第55話
何にせよそこに居るなら偵察が必須だ。
そしてあたしたちには学園の授業もある。だいぶ話し込んでしまったがエリザを連れて帰る事にした。
見るとエリザは眠って居た。まぁ好都合だね。
鳥人達に別れを告げてあたし達は森の出口で影の世界へ行き、影従魔『リレチア』に乗って山越えをする。
影従魔『リレチア』は森に入らなかったがちゃんと待機してくれていたのだ。
坑道を通っての複雑な道より空を飛んだ方が楽に決まってる。同行しているクロエは、はしゃぎっ放しだ。
影の世界では月の影で満ちて森や山の光の影が落ちてる。光と闇が逆転したこの世界ほど不思議な光景は無いだろう。短い旅行きも学園迄だ。
現実世界をクロエがエリザを背負って教師棟まで連れて行ってくれた。あたしが代わろうかと言ったら背の低いミリには任せられませんと言われてしまった。ほんのちょっとしか背丈なんて違わないのにねぇ。
『身体強化』のプロであるクロエには逆らわないのだ。
教師棟の入り口で事務員のおじさんに声を掛けて階段を登って学園長室に入るとパジャマ姿のシエル•ルゥーフ学園長が待っていた。フリルまで付いていてなんか可愛い。
「こんな時間までご苦労だったな。良く見つけられたものだ。」
あたしが軽く説明する。
「瘴気による魔物化なんてびっくりですけど、最短でダンダン伯爵領に向かうなら例の坑道かなとあたりをつけたら居たんです。だいぶ弱っているようですから面倒をお願いします。」
「ああ、勿論だ。私に任せて置き給え。あっ、そうだ明日の授業は休みとしよう。君たちもゆっくり休むんだぞ。」
後のことはシエル•ルゥーフ学園長の好意に甘える事にして教師棟をクロエと後にする。
クロエも疲れたのか欠伸をするがあたしのお腹は鳴き始めた。どうやらホッとしたせいで余り食べて居ない事に気づいたらしい。
焼串を出してクロエにも一本渡すと嬉しそうに食べ始めた。学園の構内でしかも夜になんてお行儀が悪いが仕方ない。でも、空腹には勝てないのだ。
食べ終わる頃、寮に着いたのでそのままクロエと分かれて自室に戻ると何時ぞやの光景があった。リリスお姉ちゃんがベットサイドで待っていたのだ。
あたしは慌てて魔法クリーンで埃を払うと寝間着に着替えた。今日はお風呂無しだ。少し匂うかも。
「それでミリちゃんは何をしてきたのかな」
リリスお姉ちゃんは見た目ほど怒っては居ない事が分かった。だからあたしは順を追って今日の出来事を話す。
お昼にマクスウェル•パンドーラ様を始めするクラスカースト上位の人達に拉致され、食堂の特別室でエリザの事を尋問された事。
帰り際、寮の前でエリザの取り巻きのパメラ•ミルトンとヘレン•ゲレルトの2人に後ろ楯になるように強要されたけど断った事。
影従魔『ルキウス』にエリザを探させて居たらジュゼッペ侯爵領の坑道出口で見つけた報告を受けた事。
さらに何者かにエリザが攫われ、見張りの眷属が殺された事。
エリザを連れ去った者を追ったら鳥人族だった事。
鳥人族は魔族『ガドット』を追って来て、偶然エリザを保護した事。
エリザを連れて来て、シエルルゥーフ学園長に預けた事。
話を終えると結構疲れていることに気づいた。お腹もまだ、足りなくてぐぅと鳴った。
リリスお姉ちゃんに笑われる。そこへクロエが顔を出した。
「ちょっとええか」
食堂に行ってみたらもう閉まっていてあたしに食べ物を貰えないかと思って顔を出したらしい。
あははは、クロエらしい。あたしも同じようにお腹が空いてるけど。
クロエを部屋に招き入れ、あたしが影の世界に保管してあったパンを出した。昼間特別室で食べたあの旨いやつだ。
リリスお姉ちゃんも食べた事無いと思うのでひとつ渡す。
「美味しそうね」
「めっちゃ旨いねん!」
白くて柔かい、しかもほんのり甘いパンはとても食べやすい。クロエはひとつじゃあ足りなくて2つも食べた。
食べながらリリスお姉ちゃんの質問があった。
「鳥人族の人達って魔族を追って来たのね。」
「うん」
「これから何をする気なのかしら」
あたしがわざとぼやかしたところなのに鋭いなぁ。あたしが言葉を選んでいるとクロエが答えてしまった。
「何でも、仲間が集まり次第襲撃するらしいでぇ」
ああんもう、クロエったら!
