エピソード:35 光川きらりの場合 その6

 ええと、異世界こっちに拉致られて13日目になるのかな、今日は。昨日は倉橋を倒したり、帝国や神殿なんかに自分の事がバレてたとか、いろいろ盛り沢山過ぎた。


 何より大きかったのが、私の情報がほとんど瞬時に漏れてた事。昨日最後に倒した片桐がその役割を担ってたのなら止まる筈だけど、どうなる事やら。

 伝達の神の加護スキルは、伝達。レベルを上げると、同時に連絡を取れる相手の数が増える。携帯とかが無いこの世界だとめっちゃ強いかも。配下として動ける対象を増やせる私向きとも言える。

 予見は、レベル数分のx秒後の未来が見える。これで今日はいろいろ試してみるつもりだ。


 自分が今居る位置から最寄りのをA、次に近いのをBとしてみる。それぞれに、インドゥスとコックス、アッピナとジェイミ、ガジェスさん経由で派遣してもらった組織の人達を周辺に伏せてもらってる。

 ちなみに私はベッドに寝たままだ。そのせいか、ターゲットにしたAとB両方ともにまだ動きは無い。透視の加護スキルで、日はもう登ってるのも確認してあっった。


 私の行動を読んで動いてるのか、思考を読んで動いてるのか、さてどちらかな?

 昨日の片桐はコックス達が現地に着く前に動き出していた。彼が持っていた加護メダルは伝達と予見で、どちらも1でしかなかった筈。ならば、彼自身が私の動きを読めていたとは思えない。

 翌日から、私に近い者から改めて狙われていくだろう事くらいは普通に考えて分かっていた筈。それでも今日ターゲットにしてみたAもBもまだ逃げる動きを見せていない。

 伝達を持っていた片桐がいなくなってリアルタイムのコミュニケーションが取れなくなっていたとしても、メッセージ機能は残ってるから、監視役は警告を発する事くらいは出来てた筈。

 私が見た目上動いていなくても、手勢を動かして対象を囲い込めるくらいは出来るのは知ってる筈なのに、まだ動きが無いのは、何か策があるのか、それとも単に自分ではないからもう見捨てる事にしたのか。

 確かに、今はこの二人にかかりきりになってるから、帝都から何かしらの手段を用いて脱出する事は可能と言えば可能なのだろう。それでも結局は追いつめるけどね!


「配置についた」

「こちらもだ」

 インドゥスとアッピナの二人からほぼ同時に連絡が来た。という事は宿の周辺や、宿の主人達にも手が回りきった状態という事だろう。

 標的ABが泊まっている部屋のドアがノックされた。先ずは宿屋の人に呼びかけてもらう。Aは起きて応対しようとするようだ。Bは無視して寝続けようとしている。

 Aは扉を開けた所で確保させてもらった。どうやって?麻痺毒塗った針でちくっと刺して。状態異常無効持ちなんてそうそういないし、起き抜けで半分寝ぼけた状態なら、常時パッシブで発動してる加護スキルでもない限り、無効化も治療も出来ないだろう。されたらされたで次の手が待っている訳だけれども。

 Bの方は、しばし宿の人が呼びかけても反応が返ってこなかったので、衛兵さんに交代してもらい、殺人容疑がかかってるので聴取に協力して欲しいという呼びかけ。いわゆる普通の高校生なら、身の潔白を証明しようとするよね。もし本当に誰も殺していないのならなおさら。一人でも殺していれば、窓からでも逃げだそうとするだろうけど。

 で、Bは後者だったようだ。慌てて飛び起きて、身の回りの物を身につけると、二階の窓を開けて外に飛び降りようとした。まぁ、そこに待ちかまえてる衛兵さんの団体とか見つけちゃったら固まるよね。

 そこで部屋に押し入ってきた衛兵さん達に拘束されてお仕舞い。二人は、私が泊まってる宿屋の近くまで引き連られてくる事になっていた。私はベッドに寝たまま、北大陸掲示板や全体掲示板を交互にチェックし続けていた。私が手口を変えたとか、今すぐ帝都の外に逃げろとか、逆襲をかけようとか、そういった書き込みは見あたらなかった。

