第56話

魔族『ガドット』ことハセット•ローゼンベルグを倒したがあたし達の生活は変わらない。


寮に帰ってから戻って来たリリスお姉ちゃんにクロエと一緒に出来事を話した。

アクト•ダンダン伯爵家に居たハセット•ローゼンベルグはやっぱり『ガドット』と言う魔族だったこと。

クロエのスキル『覚醒』で倒したこと。

ジェラルド孤島からの鳥族は帰って行ったこと。

「『バララ』ちゅう果物がめっちゃ旨いねん!」


かなりクロエは『バララ』が気に入ったようだ。放っておくとずっと話していそうだ。


それから鳥人族から貰ったブローチの事も話す。見かけは茶色いキラキラしただけのブローチだが魔力を通すと鳥とお喋り出来ると話すととても欲しそうな顔をされた。

なんでも今まとめている課題の中で鳥による被害について難航しているらしい。鳥と話せれば解決できるかもと言われたら協力しない訳には行かない。


だから、あたしのブローチをリリスお姉ちゃんに貸す事にした。クロエがあ然とするがリリスお姉ちゃんなら大丈夫。

問題なんて何も無い。それよりリリスお姉ちゃんの課題が上手く行くことが大事なのでは無いだろうか。


それからあたしはダンダン伯爵邸で見つけた計画書を取り出した。メモ書きのような乱雑に書かれた言葉と線と疑問符に彩られたその計画書はただ見ただけでは訳の分からない紙でしか無かった。


それの所々に『魔族』の文字がある。

そして『王家』、それから地名だ。中央に大きく『ミズーリ』の名前があり、そこから矢印で穴(ダンジョン)や魔物、影の文字が書かれている。

細かなミズーリの地名もあり、バツが付けられある地名には二重丸も付けられている。

左の方に矢印で『エリクサー』の文字があり、そこには『ボアン』ともあった。小さくバラの秘液と書かれていた。

「初めからミズーリを狙ってたんやな」


クロエが見て言う。確かに執拗にミズーリを狙って仕掛けていたのは何か理由があるのかと思ったら計画的だったのだ。リリスお姉ちゃんは『ボアン』の名前を見つけて青ざめて居る。

「ボアン領の名前があるって、何かリリスお姉ちゃん知ってる?」


エリクサーと関係しているのかも知れない事が示唆されて居るように見える。手で口を押さえて声を出さない様にリリスお姉ちゃんは見えた。震える声で言った。

「ボアンの秘液は口外出来ない秘密よ。一族の者以外は知り得ない。」

「なんや、エリクサーと関係あんのかいな」

「分からないわ。でも、特別な薔薇は“シドル“と言う名前で温室の片隅でずっと途絶える事なく育てられているわ。」


シドル!影スキルの初代の名前と似てる!

関係が無いとは思えない。

「その“シドル“は何にするもんなんや?」

「とっても小さな赤紫の薔薇の花を付けるけど、売りにも出されないし、外に出すことなくただ絶えさせてはならないと言われて育てているのよ。お父様からちょっと聞いた事があるの。シドルから抽出した液は秘液だと。」

