第51話

見る見る大きくなってバサバサと翼を羽撃いて降りてきたのはワイバーンでは無かった。もっと凶悪な魔物だった。それは竜だった。

全身が濃い緑の鱗に覆われ、顔を黒い鱗で縁取られ、しかも背中には鞍が着いていた。明らかに騎乗のための物だ。


あれは?

緑竜と言われる竜種の中では小柄な竜で主に深い森に住む言われる。

小型?あれで?

ローデリアが乗ってきたワイバーンよりも一回りは大きい。そして口から見える牙は無数に見えるよ?

終わった、もう完全にあたし達の負けで終わりだ。


緑竜は着地してトコトコと魔族『メドギラス』に近付くと

ニャー

と鳴いた。


ええっ猫?と思ったが違った。

ニャーニャーニャーニ、ニャニャ

なんか喋っとる。


緑竜が魔族『メドギラス』に話し掛けていたようだ。ええっ、魔族『メドギラス』もニャーって返事をするの?あたしが見ていると魔族『メドギラス』は普通に話した。

「良く来た、そうだ終わりだ。」


魔族『メドギラス』は緑竜の言葉が分かるようだ。そして、ローデリアとワイバーンが居た場所を見て目を見開いた。

「何ィー!」


魔族『メドギラス』は視線を彷徨わせる。

いつの間にか倒れて居たバージル先生の所にはあの黒ずくめの男達がバージル先生を助け起こそうとしていた。どうやら魔族『メドギラス』が緑竜を呼んでいる隙にバージル先生を救い出そうとしていたようだ。


気配を消せるって便利だよね、とあたしが変な感想を抱いていると魔族『メドギラス』が怒鳴った。

「貴様らァー!ローデリアを何処にやったぁー!」


どうやら黒ずくめが魔族ローデリアを何処かにやったと思ったようだ。魔族『メドギラス』が緑竜に右手を掲げ、待てをさせてズカズカ黒ずくめに近付いて行く。

黒ずくめがバージル先生を引きずりながら退いて行く。魔族『メドギラス』が歩みを早めると同じ速さで黒ずくめ達がバージル先生と一緒に退いて行く。

意外と黒ずくめ達って有能?


埒が空かないと考えたのか魔族『メドギラス』が走りだそうとした時に黒ずくめ達が何かを前に投げた。

黒い筒のような物はコロコロするといきなり爆発した。投げた数は4個、4回魔族『メドギラス』の前で巨大な爆発が起きた為に魔族『メドギラス』は立ち止まり、両腕で顔を庇う。


そして、立ち昇った煙が消えた後には黒ずくめもバージル先生も居なかった。魔族『メドギラス』が対応出来なかったと言う事はあの黒い筒は魔導具だったのだろう。

爆発を起こす魔導具なんて知らない。

「くっ!何処へ・・・ぬう」


黒ずくめ達は気配を消すのが上手い。さすがの魔族『メドギラス』でも見つけられなかった様だ。


だからか怒りの面持ちでこちらに歩いて来る。だよね~、動けなくて倒れていナサニエラさんを無視するよね。そうしてくれたから助けられたんだけどねぇ。

木の陰からこっそり覗いているあたしと木に凭れ掛かって気絶しているアルメラさんを見たらあたしの向こうところに来るよね〜。


で、あたしにどうしろと!

森の近くまで来た魔族『メドギラス』が言う。

「お前、ローデリアとワイバーンがどうなったか見てただろ?!」


話すだけで怖い。あたしは飛び上がって更に後ろの木の陰に移動する。

「み、見てません!し、し、知らないですっ!」


実は知ってます。あたしが影従魔『ルキウス』と『レリチア』に言って影の世界に引き入れました。

「嘘を付くなぁー!!」


魔族『メドギラス』の声はビンビン響いて森の中を反響する。

「ひ、ひぇ〜💦」

「分かって無いようだから思い知らせて殺るぅ!!」


魔族『メドギラス』が先程まで用心していたが問題無いと考えて森の中に踏み込んで来た。

少しふらついているのは魔族と言えど魔力を使い過ぎているのかも知れない。限界が近いから緑竜なんて物を呼び寄せたと考えるのは都合良すぎるのだろうか。


魔族『メドギラス』が木の影の下、アルメラさんが寄り掛かっている目の前を通り過ぎようとしたその時、あたしは『影操作』で魔族『メドギラス』を搦め捕った。


ぐぃと進もうとして進めない事に気付いて魔族『メドギラス』は横のアルメラさんを見やる。アルメラさんの仕業と考えたのだろう。

アルメラさんは人差し指を前に突き立てて俯かせていた顔を上げてニヤリと笑った。慌てて魔族『メドギラス』が頭を庇おうとしたが遅かった。


アルメラさんの人差し指から発せられた炎の筋はアルメラさんの残りの魔力を全てを絞り込んだ一撃だった。アルメラさんを木陰に退避させた時にあたしが指示を受けて居たのは「アルメラさんの眼の前で動きを封じろ」だった。

