エピソード:37 時田幸三と、前原克美の場合
時田幸三の場合 その2
帝都からなるべく離れた北の大きな街。その先には森林と山脈、さらに先には雪原と北氷海と、ほとんど人の住める領域では無くなっていくそうだった。
移動でだいぶ日数もお金も取られたけど、帝都からはだいぶ離れられた。帝都に残ってた生き残りは全滅したみたいだった。方々に散った生徒達はさらなる逃げ場所を求めて右往左往していた。南でも東でも趨勢がはっきりとしてきてて、東大陸の大半を平らげた七瀬綾華が北に渡ってきて、北大陸の東部に散っていた生徒達を根絶やしにしながら北に向かっているらしいのを見て取り、元々ここに逃げてきてた誰かもいたのだろうけど、別の、たぶん西部から西南部の方へ移り、西大陸か、王都を大きく迂回して中央大陸に難を逃れようとしていた。
例え七瀬が中央大陸に瞬時に戻れるのだとしても、一度目のランダム対戦くらいまではせめて生き残りたいというのが、彼らにとって共通した願いになっているのだろう。
自分達は、イルクナードから動かないことにした。帝都からは離れられたのだし、何の理由からか七瀬は北をはっきりと目指してて素通りしてくれる可能性もゼロではなかった。まぁ、何より、四人分の馬車移動費で、ほぼお金が尽きてしまったのが大きかったんだけどね。
異世界に転移させられて25日目の夜。俺と留美と優美と克美は、揃って七瀬に、いつの間にか殺されていたらしい。
その一日前の夜に戻されて、時の大神から事情を聞かされて初めて分かった。もう時間が残されていないことを。もう二度目のやり直しも無いのだから、俺はダメもとで七瀬と交渉することにした。
三人、というか特に優美と留美も交渉に参加することを望んだけど、我が儘を通させてもらった。はっきり言って、交渉材料になりそうなのは自分のメダルしかなくて、三人には協力してその時間帯には身を潜めててもらえばやり過ごせる可能性はぐっと高まるのだからと説得した。
「コーゾー。死ぬつもりなの?」
「殺される覚悟は済ませてるよ」
「・・・ゴメン。私の我が儘の、せいで・・」
目に涙を溢れさせた留美を抱きしめ、優美と克美は気をきかせてくれて二人きりになってたその部屋で、俺は留美と初めて一つになれた。
夜。東門の先に出る前に、留美に訊いた。
「生きられるのなら、生きたい?」
「当たり前、だよ。でもその時は、コーゾーも一緒じゃないと、イヤだよ」
「だったら・・・」
俺はふとした思いつきを、留美経由で約束の神に質問してもらい、反則すれすれらしいその約束は受理された。
俺が昨晩死んだ時間のおよそ10分前に、俺は七瀬綾華にメッセージを入れた。
「俺を殺しても時の大神のメダルは手に入らない。この街にいる誰かもう一人の加護スキルの効果で、お前じゃない誰か。たぶん、お前の最大のライバルの一人の手に俺のメダルは渡る事になる」
俺が留美を通じて約束の神アゴルテと交わした約束は、こういう内容だった。
"俺は留美に殺されると約束する。もしその約束が守られず、他の誰かに殺された場合、自分のメダルは自分を殺した相手ではなく、メダルを多く持っている別の相手の物になる"
追加条件の方は、1対1の対決となるランダム対戦では無効化されると言われたけど、とりあえずこの場が凌げればそれで良かった。
返事が来るまでにたぶん2ー3分経ったのだけど、それは何倍にも長く感じた。
そろそろ昨日殺された時間になる頃に、七瀬からの返事が来た。
言いたいのはそれだけ?、と。
と同時に背後に人の気配がしたと思ったら、どすんと背中に誰かがぶつかってきて、お腹に何かが突き入れられてた。
「ごめん、時田君。ごめん、何度でも謝るから、私の為に、死んで」
「おま、・・克美?なんで、こんな、こと・・・」
「一度やり直した時間は二度とやり直せないんでしょ?私はあなたのメダルを彼女に捧げて、保護してもらえる事になったの!」
「そ・・・」
何度も、何度もたぶん刃物が突き立てられて、俺はとっくに立ってられなくなって、地面に倒れても、刃物は繰り返し突き入れられ続けた。
――時の神様、どうして・・・?
