暁闇
車は鬱蒼とした山間の道路を走っていく。
カーブのあまりないストレスの少なさそうな道だったので、私は思い切って運転するダミアヌスに声をかけた。
「いくつか、聞いてもいですか?」
私の声に、すこしだけこちらへ目を向けたダミアヌスが微笑んだ。
水っぽい服装なのに、浮かべられた笑顔にはそういった気配がなかった。
もしかすると、この人は案外と純朴な人間なのかもしれない。
「どうぞ。いくつでも。ああ、まずこの名前は本名ではありません。よく聞かれるのではじめに言っておきます。井原さんはお客様ですから、ダミアヌスと気軽に呼んでください」
「あ、はい。でも呼び捨てはちょっと抵抗があるので、さんをつけてもいいですか?」
「勿論。お客様がそう望むなら」
「ありがとうございます。……あなたが、フォンファと連絡を取ってくれていたんですね……」
「ええ。フォンファと俺は同じ『なんでも屋』。同業者ですからね」
フォンファ。
名前を聞いたら、ちくりと胸が痛んだ。
あの爆音と風圧。囮になると笑ったフォンファ。
きっと彼女ももういない。
私はまた一人、誰かの命を消した。
これから、私一人が生き残るためにはどれくらいの屍の山ができるんだろう。
そして私はその山を登り、死臭の頂点に立つ。
そこから見える景色はどんなもの? 少なくとも、今までと同じような色ではないのは確かだ。
そんなの平気だと思っていたけれど……私はそこまで強くなかったようだ。
ずくりと、胸を刺すものが痛い。
考え込む私の表情を見かねたのか、慰めるようにダミアヌスが口を開く。
「フォンファのことは……残念でした。暁財団を相手にするのならば、すぐに俺に鳩を飛ばせば良かったんです。フォンファの仕事はどちらかというと同胞向けでしたからね」
「フォンファが、ダミアヌスさんなら暁財団をあしらうのに慣れていると……」
「はい。俺はあいつらとずっと殺りあってきました。いつかは全員を殺すつもりです。俺の本業は別にあるので、そのための資金を『なんでも屋』で稼いでるようなものですよ」
「そう……」
私の口から出るのは空返事。
とにかくなにもかもが処理できなかった。
これまで生きてきた時間より、今日という一日の方がずっと短いはずなのに、私にはそれが永遠に思えた。
「どうしました?」
「……もうね、なにを聞いたらいいかわからないの。どうして私が、とか暁財団がどうしてこんなこと、とか、フォンファのこととか、頭がいっぱいで……!」
「無理もないです」
片手で器用にハンドルを操りながら、ダミアヌスが私の頭をぽんぽんと叩いてくれる。
「あなたがなにをしたわけでもない。あなたが悪いわけでもない。あなたはただ偶然に不幸の雨粒に当たってしまっただけなんです。……フォンファのことは仲間内できちんと弔います。心配しないで」
「はい……」
いつの間にか、雨が降り出していた。涙雨だ。
規則正しいワイパーの音、時折光る街灯。そこに照らし出されるダミアヌスの横顔。
「あ、太い道を通っても平気なんですか?フォンファが駄目だって」
「Nシステム対策に、車金融のカタの車をニコイチにしてあります。ナンバーも偽造品ですから、調べても俺ではない誰かにたどり着くので大丈夫です」
「そう……」
また、わからない単語。それを察してくれたのか、ダミアヌスが説明を始める。
「ニコイチと言うのは、二台の車をばらして一台にしたものです。二個で一個だからニコイチ。日本語と言うのは面白いですね」
不思議な言い回しだと思った。
どう見ても日本人の男の口から「日本語と言うのは面白いですね」なんて言葉が出てくるのが。
「質問がし辛いなら、暁財団のことや、なぜあなたがこうなったかを俺から少しお話ししましょうか?」
ダミアヌスが穏やかな声音で聞く。
私は何度も頭を縦に振った。
どうせ私の質問なんて、ダミアヌスからしたら初歩の初歩だろう。
なら、彼の口から系統だって語られた方がいい。
「それではまず、暁財団のことから――」
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