エピソード:12 街中での準備2 毒蟲の糸、他

 防具屋『毒蟲の糸』は、商業区と貧困区の境目辺りのわかりにくい裏通りの一角にぽつんと存在していた。看板はかかってないに等しく、毒々しい蟲の模型?模型か何かだよね、が軒先に打ち付けられていた。詳しく見たくも述べたくも無いけど、いかにも毒持ちの芋虫とげじげじを掛け合わせて少しムカデ風味をトッピングしたような、そんなのだ。名前すら知りたくはない。


 ドアは開いてるようなので、突入した。

「こんにちはー?青竜の牙の若旦那に紹介してもらって来たんですが?」

「ああん?」


 カウンターには緑色のトーガみたいな服装に、紫色のフード付きのコートみたいなのを羽織った女性が、カウンターに肘を乗せて頬に片手ついてる状態で迎えてくれた。日本のコンビニとかだったらクレーム一直線だろうけど、ここは異世界。彼女の年の頃は、若旦那よりは若いくらいに見えた。てどうでもいいか。


「ルグドフの紹介だっていう証拠は?」

「これです」


 私は青く透き通ったペンの様な何かを差し出してみせた。

「あいつがそれを預けてきたって事は相当に信頼されてるねぇ。まだ低ランクな冒険者なのに」

「私達はともかく、このアヤは違うわ。冒険者に登録して二日目でオークの村を全滅させて、三日目でグリフォンを十頭以上も狩ったのよ?ランクは鉄から一つか二つは上がるって聞いてるわ」

「ああ、何か昨日は町が騒がしかったのは覚えてるよ。あんたらというか、お前が原因だったのか、小娘。何が欲しいか言ってみろ」

「メジェド・グリフォンと戦うから、相手の風魔法を弱められるような防具や装具があったら嬉しいかな。それと、暗殺や毒や麻痺なんかを防げるローブみたいのがあったら欲しいです」

「お前、何と戦うつもりなんだ?」

「ある意味で同郷の人間達と。強制的な殺し合いに巻き込まれてまして」

「はあん。はったりじゃ無さそうだな。ルグドフがお前等をここに寄越したのは正解だよ。で、予算はどれくらいだ?」

「昨日、グリフォンの死体を都合十一頭、うち三頭は子供のですけど、引っ張ってきたので、たいていの物は何とかなるんじゃないかと」

「いいねぇ。景気のいい話は嫌いじゃないよ。まずは風除けだったな。確かにメジェド・グリフォンの風の刃はドラゴンですら嫌がるって話だからな。中途半端な何かじゃ一瞬で終わる」

「ええ。グリフォンですら一撃でした」

「グリフォンを仕掛けさせたのか?その上位存在に?ああ、どうせ詳しい話は秘密なんだろうから言わなくていい。お前、面白い奴だな」

「ありがとうございます?」

「くくっ。覚悟が決まってる奴はいい。迷いが無い。ちょっと待ってろ」


 女主人さんが店の奥に引っ込んだ隙に、店に陳列されてる何かをじっくり見て回った。さすがにスケッチブックは取り出せないけど、気になる物は手に取っていろんなアングルから眺めておいた。

 やがて女主人さんが戻ってきて、メダリオンが二つと、赤紫なローブを一着、それから指輪を一つカウンターの上に置いた。


「まずはこのメダリオンからだな。敵対的な魔法の力を弱めてくれる。効果は、おおよそ半減されるらしい」

「すごいですね!」

「ああ。なかなか出回らないが、一枚で金貨50枚に負けておいてやる」

「買います!」

「おう、気前がいいな。そんでこのローブは、状態異常耐性を四割上昇してくれる。いろんな毒持ち魔物の素材や糸や何かをいろいろ織り込んである。刃物類への耐性もそれなりにあるが、魔法の金属類の刺突まで防げるとは思わない方がいい。これは金貨100枚てとこだな」

「うーん、買えます、と言っておきます」

「まあいいだろ。それで、この指輪は毒無効の効果が付いてる。貴族御用達の品で、なかなか出回らない。金貨200枚」

「・・・とりあえずはローブだけでいいかな。で、物は相談なんですが」

「値段はまけないぞ?」

「いえ、言い値で良いですけど。値引きじゃなくて、防具とかじゃなくて、奴隷を隷属させるようなアイテムとか、もしくは相手のスキルを封じる様なアイテムに心当たりはありませんか?」

