エピソード4:武器屋と、接触と

「もうすぐ看板なんだけど、何か急ぎか?」

 まだ若い、といっても二十代後半くらいの男性が駆け込んできた私達を見て言った。

「急ぎ、です!出来れば今夜中か明日朝に仕上げていただけるとうれしいです!」

「希望に応えられるかどうかわからんが、仕上げてって事は、店に陳列してない何かを仕上げるって事か?」

「そうかもですが、お願いする物は、たぶん、ものすごく単純です」

「ふぅん。何を頼んでくるか知らんが言ってみな」

「そうですね、先ずは店内にたぶんあると思うのですが、鎖の先にトゲトゲな鉄球がついてる武器ってあります?」

「チェイン・フレイルだな?あるぞ?」

「品物を見せて頂けますか?」


 武器屋の若旦那らしき男性は文句も言わずにカウンターにチェイン・フレイルを持ってきてくれた。ごつい木の持ち手に、金具が取り付けられてて、その金具に鎖が、鎖の先にはトゲ付の鉄球が取り付けられていた。トゲ付の鉄球が直撃すれば、鉄鎧着てようがかなりのダメージを負いそうな代物だった。


「で、こいつを誰が使うんだ?見たとこ、使えそうなのはそこの片手の戦士さんくらいしかいなさそうだが」

「そうなんですが、このままじゃ使えないので、使えるようにして欲しいってのが注文内容になります」

「どういう事だ?」

「私達は、明日からオークを狩る予定なのですが、オークの身長ってどれくらいですか?」

「だいたい2メートル50から3メートル近くくらいだな」

「なるほど。そしたらグラハムさんとか普通の人間の男性が剣とか振り回しても届かない高さですね」

「長槍でどうかってとこだな。だが、槍の間合いは相手の長い腕の間合いでもある。連中は木をへし折っただけの丸太をぶん回してる事が多いが、そしたら長槍でもうかつには近づけない。チェイン・フレイルならもっと近づかないと当たらないし、当たったところで分厚い毛皮と脂肪でろくなダメージは入らないだろうな」

「でも、振り回される丸太をかいくぐって踏み込むだけの技術とか度胸があるなら、鎖の先にある鉄球を相手の顔、目とか鼻とかにぶち込む事も可能ですよね?」

「そうするだけの腕と手もありゃあな」

「グラハムさんが使う鎖の長さは、最大で2メートル50もあればいいでしょう。腕に巻き付けておく分を含めて3メートルってとこですか」

「おいまさか」

「そうです。鎧の肘当てみたいな部分に鎖の根本を止める金具をつけて、余計な長さの鎖は腕に巻き付けて振り回す長さを調整出来るようにすれば、使い物にならないですかね?」

「うーん、出来たとして、色物だぜ?オークにとっちゃ嫌がらせくらいにしかなるまい」

「いいんですよ。手出しされてうっとうしい存在として気を向けられれば」

「盾だけ持ってる相手なら、無視すりゃいいだけだものな。なるほど」

「という訳で商談です。鎖部分だけなら1メートルでおいくらくらいです?」

「まぁ、金貨1枚って言っておいてやるよ」

「じゃあ3メートルでも金貨3枚ってとこですね。肘当てと、そこに金具と鎖を取り付ける工賃はどれくらいになります?」

「やっつけ仕事でいいなら、中古の鎧から取って、そうだな、金貨2枚でやってやる。だが、鎖掴まれて引っ張られたらどうするんだ?」

「腕というか肘からすっぽ抜ける感じでいいと思います。オークと力比べとかありえないでしょうし、体ごと持ってかれるの危ないでしょう?」

「まあな。荒唐無稽の様で考えてるじゃねぇか」

「グラハムさん、たぶん、すごくしっかりした戦士なのに、盾しか持てないせいで、ゴブリン一匹を倒すのすら苦労されてて」

「ふむ。左手に剣を持ち直すって選択肢は、無かったんだろうな。出来るもんならとうの昔にやってたろうし。いいぜ、やってやる。それで、鎖の先に付ける鉄球はどうする?金貨3枚と言いたいとこだが2枚にまけておいてやる」

