第50話

何をやってたかを掻い摘んでリリスお姉ちゃんに説明する。


武器屋『不壊』に行ってリタさんから新しい防具を受け取ったでしょ。

それから商家『薔薇』に行ってユメカさんから話を聞いて、ジョゼさんを紹介されたでしょ。

お昼をご馳走になって伝承の話を聞いたでしょ。

それから授業で習った『身体強化』をしながら新しい防具の慣らしの為に高原で狩りをして帰ってきたのよね。


リリスお姉ちゃんはあたしの話を良く聞いてくれる。あたしの話なんて大した事じゃないのに一緒になって考えてくれるのだ。でも生まれ変わりの話はリリスお姉ちゃんにも話せない。信じて貰えないと言う事じゃなくてあたしのスキル『影』にも関わる危険な事に繋がるからだ。リリスお姉ちゃんの守りは影従魔『ルキウス』の眷属に任せてるけど。


リリスお姉ちゃんは今日はお出かけしないで勉強と課題探しをしていたそうだ。う〜ん、来年はあたしも頑張らないと。

リリスお姉ちゃんは独り立ちのために、あたしはお婿さんを貰って領地経営をしなくてはならないのだ。その為にもエライザ学園を辞めるような事がないようにお金を稼がないといけない。

リリスお姉ちゃんがフンスと力むようにあたしもフンスして寝る。


リリスお姉ちゃんが寝てる間に装備を整えて朝日が登る前に寮を出る。出掛ける事は昨日の内にリリスお姉ちゃんには伝えてある。


まだ薄暗い王都の街なかを歩いていると次第に空が白み始める。陽が登り初めて影が出ればあたしのスキル『影』の出番だ。あたしは次第に暗くなっていく影の世界を跳んで王都を出る。光の影が当たりの建物から伸びて明暗がはっきりしていく。

南門の上に立ち、これから行く森の様子を見る。森の奥から魔物や鳥の鳴き声が聞こえてくる。動物も魔物もこれから起き出して活動を始めるのだろう。ざわつきはこれから起きる出来事を予期しているのだろうか。


あたしは影の世界へ行き指定の場所に行く。沼沢の森の入り口に目立たないが小さな苔むした岩がある。よく見るとそこには沼沢の森とあり、道標であることが分かる。

これを目印として会おうと連絡してあるのだ。そしてユメカさん達はこれを目印にちょっとした仕掛けをして貰ってある。まぁびっくりどっきり罠の程度で魔族『メドギラス』を嵌める為では無く、隙を作れれば良いかなと考えている。

仕掛けはアルメラさんが発動させる事にしている。まぁ他にも考えて居るけどユメカさんもアルメラさんにも知らせて無い。情報は何処から漏れるかは分からないのだ。


影の世界から周りを見て回り、幾つか気付いた。何処の手の者かは分からないが巧妙に隠れて様子を伺って居る者たちがいたのだ。この分だとユメカさん達が仕掛けた罠も見られて居るかも知れないが魔族の手の者じゃないのは確かだ。

数は4、かなりの手練だろう。下手をすれば『隠蔽』や『隠遁』などのスキル持ちかも知れない。普通に現実世界からでは見つからないと思うがあたしには通じない。まぁ邪魔をしてくれなければ気にしないことにする。


一度王都の商家『薔薇』に戻り、アルメラさんに会いに行く。ドアを叩き中に声を掛けて入る。

「アルメラさ〜ん、ミリオネアですよ~」


直ぐに奥からアルメラさんとユメカさんが出てきた。あたしが来るのを準備して待っていたようだ。

「おお、来たか。待っておったぞ!」


いつに増してテンションが高いようだ。

テンションとは?気分が高揚して気が高ぶることと答えが返ってくる。

「やる気ですね」


あたしの言葉にアルメラさんは鼻息も荒く答える。

「当たり前じゃ、ようやく巡ってきたこの機会を逃してたまるものか!」


そんなフンス!フンス!するアルメラさんを見てユメカさんが言う。

「アルメラ様、力が入り過ぎですよ。転んでも知りませんよ。」


ユメカさんの揶揄も気にしないアルメラさん。

揶揄とは?からかい皮肉ることと答えが来る。

このところ難しく、分かり難い言葉も良く浮かんでくる。直ぐに答えがわかるので言葉に出すならそちらを出すように言葉を選ぶようにしている。じゃないと凄く変な目で見られることになるのだ。

