エピソード:33 光川きらりの場合 その5

 早速、奴隷商へと足取りも軽く向かった。またリュグビーさんが対応してくれた。

「今度はどのような奴隷をお望みで?」

「えーと、ここで話した事の秘密は守られるのよね?」

「もちろんでございます」

「じゃあ、盗賊か暗殺者とか、そんな感じのスキル持ってるのって、いる?戦闘もこなせるとなお良しって感じだけど」

「・・・犯罪組織でも立ち上げるおつもりですか?」

「そんな暇人じゃないわ。ただ、殺し合いをしてるだけ。それで、宿屋の部屋とかに引きこもられた相手をどうにか出来たとしても、その部屋に入って相手の持ち物だった何かを拾い出さないといけなくて。いちいち扉や窓とかを壊したり、宿泊者が突然消えた部屋に入らせろとか泊まらせろとか言う客が一つ二つどころじゃなくていろんなところで続いたら、噂が立つでしょう?」

「間違いなく立つでしょうね。街の治安を守る者達も放置してはおかないでしょう」

「この街の住民には手を出したくないし、私は私の敵を狩りたいだけ。だから、その痒いところに手が届く人材奴隷が欲しいの」

「ふむ。あなたを狙っていると言っていた誰かは狩れたという事ですね」

「ええ。あなたが紹介してくれた人材奴隷のお陰でね。だからまた今度もお願いしたいと思って」

「隠遁や気配察知、鍵開けといったスキル持ちだとそれなりのお値段になりますよ?」

「そういった筋の誰かにお願いするよりはたぶん安く済むし安全でしょう?伝手も無いし」

「・・・それはそうかも知れませんね。今回も女性を望まれますか?」

「どちらかと言えば、程度でいいわ」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 リュグビーさんが今回連れてきたのは三人。大柄な戦士風の男と、小柄な盗賊風の男、それから両者の中間くらいの女性だった。


「先にお断りしておきますが、彼ら自身は犯罪を犯せないよう制約をかけられています。そうでないと奴隷商が犯罪組織に必要なだけの使い捨て人材を供給する事になってしまいますからね」

「それで?でも連れてきてくれたって事は?」

「彼ら自身に誰かを手に掛けさせるのは、彼ら自身の身を守る為に限定させて下さい。その他の小さな余罪であれば見逃される事でしょう」

「私の敵を殺すのはたぶん私の役目になるから心配しなくていいと思うけど、私を守る為に誰かを手にかけるのもダメなの?」

「それも場合によりけりですね。そういう命令で誰かを暗殺に行かせるとか、ありがちな話でしょうし」

「目の前で主人が危ない目にあってれば助けるくらいでもとりあえずは十分よ」

「それくらいは果たさなければ購入頂く意味も無いですからね。最後の確認になりますが、あなたはこの国やその民に仇なす者ではないと誓えますか?」

「もちろんよ。この辺りの敵を狩り尽くしたら、別の所のを狩っていかないといけないしね」

「・・・よろしいでしょう。大柄な者がガジェス。三人の内では最も腕が立ち、気配察知スキルも持ちます。小柄な者がインドゥス。隠遁スキルと鍵開けスキルを持ち、最も身軽に様々な場所への潜入などもやってのけるでしょう。残りの一人がアッピナ。元暗殺者という触れ込みで、それなりに腕も立ちます。隠遁と気配察知スキル持ちですが、鍵開けスキルは持ちません」

「お値段は?」

「ガジェスが300、インドゥスとアッピナが200、ですが、まとめてお買い上げという事なら、ある程度は勉強させて頂きます」


 護衛や戦闘という目的なら、たぶんガジェス一択でアッピナが次点。潜入や暗殺目的なら、インドゥス一択でアッピナが次点だった。


「あ、忘れてたけど、追跡スキル持ちっている?」


 追いかけっこをこれからもしなくてはいけないなら、必須ではないにしろあると便利な筈だった。ジェイミーの鼻も役に立つけど、臭いを最初に嗅ぎ分けさせるというのが困難だった。


