エピソード:17 北の隣町の領主アルテラからの頼みと、思いつきイベントの準備

「ええと、初めまして。北の隣町って確かムンバクでしたっけ?」

「はい。ムンバクを代々治めてきたノフジュ家の第13代当主アルテラ・ノフジュにございます」

 ちらりと彼女の後ろを見れば、執事みたいな中年男性(片眼鏡モノクルしてた!いや重要ではないが見落とせもしない!)、護衛らしき男性と女性がアルテラさんの一歩後ろの左右を固めていた。


「戦争を回避するって、仲が良くないとは聞いてましたけど、もうそこまで話が進んでしまってるんですか?」

「本来なら、そこまでいきなり話が飛んでしまう事も無かった筈なのですが・・・」

 察してくれという視線を向けられて、納得がいってしまった。

「あー。私みたいのが急に出てきてしまったから、矢も盾もたまらずにおいで頂いた。そういう理解でよろしいでしょうか?」

「はい。詳しいお話はこの場では出来ませんので、私が取った宿においで頂く事は」

「すみません。この街の領主様からすると心証が悪くなってしまうかも知れませんので、この宿の私の部屋で我慢してもらえませんか?狭いですけど、何とか関係者は入りきるかと」


 アルテラさんは、背後の執事さん達に確認するような眼差しを向け、うなずかれたので、こちらに向き直って答えた。

「構いません。お願いしに来たのはこちらなのですから」


 という訳で、ベッドの一つに腰掛けてもらい、私が隣のベッドに座って向き合い、他の人達には少し離れてもらった。


「まずはムンバク側の心情などをお話ししますね。とある新人冒険者が、二日目にして数十体のオークの村を一掃して、三日目にはグリフォンを五頭も倒してきたと伝わってきて、ムンバク上層部はパニックに陥りました。これまで均衡していたアルカストラとの力関係が一気に崩れ去るのではないかと。しかもその冒険者は、好きなように魔物の群を操るとも伝わってきましたので、これはどうにかせねばと、使者を早急に立てる事になりました。

 翌日、こちらの高官の一人が伺う手筈にはなったのですが、グリフォンをさらに十頭も倒してきたという話が伝わってきて、これはもう尋常ならざる相手という事で、トップである私が直接出向く事にしました。

 本当は昨日到着していたのですけど、メジェド・グリフォンが二体とグリフォンが三体が街の中に降りてくる様を見てしまって、絶望しました。まるで悪夢の様な光景でしたわ。人によっては物語の挿し絵の様な光景という事でずっと語り継ぐような感動的な物だったのでしょうけど。

 昨夜のあなたは近づけるような隙も見あたらず、またお疲れのところをお邪魔して心証を悪くしてもという事で、この時間に訪れさせて頂きました。前触れもさせず、失礼をした事をお許し下さい」

「いえ。私なんか平民の中の平民ですから、そんなに頭下げたりしないで下さい。私から積極的に戦争に関わろうとするとかはしないですから、心配は無用ですよ、たぶん」

「そのお言葉はありがたいですが、その、たぶんというのは?」

「これから冒険者の等級も上がって、メジェド・グリフォン討伐や何やかやの情報が地方領主じゃなくて国王様とかのお耳にまで届いたら、戦争への参加とかは強制されないにしろ、いろいろ面倒な付き合いが出てくる事は間違いが無いので。たぶんというのは、そういう今は予測不能な部分を含んでの言葉です」

「確かに、王家の耳にも入って、何らかの反応はあるでしょうね」

「グリフォンの卵二つも持ち帰ったので、それはここの領主様か、王家かどちらかの手に収まるでしょうし」


 アルテラさんの状態がぐらりと揺らいだ。女性の護衛の方がいち早く彼女の体を支えた。アルテラさんはベッドに片手をつきながら、私に懇願した。

「卵を二つ持ち帰られたと仰られましたね?その片方を私共の手に預けて頂く訳にはいきませんか?」

「すでに今朝、ここの冒険者ギルドのマスターの手から、アルカストラの領主様預かりにして頂いたので、むずかしいかと。卵がいつ孵るかもわからなかったので」


 アルテラさんは、両手で顔を覆ってふさぎ込んでしまった。『落胆』という一枚の絵画の様だった。幸薄そうな彼女の姿を一層際立たせる・・・、って違う。こんな姿をスケッチしたいとか思うの間違ってるやろ。

