第52話

ざわざわした中ひとりが手を挙げる。アンドネス公爵令嬢であるミッチェルさんだった。

「シエル•ルゥーフ学園長、それはどのような理由からでしょうか?」


その声にシエル•ルゥーフ学園長が我に帰る。ごほん、けほんと咳をしてからまた話す。

「バージル•ダンダウェルは王都第2騎士団副団長だったのだ!」


ドン!と教壇を叩く。あれぇ、それ言っちゃうの?あたしがバラすつもりだったのに。

「前の職場の話ですわよね、それ」


ミッチェルさんの言葉にシエル•ルゥーフ学園長が目を剥く。

「そうだ、その筈だったのだ。私はそう報告を受けてバージル•ダンダウェルを教員として受け入れる事にしたのだ。なのに昨晩、事もあろうにそれは表向きで騎士団長ジズル•ローレンの密偵として働いていたと告白されたのだ。

許し難い学園への冒涜である。有能な若者を騎士団に勧誘するために教職を利用するとは言語道断である。だから私はバージル•ダンダウェンを減棒の上に解雇したのだ。

減棒の理由は公休を使って騎士団の仕事をしおったからだ。少し前にバージル•ダンダウェルは公休を取ったのだ。私用とか言った筈なのに嘘を私に付きおったのだ。正々堂々とな!」

「あの〜、シエル•ルゥーフ学園長。バージル先生は騎士団からお金を貰っていたのでしょうか?」

「ん?貴方はアビー•セクタフ嬢か?良い質問だ。そして回答は否だ。」


黄色掛かった赤色の髪のポニーテールを揺らし濃い蒼の瞳を煌めかせアビーさんは言った。

「ならば重籍では無いので、シエル•ルゥーフ学園長への報告漏れでしか無いのではないでしょうか。減棒はあっても解雇は行き過ぎでは無いかと。」

「何ぃー、アビー嬢は私に意見するのか!」

「シエル•ルゥーフ学園長、アビーさんの言葉は正論ですのよ」


金髪碧眼のスタイル抜群のとんでもない美人のミッチェルさんが言うとシエル•ルゥーフ学園長は言葉に詰まる。ミッチェルさんが公爵令嬢だからでは無く、エライザ学園の理事長の娘と知っているからだった。

「むむむ、だが私は許せんのだ。騎士団長の意のままに有能な学生を見つけようなんてな!」

「あの〜、度々すみません。」


またもやアビーさんが手を挙げて質問する。

「何だというのだ、アビー嬢」

「そのバージル先生は有能な学生とやらを既に見つけて騎士団に勧誘したのでしょうか?」

「あ〜、いや。まだ、だそうだ。その積りで探していたらしいが、バージル•ダンダウェンめは、心変わりして私に告白したのだ。」

「私には心変わりの理由は分かりませんが勧誘未遂ならば尚更、解雇は行き過ぎでは無いかと」


シエル•ルゥーフ学園長はアビーさんでは無く、ミッチェルさんの方を見る。ミッチェルさんは金髪を揺らして首を横に振る。シエル•ルゥーフ学園長が凄い苦虫を潰した顔をする。端正なエルフの美顔が歪んで見えた。

「ぐぐぐぐぐ!しかしだなあー!」

「シエル•ルゥーフ学園長!確かに教員の任命•罷免権は学園長にありますが、行き過ぎは理事会で問題となりますわよ。」


理事会とはエライザ学園に融資している有力貴族の集まりであり、問題提起を受けて都度会議を行い、学園側に通知しているのだ。ほとんどの事にはノータッチではあるが教員の去就や大まかな方針には口を出すことがある。

そして理事会の意向を学園側は受け容れるのが普通であった。


暫く教壇を睨み付けていたシエル•ルゥーフ学園長だったが顔を上げて言った。

「諸君のバージル•ダンダウェルへの熱意に負けて解雇は取り消し、数日の休職とする!やむを得まい。本日は休講とし、明日からわたしが講義の面倒を見る。」


言い負けたシエル•ルゥーフ学園長は自分に都合の良い言い訳をして更に続けた。

「尚、ミリ•リズーリ嬢、後で学園長室に来るように!話がある。」


さっとエルフらしく格好良く身を翻すとシエルルゥーフ学園長は教室から出ていった。

どっと教室が湧いた後にガヤガヤと話が始まった。ミッチェルさんとアビーさんがやって来る。隣のクロエもニヤニヤしながらあたしを見ている。

「なんや、やらかしたかんかいな?」

「そうですわ、学園長がミリさんを呼ぶなんて何かあったんですの?」


アビーさんは何も言わないが心配そうにあたしを見てる。少し離れた場所からはマクスウェルさん、クルチャさん、ナランチャさんが何やら話をしながらこちらを伺っていた。あ〜ん、嫌われないよねぇ。

