彼は私を抱きしめて、最初は軽く触れ合わせるようにキスしてきた。何分か経っても状況に変化が無かったので、もっとぎゅっと抱きしめて、ちゃんと唇を重ねるようなキスが十分以上も続いて、待って、ちょっ、このままだと、いや来ないなら来ないでこのまま最後までー!て感じの雰囲気なんだけど、理性保つのが大変過ぎて、もう来るなら早く来てーーーー!と私は心の中で悲鳴を上げていた。彼が舌を絡めてきて、いやうん状況に変化をもたらすには仕方無いよね!、って自分も誰向けかわからない言い訳をしつつ熱心に応じて、まぁまた鋭敏や収束は絞って孤独に回したりもしつつ、もう限界って感じのタイミングで、頭上から冷や水が降ってくる数秒後の未来を予見した。



<来たぞ!>


 光の大神も警告の声を上げてくれて、私はいわゆる正気に戻り、足を触れさせていたメダルを吸収取得。縁結びや鋭敏へポイントを割り振りながら最速で頭上へとフォトン・レイを放ったけれど、たぶん闇の壁みたいな何かで防がれてしまった。

 その直後、頭上にいた筈の七瀬の反応が自分達の真横、ベランダのちょっと先に、巨大な氷の竜アイス・ドラゴンの背に乗った姿で出現。すでに大きな大きな両顎の中で溜められていた氷のブレスがベランダに張られていた結界に叩きつけられた。

 人間の大魔法使い複数人の最大魔法でさえ余裕で跳ね返すと保証されていた結界がすぐにひび割れていったので、私は光魔法レベル20の結界魔法、フォートレスを発動して防いだけれど、七瀬が闇の拳みたいので殴りつけてきて長くは保たなそうだった。

 ベランダに続く室内にいたアル殿下他の護衛達もすぐにかけつけて来ようとしてくれてたんだけど、ベランダに張られた結界が崩壊した事で彼ら自身の身を先ず守らなければならず、先頭にいた戦士系の人達は氷の彫像になっていた。

 そこまでが、七瀬が氷の竜アイス・ドラゴンと現れて五秒未満の間に起こった事で、次に気が付いたら、帝城ではないどこか別の空間に転移?させられていた。


 言葉にするのが難しいのだけど、SFやファンタジー映画とかアニメとかマンガの、こんな世界だよーって伝える風景画が冒頭に流される場面てあるじゃない?そういうのをいくつも組み合わせた様な不思議な空間で、ああ、たぶん七瀬が自分で描いた世界なんだろうな、って分かった。

 夜だったから光の大神の加護はそもそも限定されてたんだけど、完全に外界とは切り離された別の場所な様だった。まぁ、対私仕様なのか、昼間じゃなくて、月が出てるような夜みたいな薄明の世界だったけれど。


 パージメ卿が氷竜の小手調べみたいな爪や尻尾による攻撃を、彼のアクセサリーから出した剣や盾で防いでくれてた。とはいえ、彼の剣で切りつけても氷の様に白く透き通った鱗にかすり傷がつくかどうかという具合で、そのかすり傷も瞬く間に氷に覆われて修復されてしまっていた。


「これは、まずいですね。おそらくは氷竜の洞窟の主、レディー・ヴォックスです。この世界でも最強に数えられる存在の一つですよ」

「レベルも、ランクも、段違いみたいね。光の大神の加護を昼間に受けてればまだしも、ここは彼女七瀬の領域みたいだし、私の光魔法で氷竜を傷付けるのは無理そう」

「皇帝陛下から貸与頂いた帝国の宝剣でも、あれを一人、いやきらりと二人で倒すのは無理でしょう。ならば、やはりあの相手を倒すしか生き残る道は無さそうです」

「いける?」

「やってみます。いいえ、あなたの為に、やってみせますとも」

「じゃあ、次にあの氷竜がブレスとかの大技を放とうとした時に、私は強めの結界を張って、何とか耐えてみるから、その間に」

「わかりました。では互いに武運を」

「武運を」


 こういう時に幸運の神様の加護とかあれば良かったのに、私の所持メダルの中には無かった。

 しばらくは様子見というか、私よりもパージメさんを気にしてちらちらというか何度もガン見していた七瀬だったけど、彼女のメダルは150枚ほど。この大層な加護スキルは、その規模と効果からいってメダル100枚とかで使えるようになるのかな。