 それはともかく、と会話を再会した。


「グリフォンの卵って、そんなに重い存在なんです?」

「一般に出回る事は皆無と言って良いくらいの希少性はあります。人の手で繁殖させる試みは成功した事が無いらしく、飛竜騎士団というのは一部の国で成功例はありますが、グリフォンではありません」

「でも銀等級の1パーティーで倒せるくらいなら、強さも知れてるんじゃ?」

「それはわざわざ地表にいる相手を攻撃しに来てくれれば、です。上空から偵察されたり、重量物や爆薬を落とされるだけでも非常に厄介ですよ。どこの王侯貴族でも騎乗用のグリフォンを入手するというのは、お金だけ積めば買える訳ではない、非常な権威付けにもなるつながる行為なのです」

「な、卵持ち帰って良かったろ?」

 リグルドさんが茶々を入れてきた。

「面倒も増えたと言えますけどね。それだけ貴重ならアルカストラではなく、国王陛下にでも召し上げられておしまいなのでは?それで私がどちらにも特に荷担しない、特に戦争行為については絶対に拒否する、と言えば、ご納得頂けますか?」

「国王も本心では両方召し上げたいでしょうけど、貴族のかけがえのない資産を強引に召し上げれば、それだけ反感も買います。まして、今は北のウィゼフ王国との情勢が不穏になってきていますから、国内に余計な火種は増やしたくない時かと」

「北の情勢が不穏なら余計に、ムンバクとアルカストラの領主同士の諍いは国の不興を買うのでは?私は正直、グリフォンの卵に思い入れはありません。片方は、ここにいるリグルドさんに関わらせる権利を、私を一定期間護衛する義務の対価として認めていますので、自由になるのはもう片方という感じになります。

 リグルドさんは王家とのつながりもお持ちですので、貴族からの直接的な召し上げという形も避けられるでしょう。残り一つについては、ミルケー様とアルテラ様の間でよしなに決着つけて下さいませんか?お二人の間でもめて決着がつかないようなら、戦争になりそうな場合でも、どちらにでもなく王家に献上します。私は十分な対価が得られるなら、譲渡先にこだわりませんから」

「では、何か欲しいものを仰ってみて下さい!財貨だとしても、可能な限りご要望にお応えします!」

「そう言われても、お金で手に入るものはだいたい自分で賄えそうだし、ここの領主様との関係もあまりこじらせたくも無いので、やはりミルケー様とお話つけて頂くしか」


 涙目になって哀れを誘われても、ねぇ?グラハムさんやオールジーさんやリグルドさんに視線で助けを求めても、話を振らないでくれと拒絶された。視線をそらされて。


「うーん、お二人の間でオークションて形にしたら、王家が割り込んできてお仕舞いになってつまらなそうですし、いっそお二人が結婚されるのなら、生まれてくるグリフォンを共有できるのでは?」

「どちらで飼育するのかとか、どちらの有事に優先的に使うとか、もめ事は尽きないでしょうし、何より、両家の仲が悪すぎます」

「アルテラ様的に、ミルケー様は有りなんですか、無しなんですか?」

「・・・不仲な家の関係というか、街同士の確執が無ければまだしも、という事で真剣に考えた事は無かったです」

「そうですか。両家ともに芸術というか絵画に造詣が深いけれど、嗜好が異なるんでしたっけ?」

「はい。とはいえ、画家によっても技法も趣向も異なりますから、あくまでも大まかな傾向の違いといったものですが」

「アルテラ様も、絵を嗜まれるんですか?」

「通常の貴族一般よりは、という程度ですけれど」

「という事は、ミルケー様も?」

「おそらくは」

「じゃあ、こうしましょうか。お二人で」


 と言い掛けたところで、乱暴に扉が開かれて、ミルケー様が乱入してきた。もともと定員オーバー気味だった部屋が、完全に飽和してきた。


「アルテラっ!ここで何をしている?!」

「ミルケー。ご機嫌麗しゅう?有望な冒険者様と、今後の行く末や、卵の譲渡先などについてお話させて頂いてところですよ」

「アヤ殿!アルテラ相手に何も約束されてはいるまいな?」

「大丈夫ですよ。これからするところですから」

「するなと言っている~っ!」

「お二人の間でもめて、アルカストラとムンバクの関係がこじれたり、戦争になって欲しくないだけです。ミルケー様は、アルテラ様の街を攻めたいのですか?」

「そんな気など毛頭無い!」

「じゃあ、平和的な手段ですっぱり決めましょう。明日一日で、お二人には、自身の手で絵を描いて頂きます。誰の手も借りず。審判は私。私が気に入った方の絵を描いた方を勝者とします。一日ですから、着色に自信が無ければスケッチでも構いません。色の有る無しだけで優劣はつけないとお約束します」