アルメラさんの起死回生の炎の筋は見事に魔族『メドギラス』の額を焼き焦がした。


魔力が尽きそうなのに加えてあたししか無事でないのを見て魔族『メドギラス』は『身体強化•極』も『魔力纒•極』も使っていなかったのだ。

魔族『メドギラス』の頭が炎に包まれ髪を燃やし、角を焦がす。強力な炎の余波で森の木の葉が燃え上がり、辺り一面に散って行く。特別な炎だったのか頭を包んだ炎はなかなか消えなかった。


あたしの『影操作』の拘束もあってか、動きが鈍かったが、魔族『メドギラス』の魔力が急速に高まる。『魔力纒•極』ほどでは無かったがアルメラさんの魔力の炎を吹き散らかすには充分だった。

ガアアアアアァー


叫び声と共になんと、あたしの『影操作』の影を引き千切ってしまった!

影が木の葉のように千切れ飛んで行く。

あり得ない!

どんな力がある魔物だってこの影の拘束から逃れた事が無いのに、魔族は別だとでも言うのだろうか。


でも、そのせいか魔族『メドギラス』はガックリと膝を付く。改めてあたしは『影操作』で拘束するとそのまま影の世界へ引きずり込む。

なぜなら、魔族『メドギラス』が叫んだせいで緑竜がこちらに近付いて来たからだ。ほとんど魔力枯渇状態とはいえ、魔族と緑竜を同時には相手に出来ない。


あたしが魔族『メドギラス』を相手にしている間に影従魔『ルキウス』と『レリチア』に任せる。現実世界には出れないが影の世界からの攻撃は少しは出来る筈だ。


影の世界に引きずり込んたというのに魔族『メドギラス』は生きていた。魔力が枯渇していると思ったのに何故か影に侵食されて居ない。どうやってか耐えているのだ。

「くっくくくく、お前が影使いだったとはなあ」


声が聞こえない筈なの聞こえとる。良く見たらあたしは『影操作』で魔族『メドギラス』を拘束したまま、影の世界に移動したのだった。こんな事をしたのは初めてだったかも。

影繋がりで声が聞こえるようだ。

「何とか言ったらどうだ、影使い」

「・・・なんであんたは影の世界で生きてられるの?」

「くっくくくく、影使いの癖に“影“の何たるかも知らんとはな。」

「良いから答えて!」

「影とは“闇の魔力“よ。“光の魔力“と対になる物だ。お前はここを影の世界と言ったがここは闇の世界だ。現実世界が光の魔力で作られるかわりに対となる闇の魔力で作られる闇の世界がここだ。」

「なんでそんな事を知ってんのよ!それに何を言ってんのか全然意味わかんない!」

「オ・レはもうじき死ぬ。魔族の頂点まで後僅かだったのに失敗してしまったか。影に囚われた者は魔力で抗わねば助からん。」

「あんたの事なんかどうでも良いのよ!それより教えて頂戴!それによっては助けてあげても良いわ!」


助ける積りなんてちっーとも無いのに口からでまかせが出る。

「・・・何が聞きたい」


さっきより魔族『メドギラス』に力がない。

「『ディンブレス教団』の事よ」

「・・それは・・・現魔王ブレイエスが唱えている教団の・・事だな。奴はずっと『魔神ディンの神子』を探している。影使い、お前のことだ!」

「あたしはそんなものじゃないわ!」

「奴らは影使いが神子だと考えて・・いる。」

「だから!あたしは違うわ!」

「・・お前が望まなくても・・奴らは・・オ・レならば阻止してやるぞ、くくく。」

「あんたの目的は何?」

「・・オ・レは・・世界・征服さ・・・」


何れにせよ、ろくなもんじゃ無かった。

「魔王は神子を見つけてどうする積りなのよ!」

「・・・し・ら・ん」


もう力が残って居なかったらしく、幾ら問い詰めても答えは無かった。


あたしは影従魔『ルキウス』と『レリチア』が緑竜をどうしたか見ると直ぐに2匹はやって来て教えてくれた。

どうやら逃げられたらしい。


まぁ仕方無い。あたしは魔族『メドギラス』を現実世界に戻し、ローデリアもワイバーンも同じ場所に戻した。ハンターギルドに出せば幾らになるのだろうとは思ったがお金よりも問い詰められる事が怖い。


