エピソード:23 円城高校生徒会奮戦記?1

 俺の名前は、及川充おいかわ みつる。円城高校の生徒会長だ。三年の二学期だから任期切れ間近だったとはいえ、次の選挙はまだ行われていなかったから、俺が生徒会長だ。このまま進めば自分が最後の生徒会長になるだろう。


 さて、初日だ。あの妙な全身白タイツ野郎の何から何まで気にくわなかったが、倉橋の腕を消し飛ばしたのも、自分を含めた全員が体験した苦痛も幻覚じゃなかった。なので、あいつが言っている事を信じる事にした。

 個別面談は、互いの自己紹介だけでほぼスキップした。面談説明時間は後からでも取れるなら、最初に取れない物を取る事を優先した方が良い。先着順は不平等に見えて平等な場合がある。

 自分に加護を与えてくれた法の神は取得すべきスキルがどれか教えてくれた。敵スキル無効化。敵プレイヤーが使うスキルを封じ込めるという壊れスキル。これだけあれば勝てるというものではないが、最強と言えるスキルの一つだった。

 抽選会場のどこにあるかは、ほぼノーヒントだった。だが、自分には何となく察せた。モールの中央広場に展開された四面の大画面。それは物理的な枠が存在していなかったから、その内側から投影されているか、何か自分たちの世界ではまだ実現されていない技術で、ただそこに表示されているもので、要は、その四面スクリーンの内側は空洞の筈だと推測できた。

 ならばと踏み込んでみると、内側の中央の床には小さな台座があって、その上におもちゃの様なふざけた宝箱が乗せられていた。開いてみると、「スキル:敵スキル無効化を取得しますか? Yes/No」と意識上の視野に表示されてきたので、Yesを選択した。

 自分が外に出る時入れ違いに入ってきた奴もいて、

「残念だったな」

 と声をかけると、慌てて外に出て、何が目前で奪われたのか確認すると、舌打ちはしたもののすぐに他の何かを選んで、出口の一つの先から姿を消した。そいつが選んだのは、二つしか在庫の無い時空魔法だった。

 自分もフロアマップや各店舗、出口の案内板などを早足で見て回ってから、中央広場の片隅から、誰がどんな順序で何を取っていったのか、おおまかな推測を立てながら、自分の身内と呼べる存在が姿を現すのを待った。


 橘亞璃紗たちばな ありさは、自分が抽選会場に現れてからおよそ15分後に現れた。生徒会副会長で、付き合って二年以上になる彼女でもあった。

「ミツル!良かった!会えなかったらどうしようかと」

「俺達が会えるのは当たり前な事だ。それより急げ。亞璃紗に取ってもらうスキルは決めてある。詳しい話はスキルを取ってからだ」

「う、うん。どのスキルを取るの?ていうか、どこにあるかも分かってるの?」

「すでに歩き回って当てはつけてある、ここだ」

 それは化粧品店のアイコンの店舗で、鏡のついた化粧机が並べられていて、ある意味とても分かりやすかった。5つある机の内、すでに2つからは化粧品ポーチの様な宝箱が消えていた。亞璃紗にその内の一つを取らせると、無事にスキル:魅了が取得できたようだった。

 また広場に戻りながら状況を説明。大画面の説明も戻ってから読ませた。


「これから生徒会メンバーや、教師の一部が現れたら仲間にしていく。有用なスキルは特に、生徒会メンバーに優先的に取らせていく。亞璃紗には、広場の反対側にいて、見落としが無いようにしてほしい」

「わかった。教師陣で特に仲間にしたいのはいる?」

「体育教師の倉橋は論外だな。あれはたぶん枷が外れる。仲間内に置けば崩壊の引き金になる。校長か教頭が最優先。そのどちらかを確保出来れば、後はたぶんどうにでもなる」

「了解。先ずは生徒会メンバーと、校長か教頭だね!」


 そしてだんだんと抽選会場にやってくる生徒や教師が増えていき、書記の大森美祢おおもり みねには物理攻撃無効、経理の西田陽介にしだ ようすけには鑑定、広報の今井絵里いまい えりには魔物テイムを取得してもらった。欲を言えば魔法攻撃無効も誰かには取らせたかったが、十分強力な布陣だろう。