「うん、ちょっと昨日は大変だったんだ。ミズーリ子爵領の知り合いに会いに行ったらバージル先生と出会ってね。」

「まぁ、バージル先生に何かされたんですの?」


ミッチェルさんの言葉は意味が違うだろうが訂正は必要だろう。

「ううん、助けて貰ったんだけど」


昨日の事は言い広める事じゃないし、言ったら心配を掛けるだけだから言葉を濁す。

「なら、何でしょうね、学園長の用事って」

「どうせ、ろくなことやあらへんで。さっきもアビーはんにも言い負かされておったし」

「ええっ、言い負かしてなどしてません!」


アビーさんがクロエに抗議する。

「まぁ何にせや、ミリは早う学園長の所へ行ってきいな。あたしたちとの話はまたやな」


クロエが助けてくれる。

「でも、何かあったらちゃんと話すんやでぇー」

「ありがとう、クロエ」


クロエの言葉を聞きながらあたしは建物を出て教員棟へ向かった。


教師棟の入口で管理人のおじさんに学園長から呼ばれ手いることを告げると連絡をしてくれたので場所を確認してから中に入った。場所は3階の一番奥の部屋というとこで階段を上り、通路を歩く。

突き当りの部屋にはドアの上に学園長室と書いてあった。あたしはドアを叩いて訪うと中から返事が有ったのでドアを開けて中に入った。


中には大きな机の前にソファが合って、そこにはバージル先生とナサニエラさんが座っていた。シエル•ルゥーフ学園長は大きな机の立派な椅子に座っていて、あたしを見るとバージル先生達の前に座るように言った。

「良く来たな、ミリ•ミズーリ嬢。そちらに座り給え。」

「分かりました、学園長」


あたしは大人しく従ってバージル先生達の前のソファに座った。あたしが座るとバージル先生はため息を付き、ナサニエラさんは小さく頭を下げる。よく分からないで学園長の方を向くとシエル•ルゥーフ学園長が話始めた。

「ミリ嬢を呼んだのは昨日の事実関係を確認する為である。昨日は何があったのだ、ミリ嬢」

「えーっと、学園長。何の話でしょうか?」


取り敢えず何を聞きたいのか分からなかったので探りを入れる。

「あー、バージル先生から昨日は因縁の魔族を倒すのにミリ嬢の助力があったと聞きたのだ。それは確かか?」


あたしはバージル先生を見てみてから学園長の方を向いて言った。

「えーっと、『ローデリア』という魔族をバージル先生が倒した事は確かです。わたしも魔法を使った事も本当です。でもそれほど助力出来ていたかは自信ありません。」


出来るだけ謙遜しておくことにした。だって、あんまり表立って評判になりたく無いからだ。ハンターのミリオネアだったら問題無いがエライザ学園の中で目立つのは宜しく無い。

「教師補助員のナサニエラも貴方には世話になったと言っていたが、どうなのかね」


ちょっと、ちょっとナサニエラさんたら!

「まぁ、ナサニエラさんの力になれたなら嬉しいのですけど」


どんな事を話したのやら、困るなあ

「んん~、ナサニエラは長年探し続けていた姉に再会出来たのはミリ嬢のお陰だと言ったぞ。」

「そうですか、でもそれは過ぎた言葉ですよ」


あくまで惚けて逃げないと不味いと思う。

「それで、ナサニエラは教師補助員を止めて姉と故郷に帰るそうだ。」

「まぁ、それはおめでとうございます。ナサニエラさん!」

「バージル先生の方は朝の解雇から数日の休職になった事を伝えたばかりだ。」


あたしは思わず手を叩いて喜んだ。

「まぁ、それは良かったです。バージル先生は素晴らしい先生ですもの!」


あたしが大袈裟過ぎたようでバージル先生が驚いている。合わせてくださいね、バージル先生。

「ああ、ありがとう。これからも頼む。」


まぁ、シエル•ルゥーフ学園長を宥めたのはあたしじゃないけど。むしろミッチェルさんやアビーさんに礼を言って欲しい。

「あの、学園長。わたしの用事はそれだけですか?」

「ああ、そうだ。何しろ二人からミリ嬢の名前が出たからな。一応、確認だ。」


うーん、学園長って思い込みが激しいのかな?あまり長居をするとボロが出そうなので早々に退散したい。

「では、学園長。わたしはこれで失礼します。」


返事を与える暇も無く、あたしは立ち上がりさっさと学園長室から出るとナサニエラさんもバージル先生も出て来てしまった。


するとふたりはあたしの腕を掴んで二階の一室に連れ込んだ。部屋は前に来たナサニエラさんの部屋では無くてバージル先生のものらしい。簡素なテーブルと椅子が置いてあり、本棚と勉強机があった。あたしを椅子に座らせるとふたりも席に付いて頭を下げた。

