第48話

リリスお姉ちゃん・・・付いてきてくれるととっても心強いけど、何か予定があったんじゃ。

「ええっ、リリスお姉ちゃん、大丈夫なの?」


クロエは手を額に当てて天を仰いでいる。

「もちろんよ、公爵令嬢が一緒なら失礼があったら大変だわ。あたしも微力だけど護らせて貰うわ。」

「えらい、大所帯になってしもうたな。まぁ今日の相手は群れがいる場合もあるから気をつけな、あかんでえ」


リリスお姉ちゃんは装備を整える為に戻り、マリーちゃんは参加しないらしい。

リリスお姉ちゃんが装備を整えて戻ると先頭に立って歩き出す。何処に行くのだろう。

「ち、ちょっとリリスお姉ちゃん。」

「ミリ嬢、公爵令嬢がいらっしゃるのだからアマリリスさんと呼びなさい。」


お姉ちゃんが公式の顔をしてる。リリスお姉ちゃんの方がミッチェルさんよりもいっこ上だし、先頭に立っても良いけど。

「ミッチェル様、ハンター資格はお持ちでしょうか」


リリスお姉ちゃんはあたしの言葉を無視してミッチェルさんに話し掛ける。

「いいえ、このドレスも誂えたは良いけど遣いどころが無くて困ってましたわ、ほほほ」


うわあ~、ミッチェルさんまで公式の言葉使いだわ。クロエはそんな2人を見て笑いを抑えている。

「では、まずハンターギルドに参りましょう」


先頭にリリスお姉ちゃん、そしてあたし、クロエ。ミッチェルさんの後ろを警護するようにアビーさんが付いてくる。

王都をあまり歩かないのかミッチェルさんが町並みを質問してアビーさんがそれに答える。分からないとクロエに振る。クロエは面白がりながら答え、あたしにも振って来るので答える。

リリスお姉ちゃんは話に加わらず真っ直ぐに歩く。何だが歩道を若い娘の集団がいるので奇異の目で見られている。


時々振り返るとミッチェルさんは堂々と歩いている。この速さだと何時もの倍は掛かりそうだ。あたしはリリスお姉ちゃんにもっと早く歩くように言う。

「そうね、このままだと随分掛かってしまうし、『身体強化』は習ったのよね」


リリスお姉ちゃんは『身体強化』で歩く速さを早足程度まで上げた。あたしも『魔力纒』から『身体強化』をする。クロエは何もしないで平気で付いてくる。ミッチェルさんにアビーさんが何か言うとミッチェルさんも『身体強化』をした。


見ると少し魔力が漏れているがちゃんと出来てはいるようだ。やはり馴れていないから『身体強化』をしながら早足は大変そうだ。アビーさんはそんなミッチェルさんの様子を心配しながらも自分は素のまま付いてくる。流石に騎士の卵だ。


その甲斐あってハンターギルドに無事到着した。でも、1番混む時間だったらしく人混みでごった返していた。

あたしは人混みに入りたく無かったのでリリスお姉ちゃんとクロエ共々建物の外で待つことにした。ミッチェルさんにはアビーさんが付き添い手続きをすることになった。ミッチェルさんとアビーさんの姿が消えるとリリスお姉ちゃんが昨日言ってた注意をあたしにし始めた。


くどくど、くどくど、ああ、分かってる。あたしはリリスお姉ちゃんの注意を逸したくてクロエに今日行く予定の場所に出る魔物の事を聞いた。

「主に出るのはミズチや。大きいのになると3mは越えるけど水系の魔法を使う蛇やな。」

「ランクはどうなの」

「ランクはCやな。集団になると独りでは手強くてB相当かも知れへん。以前3匹の集団に出くおうた時は直ぐに逃げたで。」

「私達は5人パーティになるから編成としては適正だと思うわ。クロエとアビーさんに前に出てもらって、ミリちゃんが援助かしら。私はミッチェル様を守りつつ後方からの魔物を注意するとして、後はミッチェル様がどれくらい自衛出来るかよね」