 教頭が抽選会場にやってきたのは、自分が来てから一時間以上は経った後だった。

「教頭先生!少しお話よろしいですか?」

「お、おおっ、及川君か!」

 許可を求めつつも返事は待たずに広場の片隅へと引っ張っていき、生徒会と教師陣主催のグループを立ち上げて、最大派閥を形成するメリットなどを説明した。数だけが力では無いにしろ、数は確かに力になる筈なのだから。

「いきなりこんな事になって、みんな混乱していると思うんです。だから、生徒会と教師達がしっかりして、みんなを導いていかないと」

「そうだな。さすが生徒会長。市会議員のお父上も君を誇らしく思うだろう」

「生きて帰れればですけどね。まずは生き残っていかないと」

「それはそうだな」


 すでに稀少なスキルの大半は完売状態だったので、教頭である桜田孝太先生には、金貨千枚を選択してもらっておいた。集団の間で、お金があれば当面の不安を解消したり先送りできると。

 人数が増えていくと、さらにメンバー集めは容易になった。ただ、同じ部活や友人同士。個別のクラス単位で集まりをそれぞれに作って同じ出口から出て行くのも大勢いたので、自分達はなるべく、取り残されたり途方にくれてるような生徒に声をかけていった。その方が、後になった時の処理も楽な筈だからというのは、言葉にも態度にも表情にも出さないように気を付けた。


 自分が抽選会場に来てからおよそ6時間が経過する頃になって、ほとんど誰も現れないようになり、教師6人、生徒38人、その他関係者1人でいよいよ転移する事になった。

 出た先で襲われる可能性はもちろん踏まえていたが、武器や防具、魔法を取っていた者も少なくなく、たいていの危険には対処できる筈だった。

 出口は、平和だという東の大国を選んだ。武器防具を備えたメンバーに続いて自分も出たら、3人で徒党を組んだ連中と戦闘になっていた。

 その内の一人が、バカ力で防具付きの生徒を比喩ではなく殴り飛ばしていたので、敵スキル無効化を使ってみた。

 スキル:身体強化を無効化しましたというアナウンスが脳内に流れた。見るみる体格がしぼんでいったそいつは後続の生徒達に簡単に取り押さえられた。

 俺は生徒会メンバー達にあらかじめこっそりと伝えていた通り、襲撃者は狩ってメダルを得ておくつもりだった。メダルの多さが力につながると法の神も言っていたからだ。

 武器を持っていた敵の一人に、物理攻撃無効を使った大森が突進して、相手の武器ごと弾き飛ばした。俺はそいつの武器を拾い、同じく拾おうとしていた相手ともみあいになった風を装って腹に剣を突き刺して倒した。血を流しながらだんだん動かなくなっていった相手は、やがてメダルと財布をその場に残して消えていった。

 俺は当然の様にそのメダルを取得しておいた。リーダーとしての当然の報酬だな。残る一人は逃げ出していたので生徒会メンバーで追いかけ、人気ひとけの無いところで亞璃紗にスキル:魅了を使ってもらい、その方法や効果や限界を確かめた後、相手を殺し、メダルは亞璃紗に与えておいた。


 転移場所に戻ると、待っていたグループのメンバーに襲撃者二人を倒してメダルを自分と亞璃紗とが得た事を伝えた。確保しているもう一人のを入れれば3枚になる。これを順番に共有すれば、少なくとも3ヶ月はしのげる筈とメンバーには説明して賛同を得た。

 その日は、いくつかのグループに分かれて王都を散策し情報収集。手頃そうな宿屋に分かれて宿泊する為に、教頭先生に協力を依頼し、了承してもらった。彼の持つ金貨千枚のうち、900枚を45人で分割。一人当たり20枚を分配して、手持ち金貨は全員が20枚増えた。教頭だけは120枚に、襲撃してきた生徒達3人の10枚ずつを渡して150枚。何かしらの収入の宛をつければ、すぐには消えないお金にはなるだろう。

 いくつかの宿屋に分かれて部屋を取った。それぞれ教師が一人ずつは付くような形で、教頭も泊まる自分達の宿には、襲撃者の残り一人もいた。こいつには、何度かに分けて亞璃紗に魅了させておいた。逃げ出したりせず、言う事を聞くように。