 30分近くかけて、彼らを取り戻そうとする誰かが出てこないかゆっくりと移送してもらったけど、釣り餌に求めていた魚はかからなかった。

 そして私の泊まっている宿屋の裏庭にまで引き連れてきてもらった所で、壁越しに彼らを透視で直視して、光撃。特に妨害も入らず、二人は地面に倒れて死体になり、メダルと財布を残して消えた。

 私はあえてメダルをそのまま放置してみた。メダル欲しさに寄ってくる阿呆がいるかどうか試してみたかったから。見え見えの罠だとしても、彼らのこのメダルの種類と、彼らと誰かの人間関係などによっては、自分の手では殺せなかったけれど、他の誰かには殺して欲しかった、とかね。


 30分、60分と待ってみたけど、誰も現れなかった。私は自分を霧に包んで、混沌の神の加護もレベル10にした状態でメダルを拾いに行き、誰の攻撃や妨害を受ける事も無く、拾えた。

 ふむー。相手は、何か特殊な事が出来るけど、一度何か特別な事した後は、けっこうなインターバルが要求されるとか、かな?


 獲得したメダルは、2枚。片方は収納で、もう片方は、硬化。

 収納の神ウイオの加護スキルは、当然の様に収納。レベル分の体積の何かをいつでも収納空間に出し入れ出来るそうな。そういう系小説とかなら良くあるスキルなのだろう。レベル1ずつで1立方メートルずつ収容体積が増えていき、重さは無視出来るのならかなり便利、な、筈。

 硬化の神ビングーの加護スキルも当然、硬化。いわゆる防御力が上がる系のスキルらしい。レベルと注ぎ込むMPで上昇幅と持続時間も変わる。レベル1でMP1なら上がる防御力は1で1分持続。レベル5でMP1とレベル1でMP5入れた時が同等の効果。ふむ、保険の為に有効化しておいて、いざという時は一気にMP注ぎ込むとかありかも知れない。ただ、私の光撃を防げなかったって事は、あまり信用できないのかも。


 掲示板にはさざ波が起きた程度だった。また二人減らされたぞ、みたいな。逃げられる人はとうに逃げて、逃げ遅れた人達の大半はもうあきらめかけてる感じかな。


 私はAとBの次に近かった二人の確保を、先ほどと同じ別働隊に頼んだ。二人とももう起き出して片方は宿屋、もう片方は町中で私から遠ざかろうとしていたので、二人の最新情報をそれぞれの担当チームに伝えながら、私は自分の部屋でルームサービスの朝食を済ませた。

 私が起き出しても、掲示板上に特に変わった動きは無し。逃げてる方にだけ情報流してるのかも知れないけど。まだ、どうやって私の動きを把握していたのか、その方法に見当がつかないままだった。


 次の二人には、あえて時間をかけてもらった。自分の行動を把握している相手を仮にXとしよう。自分が鋭敏や縁結びの加護スキルを使って把握した内容や実行してる作戦を、Xはどうやってだか察知し、先手を打つ事も出来る。ただし、防ぐ事は出来ていない。私の行動を逐一把握できるなら、それこそ、陰宮や倉橋と戦った時に漁夫の利を狙う事は絶対に出来ていた筈なのに、それも無かった。

 誰かを殺すことを極端に躊躇っていて、誰も死なせたくないからという理由が考えられる。もしくは、私をいつでも殺す事が出来るから、私にメダルを集めさせているという可能性すら、ある。私にも距離を無視したような機能を持つ加護スキルが複数あるのだから、他にもまだ存在すると考えておくべきだろう。


 あと、死ぬしかないと分かってて帝都に残ってるのは、時間稼ぎか囮として使われてる可能性もあるか。志願してっていうか、あきらめて残ってるのもいるだろうから判別は難しいだろうけど。


 さて、標的Cの方は宿屋の食堂でくつろいでたところを、飲み物に眠り薬を入れてお休み頂き、しばし様子を見ても誰も助けに来ないのを見極めてから、衛兵さん達に馬車に乗せて運んでもらう事に。ちなみに運び先はこの宿屋では無く、彼らの詰め所にある独房の予定だった。

 標的Dの方は、私の宿屋から徒歩で1時間以上はかかる地点にいるせいか、それなりに安心というか油断しているようだった。


 あまりにも順調に行き過ぎていて、逆に警戒心がかき立てられもしたけれど、厄介な相手がいなくなったというのなら、その間に出来るだけメダルを稼いでおく事が後日の保険にもなる筈だと割り切った。

