エピソード:24 桜田香が求めた救けと対価

 私、桜田香さくらだ かおり、24歳。今年から初の担任を任された新任教師の一人だ。教頭である親のコネが効いたのは、自分で頼んではないにしろ、事実なのだろう。

 一学期は、それなりにこなせたと思う。二学期から高校生らしいイベントは増えていく。二年の後半から進路が決まっていく子達もいる。これから責任もやりがいもどんどん増えていく筈、と思っていたら、予想だに出来ない大脱線が起きた。


 なんだよそれ、異世界集団転移というか、拉致って。文科省は対策マニュアルを用意してくれていただろうか?異世界勤務手当なんてものは出るのだろうか。

 そんな気迷い言に心を遊ばせるのも、自分が壊れない為だったと、そうしておこう。


 無理。それが最初からの結論だった。自分が生き残る為に、他の誰かを、それも顔見知りと言って良い近しい人達を数百人単位で殺し尽くさないといけないなんて。


 私に加護を与えてくれたのは、旅の神ラクステ。その加護スキルは、自分が行った事があるか、顔を知っている誰かの元へと転移できるという、おそらくは弱くはないもの。

 自分だけなら、生徒会に主導されたグループからいつでも抜け出せたけど、父親の教頭も主催の一人になっていたのだから、無理な相談だった。


 絶対に怪しいなんて、言うまでもなかった。あいつらが殺している。でも面と向かって指摘できるのは、三年の学年主任だった加藤先生くらいだった。地声は大きすぎてうるさいけど、決して悪い先生では無かった。


 犠牲者が増えていき、父親にも心配され、私や、反発する力を持たない子供達は先に離散させられた。出来るだけ遠くへと逃げるようにと。

 私が連れていく事になった二人、日高健悟と大島奈樹砂なきさは、両方とも何度か自殺しようとして、それでも死ねなくて、戦う気力も持てなくて、残していけば生け贄になるしかない生徒達だった。

 日高君の方は、悟りの神、大島さんの方は、樹の神。それぞれ直感と植物成長という加護スキルを賜ってはいたけど、どちらかといえば戦闘向きではないのも明らかだった。ちなみに私の取ったスキルは土魔法だった。それくらいしかほぼ残ってなくて、生徒会に言われて取らされたものだとも言える。サバイバルキットを取ろうとしたら、それは無いと却下された。キャンプする時に絶対に便利なのに。


 異世界に転移してからも、自らの無力感に苛まれる日々だった。一部の生徒達は、順応してレベル上げや殺し合いに邁進していたようだけれど、泣き言掲示板とかには、無理矢理転移させられて自殺も出来ずに追い込まれた生徒達の恨みの言葉で埋め尽くされていた。こんな異世界もその主神も神々も、それを許してしまった元の世界の神も滅びてしまえと。慰める為の言葉すら無かった。前向きに誰かを殺しましょう!とか言えないもの・・・。


 私や一部生徒を逃がす試みは、予想外にうまくいった。数日経っても、その誰もがまだ殺されてなかったからそう言えた。だけどその代わりに、残った生徒達はみるみる減っていき、最後には父も殺された。その直前に、絶対に生徒会メンバーを信じるなと遺言されて。

 私達が親切な役人から割り当てられた農村は、役立たずな筈の私達を暖かく出迎えてくれた。心が痛んだ。もしかしなくても、数日も経たない内にここを追われるように逃げなくてはならず、それ以上の迷惑を村の人達にかけてしまうかも知れなかったから。

 連れてきた二人は、生徒会の圧迫から離れて少しは精神状態が安定してきていた。けれど、ここから宛の無い逃避行に巻き込めば、またふさぎ込んで動けもしない状態になってしまうと、一人だけでも逃げられない内に、追いつかれてしまった。


 私は生徒会メンバーの顔を見つけるなり、二人の手を握って、視野のずっと先にある山の方へと転移した。

 それでとりあえずの距離は稼げたけれど、生徒会5人のメダルの反応はしばらく待っても離れてはいかずに、こちらに近づいてきていた。

 人里なんて周りに無い、でも獣や魔物なんかはうようよしてるだろう場所だ。サバイバル用のアイテムや、基本的な水食料の持ち合わせさえ無い。連れてる二人の生徒は、生徒会メンバーに迫られた事でまた怯えきってしまい、私ががんばるしかなかった。

 この時点でも、たぶん頼れるだろう誰かの元へ転移していき、援助を求める手が無かった訳ではない。けれども、彼女もすでに複数の相手を手にかけていた。彼女も覚悟を決めているのであれば、私達を殺す相手が代わるだけの結果にしかつながらないと、決心が出来なかった。


 ぐずる二人を引きずるように、何とか生徒会メンバーのメダルの反応から逃れようと山中を逃げ続けた。どうしても逃げられない窮地に陥れば、一日一度しか使えず、使えば次の24時間には使えなくなる転移の力を使った。

 それでも、向こうの移動速度の方がずっと早くて、14日目。追いかけっこは終わった。私は二人を人質に取られ、これで身軽になれたという気持ちは否定できないままに、今一番頼れるかも知れない誰かの元へと転移した。レベルトップで、所持金額でさえダントツのトップに立って見せている、担任クラスの生徒の一人、七瀬綾華の元へ。


 彼女は、冷静だった。自分が生き残るには、他の全員を殺さなければいけないという課題に正面から向き合っていた。彼女が誰かを助けたとしても、その相手は彼女の糧として殺されるしかない事を、繰り返し私に語り聞かせた。本当なら、立場が逆の筈なのに。


 助けて、という懇願を、だから彼女は真正面から切り捨てた。私が掲げる人としての道は、彼女も価値を感じない訳ではないだろうにせよ、考慮出来るようになるのはデスゲームを勝ち抜いた後でしかあり得ない。

 そんな、初日に決めておかなければならかった筈の覚悟を、私はようやく決められた。私や二人の生徒を助けるのではなく、殺された父の仇を討って欲しいと頼んでようやく、彼女は受け入れてくれた。対価は、私の命となるメダルを彼女に渡す事で。

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