 初日で50人ほど減っていた。多いか少ないかで言えば、こんなものかなと思えた。


 翌日、鑑定スキル持ちの西田に、裕福そうな商人達を鑑定させた。出来れば拠点となる屋敷を安価で借り受けられればベストだった。いくつかの大きめの商店を巡った後、亞璃紗をいやらしい目つきで見てくる脂ぎった男がいたので、他の店員の目につかない場所で魅了させてみた。

 すぐに興奮して亞璃紗をその場で襲おうとしたので未然に防ぎ、騒ぎを聞きつけてやってきた店員達にどういう事かと詰めより、出るとこに出るか?と強気に出て、相手がどうか内密にと言ってきたので、その屋敷の一つを借り受ける事に成功した。

 45+1人が入るには多少手狭だったが、学校に出入りしてた業者が自分は別れると言ってきたので、ちょうど45人。タダでというのは聞こえが悪いので、一週間後から、一人当たり銀貨4枚を支払うという事にした。一日で金貨18枚。それならばとそれなりの食事も出してもらえる事になった。


 それは良かったのだが、その夜。グループ内の生徒の一人が、獲得メダル枚数が期限が切れるタイミングで増えていなければランダム対戦対象に選ばれてしまうという情報を持ち出して、騒ぎになった。

 自分はもちろん、抽選会場での待ち時間中に法の神に確認してあった。生徒会メンバー内でも周知済みだった。

「グループを組んだからといって、どうなるんだ?」

 当然そう詰め寄られたけど、答えは用意してあった。

「グループから出て行くのならもちろん止められないよ。でもね。グループ内に残ったメンバーが狙うのは、当然、グループ外の誰かになる事、わかって言ってるのかな?」

 もちろん、自分に詰め寄ってきてた誰かは青くなって引き下がったけど、別の誰かが小声で言った。

「でもさ、この国に転移してきたグループ外の人って、たぶん100人もいないくらいじゃない?つまり、二ヶ月も保たないけど、その先はどうするの?」

「メダルがある方に移動して狩るしかない。他に答えは無いよ。自分達は、たぶん最大のグループの一つだ。みんなが力を合わせれば、きっと勝ち抜いていけるよ」

「先生達もそれでいいと思ってるんですか?」

「生徒とか先生とかで殺し合うとか、間違ってますよね?」

「どうにか出来ないんですか?大人なんだし教師だから、ぼく達を守る義務がありますよね?」


 アホかと心の中で侮蔑した。大人でも教師でも、こんな状況どうにかできる訳が無い。日本でもない元の世界ですら無いこんなところで、義務なんて負える訳も無いのにと。

 教頭先生を始め、何人かが、この国の公的機関、つまりお役所みたいなところに相談してみると言ってたけど、あらゆる政治や宗教組織なんかの上の上の上の神様達のトップが絡んでるんだから、どうにもなる筈が無い。

 とはいえ、自分もポーズとして付き合っておく事にした。

 その晩は、魅了しておいた襲撃者の一人と、教頭達に噛みついていた生徒の一人を頂いておいた。片方は亞璃紗が襲われそうになって、もう片方も夜中に屋敷を出て行こうとしてたので屋敷の外で呼び止め、グループから抜けるという事で頂いておいた。二人のメダルは、物理攻撃無効持ち大森と、鑑定持ち西田に与えておいた。順番的に、次は魔物テイム持ち今井だった。


 二日目は全体で20人が死んでいた。それぞれの理由は不明。全体掲示板では、獲得メダルの交換だけで枚数が増えなければランダム対戦が免れられないという情報が出回って、いくつものグループが瓦解し始めてるという話も出ていた。ま、このグループは、明日くらいかな。


 公的機関は、一応、話は聞いてくれて、同情もしてくれた。行く宛も職も無いというなら、いくつかの農家とかを斡旋してくれるとも提案してくれたのは、良心の故だったとしても、持ち帰られたその話を喜んだ生徒はほとんどいないように見えた。そりゃそーだ。メダルの枚数が増えなければランダム対戦での殺し合いが待ってるんだから。呑気に農作業してる場合じゃない。

 一部の生徒は冒険者として戦って経験値を貯めてレベルを上げるといい、一部の生徒は進んだ社会の科学技術や製品なんかを再現してこの国に売り込むとか言ってたけど頑張れ。レベル上げは間違ってはいないし自分達もいずれやるつもりだけど、メダル確保の方を優先すべきだ。リソースは限られているのだから。

