エピソード2:メガネとウサギとゴブと

 私は、宿屋の若女将さんに一泊二食付きで銀貨5枚を支払い、個室の鍵をもらって部屋に向かい、二人にも入ってもらうと扉の鍵を閉めた。

 中は、質素なベッドと箪笥、小さなイスと机がある、清潔で、ドアにはしっかりとかんぬきがかけられる部屋だった。

 私は二人にベッドに並んで座ってもらうと、椅子に腰掛けて二人に尋ねた。


「今からお見せすることは、他言無用です。守れますか?」

 二人は顔を見合わせると、即座に答えてくれた。

「当然よ」

「当たり前だ」


 私はメダルに手を触れて、スケッチブックと布製ペンシルケースを取り出して小さなテーブルの上に置いた。


「って、えっ!?」

「アイテムボックスから取り出したのか?」

「いえ、ちょっと違います。驚かれるかも知れなくても、あまり大声は出さないで下さいね」

「「わ、わかった」わ」


 私は二人がおとなしくなってからスケッチブックの空白のページを開き、今かけているメガネを顔から外して片手で持ちながら、右手でいくつか、いろんなアングルからスケッチしていった。一応、予備として別のページも同様に描き落としてから、心の中で実体化するよう念じると、メガネがページから浮き出るように現れた。


「ひっ!」「わっ!?」

 驚く二人を咎めるでもなく、私は出てきたメガネを顔にかけてみると、モデルとなった眼鏡と同じ性能が再現されていた。

 私はついでで、スケッチされた眼鏡を複製してみて、そちらをかけてみたけど、フレームの強度がちょっと足りない感じがしたし、輪郭はオリジナルと比べるとはっきりとぼやけていた。木窓を開けて外を見てみると、遠くになればなるほどぼやけ方はひどかった。


「ふ、増えた?」

「あなたは、ユニークスキル持ちなのですか?」

「かもですね。オールジーさん、こちらの眼鏡からかけてみて下さい」


 私は、複製で増やした眼鏡から渡して試してもらった。

「み、見える!今まで使ってた眼鏡よりも、ずっとはっきり!すごいですっ、アヤさん!」

「う~ん。そしたらオルージーさんは、その眼鏡をかけてて下さい。

 んで、グラハムさん、背負い袋とその中身、見せて頂けませんか?見せて問題の無い物だけでかまいませんから」


 グラハムさんは少し悩んで、オールジーさんに視線で伺いを立て、彼女が頷いてから、背負い袋からいくつかの包みみたいのを取り出してから渡してくれた。


「じゃ、ちょっとお借りしますね」


 私は背負い袋も2ページに分けてスケッチし、その中に入ってたロープやランプ、ナイフや石鹸、薬草や地図なんかもスケッチさせてもらってから背負い袋に戻してお返しした。


「あなたはいったい・・・?」

「もうお察しの通り、スケッチした何かを紙から実体化できます。物とかだけじゃなく、魔物とかも」


 二人の表情がさっと厳しくなったので補足した。


「私が描いて呼び出した魔物は、私の命令に従います」


――だよね、ディルジア?


<ああ、心配しなくていい>


「何のために、魔物を?」

「さっき少しお話しした通り、私は追われる身です。詳しくはまだお話できませんが、私とは全く異なるユニークスキルを持っている数百人に。とはいっても世界中に散らばってる筈なので、感じ取れるくらいに近くにいるのは、たぶん二人くらいです」

「つまり、そういった、その、同類の方々と戦う為に?」

「はい。そうです。逃げ続けようとしても、人智の及ばない手段でとっつかまえられて、その同類達と戦わされます。最低でも、月に一人と」

「嘘や冗談や狂言の類では無いのですね・・・」

「そうであれば良かったのですが。さて、その複製した眼鏡は私が消そうと思えばいつでも消せます。それを使う権利を、一日銀貨1枚で私から買いませんか?」

「権利を?」

「ええ。ただ、私と行動を共にして頂けるのなら、眼鏡の料金は頂きません」

「つまり、眼鏡の為に、我々の身を危険に晒せと?割に合わないな」

「それは承知してます。だから、今日これから日が落ちるまでお付き合い頂ければ、お二人に銀貨2枚ずつお支払いします。

 明日からはお二人で一日銀貨5枚ずつ。私の予算にも限りがあるので、それで今日から三日間で様子を見てもらえませんか?この付近にいるそれなりの魔物をスケッチ出来れば、私自身をある程度は守れるようになると思いますので」