「準備は整っているようなので行きましょうか。」

「無論じゃ。」


ユメカさんが心配そうに見送る。幾らアルメラさんが強いと分かっていても相手は魔族だ。何が起こるか分からない。一応、こちらに分がないと分かれば逃げると言うことになってはいるがアルメラさんが暴走しないとは限らないのだ。


あたしはアルメラさんと手を繋いでスキル『影』で影の世界へ移動して跳んで行く。何度かアルメラさんも経験しているのであたしに合わせてくれる。

あっという間に王都の南門を出てしまう。衛兵の見えない場所の影から現実世界へ戻って来る。

アルメラさんの手を離す。アルメラさんには鍵を渡して居ない。鍵を渡して置いたほうが安心だがアルメラさんには『転移扉』の事は話していないし、『拠点』であるアン様の家に連れて行く積りがないからだ。


アルメラさんは信用できる人だし口外はしないだろうが連れて行っても意味がないからだ。アルメラさんは話を聞いて行って見たそうにしていたが、ただの興味だけなのは分かってる。

あたしとアルメラさんは歩いて沼沢の森の入口まで進む。近づくに連れて軽口を叩いていたアルメラさんが無言になった。緊張しているのだろうか。まだ3時間以上あるのに。

「さて、着いてしもうたのう。どうするのじゃ、このまま待つのか?」


時間潰しについては考えてある。

「いえ、体慣らしに少し狩りをしませんか?」

「おお、それは良いのう」

「じゃあ、バルフロッグとかどうですか?この辺の動物は少ないんですよ」

「なんの、バルフロッグくらいで十分じゃ」


二人して森の中に入って行く。

「ミリオネアは狩人としては働いておらんのか?」

「そうですね。あまり狩って無いです。やっぱり魔物の方がお金になるし、数も直ぐに増えますからね」

「ふむ、仕方無いのう。生息域が異なるのものあるが魔物の方が幅を効かすからのぅ」


直ぐにバルフロッグが群れている泥だらけの場所に出た。前に来た時と変わらないくらいまたいる。配置まで同じように見えるから変わって無いのではと錯覚しそうだ。

「ふむ、まず儂がやって見せよう」


アルメラさんが言うなり近くの木の上に跳び上がり、枝の一つに立つ。前のように光魔法を使うのかと思っていると腰のアイテム袋から縄を取り出し、輪を作ると投げて近くのバルフロッグの頭に引っ掛けた。

上手い!縄の輪は見事にバルフロッグの頭を縛っている。少しアルメラさんが引っ張って輪を縮めると縄を持ったまま、木の枝から飛び降りた。頭を縄に縛られたバルフロッグが勢い良く引っ張られグエと鳴き、ズルズルとこちらに引い寄せられた。

アルメラさんはバルフロッグが手近に来るまで縄を全身の力を掛けて、木の幹にも回して引き寄せる。

泥だらけの体を暴れされ、グエグエ鳴くバルフロッグが立ちあがるくらいまで縄を短くして、固定した。自分の重さに耐えかねてバルフロッグから力が抜けて静かになって行く。

はねた泥がアルメラさんにも飛んでギルドマスターの服や顔に付着するがお構いなしだ。腰の短刀を取り出すとバルフロッグの頭を一突きして絶命させる。

「これでおしまいじゃ。後は生活魔法で泥を落として解体じゃな。」


あたしはそこでアルメラさんを止める。どうも、縄を使っての捕獲は普通のやり方らしい。

「ああ、アルメラさん。あたしが収納しちゃいますから後は任せて下さい。」

あたしはスキル『影操作』でアルメラさんが狩ったバルフロッグを影の世界へ引き込む。

「思えばお主のスキルは便利じゃのう。解体せんでも良いのじゃから」

「その代わり解体方法を少しも覚えられません。あははは」


アルメラさんが呆れ顔をするが気を取り直す。

「今度はお主がやって見せい」


あたしがどんな狩りをするのか気になるらしい。

「分かりました。」


あたしはバルフロッグ達の方を向いて近くの一匹のバルフロッグに決めた。

『魔力纒』から『魔法付与』し、詠唱をする。

「我が魔力を糧として、水よ、その形を変え、我が敵の頭を穿て!」


あたしが掲げた掌に水球が出来ると細く長い槍の形に変えて行く。魔力を更に込めて太さを絞り、音を立てる程に捻れて行くと投げつけた。

少し外れていたが水槍(ウォータージャベリン)は自分で軌道を修整して狙ったバルフロッグの頭を撃ち抜いた。少し泥が跳ねたがそれだけだ。あたしは近くの木の影から『影操作』で影を伸ばし、バルフロッグの影と結び付けると影の中に取り込んでしまう。