 

 標的Cが運び込まれたという報せを受けて移動。衛兵隊が持ってる馬車を貸し出してもらった。収監先で目隠しと猿轡、両手足も縛られてる状態の相手を出力を絞ったフォトン・レイで始末。メダルは大したことないのだったから肥やし候補確定。


 その詰め所には見張り台があって、地上5階建ての建物の屋根より高い位置から帝都のたいていの建物を見下ろす事が出来た。

 贅沢を言うならこの2倍くらいの高さが欲しかったけれど、そうすると大聖堂とか帝城くらいしかないし、いったん入るとめちゃ面倒な事に巻き込まれそうな予感しか無いしな~。


 私は標的Dの位置を遠視と収束と縁結びと透視と鋭敏などをかけ合わせて改めて補足し直して、直上から撃ち抜いた時に他の人に被害が出ないかを確認。その周辺をガジェスさん配下の人達が固めたのを伝達でも確認してから、天井から貫いて殺した。宿の天井に空いた穴の修理費とか、部屋に取りに行く手間はかかるけれど、一度は実践で試しておくべきだったからね。


 また馬車に乗り込んで移動。徒歩よりは早いし、衛兵さん達に護衛についてもらってるから襲われる危険性もかなり低いのだけれど、まだるっこしいし、外堀を埋められていってる観があった。

 標的Dの泊まっていた部屋でメダルを拾った。狭くて不潔なベッドくらいしかない部屋だった。メダルは修復の神の物だった。加護スキルの修復は、物理的な何かをMPを使って修復できるというもの。早速、自分が空けた屋根から地下までを貫く穴を塞いでみた。レベルを上げると修復可能な範囲と対象の複雑さや時間短縮に効果があるようで、直径数ミリな穴なら穴の空いた一箇所につきMP1消費で1秒もかからずに済んだ。


 宿の外に出ると、来た時に乗ってきたのとは違うなんか豪華な馬車が横付けしてて、衛兵さん達とは装備も雰囲気も比べものにならないくらい強そうな兵隊さん達?に囲まれた。


「近衛兵団がどうしてここに?」

 ガジェスさんが私を庇うように前に出てくれたけど、何か偉そうな人達のリーダー的な誰かが進み出てきて言った。

「光の聖女たるきらり殿の邪魔をするつもりは無いが、皇太子殿下が是非ともお目にかかりたいと仰せで、迎えに参りました」

 ガジェスさんは苦虫を噛み潰したような表情を受かべて言い返した。

「皇帝陛下はお許しになられたのか?」

「少なくとも、お止めにはなられなかった。その意味が汲めない貴公でもないだろう、ガジェス殿?」

「近衛兵団第二隊隊長パージメ卿自らお出ましとは」

「ガジェス、これは、断れないの?」

「今後も帝国の円滑な協力を得るのであれば、断られない方がよろしいでしょうね」

「何日も拘束されたりしないでしょうね?」


 ガジェスはうなずきながらも視線をパージメ卿とやらに向けた。彼は、二十台半ばくらいの美男子?だった。ごつさの無い逞しさ。その絶妙なバランスの体格に、赤い短髪。アイドルか人気俳優もかくやという容貌の頭部まで備えていた。いやむしろイケメンなスポーツ選手のが近いか。


「改めて自身を紹介する事をお許し下さい、光の大神の加護を受けしきらり殿。皇太子殿下であるヒュードロス・エル・ラングロイドにお仕えするパージメ・スァイトと申します。以後お見知り置きを」

「はあ。光川きらりです。ご丁寧にどうも。ガジェスとかから事情は伝わってると思うのですが」

「もちろんです。皇帝陛下も皇太子殿下も、きらり殿の戦いを補助こそすれ、邪魔をする事はありません。これまでに諜報機関が集めた情報と、きらり殿の御力で精査された確保対象は全て監視下に置かれました。神々の戦いにどの程度の関与までが許されるのか、はっきりと分かっていない為、我々自身で手を下す事はおそらくはばかられますが、その一歩手前までなら問題無いと見られております」


