エピソード:11 街中での準備1
空の旅は、暑くも寒くも無く、私は快適だったが、オールジーさんやグラハムさんの顔色は悪かった。高所恐怖症だとすれば、せめてちゃんとした鞍を次回までにはちゃんと用意してあげようと心に誓った。
グリフォン達が飛んで来た方向にまっすぐ飛んで行くと丘陵地帯と山岳地帯のちょうど中間辺りに深い渓谷があった。街道からはかなり外れた方角だったから、人里からは遠く離れ、わざわざここまでやってくる人はいなさそうだった。
いかにもそれらしい場所だったので高度を下げていくと、グリフォンが、一頭、二頭、三頭と立て続けに飛び立ってきて、総計十頭まで増えたので、回れ右して逃げ出した。
半分くらいは途中で引き返してくれたのだけど、残り六頭はしつこく追ってきたので、丘陵地帯の人気の無い辺りで急上昇をかけ、追ってきた相手の上空で五頭のグリ助を一体ずつ複製。
いきなり倍の数に増えたこちらにぎょっとして相手の動きが鈍った所に複製した五頭を突っ込ませて先頭の一頭を襲わせて倒し、そのまま下に突き抜けさせた。
相手が上下どちらに気を向けるか迷ったところで上にいたグリ助五頭も一斉に突っ込み、風の刃の射程距離ぎりぎりで敵一頭に放ち、切り刻んでから急上昇をかけた。
向こうはまた一頭を落とされて後を追ってこようとしたけど、背後から複製グリ助達に襲われて、一頭が羽を切り飛ばされて落ちていき、一頭が体に深手を負った。
これで相手の無傷なのは二頭にまで減った。一頭はむきになってこちらを追ってきたので引きつけてから左右に分かれて反転し、囲んで一気に倒した。逃げ出した一頭は複製グリ助達に追わせて倒し、傷ついて逃げ始めていたのも最期にシトメた。
いったん地表近くに降りて、ちらばった死体を集めて追加のトン助達を実体化して警護に残し、再度先ほど逃げ出した渓谷へと向かった。
今度もまた上空からは五頭で向かって、遅れて地表すれすれを複製グリ助五頭に続かせていた。
やがて渓谷上空に着くと、今度は五頭が上がってきたのでまた逃げて、追ってきた所を背後下方から複製グリ助達に強襲させ、二頭を倒した。
相手の反撃で、複製グリ助も二頭倒されてしまったけど、反転したこちらの五頭の追撃でさらに二頭を撃墜。残り一頭となった敵は逃げ出したので、複製グリ助達に追わせてやっつけた。
今度もまた倒した相手を回収していったん下がろうと思ったら、渓谷から何か大きめなグリフォンが飛び出してきた。群のリーダーか何かなんだろうか。普通のグリフォンとは色合いが違って赤みがかかってて、とさかじゃないんだけど、たてがみも逆立っているように見えた。どこぞの星の戦闘民族の王子様なんだろうか。
しかしその翼の一振りで、複製グリ助が三頭いっぺんにやられてしまったので、これはヤバい相手だと認識。ちゃんと対策を考えて、策を講じてからかかった方がいいなと全速力で逃げ出した。
けど、どう見ても相手の速度の方が速くて追いつかれそうだったので、私やグラハムさん達が乗っていないグリ助達を後方左右に散開させて、渓谷の方へと向かわせると、ボスらしきグリフォンの動きが止まった。
少しだけ迷った後に、渓谷に向かったグリ助達の後を追い出したので、私は彼らが狙われて攻撃される寸前でスケッチへと戻した。その間にこちらは地表ぎりぎりを最高速度で飛んでかなり引き離せていた。
私は地表に二頭を降ろしてからすぐに残りのグリ助達を全部スケッチに戻した。うち一頭は半死半生くらいの傷を負っていたけれど、傷を負った部分は指で消してまた描き治しておいた。
私はウサ助を三体出して、渓谷近くで倒したグリフォンの方へと向かわせておいた。マーキングの為だ。それからトン助達を待たせている方まで徒歩で戻った。
方角をずらして降りておいたので、さっきのボスグリフォンの追撃は受けずに済んだ。見張りに残したトン助達には、予めグリフォンの魔石は取り出した上で草木などの茂みに死体は隠し、自分達も少し離れた場所、出来れば洞窟か、無ければ穴掘ってでも隠れるように伝えておいた。
この距離を無視した以心伝心て、何げにかなり便利で助かっていた。直接的な言葉ではやりとりできないけど、意思伝達は十分に出来ているのだから、敵に回した側からすれば、かなり厄介な機能だろう。
二時間ほど歩いてようやくトン助達に合流出来た。チフ助達はとっくに街まで着いてたのでいったんスケッチに戻してあちらに出してた複製は全て消してから、こちらに出し直し、また運搬用の筏を組み、暗くなり始めた空の下、街道の方へと引き返していった。
