エピソード:18 お絵描きイベント

「あの、アヤさん、この方々はいったい?」

「にぎやかしみたいな物ですけど、ある意味で勝負の見届け人みたいな感じです」

「見届け人とはいったい?」

「これからすぐにわかりますよ」


 私は、トン助達に組ませた壇上に立って集まってくれた皆さんに今日の絵描きイベントの内容を説明した。


「アルカストラかムンバクの皆さん、お集まり頂きありがとうございます。

 今日のこのイベントは、元はと言えば私がグリフォン達を討伐した時に得たグリフォンの卵の処遇を巡って、アルカストラとムンバクの領主様達に相談を受けた事がきっかけで考えついたものです。

 どちらにお譲りというか売却する事になったとしても、卵を手に出来なかった方に禍根は残ってしまうでしょう。

 二つの街はどちらも絵画に造詣が深いと聞きました。だから、領主のお二人に絵を描いて頂き、私が審判として勝者の方にお譲りする事にしました。当然対価も頂きますが。

 お二人には、ご自身の力だけで描いて頂きます。不正があった方は失格とし、卵の処遇は王家の方に委ねようかと思います。

 お二人の絵がどちらも優劣付けがたく引き分けと思われる場合は、私も同じモデルの絵を描きますから、私とアルテラ様とミルケー様の間で、互いが自分以外の誰かに票を投じ、一番票が多い人の勝ちとします。同数だった場合は、やはり王家の方に扱いを委ねる事にします。

 そして問題のモデルですが、ミルケー様にはアルテラ様を、アルテラ様にはミルケー様を描いて頂きます。私もお二人を描かせて頂きますが、引き分けの時の為の保険、おまけの様な物です。

 最初に空の上で、私が、グリフォンに乗ったお二人の姿をスケッチします。おそらく20分もかからないでしょう。お二人はたぶん、飛んでるグリフォンの背中で描いたり塗ったりはむずかしいでしょうから、地上でそれぞれをモデルに描いて下さい。グリフォンに乗ってる状態で。

 メジェド・グリフォンもにぎやかしに出しておきましょうか」

「あの、互いをモデルに描く、って、お互いに相手を描きながら、ですか?」

「別に珍しくもないでしょう?絵の練習、授業とかで」

「それは、もしかしたら、そうなのかも知れませんが」

「アヤ殿。私達のモデルを他の何かや誰かに変える事は・・・」

「認めません。それじゃ、早速始めましょうか」


 私はグリ助1から3と、メジェ助1と2を出した。メジェ助の方は、ナチュラルに圧迫してくるようなオーラ?を纏っていたりもするので、少し離れたところで、周囲を冒険者さん達に囲んでもらった。不埒者が彼らの体に触れたり羽をむしろうとかさせない為に。


 私がグリ助1に、ミルケー様がグリ助2に、アルテラ様がグリ助3に搭乗。私の指示に従って、グリ助2と3は並んで飛んだり、向かい合ってホバリングしたり、曲芸飛行めいた事して二人を絶叫させてみたり、面白がっていろんな表情をする二人を、スケッチブックの複製した紙に描き落としていった。

 約束通り20分ほどで私のターンは終わりにして、二人には地上に降りてもらった。とはいえ、互いにグリフォンには搭乗した状態で。


 そんな二人をモデルにしようと、総勢百名以上の画家達がイーゼルやキャンバスや椅子などを手に二人を取り囲み、こちらを向いてくれだの、もっとくっつけだの、同じグリフォンに乗って寄り添ってくれだの、好き勝手に注文を付け始めた。二人に絵のアドバイスを送った奴は失格処分にして会場から放り出すと告知してあったから、そういうのはいなかった。

 しかし、二人が互いを描きあうのだから、それなりの近距離にいる必要がある。衆人環視というか注視の中で、互いをじっと見つめ合いながら、互いを描くのだ。私なら御免だが、これも私を面倒事に巻き込んだ罰、いやむしろご褒美だととらえてもらおう。吊り橋効果を期待してないと言えば嘘になるしね。


 グリフォンのポーズに関する注文は私にしか受け付けられないので、私からグリ助達に都度指示した。二人には求められるだけの複製した紙を渡した。二人はグリフォンの背で彩色作業までする事は断念し、スケッチに集中する事にしたらしい。

 昼食休憩などはあったけど、一日中、二人は互いを見つめ、互いのポーズなどに関する注文をつけあいながら、穏やかな雰囲気の中、何気ない会話も時折かわしながら、時を過ごした。そんな二人の姿を百人近い画家達も熱心に描きながら見守った。悪くないんじゃないか、これ?と一人でも多く思ってくれたらしめたものだ。


 夕方になる前に、二人はそれぞれの絵を描ききった。特徴や輪郭はほぼ正確に捉えている素描スケッチだけど、技術的にどうこうというより、相手の何気ない微笑みを捉えて描いてて、その目元や雰囲気が優しいのが素敵な作品だった。二人とも、相手が描いてくれた自分の姿を見て、てれてれと喜んでいた。うんうん、仲良き事は善きかな。