まぁアルメラさんもナサニエラさんも時間が経てば復活する筈だ。ナサニエラさんには魔族『メドギラス』が気付かない内に影従魔『ルキウス』にポーションを掛けさせて置いたから、気づけは大丈夫だろう。

アルメラさんは魔力枯渇だから寝て起きれば大丈夫だろうし、バージル先生は黒ずくめ達が助けてる。何よりあたしは怯えていただけで何もしていない。


うわぁ~魔族『メドギラス』の乱暴を思い出しただけで震えが止まらない。

魔族『ローデリア』だってとんでもない実力者だったし、魔族ってみんなあんなのかと思うと恐ろしい。


あたしは木の陰で何となくアルメラさんを見ながら考えていた。貴族社会ではスキルを口外しないので広まってはいないが、魔族が貴族の誰かに調べさせたらスキル『影』を知って、きっとあたしにたどり着くだろう。

ああ、憂鬱だ。


夕陽が沈む頃、遠くから沢山の人が歩いて来るのに気が付いた。鎧の音もするから騎士の人達かも知れない。気疲れなのかあたしは起き出す事もしないでそのまま待っていた。

ぼんやり見ていると騎士達がナサニエラさんを助け起こし、あたし達の所へ来て、アルメラさんに声を掛けた。

「おい、大丈夫か?」


揺すられたアルメラさんが目を覚まし、叫ぶ。

「メドギラスは?奴は?」


アルメラさんに声を掛けた騎士が首を振ると魔族『メドギラス』が崩れ落ちているのを見つけて叫ぶ。

「殺ったのか?殺れたのか?」

「ああ、この魔族は事切れているぞ」


騎士が答えてやるとアルメラさんは安心したのかあたしの所へ来た。

「おお、ミリオネア、やったな。」


あたしは休んだせいで立ち上がれた。

アルメラさんは喜びのあまりあたしに抱きつき泣いてしまった。まぁ黒狐族の仇が討てたから嬉しいのだろう。

近くにナサニエラさんも寄って来て、魔族『メドギラス』を見て泣き崩れていた。騎士達も泣いている2人を急かす事もなく待って、落ち着いた所で王都に戻る事になった。


今は感動で考えてないだろうけどナサニエラさんはキュアポーションが壊れた事を思い出したらどうなるんだろう。きっと落ち込むんだろうなあ。


騎士達は徒歩だけでなく馬車も用意してくれていて、あたし達は乗って帰る事になった。でもあたしは寮に帰れずアルメラさん、ナサニエラさんと共に騎士団の事情聴取をされる事になっている。気が重い。


馬車の中には護衛と言う名目でひとり騎士が乗っているので内密の話が出来ない。でも、聞いちゃえ!

「ねえ、ナサニエラさん。」

「え、何ですか」

「なんでバージル先生がナサニエラさんと一緒に現れたんです?もちろん、ひとりで来いとは言ってなかったですけど、意外過ぎます。」

「ああ、その事か」


ナサニエラさんはそう言ってあたしの手紙を持って学園長シエル•ルゥーフに会いに行った時の事を教えてくれた。

あたしからの連絡が来たのでオークションの主催者への要望を取り下げて貰いに行った所にバージル先生がいたのだそうだ。その時バージル先生が護衛として同行する事になったそうだ。


ナサニエラさんは魔族が現れるかも知れない事は伏せていたが少し察せられていたようだ。と言うかオークションでの魔族の出現は王宮を初め一部の高位貴族の間では議論の的となっていたそうだ。


ちょっとバージル先生から聞かされてナサニエラは同行を許したというより学園長からも強要されたと言った。まぁ結果的に助かったんだけど、少し釈然としない。


逆にナサニエラさんは自分が殺られた筈なのに無事なのが逆に釈然としない様だ。まぁ気にしないで欲しい、無事だったんだから。少しあたしを疑惑の目で見るのは止めて欲しいんだが。後で話をしてあげよう。


アルメラさんは始終ニコニコだ。止めを刺したのは実質的にアルメラさんだし、あたしはただの囮だったんだから。

「それにしてのう、ローデリアを含めワイバーンに対する攻撃は良かった。さすがのC級ハンターじゃわ。魔族『メドギラス』を牽制した水魔法も中々じゃったし、かなり腕を上げたのう、ミリオネア」


うわ〜、変に持ち上げないで。同乗している騎士があたしを胡乱な目で見てるんですけど。

「ちょっとぉー、アルメラさん!褒め過ぎですよぅ!」


ここは出来るだけ否定して置かないとアルメラさん以上に功績があることになっちゃう。ミリ困っちゃう!