「まさか、エリクサーの原料かいな?」


クロエとリリスお姉ちゃんの問答であたしはアン様に聞いたところ肯定された。

でもふたりには話せない。初代の事を話すにはあたしが生まれ変わりだと話さなきゃいけないから。

「分からないけど、ボアン家も巻き込まれていたのね。」

「多分、エリクサーを何かに使う為に押さえていたんやな」

「ボアン家が山向こうなのにジュゼッペ侯爵領に組込まれているのはどうしてかって思ってたわ」


計画書とはあるが最終的な目的は書かれて居ない。

「でも、魔族を潰したから計画道理にはいかんやろ」

「ここを見て」


リリスお姉ちゃんが指した場所はアクト•ダンダン伯爵が魔族の力を借りた様に魔族がアクト•ダンダン伯爵を利用した事が分かる事が書かれていた。

『王家』の横に血筋、分家、スキルとある。そこに魔族『メドギラス』の名前があったのだ。多分魔族『メドギラス』が王家に揺さぶりを掛けるつもりだったのかも知れない。

「バージル先生が倒したと噂の魔族よ」

「ほんまやな」

「これはあたし達の手には負えないわ。王家の誰かに知らせないと」

「でもなあ、王家の知り合いなんて・・・そや、ミリ、ミッチェル•アンドネス嬢はどうや?」


いきなりクロエから振られる。

「確かに、話は出来るかもだけど、この計画書を信用して貰えるかしら。あたしが違法に入手したものだし」


う〜んとクロエが腕を組んで悩む。

「王家に報告するのは証拠が足りないわね。これを見せても笑われるだけ、逆に信用を落とすかも、悪ければ疑われるかも知れないわ」


リリスお姉ちゃんの言う通りだろう。

「でも、これがあれば少しは信用して貰える?」


あたしはアクト•ダンダン伯爵と魔族との契約書を出した。リリスお姉ちゃんは内容を読んで目を丸くする。

「確かに良いんやけど、出処がなあ〜」


確かに密約と言って良い契約書だから、どうやって手に入れたか追求されるだろう。


3人で困っていると、魔法便があたしに届いた。こんな時間に誰だろうとあたしは広げて読んで慌てた。広げて居た契約書と計画書を引っ掴んで影の世界に仕舞う。

「どうしたんや、ミリ」

「何が書かれていたの、ミリちゃん!」


あたしはふたりに説明した。

「ダンダン伯爵領のハンターが大挙してミズーリ領の穴(ダンジョン)攻略にやって来て、何故か魔物が溢れたらしいわ!急いで行かないと!」

「待ちいや、ミリ!ミリひとりが行ってもどうもならんやろ?」

「でも、何とかしないと!・・・そうよ、クロエ一緒に行ってくれる?お願い!」

「そりゃ、ミリのお願いや。頼まれんでも無い。でも、遠いで、ミズーリ領は」


あたしがリリスお姉ちゃんを見るとリリスお姉ちゃんは頷いてくれた。

「早く行く方法があるの。リリスお姉ちゃん後をお願い!」

「分かったわ。学園にはあたしから言っておくわ。気を付けるのよ、ミリちゃん」


リリスお姉ちゃんはあたしにハグしてくれる。

「分かったわ、しゃあない。直ぐに着替えて来るわ。」


クロエはそう言って自室に戻った。あたしも急いで装備を整える。

「ミリちゃん、アン様の拠点を使うのね。」

「うん、影従魔『リレチア』で飛んでも良いけどこっちの方が早いし」

「クロエなら大丈夫よ、きっと」


そんな不安そうな顔をしていただろうか。それより魔物が溢れた事の方が心配だ。

「リリスお姉ちゃんの方は大丈夫?さっきの計画書にボアン領の事が書いてあったけど。」

「・・・うん、多分お父様はご承知なのかも知れないわ」


思わず着替えの手を止めてしまった。そして聞き返す。

「下手をすれば反逆罪に問われちゃうの?」

「分からないわ。お父様が何処まで関与してるのかで・・・」


そこへクロエが戻って来た。そしてあたしとリリスお姉ちゃんが黙っているのを見て何かあったらと思ったらしい。

「なんや、深刻な話かいな」

「ううん、大丈夫だから。気を付けて行くのよ」


リリスお姉ちゃんは努めて明るく振る舞う。あたしは装備のブーツを履くとベットの上に乗って壁に魔力通す。あたしのやっている事を驚いているクロエの手を取ると壁に開いた影転移扉に飛び込んだ。


アン様の家には誰も居ない。黒い壁を通り抜けたと思ったら家の中に出たのでクロエは驚いている。

とりあえずの中継点なので直ぐにあたしは振り返り、転移扉に魔力を込めてミズーリ領への扉を開いて、ほけっと見ていたクロエを引っ張って連れて行く。


そして今度はミズーリ領の執務室横のクローゼットに出る。今度は目の前に服が吊るされて居るので又もやクロエは混乱した。

「な、なんや?さっきとまた違うで?」

「こっちよ」


あたしはクロエの手を引いて執務室の執務机の前に出た。お父様が執務机の前で書類と格闘して居る。

「お父様!」


あたしが声を掛けると振り返った。目の周りに隈が出来ている。手にしていた書類を置き、手を広げたのでそこに飛び込んだ。

「ミリ、よく来た!・・・ん?そっちの娘は誰だ?」

「クロエ•オードパルファム。あたしの友人よ。さ、クロエこちらはクリストファー•ミズーリ、あたしのお父様よ。」


クロエはお父様を見て白黒させていたが挨拶する。

「わっちはクロエ言いますねん。よろしゅう。こんなんでええか、ミリ。」

「ええ。」

「有無、私がミリの父親だ。宜しく頼む。それで魔法便を読んだんだな、ミリ」

「ええ、そうよお父様。クロエと手伝いに来たの」

「・・・何にせよ手が足りん。領騎士で抑えて居るが押し戻すことが出来ずに拮抗しているんだ。穴(ダンジョン)の中ではかなり強いらしい。外に出れば半分程度の力しかないからそれでも何とかなっている。一番厳しいのはギアナの大穴(ダンジョン)だ。場所は分かるな。暗くはなって来たが松明を焚いているので直ぐに分かるはずだ。ハンター達が居るからミリもそこへ行ってくれ。」

「ギアナの大穴(ダンジョン)ね。分かるわ。あそこはポーションが出た事にした所の近くだわ。」

「ぬ?ポーション?」

「あ、こっちのことよ。お父様、すぐ向かいます。」

「頼む。危険なら直ぐに逃げるんだぞ。」


あたしは頷いて、クロエの手を取ってすぐに影の世界へ飛び込んだ。


そして目的地に向かう。

「ミリ、お父様の前でスキル使こうとるけど大丈夫なんか?」

「もちろんよ。みんな話してあるから」

「ならええんやけど。落ち着いたらどうやってここまで来れたのか説明して貰うで」

「ええ、教えるわ」


待機していた影従魔『ルキウス』に乗ってあっという間にダンダン伯爵領堺近くの大岩までやって来た。

大岩の向こう側がダンダン伯爵領、大岩を含めてこちら側がミズーリ領だ。そしてこちら側の大岩の根本に大きな穴が開いていた。


ギアナと名付けられたそれは大穴(ダンジョン)だ。

ギアナが人名かどうかは分からないが昔ここに開いていた穴(ダンジョン)を塞ごうと大勢の魔法使いの力でこの大岩を置いたらしい。暫くは問題無かったのに大岩の横から前より大きな大穴が空き、魔物が溢れたそうだ。

その為、穴(ダンジョン)は余程の事がない限り塞がないで置く事になったのだ。


大岩の陰からあたし達は現実世界に戻り、戦っているハンター達の後ろに近づく。後ろで陣頭指揮を取っているのはハンターギルドマスターのブルマント•ワイトさんだった。

手薄で魔物が出てきそうな所へ人を行かせる様に大声で指示していた。一呼吸置いたところで声を掛ける。

「ギルマス!あたし達も手伝います。」


あたしはミリオネアとしての仮面は被って居ないから直ぐに分かったらしい。

「おお、ミリオネア様!お手伝い下さるか!えっとそちらのお嬢さんは?」

「ああ、この人はあたしの友達でハンターのクロエリア!手伝ってくれます!」

「よろしゅうに!」


周りが喧騒で騒がしいので怒鳴るように話すと曇っていた顔が晴れる。もしかしてクロエの事を知ってる?

「心強い!左手の防御が薄いのでそちらから頼みたい!」

「「了解!」」


あたし達は言われた方に走って行き、ハンターが居ない場所に陣取った。早速魔物が走り寄って来る。


魔物はゴブリンに見えておかしなところだらけだ。厚ぼったい唇に尖った頭、ぽっこり出たお腹、腰回りを覆う布切れなのに頭から背中から全体に茶色い体毛が生えているのはなぜだ。


手には棍棒を持ち振りかぶって来るが身体強化されたあたしの身体は安々とそれを避ける。

振るう細剣はゴブリンモドキの頸動脈を切り裂き、体液を飛び散らせる。襲った勢いで転び、断末魔の叫びを上げて息絶える。穴(ダンジョン)の中なら魔物は倒されると直ぐにでも黒い霧になって消えるらしい。

まるで昨日倒した闇魔獣のようだ。案外近いのかも知れない。だけど穴(ダンジョン)の外に出た魔物は死体のままで消えたりしない。松明の明かりで影があるのでそのまま影の世界に取り込んでしまう。