「こんな感じでしょうか」


大体5分くらいだろうか。アルメラさんの狩りが15分以上掛かっていたからだいぶ短い。

アルメラさんは手を顔にやり、天を仰ぐ。

「やはり、お主は規格外じゃのう。」

「水槍(ウォータージャベリン)は最近出来るようになったんですよ。クロエの魔法の方が派手ですよ?」

「クロエ?ああ、お主の友人じゃったな。」


そう言えばアルメラさんはクロエと会った事が無かった。

「今度連れて行きますよ、クロエ」


アルメラさんは自分に着いた泥を魔法クリーンで落とし、使った縄をアイテム袋に仕舞う。

「お主達に掛かったら従来のハンター達は形無しじゃのう」


やっぱりアルメラさんのやり方が普通らしい。

あたしの方が汚れないし、時間も掛からないと言う事であたしだけが狩りをして、アルメラさんが見ている事になった。あたしには魔法の練習にもなったのでバルフロッグを見える範囲で全て狩ってしまう。少し移動すればまた、泥だらけの場所にバルフロッグがいる。沼の方には近づかないでバルフロッグだけを狩っているとアルメラさんに言われる。

「お主、水魔法の使い手の癖に水を嫌っておるな。」

「分かります?水ってスキル『影』と相性が悪いんですよ。上手いこと『影操作』出来ないですし。」


少しアルメラさんは考えてからあたしに言った。

「お主、影とは何か考え抜いて見ることじゃな、影の本質を知らぬと見える。」


影の本質?どういう意味だろうか。あたしの疑問にアン様も反応が無い。珍しい事もある。

「まぁ良いわ。そろそろ待合の場所に近いところへ移動して待つとしようぞ。」


言うだけ言ってアルメラさんはさっさと森の外へ向かって歩き出した。仕方ないのであたしはアルメラさんの後を追う。

目的地から100m程の離れた森の出口付近で木の陰に隠れて待つことになった。もう少しで太陽は天頂に登るだろう。そうしたら戦いが始まるのだ。


じりじりとした時間が過ぎていく。陽が登り暖かくなって来たのもあるが緊張しているのだろう。経験の差かアルメラさんは木にもたれ掛かり、軽く目を瞑っていた。寝てないよね。

あたしが目を凝らして居ると遠くから人が歩いて来る2人。2人?あれ?おかしいな。ナサニエラさんだけの筈なのに。

そんなあたしの動揺に気付かずにアルメラさんがいつの間にか先に歩き出した。取り敢えずあたしはフードを深めに被る。あたしの正体を分かり難くするためだ。


一応、今回のあたしの役割は穴(ダンジョン)を埋めた際にポーション類を見つけたハンターと言う事になっている。そしてアルメラさんはオークションに出展した出展者で連絡をした者だ。


それに対してナサニエラさんはキュアポーションを買う立場だ。お金を持参している筈だ。価格の交渉は無く、魔族『メドギラス』に奪われた完全品と同じ価格金貨20枚である。

毒や異常状態を治す薄青色の液薬であるキュアポーションはオークションで金貨50枚という高値が着いたがそちら程の内容が無いからだ。


ナサニエラさんがひとりじゃないのは護衛なのかな?聞いてないけど。まぁ魔族が現れれば逃げるだろうと気にしないことにしようと思ったのに近づくに連れて誰なのか分かってしまった。


なんと、バージル先生だ。騎士服に似た鎧を身に着けて居る。腰には大剣程の長さは無いが幅が広そうな剣を帯刀している。

「ぬぬ、あの護衛の服は!」


アルメラさんは何か知っているようだ。アルメラさんの方を向くと独り言のように話す。

「もしかしてあ奴はバージル•ダンダウェルか!『閃光』の戦鬼!」


あら、嫌だ凄くカッコイイ!二つ名にあたしがときめいて居ると聞いてもいないのに説明してくれる。

「長髪銀髪で瞳がシルバーの姿は間違い無いのじゃ。知っておるか、ミリオネア。あ奴のスキル『特殊強化』と魔法属性『風』は特別に相性が良いのじゃ。」

「まぁ、少しは知ってますよ。だって、あたし達の担任の先生ですから」


驚きにアルメラさんがこちらを振り向く。

「なんと!そうなのか。」

「年は26で既婚ですけど短気で怖いんです。専攻は武術教育と言う事で結構クロエとか名指しされてますよ。」

「なんと!そうなのか。」


沼沢の森の道標を挟んで10m程離れて立つ。ナサニエラさん側からはあたし達はどう見えているのか。黒狐族のアルメラさんと少し背が高いフードを被った者。あっでもバージル先生はあたしの顔が分かるからバレる?