休憩を時折挟みつつ、街道沿いに出てじりじりと進み、たぶん夜10時くらいにはアルカストラの西門に着いた。
当然門も閉まってたんだけど、強引にでも、ギルマスを呼び出してもらった。運搬役のオーク達も今更だ。その為に二日目も今日もその姿を一緒に晒してたんだから。特に西門なんて今日二度目だしね。
30分も待たないで門が開き、アンガスさんが職員さんや荷車なんかと一緒に出てきた。衛兵さん達も怖々と続いてた。
「何時だと思ってる?」
「出迎えありがとうございます。これ、追加の六頭です。お納め下さい」
「あのなぁ。物には限度があると教わらなかったか?」
「まだまだいるかも知れないとはお伝えしておいた筈ですよ。それともこれらが生きて街道や街を襲ってきた方が良かったですか?」
「まぁいい。運び入れろ。ただし、オーク達はもう引っ込めろ」
「分かりました」
私はチフ助達を一斉にスケッチに戻した。こういうのは勢いと信用だからね。
アンガスさんはまた眉間を指で揉んでたけど、頭痛でも酷いのだろうか。この世界に頭痛薬とかあるのなら、今度プレゼントしても良いかも知れない。
グリフォンの死体の積み替えまでオーク達にやらせた方が良かったかも知れないけど、消せと言われたのだから仕方ない。恨めしそうにアンガスさんと私を見るギルド職員さん達を後目に、ついてこいときびすを返したアンガスさんについていった。
「それで、数日戻らないかも知れないと言ってたのがすぐ戻ってきたという事は、何か予定外の事でもあったか?」
「ええ。グリフォン達が飛んできた方角に飛んでいったら峡谷があって、そこにグリフォン達の巣があったようで」
「たくさん出てきたから逃げ帰ってきたか?」
「十頭迎撃に上がってきたのを引きつけて、六頭は倒したんですけどね。また戻ってさらに五頭倒したところで、ボスみたいなヤバいのが出て来たんで、いったん逃げてきました。ちゃんと対策立てて挑まないと勝てなさそうだったので」
アンガスさんは、今度こそまじまじと私を見つめ、深いため息をついてから、私に言った。
「よく逃げて生きて帰ってこられたものだ。それはドラゴン相手でも引き下がらずに迎撃してみせるという化け物だぞ」
「おや。そしたら、そのボスなグリフォンを倒せれば、私はドラゴンも倒せるかも知れないと?」
「お前がどんな力を持っているか、私にもある程度推測はついている。言いふらしはしないがな」
「それはどうも」
「今度も手助けはいらないのか?メジェド・グリフォンは、本来なら高ランク冒険者達の
「まぁ、きちんと準備さえ出来れば、たぶん無傷で倒せるので。大勢で倒そうとすれば、きっと何人もが死んでしまうでしょう?」
「確かに犠牲が出る事は避けられないだろうな」
「じゃあ、そんな高ランク冒険者の代わりに、いくつかアンガスさんに準備してもらいたい物があるんですけど」
「手配はしてやろう。だが、その代わりに、ギルド職員か、代理の冒険者一人について行かせろ。もし手負いのメジェド・グリフォンが偶然にでもこちらに飛んできて街を襲ってきたら大事になるからな」
「うーん。それが譲れない条件というのなら仕方ないですね。飲みましょう。でですね、準備してもらいたい物というのは、強力なクロスボウに、グリフォン達の風の鎧を破れるような
「それら全部用意したら、かなりの金額が吹っ飛ぶぞ?」
「クロスボウは五丁もあればいいかな。人間じゃ引けないくらい強いのでもいいですが、そしたらバリスタのがいいかも。お値段にもよりますが、バリスタ一丁から三丁。風の鎧を破るボルトは二十本もあれば足りるかな。毒もその本数に塗れるくらいで。締めて金貨百枚で足ります?」
「ああ。追加でグリフォンの死体を六頭分も持ってきてくれたからな。普通のボルトも見繕って付けてやろう」
「わあ、ありがとうございます、ギルマス!」
「手配しても揃うまでに昼頃までかかるだろう。それまでにいったんギルドに顔を出せ。タグの更新も必要だ」
もう時間も時間だったので、冒険者ギルドへの道のりの途中で別れ、宿屋へ直行。部屋で寝る支度をしながらグラハムさん達に尋ねられた。
「あれは、さすがに危ない相手では?」
「確かに同じ魔物を同数以上でぶつければ勝ち目はあるでしょうけど、スケッチが終わるまでの間に殺されてしまうのでは?」
「それなんだけど、一つ試してみたい事があって」