「この三人の間では、アッピナだけですな。最初に伺った御用向き以外での人材紹介もありなら、追加で呼んで参りますが」

「追跡スキル持ちで、足がとても早い奴隷がいるなら。人族じゃなくても構わないわ」

「少々お待ち下さい」


 そうして四人目として連れて来られたのが、狐人のコックスだった。ふさふさの橙色の毛並みと白い胸毛がチャームポイント。


「先に呼ばれた三人の間で一番素早いのはインドゥスですが、足の早さではアッピナの方が上。しかしコックスはアッピナよりもだいぶ足が早い」

「100メートルなら何秒くらいで走りきる?」


 こういうのも現地語にうまく訳されてるんだろうなと思いつつ尋ねた。今まで困った事が無いのがさすが神様によるスキルだ。


「そうですね。ガジェスなら一般男性よりは早い程度。インドゥスはそれよりは早く、アッピナなら12秒ほどでしょうか。コックスなら9秒かからないくらいでしょう」

「腹一杯食わせてくれてコンディションさえ良ければ8秒台だっていける」

「・・・嘘ではないですな。価格は120枚としておきましょう」


 ふむ。つまり追いつけても戦える腕は無いから安いという事なのだろう。

 ガジェスが300、インドゥスとアッピナが200、コックスが120。現在の資産がおよそ金貨1800枚。全員お迎えしてもまだ1000枚も残る。あまり大所帯にしてもどうかと思ってたので、ガジェスはいいかなと考えてたところに、リュグビーさんがぶっこんできた。


「ところで。つかぬ事を伺ってもよろしいですか?」

「質問によるし、答えるとは限らないのでいいなら」

「はい、それで構いません。お客様は、コロシアムをご利用されてますよね?」

「そうね。それで?」

「ジョーという拳闘士はご存じですか?」


 コロシアムとつながりのあるこの人が質問をしてくるという事は、最低限の裏は取った上での質問なのだろうとあきらめた。


「知ってるわ。彼の大穴の試合で儲けさせてもらったしね」

「昨日の格闘王との試合でも?」

「そうね」

「彼が行方知れずになったという噂があります」


 じっと私を見つめてくるリュグビーさんの視線から、私は逃げなかった。


「そうなんだ。フリーの拳闘士だったなら、好きな時にいなくなるものなんじゃないの?」

「そうかも知れませんね。彼は格闘王を倒した前途有望な者ですから、コロシアム側でも行方を探しているそうです」

「行方を知らないかっていう質問なら、知らない、が答えになるわ」


 死んだ。殺した。掲示板だと、殺されたら元の世界に戻れるって噂もあるけど、それが本当かどうか確かめられてはいない。確かめられるのは、最後まで勝ち残るか、殺された時だけだろう。


「なるほど。真実を話されているようですね。では、ガジェスはお役に立つでしょう。ジョーよりは腕は立たないでしょうが、金等級ゴールド・ランクの冒険者に近い実力の持ち主です」

「それがどれくらいすごいか私には分かってないのだけど、そんな人が奴隷になってるのは、何かあったから?」

「不幸な経緯があった、とだけ言っておきましょう。全員お買い上げ頂けるなら、併せて820枚のところ、750、いえ700枚にまで負けさせて頂きましょう」

「たぶん、すごくお買い得なんだろうね。いいよ、全員買う」


 さっきのはたぶん、コロシアム側からの照会があったのだろう。次に私が訪れたら問い合わせるようにと。


「ところで、なんでガジェスさんだけは装備付きなの?」

「それらも込みでの事情となります。彼の装備は彼の物ですので、勝手に売り払う事は出来ません」

「そう。構わないわ。手続きを済ませて」

「かしこまりました」


 ガジェスさんの出所・・については、手続きのどさくさで彼に触れて記録・・を辿り、見当がついた。うーむ、やはり、目立ってしまっていたようだ。そういう意味では、今回の他の3人は白。元々の3人の記録も辿っておかないといけなくなった。