「良う来たのじゃ。儂はアルメラ、ミズーリ子爵領の狩人ギルドマスターじゃ。そして隣にいるのはキュアポーションを見つけた狩人じゃ。オークションでのお主の様子を見て憐れんでくれたようじゃ。だからオークションでは値が付かんようなキュアポーションでも売れるかの」


あたしはアルメラさんの合図にアイテム袋からキュアポーションを出すと歩いて、沼沢の森の道標の上に置く。そしてアルメラさんの所に戻る。

すると、ナサニエラさんの横にいたバージル先生が応答する。

「なるほどな、九尾の黒天狐アルメラ。かつて近隣諸国を恐れされた妖狐も力を失ったものだな。」


あら、嫌だ凄くカッコイイ!アルメラさんったら二つ名を持った凄腕だったのね。でも、九尾って、前に見た時は尻尾は3つしかなかったなあ。それだけ弱くなったということなのだろう。

「はははは、昔の事は良い。『閃光』の戦鬼バージル•ダンダウェル、何故お主が此処に居る。」

「何、知り合いの娘が心配で付いて来ただけさ」


バージル先生が声を上げる度にあたしの事がバレるのでは無いかと心配になり、あたしはフードを深くして俯く。

「あ、あたしは!指定された通りに!きん、金貨20枚持ってきました。」


ナサニエラさんが緊張の為かどもりながら話す。

「うむ、そこに置いたキュアポーションに異論無ければ金貨を同じ場所に置くと良い。確認した上でその価値無しと判断力したならこの取引は無しとしよう」


アルメラさんの言葉にナサニエラさんが頷き、キュアポーションのある沼沢の森の道標に近付く。此処で魔族が出て来ないと取引が完了してしまう。何処に隠れているのか分からないけど、やって来ると踏んだんだけどなあ。駄目だったのかなぁ。


ナサニエラさんが手を伸ばして掴もうとした時に強風が吹いた。上空から叩き付けるような風はキュアポーションを道標から落とす事なく逆に上に向かった。伸ばした手を引っ込めナサニエラさんが身を守ると強風を吹かせた原因が黒い影を地面に落とした。


ゴオォー、アイイィー!


上空から風の音と魔物の鳴き声が響くと空中のキュアポーションを掴んで何者かが地上に降り立った。

額から黒い角を生やし、赤い長い髪をツインテールにして黒い縁取りのある赤い服と黒いラインを施した赤いキュロットスカートを履いた美人だった。


誰?あれ?魔族だよね?

でも前に見た『メドギラス』とは別人じゃないのよ!

「何者じゃ!」


アルメラさんが叫ぶ。バージル先生の唇が動いたが風の音で聞こえない。

風が収まると魔族らしい女が言った。

「アラ、閃光の『戦鬼』じゃない。なんで此処にいるのよ」

「『ローデリア』!貴様かぁ!」


バージル先生は知り合いだったらしい。ナサニエラさんはバージル先生を見てる。そして女魔族『ローデリア』に向かって言った。

「『メドギラス』は何処?!」

「あはははは『メドギラス』様は来られないよ。天人。あんたらの企みなんて『メドギラス』様はお見通しよ。こんな罠を張ったって役に立たないわ!」

「くそっ!そのキュアポーションを返しなさい!あんたには必要無いでしょ!」


ローデリアと呼ばれた魔族の女が笑う。

「あはははは、返せと言われて返す阿呆が何処にいるのさ!」

「返さないなら力づくで奪うまでよ!」


空中からナサニエラさんが普通より長く劉伶な飾りがある特別な力を発揮している封剣を取り出す。それを見たローデリアが言う。

「その剣の事は聞いてるさ。あいにくとこのローデリアには効かないよ。来たれ!極剣!」


ローデリアの呼びかけに空中から刀身が螺旋を描いている剣が現れた。スキルが封じられているならあれは何だ。

あたしはナサニエラさんを援助するために魔法の詠唱を始めた。同時にアルメラさんがユメカさんに仕込んて貰っていた資格発動させる。

ナサニエラさんが剣を手に飛び掛かる前に土中に埋められていた魔導具が投網を飛ばす。低い射出音に気を取られたローデリアがそちらを向くとローデリアの背後からも投網が飛んだ。丁度ローデリアいる位置が合ってた。


