ゲームエンド

「撃って……れ……ダミア……ヌ……」


 ハッハッと下顎を下げてせわしなく呼吸をしながら、金井は私には信じられないようなことを口にする。

 それはノゾミも同じようだった。


「な、何を言ってるんだい、金井くん? ノゾミさんが死んでもいいのかい? 敵を倒せなくてもいいのかい? なあ、きみはそんな男じゃないだろう?そうだよ。ノゾミさんの知ってるきみはそんな男じゃないよ。ほら、落ち着くんだよ」

「おれ……の知ってる……あんたも……そんな女……じゃ……なか……た……」

「ああ、あれか。あれはあいつらを油断させるために仕方なくしたんだ。申し訳なく思ってるよ。ノゾミさんがノゾミさんのいい子のきみを見捨てるわけないだろう? 勝って祝杯をあげるため、やむをえなく、だよ。あとできみにはちゃんと謝るつもりだった」


 ノゾミの声はまるでいつもと同じだった。

 けれど金井にはもう、その支配力は届かないようだった。

 息をするのも辛いように、金井の下顎は小刻みに動く。

 それでもどうしても言っておきたいことがあるのか、金井は話すのをやめなかった。


「その眼の……奥の……ずる……さ……見間違い……だと……思い……たか……。ずっと」


 荒い息の中のかすれた金井の声。その中で、『ずっと』という言葉だけがいやにはっきり聞こえた。

 相対してるダミアヌスも、さすがに、金井の行動に戸惑ったような表情を浮かべている。


「いいのか? おまえの頭まで弾が当たらない保証はない」

「いらない……そん……もの……俺ごと……しんぞう……撃て……」

「はあ?! 金井くん、きみは気でも狂ったのか?! いい加減にするんだよ! ノゾミさんはきみの茶番に付き合う気はない! さっさと手を離しな!この死にぞこない!」

「ちゃ……ばん……か……」


 ヒーヒーと金井の喉が音を立てる。

 それは笑い声のようにも……泣き声のようにも、聞こえた。


「さっさと手を離すんだよ!きみの好きなノゾミさんが死んでもいいのかい?!」

「おれ……も……死……撃て……この人の心臓……通った弾……俺の心臓を……とお……る……。ノゾミさん……あんたからの……最後のキス……」

「ふざけるんじゃないよ! すこしくらい目をかけてやったからって調子に乗って! 離せ! クズ! あとちょっとであいつを殺れるのに!」


 はじめてノゾミの声に焦りが乗る。そして、たぶん、今まで取り繕ってきただろう本心も。

 ノゾミの体が大きくもがくのが私からも見えた。

 けれど、金井の体はその切れ切れの苦しげな言葉とは反比例するように、ノゾミの体をきつくホールドして動かなかった。


「いいんだな?」


 ダミアヌスがもう一度聞く。

 金井がうなずいた。

 あとでダミアヌスが教えてくれたけれど、そのときの金井は幸福そうに笑っていたそうだ。


「やめろ! 撃つな! やめろ!」

「おまえはそう言ってきた人間の願いを聞いたことがあったか?」


 クッとダミアヌスが微笑う。

 そして、銃口を少し下げた。


「本当はコスマスを傷つけたくない。だが」


 すこしだけやわらいだ眼差しが、金井へと向かった。


「おまえもこいつを愛してた。なら、願いは聞いてやらないとな」

「愛だの恋だの気持ち悪いことを話してるんじゃないよ! おまえらみんなキチガイだ!!」

「かわいそうに……おまえはいちばんいいものを持ってたのに、それを自分から手放したんだ」


 まるで憐れむようなダミアヌスの声。

 ……その指が、引き金を引いた。


 ダン、というはじけるような音。私が撃った銃なんかとは全然違う重さの。

 同時に溢れるノゾミの絶叫。


 そして――崩れ落ちる二人分の人間の重さの音。


 ダミアヌスが二人の体のそばにかがみ込み、両方の頸動脈に手を当てて、こちらへOKサインを作った。


 「もう大丈夫ですよ、井原さん。どちらも死にました」

 「あ……はい。ありがとうございます……」


 ほっと力の抜けた私の口から出たのは間抜けな言葉。

 だって、これまで起きたことのすべてがなんでもないことだったように、簡単に終わってしまったから。

 映画みたいなかっこいい台詞なんてそうすぐには思いつけない。

 それに、呆気なさ過ぎて、助かったという実感が湧くまでも少し時間がかかった。

 私を追う二人は死んだ。

 とりあえず、次の追手の準備ができるまで私は安全だ。

 その間に私はダミアヌスの手配で出国し、イギリスへ向かうことになるんだろう。


 そして私は自由になる。


 でも、終わったんだろうか、これで。

 私を憎んでいた本物の『鬼』が誰かわからないまま。

 終わらせなくちゃ、いけないんだろうか。


「やった!!」

「やっぱりダミアヌスくんはすごい!!」


 ヘイとイェンが歓声をあげるなか、私はそんなことを考えていた。

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