第49話

帰りは主幹受付嬢アリシアさんが呼んでくれた馬車でエライザ学園まで帰ったので楽が出来た。しかも貴重な体験が出来た御礼だとミッチェルさんが公爵家のつけにしてくれたのでタダだった。

クロエが1番喜んだ。

帰りの馬車でアビーさんに何の用事だったのかと聞かれたので昇級の話を聞いていたと話す。ミッチェルさんもアビーさんも昇級には関心が無かったのでクロエには少し話して置いた。みんな疲れていたのでそれ以上の話はなく帰ったのだった。


馬車から降りてミッチェルさんとアビーさんは揃って帰り、あたし達は寮に戻った。クリーンの魔法をこれでもかと掛け、綺麗にした後に風呂に行った。

疲れた体には風呂が一番だとあたしが言うとリリスお姉ちゃんに笑われる。クロエにはオヤジかよと突っ込まれたけど何故か小さい頃からお風呂は大好きなんだよね。

和やかにお風呂を済ませてから食堂に行き、夕食を取っているところへマリーちゃんがやって来た。


マリーちゃんが聞くことに答えるように話をすると結構危険な目にあったのだと実感する。だから、自室に戻ってリリスお姉ちゃんと2人になった時に改めてリリスお姉ちゃんに抱き着かれて聞かれた時に身震いしてしまった。

「あの時何があったの?」


何を聞いているのかはわかっていた。しかも、責める言葉で無かった事がリリスお姉ちゃんの心配の深さを感じさせて、あたしは動けなかった。暫くの時間を置いてやっとあたしは答えられた。

「あの時、咄嗟に影従魔『ルキウス』に影の世界へ引っ張り込まれなかったらきっとヒュドラの水魔法に殺られていたんだと思う。」


静かに聞いてくれているという事は先を続けろと言う事か。

「だから直ぐにでもヒュドラを殺らないと思ってアン様に聞いたの。そしたら首の付け根が弱点だというから水魔法で狙ったんだよ。あのね、影の世界で魔法を使うといつもより凄っく強くなるの。だから分かり難いように細い槍のようにしてぶつけたの。」

「・・・でも、魔法は見えなかったわ。」

「うん、影の世界で使う魔法は現実世界では見えないみたいなの。」

「それって・・・怖い事だから滅多には使っちゃ駄目よ。」

「うん、分かってる。あたしには過ぎた力よね。ギルドじゃ過大評価されて、本当のあたしは弱いのに。でも稼がない訳には行かないし」

「あれからミズーリ子爵からは連絡無いの?」

「うん、上手く行っていない見たい。」

「早く解決してくれればミリちゃんがこんな怖い思いをしないで済むのに!」

「だよね~、あたしには手に余るよ、えへへ」


こんな弱音を吐けるのはリリスお姉ちゃんが相手だからだ。クロエ相手だと何故か弱気に成れない。

リリスお姉ちゃんがあたしのベットに潜り込んで来たのでその日はリリスお姉ちゃんの匂いに包まれて安心して眠れた。


翌日机の上に魔法便が届いていた。ミズーリ子爵領狩人ギルドのギルド長アルメラさんからだった。

内容は魔族『メドギラス』を罠に嵌める件だった。そうか、もうそんなに日にちが過ぎていたのかと思う。

黒狐族のアルメラさんの村人の敵、天人族ナサニエラさんの女王であるお姉さんの敵である魔族『メドギラス』はきっとあたしが知らないだけで沢山の人を殺め、困らせて来たに違いない。協力を申し出てくれてるジュゼッペ侯爵家の寄り子のデズモンド辺境伯爵家の騎士であるナルニア•ゼノンさんもいる。

何か自分が仲間はずれにされてると疑って気にしてるあたしの友人で伯爵令嬢でもあるクロエ•オードパルファム。でもクロエにはこの件には関わって欲しくないんだ。ただの直感なんだけどオードパルファム家も何か魔族と関係がありそうなんだよね。何度アン様に聞こうかと思ったことか。多分知ったらあたしが止まらないような嫌な予感がするんだ。クロエのULTRAレアスキル『覚醒』って危険なスキルだと思うから。