「ええと、鎖で3枚と、肘当てと金具とで2枚、鉄球で2枚で、都合7枚でいいですか?」

「それで明日の朝までに仕上げておいてやる」

「じゃあ、特急料金としてあと金貨1枚足しますから、いくつか作業の手間がかからないお願いしてをしていいですか?」

「図々しい奴だな。言ってみろ」

「お店にある鎖、一番長いのを見せて頂けますか?そしてそれをスケッチさせてもらえませんか?それから、お店の商品のいくつかもスケッチさせてもらいたいんですけど」

「何か怪しい真似すんじゃねぇだろうな?」

「いえいえ。お店の損にはさせませんよ。さっき頼んだチェイン・フレイルもどきの特許というかアイディアの権利も主張しませんから。この世界、戦士が手指とか腕とかを損なって武器を握れなくなるとか、珍しい事じゃないでしょうし」

「ちっ、分かったよ。ちょっと待ってろ。ご希望の武器とかあるなら言って見やがれ」

「魔法の杖とかあったら。出来れば炎魔法の補正がかかるようなのがあれば、お目にかかってみたいです」


 若旦那さんは、肩をすくめながら店奥の作業場だか物置に向かって姿を消した。


「あの、アヤさん。お金、すぐには支払えませんが」

「いいんです。お礼の前払いみたいな物ですから」

「お礼って、私達の方がもらってばかりなのに」

「これから先、そうはならない場面が、たぶん、絶対に出てきます。そこで、私にはどうにもならない時、お二人に助けて頂けたら、それだけで十分です」

「わかりました。お約束しましょう」

「私も誓うわ。我が家名にかけて」

「ありがとうございます」


 私は待つ間に、人間には少し大きすぎそうな大剣とか大盾、それから全金属製の槍なんかもスケッチしておいた。これらはどれも私じゃまともに持てないくらい重かった。


 若旦那さんは、一巻き1メートルくらいあるのが五巻きくらいある鎖と、捻れた木の先に赤い宝石めいた何かがついてる杖を持ってきてくれた。


「ほらよ、お望みの鎖と、先端にやっつけだがフレイル付けておいてやったぞ。それからこれはうちにある良い魔法の杖でも一番良い方の奴だ。炎魔法に二割近い補正がかかるって聞いてる」

「わあ、ありがとうございます!杖はカウンターの上に、鎖は重ならない感じで店の床に置いて頂けますか?」

「注文の多い奴だな。やってやるけど」

「助かります!」


 私はまた背負い袋から出した体でスケッチブックと鉛筆を出現させると、せっせと鎖や杖をスケッチしていった。その間、若旦那さんは肘当てを持ってきて、グラハムさんの肘に当てて内側で紐を縛って止め、着用感などを聞いていた。

 私はひとまずのスケッチを終えると、また思いつきの防具というか武器のアイディアを別のページにさらさらと描きながら若旦那さんに聞いてみた。


「あのー、こんなのどうでしょうか?簡単には剣で切れない魔物の皮の切れ端とかで作れたりしないでしょうか?」

「ああん、見せてみろ?うん、これは、何に使うんだ?」

「相手の剣を受け止めたり、からめ取ったり、紐の先にある刀子か錘で攻撃したり」

「こりゃ武器ってよりは暗器の類だな。こっちは何と戦う為の物なんだ?」

「人ですよ。刀剣を使う、とても危ない相手です」

「嬢ちゃん、物騒過ぎるな。どんな身の上かはまだ聞かないでおくが」

「こっちは室内で使う想定で、相手に掴まれても引っ張り合う事が出来るくらいにしっかりと腕とか肘に固定出来る事が望ましいですね」

「・・・剣で切られにくい魔物の皮の本当に切れっ端で良ければ、その先に付ける飾りやら腕への固定具なんかも含めて、金貨5枚でやってやろうじゃないか」

「赤字出てませんかそれ?」

「手間賃だけでやってやるってんだよ。嬢ちゃん、名前は?」

「アヤです」

「俺はルグドフだ。親父が流行病でぽっくり逝っちまってから、親父が作ってた物の模倣品だけを作ってきてたが物足りない思いをしてたとこだ。お前の考えは面白い。作ってやるから、簡単に死ぬんじゃねぇぞ?」

「ありがとうございます。期待しておきますよ。じゃあ、半金を置いていきますね。12枚、いや13枚の半分だから」

「きりがいいから12にまけといてやる。チェイン・フレイルもどきの方は明日朝までに、もう片方のはなんて名前付けるか知らんが、もう一日もらえれば仕上げてやる」

 私は金貨6枚を手渡し、鎖はグラハムさんとオールジーさんが床から片付けてくれたので、武器屋「青竜の牙」を後にした。


 いったん私の宿屋に戻り、四人用の部屋なら一日銀貨7枚で借りられたので、そちらに部屋を移してもらい、夕食は食堂で済ませてから二人の宿屋に荷物を取りに行き、部屋に戻ってから、ようやく、いや、まだ落ち着けなかった。


<敵が近づいてきている>


 とディルジアから警告が入ったからだ。


――一人?二人?