「お前、何しようとしてるんだ?」

「さっきも言った通り、同郷のほぼ知り合い達数百人との殺し合いです。最終的に、一人しか生き残れません。だから、私も可能な限り急いでるんですよ」

「なるほど?それでそういったアイテムがあるっていうならどう使うつもりなんだ?」

「一人、スキル:魅了持ちの敵を拘束してまして。野放しにも出来ないし、すぐにも殺せない事情も少しあったりで」

「顔見知り以上なのか?」

「友人未満て感じですね。あまり積極的には殺したくはありませんが、すでに敵対行為は取られた後だったので」

「スキル:魅了使いねぇ。ばれたら即座に貴族に囲われるか殺されるしか無い存在だな。お前の事情はルグドフには話してあるのか?」

「ええ。それで心配して、よくしてもらっています」

「あいつは甘ちゃんだからな。それで会計だが、そうだな。グリフォンの依頼は報酬がいくらだった?」

「頭数は明記されてなかったですけど、一頭で百枚。さすがに五頭全部で500枚はきついので、成体で200、子供は50x3で150で調整してくれると言ってました」

「貯金は?」

「200、いえ30枚ほど溶けてる感じなので170。そこからさらにメジェド・グリフォンを倒すための準備で100くらいが消える予定です」

「なるほど。そしたら、メダリオン2枚とローブとで、追加のグリフォン六体の死体でどうだ?」

「・・・しかし、それでは半額未満では?」

 グラハムさんが口を挟んでくれたけど、私はとりなした。

「いいですよ。さっきお話した何かもつけて頂けるのなら」

「ああ。おおっぴらには出来ないアイテムだからな。ちっと待ってろ」

 そうして女主人さんが持ってきてくれたのは、ごつい仮面の様なアイテムと、小さな小箱だった。

「こいつは、従属の仮面。付けさせられた奴は、付けさせた奴に逆らえなくなる」

 小箱の中には、長さ3センチ、刃渡りは2センチくらいのミニチュアの剣が入っていた。

「これは?」

「スキル封じの剣って言われてる。これが刺さってる間は、スキルだろうが魔法だろうが使えなくなるってよ。本来なら、金貨500枚以上はするぶっ壊れアイテムだ」

「それはさすがにお金が足りないかな」

「貸しにしといてやる。メジェド・グリフォンを倒すんだろ?ちゃんと死体を持ち帰ってきたら、相応の素材と交換て形で渡してやる。メダリオン2枚とローブの値段も、冒険者ギルドとうちとの直接の物々交換て事にしといてやる。向こうにしたら、現金支出を抑えられて万々歳だろ。これからメジェド・グリフォンまで持ち込まれるかも知れないんだからな」

「メジェド・グリフォンて倒したらいくらくらいになるんですか?」

「単純な依頼料だけで500枚以上は堅い。それだけ危ない相手で、高位冒険者を集団で送り込まないといけないからな。採れる素材も普通のグリフォンの比じゃない」

「いいですね!頑張って倒してきます!

「あんまり無茶は言いたくないが、状態はなるべく良い状態で持ち帰って来いよ」

「そこは無事に帰って来いって言うのがお約束なんじゃないんですか?」

「それは言うまでもない大前提だからだ。ギルマスに手紙書いてやるから、お前も署名して持っていけ。それで物々交換は成立する」

 私は手紙を受け取り、内容を確認して署名した。羊皮紙でもない和紙の様でもない紙に関心がわいて、どこで入手できるかも聞いておいた。

 手続きが済むと、これは持って行けと、ミニチュア剣以外は渡されたので、ローブはその場で着込み、メダリオンと仮面は背負い袋に入れて、毒蟲の糸を後にした。

 そうそう、別れ際に女主人さんは名前を教えてくれた。ガルテラさんていうらしい。


 午前半ばくらいの時間になってたので、いったん冒険者ギルドに寄ってみた。混み具合はほどほどといった感じだったけど、そこにいた人達ほぼ全員にあっという間に囲まれてしまった。

「すごいじゃねぇか!オークの村を全滅させたと思ったら、グリフォンを十頭も倒して来たとかどうなってんだ!?」

「十一頭って話だぞ?」

「倒したのは十五頭だけど、持ち帰れたのは十一頭てだけです。ギルマスに用があるんで通して下さい」

「なんかすごいローブに着替えてるじゃねぇか。なあ、お前達のパーティーに空きは無いのか?そこそこ腕の立つ斥候役なんていらないか?」

「おいおい、抜け駆けするなよ。グラハムはいて、攻撃手段も手に入れたって話だが、正当派の戦士のが先だろ」

「回復役の方が優先じゃないか?ちなみに俺は範囲回復魔法まで使えるぞ?状態異常も治せる!」

「はいはい、売り込みはまた後でお願いしますね。今日からもっとヤバイのを狩りに行かないといけないので!」

「ああ、なんか噂で聞いたぞ!グリフォンよりもっとやばいのって言ったら」

「立ち話はそこまでだ。アヤ達はすぐに俺の部屋に来い」

 階段からアンガスさんの怒声が響いて、私を囲んでた人の輪が解けたので、階段へと向かった。

「受付でタグを渡しておけ」

「私のだけ?」

 アンガスさんはグラハムさん達にちらっと視線を向け、

「私達のは今のままで十分です」

 とオールジーさんが言って、グラハムさんがうなずいたので、私はカウンターでアマンダさんを見つけてタグを渡すと階段へと引き返し、ギルマスの部屋へと向かった。


 そこには、ギルマスとグラハムさん達以外に、オーク村でも見聞してもらったジュゼルさんと、もう一人見知らぬ人がいて、付けてるタグは金色だった。


「初めまして、お嬢さん。私の名はリグルド、金等級ゴールド・ランクの冒険者だ」

「初めまして。アヤです。昨日まではアイアンでした。今日はどうなるかまだ知らないです」

「本来なら鉄から銀に上がる時には昇格試験や審査があるのだがな。特例としてスキップさせた。銀から金に上がる時はさらに厳格な審査や手続きがあるのだが、メジェド・グリフォンを討ち取ってくれば、金かその先も可能かも知れない」