あたしはナサニエラさんへ魔法便を書いた。例の劣化『キュアポーション』を譲る件を話す為にある場所で秘密裏に合いましょうという内容だ。

ナサニエラさんはこの数日間オークションで出されたキュアポーションの出展者を知る努力をしていた筈だ。だからあたしからの提案を以てエライザ学園長シエル•ルゥーフに頼み込んでいた事を止める。その時あたしの魔法便の話をするのだ。


オークションでキュアポーションが出る情報を掴んだ魔族『メドギラス』は必ずあたしとナサニエラさんの会う場所に現れる筈。この際、誰が情報を漏らしたかは関係ない。魔族『メドギラス』を呼び寄せる事が目的だから。

のこのこ出てきたらみんなでボコる予定だ。万が一の場合はあたしがスキルを使ってでも影の世界に引きずり込む積りだ。魔物すら抵抗出来ず死んでしまう影の世界ならあたしが何とか出来る。


でも、もう一手欲しい。リリスお姉ちゃんに相談すると思ってた事を言われた。リリスお姉ちゃんは最初に仲間として力になって貰うのが最適と言っていたがあたしが拒否したのだ。幾らあたしより実力者と言っても巻き込むのは気が引ける。まぁ以前より仲良くはなったと確信しているけど。だからまだ迷ってる。


罠を掛ける予定は明日の昼丁度だ。だから今日はその準備をする。リリスお姉ちゃんは一緒に付いて来たがったけどこの件には関わらせない。危険過ぎる。


あたし一人で朝食の後で出掛けた。王都を一人で歩くのは何だが寂しく感じる。最近は誰かと歩いているからだろうか。以前は独りが普通だった。なのに今は普通じゃないって何だが変な感じがする。だから直ぐにスキル『影』で移動してしまう。王都を出る訳では無いので直ぐに到着した。


場所は『不壊』というドワーフのリタさんの武器屋だ。朝早くは寝ているかも知れないと思ったがドアを開けたら鍵が掛かって居なかった。とても無用心だ。クロエが以前リタさんに装備を整えて貰ったと聞いていたので細剣を買った時に頼んで置いたのだ。リタさんは直ぐに出来ると自信満々に言ってたから大丈夫だよね。

今日取りに来るとは言って無かったけどね。


中に入ると案の定誰も居ない。カウンターが高いから乗り越えて中に入る事も出来ない。

「リタさ〜ん!居ますかぁ〜!ミリオネアでぇ〜す!」


あたしの声が店の中に響く。ちゃんと聞こえているのか、もう一度声を上げようとすると奥からガサゴソ音がした。やっぱり寝てて起きたのかも知れない。暫くするとドンガラガッシャーンと音がしてリタさんらしき小さな悲鳴がした。何してんのかなリタさん。

「よう、お待たせ。ミリオネア。取りに来たんだよな」

「はい。」


姿を見せたリタさんは何故か頭に鍋を被ってる。それを気にもせずカウンターの下から装備を出す。クロエと同じような装備だ。

胸の部分鎧と肩アーマー。

腰よろいと膝当て。

長ブーツ。

それら全てに縁には黒銀色の金属で補強されている。

それから頭に付けるカチューシャのような防具。

「ご要望通りクロエとお揃いだ。ただ補強の金属はミスリルから黒鋼の薄板に変えた。魔力伝導よりも強度優先って感じだ。」


今身につけている革鎧を外してリタさんの説明通りに身に着けて行くと調節部分が魔導具になって居て体に密着する。

「頭の防具はちゃんと耳に掛けろよ。両手で耳を押さえて魔力を流せば防御力は弱いが目を守るガードになるからな。クロエの装備もおんなじ仕様何だがあいつ使ってねえだろ。前が見え難くなるが必要な事なのによぅ」


全身を新しい装備に変えて古い革鎧をカウンターに置く。

「ありがとうございました。この革鎧も買い取ってくれて助かります。」

「良いって事よ。こういった初期装備が必要な奴らも居るからな。それにミリオネアのは使い込まれて居るのに傷みがほとんどねえから好事家、いや必要な奴に高く売れるんだ。」