 とすると残りは50枚程度。私が光の大神の加護を40まで上げてるので、残り40枚と同程度。予見に10、混沌に10、鋭敏に10、そして結界修復用に、修復を10。


 氷竜がブレスを吐いてくるタイミングに合わせて、パージメさんがその懐に飛び込んでいった。私はブレスを光の結界魔法フォートレスで受け止め、修復の加護スキルで結界を維持。それなりのMPをため込んだ魔石をいくつも持たされてたけど、いつまでもは保たない。何せ向こうはその巨体や冷気だけでもこちらを殺せるのに、こちらは向こうを殺す手段が無いのだ。


 七瀬はこちらの狙いを読んだのか、氷竜の背からその脇に降り立ったので、パージメさんはそちらへと一秒もかからずに距離を詰めて、剣を振るおうとして、警告しようとしても間に合わなかったから、彼がつまづかされて体勢を崩して彼女への射線が通るタイミングを予見して、フォトン・レイを放った。当たり前の様に闇を纏った拳で弾かれたんだけどね。

 パージメさんは彼女の拳を体に打ち込まれて動きが止まり、頭上から拳を頭に叩きつけられたことで、まるで漫画の様に顎先まで地面に埋まってしまった。そこで変な仮面を被せらて、気にはなったけど、そちらばかりを気にしてられない。まだ死んでないって事は、すぐには殺されないって事だろうし。

 私はその間、氷竜のブレスを防ぐのに必死で手出し出来なかった。


 まずいまずいまずいまずい、マズイ!

 七瀬はその気になれば配下の魔物をいくらでも出せる筈なのに出してきてない。氷竜も本気では私をシトメに来てない様に見えるのに、私は唯一の味方を封じられてしまった。

 七瀬は、私の焦りを見透かした様に、でも油断なんて全くしてない様子で語りかけてきた。


「さて、それじゃ、そろそろ本気で、いや、小手調べからいくよ?」

「いやー、見逃してもらえるとうれしいんだけど?」

「無理。混沌の神の加護の力は、この絵画世界では発揮されない」


 唐突に、混沌の神の加護スキルが発動しなくなったのを感じ取れた。というか、話しながら数秒後を予見して対応するとか無理だって!予見て、つまり目に見えた変化が無ければ見えないって事でもあるし!


 メダル構成を焦って切り替えようとした次の瞬間には、目の前に七瀬が飛び込んできて、闇を纏った拳で殴りつけてきた。というか、気付いた時にはもう殴り飛ばされてて、建物の壁に叩きつけられてた。


 ぐぼあっ!、て感じで盛大に血反吐を吐いた。


 それでもまだ何とか生きてたから、自分の体に回復魔法をかけようとしたんだけど、その前にちくりとした痛みを感じた。

 七瀬にアクセサリみたいな小さな剣を体に突き立てられた途端、魔法が使えなくなった。それどころか、どんなスキルも使えなくなった。


「すぐ殺してもいいんだけど、いくつか聞かせて」

「は、話したら、助けてくれる?」


 体中の骨も内蔵もいくつもやられてて、まぁ控えめに言って死にかけの状態で、魔法もスキルも封じられて、こりゃ負けたかなとあきらめかけた時、光の神が指示してきた。


<メダルを全部光の神の加護に回すんだ!急げ!いや74枚でいい。残りは光魔法につぎ込んでおけ>


――やったけど、何するの?まだ何か出来るの?


<光の大神の加護レベル75で大天使を召還出来る>


――メダル回したよ。召還、し、て・・


<まだ意識を手放すな!>


 必死に意識をつなぎとめて、虚空から四枚羽の天使が現れようとした、その時、


「んー、それお話の為の道具じゃないよね?話は別の人から聞くからいいや。じゃあね、お疲れさま」

「待っ」


 て、という言葉は間に合わなかった。

 ぐしゃっ、という音が響いた。私の首筋に激痛が走った。たぶん、握り潰されたんだと思う。


 パー・・・ジメ、さ、ん・・・。


 私は、地面に倒れ込むまでの合間に、地面に首まで埋められたパージメさんの仮面姿を見て、最期にその愛しい顔を見ながら逝きたかったな、と残念に思いながら、すべてが途切れたのを感じた。

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