リリスお姉ちゃんの食べている手が止まった。じっとあたしの顔を見るので思わず視線を逸らす。
「ミリちゃん、あなた何をする積りなの?」
「ま、取り敢えず偵察やなぁ」
勝手にクロエが答えてしまう。
こら!リリスお姉ちゃんが心配しちゃうでしょ。あたしはクロエを睨むが素知らぬ素振りだ。
パンを食べて満足したらしいクロエはじゃあまた明日と言って部屋を出て行ってしまった。その様子を見ていたリリスお姉ちゃんがため息とともに口にする。
「クロエも一緒なのね。無理をしちゃ駄目よ。ちゃんと逃げる時は逃げて来るのよ。」
あはははは、リリスお姉ちゃんには敵わないや。
あたしはリリスお姉ちゃんに抱きついて言った。
「ありがとう、リリスお姉ちゃん!大好き!」
◆
翌日いつものように朝食を食べて、リリスお姉ちゃんは学園に向かった。あたしはひとりもそもそ食べてるとクロエが近づいて来た。
「まだ食べてるんかいな」
「あたしはクロエみたいに早食い出来ないの!」
野菜スープを掬って口に入れる。固いパンをスープに浸して最後のひと欠片を口に入れて咀嚼する。残って居る野菜スープもスプーンで丁寧に掬って食べる。
あたしは基本、好き嫌いも食べ残しもしない。理由は分からないが小さい頃からそうだった。継承の腕輪をしてから魂の記憶のせいかもと思う様になった。
誰に学んだのか分からないがゆっくりと噛み締めて食べるのがあたしの食事のスタイルなのだ。
「よっしゃ!それじゃ準備してミリの部屋に行くわ!」
クロエは今日も元気に言って、食堂を走る様に出て行ってしまった。あたしはトレイを片付けて自室に戻る。服を着替えて装備を身に着けて居るとクロエが入って来た。
「よ!さっきぶり!」
あたしがもたもたしていると思ったのか、早くして欲しいと思ったのか身に付けるのを手伝ってくれた。
さっと手を出してあたしの手を握る。もう影の世界から移動するのが前提だ。
苦笑しながらもあたしはスキル『影』で影の世界へ移動して寮の外に出る。寮の外では影従魔『レリチア』が建物の陰で蹲っていた。なるべく目立たない様に隠れて貰ったのだ。
堂々と庭に居たら天気の良い今日など黒々とした影がわだかまって、パニックになってしまう。影従魔『ルキウス』は地上を走って合流地点に向かう予定だ。
影従魔『レリチア』で一気にジュゼッペ侯爵領ダンダン伯爵家邸宅に向かう。山側の影になる場所を見つけてそこから影従魔『ルキウス』に乗り換えて邸宅に侵入する予定だ。
クロエと影の世界で分かれてしまう事もありうるので鍵にはあたしの魔力を沢山込めて置いた。
しかも影従魔『ルキウス』に眷属の中でも強い魔物を護衛に充てて貰っている。名前は無いが既に前日に現地で待機してもらった。
やはり空を飛ぶのは良い。影従魔『リレチア』の羽毛に包まれて風を直接受けないのに眺望が楽しめる。しかも昨晩と違って快晴の昼間だ。
太陽が黒々と輝き、山々を染め、光の影を生み出す。薄暗い世界は落ち着けてとても居心地が良い。
クロエときゃあきゃあ言っている内に目的地に到着した。
影の世界は基本的には無音だが、あたしと影の世界の鍵を持つクロエは話が出来る。音が伝わる訳では無いが影従魔達と話をするのとは違って直接耳に聞こえて来るのだ。影従魔との会話は念話と言われる頭に直接言葉が聞こえて来るものだ。
影従魔『リレチア』から降りて山を降る。
程なくして影に包まれた屋敷が見えて来た。ダンダン伯爵家だ。山側は斜面で入り口は無いが2階の窓が見える。
あたしとクロエは手を繋いだまま跳びつくと窓の隙間からするりと中に降り立った。
2階の廊下のようだった。人影は無かった。
あたしは記憶を探り右側に歩き出した。2階の東の突き当りがエリザの部屋の筈だった。そこを目指す。
エリザの部屋にはユネイトから来たと言うハセット•ローゼンベルグの痕跡があるだろう。婚約者と言うからには何かしらある筈だ。
直ぐにエリザの部屋が見つかったが鍵が掛かって居た。部屋の主が学園に行って居るからかも知れない。でもあたし達には関係無くもないドアの隙間から中に入る。
部屋の中は朝日が差し込み影が差し込んで居た。部屋の中は影で光に満ちていた。光があり過ぎて物の判別がしにくい。ドアから離れた窓側には天蓋の付いた大きなベットがあり、近くにはドレッサーとタンスがあった。さらに反対側には勉強机と本棚がある。それからお座なりに丸テーブルと椅子が一脚あった。
あたしはクロエの手を放し、本棚に近づき背表紙を読む。どれも恋愛小説ばかりのようだ。日記でも無いかと思ったがエリザはそれ程まめでは無かったようだ。
クロエが机の引き出しを開けようと手を掛けるが開けられないで頭を捻っている。笑ってしまってはいけない。
今のあたし達は現実世界では影と同じなのだ。現実世界から干渉されないがこちらからも干渉、詰まり物を動かしたり出来ない。
でも、スキル『影』を持つあたしは『影操作』で動かす事が出来る。
あたしはクロエの隣に立ち、引き出しを開けて中を確認する。中には手紙が幾つか入って居た。ひっくり返して差出人を見るとエリザの兄バンサイからだった。ミリの兄ロベルトを妬んで陥れた卑劣な男だが妹には甘いようだ。
ひとつを開けて中を読むと矢鱈と細かく様子を問う文章ばかりだった。う〜ん、兄ロベルトから騙し取ったお金をエリザの為に使ったのだとしたら許せない。
隣で熱心に覗き込むクロエは自分で手に取れないのが我慢ならないようだ。
仕方ないので現実世界へ戻って注意する。
「良い?クロエ。この部屋は鍵が掛かっているけど物音をさせるとメイド達に気づかれるかも知れないから気を付けてね。」
クロエは自分で人差し指を唇に当ててうんうんしている。少し心配だ。
クロエはあたしから離れると早速さっきの手紙をひっくり返し始めた。そして眉を顰める。
そうだよね、送り主を見ても誰だか分からなけりゃ良く分からないよね。
あたしはクロエを放って置いてクローゼットをそっと開けて見る。色とりどりの可愛らしいドレスが沢山ハンガーに掛かって居た。端の方にはいつかエリザがパーティで着ていた青いドレスがあった。
中央に行くに連れて次第に派手な色使いと装飾が増えている様に見えた。ドレスにはお金を掛けてるわねと思う。
ドレッサーの引き出しを開けるとかなり大き目の指輪がごろごろある。下の大きめな引き出しを引くと中にはネックレスがあった。
宝石の名前は分からないが粒が揃っていて形も整っている赤い石が金属の台座に固定されている。技術を持つドワーフが丹精込めて造り上げたと思えた。どれくらいの値段がするのか、とても高そうだった。
エリザに似合うのか分からないが買って貰ったに違いない。ダンダン伯爵家の財政が厳しいからミズーリ子爵家から税収を奪ったのでは無かったのか!