なんか危険な言葉が聞こえたが聞き流そう。

「では、支払いは大銀貨5枚でお願いします。」


あたしは腰の巾着から手持ちの硬貨で支払う。

「毎度あり、25000エソかぁ。ひひひ、あの酒を買いに行こう。」


やっぱり見かけは綺麗な人族のお姉さんに見えてもお酒が好きなんてドワーフなんだなと思う。あたしは踵を返して出ていこうとして思い出した。

「あ、店に鍵掛かってませんでしたけど無用心ですよ」


あたしの言葉にリタさんはニヤリとする。

「大丈夫さ。このカウンターは乗り越えられねえように出来てるし、魔導具だから『不壊』なんだよ。ひひひ。」


最後のリタさんの笑い声はリタさんの店を襲う馬鹿の末路を期待している声に聞こえた。


新しい装備は少し重い感じだが直ぐに慣れるだろう。革鎧じゃ押さえきれなかった胸の揺れもしっかり抑えて動きも問題無い。ブーツも足が密着しているからか靴擦れにもならなそうだ。足先にも黒い金具が付いているから蹴られたら痛そうだ。蹴りをするつもりも無いけど。


次に向かうのはナサニエラさんの商家『薔薇』だ。魔法便は出して居るけど改めてユメカさんと打ち合わせる。それに今日の夜にはアルメラさんもやって来る予定だ。

この商家も無用心な事に鍵が掛かって無くてすんなりと入ってしまえた。

「ユメカさーん!あたしです、ミリオネアでーす!」


店の中に商品が木箱で積まれているがそれを避けながら奥に進む。蝋燭が揺れて薄暗い店内でも歩けるけどなんでこうも警戒心が無いんだ?

あたしの声が聞こえたみたいでユメカさんが奥から出てきた。

「あらあら、ミリオネアさん。お待ち申し上げて居ましたのよ。」

「良かった。宜しくお願いしますね」


ユメカさんの案内で前に使った応接室に入るとお茶の用意をしながら話をしてくれる。

「聞いているとは思いますがアルメラ様は夜には着くと思いますのよ。魔法便で書かれた場所には今日中に予め魔導具の仕掛けをする予定ですから安心してくださいな。」


相手はナサニエラさんだけでなくオークションの警備の人達も手球に取れる魔族『メドギラス』だ、幾ら対策を用意してもし過ぎる事は無いと思う。

「魔導具の起動装置はアルメラ様に預けて置くので良いのですよね」

「ええ、それで構いません。起動のタイミングはお任せする積もりですので」


あたしの目の前に前にも飲んだ緑色をしたお茶が出される。

頂きますと言って手に取りズズッと飲むと良い香りがした。

少し何故かあたしを見てユメカさんが驚いている。何かおかしな事でもしただろうか。

「それでオークションの方に打診した結果はどうだったんですか?」


無駄に終わると予想していたオークションの主催者からの返事を聞く。

「教えられないの一点張りですのよ。売りたいならばオークションに出せと言う事で評価はこちらですると言う返事ですのよ。」

「予想通りの内容ですね。問題ないと思います。」

「それでキュアポーションですか、それをオークションに出さないと疑われませんか?」

「返って出せば疑われる事になりますよ」

「・・・キュアポーションって今も持ってます?見せて貰っても良いでしょうか?」


あたしの手作りなので少々恥ずかしいが腰の袋から出して渡す。

「これが・・・」


ユメカさんが手にした薄青色の液体が半分ほど入り、瓶が汚れているポーションを振る。液体はゆったりと揺れて水とは異なるのが良く分かる。それ、力作やぞって言いたい。

暫くユメカさんは見詰めていたがあたしに返した。

「不思議な物ですのよ。弓月国では薬剤を煎じて飲む事はありますがこのように液体で保管することは無いですのよ。乾燥させた薬剤をお湯に潜らせて飲むのですのよ。解毒や治療薬で急速な異常状態の回復の力は持っていませんのよ。」


