エピソード1:冒険者ギルドでの出会い

 道脇の露天に並べられた雑多な商品についた値札を眺めて、物価を確かめていく。肝心のメダル集めの前にのたれ死にとか笑い話にならない。

 自分のポケットに入ってた筈のお財布は無くなってて、金貨10枚が入った小さな皮袋に代わってた。


 ふむふむ、それなりの大きさの野菜が銅貨数枚って事は、銅貨が100円玉みたいな感じかな。広場にたどり着いてそこの屋台で売ってる食べ物もだいたい銅貨3から5枚くらい。

 一番無難そうな肉と野菜の焼き串を銅貨5枚で買ってみようかと思ったが、コンビニとかと違って、金貨を出してもお釣りが出ないのではないかと気付いた。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚だとすると、金貨1枚は銅貨100枚。つまり銅貨95枚のお釣りをもらえたとしてもポケットが銅貨で溢れてしまう・・・。


 空を見上げればまだお昼には1、2時間くらいありそうだったので、お金の使い道としても、先にあるかどうかわからない冒険者ギルドを探して、登録とかを済ませておく事にした。

 広場にいた衛兵さんに尋ねて運良く教えてもらえて、迷わずにたどり着いた私は、入り口で立ち止まる事なく、その脇にいったんどいてから全体を観察してみた。


 午前半ばくらいという事で、閑散というほどでは無いにしろ混み合ってはいなかった。入って右手側の壁には、いわゆる依頼ボードが、左手側には飲食店スペースが、その奥には武器防具店が、さらに奥につながる通路や、二階への階段などがあって、私は依頼ボードに近づいて内容やその報酬価格を確認していった。


 ボードの数は7枚。その上に貼られてる金属の板ぽいのが、ランクなのかな。貼られてる枚数が極端に少ないのは、それだけ受ける人がいない、つまりランクが上で難易度が高いのだろう。

 なになに、西の街道に希に現れるグリフォン討伐、成功報酬、金貨100枚、期限無し。これが一番右から三番目のボードに唯一貼られてた物で、右端と二番目には一枚も貼られて無かった。

 四枚目のボードでは、オークの群の討伐、金貨30枚+オーク一体に付き金貨3枚の追加報酬てのが一番高くて、五枚目には、王都への商隊キャラバン護衛依頼、一人一日銀貨5枚(食事は商隊持ち)、王都到着後成功報酬として一人金貨2枚、拘束予定期間:一週間て微妙なのもあった。でも参考になる。ここにあったオーク討伐の常時依頼の報酬だと一体につき金貨2枚だった。ふむ。

 六枚目だと、もっと報酬額が全体的に下がって、近隣、たぶん隣町とかへの護衛依頼が一人一日銀貨7枚(食料自前)で拘束期間3日で成功報酬無しとか、ゴブリン討伐の常時依頼が一体につき銀貨1枚だった。

 七枚目。大半の依頼がいわゆる街の中のお使い系とか下水掃除とかで、その下水にいるどぶネズミ狩りの常時依頼一匹で銅貨3枚だったり、報酬は良くて銀貨1枚いくかどうかくらいだった。薬草の常時収集依頼も、この七枚目とか六枚目に大半があった。


 おおよその依頼の難易度と報酬額を把握した私は、とりま登録をしましょうかねとカウンターへと向かおうとしたけど、背後から声をかけられてしまった。


「もし、唐突にお声をかけてしまってすみませんが、少しお話できませんか?」


 丁寧な言葉だったけど、私は振り返りながら答えた。


「ナンパならお断りですが何か?」


 そこにいたのは、私が入ってきた時に入り口付近の席でじっと佇んでいた男女の二人組の片方。片腕の男性だった。金属製の兜や胸当て、鎖かたびら、左腕の立派そうな盾は、いい。右腕の肘から先が無かった。


「いえ、ナンパではありません。私のパーティーメンバーの為に、あなたがかけている眼鏡を譲って頂けないかと」


 その男性が顔の向きで示した先にいた女性は、いわゆる金髪の白人女性で、どちらかと言えば美人さんなのだろうけど、髪や服なんかはどう見ても薄汚れていたし、目を細めてこちらをじっと見つめている目線からは、心なしかあまり歓迎されてなさそうな印象を受けた。


「ええと、私もこれしか持ち合わせが無いので、これを譲る事はたぶん難しいのですが。ちなみにこの街では売ってないのでしょうか?」

「売られてない訳ではないですが、かなり高価で、その、今の私たちの持ち合わせだとかなり厳しくて・・・」


 それなのに私に、おそらく相場より安値で譲って欲しいと言ってくるのは、図々しくもあるのだろうけど、それだけたぶん困っているのだろうと伝わってきた。

 どの道、現地異世界側住民の協力者の獲得は、私にとって絶対に必要だったので、お話を聞いてみる事にした。継続的に相互メリットを生み出せる関係が望ましかったけど、もし可能なら相手側が若干の負い目を感じるくらいがベストだった。