こんな事に使う為にあたし達の努力の結晶が使われたのか!怒りが込み上げて来た。
ネックレスを引き千切りたい思いを堪えてあたしはそれをそっと仕舞って引き出しを戻した。
震える心を抑えて深呼吸をしてクロエを見た。クロエは誰かの手紙を熱心に読んでいた。いったい何をしているのだろう。遊んでいる場合では無いのだけれどと思い、クロエに小さく声を掛けた。
「クロエ、何を読んでいるの?」
あたしの声に気付かないくらい無心なようだ。軽く肩を掴んだらこちらを見て頬を染めた。ええっ、何その反応。
「どうしたの?」
「エヘヘへ、これ誰かのラブレターみたいなんや」
差出人を見るとマルクエスト•ドタンとある。ちょっと考えて思い当たった。
「これ、ドタン子爵の嫡子マルクの手紙だわ」
「誰やそれ?」
「えっとね、ダンダン伯爵家の寄り子でエリザよりも3つ年上の男の人よ。マルクがエリザに恋してたなんてびっくり。道理で婚約者が居なかったのね。」
「でも、エリザには婚約者が出来たんやろ。無理やんけ。」
「でも、ハセット•ローゼンベルグは魔族かも知れないのよ。」
「そやなあ〜、するとこの男は横恋慕やな」
その時、ドアの方からガチャガチャ音がした。
慌てて手紙を戻すとクロエの手を掴んでスキル『影』で影の世界へ逃げ込む。
入って来たのはメイドらしかった。2人居て、手早く掃除を始めた。これ以上エリザの部屋に居るのは不味いので部屋を出た。
次はダンダン伯爵家の執務室を探す。確か執務室は3階の中央付近だった筈だ。
あたし達は屋敷の中央にある階段を登り3階に出る。そろそろ屋敷の仮主のマレナ•ダンダン伯爵婦人が仕事を始める頃合いかも知れない。差し込む日差しの中に出ないように出来るだけ影の中を歩き、執務室らしき部屋を見つけた。
ドアの作りも立派だし、応接室らしき部屋の隣だった。それにしてもメイドが見当たらない。
これだけ広い屋敷ならミズーリ子爵家ではあるまいし、節約しているとは思えない。
何かおかしい。付き従って居た影従魔『ルキウス』もおかしな気配を感じるそうだ。クロエの後に従う眷属も少し怯えている様子がある。
直接執務室に入ると不味いかも知れないので取り敢えず隣の応接室へ入り込む。立派な応接家具があり、高そうな額縁に入った絵が飾られて居るが無人だった。
見つかり難いのは良いが音が聞こえないので少し不自由だ。部屋の隅の影に立ち、頭だけでも出して音を拾おうかと思って壁に耳を当てたら音が聞こえた。
バン!
執務室へ通じると思われるドアが開かれ誰かが転がり出てきた。服装からすると執事のようだ。あれはこの家の執事のヨハンだったか、起き上がろうとするが震えているようだ。
「お、お待ち下さい!」
「うるさい!言う通りにしてれば良いんだ!逆らえばどうなるか分かって言ってるんだろうな!」
執務室から聞こえて来る声は男の子の甲高い声だった。
執務をしているのはマレナ•ダンダンでは無いのか?実務が代理を命じられた執事のヨハンだったとしてもおかしい。
隣で蹲っていた影従魔『ルキウス』が警告して来る。
隣の執務室から出てきたのは黒いウルフ系の魔物を従えた貴族の少年だった。魔物は盛んに地面の匂いを嗅いで不機嫌な様子をしている。
「で、ですがハセット様。つい最近改定して、ぎりぎりまで税率を上げたのですよ!更に倍にしたら王家に目を付けられてしまいます。査察官など送られたらこのダンダン伯爵家はお終いです!」
「そんな者、俺が追い返してやる!」
「幾らアクト様が代理を許可されているとしても、マレナ様やバンサイ様の補助としての行為のみでございます。とてもそのような事を許可されないと思いますぞ!」
「ええい!分からん奴だな!ああん?」
ハセットと呼ばれた貴族の少年に従っていた魔物が低く唸り声を上げていた。
「どうした、ベアード」
テイマーのスキルでも持っているのか、ただの飼い主なのか黒いウルフ系の魔物に話し掛けるハセットと言う少年。黒いウルフ系の魔物が頭を上げて小さく鳴くと、何を言ったのか分かったようにこの家の執事のヨハンを睨むように言った。
「誰かこの部屋に入ったのか?」
その質問に怪訝そうな顔をしてヨハンが答える。
「いいえ、本日は誰もまだこの部屋に通しておりません、ハセット様。」
「本当だろうな?ベアードが何か臭うと言ってるぞ!」
まさか影の世界に居るあたし達の匂いにでも気づいたのだろうか、あの黒いウルフ系の魔物は。
不味いな、見つかる前に退散したほうが良いかなとクロエの方を見るとクロエがかなり不穏な顔つきをしていた。
あたしはクロエを促して応接室から出て廊下を東の方へ移動した。ハセットと言う少年と執事のヨハンとのやり取りは暫く続きそうだったので放置だ。
逃げ出した先の部屋はどうも伯爵夫人と伯爵の寝室だったようだ。かなり広く取られてベットも複数置いてあるようだ。天蓋のあるダブルベットのある部屋着やシングルベットの部屋が壁で区切られて居る。
入り口はドアでは無くて引き戸のようだ。一番奥の部屋は家具の配置模様からアクト伯爵の部屋のようだった。ここなら現実世界に出ても大丈夫だろうと思って出る。
「ミリ、あのハセットととか言う子供は魔族や」
クロエには見て直ぐに分かったらしい。だから険しい顔をしていたのか。
「やっぱりそうだったのね。何とか外に誘き出せれば良いんだけれど」
「まだ、あの爺さんとやりおうとるやろから、作戦考えよか」
クロエは手近にあった椅子を引いて座り考え込んだ。
あたしはクロエの言葉を聞きながら部屋の中を見回す。せめてアクト伯爵の考えが分かれば良いのだが、私室に何か無いだろうか。
あたしは壁に飾られた小さな額縁の花の絵を見つけた。こういったところに秘密の金庫があったりするのがベタよね。
額縁に触ると動くので横にスライドさせるとダイヤル式の金庫が出てきた。
あら、あらあらベタだわ。
影従魔『ルキウス』にお願いして中身を抜き出してテーブルの上に出して貰う。数枚の契約書と何かの計画書、それと小さい宝石箱だった。凄くアクト伯爵の個人的な私物に見えた。考え中だったクロエに声を掛け、アクト伯爵の私物と思える物を調べる。
クロエは小さな宝石箱が気になったらしい。しきりにひっくり返して調べている。
あたしは数枚の契約書を読んてみるとそれはアクトダンダン伯爵が主契約者の契約書だった。下には家印が押してある。偽物には見えない。
契約の相手を調べてみると『メドギラス』『シャルラ•タニスム』『ハセット•ローゼンベルグ』の名前があった。なんとあのメドギラスもアクト•ダンダン伯爵と契約関係にあった。
ナサニエラさんのところへ現れたのはナサニエラさんに意地悪をするためだけじゃなかったのか!