 私はいつもの武器防具屋に寄り、最初の3人に買い与えたのよりはだいぶマシな装備を特にインドゥスとアッピナには与えておいた。それから古着屋によって、場所によってとけ込めるような古着を何通りかガジェスさん以外には買い与えた。その途中で彼らの耳元には小声で指示を囁いておいた。

 道具屋でまたいろいろ買い込んでから宿に戻り、都合良く隣の部屋が空いていたのでそちらも押さえておいてから、手狭になった元々の部屋で元々のメンバーにも夕食を振る舞いながらも彼らに触れて記録を辿ってみた。三人の内、二人は白だった。うーむ、乗り気じゃなかった理由はこうゆう事だったのか、て感じ。


 目立ってしまう場面は最小限に抑えてたつもりでも、気を付けて見張られていたのであれば、現行犯て感じでばれてしまってただろうし、そちらの監視までかわす余裕は私には無かったし。

 宿の人に頼んでお酒まで持ち込んで特にガジェスさんには勧めた。ジェイミには途中で抜けて宿の外を、ユーシスさんは扉の外での警戒を頼んだ。

 ある程度歓迎会としての場が進んでガジェスさんの頬に赤みが差してきた頃に、酌をしてもらってたアガザンテに、ガジェスさんに絡んでもらった。文字通り、体中で。


「戯れが過ぎるのではないですか、アガザンテ?」

 滑らかな口調からは、酔ってる印象は受けなかった。

「ご主人様の命令ですから、暴れないで下さいね」

 アッピナさんがガジェスさんの背後から武器を首筋に触れさせ、私とガジェスさんの間にインドゥスさんとコックスが立ちふさがる様な状態になってから、私はガジェスさんに尋ねた。


「いちおう、私はあなたのご主人様になったと思うので、出来るだけ正直に答えて下さいね。あなたは誰に仕えている方ですか?」

「・・・・・なるほど。さすがですね、きらり様。五百年に一度の戦いを優位に進められているという観測は正しかった訳だ」

「今日あなたに会って、買い上げて説明する前に、あなた、というかあなた達は知っていたという事でいい?」

「はい。時期的にはいつ始まってもおかしくないという予測も立てられていましたし、見慣れぬ服装の集団が現れ、尋常ではないスキルなどを用いて争い、敗者の死体は消えて無くなる。500年も前の記録で信用性を疑う者もおりましたが、その後も帝都のあちこちで目撃されるに及び、確信に至りました」

「そっか。陰宮とか、倉橋とかも監視対象で、彼らを倒したから私も監視対象になった感じ?」

「光を操る者として、注目されるお一人ではありましたよ。そのまま勝ち残れるのかは不安視されていましたが、あなたは勝ち残ってきた」

「うーん、慎重に動いてたつもりだったんだけどな~」

「天から光が対象を貫いて倒すなど、それが何度も起きていれば、市井の者なら噂話として言いふらすでしょうし、我々も初期からあなたには注目していました。あの霧を操る者や、格闘王まで倒した相手との対決を制すかは五分五分と見られていましたが」

「それで、ユーシスを私のところに送り込んだのと、あなたの上司は同じ?違う?」

「それは彼女自身から語ってもらうべきでしょうが、違います。私は帝国の諜報機関の中で、今回の神々の戦いに備えてきた組織の一員です。彼女はまた違う」

「たぶんだけど、光の大神の神殿?」

「さすがですね。彼らもまた、今回の大戦を待ち望み、光の大神の加護を受けた者の勝利を願う者達ですから」


 扉が開いてユーシスさんが入ってきて、私の前にひざまずいて言った。


「ガジェス。一緒にしないで頂きたい。あなた達は最終的な勝者を帝国の手の内に残したいだけ。その為の援助は惜しまないだろうにせよ、目的は似ているようではっきりと異なります」

「ユーシス。あなたには扉の前で警備しているよう命じてあった筈だけど」

「もう察せられているとは思いますが、ガジェスや私のしている隷従の首輪は良く似た贋作です。本物と似た機能も持ち合わせ、同じ様に機能する場合もありますが、本来の我々の目的が優先されますので」