私はスケッチブックを取り出して、メジェド・グリフォンの姿を描いていった。
「見た物しかスケッチ出来ず、実体化出来ないという縛りはあるけど、その場で見た物しか、見ながら描かないとスケッチ出来ないという縛りは無いのよね。だから、記憶を頼りに描いた物でも実体化出来る可能性はあるの」
遠目だったにしろ、普通のグリフォンから一回りから二回りは大きくて勇壮な姿は強烈に印象に残っていた。私はその赤みがかった毛並みや逆立ったたてがみなども出来る限り丹念に描き込んでいき、2ページ分描いたところで一休みした。
「いつ見ても、本当に上手ですね」
「いえ。時間をかければ誰にでも出来る事ですよ」
「それが出来ない人もいます。出来る人を才能がある人と呼ぶのです」
「それは才能というより、向き不向きだと思いますけどね。さて、この場でメジェド・グリフォンを実体化する訳にはいかないから。小物でテストしておきましょうか」
私は、門番の衛兵が持っていたシンプルな槍をさらさらとスケッチした。記憶を頼りに描いたそれは、鉄の穂先と木の柄という単純さもあっただろうけど、ちゃんと実体化出来た。グラハムさんに渡してみたけど、
「ええ、使い物になるレベルの物だと思います」
「これで、かなり安全に事が進められそう?」
「冒険者の皆さんを集めて戦う必要は無くなったでしょうね」
部屋の灯りを落として寝る前に、ランキングを確かめてみたけど大きな変動は無かった。いや、トータルでまた25人が殺されてたけど、初期メダル以外持ってなかった人達がたぶん仲間割れで殺したので所持枚数が2枚に増えたのが大半みたいだった。
自分のレベルは、今日のグリフォン狩りの成果もあって、15にまで上がっていたのもあり、トップをひた走っていた。2位が10と3位が9の4人で並んでて、これは一緒に組んでレベル上げしてるのかも。メダル最多保持者はレベルは7止まりなので、プレイヤーを倒して得られる経験値はそう多くない事も分かった。実際、私も誤差みたいなものくらいしか感じなかったし。
レベルを上げた時のボーナスは、1から5に上げる時は素早さと知性に2ずつ振り、10までに得たポイントで生命力に1と素早さと知性に2ずつ。14までので生命力と力強さと素早さと知性に1ずつ。結果として、私のステータスはこんな感じになっていた。
プレイヤー:七瀬綾華
レベル:15(+1)
生命力:5
力強さ:3
器用さ:7
素早さ:8
知性:10
HP:50
MP:100
スタータスポイントの総計は33で、まだランク3だ。
HPを少しずつでも増やしたのは、グリフォンの風の刃みたいのによる一撃死の可能性をわずかにでも避ける為。
力強さをちょっと上げたのは、まともな防具を着れるようにする為。
MPはいくらあっても足りないし、素早さは私の生命線だった。
さらに、グリフォンを実体化した時のステータスも書いておくとこんな感じ。
グリフォン
生命力:15
力強さ:13
器用さ:7
素早さ:10
知性:7
HP:150
MP:70
スキル:風魔法
・風の刃(消費MP3):真空の刃を飛ばして相手を攻撃
・風の鎧(消費MP5):風の鎧を纏い、敵の攻撃を防ぐ。風の鎧を纏いながらでも風の刃は放てる。
・飛行(パッシブ):生来のスキルとしてMPは消費しないが、一度に飛び続けられる時間は個体により限定される。
ステータスポイントの合計は52。堂々のランク5だ。2ランク上だから、実体化でMPを20。複製でも15を使う。
グリフォン5体の同時実体化だけでMP100。複製5体でさらに75だ。経験値は、ほぼそのまま魔石から得られるMPの量にも等しい。厳密な計算ではなく経験値総計推移やステータスから推測すると、オークチーフは22、シャーマンは17、普通のオークで12。
今日倒したグリフォンはほぼ一頭ずつだったから数えやすかった。成体で45、子供で24。つまりそれらの魔石からも同じくらいのMPが得られる筈。
オークの魔石は全部で80個以上ゲットしていたけど、今日のグリフォンとその複製や仕込みの諸々で10個以上を消費した。チーフやシャーマンのはまだ取ってある。村のオーク殲滅する時にも10個近く使ったから、残りは50から60個くらいか。
明日は町中で出来る限りの準備を済ませてから、今度は周辺の雑魚魔物狩りをして小粒でも魔石を補充しつつ、経験値も稼ぎながら仕込みをして挑もう。そうしようと思いながら、私は眠りに落ちた。