しかも『ハセット•ローゼンベルグ』の名があると言うことはクロエの言う通り魔族であるのが確定だ。
もうひとりの『シャルラ•タニスム』とは何者だろうか。取り敢えず文面を読んで見るが難解だった。
読み取れたのはアクトダンダン伯爵が魔族の指示で王家に対抗出来る力を得られるようにすること。その為にアクトダンダン伯爵の力で魔族が自由に活動出来るように便宜を諮り、後始末をつけると言うこと。
じゃらんと音がしたので書面から顔を上げてクロエの方を見ると片手いっぱいに白金貨を持っていた。そこには戸惑った顔をしたクロエが宝石箱を押さえている姿があった。
「どうしたの、クロエ」
「あ、いや、これは、ははははは」
「その白金貨は何処から・・・」
あたしはクロエの手にしている宝石箱を見てなんだろうと思うと久しぶりにアン様が現れた。
「おや、これは珍しいのう。シドの玉手箱じゃぞ」
困った顔のクロエがアン様に言う。
「これ、中身が飛び出しそうねん。どうやったら止められるねん」
ははあ、いじっている内に中身が出てきたのか。それにしてもクロエにもあたしが触れてないのに見えるなんてどうしてかな?
「それはお主の魔力を帯びた影の世界の鍵を持っておるからじゃろな」
なるほど、それで止めるにはどうするの?
「最後に触れた紅い魔石に触れれば良いのじゃ」
言われたようにクロエが触れると開こうとしていた力が収まったのかクロエがホッとしてシドの玉手箱から手を離した。そして片手に乗った白金貨を見てあたしを見た。
「その白金貨はその小箱から出てきたの?」
「そうなんや、ちょっと触っとったらこう、ぶわっとな。」
あたしはシドの玉手箱を手にして開いて見る。中はビロードの布で内張りされて中に何も無い。なのに底は影が淀んでいた。
「何も無いわね」
「そうなんや。なのに周りの宝石、いや魔石やな。それを触っとったらこれが溢れて来とんねん。」
片手にある白金貨をクロエが一枚影の中に置くと底無しのように吸い込まれる。
「「!」」
これは影に入り込んでいるみたいだ。あたしはまだ消えて居ないアン様に聞く。
「シドの玉手箱ってまさか」
「そうじゃ、これは始祖シド様の魔導具でスキル『影』を使った貯金箱じゃ。ほぼ無限に貯められて取り出すには制限があるものじゃ。昔、シド様が配下にやった世界に数個しかない魔導具じゃよ。」
クロエは白金貨が消えて行くのが面白そうに一枚づつ入れてはニマニマしている。
何故アクト伯爵が持っているのか分からない。思わぬ発見だが、今は契約書の方が大切だ。
あたしは簡単にクロエに分かった事を伝える。
「クロエ、アクト伯爵は魔族と繋がりがあることが分かったわ。しかも3人もね。これだけでも収穫だわ。」
「なぁミリ、このシドの玉手箱やったか、わっちが貰ってもええか?」
「箱は良いけど中身は別途相談ね。取り敢えずあたしが全部預かるわ。」
そう言ってあたしは全部影の世界へ仕舞った。
その時、突然ドアがドンと言う音と共に開け放たれた!