 んー、もう後回しには出来ないか、とあきらめをつけた。ただ、最低限の保険はかけさせてもらおうと決めた。


「私の配下の者も同行させる事が条件。ガジェスの配下数名も付けてね」

「かまいません。我々はあなたに手を出すほど愚かではないつもりですので」


 別の意味で手を出すつもりはあるのだろうがという突っ込みは我慢しておいた。

 ユーシスは、ガジェスとパージメの両方に抗議したそうに見えたけど、ぐっとこらえて、ガジェスの配下の一人に神殿へのお使いを頼んでいた。


 帝城に向かう馬車は四頭の白馬に曳かれた六人から八人くらいは余裕で乗れそうな豪華な物だった。元の世界で言うならリムジンとかそんな感じ?乗った事無いから映画とかで見たかなって漠然としたイメージだけど、私の周りを私の配下で固めて、近衛兵団で馬車内にいたのはパージメさんだけ。獣人のジェイミやコックス、アガザンテさん達が同行したり馬車に乗り込む時に少しだけ眉を潜めたかもってくらいで何も言わなかった。近衛兵団にも獣人は何人も混じってたから、やはり実力主義の国なんだろうね。


 お城への道中では、私がどんな世界から来たのかって世間話?をパージメさんから聞き出させられて終わった。

 皇太子に謁見するとかいうと、やはり身を清めなければならないと侍女メイドさん達の集団に取り囲まれ、健康ランドとか比較にならない豪華な浴場で念入りに磨き上げられた後、香油みたいのを刷り込まれ、まあエステだね。香水については好みを聞かれたから、自分が嫌いでなく皇太子も苦手ではない種類の無難そうなものをチョイスしておいた。元の世界には無い果実の汁とかを組み合わせて加工したものらしい。銘柄は教えてもらっておいたが、皇室御用達の物なので一般販売はされていないらしい。皇室との縁が保たれてる限りは、他の銘柄のも好きに使いたい放題だそうだけど、今はそんなものにかまけてる余裕は無いのだ。


 ドレスも、それこそ数十着以上のコレクションから好きな物を選べたけど、ふわふわとかさばってなくて、ワンピースに近い体にフィットして動きやすいフォルムの物を選んだ。サンダルとかも紐で足に固定して、帝城の中で何があろうと立ち回れる様な装いにした。服装とサンダル以外の小物アクセサリーなんかの選択は侍女さん達のお任せにして、私はセットしておく加護スキルの方に専念した。あ、お化粧は最低限の失礼に当たらないくらいのものにしてもらった。


 それでも浴場にまで連れ込まれてから軽く二時間以上はかけて身支度(セット)が終わってから、ようやく皇太子殿下とのご対面だ。

 室内ではなく、テラス?バルコニーみたいな場所に設けられたテーブルの片側の椅子に腰掛け、パージメさんと談笑してる若い男性。二十歳前後くらいだろうか。学校どころか、日本の芸能界とか、世界中のアイドルとかハリウッドスターの中に並べてさえ見劣りしない美男子がそこにはいた。パージメさんとの組み合わせに萌える一部の人達もいそうだけど、私にその趣味は無い。


 彼、というか殿下は、私を視野の端の収めるなり立ち上がって胸に片手を当てながら挨拶してきた。

「初めまして。光の大神の加護を受けしミツカワ・キラリ殿。話に聞いてはいたが、ご本人はさらになおお美しいですね」


 男性に見とれて、どもってしまうというのは初めての体験だった。


「は、初めまして。光川きらりです。ぉ、お目にかかれて光栄、です」

「こちらこそ。どうぞ」

「あ、すみません、ありがとうございます」


 椅子を引いて座らせてくれた、そんな何気ない仕草とかが、とても板に付いてた。自然過ぎた。あまりにも美形過ぎて浮き足だってた自分の精神状態に少しだけ危機感を覚えて、孤独の加護スキルを有効化してみた。すっ、と心が落ち着いたのが分かった。

 そんな私の心情の切り替わりは丸見えだったようで、ヒュードロス・エル・ラングロイド殿下、長いのでヒュー殿下と内心では呼ぼう。彼もパージメ卿も、私を見る目が変わった。蝶よ花よといった愛でおだてる存在ではなく、ちゃんと話の通じそうな対等な存在として見てみようかという感じの。まだ上から目線なのは、仕方ないか。世界の四大大国の中でも一番強いらしい国の皇太子殿下なのだから。