ミッチェルさんが深窓の令嬢だからそれ程戦えないにしろ逃げ回るくらいは出来ないとかなりの負担になりそうだ。リリスお姉ちゃんがクロエにミッチェルさんの授業の様子を聞いて考えている。

「今日は曇り空でミリちゃんのスキルをあんまり頼れないだろうからスキルは収納だけにしてね。」

「あ、でも危なくなったら影従魔『ルキウス』に減らして貰うね」

「そうねぇ、見えない範囲でやって貰えると良いかしら」


リリスお姉ちゃんの許可も貰えたので影従魔『ルキウス』に働いて貰おう。


建物の中からどよめきが上がってからミッチェルさんとアビーさんが出てきた。後からギルドマスターのアルマントさんが出て来てびっくりする。どうやら見送りに来たらしい。流石に公爵令嬢だ。

なのにアルマントさんはあたしを睨む。ええっ理不尽だよ。あたしが悪いみたいに思われてる。

「さあさあ、行きましょう」


アビーさんはミッチェルさんの手続きが終わったのでさっさと狩りに行きたいようだ。行き先はクロエ任せなのでクロエが今度は先導する。


さっきみたいな速さで王都を駆け抜けて南門の近くに出る。このままだと狩りをする頃にはきっとお昼になるだろう。多分アビーさんもミッチェルさんも何も考えて居ないだろう。あたしはみんなに少し待って貰って門近くで開いていた屋台で串焼きや片手で食べられる焼き物などを購入して置く。足りなくならないように少し多めに買っておく。


南門を抜けて更に街道を西に向かう。道すがらミッチェルさんがアビーさんに周りの地域の事を聞いている。移動はほとんど馬車だろうミッチェルさんは知らないのだ。街道を西に向い、北に行けば小さな名も無い漁村があるし、南には森が広がっている。


一番近い森はエライザ学園が実習で使う森だ。危険な魔物は間引かれ、小動物が多い。

その西側は湿った沼沢地が広がり、沼沢の森と呼ばれている。クロエも良く狩りに来る場所でリザードンやバルフロッグと呼ばれる泥に塗れた巨大蛙が生息する場所だ。


そして、更に西が今回クロエが選んだ場所だ。クロエによると一部に底なし沼があるので注意は必要だが乾いた大地の森でミズチという蛇の魔物が出ると言う。

そんな話をミッチェルさんにしているとクロエが進行方向を街道から変えた。

「何処へ行くの」


あたしが尋ねると海の方向を指し

「まだちょっと早いけど漁村でお昼にせえへん。森に入ってしもうたら食べられる場所は無いねん」


なるほど、漁村なら店は無くても食材を得ることが出来るかも知れない。

「まぁ外で食事をするなんて初めてですわ」


やっぱりミッチェルさんは呑気な事を言っている。クロエは来たことがあるのか、迷いもせず数件の民家を避けて一軒の建物に入った。

只の掘っ立て小屋で中央には石で囲んだ囲炉裏のような物がある。壁には誰が使っているのか、銛や槍が置いてある。結構年季が入っているようで木製の部分は黒くて擦り切れているようだ。

ミッチェルさんもアビーさんも興味深そうに見ているとクロエが説明した。

「此処は海で漁をする人が共通で使こうとる場所や。無くなっても気にへん物を置いてあるんや。でもみんなで使うもんやから大事に使うとる。」


クロエは説明しながら隅に置いてある薪を囲炉裏に積み上げ魔法で火を付ける。腰のアイテム袋から鍋を出し、天井からぶら下がっていた金具に持ち手を引っ掛けて言った。

「ミリ、水出してんか。半分もあればええやろ。」


あたしが水を出して入れると色んな物を鍋に放り込んだ。まず干し肉、それから乾燥させた野菜、調味料の塊の順に出してお玉でかき混ぜて手早くスープを作った。おもむろに立ち上がるとリリスお姉ちゃんに言う。