「それより分かんないのはバージル先生ですよぅ。『閃光』の戦鬼バージル•ダンダウェルって何ですかぁ」

「ふむ、『閃光』の戦鬼が教師とはのう。」


何だが昔を思い出しているようなアルメラさんだったがあたしが二つ名の事を聞くと話してくれた。


9年ほど前にエライザ王国の南西にあるインデラ国とオーロソン王国に紛争が起きた。オーロソン王国と友好国であったエライザ王国かれ援軍が出された。

王都騎士隊と呼ばれる第二騎士団1000名の中から選りすぐりの騎士200名が派遣された。ハンターギルド、狩人ギルドからも腕に覚えがある者が50名あまりが参加した。

バージル•ダンダウェルとアルメラさんもその中にいたそうだ。バージルはまだ若手の中の一人に過ぎなかった。アルメラさんはといえば既に狩人ギルドマスターだったけどオーロソン王国に黒ずくめ狐族か住んで居ると言う情報を聞き助けに向かったのだ。


紛争は領土をオーロソン王国が奪われた為に奪還する為に起きたものだった。インデラ国の兵は練度が高く、オーロソン王国の騎士では歯が立たなかった。

用いてる剣は半月刀と呼ばれる幅が広く切れ味鋭い。なまくらな剣では簡単に折らてしまうのだ。だからといって相手の半月刀を奪って振るおうものならたちまちその重さに耐えかねて投げ出してしまう。その重い半月刀を片手で振り回し、魔法を防御する小盾をインデラ国の兵は装備していた。


インデラ国の兵の装備も部分鎧ではあったがオーロソン王国の騎士の剣を跳ね返す事の出来る強度を持っていた。連携して戦うその戦い方は鈍調ではあったが確実に前進してくるのだった。

騎馬を用いたくても切り取られた領土は平地では無かった。魔法を放っても盾を並べ建てて無効化され、あまりにも相性が悪かった。対応出来たのは重いフルプレートメイルに身を包んだ重騎士だけだったがオーロソン王国にはその数が少なすぎた。それ故にエライザ王国に助けを求めたのだった。


とは言ってもエライザ王国の騎士もオーロソン王国の騎士とそう変わらなかった。だが、その中でずば抜けて相手を圧倒していたのが若きバージル•ダンダウェルだった。

『特殊強化』と風魔法はバージルの移動速度を雷の如き速さにした。そして正確無比の攻撃は確実に敵を屠って行く。如何に防御を高めようと関節部分は無防備、バージルはそこを突き、相手が反応しても既にそこに居ない。鬼神の如き攻撃は相手の陣形を崩してしまう。崩れれば騎士にも戦いようがあり一方的な攻勢は徐々に変わって行った。


一方、九尾の黒天狐アルメラは空を駆け、魔法を放つ。風魔法は並べ建てられた盾の前に無効化されたけど光の魔法に盲目にされた。炎、水、風のような直接攻撃で無いが故に効果があった。しかも九尾というほぼ魔力無限のアルメラは疲れ知らずで戦場を飛び回り、敵を撹乱して行った。