「すまん、ミリ嬢の話をしないと説明出来なくてな。」

「わたしも貴方の名前を出したのは軽率だったわ」

「ああ、いえ、いえ。大丈夫です!頭を上げて下さい。」


二人が頭を上げたのでホッとする。

「それでな、ミリ嬢。ナサニエラには既に渡してあるんだがミリ嬢にはこれを渡す積りだったんだ。」


バージル先生が部屋の隅から巾着の袋を持って来てテーブルに乗せた。カチャカチャと音がする。

「これは魔族討伐とワイバーン討伐の報奨金だ。金貨50枚ある。」

「ええっ、あたしはそんな功績無いですよ!」

「いやいや、俺を含めて金貨150枚を受け取ったんだが三等分、本来ならアルメラの分も含めて100枚ほど渡したかったんだ。そうしたら既にアルメラには50枚を渡しであると言われてな、ナサニエラと相談してミリ嬢にも渡す事にしたから受け取ってくれ。」


助かるけどこの二人はどこまであたしがしたのか理解しているのだろうか。あんまり高評価されても困るのだ。ナサニエラさんも受け取れと言うのでありがたく受け取る事にする。

「本当ならもっと貴方にはお礼をしたいのよ。でもこちらの世界では私もあまりお金は無くてね、御免なさいね。」

「俺もな、ミリ嬢には感謝してるんだ。またまたずっと追っていた魔族をふたりも倒す機会に恵まれてな。こんなことが無かったら無理だった筈だ。」

「いいえ、バージル先生の戦う姿はすっごく格好良かったです。ナサニエラさんも強かったし」


あたしは素直に二人を称賛する。

「バージル先生があの場に居なかったら魔族『ローデリア』にキュアポーションを奪われておしまいだったと思いますもん。ナサニエラさんとバージル先生が居たから魔族『メドギラス』を魔力枯渇まで追い詰められたので、アルメラさんが止めを刺せたんだと思いますよ。あたしなんか比べ物にならない程、お二人は強いですもの」


二人は苦笑した。そうだろうな、たった12歳の小娘に強いと言われて当たり前だとか返せないだろうし。

「ミリオネアとして精進すればもっと強くなれるのではないかな。」


そう言えばバージル先生はあたしのハンターとしての名前を知っていた。

「バージル先生はあたしがハンターとしてお金を稼いでいるのを良く知っていましたね。」

「ああ、それか。クロエ嬢を始め、何人かは既にハンターになっているのは把握しているぞ。」


ええっ、バレてるの?

「実は王都のハンターギルドに知り合いが居るから情報を得てる。」

「じゃあバージル先生はエライザ学園の生徒だけじゃなくてハンターの有能な人を探してるの?」


あたしが驚いて言うとバージル先生は少し慌てる。

「いやいや、騎士団の密命とかじゃないぞ。そいつの方から教えてくれるんだからな」

「ええっ、そんな奇特な人って誰ですかぁー!」

「ああ、多分気づいていないだろうがバンジーだよ。」

「バンジーさんが?」

「ああ、あいつは元A級のハンターだから買取で相手の強さとか分かるんだ。腕が立つ奴ほど不要な傷を魔物に付けないからな。ミリオネアと言うちっちゃなお嬢ちゃんの獲物が変だと凄く言ってたぞ。」