「リリスはん、ちょっと見ててや」


そして外に出ていってしまった。ミッチェルさんやアビーさんも囲炉裏の周りに置いてあった木の台や石の上に腰を降ろし座る。あたしもリリスお姉ちゃんの横に木の台をずらして座った。

パチパチと音を立てて薪が燃えると寒くないのに手を出したくなる。鍋がグツグツ言い出した所でリリスお姉ちゃんが火かき棒を使って火力を調整する。

「この間の野外演習もこんな感じだったの?」


あたしの質問にリリスお姉ちゃんが答える。

「そうね、まぁ竈を造る所からやったから今日は楽よね」


やっぱり鍋とか椀とかお玉もストックしておかないといけなそうだ。

戻って来たクロエの手には大振りな黒ずんだ魚があった。

「マッタイを買うてきたわ。これを入れればごっつう旨うなるで」


クロエが転がっている木の台を水で綺麗にしろと言うので水を出して木の台を綺麗にした。

腰の解体ナイフを使って器用に内蔵を取り出し、身を切り刻んで鍋に入れる。捨てた内臓は火の中に投げ入れて燃やしてしまう。魚の燃える匂いが立ち込めたが悪い匂いじゃなかった。

リリスお姉ちゃんがかき混ぜていたお玉を受け取るとクロエは味見をする。

「うん、まあまあやで」


アイテム袋から取り出した椀に適当に盛り付けて皆に配ってくれる。

「ミリ、さっき買うてた串を出しい。」


あたしが言われるままに出すと串を立てるように火の回りに置いていく。色んな串が十数本並んでなかなか見ごたえがある。

「さあさあ、食うてや。大層なもんや無いけど腹の足しにはなるでぇ」


ちゃんと人数分を用意してあるのは流石だ。

クロエの手際にミッチェルさんもアビーさんも驚いている。

「こういう食事も野趣溢れてて良いですね」

「そうですね。食事の事は失念しておりました。申し訳ありません。」

「かまへんって、ハンター馴れしとるんが気ぃつけんのが当たり前や。ミリも分かってて、串を買うてたやろ。」

「食事の道具は別のアイテム袋を用意してあるんだね。」

「そやでぇ、まぁいつもは自分の分しか使うて無いけどな。数が足りて良かったわ。」


そうだよね。クロエってほとんどソロだし。

ズズッっとスープを啜って魚の肉を噛む。干し肉が少ないなと思ったら味を良くするためだったらしい。料理をしないからあたしには良く分からないけど。

アビーさんとミッチェルさんがスープの中身を食べようと苦戦しているのを見てクロエが言った。

「そないな時は手ぇ使い。こんなところでお上品のやっても仕方ないで」


ミッチェルさんとアビーさんが顔を見合わせて頷いて手を使って食べ始めた。お嬢様ががっついているのが可笑しい。


食べ終わった椀を集めてあたしが隅で水を出して軽く洗い、クリーンの魔法で綺麗にする。リリスお姉ちゃんが片付けるのを手伝ってくれる。

ミッチェルさんとアビーさんは食事の感想を言い合ってるだけで手伝おうとしないが仕方ないと思う。2人共に本当のお嬢様なのだから。まぁアビーさんは多少は自分で出来ることはあるだろうけど。


食事を済ませたので再び森に向かう。もちろん、クロエが先頭だ。食事をしながらリリスお姉ちゃんが狩りをする体制について說明したのでミッチェルさんもアビーさんも分かったと思うが実践してみないと分からないこともある。


街道に出て少し西に進み、森の中に入って行く。昼頃は曇っていたが時々晴れ間が挿す天気なので隠れてスキル『影』を使えるだろう。ミッチェルさんとアビーさんに気付かれないように使えば問題ない。


クロエが時々後ろを振り返りながら底なし沼を教えて行く。森の中で倒木などで隠されていたり、枯れ葉などが乗っているので分からない場所も多々あるので出来るだけ、木の根元を歩くように指示される。不用意に地面を歩かないようにしないと危険だった。