 ただ、優れた技術だの製品だのは、その前提となる何かを作れないと意味が無くて、大半は、その材料が無いと作れないし、その材料が工業社会の製品だったりして詰んでる場合が多い。止めて爆発されるのもなんなので、対応は後回しにした。


 三日目は自由行動ということで、自分達は冒険者ギルドで登録して、武器屋で安物だろうにせよそれなりの武器も揃えてみた。メダルを狩るのにも必要だしな。その日は街中のお使いクエストをこなしながら、グループ外の生徒達を5人狩った。街の外に出て魔物テイムも使わせてみて、角兎というのをテイムさせてみた。ギルドで使い魔として登録が必要。戦わせていくことで強くなっていくらしい。そこら辺はゲーム的だった。


 その三日目の夜。やはり冒険者として登録したメンバー達七人がグループから抜けると通達してきた。それは仕方のない事と教師達は受け入れたが、自分達生徒会メンバーはそれでもと外で追いすがり、亞璃紗に「説得」してもらい、どの宿屋に泊まっているのか、明日はどんな予定なのか聞き出してもらった。加護レベルが上がる度に、魅了スキルの使い勝手も上がっているようだった。

 やはりダメでしたと屋敷に戻り就寝。三日目は35人が死んでいた。


 四日目は朝早くから起き出し、対象の7人の行動を遠くから監視。街の外で魔物達との戦闘中に仕掛けた。相手もある程度は予測していたらしく、魔物は放置して逃げだそうとしたけれど、テイムした角兎が一人の足を傷つけた事で彼らは逃げられなくなり、戦闘に入った。

 鑑定持ちが、相手の神の加護によるユニークスキル、魔法などのスキル、そしてレベルなどを読みとってくれていたお陰で、誰を優先して倒さないといけないか分かっていたのが大きかった。

 厄介なスキル持ちは自分が無効化して封じ、戦闘向きなスキル持ちは物理攻撃無効持ちが相手をして封じた。さらに亞璃紗が相手の仲間の一人を寝返らせて襲わせて混乱を招かせ、角兎があちこちを飛び回って手傷を与えていけば、崩れるのは早かった。

 ゴブリン二匹と戦ってる2人は後回しにして、残りの5人を次々に殺した。降参する、もう刃向かわないとか言っても、手遅れだった。生徒会の5人でメダルを一枚ずつ分け合った後、ゴブリンの相手は放棄して逃げ出した二人も、ゴブリンと一緒に倒した。

 ゴブリンはテイムするにはためらわれる相手だったし、街中への連れ込みも禁止されているとギルドで聞いていたからだ。彼や彼女達の死体は消えてしまったけど、お金や装備などは残ったのでありがたく頂いておいた。


 生徒会メンバーのレベルも全員が3から4に上がったので、今夜、仕掛ける事にした。勘が良い連中は気づいてもいるだろうし。

 そう思ってたら、教師陣にちくった奴らがいたようだ。

「及川君達、ちょっといいかな?」

 と別室に呼ばれていくと、

「昨日別れたグループの七人が今日、全員、亡くなったようなんだ。何か知らないかね?」

「教頭!もっとはっきり言うべきですよ!死んだ生徒の分、生徒会メンバーの所持メダル枚数が増えたって!」

「それが、どうかしましたか?」


 大声で怒鳴る三年の学年主任、前から目障りというか、耳障りだったんだよな。今年で定年を迎える校長に代わって教頭が校長に繰り上がって、こいつが教頭になるのは、残る生徒達にとって不幸せかも知れないとか考えてた事を思い出したりしながら、平然と語った。


「グループから離れれば、グループ外の相手として処理すると宣言してた筈です。それに、今日はたまたま初級冒険者としての狩り場で遭遇した時に、向こうから仕掛けてきたんです。それを返り討ちにした。どこに問題があるのでしょうか?」