<君は勝つ事も生き残る事も拒絶した。ならば、近い内に終わる事は避けられなかったのも自覚していなかったのか?>
――だったら、教えてくれたって
<それはルール違反だったからな。君が予見のメダルを手に入れたままだったら、チャンスは無くもなかっただろうが、手放してしまった。心安らかに眠れ>
く、そ・・・。意識がうすれてきて、もう・・・。る・・・・み・・・・・・・・・
前原克美の場合 その1
時田幸三の死体が消えてメダルになると、それはその場には残らず、どこかへと姿を消してしまった。
だけど、焦る事は無かった。目的のメダルを無事手に入れたらしい七瀬綾華からメッセージが入り、迎えとなる彼女のモンスター達、一匹の角兎と三匹のゴブリンが現れて、その主の元へと先導してくれた。
良かった。本当に良かった。
もしも自分が単に時田を裏切って殺す役を担っただけなら、そのまま続けて自分も殺されていただろう。
自分は、光川よりも七瀬の方が差し迫った危機として、メッセージで服従と引き替えに延命してもらう事を約束してもらっていた。提示した最大のメリットは、自分の噂話の加護スキル:聞き耳で、動静を探れる事だった。
七瀬も自動マップを持っている(後から取得というか加護スキルで強奪したらしい)ので、自分を殺した後から似たような事は出来るだろうけど、その為にはいったん対象を視野に収めるかそのスキルの効果範囲内にいないといけない。レベル1なら10メートル、10でも100メートルだ。それだけ近づけば、相手にも何らかの手段で関知されてそのまま戦いになってもおかしくない。
私を生かしておけば、その手間は省かれる。予見のメダルを入手しているという警告も価値が高かった筈だ。レベル10まで上げてるなら、10秒先までの未来の奇襲を予測できる。周囲に複数の護衛役を置いてるなら、寝ていたとしてもほとんどの不意打ちを防げるだろう。
自分なら、ベストなタイミングを提供できる。だから、最後までなんて贅沢は言わない。最後に彼女が生き残った時の願いを使ってくれなんて事も言わないから、もうしばらくは生かさせて欲しい。せめて、もう少しは自分のやりたい事をやってから死にたかった。
30分ほど夜の森の中を歩かされて、ふと開けた場所に、彼女はいた。学校で何度か見かけたかな、ってくらいの相手。七瀬綾華。だけど、メダルレースでトップを走ってるような余裕はどこにも感じられなかった。
「前原さんね。時の大神のメダルは確かに受け取ったよ。ありがとね」
「七瀬さん。これで、私は、助けてもらえるんだよね?」
「ずっとじゃないけど、しばらくは、ね」
「光川さんを倒したら、用済みってすぐに殺されたりは、しない?」
「しないしない。あなたが私の支配を受け入れてくれるならね」
「メッセージで伝えられてた、支配の神様の加護スキルですよね。一切逆らえなくなるって」
「うん。どうする?」
「受け入れます。絶対に、適わないし」
「良かった。この場で殺さずに済んだ」
ぞっとした。聞き耳で光川の様子を聞き取れるだけじゃ、不十分だった。私が裏切って光川の方につく可能性を消すなら、絶対に裏切れない保証は確かに必要だよね。
「それじゃ、支配。あなたは、私に逆らえず、私を裏切れない。私が死ねと言えば死に、無謀な相手にも躊躇わずに立ち向かう。私に関する情報は、私の許可が無い限り、他の誰にも漏らしてはいけない。どんな手段ででも。どう、受け入れる?」
「受け入れ、ます。だから、どうにか、しばらくは生かしておいて、下さい」
赤黒い光に私は包まれて、見えない鎖に縛られたような感触があった。ああ、本当に何も逆らえなくなったんだという実感がわいた。
「あは。あなたを支配下に置いたおかげで、あなたの持ってた自動マップの
「足跡のデータまで表示されてますか?」
「んー、そこまでは、かな」