5分ほど森に入ると倒木の上に白い蛇がいた。クロエが後ろ手にハンドサインで止まれの合図をする。注意深く周りを観察したクロエが『魔力纒』から『魔法付与』で自分の細剣に焔を纏わせ、大きく跳びあがってミズチに襲いかかった。


クロエの細剣はするりと逃げ出しだミズチの居た倒木をあっさり切り離した。ミズチは倒木の上を横に逃げていたがそこには既に剣を振ったアビーさんが居た。

アビーさんの剣にはミズチの頭を切り飛ばす。首を失ったミズチが体をくねらせて次第に力を失って行く。クロエがあたしを見て名前を呼んだ。

あたしは首の無いミズチを影の中に落とし、近くに落ちていた首も影の中に移動させる。それをアビーさんが見て驚く。

「ミリ嬢のスキルはそんな事も出来るのか。」

「ええ、こうすれば手に持たずに済みます。」


隠さない事にしたスキル『影』の収納は便利だ。あたしの補助も必要無くアビーさんとクロエがそれぞれ2匹づつミズチを狩って行く。クロエの焔を纏わせた剣は切断面を焦がして血が出ないがアビーさんが切ったミズチは派手に体液を飛び散らす。でも、焦げていないのでクロエのミズチよりも高く売れそうだ。


移動しながら森の奥を目指す。以前クロエが複数のミズチに出会って逃げ出した場所があるのだと言う。進むに連れて単独のミズチでなく複数のミズチに会うようになった。前に1匹出たのでクロエが対応するのをあたしが水球を投げて牽制すると後ろから悲鳴が上がった。


ミッチェルさんが後ろから来たミズチを見て悲鳴を上げたようだ。リリスお姉ちゃんはスキル『妖精』で呼び出した薔薇の妖精ラトゥールが眠らせようとしているようだが効果が薄いようだ。

遠くで見る分には大丈夫だがミッチェルさんは蛇が苦手なようで詠唱も無い未生成の魔力の塊をやたら投げる。多少怯むも、うねうねとミッチェルさんを目指して這い寄って来る。

「ミッチェル様!」


アビーさんが後ろに駆けて行く。後ろは任せてあたしはクロエの補助に徹する事にする。

「我が魔力を以て、鋭い水よ、あの敵を穿て!」


あたしの詠唱で尖った形になった水の魔法がミズチの胴体に穴を開け、傷付けたが斃すまではいかなかった。でも動きは鈍くなってる。

「ナイス!ミリ!」


クロエがミズチの前に出て、頭を焔の剣で割った。それでやっと倒せた。


後ろを見ると何故かミッチェルさんとミズチが踊っていた。いや、踊っている訳では無いが逃げ回るミッチェルさんをミズチがしつこく追い回していたのだ。

何故かリリスお姉ちゃんの方には来ない。妖精ラトゥールのお陰なのだろうか。


ミッチェルさんとミズチが近すぎてアビーさんもミズチに斬りかかり難いようだ。足場が悪いにも関わらず器用に逃げ回るミッチェルさんはスキル『舞踏』の効果でも出ているのだろうか。ミッチェルさんが木の根に足を取られ転んだ拍子にミズチが飛び跳ねて襲う。アビーさんが振るった剣でミズチの尻尾が切断されて、ミズチがミッチェルさんから離れるとアビーさんが更に剣を振るう。