 仕方ないので、私はアガザンテにはガジェスの拘束を解かせて、代わりに扉の外での見張りを頼んだ。


「はっきり言っておくけど、私は私の戦いを最優先するし、その為に邪魔をしてくるならそれは私の敵でしかないの。覚えておいて。それで、あなた達は私の敵なの、味方なの?どっち?」

「味方です」

「帝国が味方なのは、最終的な勝者に対してです。光の大神の味方なのは、その神殿に仕える我々のみです、きらり様」

「神々は過度の干渉を嫌う事くらい、我々も学んでいる。きらり様の邪魔をする事は無い」

「どうだか。きらり様の意向が例えばこの国から離れる事だとしたら、あなた方は足止めしようとするのでは?」

「ちょっと待って。ええと、政治と宗教、この国ではどっちが上なの?」


 ぴきん、と何かが音を立てた気さえした。鋭敏スキルを有効化してたから、なおさらだろう。もちろん、混沌の神の加護はレベル10にしてあったけど、まだ二人を敵設定にはしていなかった。知見もなるたけ上げてある。二人を比見してみると、ガジェスさんのがずっと強いけど、ユーシスさんもこれまでのやる気の無さが演技だと分かるくらいには強かった。どれくらいって言うのは難しいけど、格闘の神の加護レベル10にした倉橋とでも、それなりの戦いはしてみせるだろうくらい?


「皇帝陛下と皇室、帝国の国体がもちろん上です」

「政治の仕組み上はそうなっている事は否定しませんが、人々の信心は果たしてそうでしょうか?冬の長い帝国では、光の神の信徒は他のどの神よりも多いですよ?昼の長さはそのまま暖かさと恵みの多さにも直結してきますからね」

「光の神の加護を受けた方の前で言い争うのは止そう。不益だ」

「そうしてもらえると嬉しいかな。ちょっと二人とも黙っててもらえる?」

「かしこまりました」

「仰せのままに」


 片膝ついて頭を垂れた二人を前にしたまま、私はイルキオに相談してみた。


――それで、あなたは、自分の信徒、巫女か何かに神託でも下して私の情報流してたでしょう?


<神々の協定で触れない範囲で、だがな。気に障ったか?>


――あんまりね。互いにズルしあうような戦いだけど、一方的に大きなハンデもらってるような物じゃない。ただでさえあなたの力は強いんだし。


<だからこそ、行動の選択肢は基本的に全てプレイヤーに委ねられている。どちらに行けとか何をしろとか、神々が口を出して良い事になったら、それこそ戦いにならなかったりするからな。程度問題なところはあったりもするが>


――じゃあ、この場面でどちらに協力するかしないかとかも、あなたは助言できないのね?


<そうなる>


――帝国は、私を利用したいんだろうね。超遠距離狙撃装置としてだけでも価値はあるだろうし。でも、私が勝った後に、元の世界に帰るつもりだって言ったら?


<人々は神々に逆らえない。かつてプレイヤーを自分達の思い通りに動かそうとした者達はそれが力ある国であれ滅ぼされた。その歴史を忘れていない国であれば繰り返さぬだろうし、忘れていればいずれ滅ぼされるだろう>


――ふーん。捕まって国の為に使われる奴隷にされる心配はしなくていいって事ね。


<油断は大敵だがな>



 さて。帝国の協力をとりつければ、帝都だけでなく北大陸に散らばってる敵プレイヤー達を狩り出すのはむずかしくなくなる。元の世界で言う警察とか自衛隊とかを味方につけるようなものだし。神殿でも似たような事は出来るかも知れないけど、国家権力のが一応宗教よりも強いみたいだしね。

 いずれ私がいなくなるとして織り込んでるかどうかはわからないけど、他の国に行ってもしかしたら敵に回るとかはものすごく嫌がりそうだよね。私としてもそんな事するかどうかは知らんけど。

 聞いておこっか。


「帝国は私に協力してくれるとして、何を見返りに望んでるの?私があちこち、それこそ世界中を巡らないといけないのは知ってるんでしょ?今の所、私は勝ち残れたら元の世界に戻ろうと思ってるし」