実に『閃光』の戦鬼と九尾の黒天狐が戦場を変えたのだった。

「と言うわけでまんざら知らぬ仲では無い。」


話が終わる頃王都に到着し、そのまま騎士団庁舎に連れていかれた。魔族を退けた功労者と言う事だろうか、立派な応接室に通され女性騎士に紅茶を出して貰う。


普通の紅茶だったが戦いの後だから旨い。贅沢を言えばお腹も空いている。影の世界から食べ物を出す訳にも行かず我慢をする。

良く聞けば小さくナサニエラさんのお腹も鳴っていた。紅茶で空腹を誤魔化して居るとバージル先生を伴って老齢の騎士がやって来た。

「やあ、待たせたね。わたしが王都第2騎士団団長ジズル•ローレンだ。」


騎士団長なら騎士爵を持つ貴族だ。名乗られたなら名乗るべきだろう。

「わたしはエライザ学園でバージル先生の補助教員をしておりますナサニエラと言います。」

「あたしはミリオネア、C級ハンター」

「儂はミズーリ子爵領で狩人ギルドマスターをしておるアルメラじゃ」


ジズル騎士団長はうんうんしている。

「それで、事情を聞きたい。いったいどんな経緯で魔族と敵対したのかな」


あたし達はお互いに顔を見合わせ、一番年上のアルメラさんに任せる事にした。


アルメラさんが説明する。

オークションにポーションを出した所に魔族『メドギラス』がやって来て奪って行った事。

それを妨げようとナサニエラさんが戦ったけど退けられた事。

魔族『メドギラス』ばアルメラさんの仇、でありナサニエラさんの仇でもあった事。

ナサニエラさんと謀ってキュアポーションを囮に魔族『メドギラス』を呼び寄せようとしたら魔族『ローデリア』がワイバーンと現れた事。

何とか撃退したら今度は魔族『メドギラス』がやって来た事。

魔力が尽きた魔族『メドギラス』をアルメラさんが止めを刺した事。


倒せたのはまさにバージル•ダンダウェルがナサニエラさんの護衛として来てくれたお陰である事も忘れない。

アルメラさんは嘘は言って居ない。ちょこっとあたしの事を言って居ないだけだ。

なのに何故バージル先生やジズル騎士団長さんはあたしを見てるの?あたしのやった事なんてちょっと大まかな案を考えて、戦いで少し手を出しただけだ。


しかもナサニエラさんはキュアポーションが破壊されてしまった事を思い出して、暗くなってしまった。う〜ん、今は話せないなあ。もうちょっと我慢して貰おう。

「なるほど、なるほど。そういう訳か」


ジズル騎士団長が間の手を入れながら聞いてくれる。その口ぶりからは既にバージル先生から話を聞いて居るのだと思えた。

「ところでそちらのミリオネア嬢はうちのバージルの教え子と聞いているんだが、本当かね?しかもエライザ学園に入学したばかりとも聞いているんだが」


やっぱりバージル先生は最初からあたしの事に気付いていたんだ。しかもミリじゃなくてミリオネアって呼んでたし。ハンターの情報も掴んでいたのだろう。

仕方ないからあたしは答えた。

「ええ、その通りですわ。ミリオネアはハンターとしての通り名ですわ。ミズーリ子爵が娘、ミリ•ミズーリが本名ですの。」


一応貴族らしく答える。埃っぽいハンター装備をしているが一応ね、一応。

「なるほど、それでミリ嬢のスキルが『影』というのは本当かね。」


さり気ない問いかけだったがその目は鋭かった。だからあたしは誤魔化す事はやめた。バージル先生から情報が行って居るのだろう。

「ご承知の通りですわ」

「その力が“影に隠れる“だけと言うのも本当かね」


鋭いが本当の事なんて言える筈が無い。

「そのように公言しておりますわ。それに他人を詮索するのはマナー違反ですわ」


言外に言わんと言ってやる。まぁバージル先生はあたしが戦いに関与していたのを目で見ているから多少は推測しているのだろうけど。それに黒ずくめの男達が見ていた筈だ。

どうしたのかは分からなくても起きた事は報告されているのだろうからそこから推測して疑っているのかも知れない。

「それは失礼した。」


あっさりとジズル騎士団長は引き下がる。でも、その目は油断がならない。

「ああ、それとナサニエラさんは天人族と聞いているがワイバーンを倒せる程の実力者なのかね」

「あら、わたしを見縊られますの?これでもわたしは天人族の王妹ですのよ。実力もさることながら天人族に伝わる封剣のお陰もありますわ」

「そうじゃぞ、ナサニエラが魔族『メドギラス』のスキルを封じてくれたお陰で優位に立てとる。」

「ああ、バージルより聞いておりますとも。何でも『閃光』の攻撃を全て受けなかった『メドギラス』が防戦一方になったと。」


両手を持ち上げてナサニエラさんの口撃を防ぐかのような態度を取りつつもジズル騎士団長は話を変える。

「我々騎士団が何度も苦渋を飲まされた『ローデリア』を倒されてる。しかもそれは剣ではあり得ない魔法でだ。ナサニエラさん、あなたですかな?」

「あ、いやわたしでは無いが。」

「では誰だと?」


う〜ん、あたしだと白状したほうが良いのだろうか。

「それはそこに居るミリオネアじゃ」


アルメラさんがあっさりと言ってしまった。ええっとなんて言い訳をすれば。

「ふほはは、まだ12歳の年端も行かぬ娘の魔法であの『ローデリア』が倒されたと?」

「そうじゃぞ。儂が見てた時にはあの女魔族は体の傷や切り落とされた手首を元に戻すのにかなりの魔力を使って、しかもバージルとやり合っていたからのう。防備が紙だったのではないかのう」