今更ながら弓月国って変わってると思う。どんな国なのかもほとんど知られて居ない。

「弓月国って遠いんですよね」

「ええ、パルファムの港からおおよそ一ヶ月、1000km離れて居ますのよ。しかもその間にあるのは魔物の蔓延る大小様々な島や岩礁ですのよ。知ってます?古のチャナを。」

「チャナですか?学園で歴史を習っていますが知らないですね」

「多分エライザ王国の歴史では習わないでしょう。オードパルファムや弓月国でも伝承ですのよ。」


その時あたしのお腹がぐぅと鳴った。は、恥ずかしい。

「あははは、そろそろお昼ですのよ。隣から取り寄せますのよ。」


そう言ってユメカさんは奥に引っ込んで誰かに指示をしたようだ。直ぐに戻って来る。

「食事を運ばせますから食べて下さいのよ。」

「あ、良いんですか?」

「もちろん構いませんのよ。ミリオネアさんはアルメラ様のお友達ですから」


いや、正しくは狩人ギルドメンバーなんだけど。部下じゃないけどね。

「さっき言った伝承って教えてくれますか?」


何となく気にはなる。

「ええと、エライザ王国の北の海をご存知ですか?」

「いいえ、ちっとも」

「ああ、そうでしたミリオネアさんはまだエライザ学園に入ったばかりなんでしたのよ。話し方が落ち着いていらっしゃるからつい、知っている気になっちゃいますのよ。」


ええー、あたしってそんなふうに見えるのかなぁ。これってきっと継承の腕輪のせいじゃない?

「そうでした、北の海はオードパルファムの東の海と同じで伝承があるんですのよ。」


そこからユメカさんが話してくれた事はとても信じられない話だった。


昔々遥か昔。エライザ王国など無かった程の昔。この世界を支配しようとしていた国があった。一つはチャナ、一つはロシャと言った。

世界の他の国々と敵対してこの2つの国は争っていた。最初はロシャが始めた戦争だった。キャナはそんなロシャに物を売って儲けていたが世界中の国から敵と見做されて巻き込まれた。世界を滅ぼすと言われた魔導兵器を脅しに戦っていたが先に使われ大地が破壊されて海に侵食されて滅んだ。

オードパルファムの東にチャナがあった。王都の北にロシャがあった。だから今そこは海の中に沈んでいる。古の文明の遺跡が残った島々にあるのはそのせいだ。チャナやロシャがどんな国だったのかは古の遺跡が海の中にあるので誰にも分からない。一説によるとまだその古の魔導兵器が眠っているとも言われている。


国の名前も荒唐無稽だが、大陸が割れて海になるなんて、そんな事ができる魔導兵器があったなんてとても信じられない。きっと島々が沢山ある海を見て話を創り上げたのだろう。

「面白いお話ですね。伝承ということは言い伝えですよね」

「誰でも単なるお伽噺と思うようですが弓月国では単なる伝承ではなくてその時代に作られたと言う神剣カムナズチがあるんですのよ。」

「それも伝承ですか?」

「国宝であり、天皇(アマノスラメ)が代々帯刀する武器ですのよ。年始めに必ず奉納して一年の平安を祈念しますのよ。」

「へー、弓月国の国王は天皇(アマノスラメ)って言うんですね。」

「神剣カムナズチは闇を裂く力がある光の刀なのですのよ。」


自慢げに話すユメカさんだがあたしはそんな昔の時代を信用しない。長い年月を代々続けて来たのかも知れないが所詮、伝承たのだと思う。

「光属性はアルメラさんが持ってましたが刀に属性があるのは初めて聞きましたね」

「そうでしょう。弓月国でもエライザ王国と同じ属性しか人間は持って無いですのよ。だから、神剣カムナズチは伝承の時代に作られたと信じられているんですのよ。」


確かにこの世でたった一振りの光属性の刀なら自慢出来るだろう。ユメカさんは故郷を離れても故郷である弓月国が大好きなようだった。

その時ドアが開いて太った女性が入って来た。見たことがあるなと思ったら喫茶店『薔薇』に勤めている人だった。手には大きな籠を持っている。

「ああ、丁度良かった。ミリオネアさん紹介しますのよ。この娘はタワン出身のジョゼさんですのよ。」


ジョゼさんはあたしを見てにっこりする。持っていた籠をテーブルに置き、スープやらサンドイッチやらスパゲッティを挟んたまるパンのようなものを次々置いていく。野菜ジュースまであった。