翌朝。朝食を済ませてから朝市でまた食料を調達したけど、輝人達用ではなく、自分達用。あまり連日会いたくも無かったし、たぶん会うべきでもない。
ゆっくりと歩いて武器屋青竜の牙に向かった。店主の
「よお。噂は聞いたぞ。グリフォンを五頭も倒したって、昨日はその話で町中が大騒ぎだったからな」
「その内の三頭はまだ子供でしたけど」
「それでもグリフォンはグリフォンだ。生半可な冒険者には倒せない」
「まぁ、その後さらに十頭倒したんですが、ヤバイ奴、メジェド・グリフォンだかが出てきて、回収出来たのは先に倒せたその内六頭だけで、昨晩逃げ帰ってきたんですが」
若旦那さんは呆れた顔をしてぼやいた。
「お前なぁ。冒険者生活三日目でなんて無茶してやがんだ。ほとんどの場合、逃げようとしても逃げきれなくてみんな死ぬから、目撃談ですら残らない相手なのに」
「そこは運と工夫次第って事で。でですね、今日来たのは、そんなメジェド・グリフォンを相手にしても生き延びれるような防具のあてが無いかなって」
「ここは武器屋だぞ」
「防具も少しは置いてるじゃないですか。グラハムさんの装具も作ってくれたし。そのメンテもお願いしに来たんですよ」
「グラハム、使い勝手はどうだった?初日でいきなり壊れたりはしなかったか?」
グラハムさんが背負い袋をカウンターの上に置くと、若旦那さんは黙ってチェイン・アームを袋から取り出し、特に鎖の終端と支点となる金具の状態を確かめた。
「まだぐらついたりはしてないからこのままで大丈夫だと思うが、何か気付いた点はあるか?」
「鎖全体の長さは3メートルではなく、2メートルでいいです。支点の所で1.5メートルで留めておいて頂けますか?」
「それならすぐに終わる。一時間もかからんだろ」
「あ、そしたら、新しい装具作ってもらってもいいですか?」
「どんなのだ?見せてみろ」
「たぶん、手を失った人とか用でどこかの誰かは似たようなのをすでに作ってると思うのですが」
それは、肘の先端の先に、短い小さな刃を付けるという物だった。
「鎖とか紐のどちらの装具とも合わせられて、普段は刃にカバーをかけておいて片手ですぐに外せる様に。突き刺した時に肘に食い込まないよう固定には工夫が必要でしょうね」
私がスケッチブックに描いた絵を、若旦那さんもグラハムさんも真剣に見ていた。
「これは握らないからセーフでしょう?」
「まったく。そう言われればそうだとしか答えようが無いじゃないですか」
「刃の長さはどうする、グラハム?」
「10センチだともしかしたら長すぎて、5センチだと短すぎるかも。その刃の長さより、その土台で敵の剣を受けるか流せる束か鍔みたいな物を付けて頂けると、戦い方の幅が広がりますね」
「じゃあ、7センチ前後で調整してみるか。これはさすがにその場ですぐにって訳にはいかないが、試作品は作っておいてやる」
「じゃあこれは、チェインアームの改造手間賃と、肘刃?の手付け金て事で」
私がカウンターの上に金貨五枚を置くと、若旦那さんはそれをさらりとレジ袋か何かの中へと移して言った。
「肘刃?は、金貨十枚から十五枚くらいだろう。五枚もらったから残りは十枚ってとこだな。それで、防具だったか?風魔法耐性が高い方がいいのか?」
「まぁ、ついてればいいな、くらいで。装具とかで賄えればそれでも構いませんし。それよりは、毒とか麻痺とかの状態異常耐性のついてるローブなんかの方がいいかもです」
「どっちもうちには置いてねぇ。だが知り合いの店なら置いてるかもな」
「是非、紹介して下さい!」
「高くつくぞ?」
「お金なら、グリフォン狩ってきたのとかでたぶん何とか」
「名前は毒蟲の糸っていう、ろくでもない店だ。ほとんど一見さんお断りだからな。紹介状代わりにコレを持っていけ」
そうして若旦那さんが渡してくれたのは、透き通った青くて堅い何か。形状は細いペンの様だった。
「これは、もしかしてお店の名前の由来になった何かですか?」
「おうよ。親父の形見でもある。そんなちっぽけな量じゃどんな武器にもなりにはしないが、いつかそいつと同じ材料で立派な武器をこさえたいってのが口癖だった」
「じゃあ、いつか、私が取ってきてあげますよ」
「おう。期待しとくぜ。だがそいつは用が済んだらすぐ返せよ」
「もちろんですよ」
そして私達は、若旦那さんに聞いた毒蟲の糸という防具屋さん?に向かったのだった。
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