あたしが一体に対処している間にクロエは瞬く間に数匹を倒す。邪魔にならないように数匹を影の世界へ入れたがあまり消してしまうと不味い事に気付いた。

仕方ないので蹴り飛ばして邪魔にならないようにしてやっていると、ゴブリンモドキの代わりに蜘蛛のような蟻のような魔物が現れた。


蟻なのに脚が長くて蜘蛛のような長さで、しかも尻から糸を飛び散らせている。

糸は絡まると厄介だがクロエは『魔力纏』から『魔法付与』で焔の帯を身体に巻き付かせる。糸が触れても焔に焼かれて焼き切れ、落ちて行く。

焔を帯びた細剣が胴体のくびれを焼き切ってしまうと後は暴れるだけで次第に弱って行く。ゴブリンモドキは数がそれ程では無かったが蟻モドキはわんさか穴(ダンジョン)から湧き出ていた。ほとんど垂直な崖を平気で長い脚を使って登ってくる。


あたしもクロエを見習って『魔力纏』から『魔法付与』して激流の帯を腕に巻き付け、登ってくる蟻モドキの足元を狙う。水流によって足元が崩れ、穴(ダンジョン)の中に逆戻りだ。

倒せて居ないかもだけど攻撃してくる魔物の数が激減する。他のハンター達にも余力が戻って来た。これで何とかなったかなと思って居たらクロエが叫んだ。

「何かでかいのが来る!」


その声にハンターみんなが穴(ダンジョン)を見た。そこにいたはずの蟻モドキも何故か居なくなり、ボキ!バキ!と何か固いものが砕ける音が響いたかと思うと突然そいつは姿を現した。


どう表現したら良いのか誰もが戸惑ったと思う。

巨大なムカデ、黒いスウォーム、多頭のヒュドラそのどれとも見えながら何処か違う魔物だった。

悪夢にしか現れない異形の魔物は多頭であり、頭がムカデであり、胴体がスウォームのようだった。多頭ムカデスウォームと形容するのが近いかも知れない。


ムカデ頭が蟻モドキを咥え、バキバキと噛み砕く。破片が地面に散乱し、穴(ダンジョン)に落ちて黒い霧に消える。

ムカデ頭が奇怪な口を開けてガラスを引っ掻くような奇音を上げる。

ムカデ頭が口から赫い炎を吹き出す。

ムカデ頭が口から泥流のような汚水を吐き出す。

幾つ頭があるのかと思うほどなのにスウォームの身体はひとつと言う歪さだ。ゴブリンモドキや蟻モドキが可愛く見えてしまうくらいの悍ましさをこれでもかと振り撒く。

「ありゃあかん!あかんでぇ、ミリ」


あたしに近づいて噛みつこうとしたムカデ頭に水魔法を放つが嫌がる程度で少しも効いていなさそうだ。声を出したせいか、クロエに向かって3つほどのムカデ頭が交互に攻撃を仕掛ける。

クロエは『空歩』で器用に避けながら細剣で往なして居るがムカデ頭はキンキンと金属音を出すだけで少しもダメージを与えられて居ない。弱点を攻撃しないと倒すのは難しそうだ。

他のハンターも防御するのに手一杯で次第に押し込まて後退している。あちこちからハンター達の怒号が響くのは危機感からだろうか。

「クロエ!弱点を探さないと!」


あたしの声に死角外からムカデ頭が迫っていたらしい。切迫した呼び声が聞こえた。

「ミリ!危ない!」


とっさに跳び上がったが左足を噛まれる。いや、身体強化のお陰で挟み込まれただけだ。頭を振るわれる事で振り回され、天地が分からなくなり気が付けば衝撃と共に大地に叩き付けられた。

「ごほっ!」


肺から呼気が漏れて言葉にならない。

遠くからクロエがあたしを呼ぶ声がするが、暗い。どうやら穴(ダンジョン)の中のようだ。

声がする上を見上げると遠くに小さく光が見えた。かなり深いようだがあの巨体の魔物は近くに居ないようだ。

穴(ダンジョン)の魔物が居る穴とは違う穴に落とされたのだろう。近くだったら強力な顎に再度挟まれ、手やら足やらを千切られていたかも知れない。


幸いここは影の中だから影の世界へ行けば影従魔『ルキウス』に乗って穴(ダンジョン)から出られるだろう。

立ち上がり、身体に付いた埃を払う。そう言えば持っていた細剣が無い。落ちた時に手放してしまったのだろうか。

焦るが、身体の何処にも異常は無さそうだ。


スキル『影』を使う。直ぐに影の光に包まれた影の世界に・・・移動できなかった。確かにスキルが発動した感覚があった。なのに影従魔『ルキウス』の気配を直ぐ側に感じる。

>ご主人様?<

「ルキウス?何処にいるの?」

>ご主人様の横におるのじゃが姿が見えんのじゃ<

「おかしいわ、スキルが発動しているのにスキルを使えない。」


穴(ダンジョン)の中に入った事が無いのでどんな世界なのかも分かって居ない。

「そうだ、魔法は」


あたしは『魔力纏』をしてみる。

体内の魔力が溢れるだけでなく、この暗闇の中にも魔力を感じていた。体外の魔力が流れ込んで纏うだけでなく押し留める事が出来ずに溢れ出る。


授業で初めて『魔力纏』をした時のようで、あの時より纏えない。ちゃんとした纏になっていないが『魔法付与』をしてみる。

魔力がコントロール出来ずに纏から漏れ出た魔力が水魔法となって勝手な方向に水流となって迸ってしまった。


コントロール出来ないせいで水流とは逆方向に身体が飛ばされた。あっと思った時には身体が宙に浮き上がり、あまり広くなかった穴(ダンジョン)の壁に身体が打ち付けられた。

「ぐっ!」


身体強化されて無い身体で壁に激突して背中を強打する。

数mの高さに持ち上げられたせいで落下する。


とっさに『身体強化』したお陰で何とか着地出来た。ハァハァと息を付いてしまう。

こんな状態では迂闊に魔法も使えない。


上を見上げて見たがさっき見えた光がどこにも見当たらない。横穴や窪みに入り込んでしまったのだろうか。

仕方ないので大声を上げてクロエに知らせようと大きく口を開けたところで後ろからガサガサと音がした。


不味い、魔物が近くにいるようだ。こんな真っ暗な場所で魔物に襲われたら対処が出来ない。武器の細剣も何処かに落としてしまったようだし、残っているのは解体用に用意してある短剣しかない。