「前にも会った事あるヨ。ジョゼフューヌ言います。みんな長いからジョゼって呼ぶヨ。」

「そうよね、ジョゼさんよろしくね。それでタワンって?」


あたしの質問に答える前にユメカさんが食べながら話をしましょうと言ってくれたのでスパゲッティと挟んだまるパンを手にする。あたしが食べている間にジョゼが話す。

「エライザ王国の人、タワン知らないヨ。タワンは弓月国の南にある島国あるヨ。刀に魔法付与して魔導具にするのが得意ヨ。他に移動の魔導具なども造るヨ。」

「ハー、そうなんですね。刀というとあの刃が薄くて少し反りがある美しい刃紋がある武器ですよね。知り合いの武器屋に一振りありました。」


手にしたスパゲッティまるパンがとても美味しい。

「そうヨ。その刀に魔法付与して魔導具にするあるヨ」

「凄いですね。それで弓月国の南にあると言ってましたが伝承では滅ぼされたチャナとは違うんですか?」


ジョゼさんは体を大きく振り回して否定すると大きな体と胸が揺れる。その間に野菜ジュースを飲む。

「違うヨ。チャナはタワンを侵略しようとしていたネ。でも神魔の国に滅ぼされたヨ」


また、新しい国の名前が出てきた。伝承の話とは言え昔は沢山の国があったのだろうか。

「神魔の国って?」


あたしの疑問に立ったままジョゼさんが答える。

「ユネイトと呼ばれた神と魔の力を振るった古の国ネ。ユネイトがチャナとロシャを破壊したと言われてるヨ。でもチャナもロシャも魔導兵器で反撃したヨ。その余波は弓月国も半壊させた言われてるネ。」

「世界には沢山知らない国があるんですねえ。」

「神魔の国はもう無いネ。大きな海を越えたところにあったと言われて居るけど今は魔族しか居ないネ」

「魔族?」

「そうネ。魔族の国があると信じられているネ」

「魔族はその国からやって来るのかしら」

「魔族『メドギラス』の事を言っているならそうなのかもしれませんのよ。古の国では国と国を繋ぐ転移の魔導具があったとも伝承にはありますのよ」


更に続けてユメカさんが言った。

「魔族の事は良く分かっていないのですのよ。」


それもそうだろう。そんなに頻繁に魔族が現れては堪らない。でも、待って。さっき神魔って言った。

「神魔の国と言う事は神もそこにいたの?」

「弓月国の伝承ではそこまで伝わって居ないのよ。タワンではどうなのよ」

「タワンでは神はこの世から去ったと言われてるヨ。」

「『この世』ですか」


あたしはその言葉に少し引っかかった。

話が済むとジョゼさんは喫茶店『薔薇』に戻って行った。すっかりあたしはご馳走になってしまった。

「ユメカさん、すみませんね。すっかり長居してしまいました。明日は朝早く来てアルメラさんと話をさせて貰いますから。」


ユメカさんの商家を出て王都の街なかに出た。陽射しはまだ高い。あたしは少し遅くなってしまったがスキル『影』で影の世界へ行き、王都を出て、南の森を抜けて高原にやって来た。新しくした装備を慣らしたかったのだ。


相変わらずの岩だらけだが岩の陰や低木の穴の中に高原ねずみ、飛びうさぎが居るようだ。前に来た時より増えているような気がする。山蜥蜴を前に狩ったから天敵が居なくて増えたのかも知れない。よし、彼らを相手に装備を慣らそうと决める。


前はあまり良く分からなかったが『魔力纒』をして『身体強化』をすると体だけでなく、目を凝らせば良く見えるし、耳を澄ませば遠くの物音も良く聞こえる。顔を撫でて行く風の吹き方も感じる事が出来る。