黒い影のが飛び込んで来て、あたしとクロエが跳ね飛ばされる。思わぬ攻撃に窓側の壁に叩き付けられ、息が止まる。
その後、ゆっくりと姿を現したのは金髪赤眼の貴族姿の少年だった。ハセット•ローゼンベルグだろう。
「貴様ら、何処の者だ。此処に忍び込むとは命知らずめ。全て吐いて貰うぞ。ん?」
あたし達が直ぐに立ち直って、立ち上がり細剣を構えたからだ。
「なんだ?子供?いや、冒険者か?」
今どき冒険者って言わないわ。今はハンターなんですけど。
ハセットらしい男の子が戸惑っている内にあたし達は窓ガラスを蹴破って外に飛び出た。
1階だから少しも危なく無いが窓ガラスの破片があたし達を襲う。身体強化されて居るから痛くは無いが少し頭を庇った腕に当たる。
防具が仕事をして何処も切れては居なかった。ありがとう、リタさん。
庭に転がり出たあたし達は後を追って出て来た黒いウルフ系の魔物と対峙した。大きさは影従魔『ルキウス』より一回り小さいがグレイウルフやシルバーウルフの系統と同じウルフだろうか。黒く艶々した体毛が逆立って膨らんで居る。目は赤くハセットのようだ。
低く唸り声を出して口から涎が垂れて居る。クロエが『魔力纏』から『魔法付与』しようとしたところに飛び込んで来たので慌てて飛び退く。
「ベアード、殺すなよ。聞きたい事があるからな」
壊れた窓からハセットが飛び降りる。身体に舞った埃を叩き落とす。
「我が魔力を以て、かの敵を打て!水撃!」
あたしはベアードと呼ばれた黒いウルフの注意が逸れたのに合わせて、素早く魔法詠唱して水魔法を放つ。
そして、素早く身体強化に切り替えてその場を離れる。
水撃はベアードの顔を打つが立ち止まり、少し顔を顰めただけで何の痛痒も無さそうだ。勿論、ダメージを与える為では無く、隙を作る為だ。
その後をクロエの焔の帯がベアードの身体に絡みつく。バチバチと音がしたが体毛が燃えた訳では無かったようだ。ベアードの魔力でクロエの魔法が弾かれた音だった。
「ははははははは、生半可な魔法じゃあ、ベアードには効かないよ。」
ハセットが解説をしてくれる。余裕だな。あたしはクロエに向かって顎クイをする。
2人で黒いウルフ系魔物ベアードに向かわず、あたし一人で対処する。クロエはハセットへ特攻だ。ハセットが何かスキルを使ってベアードを補助していたらそれを妨害して欲しい。
ハセットにはあたしが一人でベアードと戦うから油断して欲しい。
アクト伯爵の部屋でクロエはどうやればハセットと屋外で戦えるか、誘えるか考えていたが、何のことは無い。流れのままにそうなった。ハセットはクロエに任せる。
クロエが疾走る。身体強化のお陰か数秒で肉薄して細剣を振るう。それをハセットは身軽に跳んで避けた。
自分には魔法なんか効かんとばかりにあたしに向かって頭を下げて威嚇して来るベアードに、あたしは詠唱する。
「我が魔力を以て、渦巻く水よ、かの敵を阻め!」
「我が魔力を用いて、凍れる水よ、かの敵を追撃せよ!」
続けざまにあたしは水魔法を放つ。その間にあたしは逃げ出した。見え見えのように街には向かわず、登坂の山へ向かう。
連撃される細剣を悉く躱してハセットも山に追い立てられる。クロエが街の方へ行かせないようにコントロールしているのだ。
逆巻く水の渦の壁に阻まれていたベアードが内側から激突するが跳ね返されて出て来ないと思ったらなんと『空歩』を使って壁の外に踊り出た。
そこへあたしの追撃の氷礫が追い掛けて頭を攻撃するけど、ひと声ベアードが吠えたら途中で消滅してしまった。
後ろを振り返りながら走るあたしはその方法に驚いた。魔物が自由に魔法を使っている。あれはハセットのスキルか何かだろうか、それともとても頭が良い魔物なのか?あたしは途中で振り返り、再度詠唱する。
「我が魔力に依って、水よかの敵を押し戻せ!」
あたしが起こした魔法はベアードを倒すものでは無くて、近寄らせない為のものだ。
かなりの量の水が斜面を流れて、ベアードの足元を悪く、走り難くする。だが、又もやベアードは空中を奔り、あたしの魔法を避けてしまった。
クロエの剣を避けるばかりでハセットは山の方向に気にもせず登って行く。クロエも細剣の攻撃しかしていないが、スキルも魔法も使わないハセットの考えが分からない。しかも、ニヤニヤを止めてないのだ。
視界の隅にベアードと言う黒いウルフ系の魔物が見えて居るから余裕なのだろうか。クロエは追い立てているようで誘われて居るような気になって来た。
ベアードが急激に加速して近づく。後5mで山道を外れて森に入れる。あたしの焦りにベアードの横殴りの爪が迫った。
不味い、逃げられないと思ったあたしの身体が走って居る以上のスピードで真横にズレた。
そこをベアードの爪が奔った。間一髪で逃げられたが爪の起こす風に身体を揺らされる。勢いであたしは大木の陰に転がり入った。
クロエの細剣を避けてハセットが土が剥き出しの大地に飛び退く。そしてハセットが腰に手を当てて叫ぶ。
「ははははははは、追い込んたつもりか?それは逆だぞ。ここは俺の狩り場だからな。」
「狩り場?」
クロエは油断なく細剣を構えて聞き返す。
「そうさ、俺が使役する闇魔獣はベアードだけじゃないのさ。サモン『バンデットラビッタ』」
あたしが影従魔『ルキウス』に助けられて逃げ込んだ木の陰から影の世界へ移動するとベアードは急制動を掛けて、立ち止まった。あちこちを見るがあたし達がその場に居ないことに気付いたようだ。実に賢い黒いウルフ系の魔獣だ。
そして、あちこちを嗅ぎながらあたしに近づいて来る。普通なら感じない危険を感じたあたしは影従魔『ルキウス』に乗って場所を移すとハセットの後ろに魔獣の姿が現れたのが見えた。
体長2m級のウサギ系魔物が3匹並んでハセットの後ろに現れた。ウサギなのに体毛はベアードのように黒い。そして3匹共全部目がハセットのように真っ赤だ。
中央の1匹が飛び跳ねハセットを越えてクロエに踊りかかった。巨体の体重で押し潰そうとする。
クロエは後へ飛び退き避ける。
そこへ駆けてきた他のバンデットラビッタが体当りして来たのでクロエは避けきれず、跳ね飛ばされる。飛ばされた先で最後のバンデットラビッタに上に跳ね飛ばされた。
影従魔『ルキウス』の上からあたしは詠唱すると複数の水槍が現れ、バンデットラビッタ達を襲う。幾つかは当たったがバンデットラビッタにはあたしの水槍が見えたかのように避けた。
えっ?見えるの?