魔法も迂闊に使えず、スキルも使えないあたしはただの12歳の女の子でしかない。魔物の気配に恐怖が湧き上がる。継承の腕輪をして前世の記憶で少しは大人になった積りになっていたが少しも成長出来ていない。


そうだ、アン様にアドバイスを貰おう。アン様は穴(ダンジョン)に入った事がある経験者だ。

左腕の継承の腕輪に触れてアン様と念じる。ザーザーと無機質な音が頭の中に響くだけでアン様の声が聞こえない。強く念じてみればザーザーと言う雑音みたいな音ばかり大きくなり、アン様の声は全く聞こえない。


どうやら継承の腕輪も使えない。駄目だ。どうする、どうすれば良い?焦る。

ガサガサ音はするが近づいては来ていないようだった。右手で短剣を持ち、左で地面に触れる。

暗闇に少しは慣れて着たようで遠くは真っ暗だが近場の凹凸はぼんやりとだが何とか判別が付いた。『身体強化』は続けているのでそのお陰で暗闇でも少し見える様になったのかも知れない。


音に近づけば魔物に襲われるかも知れないがこのどちらが出口ともわからない場所にずっと隠れている訳にも行かない。あたしは不安になり揺れる心を抑えて、ゆっくりと音の方へ向かった。


いつでも這って逃げれる様にしゃがみ込み、地面を手探りするように移動する。音に近づくに連れてガサガサと言う音はやはり魔物が移動している音に聞こえて来た。


地面に近くに這って移動しているせいで土埃が舞っているのが分かる。目の前に大きな岩があり、その向こう側は沢山の足音がするようなガサガサだけで無く、石や地面が擦れている音も混じっているのが分かった。

暗くて良くは見えないが何か大きな魔物が移動しているような感じがする。


大岩の横から頭をさっと出して確認すると脚が沢山ある大きな胴体の魔物が移動しているのが分かった。しかもそれは前に進むだけでなく、後退もしているようだ。色合いは分からないがあれはもしかして多頭ムカデスウォーム?

我ながら酷い仮称だ。


よくよく観察していると次第に真っ暗なのに見えて来る。暗視のような力が得られているのかも知れない。動いている脚に気をつければその先の出口に行けるかも知れない。但し、胴体と同じくらいの穴のようで近くをすり抜けるのは容易では無さそうだ。硬い身体が行き来していて穴を広げて居るようにも見える。


逃げ出す事と弱点かも知れない可能性の間であたしは迷った。岩を砕いて穴を広げるスウォームの力があるなら、びっしりと覆った鱗体の何処を攻撃しても無駄にしかならないだろう。でもムカデのような節の体の造りなら節と節の間に隙間がある筈だからそこから攻撃が通るかも知れない。


スキルも使えない。身体強化は使えても攻撃の手段が短刀しかない。後は意味不明に有り余る魔力を使う事で攻撃するしかない。属性は水だが温度を下げて氷とすれば鋭い刃となる筈だ。あたしは大岩の陰に隠れて魔法詠唱を始めた。

「我が尽きせぬ魔力に依って、水よ氷牙の刃と成りてかの巨大な魔物を削り尽くせ!」

「我が尽きせぬ魔力に依って、水よ氷牙の刃と成りてかの巨大な魔物を削り尽くせ!」

「我が尽きせぬ魔力に依って、水よ氷牙の刃と成りてかの巨大な魔物を削り尽くせ!」

「我が尽きせぬ魔力に依って、水よ氷牙の刃と成りてかの巨大な魔物を削り尽くせ!」

「我が尽きせぬ魔力に依って、水よ氷牙の刃と成りてかの巨大な魔物を削り尽くせ!」

「我が尽きせぬ魔力に依って、水よ氷牙の刃と成りてかの巨大な魔物を削り尽くせ!」

何度も同じ詠唱を繰り返し、隠れながら水魔法を放つ。1回詠唱するたびに膨大な魔力が放出されるのに暗闇から流れるように魔力が集まって来るのが分かる。どうしてこんなことが起きるのか分からないが今は兎に角、魔物をどうにかしたい。


ガサガサと足音がしていた穴は今や恐ろしい冷気と騒音で満ちていた。

あたしが放った魔法が移動しようとしている多頭ムカデスウォーム(長いからもうデスウォームでいいや)を凍らせて、穴を塞いで動けなくしようとしているのだ。無理やり動こうとするデスウォームが暴れて振動も凄いことになっている。

でも、あたしの詠唱が6回目で静かになった。


ちょっと前にデスウォームの断末魔が遠くから聞こえて来たような気もする。まだ冷気が残る穴を覗くと胴体は見えず濃密な魔力しか無かった。あの黒々とした魔力はきっと黒い霧と化したデスウォームの残り香に違いない。

あたしは胸を撫で下ろして、穴を出口と思える方向にあるき出した。


黒い霧に満ちた穴を歩いたせいなのか、魔力を使いすぎたせいなのか解らないが歩きながら朦朧としてきた。ふらふらする足取りの中で遠くからクロエの呼び声がしたような気がしてあたしは倒れた。


《見・つけ・た・・・見つけた・・・ぞ、我が・・愛・しの闇の・・・子よ。我・・が・・・閨に・来・・よ・・・・》

誰かが遠くであたしの名前を呼んでいる。あたしはミリだよ。そんな名前じゃ無いんだけどな。

だいいち、神子って何よ。あたしはただの女の子だよ。食べるのが大好きで、特に甘いものが好き。格好いい男の子にも憧れちゃうし、渋い声にもうっとりしちゃう。

マクシミリアン様みたいな美顔の素敵な声で名前を呼ばれちゃったりしたら、ドッキドキだよ。

うはぁ〜!想像しただけで堪んなぁい!