もしかして、この状態で美味しい食事をすると微妙な味も感じる事が出来るのではないだろうか。ただ、『身体強化』をするだけでも結構な集中力を必要とするから体を動かしながらとか並行しては出来そうもない。きっと、そんな事が出来るのは相当な熟練が必要だろう。


立ち止まって耳を澄まし、目を凝らせば小さな魔物の姿が見える。強化された脚力を活かして近づき、腰の細剣を振るい、刺し殺す。そのまま影に取り込む。

ザッザッと走り回るあたしの足音と小さな魔物の断末魔が小さく聞こえるのが繰り返される。他に聞こえるのは山下から吹き上げる風の音や遠くのハーピィが鳴く声くらいだ。自分の動作を確認しながら装備が上手いこと馴染んでいく。堅かった皮の表面に皺がより、あたしの関節の動きを邪魔しなくなり、スムーズに動けると思うようになった時にはもう、彼方の夕陽が沈むのが分かるほどだった。


どれくらい小型の魔物を狩ったのか分からなかったが今日は帰ることにする。陽が沈んでからでは影の世界に行きづらい。岩に出来た夕陽の影からあたしは影の世界へ行き、影従魔『ルキウス』に乗ってハンターギルドの建物の横に出た。


現実世界に戻るとハンターギルドの建物に入る。既にハンター達は今日の稼ぎを報告していてほとんどの姿を見ることは無かった。良かった、馴れて来たとは言っても人混みは嫌いだ。

真っ直ぐ暇そうにしているバンジーさんのところへ向かう。バンジーさんもあたしに気付いて笑顔を向ける。凄っごく怖いのだが本人は満面笑みの積りらしい。

「よう、ミリオネア。遅いじゃねえか」


気安いなぁ。女の子に言う台詞じゃないと思うんだけどね。

「はい、ちょっとあって。此処で出して良いですか?」

「待て待て、此処に置ききれる筈ねえだろ。こっち、こっち。」


バンジーさんが裏の倉庫に誘う。あたしも付いて行く。慣れたものだ。

ハンター証を渡して指定された場所に魔物を出して行く。どんどん積まれていく魔物のを見て笑みが引き攣って行く。

「おいおい、幾ら弱い高原ねずみと飛びうさぎつっても多すぎじゃねえか?」


バンジーさんは文句を言いながら確認しながらも分別をしていくのだから流石にプロだ。全部出し切ると直ぐにバンジーさんの仕分けも終わる。

「ランクDの高原ねずみが29匹と同じランクの飛びうさぎが41匹だ。両方とも2500エソで175000エソ、ギルド分と税を抜いて127750エソだ。ほれ、金貨12枚は預けて残り銀貨7枚と銅貨7枚と鉄貨5枚だ。」


バンジーさんが渡してくれた硬貨を腰の巾着に仕舞う。

「ありがとう。数多いけど大丈夫?」

「はん、ちょこっと帰りが遅くなるだけさ。それにしても無傷じゃ無くて細剣の跡があるな」

「うん、ちょこっと細剣の扱いを練習したくて」

「まぁこの傷があるから捌き安いがな」


バンジーさんが解体ナイフを傷跡から突き入れて、台の上で首を落とし、更にはそこから皮に切れ目を入れて、服を脱がすように剝いて、尻尾で落とせば尻尾付きの高原ねずみの皮の完成だ。処理するのに10秒と掛からない。

あたしは今日、高原ねずみも飛びうさぎも首筋を正確に狙いながら狩っていたのだ。素早くて狩りにくい高原ねずみや飛びうさぎも『身体強化』の前には止まっているようなものだった。


高速機動と言う言葉が浮かび上がる。こんな言葉は日常でも使わないのに何処から浮かんでくるのだろう。素早い動きで動き回ること、空中での方向転換などをすることと意味は理解出来る。魔女であるアン様だって使わない言葉は更に古い記憶から出ているのかも知れない。