「そ、そんな乱暴な!絵などもう久しく描いてないというのに」

「それは私も似たようなものです」

「なんらかの不正や妨害行為があったりした場合は勝負無効として、それなりの対価を王家にもらって卵は献上しましょう」

「引き分けの場合はどうなるのだ?」

「その時の為に、私も描きます。三人で、自分以外の誰かに票を投じなくてはいけないことにしましょう。三人とも一票ずつなら判定は王家にお任せしましょうか。それで片が付きます」

「絵のモデルは?何を描くのでしょうか?」

「それは明日朝になったらお伝えします。画材道具などはお二人が使い慣れてる物を使って頂くとして、キャンバスというか紙は私の方で準備します」

「明日朝からという事ですと、早馬で行って帰ってくるだけでもぎりぎりかも知れません」

「道具を取ってくるだけなら送りますよ」

「え?」

「グリフォンなら余裕で日没までに帰って来れるでしょう」

「乗せて頂けるのですか?!」

「はい。大した事ないですし。という訳で早速行きましょう。ああ、どうせならイベントお祭りにしてしまいましょう。会場は、両方の街の中間地点で。勝負の参加者はお二人と審判でもある私だけですが、画家の人達が好きで参加して勝手に絵を描くだけなら好きにしてもらいましょう」

「それだと、作品のすりかえや、手伝いなどの不正の余地が生まれないか?」

「だいじょうぶです。絶対に不可能にする手段がありますので。

 という訳で、早速行きましょうか、ムンバクへ!」


 面倒になってきていたので、強引にアルテラさんご一行を街の外、北門の先へと連れ出した。もちろんミルケーさんとその従者や護衛ご一行達も一緒だ。

 MP消費を抑える為に、出すのは、グリ助1から3だけにした。移動するのは、私とアルテラさん、リグルドさん、オールジーさんとアルテラさんの女性の護衛だけにした。

「お、落ちはしないのですか?」

「だいじょうぶですよ。信用できないのなら、卵はあきらめて下さい」

「わかりました・・・。がんばります!」


 残念系とでも言うのかな。微妙に違うかもだけど、必要以上に気にするのは止めた。

 留守番となったグラハムさんには、冒険者ギルドへのお使いをお願いしておいた。明日の仕込みに必要な物の調達だ。

 グリ助達を出した時点でも歓声が沸いてたけど、飛び立ったら飛び立ったでまた歓声が一際大きくなった。アルテラさんは落ちるーとか、きゃーきゃー騒いでたけど、高いところは大丈夫だったようで、一時間ほどでムンバクに到着した頃には空の旅が終わる事を残念がるほどに慣れていた。

 外壁の内側に飛んでいくと大騒ぎになるので、その少し手前で降りて、アルテラさんと護衛の女性を送り出した。


 待ってる間に、リグルドさんとオールジーさんに尋ねられた。

「どういう魂胆だ?落としどころとしては、自分の勝ちにするつもりなのか?」

「お二人の仲がどうしようもなく険悪なら、それも考えましたが、そう悪くも無さそうなので、展開次第、お二人の絵の出来次第ですね」

「アヤは、二人をくっつけようとしているの?」

「そうなった方が、アルカストラとムンバクの関係としては一番安定するでしょうけど」

「狙いは別のところになるのだな?」

「グリフォンの卵なんて、私にとってはお金や貴重なアイテムとかに変換されればそれだけでいいんです。何の思い入れもありません。

 私は殺し合いの渦中にいるんです。こんな些事にいつまでも関わって、経験値稼ぎが滞る方がずっと致命的です。アルカストラの滞在で得る物が無くなれば、私は余所へ移動します。迷宮都市とか興味ありますね」