投網にはナサニエラさんも驚いて蹈鞴(たたら)を踏んだ。咄嗟にローデリアは極剣を頭上で振るい叫ぶ。

「焔!」


極剣から焔が立ち昇り空中で2重になった投網を焼き尽くす。ローデリアがナサニエラさんの方を向いた時には姿勢を低くして飛び込んだナサニエラの剣がローデリアのキュアポーションを持っていた右手を切り落とす。


グアァー

痛みに叫んだローデリアが青い血を振りまきながら走り抜けようとしたいナサニエラさんの背中に向かって焔が小さくてなった極剣を降り下ろそうとした。

そこにあたしが発動した水槍が飛び込み極剣を握った左手を打つ。ローデリアはナサニエラさん達を翻弄した『メドギラス』のような速さは無いようだった。気が付けばバージル先生がローデリアの背後に回り込み、下段からの切り上げを浴びせた。


ゴワァー


背中をのけ反らせ青い血しぶきを上げたローデリアが背後のバージル先生を睨む。キュアポーションを握っていたローデリアの右手をナサニエラさんが拾い、キュアポーションだけを手に走り抜けようとした所へ、上空から黒い影が落ちて来た。

バサバサッと翼音立てて迫ったのは地龍に蝙蝠の翼を付けたような魔物だった。強風に煽られてナサニエラさんとバージル先生が吹き飛ばされる。

吹き飛ばされてナサニエラさんがキュアポーションから手を離してしまった。転がった行ったナサニエラさんは気付いて居ない。魔物が器用にキュアポーションを鋭い爪を持つ脚で掴む。

「あれはワイバーン!」


アルメラさんの声がした。転がったバージル先生の近くには森の中に身を伏せていたらしい黒尽くめのフードの男たちが集まり、剣を構えてバージル先生を助けようとしていた。


ワイバーンの援護を受けてローデリアは大勢を整える時間を得たのか、全身に物凄い魔力を纏い始めた。


オオォーオォー


切断された右手が復元されて行き、背中の傷もみるみる内に塞がって行く。ええっ、魔族って叫ぶだけで自己『治癒』出来るの?

空中で羽ばたき強風を生み出しているワイバーンのお陰でナサニエラさんも頭を振って立ち上がったバージル先生も近付けない。あたしが気が付くと近くにいた筈のアルメラさんが居なかった。

頭上を見ると3尾の天狐となったアルメラさんが光球を空中からワイバーンに投げつける所だった。小さいながらも眩い光球はワイバーンの頭に当たってワイバーンにダメージを与える。ワイバーンが力を失って地上に落下した。


ズシィーン!


翼長が5m程もある魔物だ、体重も相当にあったのだろう。地面が揺れる事であたしはわれに帰った。地上で暴れているワイバーンに向かってあたしは詠唱した。

「我が魔力を以て、水よ鋭い槍となってかの魔物の翼に連撃を与えよ!」


ワイバーンを再び飛ばしてはいけないとあたしは水槍を2度3度と投げ付ける。目標を与えられた水槍は適当に飛んで軌道を変えて暴れて持ち上がったワイバーンの薄膜を打ち破った。痛みが無いのか、あたしの水槍の効果が無いのかワイバーンが体を転がせて脚で立ちあがる。目を潰されたのかその為に掴んでいたキュアポーションを踏み潰してしまっていた。


悲痛な悲鳴が上がった。ワイバーンがキュアポーションを踏み潰すのをナサニエラさんが見ていたようだ。傷を魔力で癒やしたローデリアがあたしの方を見て叫んだ。

「良くもやってくれたね。このワイバーンはもう使い物にならないじゃ無いの!」


3尾の天狐のナサニエラさんがローデリアに向かって光球を投げ付けるがそれを避けながらあたしの方に駆け寄って来た。やばいやばい、あの速さにはあたしは対応出来ない。もう影に逃げるしか無いかと後ろに転ぶようにローデリアを避けるとあたしの前にローデリアが振るった極剣を大剣の腹で受けて立つバージル先生がいた。

「大丈夫か、ミリオネア!」


ええっ、アルメラさんはあたしの名前を言って無いよね。だってあたしが名前は絶対に呼ばないでって言って置いたんだもの。

じゃあなんでバージル先生はあたしのハンターとしての名前を知ってるの?

なんで?

なんで?