あたしはぼんやり自分の前世を考えながら帰路に付いた。

500年前はアントウーヌの森で暮らすアンと言う名前の魔女だった。

1000年前はエージ•カゲノと言う名前の転移者だった。エライザ英雄王の親友にして建国の立役者だった。

1500年前は謎の魔法使いにして聖女パーミット•メレアーデ•エルセイヤの師匠だった男。

2000年前はシドという名前の転生者だった。初代『影』スキル持ちで錬金術室を山の岩盤の中に作り上げた男。飛び抜けた才能で魔法秘薬『エリクサー』を生み出した。


この中の誰かの記憶があたしに影響を与えているのだろう。この世界に普遍的に存在しない言葉は転移者か転生者のものでは無いかと思う。考え方が感情的に成らず論理的になって落ち着いて来たのも男性の記憶を持つが故と考えられる。

まぁ、口にしてしまわなければおかしな目でも見られないと思うのだ。

それに弓月国に対する親和性が高いのもの多分に転移者、転生者の影響を受けている。ユメカさんが出してくれたお茶という緑色をした飲み物などもそうだ。転移者な転生者の故郷は弓月国に似た国だったと思う。名前は失念されているのだが。


自分が変わったという自覚はあるが悪くは無いと思っている。周りのみんなも好意的だし、気にしなくても良いのかも知れない。

考え事をしながら帰った割には問題なくエライザ学園の寮に着いた。自室に戻るとリリスお姉ちゃんが机に向かって勉強をしていた。珍しいとは言わないが何か理由があるのだろうと思う。

「ただいま、リリスお姉ちゃん」

「お帰り、ちょっと待ってね。ここやっちゃうから」


リリスお姉ちゃんは振り向きもしないでそのまま勉強を続ける。あたしは魔法クリーンで埃を払ってから装備を外してクリーム色のワンピースに着替えた。スカート下に可愛らしい花の刺繍があるので結構お気に入りだ。

勉強が終わったのか振り向いてリリスお姉ちゃんが言った。

「今日の事は後で聞くとして取り敢えず食事に行きましょう」


あたしはリリスお姉ちゃんの言う通り食堂に行く。トレイに今日の料理を載せていく。豆とブロリの野菜スープ、少しお肉が入っていると長くて固いパンと水で薄めた赤ワインだ。


お昼もパンだったので米が食べたい。マイタン子爵領で取れるけどあんまり出回らないのかな。ミズーリ子爵領の家では結構な頻度で食べていた気がする。あれ?これもあたしがお父様におねだりして取寄せて食べた気がするなあ。


米も弓月国やタワンで採れるらしいからそちらの由来なのかも知れない。美味しいから気にしないで置こう。米を使った料理が何故か頭に浮ぶ。あたしは料理が得意じゃないし、したことなども無いのに。


席に着くとリリスお姉ちゃんが話始める。

「冬の休み前に試験があるはずよ。そろそろ時間がある時にコツコツ復習して置かないと不味いわよ。」

「ええ、バージル先生からはまだそんな話を聞いていないよ。」

「そうねぇ、一年生のうちはそんなに難しい試験でも無いから授業をちゃんと聞いていれば問題無いわ。」

「リリスお姉ちゃん達の授業は難しいの?」

「そうねぇ、ミリちゃん達よりは難しく複雑にはなるわ。でもそれはなんとでもなるの。問題は課題よ。」


リリスお姉ちゃんは目の前のスープをスプーンでつ突く。

「国文、自国史、魔導論、魔法実技なんかから自分でテーマを選んで纏めるの。あんまり突拍子もない事じゃあ評価点は貰えないし、今までと変わらないと駄目なのよ。」


あたしは固いパンを千切ってスープに浸し咀嚼する。

「でも、リリスお姉ちゃんのお父様が許嫁を探してるんでしょ」

「そうなのよ。だから、それを避ける為に今は官僚を目指そうかと思ってるの。カティン•ヴィリニュス男爵様が問題児でなければこんな事考えなかったのにね。」


カティン•ヴィリニュス男爵はリリスお姉ちゃんの許嫁候補だったが賭事大好きで借金を抱えて実家から見限られているのだ。きっとリリスお姉ちゃんは男性に失望しているのかも知れない。

「卒業したら結婚が決まっているようなら授業の成績も実技もどうでも良いのだろうけど、あたしは嫌だわ。」


そんな貴女にぴったりなテーマがあります!