「それで、今日お招き頂いた理由は何でしょうか、ヒュードロス殿下」

「私の事はヒューと呼んでくれていいよ。私はきらり殿と呼ぼう」

「呼び捨てで呼びあえる仲になれるかどうかは、これからの交渉というか、あなたが私をここに呼びつけた理由次第では?」

「もう想像はついているのでは?」

「私を予約したかっただけでは?」

「いいね。君は見所がある」

「あなたくらいの立場にあって、全てが恵まれた存在なら、女性なんていくらでも手に入れられるでしょうに」

「だけど、君の替わりはいない。そうだろう?」

「さあ。私が他の誰かに負けてそれがもし女性ならば、あなたはその女性に声を同じ様にかけるのでしょう?」

「それがこの国の皇太子として求められる役割であれば、私はそうするだろう」

「・・・ちなみに、奥さんと子供は何人ずついるんですか?」

「妻は三人。子はまだ二人だ」

「皇帝になればどちらもまだまだ増えていくという事ですね」

「避けられないだろうね」

「私にもその第何夫人かわからない立場を餌として放りつけて、私の首に縄をかけてこの国に縛り付けるにしても、魅力が足りないんじゃないの?」


 ちょっと離れたところにいる護衛さんや侍女さん達から、私に対して殺気が放たれた。私はそれぞれの目前に光線を落として彼らの睫毛の先を焦がしてやった。


「第一夫人の座をよこせと?君が最終的な勝者となり、この国を拡張する礎となり功績を残せば、あり得る報酬だろうね」

「私は私の利益になる限り、この国に協力もする。だけどそれは、あなたの飼い猫になる為じゃない」

「だとして、あなたは戦いの勝者を目指している。その果てに、どんな望みを叶えようとしているのか?」

「最初は、元の世界に戻してもらおうかと思ってた。今のままかは知らないけど、ある程度は今の力を保ったまま戻れるみたいだし」

「今では?」

「そうね。勝ち抜けた後で、あなたみたいな存在を独占出来るのなら、自分への良いご褒美になるかも」


 周囲の大勢からは更なる反感を買ったみたいだけど、ご当人には受けたみたいで、はっはっはと快活に笑われた。


「パージメ、聞いたか?さすがは異世界人だ。畏れをを知らぬ」

「畏れを知らぬのは殿下ですよ。彼女にその意志があるのなら、この場にいる全員が殺され尽くすのに、そう時間はかからないでしょう」

「その気が無いというのは話していて分かった。もっと軽く籠絡出来るかと思っていたが中々どうして楽しめる存在じゃないか」


 ちらりと私の両脇を固めて抗議したそうなユーシスさんとガジェスさんだったけど、格が違うのをわきまえているせいか、口はつぐんだままだった。


 さて、この場はどう収拾がつくのかなと思ってたら、末はすてきなロマンスグレー?に染まりそうな若執事さんみたいな人がすすすっとヒュードロス殿下に近寄って耳打ちした。

 二人はこそこそとした会話を手短に交わした。叔父上がすでにいらしているというなら、無視する訳にもいくまいな。席を設け、ご案内して差し上げろ、と指示を出すと、若執事さんは頭を垂れたまま後ろにすすすっと下がってフェードアウトしていった。


 それからあわただしくテーブルにもう一つ椅子とお茶のセットが設えられると、白い神官服に身を包んだイケオジが姿を現した。


「ヒュードロス、お手付きにしてしまえば面倒も無くなるというのは短慮だぞ」

「ご心配なさらずとも、光の大神の加護を受けし聖女様は、ご自身の力ではねのけてみせましたよ」

「さすがというべきか。初めまして、ミツカワ・キラリ殿。私はこのヒュードロスの父の兄の子。従兄とも言うべき存在だ」

「年齢的にもうおじさんでいいじゃないか」

「お前と十歳も違わないのだぞ」


 確かに二十台後半で、特に若作りしてるでもなく、そのライトブルーの長髪は綺麗にその背中に流れ落ちていた。服装も過美でもなく質素でもなく、光を顕す金糸に刺繍が絶妙に施された衣装を自然体で着こなしていた。