<近づいてきてるのは、一人だ>


――性別とか、名前は分かる?


<分からない。だが、誰がまだ生きているかは、ステータス画面からわかる>


「アヤ、どうしたの?」

「敵が近づいてきてます」

「アヤが話していた剣士か?」

「その可能性はありますが、まだ分かりません。全体で六百人ほどもいるので、全くの別人という可能性もあります」

「ふむ、では私は扉を警戒しておきます」

「お願いします」


 私はステータスを開いてみたが、二人には見えないようだった。

 ステータス画面の右上に参加者リスト、ランキング、メッセージ、掲示板といったメニューが出現していた。いや気付いてなかっただけか?

 メッセージの所に、未読の数だろう3という数字が表示されていたけど、後回し。

 参加者リストは、各学年、各クラスごとに生徒が五十音順で表示されてて、教師その他はその下にまとまってた。表示方法は、メダル数順とかもあったけど、596/542という数字が冒頭に出ていて、初日で既に一割近く死んだという衝撃を受けた。

 クラスメイトの状態を確認すると、死亡者数は三人で、その中に黒田さんは含まれてなかった。別のクラスの輝人も生きてたけど、こちらはメダルの枚数が1枚ではなく、3枚に増えていた。

 私がおおまかに感じ取れていたメダルは2枚で少しずつずれた位置だったから、もし二人が一番近い位置にいるなら、他の誰かは近い位置にはいない筈。だけど、私が気付かない内に来てた誰かを、輝人が倒してメダルを奪っていたという可能性もある。リストには、誰がどこにいるという表示は無いから、情報を得られるとしたら掲示板とか、メッセージを通じてという事になるだろう。

 ディルジアに警告を受けてから、およそ半分くらいの距離、200メートルに縮まって、さらに近づいてくるのを感じた。やはり最低でも一人はこの町中にはいるようだった。


「直線距離で200メートルを切りました。まだ接近中です」

「なぜ分かる?」

「そういう仕組みになってるとしか言えません。詳しい話はまた後で」


 これ、めちゃくちゃイヤな仕様だ。どれだけ隠れても、相手をやり過ごせないのだから。特別なスキルとか魔法とかアイテムがあったとしても、常時感じ取れてしまうのだから、最終的に逃げようが無い。もし逃げられ続けたとしても、メダルを獲得できなければ直接的な殺し合いの場に強制転送されて戦いを強いられる。正にデスゲームだ。


 街路に沿って迫りくる誰かを感じながら、私は短刀を出してローブの裾を切り裂いて布の切れ端で紐を作り、サバイバルセットの中でスケッチしたナイフを出現させ束を紐で縛り、逆端をグラハムさんの右肘にぎゅっと縛りつけ、ナイフは腰裏のベルトに挟み込んでおいた。


「100メートル切りました」

「相手に敵意があるかどうかはわかるのか?」

「もしかしたら、単に話に来たとか、組もうとか交渉しに来たという可能性もありますが、最終的に全員敵です。一人しか生き残らないと、この世界の神様に言われてます」

「この世界の神って、七大神様が?」

「その上の主神アルゴニクスだったかな。50メートル切りました。ほぼ直線的に近づいてくるのは止めて、周囲をぐるぐる回りながら接近してきてます。周辺地図、逃げ道を確認してるのかも知れませんね」

「つまり、相手も、今アヤが感じてるように、アヤの位置を感じ取れているのか?」

「そうです。だから、逃げようが無いんです。25メートル、20メートル。建物の入り口でたぶんいったん止まって、入ってきますね、これは」

「君がいるかと尋ねてきたら、居留守は使うのか?」

「相手によります。相手も、プレイヤーの誰かがいるというのは分かったとしても、それが誰かかは分からない筈ですし、この部屋に何人、私以外に誰がいるかは、たぶん分からない筈です。残り、10、9、8」