ああ、これはあたしのスキル『影』のことがバレてる訳だ。

「まるっきり傷が無い獲物を狩れる者は少ないんだ。特殊なスキルの持ち主にしか出来ん事だからな。しかも、アイテム袋の容量が規格外とか有り得んだろ。」


ああっ、お金を貯めることばかりで不用意過ぎてた。

「バンジーさん、他に言ってないでしょうね?!」

「大丈夫だろう。あいつは口も固い。俺が騎士になる前にハンターだった頃の仲間で、家が隣だからなだけだ。」


まぁ、バージル先生に言っても仕方ないけど、今度文句を言おう。

「ミリオネア、わたしの姉ウキヨエラにも会って頂戴。本人も礼を言いたいと言ってたわ。」

「ああ、済まない、ナサニエラ。俺ばっかり話してた。」


あたしはバージル先生の部屋からナサニエラさんの部屋に行くとウキヨエラさんが椅子に座ってお茶をしていた。

石像の時も綺麗だったが動けるようになって尚更その女性としての完成度が高い。美しさでいえばミッチェルさんに引けを取らない。ただこちらには色気のような迫力もあった。


あたしたちが部屋に入ってナサニエラさんがあたしを紹介すると立ち上がって丁寧にお辞儀をする。気品のある所作にさすがに天人の王族と感じる。

「ありがとう。貴方がナサニエラを助けて、あたしの石化を解いて下さったのね。」

「初めまして、ウキヨエラ様。ミリ•ミズーリと申します。」

「あら、そんな畏まらなくても良いのよ。昔は女王だったけど今はただの天人のウキヨエラよ。」


確かにウキヨエラさんが魔族『メドギラス』に石化されたのは100年以上の昔だ。幾ら天人が長命だからといっていつまでも女王を欠いたまま統治されていないだろう。きっと代理の天人が治めているのかな。

「ありがとうございます。ではウキヨエラさんと呼ばせて頂きます。」

「だから、礼を言うのはわたくしの方ですよ。」

「いいえ、あたしはただナサニエラさんが欲しがっていた、キュアポーションを売っただけですから」


劣化キュアポーションは沢山あるけど万が一を考えて石化解除の時はちゃんとしたキュアポーションをナサニエラさんに渡したのよね。

「それでもね。あたしの感謝を受け取って頂戴」


そう言ってウキヨエラさんがあたしに渡して来たのは小さなブローチだった。

青い花を押し花にしてガラスに封入し、白い大理石のような石で囲ったブローチだった。裏面には留め金と小さな輪も付いているので服の上にも髪留めにも留め金でペンダントトップにも出来る様だ。

あたしがしげしげと見ているとウキヨエラさんが説明してくれる。

「押し花は“ラージアの花“と言って浮遊大陸に咲く天(そら)から降り注ぐ魔力を溜め込む花なのよ。回りの石は“天王石“と言って浮遊力を発生させる石なの。」


そんな貴重な物を頂く訳にはいかないと思って返そうとするとウキヨエラさんはあたしの手を包んで、言った。

「これは私の感謝の代わりなの。受け取って欲しいわ。」


そこまで言われたら返せない。

「それにこのブローチは天人族の友好の証でもあるからこれを見た天人族はミリオネアさんに協力してくれるわ。」

「ありがとうございます。こんな貴重な物を」


優しく微笑むウキヨエラさんは天女のようだ。

「これはね、花に魔力を込めると天王石の浮遊力が開放されて魔力を込めた者を浮遊させてくれるのよ。」


まさかこれがないとウキヨエラさんが浮遊大陸に帰れないなんてこと無いよね。少し心配しているとウキヨエラさんは言った。

「何か心配してくれているけど大丈夫よ。それで使い方の説明するわね」


ウキヨエラさんが説明してくれる方法で試すと体がふわりと少し浮き上がった。身体強化の浮き上がりとは違い体重が軽くなるような浮き上がり方だった。この力を使えば現実世界でも影の世界のような移動が可能な気がする。

「ありがとうございます、とても素敵な物を。」


近くで聞いていたナサニエラさんも嬉しそうだ。それでいつ帰るのか聞くと浮遊大陸が近くを通るのがもっと南の紛争地帯を抜けた岬らしい。そこで暫く待てば浮遊大陸から迎えが来るのだと言う。

浮遊大陸にも魔法便を飛ばすことが出来るのでナサニエラさんはずっと浮遊大陸の王宮とも連絡を取っていたらしい。今はウキヨエラさんの娘サマヨエラさんが代理女王らしいが、まだ幼年ということで宰相としてウキヨエラさんの旦那さんが仕事を回していると言う。ウキヨエラさんって結婚してたんだね。とても子供を持っている人に見えない体型だよ。

幼い体型と顔立ちのお母様だってお腹がァーとか気にしてるのに。


あたしは南の紛争地帯を抜けての岬と言うので心配になった。せっかく一緒に帰れるのに危険は避けて欲しい。

だからあたしは影の世界の鍵を二人に渡して、送って行くことにした。


空を飛ぶ影従魔『レリチア』に送らせる。もちろん誰にも内緒にして貰うが、二人は天人族でもう滅多なことでは地上に降りては来ない筈だ。影の世界の不思議さを堪能し欲しい。


あたしが教師棟を出る頃にはお昼を回ってしまっていた。う〜ん、クロエ達はもう帰ったよね。気になったあたしは教室に戻って見るとクロエだけが机に突っ伏して待っていてくれた。