良かった。まだ欠片ほどのアドバンテージでも、私には残っている。噂の神の加護スキルもまだ私だけの物だ。だから、私は少しだけ強気に出てみた。
「あの、お願いが、あります」
「あなたのお友達も助けて欲しいって言うの?」
「はい。もし、許されるの、でしたら」
「その二人の加護は、約束と哀れみだっけ」
「そうです。どちらも戦闘向きではないし、誰も殺さないと誓っているので、このままだとメダルはランダム対戦で他の誰かの物になってしまいますし」
「だったら、その哀れみの方か。それをあげるよ。それでとりあえず次のランダム対戦は凌げるでしょ?」
「ええ・・・、でも・・。いえ、わかり、ました」
「あなた達はお互いにお互いの加護スキルもスキルも知っていた。約束の神の加護を受けた卯月さんだっけ。彼女は時田君が交わした約束を知っていた。その内容を知れるとしたら、あなたしかいない事もね」
「裏切ったのが、彼を殺したのがあなたではなく私だとわかってしまうでしょうね」
「約束の神の加護スキルは、支配よりも
「どうぞ。私にとっては、一応、親友だったから、手にかけずらいし」
「どうする?今夜にでもやっちゃう?私は先を急いでるから、明日には北氷海に行かないといけないし。あなたはどうしたい?」
「七瀬さんの側が一番安全なら、一緒に行きたいかも、です」
「んー、光川きらりが何かのメダルを手に入れて急襲してくる可能性もゼロじゃないなら、側にいてもらった方が便利っちゃ便利か。じゃあ、もうちょっと夜が更けてから二人を片付けちゃおう!」
「はい、わかりました。あの、出来るなら、ですが」
「なに?」
「苦しませずに、死んだ事も気付かないように、終わらせてあげられる事は可能ですか?」
「たぶんね。任せておいて」
それから、彼女は魔法で出した水球を、炎の精霊の複製とかいうアー助123達が温めたお湯と清潔なタオルで、返り血の汚れとかを落とさせてくれたし、真新しい暖かいなローブももらえた。
彼女の護衛という金等級冒険者のリグルドさんもとっても強そうで、それ以外にもオークの強そうなのとか普通のグリフォンとは違うのとか、いやまぁ、誰がこれに逆らえるんだろうかと、逆に安心出来た。あの光川きらりの超遠距離狙撃も完全に封じてるらしいし。
その夜、私は二人が泊まっている宿屋の上空まで七瀬さんを案内して、彼女はなんか不思議な流体が入り交じったものを上空から宿屋の屋根にまで降下させて、十分も待たずに、自動マップから留美と優美の名前は消えて、メダルだけの表示に変わった。
「終わった。拾いに行く?」
「はい、ぜひ」
大きめのグリフォン、メジェ助とかいうらしい、その風の玉にくるまれてゆっくりと部屋の窓まで降下。窓は内側から七瀬さんそっくりのスライム?に開けてもらって、部屋にこっそりと侵入。かつての親友達の変わり果てた姿に、私は思わず床に膝をついて祈った。
許してとは言わないけど、恨むなら神様達を恨んで、と。
七瀬さんがベッドにあった二枚のメダルを手に取り、片方を渡してくれた。慈悲の神のメダルだった。元々の神の加護スキルを2にする意味が無いのなら、慈悲の神の加護を有効化しておくよう言われた。おとなしく従っておいた。
命令を拒否する事なんて出来なかったんだけどね。
さすがにその部屋で夜を明かしたくはなかったので、彼女が設営したベースキャンプにまで戻り(跳躍の加護スキルで上空のグリフォンの背まで戻ったんだけど、100メートル以上は軽く跳んでいた。私を抱えた状態で、だ)、彼女とは別のテントと寝具などを与えられて眠った。
これであと一ヶ月以上は死ななくて済む。親友達を裏切った後悔よりも、その安堵感が強く働いたせいか、夢など一切見ずに、久しぶりにぐっすりとその夜は眠れた。
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