「しかし、幾ら何でも」


ジズル騎士団長が信じ難いとあたしを見る。あたしだって信じ難かったよ。影の世界からの魔法があっさりとローデリアをやれるなんて。

「『閃光』も目の前で見ていたはずじゃがの」


いきなり振られたバージル先生だったが渋々頷く。

「確かにあの時、魔法を放てたのはミリオネアしか居なかった。いきなりローデリアの胸に穴が空いたので驚きはしたが、魔法だったと思う」

「じゃろうて、偶然が重なってああいう結果になっただけじゃ。『閃光』も嬉しかろうよ、教え子が教えた以上の実力を発揮出来てのう」


ジズル騎士団長もバージル先生が肯定するならそれ以上追求出来ないと考えたのか話を変えた。

「それにしても『メドギラス』まで打倒すなど信じられん」

「なんの、本来の目的は儂もナサニエラも『メドギラス』じゃったからのう。『閃光』がナサニエラの護衛で付いてきてくれて助かったわ。お陰で奴の魔力を削り切れたという訳じゃ」


大げさにアルメラさんが言うがそれな!と言いたい。

「逆に、何故バージル先生が騎士団にいるのかとか、ジズル騎士団長との関係は何なのかを聞きたいのですけど?」


少しバージル先生が強張ったがジズル騎士団長はにこやかに言ってのけた。

「実はバージルをエライザ学園に送り込んだのはわたしだ。」

「何でですの」

「うん、エライザ学園で有望な生徒を騎士団に勧誘したくて調べさせておったのだよ。だからバージルはわたしの配下のままだ。」

「騎士団の秘密任務という訳ですのね。当然、シエル•ルゥーフ学園長もご存知でしょうね」


あたしはちょっと突っ込んで聞いて見るとジズル騎士団長は言葉を濁した。

「あー、いやそこはその・・・」

「それは不味いのじゃ」

「そこは学園長に協力を求めるべきでは?」

「騎士団長!聞いてませんよ!」


アルメラさん、ナサニエラさん、そしてバージル先生までジズル騎士団長に文句を言い始めた。

「ああ、まぁー形としてバージルは副騎士団長の籍は抜いてるので問題あるまい。」


まだ、何か隠しているようだがどうにも狸親父みたいな人らしいジズル騎士団長は流石に口を閉ざした。


でも、バージル先生の事を副騎士団長って言ったよ、この人!学園側としては実力者を先生として迎えられるのなら大歓迎かも知れないけど・・・もしかしてシエル•ルゥーフ学園長も裏読みがあって受け入れた?

そして友人でもあるナサニエラさんを密かに監視で付けたとか?いやいや、流石に考え過ぎだろう。


でも、あたしのハンター名をミリオネアと知っていたのは何故か後でバージル先生を問い詰めよう、ナサニエラさんと一緒に。


少しグダグダになりながらもジズル騎士団長の事情聴取は終わった。というか既にバージル副騎士団長から聞き出していたのだろうから、単なる確認に過ぎなかったのだろうと思う。食事も出そうと言ってくれたがあたし達はこれ以上此処に居たくはなかったので早々に退散させて貰った。


アルメラさんは商家『薔薇』へ行ってユメカさん達の所へ行くと言うのであたしもナサニエラさんも食事もしたいのでお邪魔させて貰うことになった。

ひとしきりジズル騎士団長の悪口を言い合いながら歩く。

3人で話をすると結構楽しくて時間もお腹も忘れる事が出来た。


商家『薔薇』は鍵が掛かっていたがアルメラさんが鍵を開けてくれる。そして奥の応接室に行くと何故かユメカさんとジョゼさんが食事を用意して待っていてくれた。あたしはアルメラさんが何らかの手段でユメカさんに連絡したのかと思ったが違ったらしい。

気働きの出来る有能な商人のユメカさんが前もって王都の南門に人を配置して、あたし達の動向を探っていたお陰らしかった。ユメカさんとジョゼさんに礼を言って、ナサニエラさんにジョゼさんを紹介するのももどかしく食事を取らせてもらった。


まずは喫茶店『薔薇』のお勧めの赤いトマトスープを頂く。気持ちは魔族を倒して高ぶってはいたが体は疲れが溜まっていたらしい。一口が止まらなくて、全員がお喋りもせずに食事に夢中になってしまった。