「この、この、不埒者め!」


2振りでミズチの頭が柘榴のように崩れ動かなくなる。倒れたミッチェルさんをリリスお姉ちゃんが助け起こす。怪我は無いがお尻を打ったようだ。

あたしは倒したミズチを収納してからアビーさんが倒したミズチを見たがぐちゃぐちゃでどうしょうと思った。クロエもやって来てミズチを見る。

「あちゃー、やってもうたな。こりゃ使い物にならんで」

「じゃあ、クロエ焼いてね」


あたしの言う通りクロエが魔法で焼き尽くすとあたり一面に香ばしい匂いが漂った。

「こりゃ、匂いに釣られて寄ってきそうやな」

「良いんじゃない。」


ミッチェルさんが襲われてからアビーさんがミッチェルさんの近くから離れなくなってしまった。クロエとあたしだけだと攻撃が足りない。

「ミッチェル様に何かあったらどうするのだ!」


というアビーさんを説得出来ず、代わりにリリスお姉ちゃんがあたしの近くに来る事になった。そして小声で言う。

「後ろの方を『ルキウス』に減らすように頼んでね」

「分かってる」


あたしはスキル『影』で影従魔『ルキウス』に指示をする。すると付いて来ていたらしい影従魔『レリチア』が自分も何かしたいと言うので警戒して何かあったら教えてと頼む。


更に進むと大きなミズチが出た。1匹だったが今までの大きさの倍で5mほどある。姿も少し違う。今までのミズチはただの大きな白蛇だったがコイツは頭から尻尾にかけて鰭のような物が付いていた。しかも鎌首を立ててこちらを威かくしてくる。

「クロエ!これもミズチ?」


あたしが言うとクロエが分からんと返した。前には会わなかったらしい。リリスお姉ちゃんを見たが横に首を振られた。リリスお姉ちゃんも知らないらしい。するとポロリと答えが頭に浮かんだ。蛟の成体、水の魔法を使う。

「クロエ!もしかしてこれがミズチで今までのって子供じゃない?」

「あちゃー、そうかも知れへん」


話しながらもクロエはミズチ親の側面に回ろうと移動するがミズチ親は頭をそちらに向けて警戒を緩めない。半分ほど頭が回ったところであたしは詠唱した。

「我が魔力を以て、水よ敵の視界を奪え!」


あたしは大きいミズチ親に水球は効果無いと思って水の膜を作る事にしたのだった。飛んで行った水球がミズチ親の前で広がって視界を遮る。

その隙にクロエが飛び上がると見せてミズチ親の首の近くに接近した。クロエの焔の剣がミズチ親の首に当たり、カチンと音がしてはね返された。


ミズチ親が頭を振るってクロエを突き飛ばす。剣が効かずされるままにクロエは飛ばされ木々の間の藪に落ちた。良かった、木の幹だったら怪我したかも知れない。

当面の敵が居なくなったのでミズチ親が鎌首をこちらに向けて口を開いた。そしてあたしの頭ほどある大きな水球を放った。あたしとリリスお姉ちゃんは避けた。リリスお姉ちゃんは木の後ろに隠れたがあたしが逃げた先が悪かった。ズブズブ沈む。どうやら底なし沼に当たってしまったらしい。不味い、そう思った時後ろから詠唱が聞こえた。

「我が魔力を以て、風よ鋭利な剣となれ!」


アビーさんが風の魔法をミズチ親に放ったのだ。ミズチ親の水球と風の魔法がぶつかり派手に水がばら撒かれた。あたしはその隙にスキル『影』で影の世界へ移動する。

曇り空で影が出にくかったが丁度尻尾の部分に光が当たり影が出来ていた。あたしは『影操作』で尻尾だけを抑え込む。そしてクロエの近くの影から現実世界に出る。クロエはあたたたと藪から出て来ていた。怪我は無かったようだ。ミズチ親は底なし沼あたりにいたあたしを探して首を動かしていた。

「クロエ、今よ!」


あたしの声にクロエが気付いて焔の剣を跳んでミズチ親の首筋に突き立てた。剣戟には強くても刺突には弱かったらしく、剣の半分くらいが突き刺さり、クロエが『魔法付与』を強めると焔のが拭き上げ、反対側から吹出した。

暴れるミズチ親から剣を抜くと、クロエは跳んで『空歩』まで使って離れた。


ミズチ親が痛みにボエーと鳴きながら暴れる。影従魔『レリチア』がなんか大きいのが来ると警告してきた。影従魔『ルキウス』は寄って来ている小さいミズチは全て影に取り込むと言って来た。