「グラハム」

「しかし、おじょ」

「グラハム。このままだと私達も詰んでいたでしょう?」

「はい・・・」


 オールジーさんが、グラハムさんからの反論を封じてから私に言った。


「私達はあくまでもあなたに付きそうだけ。その場の流れで戦闘に巻き込まれることがあったとしても、もし敵わないと見ればあなたを見捨てて私達は逃げます。それでもよろしくて?」

「ええ、もちろんです」

「グラハムも、それでいいわね?」

「はい」

「それじゃ、お昼何かつまんでから外に出ましょう。私がお昼代持ちますよ」


 広場の屋台村へと移動してそこで二人のお勧めを平らげた後は、靴屋や服屋などを梯子してから、西門から近隣の森へと向かった。そこで初心者向けの相手として、角兎ホーンラビットやゴブリンを見つけ、スケッチさせてもらうことにした。


 森の際の草原で、グラハムさんが立ち止まり、私とオールジーさんに下がっているように手振りで伝えてきた。

 私はスケッチブックと鉛筆を構え、オールジーさんは棍(私が抽選会場の武器屋でスケッチしておいた、ただの長くて堅い棒)を構えると、グラハムさんが盾を構えながら、こちらに気が付いて地面に体を伏せている角兎にじりじりと近寄っていった。


 脱兎というか、一瞬でその場から加速した角兎は、グラハムさんが構えた盾に正面からぶつかって弾き飛ばされたけど、空中で器用にくるりと体勢を整えて、グラハムさんの背後から再び襲いかかった。

 その速度は、ドッジボールで飛び交うボールよりも早かった。つまり、自分が対峙してたらそのまま殺されてるまであった。異世界、怖っ!


 グラハムさんは器用に角兎の突撃を受け止めたりかわしたり弾き飛ばし続けた。やっぱりこの人、戦い慣れてる。たぶん、元兵士とか、元騎士とか、そんな感じがした。


「あとどれくらいかかりそうですか?」

「あちこち跳びはね回ってるから少し手間取ってますが、今、二枚まで終わりました。あと三枚描くので、そのまま粘ってて下さい」

「問題ありません」


 その後五分もかからず描き終わったので、とりあえず一体を呼び出してみることにした。

「これから一体実体化してみます。襲ってこない方が味方のウサギなので間違えないで下さいね」

「努力しよう」


 ローブや眼鏡も、スケッチブックから実体化するのに1秒くらいかかっていたので、私は次の角兎の突進のタイミングでスケッチした角兎を実体化するよう念じた。

 モデルとなった角兎がグラハムさんの盾で体の下から跳ね上げられて宙をゆっくりと舞う間に、スケッチした角兎に着地点を脇から狙うよう念じて指示。

 実体化を終えたスケッチした角兎は、モデルとなった角兎の体を脇からずぶりと額の角で突き刺した。致命傷になったらしく、その場に倒れ、歩み寄ってきたグラハムさんが鉄製の盾の縁で頸椎を砕いて、角兎にとどめをさした。


 ステータス画面で見ると、MPが10減っていた。さらに、実体化させた角兎の情報も出ていた。


ホーンラビット

レベル1

生命力:2

力強さ:2

器用さ:2

素早さ:5

知性:2

HP:20

MP:20

スキル:突進


「なんというか、その、思ってたより、すごいですね?」

「そのウサギ、出してすぐに消えないのですか?」

「さあ?私も初めて出してみたのでわかりません。では続けてゴブリンを探しながら、ウサギその他狩っていってみましょう」


 私の経験値も1増えていた。盾役を確保できてる内になるべく稼いで、出来ればレベルも上げておきたかった。

 それから森に入るまでと入ってからでさらに角兎を計2匹狩ってから、ゴブリン2匹と遭遇した。緑色の肌、身長は自分のお腹くらいまでかな。でもゆっくり観察する前に、片方はグラハムさん、片方はオールジーさんと私に向かってきた。