驚いているあたし達の前に黒いウルフ系の魔獣ベアードが現れた!
キリキリ舞いをしながらもクロエは空歩で何とか更に高い空へ逃れた。見るとバンデットラビッタが見えない何かで手傷を負った。
なんや?ミリの攻撃を避けとる?
そう言えば黒いウルフ系魔獣ベアードの姿が見えない。いや、2つの影が見える。
闇魔獣は影の世界へ潜れるのか?
クロエは『身体強化』から『魔法付与』へ変えて身体に焔の帯を巻き付かせる。そして、キョロキョロしているハセット目掛けて落ちて行く。
闇魔獣ベアードが吠えるが聞こえない。でもそこから放たれた魔力塊が飛んで来るのを影従魔『ルキウス』が避ける。影従魔『ルキウス』には魔法が使えないのに!
「我が魔力を以て、水よ、敵を捕縛する流れとなれ!」
「我が魔力を以て、水よ、敵を阻む壁となれ!」
「我が魔力を以て、水よ、敵を穿つ槍となれ!」
影の世界ではあたしの魔力は尽きないと思われるほど多用出来るので魔法連撃を放つ。水が闇魔獣ベアードを動けない様に帯状になって迫り、囲って逃げ場を失わせ、上空から多数の槍を降らせる。同時に3重の攻撃が闇魔獣ベアードを襲う。
ハセットを闇魔獣のバンデットラビッタが耳を使って救い上げて逃げた為に、クロエの攻撃は地面を穿つだけに終わった。ドゴン!破裂音と共に地面が陥没する。土煙がクロエを隠しているところへ闇魔獣のバンデットラビッタの頭が振られ、伸びた耳が鞭の様に撓って襲いかかった。土煙を吹き飛ばしながら耳は空振る。クロエは既に上空へ逃れていたがもう1匹の闇魔獣バンデットラビッタが飛び上がっていて、クロエを迎え撃った。振り下ろされる闇魔獣バンデットラビッタの耳を両腕を交差させて防御するけれどクロエはその衝撃で地面に落とされた。衝撃で晴れ始めた土煙が再び舞う。恐ろしいほどの闇魔獣バンデットラビッタの連携だった。
拘束して動きを押さえて魔法の攻撃を受けても闇魔獣ベアードは平然と立っていた。多少は効果あったようであちこちに傷が出来ていたが、やはり魔法の効果は少ないらしい。どうやったら倒せるのやらと思案するが妙案は浮かばない。
こちらが動きを止めた事に口角を上げた闇魔獣ベアードがゆっくりと歩き出す所を上空から急降下した影従魔『リレチア』が鋭い爪で掴んで飛び上がった。闇魔獣ベアードが暴れるがしっかりと背中を掴まれて反撃出来ない。
影従魔『リレチア』は上空を大きく回転して勢いを付けると南の方向に投げ飛ばした。物凄い勢いで闇魔獣ベアードが小さくなっていった。あの様子ならどんなに早くても戻って来るには丸1日は掛かるだろう。
影従魔『リレチア』のお手柄だ。あたしはクロエに群がって居る闇魔獣バンデットラビッタの群れに魔法を放つ。
「我が魔力を以て、水よ重き槍となれ!」
「我が魔力を以て、水よ疾き槍となれ!」
「我が魔力を以て、水よ鋭き刃となれ!」
連撃の水魔法だ。
魔力を感知出来るのが避けようとするが注意がクロエに向かっていたせいで避けきれず、闇魔獣バンデットラビッタの2匹が倒れた。残る1匹も瀕死だったのであたしが影の世界に引き入れて影従魔『ルキウス』が前足の一撃で倒してしまった。すると、闇魔獣3匹はみんな黒い霧になって消えてしまった。エリザの身体から出た瘴気のようだった。
何が起きたのか分からずにハセットは呆然としている。あたしが影の世界から現実世界に姿を現して、何が起きたのか分かったらしく怒りに顔を染めた。
「お前ぇー!影使いかぁー!」
土煙が収まって来るとクロエが身体から埃を払いながら立っていた。
「おお、痛いやんか!何すんねん!」
頑丈と言うにも程があると思う。多分スキル『覚醒』と『魔力纏』身体強化をしたのだろう。処々防具に罅が入って居るように見える。
「な!あれだけの攻撃を受けても痛いだけだとぅー!」
ハセットが大声を出すので煩い。まぁクロエに驚くのはまだ早いと思うけど。
ハセットはあたしとクロエを交互に見て後退りする。魔族なら闇魔獣を出して終わりじゃないだろうから、油断せず細剣を構えて近づく。
「よ、寄るんじゃない!クソっ!ベアード!ベアード!何処へ行った!」
どうやら闇魔獣バンデットラビッタを召喚しないらしい。その代わりにベアードの名前を呼ぶ。まぁ、倒して居ないからそのうちやって来ると思うけど。
「なぁ、あのウルフ系の闇魔獣のベアードちゅうんはどうしたん?」
クロエも必死にベアードの名前を呼ぶハセットの姿を見て聞いてきた。
「うん、倒せなかったからううんと遠くまで投げ飛ばしてやったわよ。」
あちこちに視線を彷徨わせながら見苦しくもハセットはベアードの名前を呼び続ける。他に何か能力は他に無いのだろうか。なら安心なんだけど。
幾ら呼び掛けても現れないベアードに見切りを付けたのかハセットは後退りを止めて、こちらを睨んできた。
「こうなったら、物量で押し潰してやる。サモン『バラクーダクロウ』」
ハセットが言った様にたくさんのカラス系闇魔獣が現れた。荒れ地の空を半分を覆うほどの数だ。何匹いるのか数えきれない。バサバサと羽を振るって空中に浮いている。
1m弱くらいの大きさで黒く見た目はカラスだが、嘴の中は小さな歯だらけだし、目が紅い。仲間が現れたから落ち着いたのかハセットは威丈高に命令した。