にへらと笑う。ゴンと頭を叩かれてはっと気付いた。

「なんや、ミリ。急に笑うから気持ち悪いやろ?」


クロエがあたしの頭を叩いたらしい。痛くはないけどここはどこだろう。

「あれ!クロエ?ここは何処?」


あたしはベットの上に寝かされているらしい。ハンターの装備でなくて寝巻きを着ている。

「ここはミリのお家や。」

「えっ?穴(ダンジョン)は?あのデスウォームは?みんなは?」


クロエが笑いながら身を起こそうとしたあたしを押さえる。

「まぁ待ちいや、ミリ。順を追って話したるから」


クロエが言うにはあたしがデスウォームに足を咥えられて穴(ダンジョン)の中に落とされてからもハンターとの戦いは続いていたらしい。それが理由も分からずにデスウォームが痙攣して力を失い、黒い霧になって消えた為にあたしが何かしたのだろうと判断したらしい。

そこでクロエがあたしを探しに穴(ダンジョン)の中に入って、横穴を入ったら倒れていたあたしを見つけて、助け出してくれたらしい。


医者にも見て貰ったが怪我とかでなくて、魔力酔だと分かって、実家に連れて帰ってベットに休ませてくれたようだ。その間クロエはお父様やお母様と話をしながら、あたしの看病をしてくれたと言う。あたしが寝ていたのは魔物退治に出た次の日の昼間まででそれ程長くは無かった。


ちなみに、魔力酔とは保持できる以上の魔力に晒されているとお酒に酔ったように酩酊状態になることを言うのだ。クロエには平気だったが、あたしには魔力酔になるほど親和性の高い魔力に満ちていたのだろう。


そこから逆にクロエにあたしがどうしていたのか話すことになった。

穴(ダンジョン)の中ではスキルが何故か使えなかった事。

理由は分からないけど魔法が暴走して横穴に飛んでしまった事。

そこでデスウォームの体を見つけたので暴走する魔法を利用して6回も詠唱をしたらデスウォームを倒せた事。

外に向かって歩いていたらふらふらして倒れてしまった事を伝える。


間の手でほぇ~とかふぇ〜とか言っていたがやっぱりクロエにも理由が見当もつかなかったようだ。


そこでアン様を呼び出して見ると普通に現れた。

クロエに触れていなかったが影の世界の鍵を持っているからか、普通に見えたようだ。

「穴(ダンジョン)の中は闇の魔力に満ちているのじゃ。それでスキル『影』を魔法のように扱う事ができるのじゃ。言わば穴(ダンジョン)の中は影の世界のようなものなのじゃ。だからスキル『影』が使えなかったと言う訳じゃ。魔力が暴走したのは闇の魔力がギアナの大穴(ダンジョン)では特別に濃かったと言うことじゃろう。」

「アン様とお話出来なかったのはどうして?」


あたしの言葉にアン様は言った。

「濃すぎた魔力に継承の腕輪の能力が妨害されていたからじゃろうて。」

「アン様が生きている時に穴(ダンジョン)に入っても何とも無かったの?」

「穴(ダンジョン)に依って違いはあるようじゃ。スキル『影』を使ってから穴(ダンジョン)に入れば影響は余り受けんのじゃがな。やはり穴(ダンジョン)の中でスキルを使おうとしても上手くは行かなかったのじゃよ。」


と答える。なるほど、でも待って。

「ねえ、アン様。闇の魔力と影の世界の魔力って同じものなの?もしかして、瘴気とかと同じものなの?」


問いかけるとアン様はとても言い難そうにしている。

「説明し難いのじゃが、瘴気とは霊気が憎しみなどで汚れて出来るもので、闇の魔力とは闇属性が付与された魔力と言えるのじゃ。それは両方共に実体化することが出来る様に、消える時は霧の様に霧散するのじゃ。似ては居るが違うのじゃ。」

「闇魔獣と影従魔はもしかして言い方が違うだけで同じ物なのかしら」

「そうじゃの、属性が違うだけとも言えるのぉ」


あ、あ、あーじゃあ、影従魔を現実化するのは召喚するのと同じに出来るのかも知れない。これは後でやってみないと。


そこへあたしが気が付いたとメイドに知らせを受けたお父様とお母様がやって来た。クロエは礼をして場所を開けるとお父様とお母様がベットサイドに来た。

「ミリ、大丈夫かい」

「ああ、ミリちゃんたら無理するんだから、心臓が潰れそうだったのよ」


お父様は声を掛け、お母様はあたしの手を握って物騒な事を言う。

「お父様、お母様、心配掛けてごめんなさい。でも、もう大丈夫。クロエと少しお話していたの。」

「そうか、そうか。オードパルファム伯爵家のご令嬢と友人となるなんて驚いたよ。」


お母様があたしの手を握ったまま、お父様を見る。

「あなた、クロエちゃんの事を心配してるの?」

「ああ、まぁ、うん。そうだな」

「クロエちゃんは大丈夫よ。スレイン•オードパルファム伯爵様とは違うのよ。ちょっと話したけど良い子よ。」


お父様はクロエのお父様が苦手なようだ。前に借金の申し込みに行った時に散々な目にあったらしい。

「お父様、お母様。あたしはもう学園に戻らなくちゃ」

「もう、帰っちゃうの?ミリ」


お母様はもっといて欲しいらしい。

「うん、もうお昼を回って・・・」


くぅ~とお腹が鳴く。

「ほらほら、何をするにしても何か食べてからにしなさいな。」

「そやでぇ〜、ミリ。ゆっくりしたらええで」


クロエまでそんな事を言い始めた。

「分かったわ、お母様。ちょうどお父様にも相談したいことも思い出したし、そうするわ」


あたしはベットから降りて着替えをする。お父様とお母様とクロエは一足先に食堂へ行った。どうせなのだからとあたしは装備に着替えず、普段着に着替えてから食堂に向かった。


あたしが食堂に行くとお父様、お母様は紅茶を飲んでいたがクロエはサンドイッチを摘んでいた。あたしと違って食べたんじゃないのかしら。

「おお、来たかミリ。ハンター姿も良かったが見慣れた姿の方が安心するな」

「まぁ、あなたったら」


お母様、お父様の態度に少し笑ってしまった。席に着くとメイドがクロエと同じ物を持ってきてくれた。


食べる前に必要な事は先に言ってしまう。影の世界から魔族の契約書と計画書を出して、お父様に見せる。呑気に紅茶を飲んでいたお父様が中身を読むに連れて険しい顔になっていく。


あたしは紅茶を飲みながらサンドイッチを摘む。あら、これは新鮮な野菜を『油酢卵』で味付けたんだ。喫茶店『薔薇』で食べたのを再現してくれたんだね。

少し柔らかめだけどとてもこの野菜に合っている。料理長もやるぅ!