「お嬢様!すぐにそちらに」

「私は大丈夫だから!」


 とは言いつつ棍を振り回して魔法を使ってくれそうにない。精神集中しないといけないのかもだけど、唐突に戦闘が始まってゴブリンが間近に迫ってそれどころではないらしい。

 私はスケッチブックから短刀を実体化しつつ、角兎にゴブリンの背後から攻撃するよう念じて指示。オールジーさんの拙い攻撃をバカにしたように眺めつつ、大きな振り回しをかいくぐって踏み込んできたゴブリンの横合いから回り込み、そのお尻に角を抉り込んだ。


「@q;p・¥:!!?」

 ゴブリンが意味不明な叫び声を上げて振り返った時には、角兎は頭を振るって離れていた。

 私はその無防備な背後から、体の中心辺りに短刀の切っ先を突き込んで、刃をぐりぐりと動かすと、ゴブリンは地面に倒れ込み、ぴくぴくと震えながらやがて動かなくなった。


「二人とも、大丈夫か?」

「は、はい。無傷、ですよ」

 私自身は震えが止まらなくなっていたけど、慣れろ。慣れるしかないんだと自分に言い聞かせ続けた。

「アヤさん。戦闘は、経験が無いと仰ってましたよね?」

「ええ、だから、今になって、震えてたりしますよ」

「私も、最初は似たようなものでした。今でもまだ、慣れきったとは言えませんが」

 オールジーさんが慰めるように背中をさすってくれたのはありがたいのだけど、まだ戦闘中で、用事は済んでいなかった。

「グラハムさん、そのままそいつをキープして下さい。角兎にはそいつの周りをうろちょろさせますので!」

「わかった」


 私は角兎に指示を出して、逃げたそうにしていたゴブリンの背後などから牽制させつつ、ゴブリンの血にまみれた両手を森の地面にこすりつけて汚れを強引に落とし、土はローブで拭ってスケッチブックと鉛筆を実体化。

 急いでゴブリンを3ページ分スケッチしていき、一体を実体化してみた。消費MPは角兎と同じ10だった。ゴブリンのステータスはこんな感じ。


ゴブリン

レベル1

生命力:3

力強さ:3

器用さ:2

素早さ:3

知性:2

HP:30

MP:20

スキル:噛みつき


 新しく出現したゴブリンに、グラハムさん達もモデルとなったゴブリンもぎょっとしていた。実体化させたゴブリン、スケッチしたゴブリンだからゴブすけとでも呼ぼう。角兎の方は、ウサ助でいいか。


 さすがにもう勝ち目はないとあきらめたゴブリンは逃げ出した。

「ウサ助、足を狙って。ゴブ助も追撃して」

 ウサ助はゴブリンの2倍以上の素早さを活かしてあっという間に追いついて太股の付け根辺りに角を突き込んでくれた。

 倒れたゴブリンの後ろからゴブ助が追いついて、その首筋に噛みついてトドメを刺してくれた。ステータス画面を見れば、さっきのゴブリンと併せて経験値が4増えてたから、一匹で2なのだろう。MPは半分近くになってたから、とりあえずこの二体でがんばるか。


「見事です、アヤ殿」

「お役に立てたのなら、何よりですよ」

「お役に立てたなんてものじゃないわ!すごいですわ!グラハム、ちょっと来なさい!」

 

 ゴブリンの討伐証明になるのだろう左耳をナイフで切り落としていたグラハムさんの腕を取って少し離れた場所まで引っ張っていき、興奮した口調で、おそらくひそひそ話のつもりの会話がダダ漏れでほぼそのまま聞こえてきた。


「グラハム!これこそ天の助けよ!彼女とずっと組むべきだわ!」

「しかし、まだ出会ったばかりで、危険を抱えているとも、その危険がどの程度のものなのかも判別がつかないのに、軽佻ではないでしょうか?」

「だとしてもよ。私達に足りなかったものを彼女一人で補えるのよ!?」

「それこそ、彼女への依存となってしまいます。危険です」

「あなたの言いたいことももちろん分かってる。けれど、私達には時間が無いでしょう?」

「それは、そうなのですが・・・」

「あと五日で、金貨十枚なんて、とてもじゃないけど今までの私達じゃ稼げない。稼げなかったら、借金奴隷になるしかないのよ。それでもいいの?」

「最悪、私が」

「あなたは優れた戦士だった。でも利き腕を切り落とされて、盾をうまく使うことは出来ても、敵を引きつけ続けるのが精一杯。それもほとんど一体が限界。そんな片手落ちな戦士にどれほどの値段がつくのかしら?