あたしは問い詰めたくなったが今はそんな事はしていられない。幸いにバージル先生の逞しい背中しか見えてないし、ローデリアからあたしは見えないので、あたしは答えずにそのまま背中から影の世界へ移動する。

影の世界に入ると直ぐに立ち上がってその場から跳んで森の方へ移動する。


ローデリアの影とバージル先生の影が激しく打ち合いをしている。音はしないが金属が擦れ、散る火花が影を落とす。

あたしは魔法詠唱をする。今度はローデリアに向かって持てる魔力を凝集させたワイバーンに投げた水槍よりも太くする。音の無い世界をあたしの魔法が飛んで行きローデリアの胸を貫いた。


突然にローデリアの胸に穴が空いたのでバージル先生は驚いたようだ。もちろんもっと驚いたのはローデリアだろう。あたしは森の木の陰から出てそっと覗いた。


ぎゃああああああああああー


ローデリアの叫び声は恐ろしい物があった。バージル先生がローデリアから飛び退く。ローデリアの胸から大量の血が吹き出し辺りを染めて行く。

膝を付き、周りを睨み回す。あれ程の穴が開いているのに即死していないなんて魔族の生命力は恐ろしい。


ギラギラした怒りを撒き散らかしながら周りの者たちを睨みながら空の一点を見て、何かに気付いてから急速に力を失って倒れた。


翼を撃ち抜かれて飛び立てないワイバーンに気を取り直してナサニエラさんが封剣を振るっていた。アビーさんの連撃にも負けないような剣捌きは噛み付いて反撃しようとするワイバーンの攻撃を見事に防いでワイバーンの顔を傷だらけにする。


ナサニエラさんが孤軍奮闘しているのに誰も手伝いに行けなかった。あたしを含め3尾の黒天狐となったアルメラさん、倒れ伏しているローデリアの前で剣を構えているバージル先生はローデリアが最後に見詰めた天の一点を睨んでいた。


急速に魔力が膨らんで行く。黒点が不意に現れると赤黒い焔弾が降り注ぐ。無数の焔弾は辺り一面を炎の海に変えて行く。


ドガ!ドバ!バシ!ババババ!


激しく地面を穿ち森の木々をなぎ倒す。3尾の黒天狐だったアルメラさんが地上に下り立ちその姿を元に変えるとあたしのいる森に逃げ込んで来る。

バージル先生はローデリアから離れてワイバーンに攻撃を加えていたナサニエラさんを担いで少し離れた森に逃げ込む。


焔弾はワイバーンすら穿ち力無く倒れてしまっていた。ローデリアだけは被害を受けずに綺麗に残っていた。


轟々、パチパチと燃え盛る森を避けて隠れて見ていると不意に男がローデリアの近くに現れた。黒衣の側頭から角を生やした男は『メドギラス』だった。以前見た飄々とした雰囲気は無く纏う魔力が目に見えるようだった。

「良くやった、ローデリア」


低く地を這うような声はあたしにも届いた。魔族『メドギラス』が腰を落とし、ローデリアを抱き抱えようとした時に声が掛かった。

「待て!お前は『メドギラス』だな!!」


魔族『メドギラス』は腰を落としたままにバージル先生の方を向いた。

「お前を待っていた。逃さんぞ!」

「そうだ!我が天人族の仇め、逃さんぞ!」


あんなに濃い魔力を纏う『メドギラス』に声を掛けられるバージル先生もナサニエラさんも凄いな。と思っていたら隣で様子を伺っていたアルメラさんも森から出て叫んだ!

「ようやく、ようやく見つけたのじゃ!逃さんぞ!」


血を吐くような叫びだった。

良くあの恐ろしい魔族に立ち向かっていけると驚く。あたしは足がブルブル震えて立っているのもやっとなのに戦いを挑めるなんて。


魔族『メドギラス』は声を上げたひとりひとりを睨めつけて何かを確認した後に何故かあたしを見て、目を見開く。

「そうか、お前か。ローデリアを殺ったのは」


ええっ、なんで分かるの?見てたの?影の世界にいれば見つかる筈なんて無いのに!魔族『メドギラス』の目は遠くにあるのに近くからまじまじ見られているような気持ちにさせられた。

「分からんようだから教えてやる。俺は相手の魔法属性を知ることが出来るのだ。」


そう言えば前に見た時と魔族『メドギラス』の口調が違う。前はもっと紳士的な丁寧な言葉遣いだった筈なのに。

「止めろ!その娘に手を出すな!!」


バージル先生があたしを庇うような声を出して攻撃を加える為に近付いた。一瞬の間に近付き、剣を振るうが立ち上がった魔族『メドギラス』が避ける。

その後をナサニエラさんが疾走って来るがバージル先生に比べれば遅々として遅い。アルメラさんは3尾の黒天狐にならずに光球を作っていた。魔力を込めているのが分かる程の大きさだ。でも魔族『メドギラス』に当てるのに動きが早すぎて放てないで居るようだ。


魔族『メドギラス』の言った意味を今更気付く。あたしが放った魔法の痕跡をローデリアから見つけて水属性のあたしに気づいたという事よね。

ええっ、マジ詰んでんじゃん。あんなのに殴られたら一発で柘榴だよ?

