処刑人たち
「お、金井くん、戻ってきたのかね」
ソファにだらしなく寝そべり、ノゾミさんは煽情的な見出しの躍る雑誌を読んでいた。
その雑誌から目線を外し、ノゾミさんはじっと俺を見る。
ノゾミさんは、俺の上司であり、同居人でもあり、その他に、言葉ではまとめきれないくらいの意味を俺に持つ。
でも、ただ一つ、短いセンテンスで断言できるとしたら、俺と同じ「職業:人殺し」だということだ。
「まったく、どうしたんだい、金井くん。ノゾミさんに見とれてもなにも出ないよ。ああ、出やしないさ。それともにらめっこでもしたいのかい?」
むにっと唇を突き出して、ノゾミさんが変顔を作ってみせる。
それさえも魅力的で、俺の喉がごくりと鳴った。
ノゾミさんもアヤカちゃんのように、綺麗だが人工的な顔の女だ。
長い金色の髪、青い大きな猫目、整った顔立ちを引き立てる国籍不詳の派手な化粧。でもまぎれもなく日本人。
ノゾミさん本人の弁によると、きついブリーチといちばん明度の高い特殊なカラコンを入れてるらしい。
けれどそれはノゾミさんの鎧だ。俺がセットされた黒い髪を保ち、よくあるグレーのスーツをいつも着て、目立たないサラリーマンの恰好をしているのと同じく。
『普段から目立っておけば普通の恰好をした時、誰もあたしに気付かなくなると思わないかね?』
『その恰好、趣味じゃなかったんですか』
『馬鹿め。誰が好き好んでこんな恰好をする。髪も痛むし眼球の細胞の死亡率も上がる』
『じゃあなんのために』
『いつか逃げるときのためさ。金井くん、きみは逃げるときは金髪のバンドマンになりたまえ。黒髪の良家の子女を連れて駆け落ちする最低の男だ』
『誰が良家の子女なんですか』
『あたしさ。髪を黒くしてコンタクトをはずせばあたしは良家の子女だ』
そう言ってノゾミさんはニンマリと笑ったものだ。
『逃げるときなんか、来るんですかね』
『来ないさ。来ないはずさ。でも、逃げ道を用意しておかない人間は馬鹿だ。あたしたちはそういう人間をいっぱい見送ってきた。そうじゃないかね?』
『まあ、俺はあんたについていくだけです』
『自主性を持ちたまえよ、金井くん』
『ここに連れ込んだのはあんたですよ』
『選んだのはきみだ』
ああ、そうだ。選んだのは俺だ。誰に強要されたことでもない。
この、いつも楽しそうに笑う、美しい殺人者とともにいることを。
ノゾミさんがソファの上に起き上がり、煙草に火をつける。相変わらず寝煙草は絶対にしない。律儀な人だ。
そして、こいこい、と俺にジェスチュアをする。
俺はそれに素直に従い、ノゾミさんの横に座った。
「今日は何人殺してきたんだね、金井くん」
「ひとり。バンドマン、男」
「ほお。あたしは三人。オーダーが活造りだったからね、動いてるのを挽肉機にかけるのは骨が折れたよ」
「俺は首吊りだからラクなもんです」
「確かにラクだ」
「歩合も安い」
「当たり前のことを言うんじゃないよ。ラクなんだから」
ノゾミさんの腕が、ぬいぐるみにするように俺の頭を抱え込んだ。
「きみはあたしより疲れやすい。だから特別に休ませてやろう」
俺の顔に当たるふっくらと柔らかな胸。いい匂いがする……焼肉?
「あんた俺の肉食べたな?!」
「名探偵。なぜわかった」
「匂いだよ匂い! 畜生、仕事が終わったら食おうと思ってたのに!」
「すまないね。腹が減っていたんだ」
「人間三人挽肉にしたあとでよく焼肉が食えるな?」
「ただの仕事さ。それにあたしはどんな殺人も好きなんだよ」
目の前のノゾミさんのネコ目が同じ獣でもオオカミに変わった。
「きみだってそうさ。だからきみはあたしに出会った」
そうじゃないかい? とノゾミさんが俺を覗き込む。
俺はそれに釣り込まれるようにうなずいた。
出会ったあの時から、俺はいつでもノゾミさんに逆らえない。
「いい子だね。よし、いい子の金井くんのためにシャワーを浴びてこようか」
「なんのために」
「聞くほどきみは子供かい? このノゾミさんがきみを愛してるんだ。それ以上の理由はあるかね。それともきみはノゾミさんが欲しくないのかね?」
俺は否定しなかった。
俺も、化粧とコンタクトレンズのないノゾミさんを愛していたからだ。
ノゾミ、カナイ、タマエ
『これでタマエちゃんがいたら完璧さ』
そう言って目じりを下げて笑った素顔のノゾミさんが忘れられなかった。
そんな下らない理由だとしても。
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