「く、クロエったら!」


あたしがクロエを揺すると起きた。うー、涎を垂らしてるよ。男の子には見せられない醜態だ。

「あっ、ミリ!戻って来た!」


あたしがハンカチを出してクロエの唇の涎を拭いてやるとニヒヒと笑う。

「待っていてくれたのね。遅くなってゴメンね。」


あたしはクロエに謝ってから言った。

「まだ、お昼食べてないでしょ?これからアルメラさんのいる商家『薔薇』に行くけど一緒に行く?アルメラさんを紹介するわ。」

「おー、ミズーリ子爵領でミリが世話したと言う、アルメラ!」

「もう、違うわよ!」


変なことを言っているが手を繋いで影の世界へ行き、そのまま商家『薔薇』の近くの影から現実世界に戻る。手を離そうとするとクロエが離さなかった。仕方ないのでそのままドアを開けて中に入って行くと少しクロエが驚く。そうよねーと思いながらずんずか進み、声を掛けた。

「ユメカさーん!いらっしゃいますかぁ〜」


中からユメカさんじゃなくてアルメラさんがやって来た。

「おお、ミリオネアじゃ。良う来た。丁度ユメカと話をしておったのじゃ。ん?誰じゃ?」

アルメラさんがクロエを見て言うので紹介する。

「前に言った友人のクロエよ。」

「クロエリアや、よろしゅうな」


相変わらず友達に話すタメ口だ。

「儂はアルメラじゃ、知っとるか?」

「うん、ミリから良く聞かされてるんよ」


クロエはあたしとほぼ同じ背丈でアルメラさんはちょっと小さい黒狐族だから、何かおかしな構図だ。

「まぁ、中に入るのじゃ。ミリオネアには話もあるでな」

「あたしもアルメラさん達に話して置きたい事があるの」


そう言ってあたし達は応接室に入ると食事を終えたらしく、片付けを始めたユメカさんがいた。

「いらっしゃい、ミリオネアさん」

「こんにちは、ユメカさん」


ユメカさんの視線がクロエに向かって居たので紹介する。

「ユメカさん、この娘はあたしの友人のクロエです。」

「クロエリアや、よろしゅうな」


あくまでクロエはハンターの通称を使うつもりなようだ。

「こちらこそ・・・あれ?もしかしてクロエ•オードパルファム様ではありませんか?」


ユメカさんはクロエの身分を知っているのか、聞いてくる。

「んん~、そうなんよ。どっかで会った事あったかいな?」


ユメカさんは慌てて片付けていた食器を置いて言った。

「以前、パルファムで商売の許可を頂きに領主邸へお邪魔しました。その時もう少し幼いクロエ様にお会いしました。商家『ローズ』のユメカ•ローズです。」


態度を改めたユメカさんにクロエは考えてから言った。

「済まんなぁ〜、覚えておらんわ。」


苦笑しながらユメカさんは言った。

「当然でしょうね。まぁお気になさらず。あっ!そうだ。ミリオネアさん、食事はまだですよね。直ぐに持って来ますから待ってて下さいね。」


ユメカさんは答えを聞く前にトレイを抱えて奥に引っ込んでしまった。まぁ、話が終わったら隣の喫茶店で食事をする積りだったから良いか。

ユメカさんが行ってしまうとアルメラさんがソファに座ってろと勧めてくれたのでそうする。

「それでな、ミリオネア。昨日の件で騎士の従者がやって来て報奨金を置いて行ったのじゃ。」

「ええ、知ってます。今日バージル先生からあたしの分を貰いました。」

「そうか、儂はこれをミリオネアに渡そうと思ってたのじゃ」


アルメラさんは自分の報奨金を全部あたしに渡そうとする。

「何を言っているんですか!それはアルメラさんの分で同じだけあたしも受け取ってます!」

「いやいや、儂が本懐を遂げられたのはミリオネアのお陰なのじゃ。礼をさせてくれ。」


あたしとアルメラさんの話を良く分からない顔をしてクロエが聞いている。

そこでアルメラさんに断った上で掻い摘んでクロエに昨日の事を話す。話を聞くに連れて自分でもとんでもない事だなぁと思っていたら、クロエが変なことを言い出した。

「なんや、なんや、そないな事しとったんかいな。何でわっちを呼んでくれんのや」

「だって、幾らクロエが強くったって、魔族だよぉ〜。凄かったんだから!あのバージル先生だって攻め切れなかったんだから!」


するとクロエが顔に手をやって天を仰いだ。手を離してあたしの肩を掴んで言う。

「前に、ミリがわっちのスキル『覚醒』にはまだ隠している事が有るって言ったやろ。その通りやで。」


息を吸い込んではっきりとクロエが言った。

「わっちのスキル『覚醒』は魔族特効のスキルなんや。ほら、勇者伝説のスキルがわっちのスキルと同じじゃないかと言う話があったやろ。」

「うん」

「スキル名はちゃうねんけど、同じ力が有って『覚醒•勇者』を使うと魔族の力を封じる事が出来るんや。スキルだけでなく魔力を使う事も出来んようになる上にわっちの『身体強化』が倍になるえげつのう効果や」