誰からだろ。あたしは思いつくままに話す。

「リリスお姉ちゃんのスキル『妖精』って薔薇だけじゃなくて他の植物でも見ることは出来るの?」


あたしの質問に何を言い出すのかしらと言う目で見て来る。

「ええ、そうね。大体妖精はいるわ。はっきり見えるのは花の妖精だけど、大木とかになると偶に見ることがあるわ。」

「じゃあ、麦の妖精とかは?」

「麦?あの小麦大麦の麦の妖精?」


そこは大麦小麦じゃなかろうか。

「うん」


薄ら笑いを浮かべてリリスお姉ちゃんは言う。

「はっきりと意思を伝えられる妖精じゃないけど、感情を伝えられる精霊なら沢山いるわ。一本の麦に一つの精霊ってところかしら。」

「精霊?妖精じゃないの?」


リリスお姉ちゃんは少し考えながら説明してくれる。

「ええとね、動物以外の生き物はね、精霊がいるの。その精霊が進化したり、集まったりして意思を持つ妖精になるのよ。だから精霊しか居ない植物もあるのよ。例えば薬草なんかは精霊は居るけど妖精は居ないわ。」

「ふ〜ん、米はどうかしら」

「米?ああ、家畜の飼料にしている穀物ね」


やっぱりリリスお姉ちゃんは食べた事無いんだ。美味しいのに。

「ミズーリ子爵領じゃあ結構食べるんだけどな」

「ええっミリちゃんあれを食べるの?」

「リリスお姉ちゃんは米がなっているのを見たことがないの?」

「そりゃ、麦ならあるけど、何処にあるの?」

「稲作の中心はマイタン子爵領なの」

「稲作?」

「米は稲と言う植物の種なのよ。その稲を作る農業のことを稲作って言うの」

「へー、ミリちゃん物知りね。わたしびっくりしたわ」

「ああっ、駄目だった。もう稲刈りして終わってる季節だった。」


あたしが気がついて落ち込む。食事もほとんど終わったので自室に戻る事になった。

自室でリリスお姉ちゃんがお風呂の用意をしながら聞いてくる。

「稲刈りって麦の収穫みたいに米を収穫することよね?」

「うん、そう。刈った稲穂を乾かしてから米だけを取り分けるのよ。」


話をしながらもお風呂に向かう。お風呂では小声になったが話は続いている。

「麦は畑にある時赤茶色に変わるからその時に穂だけを刈り取って乾燥させて、脱穀するのよ。ほら小麦色ってその時の小麦の色の事よ。」


ああ、そうか。あたしには稲が馴染み深いけど小麦についてはあまり気にしてなかったな。

お風呂場に入って、お互いに洗いっこしながら話す。

「畑に残った小麦は刈るときに根から抜けないように踏まれるから倒れているんだけど、精霊はその時はほとんど見なくなるわ。」

「じゃあ稲の時じゃないと精霊は見えないのね」

「麦と同じならそういう事ね。でも精霊は死んじゃうんじゃなくて土の下で寝てるらしいわ」

「え?何それ可愛い。」


体の泡を流して湯船に浸かりホッとする。暫くお湯の心地よさに無言になるけどリリスお姉ちゃんが言った。

「でも、ミリちゃんのお陰で課題を決められそうだわ」

「ええっ、あたしが言ったこと全然駄目だったけど」


稲の妖精さんとか居ないのかなぁ。リリスお姉ちゃんでも麦の妖精さんを見てないみたいだから居ないのかも。

「スキル『妖精』はCommonスキルだから持っている人は多いのよ。だからスキルを使って穀物の生育と精霊の関係を調べて纏めて見るわ。まだ播種時期をズレきって無いから見れるかもだわ」


あたしは良く分からなかったが少しでもリリスお姉ちゃんの力になれたなら嬉しい。

一緒にお風呂から上がって部屋に戻って体が温かい内に毛布を被りながらリリスお姉ちゃんから聞かれる。

「それで、ミリちゃんは今日は何をしていたの?」


ここからリリスお姉ちゃんの質問、いや詰問タイムだ。






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