「殺れ!骨すら残すな!」
ハセットが『闇魔獣召喚』をする間にあたし達も応戦の用意を整えていた。『魔力纏』から『魔法付与』でクロエは焔の帯を身体中にまとう。あたしはクロエの真似をして激流水の帯を身体中にまとう。ちょっと水流が煩い。
襲いかかったバラクーダクロウだけど焔と激流に阻まれてあたし達に届かず、地上に傷付いて落ちてしまう。あたしの周りを巡る激流は少しづつ広がりながら、攻撃を加えようと飛び掛かって来るバラクーダクロウを吹き飛ばし、攻撃の要である羽根を傷つけ、落下していく。
クロエはその場に留まらず『空歩』で空中を蹴上がり、バラクーダクロウの集団に突っ込んで行く。派手にバラクーダクロウは燃え散らかされ、落下の憂き目に合ってしまった。
暴れまわるクロエのお陰で直ぐにあたしまで攻撃をしてくるバラクーダクロウが居なくなった。
ハセットはクロウを見上げてあ然としていた。隙だらけだからあたしが攻撃しても良いよね。誰ともなく呟いてあたしは詠唱を始めた。
「我が魔力を以て、激流よ、かの敵を吹き飛ばせ!」
鋭い槍では無く、重くダメージを与えられる魔法を使う。あたしの身体に纏わりついていた激流が解け、ハセットに向かって奔った。直前になってハセットが気付いたが避けられない。
行けたと思ったのに何かの影があたしの水魔法を遮った。黒い塊はギャンと悲鳴を上げて横倒しになる。それは闇魔獣のベアードだった。影従魔『リレチア』に依って遥か遠くに投げ飛ばされた筈なのにハセットの呼び掛けに依って走り戻って来たのだった。
あたしの濁流のせいでなく全力で駆けてきた為か、力をほとんど使い果たしていたようで黒い霧が身体から立ち昇っていた。
「ベアード!」
ハセットは歓喜の声を上げたが直ぐに非難の声に変わった。
「いったい何処へ行っていたんだ、この役立たず!最後の力を振り絞って僕を守れ!」
余りに理不尽な言いようにあたしはベアードが可哀想に思えた。そう思ったのがもうひとりいた。雷のような焔帯がハセット目掛けて打ち下ろされたが、又もやベアードがその身を犠牲にしてハセットを守り、ドサッと言う音と共に倒れた。
あたしとハセットが上空を見上げると焔の帯を解いたクロエが降りて来るところだった。どうやらバラクーダクロウは全滅したらしい。あちこちのバラクーダクロウから黒い霧が解け散っていた。
「何だとぅ!」
ハセットが召喚した闇魔獣は全て倒した。ほとんどがクロエだけど。あたしの隣に着地したクロエがあたしを見てニカッと笑い掛けた。
「後はあのハセットだけやな」
「うん、だけど油断出来ないよ」
再び対峙したハセットは怒っていた。地団駄を踏む。ドン、ドン、ドォン、ドォン、ドオォーン!地団駄を踏むたびに音は大きくなり、地面を揺らした。
「こうなったら、取って置きだ!!」
ハセットの少年らしい声が濁りを帯びている。ハセットの身体から黒い霧が立ち上り全身を覆って行く。かなりの黒い霧に包まれたハセットが濁った声で言った。
「サモン、ハイオーガ、メルトイン!」
黒い霧が形を成して行くとそれは体高3mにも届きそうな大きな黒いハイオーガになった。しかも胸の辺りにハセットの顔がある。気持ち悪く、とても見栄えが悪い。黒いハイオーガは片手に大きな斬馬刀のような剣を持っていた。ブンブンとそれを振るうと言った。
「もう、命乞いしても無駄だぞ!滅殺してやる!!ガハハハハ!」
とても恐ろしい光景だがクロエは言った。
「それで終いやな。もう闇魔獣は召喚せえへんのやな」
「・・・何を言っている。これが最強最悪の闇魔獣だ!後がある筈が無いぃー!!!」
「なら、安心やでぇ。『覚醒•勇者』」
クロエの身体が淡く金色に発光している。これが勇者の光なのだろうか。
クロエのスキルが発動した途端にハイオーガが黒い霧になって解けて行き、溢れ落ちたハセットの姿が変化し始めた。麗しい少年の姿が歪み形を変えて行った。
「あ?あ、あ、あれ?俺の姿が戻って行くぅ?」
そこに現れたのは痩せ細った骸骨みたいな壮年の魔族だった。魔族は自身の手足を見て慌てる。
「な、何だぁ。いったいどうしたと言うんだぁー!メルト!メルト!おかしい!おかしいぞぅ!姿を変えられない!」
自分の身体を確認したり「メルト」と叫ぶ魔族は混乱していた。
「お前は『ガドット』と言う魔族やろ?」
クロエが冷静な声を掛ける。その声を聞いて魔族はクロエを見て気付いたようだ。
「お前かぁ!お前が俺のスキル『メルト』を勝手に解いたんだなぁ!」
「お前が『ガドット』で間違いないんやな?」
「ああ、そうだ!俺が偉大なる変身魔王『ガドット』様だ!貴様は何者だあ!」
「わっち?わっちの名前を知っても仕方ないんよ。」
そう言ってクロエが魔族『カドット』に近づく。魔族『ガドット』は立ち上がる力も使い果たしたのか、後退りしながら叫ぶ。
「ち、近づくな!来るんじゃない!炎!」
魔法を使おうとするが魔力を練れ無いのか掲げた手の内に炎が現れるが直ぐに消えてしまう。
クロエのスキル『覚醒•勇者』の力で魔法を無効にされてしまっているのだ。
「クソっ、サモン『ベアード』」