マジ詰みって何?本気で窮地という意味。

うえぇ、そんな事考えて場合じゃないのに!


あたしの怯えに関係無くバージル先生が攻撃を続けて魔族『メドギラス』を押して行く。いや、魔族『メドギラス』がローデリアから離れようとしていたのだ。その証拠にバージル先生の攻撃を魔族『メドギラス』は余裕で避けて居る。

ローデリアから数m離れたからか魔族『メドギラス』の蹴りがバージル先生を襲う。バージル先生は間一髪で避けたが蹴りの勢いはバージル先生の鎧を破壊してしまい、バージル先生は回転しながらすっ飛んて行った。


その時になってやっとナサニエラさんが近付けて封剣を光らせた。あれは前に魔族『メドギラス』のスキルを封じた光だ。魔族『メドギラス』の端正な顔が醜悪な本当の魔族の顔に変わる。

「またか」


呆れたような魔族『メドギラス』の言葉にナサニエラさんが怒鳴りつける。

「ああああっ!何度でもやってやるわ!」


ナサニエラさんの剣戟の速さが上がって行くが魔族『メドギラス』は持っていた剣を使って受ける。バージル先生の剣を避けていたのはやっぱりスキルの力らしい。下がり回り込みながら魔族『メドギラス』はナサニエラさんに反撃をしようとしていたがナサニエラさんの剣戟の速度は上がりこそすれ、落ちる事は無かった。

吹き飛んでいたバージル先生が立ち上がりふらふらとする。そんな!避けたのにダメージを受けてるなんて!バージル先生は腰に吊るしたアイテム袋からポーションらしき物を飲む。暫くしてふらふらが治ったのかゆっくりと歩き始めた。


2対1になるのを避けたかったのか魔族『メドギラス』がちらりとバージル先生の方を見た時、アルメラさんが叫んだ。

「避けろよぉー!」


いつの間にか魔族『メドギラス』の近くまで巨大な光球を飛ばし、ぶつけた。

アルメラさんの声にナサニエラさんが魔族『メドギラス』から転びながらも離れた。

光球はなんと魔族『メドギラス』程の大きさに成長していて魔族『メドギラス』を包んでしまった。光が強まり破裂した。


ドガンバガン


一緒に地面も抉れ、土砂が飛び散り、ナサニエラさんにも付着する。

やったか?誰もがそう思ったと思う。目を庇い、魔族『メドギラス』に視線を戻すと信じられない物が見えた。魔族『メドギラス』の周りの土砂が大きく抉れ、吹き飛んでいるのに魔族『メドギラス』が平然と佇んでいたのだ。土砂の一部で服が汚れてはいるが火傷も無ければ裂傷も無い。

「な!」

「なんだとぅ!」


ナサニエラさんとアルメラさんの驚愕の声が重なる。あたしもつい、声が漏れそうになった。

「あははははははははは、オ・レ・には魔法は通じない!この『魔力纒•極』がある限りな!」


魔族『メドギラス』から目に見える程の魔力が迸る。ああなるほど、あれ程の魔力を内に込め『身体強化』をしてるからバージル先生の動きやナサニエラさんの剣戟に付いて行けるんだ。理由がやっと分かった。でも状況は悪くなる一方だ。


光魔法を放ったアルメラさんは魔力枯渇でほとんど動けない。あたしは必死で走ってアルメラさんを引きずりながら森の中に逃げ込む。魔族『メドギラス』は横目でこちらを見たがあたしごと戦力外と認識したのか、何も仕掛けて来ない。むしろ、地に伏せてはいるが頭を上げて血走らせた目で睨んでいるナサニエラさんやようやくポーションが聞いたのか復調仕掛けているバージル先生を気に掛けているようだった。


魔族『メドギラス』の『魔力纒•極』がスッと消え、『身体強化•極』となってナサニエラさんに迫った。アルメラさんの魔法攻撃が無くなったので魔力を『身体強化』に全振りしたのだと思う。体を反らせて魔族『メドギラス』の蹴りを凌いた筈のナサニエラさんの身体が蹴りの強風で吹き飛ばされる。