 確認のしようなんて無いしね。もし何らかの神様の加護とかで再現されてもその時はその時だと割り切っていた。


「それが正当防衛だったという証拠は?」

「そうでなかったという証拠は?」

「ぐぅぅっ」

「加藤先生。及川君達がこう言ってるんです。子供達の言うことを信じるのも教師の役割じゃないでしょうか?」

「しかしっ、状況的に」

「及川君。ここで君が言った事は信じるとしよう。しかし、その代わり、守って欲しい約束がある」

「どんな約束でしょうか?」

「誰もが君たちの様に状況の変化に対応出来る訳でもない。誰もが必要に迫られたからといって他の誰かを殺せる訳もない。ここまではいいね?」

「はい、そうですね」


 そいつらのメダルは有効活用してやるけどな、と思ったけど、おくびに出さない。


「このグループに所属したまま、そういった戦いから離れる事を一部の生徒達に許可した」

「それは、どういう事でしょう?」

「先日会ったお役人に口をきいてもらってな。数人ずつ、いくつかの農村に散ってもらった」

「なるほど。さすが先生方です。温情あふれる措置ですね」

「頼むよ。手を出さないでくれ」

「後回しにはするよう努めましょう」

「教頭!やっぱりこいつら放っておいたら」

「加藤先生。私らは最終的に生徒を守ってやれません。嫌な言い方になってしまいますが、自分で自分の行き先を決めてもらうしかない状況です・・・」


 その場はそれで終わったのだけど、屋敷の中はだいぶがらんとしてきた。二人、七人と減って、さらに十人がところ減っていた。


「みつる。桜田香先生がいない」

「逃がされたみたいだね。もったいない事をした」

「あの加護スキルは、今後絶対に必要になる。突出してきてる敵を強襲できるスキルだ。何としても手に入れておかないと」

「だからこそ、父親である教頭も危機感を持って逃がしたんだろうね」


 45人から9人減って36人。自分達5人と、教師達4人を除けば29人の筈が、この屋敷に残ってるのは17人。翌月以降の貯金として捉えるなら、半年保たないくらいに減っていた。


「だいぶレベル上げてきてる奴もいるし、ここのは早めに消費して、次行った方がいいかも」

「メダルは有限なリソースで、最優先しないといけないのは確かなんだけど、レベルや金もおろそかにしていい訳じゃない」

「じゃあ、明日はお役人に尋ねてみようか。後から合流したいとか、尋ねてみたいとか適当な理由をつけて、誰がどこに向かったのか教えてもらおう」

「口止めされていたら?」

「亞璃紗に魅了して口を軽くしてもらうさ。俺達が聞きに来たと言わないよう口止めしておけばばれないだろ」


ーーー

 この時、生徒会のメンバー達は知らされていなかった。教頭である桜田孝太さくらだ こうたに加護を与えていたのは、信頼の神フーラ。そのスキルは相手を信頼する事が出来るというもので、教頭が彼らに開示していたのはそこまでだった。

 だが、フーラは及川達が信頼に値しない事を最初から見抜いていたので、自分のスキルの効果を全て伝えてはいなかった。

 その初期スキル「信頼」は、相手を信頼するというもの。だがそれで終わりでは無かった。信頼した相手に裏切られた時は、裏切った相手に知られる事なく、相手の裏切りを知る事が出来るというものだった。


 生徒会長達の裏切りに確信を持った教頭は、娘にメッセージを打った。生徒会長達が彼女を狙っていると。彼女が連れていった二人は特に精神状態が不安定で自殺未遂までしていた。彼女には、手配された農村に留まる事無く、最悪一人でも遠くへ、それこそ今一番強いと見られている生徒の元へ逃げるようにも伝えた。

 幸い、その生徒は、娘が担任していたクラスの一人だったので、力になってくれる可能性はゼロでは無い筈だった。最終的に殺されてしまうのだとしても。

 教頭は、加藤他の教員にも、翌朝からの行動を指示。明日から自分は生徒会メンバーに同行してその行動を制限しようとするので、その間に屋敷に残った生徒達を説得し、ばらばらな方角へ逃げるよう頼んだ。

 加藤は、屋敷に残っている教員と生徒達で生徒会メンバーを襲撃する事を提案してきたが、メダル枚数もレベルも、はっきりとした差が生じてしまった今では勝ち目が薄く、もし勝てたとしても双方の犠牲はおそらく大きく、勝てる可能性があるとしても生徒を手にかけたくはないし、かけるべきではないと説得。加藤は説得されて引き下がり、他の教師達と協力してなるべく多くの生徒達を救うべく動くと約束してくれた。


ーーー

 四日目に減ったのは21人だった。その内の7人は自分達で狩った分だから、けっこうがんばっているのではないだろうか?