暫く見守っているとミズチ親の動きが鈍って動かなくなった。どうやらクロエの攻撃が致命傷になったようだ。あたしはミズチ親に近づき影の中に収納する。ズブズブと影の中に消えていくその様子は底なし沼に落ちているようにも見える。

リリスお姉ちゃんがやって来た。

「良かったわ。ミリちゃんが水の膜の中に見えなくなったから心配したわ」

「うん、影の中に隠れたんだよ。」


気が付くとアビーさんとミッチェルさんも近くにいた。

「ミリ嬢のスキルはあのような使い方もできるのだな」

「驚いてしまいましたわ」


アビーさんとミッチェルさんからは私の姿が見えていたようだ。

「戦いには向いていないと思いますけどね」


2人に釘を差しておく。スキル『影』の有用性はあまり吹聴したくない。さっきのように後ろから魔物が来ていないので2人は呑気なものだ。


遠くでグオーンと何かの鳴き声がする。影従魔『レリチア』が警告した魔物の鳴き声だろうか。複数の魔物が近づいているのかグオーンブオーンバオーンと重なって鳴き声が近づいて来ているようだ。

「気を付けて下さい。何かが近付いて来ます。」


あたしが警告する前にクロエは鳴き声のする方向を向いていた。

バキバキ、メシッメシッと森の木を押し倒してそいつが姿を表す。森の木の高さと同じ位の高さを持つ魔物だった。その首は親ミズチのような姿でありながら一つの胴体を共有していた。

「あれは、何ですか?」

「なんて大きな魔物だ!」


ミッチェルさんとアビーさんも声をあげてしまうほどの相手だ。親ミズチよりも一回り大きくて首が3つもある。一つ一つの首が激しく鳴いて何やら酷く興奮している。まさかミズチの番い?

「まさか、番いなのかいな!」


クロエと考えは一緒だった。リリスお姉ちゃんも顔が引き攣っていた。

「こんなのを相手に出来ないわ!逃げましょう、ミリちゃん!」


だがその巨体にも関わらず動きは鳴き声が聞こえてからの接近が早かった。

逃げられるのか?

そんな疑問が浮かぶけど魔物はこちらの判断を待ってはくれない。


それぞれ3つの首に水球が生じ、こちらに向かって放たれた。アビーさんのとっさの風魔法とクロエの焔の魔法付与された剣によって2つは反らされたが一つがリリスお姉ちゃんに向かっていた。思わずリリスお姉ちゃんに飛びつきそのまま突き飛ばす。


リリスお姉ちゃんはアビーさんの方に飛んていき、あたしは魔物の魔法攻撃の直撃を受けたように見えて影従魔『ルキウス』に助けられて影の世界へ逃げられた。間一髪で避けられたが魔物の水魔法は背後にあった木々をへし折り数mを抉った。


あれはミズチの進化形の雌ヒュドラじゃ。

先程のあたしの疑問にアン様が答えた。じゃあさっき倒したミズチ親が雄だったのか。雄が倒されて怒り狂っていると言う事だろうか。

その通りじゃ。逃げても追って来るじゃろう。


アン様の答えは非常だった。このまま影の世界にいれば見つからないだろうがクロエやミッチェルさん、アビーさんやリリスお姉ちゃんが危険だ。


あたしに突き飛ばされたリリスお姉ちゃんが叫ぶ。

「ミリちゃんが!ミリちゃんが居ないわ!」


あたしは立ち上がり、ヒュドラ雌の側面に移動した。ヒュドラの首の一つはあたしを探しているのかあちこちに振られている。他の2つはミッチェルさんの方とクロエの方に向いていた。3つも首があると便利ねなんて見当違いの感想を持ったがするべき事は1つ。影の世界からヒュドラ雌に攻撃することだ。


影の世界からアビーさんの後ろで何かと叫んでいるリリスお姉ちゃんも気になるが何とかしないと。

ヒュドラの弱点って何?