「この人の名前は、アルクァンド・シル・ラングロイド。光の大聖堂に出家して皇位継承権は喪失しているけど、このぼくの頭が上がらない、帝国でも数少ない人だよ」

「なるほど。ヒュー殿下がお痛をされた時は、アルクァンド様を頼ってチクれば良いと」

「おおむね正解だが」

「そう。皇室のまつりごとに関しては、アル叔父さんも口出し出来ない事の方が多い」

「今回の件は口出し出来る件だがな」


 ヒューさんもパージメさんもアルさんも美形だから、並んで話してるだけでも眼福だったけど、いつまでもここで油を売ってる暇は無いのを思い出した。


「それで。私の当面の落ち着き先をこの場で決めようって事ですか?」

「急いで決める必要は無い。が、帝城がキラリ殿にとって最善の滞在先かは議論の余地があるだろうね」

「そんな事言って、叔父さんのとこに滞在する事になったら、ここに居る時以上に堅苦しい思いをするのは免れないだろうに」

「それが無いとは言わないが、帝城でも大差は無いだろう」

「ええっと、私もほぼ同意見だけれども、どこかの衛兵詰め所みたいな場所ってリクエストは、双方から却下されたんですか?」

「ふさわしくあるまい?」

「ふさわしいかどうかは、私が決めます。私は、一般人、この国で言うなら平民て存在ですし、煩わしい思いをする方がデメリットが大きいんです。

 狙撃するには、帝城か大聖堂の様な高所が役に立つかもってくらいのメリットはあるでしょうけど、大聖堂なら信者が光の大神の加護を受けた者としてふさわしい振る舞いを求められて、帝城ここなら帝城ここで皇室に服従の姿勢を見せない生意気な平民として、あまり歓迎されてる様にも見えないし」


 私がくるりと周囲を見回すと、慌てて視線をそらしたり、にらみ返してきたりするのが4割ずつくらいだった。残り2割は表情を隠してるだけで、内心は知れなかったけど、似たり寄ったりだろう。ごく一部に私を崇拝するような眼差しで見つめてくる人もいたけど、それはそれで厄介で、大聖堂に行けばそんな人達が大半なら、ためらうよね。


「帝城は君を歓迎するよ。君に無礼を働いた者は即刻クビにするし、その内容によっては即座に処刑する」

「皇太子殿下ご自身もその対象に含まれるんですか?」

「私は君がそう望まない限り身を慎むから、無礼を働く予定は無いよ。だから対象には含まれない」

「パージメさん」

「なんでしょう、キラリ様」

「皇太子殿下は、信頼できる人ですか?」

「面と向かって、またむずかしい質問を」

「おいこら、パージメ。言って良い事と悪い事があるだろ」

「そういう所ですよ。殿下。この帝城であなたや、皇帝陛下を誰も止められないのなら、どんな立派な部屋や待遇を与えられたとしても、豪華な牢獄と何も変わらない。夜になれば身の安全はいっそう危うくなる。過去の愚かな実例から一定の歯止めはかかるとしても」

「ですね。そこまで察して頂けてるなら助かります」


 パージメさんは、はっきりと皇室側の人間だとしても、信頼出来そうな感じがした。ヒューさんとそういう印象を与えるよう二人で仕組んだのだとしても。


「帝都には、あと何人くらい残っているのでしょう?」

「およそ20人くらいかと。30人はいないかな。だから、そう時間をかけるつもりは無いんです。帝都にいる相手を狩り尽くしたら、帝国内を移動しないといけないですしね」


 アルさんも信頼出来る感じはした。少なくとも向こうの都合を押しつけようとはしてこなかったから。


「ならば、やはり頼るべきは皇室だろう。光の大神の神殿は多くの街や村にあるがすべてではないし、領主や兵士達に直接的な命令を出せるのがどちらかは、きらり殿にもわかるだろう?」


 わかってはいる、んだけど、ここでうなずくのもなんとなくムカついた。

 試しにこっそりと、孤独の神の加護メダルを無効化してみたら、ヒュー殿下の顔をまともに見れなくなった。顔を俯かせてちらりと見ただけで、胸の鼓動が高鳴るのがはっきりと感じられた。パージメさんや、アル殿下も、程度が違うだけで、好みのどストライクだった。


 私は自制心を振り絞って孤独の神の加護を戻し、レベルも10にまで上げて落ち着きを取り戻した。それはそれでどうなのかと思わないでもなかったけど、じっくりと考えてから、欲深な提案をしてみた。