あたしが食べ終わってナプキンで手を拭いているとお父様が言った。

「ミリ、これはどこで手に入れた!」

「ダンダン伯爵家のアクト様の私室の隠し金庫の中からです。」


あたしが澄まして話すとため息と共にお父様は言った。

「やはりか。これらは誰と誰が知っている?」

「あたしとクロエとアマリリス•ボアン様ですね」

「ボアン?ああ、同室の子爵だったか。なるほど奇しくも同じように狙われていたのか。」

「そうなんです。あたし達には手に余るのでお父様に預けます。」

「クククッ、私にも手に余るのだがな。まぁ伝手を頼るとしよう。それで、魔族の契約書の『シャルラ•タニスム』だがな心当たりがある。」

「ええっ、お父様知ってるの?」


あたしも驚いたがクロエも驚く。今更だがお父様の知古は広い。

「ああ、最近王家に近づいていると噂されている女領主だ。パンドーラ侯爵家の寄り子のタニスム男爵だろう。パンドーラ侯爵家は離島が多くて、その絶えたと思われた男爵家の養女となったシャルラ嬢だと思う。自領の小さな島から鉱山が見つかり、宝石鉱石が掘り出されて、それを資金に活動しているらしい。えらく若くて確か15歳とか、それも胡散臭いのだかな。やり方が露骨なために他国の手の者では無いかとの噂もある。もし、『魔族』ならさもありなんだ。」

「そんなぽっと出の男爵が何を狙ろうてんのや」


クロエの疑問も最もだ。

「金に飽かせて第3王子のストーレ殿下との縁を作ろうとしているとの噂だよ」

「特別室で会ったあのストーレ殿下かいな!」


クロエが驚くのも無理は無い。ただすれ違っただけで話をした訳でも無いけど知り合いの名前が出て来れば穏やかでは無い。

「クロエ嬢は知り合いなのかい」


お父様が驚いてクロエに聞く。そこであたしが掻い摘んでマクスウェル様やミッチェルさんに連れられて特別室に入った時に出会った事を話した。

「なるほど、エリザ様の事でね」


お父様に取ってはエリザは呼び捨て出来る相手では無いようだ。エリザに起きた事や寄親の娘なので魔族の被害者のような気持ちもあるのかも知れない。でも、計画書からすれば首謀者では無いだろうか。


アクト•ダンダン伯爵の野望がミズーリ領に被害を与え、あたしが苦労しなくてはならなくなった原因としか思えないのだ。あたしの視線に気付いたお父様は苦笑いをしながら言った。

「アクト殿は野心家だと知っていたが自分の娘が被害を受けたと知れば考えを変えるかも知れんな。」

「今更変えても駄目よ、お父様!きっと、お母様を襲って家を焼いたのも伯爵の差金に決まってるわ!」


そうなのだ。今は火傷や怪我など無いように振る舞っているお母様は伯爵家の騎士団長マクシミリアン•ズコーに襲われて死ぬような目に合っているのだから。

「確かにシェリーが襲われた事を考えると許せんのだが、アクト殿の差金と言うより騎士団長の先走りと考えているんだ。今回の穴(ダンジョン)騒動でも入ったきり、出てきておらん。」

「穴(ダンジョン)と言えば魔物の出現は落ち着いたの?」


あたしは寝ていたので良く分からなかったので聞いてみた。

「ああ、何とかな。ギアナの大穴(ダンジョン)に入ったのも騎士団長マクシミリアン•ズコー達らしい。ミリ達が倒してくれたあの巨大な魔物が最後だ。」

「他の穴(ダンジョン)からは出なかったの?」

「ギアナの大穴(ダンジョン)近郊の数カ所からゴブリンみたいなのと蜘蛛みたいなのが湧いたが領騎士達で対処出来たよ」


なるほど、だからギアナの大穴(ダンジョン)にはハンターや狩人しか居なかったのか。でも、アルメラさんは見掛けなかったな。


食事も話も終わったのであたしとクロエは帰る事になった。お母様はもっと居て欲しいようだったが緊急の時はアン様の家に逃げれば安心だからと説得して転移扉を使って拠点であるアン様の家に移動する。ここでクロエから待ったが掛かった。

「ここはなんや、ミリ」


そう言えば後で説明すると言ってしまったな。落ち着いて話をするためにソファに移動して話をすることにした。いつの間にかソファの隣に影従魔『ルキウス』が控え、大きな丸テーブルの近くには『リレチア』が留まっていた。

「ここはアン様の家なの」

アントウーヌの森の魔女の話をする。スキル『影』を持っていたあたしの前世の500年前の女性だ。その生涯は波乱に満ちていたと言って良いだろう。


継承の腕輪を付けてからアン様の幻影と話をしたりしていたが次第に聞かずとも、その人生を知っていた。


生まれた時の名前はメリーだ。痩せた土地の村人の娘として生まれたが自活するのもやっとと言う生活だった。

メリーは他の兄弟と共に危険な森に入り野草や木の実を取って生活の足しにしていたが、飢饉が起こり皆が森に食料を求めるようになった。無理をして森の奥に入った兄弟は悉く魔物に殺され、メリーが何とか食べ物を持って家に帰った時には既に両親は飢えて死んていた。他の村人も同様で何とか森に入れた者だけが飢えを凌げたと言う有様だったのだ。


そうしてメリーはひとりとなり、森からあまり出る事が無くなった。森の中で10歳となり、スキル『影』を得た。影の世界で過ごし、森の中で冒険者が魔物を狩るの見て覚え、解体する方法を知った。


スキル『影』のお陰で動物を狩り、街で売り、生活を支えたが身寄りの無いメリーは住む事が出来なかった。

様々な場所を影の世界から移動してメリーは自分のスキル『影』を使う者が居た事を知る。


興味本位で入り込んだエライザ王国の王城の秘密の1室で英雄伝説エライザの親友エージの秘密の日記を見つけたのだ。そこで自分の不思議な力を『スキル』と知り、ULTRAレアスキルが魂に依って引き継がれる事を知った。


そして、自分の前世でスキル『影』持ちの転移者で本名エージ•カゲノだったと知った。そこに合った継承の腕輪を付ける事で更に初代『シド』から引き継がれて来た『錬金術室』を見つける。