「中央大陸への侵攻。その足がかりを得る為の戦いにご助力頂けましたら、この上ない幸せと存じます」

「なんと不遜な」

「ユーシスさん、ちょっと黙っててね」

「はい、申し訳ありません」


 私はステータス画面で中央大陸を騒がしているレベルトップの相手の状態を確かめてみた。確かこないだまではレベル16だった、筈なんだけど、今日見てみたら、26まで爆上げしていた。全体掲示板や東大陸掲示板では大騒ぎになってた。メダル枚数トップの私と同じくらい?七瀬綾華って誰?、てくらいに印象残ってない相手。メダル枚数こそまだ3枚と少ないけど、それだけ一気にレベルを上げられるのなら、メダルだってどうにか稼げるかも知れない。


「いいわ。お互いの都合が合えばだけど、協力できる所は協力してあげる」

「おおっ、真であれば皇帝陛下もさぞお喜びになられる事でしょう!」

「敵の一人が、中央大陸を席巻してる感じでね。権力者とかとも仲良くやってるみたいだから」

「なるほどなるほど。なれば我らがきっとお力になれる場面もある事でしょう」

「ユーシスさん、あなたは私に変わらずついていて。帝国が変な気起こさないように」

「かしこまりました。この身命は光の大神に捧げられております故、何もお気遣い頂く必要はございません」


 目が据わっていた。こっちの本性隠す為の演技っていうか、本来なら異世界からの小娘にその加護が直接与えられるだなんて、神々の大戦という事情は理解してたとしても、心情的には納得いってなかったからこその、あの演技ふりだったのだろう。

 まぁ、勝てれば何でもいいや。


「地図、ある?」

「帝都の物であれば。国全体のはそれなりの大きさの物となりますので、入り用であれば保管している場所まで」

「大まかな写しでも構わないから持ってきて」

「かしこまりました。手配致します。翌日中にはお届け出来るかと」


 テーブルの上の料理の空き皿なんかはコックスとかに下げてもらい、広げてもらった地図に、自分の心のメモ帳にピン留めしていた位置を、物理的にピン留めしていった。ピンみたいな小さな針付きの何かはガジェスさんが用意してくれてた。きっと彼らの組織内部でも、似たような事はやってるからだろう。


 私は鋭敏と縁結びも使いながら位置を再確認してピンの位置を精緻化していった。その内のいくつかは昼間感じ取った筈の宿屋にはいなくて、別の宿屋に移ってたり、反応が見つからなくなってたりした。

 私は不審に思って、北大陸掲示板の書き込みをつぶさに追っていくと、まだ帝都に残ってる人はすぐにでも別の街や村、もしくは西大陸か南諸島へと移り住むよう警告してる書き込みがあった。


 やられた、という感じがした。八百万ではないにしろ数百の、それも細々とした神が細分化されてるなら、噂話とか盗聴とか、そういった類のがいてもおかしくなかった。どんな神がいてその加護スキルがどんな物なのかは、元々の加護を与えてくれた神に聞いても教えてくれない。それこそ、戦いが成立しなくなるからだろう。


 今まで夜には動いてこなかったけど、だからこそ油断されてる可能性はあった。宿を転々として昼間は歩き回らなければ当面は安全かも知れないと思われてたら、いけるかも。


「ガジェス、今からでも動ける?」

「人数を集めろというなら、少々お時間を頂きたくはありますが」

「宿屋の主人とかを説得できるなら、ガジェス一人だけでも構わないよ。コックスはジェイミを連れて、ここに向かって。誰か逃げ出したら追跡して、ジェイミには臭いを覚えさせておいて」

「分かった。フィシジット区の河馬の尻尾亭かな、これは」

「相手がどんなスキルを使うかは全く分からないから、無理して近づいたり戦闘したりする必要は無いからね」

「そう言って頂けるとありがたい。では、先行します」

「ガジェスも、出来たら人を2ー3人でいいから集めながら向かって。インドゥスとアッピナはコックス達とは別行動で、対象を無力化できないか試してみて。私は遅れて向かうから。アガザンテとユーシスは私の護衛」