初見で知らない内に質問をしていた。

ヒュドラの弱点は首の付け根と赤い腹の下じゃ


アン様の答えにあたしは魔法の詠唱を開始する。影の世界では音は聞こえないが自分がしている詠唱くらい分かる。

「我が魔力を以て、水よ強固なる槍と成りてかのヒュドラの首を穿て!」


魔力が集まり音を立てているかのように激しく渦巻き、あたしの腕くらいに細く長く形を整えて行く。形を保持するのももどかしくあたしはそれをヒュドラに向かって投げた。

10m程の距離を飛び抜け、あたしの魔力に気付いたかのように首の一つをこちらに向けたが逃げる事も出来ず、ヒュドラの首の付け根を貫いた。


クロエの魔法付与された剣を弾き、刺突でさえも僅かな焦げ目しか出来なかった皮膚をあたしの水槍はなんの抵抗も無く突き抜けたのだ。弱点を突かれたのにヒュドラは体をくねらせ、木々を跳ね飛ばし、水魔法をミッチェルさんに飛ばし、アビーさんが風魔法で受けて避ける。

でも、次第に魔法を放つ事が無くなり、動きも緩慢に成りその3つ首を力無く落とした。どうやらあたしが放った水槍が細過ぎて効果が出るのに時間が掛かって居たようだ。


少し離れた影から現実世界に戻り、うなだれて居たリリスお姉ちゃんのところへ駆け寄る。

「リリスお姉ちゃん!」


あたしの声にリリスお姉ちゃんが頭をあげて驚きから歓喜の声を上げた。ヒュドラの暴れた泥を被り、せっかくの防具もあちこち傷だらけだがあたしに抱きつく。

「ああ、良かった。無事だったのね。心配したわ」

「うん、間一髪だった。」


あたしがリリスお姉ちゃんと抱き合っているところへミッチェルさんとアビーさんが近付き言う。

「一度影に逃げ込んだからそうだと思っていたが良かったぞ」

「心配しましたわ」


離れたところで倒れたヒュドラを警戒していたクロエが大きな声を上げた。

「おうい!ミリー!こいつも片付けてくれへんかぁー!」


あたしはリリスお姉ちゃんから離れクロエの方へ歩いて行き、改めてヒュドラの近くに立つ。横に倒れて居てもその高さは2m以上あって見上げるようだ。スキル『影』を使って影の世界へ移動する。

「ミリ、あんたなんかしたやろ。」


クロエが声を潜めて言った。ミッチェルさんとアビーさんには秘密にしたいので小声で返す。

「後で説明するから」


完全に取り込んでクロエと一緒にリリスお姉ちゃん達がいるところへ戻る。

「これだけの大捕物や、もうええやろ」


クロエの言葉にミッチェルさんもアビーさんも頷いた。リリスお姉ちゃんはあたしの肩を抱いて言った。

「もう帰りましょう。この騒ぎに付近の魔物も居ないようだし丁度良いわ」


付近の残っているミズチを影従魔『ルキウス』と『レリチア』が掃討してくれているので当然だ。


まだ余力のあったアビーさんを先頭にミッチェルさん、クロエ、あたしとリリスお姉ちゃんと続いて森を抜けて街道に出た。歩きながらミッチェルさんとアビーさんはポーションを飲んだのでだいぶ回復したようだ。