人前に出ることがあまり無かったメリーは更に引きこもり、錬金術と魔法を研鑽することに傾倒していった。


そして伝説のポーション『エリクサー』の原材料を突き止め、後にアントウーヌと呼ばれる森に家を建てた。


最初は簡素だったがメリーの売るポーションや魔導具で恩を感じた者たちの手に依って今の家が建て替えられた。

人々に感謝されると言う事は権力者に目を付けられると言う事だった。


そして、ルーカス•ボアン伯爵と出会うのだ。

メリー18歳、ルーカス14歳の時だ。少し横柄だったルーカスは温和な年上のメリーに惹かれて行く。やがてふたりは秘密裏に身体を求め合う仲になる。


だが、ただの魔法使いのメリーと伯爵家のルーカスが一緒になる事は無かった。メリーの産んだ男の子はルーカスの手で秘密裏に他の貴族の子供として養子に出された。それが悪かったのかメリーはある王族に目を付けられてしまう。


必死にメリーを庇ったルーカスは反逆の汚名を着せられて降爵されてしまい、王族の軍に襲われてメリーは自分の家を影の世界へ移築する結界を発動するのだ。


クロエには簡単に昔のスキル『影』の持ち主の秘密の家としか教えない。そして転移扉の事も簡単に教える。するとクロエが急に言い出した。

「そうや!思い出したで、ミリ!これと同じもんを。うちの旧邸の納屋の壁にあったんや!」


そんなところでクロエは何をしていたんだろうと思ったが言わない。

「ちっちゃい頃、探検していて見つけたんや。なんや知らんけど面白いなあとおかんに聞いたけど、教えてくれんかった。後で秘密の日記を見つけてスキル『影』の事を知ったんや。まさか、繋がりがあったんやなあ」

「それでクロエはどうしたいの」


あたしはクロエが言い出す事は分かっていて聞き返す。

「頼むでぇ、ミリ。連れてってくれんか?確認したいんや」

はぁ、言うと思った。

「じゃあ、ちょっとだけね」


あたしは転移扉に魔力を通し『パルファム』と繋げ、クロエの手を握って移動する。まだ陽があるので納屋の中に出た。

「やっぱりや!ミリ!やったで!」


何をやったのか分からないが喜んでいるのだから良いか。

「良かったわね、クロエ。じゃあ戻るわよ」


あたしは有無を言わせずにアン様の家『拠点』に戻り、エライザ学園の寮の自室に戻った。

クロエは興奮しながら何か言っていたがあたしは言って置く。

「クロエ、あなたのお家に帰るのにあの場所は使わないわよ。」

「え〜、そないな事を言わんでぇや。連れないでぇ、後生や」

「まぁ、非常時には使うけどね」

「そ、そやな。非常時な、非常時・・・」


放っとけば頻繁に言い出しそうなので釘を指して置く。

クロエは少し残念そうに自室に戻った。


あたしは服の埃を魔法クリーンで払い、いつもの黄色いワンピースに着替える。まだ、リリスお姉ちゃんは戻って無かった。そろそろ学園に行っている生徒も帰って来る時間で、少し早めの夕食にするか、リリスお姉ちゃんが帰って来るまで待とうかなと考えているとクロエが慌てて、飛び込んで来た。

「どないしょ、ミリ、大変や!いいや、ミリが大変なんや無い!アマリリス姐さんが大変なんや!」


思い掛けないことをクロエが言い出した。それにリリスお姉ちゃんの事をアマリリス姐さんなんて言ってるし。

「ちょっとクロエ、落ち着いて。いったいどうしたのよ」


あたしは掴み掛からんばかりのクロエに返した。

「・・・それがな、同室のマリーちゃんが言うには今朝早くにアマリリス姐さん宛の魔法便が来て!それでな!」

「慌て過ぎだよ、クロエ。」

「ミリが落ち着き過ぎやで!アマリリス姐さんがボアン領に帰ってしもうたんや!」


あたしが自分の机の上を見ると書き置きがあるのに気付いた。自分の事ばかりを考えて居て、気付いていなかった。書き置きをあたしが手にして読むとクロエが言った。

「それはアマリリス姐さんの手紙やな!なんて書いてあんるや?」

「お父様からの連絡でボアン領に戻るって書いてあるわ。心配しないでって」

「それだけか?」

「ええ、そうよ」


あたしは手の中の書き置きをクロエに渡す。クロエは貪る様に読んであたしに言った。

「危ないでぇ、ミリ!アマリリス姐さんは例の件をきっと聞いたに違いないでぇ。でないと、急に帰って来いと言われへんがな。」

「それって『シドルの秘液』の話よね?」

「それもあるかもやけど、多分魔族に関わって居る方や」


クロエはあたしと話して居る内に落ちいて来た。

「それで、どないする?」


あたしはボアン子爵領の場所を考えて言った。

「馬車で急いで帰ってもボアン子爵領まで1泊2日は掛かる筈よ。それに娘に酷い事しないと思うわ」


あたしは自分で言っておいて酷い親がいる事に気づいていた。エリザの父親アクト•ダンダン伯爵や寄親に胡麻を擦ろうと娘に取り入らせる貴族のことだ。

「分からんでぇ、アマリリス姐さんの父親ってどないな奴ねん」


あたしも話した事は無いけどとても厳しい人だったと思う。リリスお姉ちゃんはあまり家族の事を話してくれなかったけど肩身が狭いような感じだった。

「凄く厳しい方よ。でもクロエ、あたしは行こうと思えば半日もあればボアン子爵領なら行けちゃうわ」

「ああ、そやったな。」


クロエは影従魔『リレチア』で飛んだ事を思い出したらしくほわんとした顔になった。

「多分今頃ならリリスお姉ちゃんの馬車は野営している筈よ。様子を見に行くにしても明日でも充分間に合うわ」


それに影従魔の眷属が見守っている筈だしと思った。

「そやったな。ミリなら問題無かったわ。・・・でも行くならわっちも一緒やで。抜け駆けは無しや」


今回に魔族は出て来ないとは流石に思うが除け者にしたらクロエが可哀想だ。

「分かっているわよ、むしろ頼りにしてるわ。クロエ」


あたしの言葉にクロエはにへらと笑う。

「へへへ、任しときいや!」


クロエと一緒に食堂に行きながらあたしは少しリリスお姉ちゃんの事を考えていた。クロエにはああ言ったが大丈夫だろうか、リリスお姉ちゃん。


結局影従魔『ルキウス』を通して眷属にリリスお姉ちゃんの様子を確認して貰ったが事もなくリリスお姉ちゃん達は野営を済ませて移動を始めたようだ。

まぁ野盗が出るような街道でも無いし、魔物も馬車の護衛で対処出来る程度で問題は無いらしい。朝食の後にあたしもスキル『影探査』でリリスお姉ちゃんの魔力を探って位置を確認した。順調なようなので今日の夕方にはボアン子爵領に入るだろう。講義を終えてから影従魔『リレチア』で飛べば落ち着いた頃に会えると思えた。