 インドゥスとアッピナには、今回の確保対象がどの部屋に泊まっていて、どんな外見や姿格好をしているかも伝えた。

 二人は先行したコックス達を追って走り去った。ガジェスもどこかへと姿を消していた。きっと現地合流になるだろう。


 私は逆に、ゆっくりと対象のいる宿屋へと向かった。普通に歩けば徒歩30分くらいかかる距離。鋭敏と縁結びとで対象の様子を監視し続けていたけど、動きがあった。早すぎた。コックス達でさえまだ現地に到着してなくて、私のメダル反応を感じたのだとしてもまだ遠過ぎる筈だった。


 やっぱり、何かの加護スキルで監視されてて、チクられてると見るべきか。まぁいい。それで寝首かかれないのなら、一人ずつ物理的に狩っていくだけだ。

 今追ってるのは、昼間に記録でマーキングしておいた相手だったから、どこまで逃げられても問題無かった。夜は外壁の門も閉まってるから外にも逃げられないし。

 私は少し早足にして相手が泊まっていた宿屋へと到着。ガジェスも二人の配下を連れて、宿屋の主人に確保対象が泊まっていた部屋を改めさせていた。


「逃げられたようですな」

「足取りは把握してるから心配しないで。ジェイミとコックスは臭いを覚えて辿って追って。ガジェスさん達は私達についてきて」


 相手は、私の宿屋がある方角とは逆方向に逃げていた。ジェイミとコックス、インドゥスとアッピナが移動を開始すると、また相手が動き始めた。

 今度はさっきと違って、地図上でどこかを指し示してないし、声でどこそこって会話もしてない。という事は、盗み見とか盗み聞きってよりは一段階上のレベルで行動を把握されてるのかも知れなかった。

 対策を考えないと。一人ずつにこんな手間かけてられないというのが正直な感想だった。目立ってしまってもいいなら、いくらでもやりようはあるんだけど、限度って物がありそう。七瀬ってのは自重してないぽいけど。政治とか宗教とか絡んでくると面倒そうなんだよな~。


 確保対象よりはジェイミ達の方が素早く動けるみたいで、15分後くらいには追いついて戦闘に入ったのが縁結びの加護スキルで伝わってきた。

 ただ、なかなかの剣の使い手みたいで、不意打ちで拘束できなかったインドゥスとアッピナだと苦戦してるぽかった。


「ちょっと行ってくる」


 私は飛行の加護スキルを有効化。レベル10に。他は光と光魔法が10。縁結びと鋭敏は1に落として、収束とかを有効化しておいた。万が一の時の為に。


 夜目が効くようになる薬は買ってあったから、薄暗い路地裏でも問題無く見えた。相手の後背100メートル、上空10メートルの位置から、フォトン・レイを放ってみた。

 太陽光線ほどじゃないけど、それなりの速さの光線が相手を直撃、したと思ったら、私に跳ね返ってきた!スキル:反射か!?と思った時には私に直撃、する寸前で、加護スキル:収束で防がれていた。いやー、保険はかけておくべきだね!

 私は光線を連発しながら距離を詰めた。相手は必死に逃げ口を探しながら反射し続けるけど、囲まれていて逃げられない内に私の接近を許した。

 縁結びと鋭敏は無効化、飛行のレベルも1に落とし、混沌の加護をレベル10にして、混乱と混濁を発動。相手の反射スキルを阻害出来た反応を得てから再度フォトン・レイを発動。今度こそ反射されず、相手もかわしきれなかった光線で、相手の体は斜めに切断され、地面へと積み重なり、やがて消えていった。


 ちょうどその頃に、光線の軌跡とかを見てやってきたのだろうガジェスさん達が到着した。


「倒されたのですね、おめでとうございます」

「ありがとう。でも、これで明日からの作戦は立て直しになるかな」


 昼間の方がどっちみちやりやすいのは確かだし。

 私は地面に残されていたメダル2枚を手に入れた。持ち主はたぶん、剣道部主将の三年男子だった。副将のが強いとは言われてたけど、それでも県大会とかなら上位に食い込む実力者で、いわゆる五強には入らないけど、十から十五くらいまでなら入るとか、そんな誰かだった。名前も覚えてないけど、告白された事もあったよーな。どうでもいいか。