クロエの言葉の意味が分かるまで暫く時間が掛かった。

「詰まり、相手の魔族は魔力を使うこともスキルを使うこともできずに『身体強化』20倍のクロエと戦う事になるの?」

「そうやねん」

「魔族なら相手を選ばないの?」

「そうやで」

「確か魔族『メドギラス』は魔王ブレイエスがディンブレス教団の教主って言ってたよ。」

「ほんまもんの『勇者』スキル持ちが出とらんからそいつは潜王ちゃうやろか」

「潜王?」

「詰まり、自称ってこっちゃ」

「じゃあ何、クロエはその潜王である魔王ブレイエスも倒せるの?」

「そいつがわっちの『身体強化』20倍よりも強ければ無理や」

「「うわぁ〜」」


話を一緒に聞いていたアルメラさんまで驚いていた。

チートだ!

えっ?チートって何?チートとはずるい能力の事。ああ、なるほど。


ちょうどそこへユメカさんが食事をワゴンに載せて持ってきてくれた。二人分なのでトレイでは無理だった様だ。

載せられていた料理を見てあたしは嬉しくなった。それはお米を野菜と一緒に炒めた物だったからだ。

笑顔になったあたしを見てアルメラさんが言った。

「何じゃ、ミリオネアは焼き飯を知っているのか?」

「ええ、ミズーリ子爵家では昔から食べてます。」


主にあたしが言い出して無理に作って貰ったのが始まりだけど。ちょうど食べたかったのよね。パンも好きだけど無性に食べたくなるの。

見るとクロエも驚いていない。

「クロエも食べたことあるの?」

「無論やで、オードパルファムじゃあ弓月国からの由来の食べ物が多いんやで」

「あら、これはね。焼き飯とはちょっと違うわよ。」


ユメカさんが言った。

「これはね、タワンの食べ物チャハンと言うのよ。」


頂きますを言ってスプーンでチャハンを掬って食べる。芳ばしい油の香りがして美味しい。この油は普通に使われる物とは違うようだ。

「なんや、この味と香りは?」


あたしと同じ感想を抱いたクロエが声を上げる。

「ふふふ、そうでしょう?この油は食用花の種から絞った特別な油なのよ」


油と言えば大抵の炒め物は動物の脂を溶かして使うので動物の臭みと粘り気を感じるので少量しか使われない。もちろん植物由来の油もあるがとても高価だ。喫茶店で使える値段ではない。どんな食用花の油なのだろうと思う。

「最近増えてきたナハナという黄色い可愛い花なのよ。蕾のナハナは茹でて『しょうゆ』で味付してもエゴマと搦めても美味しいわ。」


あたしにはナハナと聞いて“菜の花“が思い浮かんだ。春先に畑一面に咲き乱れる“菜の花“はとても綺麗だ。見たことも無いのに浮かんで来たのはアン様の記憶だろうか。

『しょうゆ』は赤黒い塩気の強い調味料でパルファムでも見た。ユメカさんの言い方だとショユと聞こえる。

エゴマは植物のタネから絞った油だ。葉っぱを食べる事もあるし、植物由来の油として良く使われる。もちろん安くは無い。

「何処で採れるんですか?」


食べながらあたしはユメカさんに聞く。

「うふん、マイタン子爵領よ。知ってる?稲作が盛んでお米が採れる領地なの」

「ええ、知ってます。お父様とマイマイ子爵はお友達です。」

「あらそうなのね。お米を買っているから安く手に入るのよ。食用花として買ってだけど、これからはエゴマの代わりに使おうかと思ってるのよ。」


なるほど、後でお父様に言っておこう。もしかしてもう知っているかも知れないけど。うん、油の香りがとても美味しい。

あたしとクロエは一緒に用意してくれた「しょうゆ」を薄めたようなスープを飲んであっという間にたべ切ってしまった。


食事で話が中断してしまったがあたしはクロエに言った。

「クロエが居てくれたら確かにもっと簡単に魔族を撃退出来たかも知れないけど、アルメラさんもナサニエラさんもバージル先生もみんな魔族『メドギラス』に因縁があったのよね。だからこれで良かったの。」