講義はシエル•ルゥーフ学園長では無く、バージル•ダンダウェル先生だった。どうも昨日から戻って来たようで少しぎこちない。バージル先生はあたしの姿を見つけると話し掛けて来た。

「おお、ミリ嬢にクロエ嬢、もう体の方は大丈夫なのか?」


リリスお姉ちゃんったら体調不良とても伝えたのかしら。

「ええ、大丈夫ですわ」

「もちろん、大丈夫やがな」


何時もと変わらない事に安心したのかバージル先生の表情が柔らかくなった。

「あら、バージル先生。贔屓ですか?」


声をかけてきたのはミッチェルさんだった。直ぐにからかわれたと分かったバージル先生は苦笑いして答える。

「生徒の心配をするのも教師の勤めさ」

「まぁお優しい先生ですわ。ミリさん、クロエさんちょっと後で宜しいかしら」


ミッチェルさんがあたし達に用事があると分かるとバージル先生は教壇の方へ移動した。

あたし達が頷くとミッチェルさんも戻って席に着く。

「あー昨日も話したが、明日から冬休みに入る。始まりは10日後、新年開けになるが分かってるな。」


バージル先生の言葉にあたしは驚いた。

えっ?そうなの?あたしはクロエを見る。

クロエは知っていたようだ。あたしはなんやかんやで全然気にして居なかった。

「寮の掲示板にもあるが、帰省するも良し、そのまま寮に残るのも問題ない。夏ほど長く無いので無理はしなくてもいいぞ。

今年度は課題とかは無いが来年からはあるので気を付ける様にしろよ。この後は補習授業となるから聞きたい事があるものは残って私に聞いてこい。」


バージル先生のいる教壇には聞きたい事のある者が列を作った。ひとりひとり説明していくようだ。

久しぶりにちゃんとした授業の積もりだったあたしは肩透かしを食らった気分である。周りを見渡すとミッチェルさんがおいでおいでをしていたので席を立って近づく。クロエも一緒だった。

「あなた達は一昨日から何処へ出掛けていたの、教えなさい。」


あー、やっぱり寮に居なかったからバレてるのかな。一応リリスお姉ちゃんが伝えてくれていたけど分かっちゃうよね。

あたしはバージル先生の事を気にしてそちらを見たので教室で話にくいと分かってくれて、場所を移す事になった。


無論、行き先は食堂棟の特別室だ。

だが、生憎と先客が居た。前回と同じような状況だが第3王子のストーレ殿下はこれからゆっくりしようとするところだった。うーん、教室より話にくい。仕方ないので小声で話すことになった。

「それで、何をしていたの」


ミッチェルさんの質問にあたしは出来るだけ言葉を少なくして簡潔に答える。

「友人を探してきました。」


あたしの言葉にマクスウェルさんが頷く。

「それで会えたのかしら」

「ええ」

「教室には姿が見えなかったが」


マクスウェルさんが問い掛ける。

「そうですね。ちょっと個人的な事情があって学園長に相談しました。」

「なるほど、詳しいことは学園長にだな」


マクスウェルさんが説明不足を飲み込んでくれた。

ふと、クロエが一言も話さないので横を見ると何故か緊張して固まっていた。あたしが声を掛けようとしたところで誰かがマクスウェルさんに声を掛けてきた。


あたしが顔を向けるとそこにはストーレ第3王子達が立って居た。いつもの側近候補の人達3人以外に1人の女性。

「ちょっと良いか、マクスウェル。」


全員が席を立って、略式礼をして顔を伏せる。

「学園内だから、そんなに緊張しなくても良い。」

「はっ」


マクスウェルさんとミッチェルさん達は顔を上げるがあたしとクロエは上げられない。

「実は、そこに居るミリ•ミズーリ嬢に話があってな」


あたしの名前が出たことであたしは更に緊張した。何でストーレ殿下があたしの名前を知ってるの?あたしに何の用事?こっちには無いんだけど!あ、いやあるかな。

「ミリさんに?」


ミッチェルさんが代わりに疑問を呈する。それもそうだろう、紹介もしていなければ挨拶もしていない。ストーレ殿下との繋がりなど何も無い筈だ。殿下に聞き返す無作法を気にせずストーレ殿下は話を続ける。

「ああ、例の物を渡して欲しいんだ。」


例の物って、あの例の物の事?

何であたしが持ってるって知ってるの?

それに何でストーレ殿下に渡さなくちゃいけないの?

あれ?王族に知らせなくちゃいけないから良いのかな?

「それとも、もう手元には無いのかな?」

「ストーレ殿下、質問をさせて頂いても宜しいでしょうか?」


話に置いてけぼりになっているマクスウェルさんが声を掛ける。

「ああ、良いよ。」

「何故、殿下がミリ嬢をご存知なのですか?それに例の物って何の事でしょうか?」


ナイスだよ、マクスウェルさん。あたしも疑問だよ。それに震えて来たクロエが心配何だけど。

「ミリ嬢を知っているのは僕の魔眼のお陰さ。知っているだろ、禁忌の魔眼をさ。」


し、知らない。なにそれ、美味しいの?

混乱しているせいで変なことを考えてしまう。

「精霊眼、相手の全てを見通し、真実を晒す禁忌の眼」


誰となく呟くように綺麗な声が聞こえた。

「クルチャは良く知ってるね。この間会ったのに紹介して貰えなかったので名前だけ確認して置いたんだけどね。」


何それ!プライベートも個人情報も有ったもんじゃないじゃないのよ!勝手に人の事バラさないでよ!

あたしの心の中の抗議にも関わらず更にストーレ殿下は話を続ける。

「ミリ嬢の隣はクロエ嬢だよね。今代の『勇者』だよね。」


クロエの秘密まで暴露するのでマクスウェルさん達の視線がクロエに集まる。

「『闇の神子』たるミリ嬢と2人が仲いいなんて面白いよね。」


今度はあたしに視線が集まる。

勝手に変な名前を付けないで欲しい!

しかもそれって夢の中の名前じゃん!

あたしはそんなんじゃ無いんだから!




















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