逃亡開始
フォンファの走る速さが少し緩まった。
そして、彼女は不自然にならない程度にその速度を落としていき、いつの間にか私と少し間を開けて横に並んで歩いていた。
それは見事としかいいようがなかった。
あのフォンファが本当にこんなに有能な『なんでも屋』だったとは。
嘘みたいな話ほど真実に近い。
こうなって私は、それを痛感した。
そうしてしばらく歩き、私たちは、気が付いたらハイジア近くの汚い裏通りにいた。
そこはいつものように、たちんぼでいっぱいだった。
「あんたをホ別イチニーで買う男についていきな」
フォンファはまっすぐ前を見たまま、唇を動かさないで喋る。
そのおかげで、はた目には私たちはただ並んで歩いているだけの互いに無関係系な通行人に見えるに違いない。
この話し方は私もできるようにしておこう、そう思った。
でも、今の私はまだそんなことはできないから、フォンファにだけ聞こえるような声で「わかった」と答える。
ここでたちんぼしている女たちの意味も、その値段も、私はきちんと知っている。この街で大成するためには、薄暗い淵だって覗けて当然だ。必要なときに、適切に知識を使えるように。たとえば――今のようなときのために。
「大丈夫だ。本当に買われるわけじゃない。ホテルに入ったら男の言うことを聞くんだよ」
フォンファはそう言うが、私はもうフォンファを疑ったりはしていなかった。
この女についていけばきっと助かる。
そう、根拠のない確信が私を支配していた。
※※※
路地のたちんぼたちの姿が少しずつ増えていく。
そして、それを買う男たちも。
私はここで初めて、フォンファが『できるだけ下品な恰好をしてきな』と言ってきた意味を知った。
友だちの結婚式用に買った赤レースに縁どられたアンサンブルワンピは、ボレロがなければたちんぼの中にいても遜色ない下品な装いだ。
赤い細い肩紐とたくさんのレースのせいで、ベビードールのように見えるかもしれない。
私を隠すようにさらにたちんぼと男が増えていく。
これはたぶん全部私のためだ。
まさかフォンファにここまでの力があるとは思わなかった。
「ホ別イチゴ」
「ホ別二。生オプ+一」
男たちがどんどん私に声をかけてくる。
みんな相場だ。イチニーなんて端数で声をかけてくる男はいない。
私はそんな男たちをいなしながら必死に目で探した。
私に『ホ別イチニー』と声をかけてくる男を。
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