「なら、今度魔族絡みがあったらちゃんとしわっちに言うねんで、ミリ。」


少しクロエが前のめりになりながらあたしに言うとアルメラさんが笑った。

「仲が良いのじゃの。ミリオネア、お主が言った通り儂の因縁が解けたのはお主のお陰なのじゃからこれは受け取ると良いのじゃ。」


そこまで言われたら拒否できないので礼を言って受け取る。

「さて、これで儂の要件は終わりじゃ。明日にでもミズーリ子爵領に帰るとしよう」


クロエと食事に邪魔されたがナサニエラさんの事をアルメラさんに話す。

「石化が解けたウキヨエラさんとナサニエラさんは天人族の浮遊大陸に帰りました。二人にも渡したんですが、アルメラさんにも一応渡して置きます。」


あたしは影の世界の鍵をアルメラさんに渡す。怪訝な顔をされたが説明をして置く。また、いつかアルメラさんと影の世界を通るかも知れないからだ。クロエが欲しがったのでクロエにも渡す。あれぇ、渡してなかったっけ?


ユメカさんからクロエは隣の喫茶店にも来てくださいねと念押しされていたがまた来ると言って商家『薔薇』を出た。

「次は何処に行くんや?」


クロエが聞くのでハンターギルドだと教える。何だがあたしに付き合ってくれる様だ。そのまま歩いてハンターギルドへ行くと昼過ぎのせいかとても閑散としていた。受付にアリシアさんの姿も見えたがバンジーさんの所へ行く。

「おう、ミリオネア。クロエも一緒か、買い取りか?」

「そうです、裏で良いですか?」


あたしが言うと怪訝な顔をしたが直ぐに奥に行ったので付いていく。クロエの自称クロエリアは中々覚えて貰えない様だ。

裏の倉庫に行くとハンター証を渡して、指示された場所に魔物を出す。バルフロッグを出していたら思い出した。あっ、いけないアルメラさんが狩った分を忘れていた。後でミズーリ子爵領に帰った時にでも渡そう。