横にぐるぐると回転して5mくらい先で大勢修整して、何とかナサニエラさんが足から着地した。

蹴りだけでは飽き足らず更に魔族『メドギラス』が距離を詰め、ストンピング!1撃、2撃とナサニエラさんがバク転で距離を取ろうとするけど魔族『メドギラス』はそれを許さず、追撃で中段の蹴りを放った。

跳び退けないナサニエラさんが転がるように後転して逃げるのをしつこく追い掛ける魔族『メドギラス』は地面を蹴り飛ばす。土砂が舞い、ナサニエラさんに降りかかるが横に転がるように逃げるとそれを待っていたかのように空中に跳び上がり前転で全体重を乗せた踵落としを浴びせた。

転がり逃げていたナサニエラさんには魔族『メドギラス』の動きが分からずもろに背中に食らってしまった。


ゲヘェ!


蛙が潰れたような音を立ててナサニエラさんが地に伏す。更に持っていた剣を突き立てようとする所をようやく走り込んだバージル先生が大剣で防ぐ。魔族『メドギラス』はバージル先生に何かしようとしたが、思い留まり後ろへ飛び退いた。何があったのかあたしのところからは見えなかった。もしかしてバージル先生が何かを魔族『メドギラス』にしたのだろうか。


ナサニエラさんが瀕死状態なのを一瞥した魔族『メドギラス』は向かって来たバージル先生に相対する。

バージル先生が猛攻を仕掛けて魔族『メドギラス』を追い立ていた。激しい攻防だが先程とは違い、バージル先生の剣が重いようで、魔族『メドギラス』の剣が弾かれて行く。

当然それは隙となってバージル先生の攻撃が魔族『メドギラス』の服を刻んで、体に傷を付けて行く。


何合か打ち合って移動して最初の場所に近づくとバージル先生はあたしに近すぎると感じたのか回り込み始めた。それは逆に魔族『メドギラス』に取っては逆手に取れる事でバージル先生の重い剣戟を弾かず、受け流す動きを見せ始めた。

バージル先生と魔族『メドギラス』があたしに対して左右に見える位置まで回った所でそれ以上バージル先生が動けなくなりなった。あまり宜しく無い。出来るかどうか分からないけど牽制くらいになれば良いとあたしは詠唱を木の陰に隠れて始めた。

「我が魔力を以て、水よ、重い枷となってかの敵の動きを封じよ!」


あたしは木の陰から飛び出し、魔族『メドギラス』を見ずに明後日の方向へ重い水球を投げつけた。水球はふらふらと飛び、魔族『メドギラス』に近付く。

「かは!ははははは」


あたしの水球を見た魔族『メドギラス』がバージルと打ち合いながら笑った。笑うな!そりゃゆっくり過ぎて簡単に避けられそうでしょうとも。

「幾らオ・レ・が『身体強化•極』中でもそんなへなちょこ魔法に当たっても痛くも痒くも無いぞ!」


あたしの水球はふらふら高さを下げてやっと魔族『メドギラス』の足元辺りに落ちた。


ドバシャ


水球らしからぬ音を立て跳ねる水を避けて飛び退く魔族『メドギラス』が少し大勢を崩した。その隙にバージル先生の下段からの切り上げが魔族『メドギラス』の腕を狙う。


ザシュ


見事に魔族『メドギラス』の左手首を切り裂くが踏み込みが足りなかったのか切り落とす事は出来なかった。そしてバージル先生が大きく息を吐いた。


かはぁー


どうやらバージル先生は息を止めて自分のスキル『特殊強化』を使っていたらしい。そして時間切れとなったのだ。


手首を切られ痛みに苦い顔になった魔族『メドギラス』だったがバージル先生の動きが鈍ったのを見逃す筈が無かった。手首の傷を無視して魔族『メドギラス』はバージル先生を蹴り上げた。蹴りはもろに腹を押し上げ、体をくの字にされながら3m程もバージル先生は飛ばされた。


ドン、ズシャー


地に落ちたバージル先生はピクリともしなくなった。き、気絶してしまったのだろう。

魔族『メドギラス』はふと、あたしの方を見てからバージル先生を警戒した。バージル先生が動かないと判断したのか、倒れているローデリアとワイバーンを見てため息を付く。

左手首を持ち上げてフンムと魔力を込めて出血を止めると、空の一点を見詰め、右指を2本口に咥えて笛を吹いた。


ピュイィーピュピュ


空の遥か彼方から黒い点が現れる。ええっ、またワイバーンが来るの?

みんなで攻めてやっと倒したんだけど?

みんな倒れて戦える人がいないよ。

汗!




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