「まぁ、メジェド・グリフォンまで倒してしまったお前に適切な獲物がコンスタントに得られるといったら、屋外よりも迷宮の中の方が良いかもな。だが、お前の敵にも狙われ易くなるのではないか?彼らも経験値を稼ごうとするなら遭遇する機会はイヤでも増えるだろう?」

「それだけ狩る機会も増えます。私を恐れて手出しして来ないならそれはそれで良し。私は彼らよりも先行して強くなれますから。邪魔しに来ても、まともに準備した状態の私に、かなう相手がそうそういるとも思えませんし」

「なるほど。適当な思いつきだけで動いてるように見えてそうでもなかったか」

「どちらに恩を売ってもどちらか片方からは恨まれるだろうから、適当に誤魔化そうとしてるだけにも見えましたけどね」

「二人ともひどいですね。さっきも言った通り、とっとと面倒事にけりをつけたいだけです。なるべく禍根を残さない形で」


 そうして一時間も待たない内に、アルテラさんと護衛の女性が戻って来たので、また分かれて登場してさくっとアルカストラへと帰還。

 ミルケーさんがまだ居残ってたので、リグルドさんに頼んで空の世界を体験してもらっておいた。大興奮でご満足頂けたみたいだけど、何もリップサービスだけではなく、明日の仕込みの一つだ。


 それから冒険者ギルドに行き、明日消費する予定の魔石と予備を(大半はゴブリンの一個銅貨3枚の魔石。一般販売価格は4ー5枚するらしいのだけど、金等級って事で特価で売ってもらえた。大量購入ディスカウントも効いたらしい。冒険者タグも、仮だけどという前置きで、金等級の物を受け取っておいた。)


「また面倒事を増やしてくれたな」

 とギルマスは頭を抱えていたけど、明日のイベント会場の警備依頼も出しておいた。ストーンで一日銀貨1枚、アイアンで2枚、シルバーで3枚。それぞれ、10人、5人、3人の人数制限付きで先着順だ。

 ついでで、明日のイベントの一般参加者の絵で、一番の出来の作品には、私から、一位には金貨10枚、二位には金貨5枚、三位には金貨2枚支払うとも告知してもらった。冒険者ギルドの支部同士では遠隔連絡手段もあるそうなので、両方の街で。

 ついでのついでで、商業ギルドにもイベントにかまないか話をもちかけてもらう事にした。露店とか出してもらえるといいかなくらいのつもりで。後は、入賞した絵を買い取ってもらえないかとかかな。自分で持っててもたぶんしょうがないし。


 それらの手配が済んだら、また冒険者ギルドの裏庭からグリ助で飛び、両方の街の中間位置の草原に設営だ。どこが会場か分からないと、人も集まりようがないしね。

 これはトン助や複製トン助達を動員して手早く済ませた。森から木をへし折ってきて、会場となる場所の外周の地面に突き立てていくだけの簡単なお仕事だ。

 ただ、それだけだと何なのか伝わりはしないので、街道に面した二本の木の間に、街で買ってきた大きな布をスケッチして、スケッチブック上で「冒険者アヤ主催の絵画コンテスト会場」と文字を書き入れてから実体化すると、ちゃんと文字入りの状態になった。

 いったんスケッチに戻してから、ミルケー様に紹介してもらった画材店で買ってきた絵の具で着色してから実体化すると、着色した通りの状態で実体化できた。うむ、能力の無駄遣いではなく、これは新規開発と呼ぶのだよとか、誰に向けたのかわからない言い訳が頭に浮かんだりした。

 オーク達の体に「アヤ」と現地語の文字で描いてその状態を実体化出来てたからいけると思ってたけど、成功して良かった。

 さらなるテストとして、複製した無地の布をスケッチして模様を付けたり塗ったりしてから実体化したりとか。形状の変化は出来なかったけど、試した甲斐はあって、今後にも活かせるいくつかの発見が出来た。


 そんな風に準備を重ねたイベントは、翌朝、アルカストラからミルケー様とアルテラ様が会場に到着して開始の運びとなったのだけど、そこには前夜から乗り込んでいたらしい数十人の画家と、会場護衛の冒険者達、さらには両家からの護衛の兵士達などが詰めかけて、もくろみ通り露店がいくつも出ている、大変にぎやかな場所となっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る