 そんな確認から始めた五日目だったが、朝から教頭がずっと付いてくると言い出した。ここでもうどうにかしてしまう事を考えたけれど、三十人以上を相手に戦えば、一人か二人はやられてしまうかも知れない。無茶をするのは、桜田香をやってからで良いと考えて、教頭の同行を許可した。


「教頭先生もいつまでもレベル1だと危ないから、レベル上げしておきましょうか」

「任せるよ」

「任されました」

 そして門の近くまで来た所で、亞璃紗と西田には別れてもらった。亞璃紗には役人を訪問し、西田には屋敷の監視を頼んだ。


 二人がいつの間にか消えている事に教頭が気付いたのは、門の外に出た後だった。

「二人には、今日はレベル上げじゃない用事を思い出したので頼んでおいたのです」

 教頭は、悔しそうな、悲しそうな表情を浮かべたが、苦しげな笑みを顔に張り付けて頼んできた。

「私一人の為に君たち5人を付き合わせるのも悪いからな」

「そう言ってもらえると助かりますよ」

 冗談でない冗談に、教頭は無理な追従笑いをしてみせた。

 冒険者ギルドの常設依頼の薬草を採りに行くついでで見かけた魔物を倒しますという、その言動には何も嘘が無いものだった。収入面でいうと、生徒達から奪ったお金だけではいずれ磨耗して消えて無くなる。魅了スキルも既知の存在なので、不要に連発していれば自分達がお尋ね者になってしまう。今はまだ異世界の国家権力に敵対できるほど自分達は強くない事くらいは自覚していた。


 そんな訳で、ハイキングの様に薬草やそうでない物もそれらしく摘みながら、実際魔物を倒させたりもさせてみて、周囲に完全に人気ひとけが無い事を確認した上で、さくっと殺した。

 殺す前の語りとか不要だから。教頭も悟っていたように地面に倒れ、やがて動かなくなってから死体が消えていった。

「メダル、信頼の神のか。あまり役立ちそうにないが、順番通り次は亞璃紗のだな」

「お、金・・・、やられたね」

「どうした?」

「計算上、最低でも百枚以上は持ってないとおかしいのに、二十枚も残ってないよ」

「娘に渡したか、もしくは屋敷に残ってた連中を逃がすのに教師連中にでも渡したか、どちらかかな」

「西田を監視に帰しておいたのは正解だったな。大森、西田にメッセージで状況を訊いてくれ。俺は亞璃紗に役人から情報得られたか訊いておく」


 結果から言うと、屋敷に残ったのは七人の生徒だけだった。西田の聞き込みで、教師達が他の生徒達を連れ去った事が判明した。

 亞璃紗の方は、半分成功で、半分失敗というものだった。先行して分散させた方の誰がどこに向かったのか、彼らは把握していないというのだ。誰がどこに行くのかの振り分けは教頭達が相談して決めたという。


「くそっ。焦らずに教頭は亞璃紗に魅了させて尋問しておくべきだったか?」

「仕方ないさ。亞璃紗に加護を与えてくれた恋愛の神様、教頭の信頼の神とは相性が悪いって言い切ってたんだし」

「ん~、何か無いかな。今までにゲットした神様メダルの加護の力で便利そうなの?」


 生徒会5人のメダル総数は21枚(獲得枚数は16枚)にもなっていたが、基本は初期メダルの加護レベルを上げるという方針で、追加でゲットした加護を有効化してはいなかった。