「この眼鏡を譲る事はむずかしいですけど、お力になれるかも知れませんので、お話うかがえますか?」

「おお、それは助かります!あ、申し遅れましたが、私の名はグラハムといいます」

「アヤカ、いえ、アヤと呼んで下さい」

「わかりました。おじょ、いえ、彼女は、オールジーといいます」


 グラハムさんはオールジーさんの隣に座ると、対面の席についた私を彼女に紹介した。

「オールジー、アヤさんだ。彼女の眼鏡そのものは譲ってもらえないそうだが、代わりの何かは融通してもらえるかも知れないそうだ」

「初めまして、アヤです」

「初めまして、オールジーですわ。私の職業は魔法使いなんですが、目が生まれつき悪くて、眼鏡が無いとほとんど見えないのですが、生憎持ち合わせの最後の眼鏡を先日の戦闘中に壊されてしまいまして」

「なるほど。失礼な物言いは許して欲しいのですけど、それからはほとんど依頼をこなせていない状況ですか?」

「恥ずかしながら」


 グラハムさんが右腕の肘先で頬をかいた。この二人しかいないパーティーだと、どうにかしてグラハムさんが敵を引きつけてる間に、オールジーさんが魔法を打ち込んで、という攻撃パターンしか無いのだろうけど、たぶんダメージをほとんど与えられないグラハムさんの為に、オールジーさんが攻撃力の大半を担っていた筈。タゲ取りも難しかっただろうに。


「失礼を重ねておたずねしますけど、お二人のランクは?」

「下から二番目、ですわ・・・」


 元々は立派だったのだろう仕立て服のあちこちがほつれたり破れかけたりしたのを当て布とかで誤魔化してるのを見ると、おそらくよんどころない事情もあるのだろう。でもそれは、今の私の事情からすれば好都合ですらあった。

 私はしばし考えをまとめてから、お二人に提案した。


「私は今日こちらに来たばかりなんです。冒険者登録を済ませてから、なるべく早くいくつかの用事を済ませないといけないのですが、私一人ではむずかしい事もありまして、ここにはお手伝い頂ける方を探しにも来たんです」

「それは、パーティーメンバーとして、ですか?」

「もしお二人の事情と、私の事情とが、うまくかみ合えば、ぜひお願い出来ればと」

「今日冒険者登録しに来たという事は、戦闘に関しては全くの初心者ですか?」

「はい。私は、とある事情から、すぐにでも強くならなくてはいけないのです」

「追われてる、とか?」

「そうとも言える身の上ですね。どうしますか?私なら、ほぼ無料で、お二人の為に眼鏡を毎日提供できると思います。必要なんですよね?眼鏡」

「え、ええ、まぁ・・・」

「ちょっと待って下さい、アヤさん。毎日提供できるとは、どういう?」

「ここではお話できません。冒険者登録したり宿を見つけたり、ちょっとした用事を済ませたりしてから、他の誰にも覗き見されたりしない場所でないと」


 二人は怪訝な表情をして、小声で相談し始めたので、私は席を立った。


「とりあえず登録を済ませたりしてきますね。戻るまでに結論を出しておいて下さい」


 私は誰も並んでない窓口の受付の人に話しかけ、冒険者になる為の注意事項とか昇進の為の決まり事その他、ある意味テンプレ的なお約束を聞いた。

 ランクは下からウッドストーンカッパーアイアンシルバーゴールド白金プラチナ。それぞれ一定数の依頼をこなし、特に問題を起こさなければカッパーまでは上がれるけれど、アイアン以上に上がる為にはギルドの資格試験を受けて合格しなければならないらしい。まぁ、私はそこまで上げる気も無いけど、生活の為にはある程度上げないといけないかな。

 私は続けて初心者向け講習会みたいのがあるか聞いてみたけど、毎日昼下がりに行われてて、ウッドストーンの冒険者なら無料で受講できるらしい。武器の教練とかも基本的な事は教えてもらえるとか。いいね。

 私は依頼を出す時に必要な手続きとか手数料を確認したり、冒険者ギルドに併設されてる武器防具道具屋の品揃えやお値段を確かめたりした。興味のあった一番軽そうな弓を手にとって弦を引こうとしたけど、半分くらいまでしか引けなかった。うん、鍛えないとダメだねこれは・・・。


 私は二人が待つテーブルにまで戻り尋ねた。

「結論は出ました?」

「ええ。私達には、あなたの手助けが必要よ」

「良かったです。では、移動しましょうか」


 そうして私たちは、受付のおばさんに紹介してもらった子馬の蹄亭という宿屋に移動したのだった。

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