元々大食いでは無かったから直ぐにお腹も膨れたのでナサニエラさんにあたしは謝る。

「ナサニエラさん、あたし話して無かった事があるんです。ごめんなさい。」

「ええっ、なんでしょう。ミリオネアさんに謝られる事に心当たりが無いんですけど。」


そうだろう、あたしの独断でやったことだからアルメラさんも知らない。

「実はナサニエラさんの部屋の中に仕舞われていたお姉様ウキヨエラさんの石化像をあたしが預かってました。」

「ええっ、何でぇー!」

「実は魔族『メドギラス』に情報が漏れるのはオークション関係だと想っていたんですけど無理があることに気付いたんです。」

「どういうことじゃ、ミリオネア」

「魔族『メドギラス』の行動を考えるとナサニエラさんがオークションに来てるのを知ってた節があるんですよね。」


少しアルメラさんが考えて言った。

「なるほどのう、確かにナサニエラの姿を見ても動揺が無かったわ」

「でしょう、だからあたしは最初から魔族『メドギラス』はナサニエラさんを見張っていたのでは無いかと考えたんです。」

「ええっ、わたしが見張られていたんですか?」

「そうとしか考えられなかったので」

「嫌だぁ、着替えを覗かれていたのかしらぁ〜」

「あ、いや、それはどうでしょうか」


問題はそこでは無いのだけど。ユメカさんがクスクス笑う。

「それとキュアポーションの事ですけど」


途端に明るかったナサニエラさんの顔が曇る。そりゃそうだろう。目の前で文字通り希望のひと瓶が砕かれたのだから。

「じゃん!あります!」


あたしはアイテム袋に見立てた影の中からキュアポーションを取り出す。取引に使った物と全く同じに見える物だ。これにはアルメラさんも一緒になって驚く。ユメカさんとジョゼさんにはなんの事か分からない。

「待て待て、ミリオネア!ワイバーンが脚で踏んで壊してしもうた筈じゃが?!」

「そうです!この世の終わりかと思いましたもん!」


アルメラさんとナサニエラさんが抗議してくる。

「嫌だなあー、ナサニエラさん。あたしが約束破る筈が無いじゃありませんか」


明らかにほっとした顔で腰の巾着を取り出すナサニエラさんだが、はたと気付いた。

「待って!ミリオネア。ウキヨエラの石像を預かっていたってどうやってミリオネアに持ち出す事できるの?ずっと箱の中に鍵を掛けてわたしも開けて無いのよ?」


アルメラさんとあたしは顔を見合わせる。ナサニエラさんはあたしの影の力を知らないのだった。

「それはあたしのスキル『影』の力だと思って頂ければ。とにかくちゃんとお守りして在りますから」


納得行かなそうなのであたしは立ち上がって部屋の隅の影の中からウキヨエラさんの石像を影従魔『ルキウス』の助力で現実世界に取り出す。

「ほら、この通り!」


石像が出てきた事にユメカさんもジョゼさんもそしてナサニエラさんも驚く。ナサニエラさんは立ち上がり石像に抱き着いた。

「ああっ良かったぁー」


あたしはキュアポーションをナサニエラさんに渡して言った。

「さあ、これでお姉様の石化を解除してあげて下さい。」


渡されたキュアポーションを受け取り、頷いたナサニエラさんが瓶を開封してウキヨエラさんの石像に振りかけると降り掛かった場所から虹が起きるような輝きを発して全身を煌やかせた。

輝きが収まると天女みたいな白い服を来たナサニエラさんそっくりの美女が立ってパチクリとしていた。

「ナサニエラ?あら、あたくしは?」


声を出すと共に背中の羽根も自然と消え、ナサニエラさんを初め室内の人達を見舞わず。

ナサニエラさんがウキヨエラさんの手を持って滂沱(ぼうだ)する。

「た、たいへんだったんだからぁ〜姉様ぁ〜」


石化が解除されていることとナサニエラさんが泣いている事で少し理解したようでウキヨエラさんは静かにナサニエラさんを抱きしめた。


暫くは2人だけにしておこう。そう思って居るとアルメラさんが結構怖い顔をしてあたしを見ていた。

「お主、今ナサニエラに渡したキュアポーションはこれでは無かったの」


アルメラさんの手には先程ナサニエラさんに見せたあたしお手製の半分しかない薄汚れたキュアポーションがあった。

「ええ、量が足りなくて石化が解けなかったら感動の再会出来ないですから」


あたしとアルメラさんはソファに座りなおす。そしてあたしは2本同じようなキュアポーションを取り出してテーブルに並べた。

「予備を合わせて全部で4本作ったんです!えへっ!」


2本のキュアポーションと空き瓶を使って4本の劣化キュアポーションを作って置いたのだ。アルメラさんから劣化キュアポーションを受け取り全部と巾着をアイテム袋に見せ掛けた影の世界にしまう。