「バルフロッグが12匹だな。ちょっと良いか、ミリオネア。」

「何でしょうか、バンジーさん」


バンジーさんは一匹のバルフロッグを指して言う。

「このバルフロッグだけ、刺殺されているんだが何でだ?」


バンジーさんが指したのはアルメラさんが見本で狩ったバルフロッグだった。

「ああ、それはあたしの知り合いが狩ったのをあたしが預かっていたんですよ。」

「はぁ、そうか。いやいやバルフロッグ狩りの見本みたいな狩り方だからな。気になった。」

「でしょうね。ベテランの方だから普通の狩り方を教えて貰いました。」


ちょっと嫌味な言い方にもなったけど言いたいことは言わせて貰おう。

「そうか、全部で262800エソだ。金貨26枚はギルド預かりて、残り銀貨2枚と銅貨8枚は渡すぞ。」


バンジーさんは直接手に渡して来たので腰の巾着にお金を入れて気が付いた。

「そうそう、バンジーさんてバージル先生とお知り合いだそうで。」

「おお、そうだな。」

「あんまり人の事をペラペラ話さないで欲しいんですけど!」

「おお?そ、そうだったか?」

「しっかりとバージルについてから聞きました。お隣に住んで居る上に昔のお仲間だったそうですね!」

「あ、いやぁ~すまん。あんまりにもミリオネアが規格外だったからつい話しちまった。」

「聞いたらクロエの事も話したらしいですねっ!」

「なんや、わっちの事も話したんかいな。」

「職業上知り得た個人情報をペラペラ話すなんて酷いです!」


慌てるようにバージルさんが弁解する。

「あ、いや、話したのはバージルの奴だけだから勘弁してくれ!すまなかった。」


頭を下げて来たので少しスッキリした。

「他には居ませんよね、話した相手。」

「ああ、居ねえぞ。まぁギルマスには報告してるが、そりゃ仕事だ。」


まぁギルマスに言うのは仕方無いけど。

「もう、誰にも言わないで下さいね。言ったらアルマントさんに言いつけますから!」


あたしとクロエは倉庫からギルドに戻ったら受付嬢主幹のアリシアさんが居たので話し掛けた。

「アリシアさん、ちょっと良いですか?」

「あら、クロエとミリオネアさん」


何故かクロエは呼び捨てだった。

「実は相談があるんですけど。ハンターギルドにお金を預かる事出来ますが?」

「ええ、出来るわよ。ハンター証とお金を出して下さる?」


言われたようにあたしはカウンタに自分のハンター証と報奨金の入った袋を2つを出した。一つは自分の分でもう一つはアルメラさんから受け取った分だ。

主幹受付嬢のアリシアは席の隣の魔導具にハンター証を置いて、袋の中身の金貨を魔導具の中に入れ始めた。何か操作すると言った。

「金貨100枚ですね。全部を預かりにすることで良いのね?」

「はい、それで良いです。」


隣でクロエが驚いている。

「なんや、ミリ。お金持ちやなあ」

「うん、昨日の報奨金とアルメラさんから預かった分よ」

「なるほどなぁ、そうやって仕送っているんやな」

「うん、うちはお金が必要だから。」

「事情は知ってるけど大変やなあ。わっちは気楽や」


クロエに悪気が無いのは分かっているけどちょっと複雑な気分だ。

「はい、完了しました。」


アリシアさんからハンター証を返して貰ってあたしとクロエはハンターギルドから出た。

「これからどうするんや」


クロエが聞いたが、今日やるべきことは終わったので後は帰るだけなのだかまだ時間はある。

「クロエは何かやりたい事無いの」

「う〜ん、特に何もないかな」

「それじゃちょっとお茶してく?」


クロエが頷いたのであたしたちは大通りに出てお茶が飲める店を探す。見ると前にリリスお姉ちゃんが友達と居たお洒落な店があったので入って見る事にした。


店の名前は『オオトナ』とあった。店の中でも外のテーブルでも使えるようだった。あたしとクロエは店の中の席に座った。提供しているのは紅茶を始め、色々な果物のジュース、飾り付けられたクッキーの類だった。

店員がやって来てメニューを置くのでお勧めを聞いてみると紅茶のセットがあったのでそれにする。クロエはコーヒーのセットを頼んだ。


午後のひと時といった感じでそれなりに人はいたが混んでは居なかった。クロエと店の感想を言い合い、あたしは出てきた紅茶セットを楽しんだ。クロエは初めてだったらしいコーヒーを苦い顔をして無理に飲む。

周りでコーヒーを飲んでいる人を見ると白い粉やミルクらしき物を入れているようだった。最初に頼まないと出て来ないようで、クロエは無理をしながらクッキーを摘む。


甘みは少ないがコーヒーの苦さを誤魔化すには良かったようだ。紅茶の香りを楽しみ、クッキーの僅かな甘みをあたしは堪能出来たが、クロエには苦い経験になったようだ。


外へ出てからもひとしきりそんな紅茶とコーヒーの話をしながら、次は何処へ行こうかなんて話をした。何だがクロエが戯けてあたしの気を紛らわせてくれているような気がした。


結局は近くの雑貨屋などを見て回っただけで他に何も買うことなくエライザ学園の寮に戻る事になった。ちょっとした時間だったが楽しくクロエと過ごせた気がする。


寮に帰って魔法クリーンで埃を払っているとリリスお姉ちゃんが疲れた顔をして帰って来た。リリスお姉ちゃんが着替えをしながら話してくれた事は例の課題の事だった。テーマは決まって、図書館で調べ物をしてだいぶ疲れたようだった。課題の提出は次の休み明けになるので何日かは遅くなってしまうま日が続くかもと教えられた。少し寂しいけど仕方ないよね。


食堂で夕食を食べながらクロエと王都の『オオトナ』で紅茶を飲んだ話をすると羨ましそうにリリスお姉ちゃんに見られた。一緒に行きたかったらしいのでリリスお姉ちゃんの課題が終わったら必ず行きましょうねと念押しされた。


お風呂に入りながら商家『薔薇』でアルメラさんと話した事とタワン料理のチャハンと言う米料理の話をすると焼き飯を別の場所で食べたがとても美味しくなかったと言った。う〜ん、一体何処でリリスお姉ちゃんは食べたんだろう。


寝巻きに着替えてベットに座るとリリスお姉ちゃんから今日あったことを聞かれる。何でもバージル先生が解雇されたとか言う噂が飛び交い、あたしたちの教室でシエル•ルゥーフ学園長が来て騒いだと話が盛り上がったのだと言う。

だからあたしはミッチェルさんとアビーさんにやり込められて解雇は撤回されて数日の休職となったのだと教えた。


そして明日から何故かシエル•ルゥーフ学園長がバージル先生の代理で授業になる事を言うと何故かリリスお姉ちゃんから羨ましそうに言われた。何でも学園長はとても博識なので話を聞きたいと思っている生徒は多いのだそうだ。

ええっ、あの思い込みが激しそうな残念エルフがそんなに高評価なのと思ってしまった。


勉強で疲れて居たのかリリスお姉ちゃんは話を聞くと安心したのもあったようで早々にベットに入って眠ってしまった。少し、リリスお姉ちゃんと一緒に寝たかったと思いながらあたしも休む。


















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