「あ、探索の神様のメダルがあったよ!」

 と声を上げたのは、今井だった。便利そうなので、大森とのジャンケンで今井が勝ったものだった。

「有効化してみるねぃ。探すのは、桜田香!・・・って、加護レベル1だと、方角探知だけだね」

「まぁそれで十分だろ。その方角にある農村に当たればいいんだ。進んでいけば正解に当たる」

「移動はどうするんだ?」

「公共交通機関みたいのは無いだろうけど、乗り合い馬車みたいなの、あるんじゃねーの?」


 しかし、冒険者ギルド他で聞き込みをしてみたが、無かった。対象の方角にある農村はいくつか候補があって、徒歩なら三四日も離れていた。


「どうする?王都離れてる間に、残った連中がメダルを集めたりレベル上げたりすると面倒になるかもよ?」

「今井、次は加藤だ。あいつがどうせ教頭に頼まれて動いたんだろ。なら、あいつがたぶん一番多く連れて逃げてる筈だ」

「でも、どこで襲う?」

「まだ、街中にいそうか?」

「ぎりぎり、かな」

「追うぞ。追いついて、魅了して屋敷に連れ戻して、全員殺す。街の外に出てれば、まぁやっぱり追いついて森かどこかに引き込んで殺す」

「乗り合い馬車とかで移動してたら?」

「その時は移動先のどこかで始末するしか無さそうだな」


 急いでその方角に向かうと、正に乗り合い馬車に加藤や他の生徒達が乗り込もうとしているところだった。人目が多くあり、街の衛兵達の姿も近くにあった。荒事は起こせない。

 自分は、亞璃紗を連れ、加藤と馬車の間に割り込んで言った。

「加藤先生。教頭先生からの至急の連絡です。屋敷にいったん集合して、そこで重要なお話があるそうです」

「お前達!教頭は一緒の筈じゃなかったのか?!」


 相変わらずでかい声がうざかったので、亞璃紗が真っ先に魅了した。ローブのフードで顔や目元を隠し、スキルを使用しても目立たないようにしていた。

「加藤先生、教頭先生は先にお屋敷でお待ちになられてます。お戻りを」


 加藤が魅了にかかり、背後に連れていた生徒達に言った。

「すまん、お前達。教頭先生が重要な話があるそうだ。いったん屋敷に戻るぞ」


 すでに俺達に囲まれていると知ってあきらめた生徒達もいたが、何人かは違った。

「だまされるな!今確かめたけど、もう教頭先生は」

「何かな、飯村君?教頭先生はお屋敷で待ってるよ?」

 亞璃紗のファインセーブだった。他にも逃げ出そうとしたのを大森が確保してから亞璃紗に魅了させたり、厄介そうなスキル持ちは俺が無効化してから魅了させたりで、周囲の客達には

「お騒がせしてすみませんでした」

 と頭を下げながら屋敷へ連行した。


 連れ戻りながら生徒会メンバーで相談した。

「屋敷の連中にも怪しまれてるぞ?入って出て来なければ、俺達がどうにかして消した事になる」

「思考能力が皆無じゃ無ければそりゃあ怪しむか。だけどあまり時間もかけてられないし、今日屋敷にいる女中メイドとかは、魅了して口止めしておこう」

「あまり乱発するのもどうかと思うが、商人とか役人とかに使ってる時点でもう手遅れとも言えるしな。やばそうになれば、ここやこの国から逃げ出せばいい」

「獲物が減ればどうせ移動は必要だったしね」


 屋敷に先に亞璃紗が戻り、残っていた女中二人を魅了して窓の無い部屋で待機しているよう申しつけて、加藤他八人を地下室に連れ込み、一人ずつ処理した。

 先に処理した教頭のメダルを亞璃紗に。それから順に5人でメダルを分配し、全員のメダルを6枚に出来た。欲を言えば、俺一人を一枚でも突出させておきたかったけれど、タイミング的にはこういう事もあった方が身内の間での公平感は保てるだろうと自分を納得させた。


プレイヤーを倒しただけではレベルはなかなか上がらなくなってきてるし、桜田香先生のメダルゲットしたら、少しはレベル上げに集中して、メダル集めはついでにした方がいいかも」

 生徒会の中での随一の肉体派の大森が主張した。

「確かにそうだな。一人、突出してる奴がいるし」

「中央大陸なら、目立ったグループもいなかった筈。レベルを上げてからでも十分狩れるだろうしな」

「この屋敷も引き払い時だな。屋敷を返却する代わりに、馬車と御者を用立ててもらおうか。きちんと対価も払えば、悪目立ちもしないだろうさ」

「まー、万が一追っ手がかかるような状況になったら、そのままどっかにとんずらしちゃえばいいしね!」

「お前は呑気だな、今井」

「深刻になったってしゃーないっしょ」


 生徒会メンバーは、自分で言うのも何だが、クセのある奴が多い。今井はその中でもマイペースというか、個人主義というか、流されない側面を持っていた。それがここまで付き合ってるという事は、いずれくる対局の時を見据えての事でもあるのだろうと、幾度目かの覚悟は決めておいた。


 その日は、屋敷の主の商人に話をつけて、翌朝馬車を仕立ててもらう事で話を付けた。40人は居た仲間達については、それぞればらばらに自立したと適当に伝えておいた。どうせ裏は取れないのだから。

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