「はあ〜、お主という奴は」


何故かアルメラさんにあたしが呆れられる。だってお姉様を慕うナサニエラさんの気持ちはあたしには痛いほどに分かるもん。全力で応援するでしょ。


夜も遅くなって来たし、ナサニエラさんもウキヨエラさんもこれからエライザ学園の教師棟に帰るのは大変だからと商家『薔薇』に泊めて貰うことになったのであたしはひとり、エライザ学園の寮に帰る。もちろん、影の世界を通ったからあっという間だ。


寮の自室で待って居たのは泣きそうな顔で思い詰めて居たリリスお姉ちゃんだった。

リリスお姉ちゃんは直ぐにでも問い詰めたい顔をしていたがあたしが魔法クリーンで装備の汚れを落し、薄く緑色のワンピースとカーディガンを羽織るまで待ってくれた。


その代わりのハグは長くてとても逃れられない強いものだった。しっかりとあたしを確認するとあたしの顔を見てリリスお姉ちゃんは言った。

「今日あったことをちゃんと話してね」


う〜ん、今日はアルメラさんに会うだけだとしか言って無かったのに何故かリリスお姉ちゃんにはお見通しだった様だ。このままだとお風呂にも入れそうに無いな。あたしは惹かれる思いを押し殺してリリスお姉ちゃんに今日あったことを話した。

まずは沼沢の森の様子を確認しに行ったでしょ。

それからアルメラさんが待つ商家『薔薇』に行って軽く打ち合わせしてから一緒に沼沢の森の隣の森で軽く狩りをしたでしょ。

沼沢の森の道標の近くで隠れて待ってたらナサニエラさんが護衛を連れて現れたでしょ。良く見たらバージル先生だったでしょ。

予定通りに劣化キュアポーションと金貨の交換をしようとしたら予定通り魔族が現れたけど『メドギラス』じゃなくて『ローデリア』という『メドギラス』の部下みたいな女魔族だったのよね。

しかもワイバーンに乗ってきたのよね。何故か『ローデリア』とバージル先生は因縁があったみたいで二人が戦い始めたでしょ。

『ローデリア』に劣化キュアポーションを奪われたけどバージル先生が『ローデリア』の手首を落として取り返せるかと思えたのにワイバーンに踏み潰されちゃったのよね。怒りに燃えたナサニエラさんがワイバーンを倒して、あたしが『ローデリア』に襲われそうになった所をバージル先生に助けられたでしょ。

だからあたしが影の世界から水槍で『ローデリア』を撃ったら倒せちゃったのよね。そしたら魔族『メドギラス』が焔弾魔法を降らせて攻撃してきて大変だったでしょ。

なんと『メドギラス』は緑竜に乗ってきたのよね。それでバージル先生と『メドギラス』の戦いでバージル先生はスキルと魔法を使って押していたんだけど『メドギラス』のスキルのせいで全然当たらなかったのよね。ナサニエラさんが封剣という天人の秘剣を使ってスキルを封じたからその本性を見せたし、剣が当たるようになったでしょ。


そのお陰で『魔力纒•極』と『身体強化•極』を『メドギラス』が使い分けて居た事がわかったのよね。『魔力纒•極』なら魔法無効化だし、『身体強化•極』なら物理完全回避なのよね。


凄かった。

『閃光』と呼ばれるバージル先生の攻撃も回避しちゃうんだもの。でも結局は魔力枯渇になった『メドギラス』をアルメラさんが最後の焔の魔法で焼き尽くしたのよね。あたしは隠れたり逃げたり、ちょっと水魔法を掛けて手助けしたくらいかなぁ。怖かったけど怪我もしてないし魔力枯渇にもなってないや、あはははは。でも疲れた。


もう、、良いでしょ・・・リリスお姉ちゃん。

気がつけばあたしはそのままベッドに倒れ込んていたようだ。


翌日、目を覚ましたあたしはリリスお姉ちゃんの言う通りゆっくり起きた。

緊張で昨日はだいぶ疲れたけど今日はスッキリだ。

「無理して学園に行かなくても良いのよ」


リリスお姉ちゃんは言ってくれたけどあたしの事を心配してくれたであろうクロエやアビーさん、ミッシェルさんに話はしておきたい。特にバージル先生の正体をだ。


朝食を食べていつも通りに学園の教室に行くと何故か知らないエルフが教壇に怒りを漲らせて立って全員が揃うのを待って居た。

みんな何事かとひそひそ話をしていたが最後にやって来た男子が揃うと声を上げた。

「実はバージル•ダンダウェル先生を首にした!」



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