 片方のメダルは、伝達。初期スキルは、対象の相手と連絡が取れるという物で、もしかしたらこいつが私の行動を把握していたか、それとも狙われた相手に警告していたのかも知れなかった。それは明日以降に分かるだろう。

 もう片方のは、予見。加護レベル1で1秒後の未来が見えるとか、それ系小説とかの俺Tueeee主人公がいかにも使ってそう。弱くはない。さっきの反射スキルとかも常時発動でないのなら、これ使って防いでたと考えれば使えなくはないだろうけど、例えば私がさっき反射されたフォトン・レイをこれでかわせたかというと微妙。むしろ3秒後くらいにしておいて、発射したら反射されるとかかわされる未来とかを見ておいて対応考える方がまだやりやすそう。


 さっきの反射スキルだけでも、私が収束の加護スキルを有効化してなかったら殺されてた可能性はあった。やはり油断は良くないという事で、私は宿に引き上げた。ガジェスさんには、監視対象者の監視や尾行を厳しくして、帝都から逃さないよう今夜中に手配を頼んでおいた。

 北大陸掲示板では、陰宮も倉橋も倒されていて、対私陣営の切り札的存在と思われていたらしい片桐(そういえばそんな名前だった)が死亡表示になって私のメダルがまた増えてた事で、パニックが起きてた。ダメもとでも私を襲って倒すしかないとか、そんな感じ。

 ふむ。私はたぶん自分を守れるけど、自爆テロみたいな感じで来られたら自分や宿屋の他のお客さん達も危ないかも、か。


 ここでまた私は考えた。政治と宗教、どっちに頼るのがマシか。皇帝の住むお城とかかなり安全になるだろうけど、行動の制約はとんでもなく面倒になりそうだった。大神殿の方はまだある程度好きにさせてくれそうだったけど、狂信者達に囲まれれば、光の大神の加護を受ける者としてふさわしい振る舞いだの求められたりして、私はとっとと逃げ出すだろうなとしか思えなかった。

 どっちか片方を滞在場所に選べば、もう片方がうるさいだろうしなー。面倒だ。集団で襲ってきてくれれば逆に面倒が省ける。


 悩んで考えてみても答えが出なかったので、ガジェスさんとユーシスさんに相談してみた。


「皇室側と教会側双方が納得できる中立的な拠点を用意できる?私が居る場所を私の敵が結託して襲ってくる可能性もあるから。衛兵詰め所みたいな場所でも構わないわ」

「帝城に居室をご用意致しますが?」

「大聖堂以外の選択肢はありません」

「はい、その二つはお互いが納得しないだろうから選択肢から外してね。繰り返しになるけど、私は私の戦いを止めないから。邪魔はしないように」


 二人は互いに視線を交わしてから私に一礼し、私の後方で議論し始めた。まー、あの二人だと結論は出なくて、その上司の上司、トップである皇帝と大司教?とかでないと結論は出ないだろう。そんな対話にまで私は自分で割り込むつもりはないし、そんな暇は無い。

 私の情報をどうにか掴んでいる相手なり、その方法なりを特定して、阻害なり除去しないと、私のメダル集めは邪魔され続けるのだから。


 私は宿に帰り着くまでに結論を出せなかった二人には、その上司達に二日後までに結論を出すように告げ、二人には一応の立場である私の奴隷というか少なくとも従者としての役割を果たすよう申しつけた。

 二人はそれぞれの部下や同僚らしき誰かに手短に用件を告げて職務に戻ってきた。やれやれ。


 私は宿の部屋で、ガジェスさんにもらってピン留めしていた帝都の地図を前に、鋭敏と縁結びの加護スキルなんかを駆使して情報の最新化アップデートに務めながら、次の最善の一手を眠気に敗北するまで考え続けた。

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