「・・・今後の事を考えるに、帝都内の残りをスムーズに片づける為にも、帝城に滞在させて頂きたいと思います」

「おお、歓迎しますよ、きらり殿!では早速」

「いいえ、お待ち下さい。私の周囲は、今の供回りの者と、それから可能な限りアル殿下か、アル殿下が不在の場合は自らお選び頂いた大聖堂の選り抜きの精鋭数名を護衛に付けて頂きたく思います。当然、帝都内だけでなく、帝国内を巡る際にも同行して頂きたいです」

「上司である枢機卿に交渉して、私自身がなるべく寄り添えるようはからいましょう。護衛も女性が数人混じるよう手配します」

「助かります、アル殿下。そして皇太子殿下側からは、パージメ卿を、ヒュー殿下の身代わりとして常にお側に付けて頂きたく思いますが、可能でしょうか?」

「ふぅむ、まぁ私も忙しい身であるのは確かだからな。代役としてパージメをというのは順当だろう。どうだ、パージメ?頼まれてくれるか?」

「かしこまりました、殿下。きらり殿。私の部下2、3名も侍るよう手配する事を許していただけますか?女性が混じるようにも致しますし、殿下とのやり取りなどで伝令に走らせる場合も出てきますので」

「構いません。見張りをどういった体制で回すのかも、アル殿下とパージメ卿の間で詰めて下さい。とりあえず私を、この帝城で一番高い場所に案内していただけますか?ああ、皇帝陛下の居室など、私が立ち入り出来ないするべきでない場所は除いて」

「では、私自ら案内させて頂こう。もし不服で無ければ」

「ありがとうございます、ヒュー殿下」


 自然に片手を取られてエスコートされて、尖塔の一つへと向かった。その道すがら、帝城や帝国に関する雑談でトークも弾んだ。私の心も、孤独の神の加護を徐々に増していかないといけないくらいには弾んだ。


 私とヒュー殿下の背後で、アル殿下とパージメ卿が護衛の体制をどうするかとか話し合ってくれてたけど、ほとんどBGMとして聞き流して頭に残らなかった。時々意見を求められたりしたけど、良いようにはからって下さいとか適当に答えるので精一杯だった。


 地上百メートルくらいの高さの尖塔の窓からは帝都がほぼ360度見渡せた。ここからなら狙撃にも偵察にもは絶好の位置だという事以上に、隣に立って私の満足げな表情を見て微笑んでるヒュー殿下の余裕綽々な態度が気に入らなかったりもした。

 彼にとって、私はそういうで見る対象ではない。せいぜい、便利に使い倒して、気が向いたらつまみぐいの対象にくらいはしてやるか、くらいの存在。

 まぁいい。恋に没頭できるような状況ではないのだ。そう、思っていたのだけれど、帝城に用意された私の個室に届けられていたドレスやアクセサリーの山や、メイド長だというマイサさんから、私の為に開かれるという舞踏会と、もし開催が許されるならダンスのレッスンまで手配してくれるというのは、うん、どうせならと受け入れてしまった。


 いいじゃん。どうせ一日二日とかで決着がつく話じゃないし、帝都に残ってるのは残らず狩り出していくんだから。その為に帝国を利用するのなら、彼らにも便宜をはかるのは、互いにウィンウィンな関係構築に必要な手間って奴だよね。


 私はそんな言い訳を自分にしながら、ヒュー殿下がいない時は、パージメさんやアル殿下が側にいる状況で孤独の神の加護を外して慣らすように努めたんだけど、やばいや。どっちもめっちゃいい人だし、外見的に文句の付けようがない。まぁアル殿下は出家した人だから結婚はむずかしい立場みたいだけど、特殊な事情があれば皇籍復帰も出来る、らしい。


 日数が経過し、メダルも順調に増えていってはいたけど、やばいよ。時々メダル外して、私が三人をどんどん好きになっていってる事を、私は確かめていた。


 これ、逆ハーエンドを狙ってがんばっていくしかない、のか?恋愛の神様のメダルとか、絶対にありそうだし、それ使えば、とか不純か。


 そんな風に悩みながら、全力ではデスゲームに臨まず、ある意味、ラグロイド帝国の全力接待というぬるま湯に浸かってる内に、何人かのライバルがはっきりと台頭してきた。特に、東大陸のメダルのほぼすべてを手中に収めた七瀬綾華は、北大陸に渡ってきて、私の超長距離狙撃も完全に封じて、最大の障害として、私に立ちはだかる事になるのだった・・・。

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