「それで、わざわざこの方を呼び寄せたんですか?」

「まあな。フリーの金等級ゴールド・ランクで一番近くに居たので急いで来てもらったんだ」

「そういう事だ。何かあった時の保険としてもね」

「保険て事は、お一人でメジェド・グリフォンを倒せるんですか?」

「無理だね。しばらく持ちこたえる事なら出来るだろう。並のグリフォンなら倒せる」

 ちらりとアンガスさんを見れば、小さくうなずいてくれた。感じる雰囲気も、グラハムさんよりたぶん明確に上だった。

「いいでしょう。ただし、お急ぎで来ていただいたところ申し訳無いのですが、仕込みに少し時間をかけたいとも思ってまして」

「当然だね。君が五頭のグリフォンを狩った時の様子はギルマスから聞いている。君のスキル、いやユニークスキルが何であれ、準備の手間を惜しまないのは一流の証だ。誇っていい」

「必要だからやってるだけなので、別に誇るとかはいいです」

「謙虚なところもすばらしいな。それで、どう狩るつもりだ?君がギルマスに用意しろと言った物も聞いてるから、ある程度の算段はつくが」

「それらはあくまでも保険ですね」

「バリスタが一丁に、強いクロスボウが二丁。風魔法を阻害する効果がかけられたボルトが十五本。グリフォンでも麻痺させられるだろうイベリオ・フロッグの麻痺毒を一瓶。これでしめて金貨100枚だ」

「ああ、報酬に関してなんですが、昨晩持ち込んだグリフォンの死体六体については、物々交換で処理する事にしました」

 私はガルテラさんからの手紙をアンガスさんに手渡した。

「くそ、あいつめ。こちらの足下を見やがって。メジェド・グリフォンの素材も優先的にもらうだと?」

「詳細については冒険者ギルドとガルテラさんの間で詰めて下さい。それで、一応の確認なんですが、メジェド・グリフォンを狩れたとして、いくらになりますか?」

「・・・最低で500枚以上だ」

「話に横入りしてすまないが、以前討伐されたある国では、甚大な被害を出した後に騎士団や冒険者達を動員して、その報酬だけでも千枚を越えたそうだね」

「知っている」

「ならいいさ。金等級ゴールド・ランクやそれ以上の冒険者の仕事が安売りされるのは、俺だけじゃなく他の連中の沽券や生活にも関わってくるからね」

「わかっている。それで、頼まれた物は揃えた。どうやって運ぶ?もし必要なら、昨日狩りをした場所までは、馬車で送るが?」

「そんな必要があるのかい?私も乗ってみたいのだけどね」

 リグルドさんは、分かっているという雰囲気で聞いてきたので、仕方ないという体で、アンガスさんに尋ねた。

「ギルドに裏庭というか、訓練場みたいなの、ありますよね?」

「わかった。みなまで言うな。大丈夫なんだろうな?」

「はい。混乱が起きないように各所に通達だけお願いします。あと、ここの荷物も運んでおいて下さい。食料の買い足しもして、お昼も食べてから戻ってきますから。リグルドさんも、自身のキャンプ用品とかお持ちでしたら、持ってきておいて下さい」

「運んでもらえるのかい?」

「掴ませて運ばせますから、それで破れたり壊れたりしないように梱包とかして下さいね」

「何日程度を見ている?」

「早ければ三日以内。かかっても五日程度、かな」

「十分だ。見合った装備を用意しておく」


 そしてカウンターで銀等級シルバー・ランクのタグを受け取って、預金?に350枚が振り込まれているのを確認し、50枚を現金化。レイグ達への伝言も頼んでおいた。お願いしてた物が不要になったと。

 一時間後、ギルドの訓練場には、どこからか噂を聞きつけた野次馬達に囲まれていた。職員さん達が体を張って側に寄ってこないようとおせんぼしてくれてた。


「無事で帰って来いよ」

「まあたぶん大丈夫だと思います」

「そう信じているよ。リグルドもよろしくな」

「ああ。俺は控えのつもりでいるけどな」

「それでいい」


 衆目が注視する中、今更だと割り切って、グリ助の1から3を実体化。大きな歓声などが上がる中、さっさと伏せたグリ助1の背に跨がり、バリスタとかの荷物を掴ませた。グラハムさん達がグリ助2に乗り足に荷物を掴み、リグルドさんはグリ助3に搭乗。おそらくテントや寝袋や食料とかを詰めた荷物をグリ助3がその両前足に掴むと、私達は昨日グリフォン達を狩った丘の方角へとひとまず飛び立ったのだった。

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