「問いかけられたら、私が誰何してみる。用向きも尋ねる。そこから先どうするかは、指示をくれ」

「分かりました。ドアの前に立ちましたね」


 私が小声で言った時には、ドアがノックされた。


「こんばんは。そこにいるの、綾華だよね?」

「誰だ。名を名乗れ?」

「伊藤輝人だけど、あなたこそ誰なの?どうして綾華と一緒にいるの?ねぇ、綾華。ぼくをふっておいて、今日会ったばかりだろう男とこんな時間に宿の同じ部屋にいるってどういう事?」


 グラハムさんが私に問いかける視線を送ってきたので、私は応える事にした。この場は誤魔化したとしても、結局逃げ場は無いのだから。


「先ず、あなたに名前で呼ばれたくないって言ったのもう忘れたの?それからここにはもう一人女性がいて、この男の人はその人の連れ合い。私はお二人と出会って協力関係になっただけ。これで満足?何しに来たの?」

「ああ、やっぱりあや」

「七瀬さん。次言ったらもう口きかないからね?」

「分かったよ七瀬さん。今日は確認と伝えに来ただけだよ。黒田さんもこの街に来てる。ほぼ同じタイミングで入ればそれなりに近い位置に出現するみたいだ。きっと触れ合ってれば同じ位置に出れただろうね」

「ぞっとしないわ」

「ぼくと黒田さんはすでに休戦協定を結んだ。メダルを月に一枚も取得出来なければランダム対戦が不可避になってそこで当たったら仕方ないけど、それまでは互いに不可侵。同じ約定を七瀬さんとも結ぼうと思ったんだけど、どうかな?」

「あなたは今日、すでに二人、狩ったのよね?」

「うん。この街の事とか調べつつ巡回しながら、ね」

「私があなたと約定を結んだとして、その後はどうするの?」

「数日はこの街で様子見して他のプレイヤーが近づいて来ないか確認して、誰も来ないようならこちらから狩りに行くよ」

「黒田さんも一緒に?」

「七瀬さんが、黒田さんが近くにいると落ち着けないっていうなら、連れていくよ。彼女も、狩れる時にメダルを分配するって約束してるから」

「そう。一緒に連れていってもらえると落ち着けるかもね」

「でも、ぼく達が旅立ったのとは別の方角から他の誰かがやってくるかも知れないよ?」

「その時はその時よ。ランダム対戦の時よりよほど準備して戦いに臨めるだろうし、何より顔見知りと殺し合わないで済む方が気が楽だし」

「君の気持ちはうれしいよ。信じて、ぼくは君の味方だって」

「ごめんね。このデスゲームが終わるまで、私はプレイヤーの誰も信じられない」

「それで当たり前だと思う。ぼくはね、勝ち抜くよ。そして最後に、君と対戦する事があったら、ぼくはわざと負ける。そして君は元の世界に戻れるよ」

「あなたが勝ち残れるかどうかは知らないけど、私はもし勝てたとしても、元の世界には戻らない。理由は教えてあげない」

「へぇ、そうなんだ。でも、ぼくの約束はどの道有効だよ。もしぼく達が最後の対戦で出会ったのなら、いやどこかのランダム対戦で出くわしたとしても、ぼくは君に勝ちを譲るよ」

「見返りは何なの?」

「何も求めないよ。愛って、そういうものだろ?」

「そういうものだとか言ってる人なら、さっき、ここにいるのが誰かはっきりしてない状態で、受け答えしてくれた人に殺気放つとかしてないと思うんだけど?」

「嫉妬くらいは許して欲しいな。不可避な反応みたいなものなんだし」

「あなたの執着は異常よ。自覚するもしないもあなた次第だけど」

「執着してるのは自覚してるけど、愛してるんだもの。正常だと思ってるさ」

「あなたが愛と呼んでるのは独占したいというただの欲望よ」

「かもね。だとしても、愛の形も人それぞれだと思わないか?」

「だとしても、私が思う愛の形はあなたのとは違うのははっきりしてるわ。じゃあね。お元気で。黒田さんにもよろしく言っておいて」

「メッセージ機能で直接伝えてあげればいいのに」

「あなたからのも黒田さんから来てたとしても、メッセージには返信しないわ。たぶん確実に、切りがないから」

「かもね。じゃあ、お互い勝ち残って、そして出来れば最後に出会おう」

「お互い生きてれば、いつかどこかで出会うかもね。じゃあね」


 そして、こつっ、と何かを扉に軽く打ち付けるような音がしてから、メダルの反応がだんだんと離れていって、やがて元々感じていたくらいの距離にまで戻っていった。

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