「引き分け、ですね。お二人とも基礎の基礎は出来てるし、優劣つけ難いです。という訳で、こちらが私の描いたお二人のスケッチになります」


 私の絵は、絵画というよりは、キャラの表情イラスト集に近い向きの物だった。二人がグリフォンの背に乗って驚いたり喜んだり怖がったり互いの側に寄せられてちょっとどぎまぎしたり、そんな表情をいくつも描き寄せたものだった。


 私はアルテラさんに投票した。二人は互いに投票すると思ってたから、これで決着すると思ったのだけど、二人は二人ともなぜか私の絵に投票してしまった。だけでなく、私の絵が欲しいとまで言ってきた。言い値で買うとまで言ってきたので、ちょっと怖くなってしまった。

 私はとりあえず二人を描いた絵をそれぞれに渡し、それらがプロの画家の目に触れてる事をむずかゆくも思ったが、私には陽が落ちるまでに済ませなくてはならない事があった。

 今日集まった画家達の絵に番号札を貼っていき、駆け足の様な早さで百枚近くの絵を見て、一等から三等を選ばなくてはならなかった。はっきり言って失礼な真似をしてる自覚はあったが、評価の本命は別に用意してあったから勘弁してもらおう。今日集まって絵を描いた人達には投票用のトークンを渡し、それぞれの絵の下に置いたかごに投票して、一般投票での順位も決めてもらった。この絵にお金を払うのは私ではなく、二つの街の商業ギルドから話を聞きつけて集まってくれていた画商さん達だ。

 将来的な慶事につながるかも知れない記念の絵だ。画商の手からそれぞれの街の領主の手に渡る事もあり得るだろうし、埋もれてる画家の絵が見い出される事もあるだろう。


 互いが互いを描いた絵は、当然、そのお相手に渡しておいた。二人とも喜んでくれていたので何よりだろう。二人の意識からはもうグリフォンの卵は消えていて、王家に判断してもらう、という線で納得・合意してくれていた。やれやれだ。もうこの後はギルマス(とリグルドさん)に全部任せよう。


 そんな慌ただしいイベントも名残惜しい雰囲気の中終わり、ミルケーさんとアルテラさんは、互いに手紙を書くとか、時々会う約束を交わしていた。

 狙い通り!という展開に、にやりと笑っていると、ギルマスとリグルドさん達が側に来て苦笑いしながらお小言をくれた。


「これでお望み通り、二つの街の雰囲気は融和の方向に進むだろう。こういった交流イベントは定期的に行われるようになれば、お二人の間の障害もいずれは消えて無くなるか乗り越えられるものになるだろうな」

「そうなってくれれば何よりです」

「王家の方も、自分達を話し合いの場に入れずに何勝手に決めてるんだとか文句をつけにくい形に収まったな。満足か?」

「小競り合いとか戦争とかに発展しそうなのが避けられたのなら上々ですよ」

「低ランクの冒険者の小遣いにもなったからな」

「ほんとにささやかなお小遣いですけどね」

「グリフォンやメジェド・グリフォンなんかを間近で眺める経験なんて、大半は望んでも無理なんだ。良い機会になったろうさ」

「ま、これで面倒事は終わり!経験値稼ぎとかに戻れる!といいな」

「そう遠くない内に王都に召還されると思うぞ。この国にもうしばらくはいるのなら、話を受けておくんだな」

「前向きに検討します。さて、会場撤収とかの間に、ちょっとした別の用事も済ませますか。リグルドさん、お願いされてくれますか?」

「お前の敵が、紛れ込んできてるのか?」

「はい。大勢が出入りしたり去る間際なら、何しても目立ちにくいでしょうしね」


 ムンバクには二人というか二枚のメダルの反応があった。昨日はともかく、今日は機会を伺って近づいてきたのだろう。

 会場周囲200メートルの範囲内にいるのはわかってるし、方角もわかる。ただし狭い範囲にたくさんの人がいるので特定がむずかしい。

 なので、ちょっと強硬手段を採る事にした。


 グリ助1に飛び乗り、リグルドさんには私の後ろに乗ってもらった。

 そのままメダルの反応の方角に飛び、見つけた。黒髪黒目の二人組。男女、かな。粗末なフード付きローブを着込んでたけど、頭上のグリ助を見上げてくれたので顔とかが見えた。


「あの二人、気絶させて捕らえて」

「わかった」


 リグルドさんは3メートルくらいの高さから二人の目の前に飛び降りると、剣の鞘を二人の鳩尾に突き込んで昏倒させ、あっと言う間に捕らえてしまった。

 私はロープで二人をぐるぐるに縛り上げてもらい、ギルマスに軽く事情を説明してから、グリ助達に捕虜を掴んでもらって、リグルドさん、グラハムさん、オールジーさん達と共に、輝人とクロっちのいる場所へと向かった。

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