 そんなあなたでもいなくなれば私はもうおしまい。アヤさんがくれた眼鏡が無くなれば、まともに見る事さえ出来なくなるのだから・・・」

「・・・・・」


 じっとグラハムさんが考え込み、今度こそ二人は小声で何かを相談し始めたので、私もディルジアと内緒話する事にした。


――えーと、魔物とかって魔石ってのを持ってたりするんだっけ?


<ああ。魔石を持っているのが魔物だ。魔素をため込んで結晶化したものだが、角兎やゴブリンなら、小指の先くらいの大きさだな>


――場所は?


<ほとんどの魔物が胸の中心部だ>


 私はもう一体のゴブリンの死体から左耳を切り落としてから、ゴブ助に魔石を取り出すよう指示してみた。ゴブ助は両手の爪を使って死体の胸を開き、手を突っ込んで魔石を探り当てて渡してきた。

 もう一体からも魔石を取り出すよう指示して持ってくるまでの間に、二人は戻ってきた。


「魔石も取り出して下さったのですね。というか、知っていたのですか?」

「何となくな知識ですけどね。ちなみにゴブリンとかの魔石でどれくらいのお値段になるのですか?」

「大きさにもよりますが、冒険者ギルドだと銅貨3枚といったところでしょうか」

「うーむ。一食分てところですね。塵も積もればってことで、がんがん狩っていきましょう!ところで、普通のゴブリン以外だと、この辺には他にどんな魔物がいるのですか?」

「グリーンスネークという毒蛇とか、あとは希にホブゴブリンとかですね」

「いいですね!是非!両方ともスケッチしておきたいです!」

「それは、もし両方とも手下に出来るのなら、かなり心強いでしょうけど、でも危険ですよ?」

「私を狙ってくる相手の方がたぶん、ずっと危険ですから、出来る限り備えておきたいのです」

「あなたと同じ様で全く違うユニークスキルを与えられた数百人と仰られていましたね」

「ええ、私のも戦闘向きでなくはないでしょうけど、もともと武術をたしなんでたりする者が、そちら系のユニークスキルとかを与えられてたりしたら、私が呼び出した魔物も、私も、おそらく瞬殺されます」


 輝人とか、何の付け足しとかなくても、私を殺せる存在だ。そんな存在に守ってやるとか言われても、それは絶対的な服従にしかならない。自分を守ってもらえる社会という枷が無くなったのなら、もう保険など何も無くなっている。


「だから、瞬殺されないだけの何かを召還できるようにしておきたい、という事?」

「そうです、オールジーさん。そちらも短期間でお金を稼ぐ必要があるのなら、協力し合えると思うのですが」

「しかし、君と協力したとしても、金貨十枚は」

「いえいえ。いけますって。ホブゴブリンていくらになります?」

「確か、討伐証明で銀貨五枚。魔石が銀貨一枚くらにはなった筈だ」

「じゃあ、今日はなるべくゴブリンとホブ・ゴブリン狙っていきましょう。慣れてきたら、今度はオーク狙いで!」

「無理だ。この3人でオークなど」

「私はオークそのものを出せるんですよ?一度スケッチさえしてしまえば。それにお値段的に、ホブ・ゴブリンの数体がかりなら、オークとも戦えるのでしょう?」

「まぁ、それは確かにそうだろうが」

「そうやって前線が安定してて視界も得られるなら、オールジーさんも魔法を打てるんじゃないんですか?」

「そうね、今のこの眼鏡なら、誤射なんてしないと思うわ・・・。って」

「いいです。そちらの事情はまた後回しで。今日はなるべく数を狩ってお金貯めていきましょう!蛇なんかも探しつつ!」


 そうして、三人とウサ助とゴブ助で、森の奥へと踏み入っていくのだった。

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