さっき自分の身を守ったウルフ系の闇魔獣を召喚しようとする。何も起こらず引き攣った顔でクロエに襲いかかろうとするがクロエの細剣で切られて倒れた。
正体を隠し、闇魔獣と言う力を持っていた魔族『ガドット』自身はそんなに強く無かったようだ。クロエの一刀の元に倒れてしまった。
バサバサと言う音を立てて鳥人達が現れた。鷹鳥人と鸚鳥人の二人だった。
『驚いた。魔族『ガドット』倒した。』と鷹鳥人。
「とても強い。ふたりとも」と鸚鳥人。
あたしはちょっと驚いたけどクロエは驚いて居なかった。
「やっぱり、見とったんやな」
「ジェラルド孤島の鳥族の秘宝探す、良いか」
鷹鳥人が言うのでクロエが許可すると魔族『カドット』の首からネックレスを外した。それは大きな羽では無いが色とりどりの羽と魔石で連なったネックレスだった。
「確かに秘宝、ありがとう」鷹鳥人が言う。
「助かった、ありがとう。」鸚鳥人が言う。
あたしは倒れてる魔族『ガドット』をどうしようと見ていると鷹鳥人が言った。
「こいつはジェラルド孤島鳥人の仇」
「鳥人が引き取って良いか?」と鸚族の鳥人。
うん、魔族の死体をハンターギルドに持って行ったら大騒ぎになるところだった。鳥人が引き取ってくれれば助かる。あたしがクロエを見ると頷いたので答えた。
「是非、持って行って下さい。証拠が無いと群れが大挙してくるんでしょ?」
「そう、こっちに向かってる。あ、俺が知らせに行ってくる。」
鷹鳥人が鸚鳥人に後を頼んで飛んで行った。鸚鳥人が腰からアイテム袋を外して、魔族『ガドット』を中に入れた。
そして、あたし達に言った。
「礼をしたい、付いてくる」
あたし達はまた、顔を見合わせて頷いた。
「分かったで」
「良いですよ」
鸚族の鳥人が歩き出したので後を付いて歩く。どうやらあたし達に合わせて歩いてくれるようだ。クロエはスキル『覚醒•勇者』を使ったせいか、少しフラフラしている。あたしも魔力をかなり遣ったので疲れている。
森の中を歩いて鳥人の拠点まで来た。あの大木の下で待って居ると鸚族の鳥人がミミズク族の鳥人を連れて来た。
「おお、客人話は聞いた。・・・」
話を続けようとしてあたしとクロエの様子を見て言った。
「中で休むと良い。話はそれから」
ミミズク族の鳥人と鸚族の鳥人に持ち上げて貰って木の虚(うろ)の中に入る。ふかふかの木の葉に座るとお腹が鳴った。疲れもしていたがお腹も空いたらしい。
ふたりの鳥人に軽く笑われた。
食べると良いと出してくれたのは果物だった。黄色くて細長い果物を前に食べ方が分からないでいると、こうやって食べると教えてくれた。皮を剝いて中身を食べるらしい。中から見たことのあるものが出て来た。
たしかこれは学園の食堂の特別室でデザートに出て来た柔らかいイエロークリームとか言っていた食べ物だ。口に入れると強い歯ごたえも無く溶けて行く。甘みもあってとても美味しい。特別室で食べたものより少し堅めだがお腹が膨れる。
イエロークリームはこれを加工したのだろう。クロエはうまいうまいと何本も食べていた。ミミズク族の鳥人に聞くと『バララ』と言ってジェラルド孤島では普通に取れるらしい。栄養があるので旅には必需品らしい。
お腹が膨れると眠くなって来た。少し休ませて貰うことにしてクロエを見ると両手に『バララ』を持って寝ていた。
あたしは鷹族の鳥人が戻って来たら教えて欲しいと頼んで休んだ。揺り起こされて見るとクロエだった。
「なんや、沢山鳥人が集まってんで」
言われて周りを見ると広い虚(うろ)の中に多くの鳥人がいた。あたしが起きたのを見てミミズク族の鳥人が近づいて来て言った。
「魔族『ガドット』を皆、見た」
「皆を代表して礼を言う。」
色んな種類の鳥人がこちらを見て口々に礼をいってくれる。鳥の種類に詳しく無いので良く分からないが喜んでくれていることは分かった。
「これがささやかな礼」
そう言ってミミズク族の鳥人があたしとクロエに小さなブローチを渡した。
「これ、鳥族の友愛の印。魔力を込めると鳥と話が出来る。」
丸くて少し茶色掛かったガラスのような物の中に何かを砕いて封入してあり、光にキラキラ光った。金具が付いていて天人族のブローチの様に付けられるようだ。あたしとクロエが胸に付けるとみんなから拍手を貰う。
「鳥族の戦士はもう帰ったんよ。此処に残ったんは代表みたいなんよ」
クロエが教えてくれた。
「一応、経緯は話しておいたんよ。ゆっくり休めたし帰ろうか」
外を見るとだいぶ日が傾いて来ていた。
「うん、そうだね。じゃあ、皆さんまた」
あたし達は木の虚(うろ)から飛び降りた。
クロエは空歩で跳んで降りる。あたしはウキヨエラさんから貰ったブローチに魔力を通して身体を軽くして降りる。
地面で振り返ると木の虚(うろ)から鳥族達がまだ手を振っていた。振り返して、先に進む。
森を出たところでクロエと手を繋ぎ、影の世界へ行き、影従魔『レリチア』に乗った。
バサバサと音はしないけど強く持ち上げられて、あたし達は光に満ち始めた影の世界を帰って行く。
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