クロエは高いポーションが勿体ないようでもう中身が無いのに惜しそうに逆さに振って雫を舐めていた。


街道を歩いて戻りながら先程のヒュドラの話をする。誰も『鑑定』のスキルも知識も無いので大きな魔物としか言わなかったがあたしが

「あれはヒュドラという魔物じゃないでしょうか」


と言うとクロエが賛同した。

「わっちも見たこと無いけど、そうかも知れへんな。ギルドで解体して貰えば分かることやけど。」

「ヒュドラだとしたらランクは高そうね」


リリスお姉ちゃんが返答を返す。

「だとしたらかなりの大物です。どれくらいの騎士が必要だったか。突然弱り始めたから良かったものの、でなければ私達だけでは太刀打ち出来なかった筈です。」


アビーさんが鋭い事を言った。やっぱり疑っているようだった。

「とにかく、全員が無事に帰れて良かったですわ。ギルドマスターに報告しなければいけませんね。」


ミッチェルさんの言葉に全員が頷く。

それからアビーさんの戦い方の論評が始まった。

クロエの動きの良さを褒めたり、ミッチェルさんが魔物に近付き過ぎていたとか、リリスお姉ちゃんももっと離れているべきだったとか、あたしが無茶をし過ぎているとか、最後には自分の戦い方の反省になっていた。実践と訓練の違いを体験し、自分の未熟さをミッチェルさんに謝ったりする。


王都の南門に戻り、全員が泥だらけなのを門番に笑われたりしたが、帰りながら出来るだけクリーンの魔法を掛けたのだが駄目だったらしい。


門の中に入ると誰となくお腹が鳴ったのであたしがまた串焼きを人数分買って、食べながらハンターギルドに向かった。食べ歩きが初めてだったミッチェルさんには好評で他の物も食べたいとか言うのでアビーさんに窘められたりする。今度はみんなで狩りじゃなくて散策をしたいなとあたしは思っていた。


時間は掛かったけどハンターギルドに着くとそれ程人は居なかった。ミッチェルさんが来たので直ぐに別室に連れて行かれ、マスターのアルマントさんと受付嬢のアリシアがやって来た。

比較的全体を見ていたミッチェルさんが狩りの話をしてヒュドラでは無いかと言うとアルマントさんが何故かあたしを見る。あたしが呼び寄せた訳じゃ無いのに何故あたしのせいにしたがるのだろう。


クロエは始終笑い堪えており、前回のグランドスウォームを思い出していたに違いない。あなただって当事者じゃないとあたしはむくれる。話を聞き終えたアルマントさんは全員を裏の倉庫に連れて行く。


倉庫ではバンジーさんが何故か待っていた。用意が良すぎる。言われるままにミズチを出す。


みんなの前で倒したミズチの子供が2匹、親と思われた鰭のついた大きなミズチが1匹、ヒュドラが1匹だ。

思った通り小さいミズチは子供で成体では無いとバンジーさんに教えられる。鰭のついた大きなミズチは雄のミズチでランクBだとも言われ、クロエが喜ぶ。倒したのはクロエだからだ。


そして3つ首の大きなミズチは雌で別名ヒュドラだと教えられる。ヒュドラには首の数に違いがあり、強さも変わるらしい。ランクは辛うじてAで良く狩れたものだと感心される。


子ミズチが50000エソ、雄親ミズチが60000エソ、ヒュドラが100000エソで合計260000エソ。税とギルドに納める分はパーティの1番高い級が適用されると言う事で189800エソとなった。1人頭37960エソ、金貨3枚と銀貨7枚、銅貨9枚、鉄貨6枚だ。ミッチェルさんとアビーさんはお金を遠慮したが均等に分けないと後で揉めるぞとバンジーさんに言われ、そのままギルドに預ける事にした。クロエとリリスお姉ちゃんはそのまま現金で受け取り、あたしはいつも通り金貨分は預け、残りを受け取った。


さあ帰ろうというところであたしだけバンジーさんに呼び止められる。他のみんなはギルドの待合で休む事をアルマントさんに勧められ、そっちに移動した。リリスお姉ちゃんが心配そうにしていたが大丈夫だから待っててと伝える。


主幹受付嬢アリシアさんに連れられてみんなが居なくなるとアルマントさんとバンジーさんに詰め寄られた。どうやら弱点を突いた穴はバレバレだったようだ。

「こんな魔力が凝縮された魔法はよっぽどの事が無いと発動できん、ましてやミリオネアみたいな子供には無理な筈だ。だが、この穴は水魔法で穿たれた跡だ。全員の属性を確認したが該当するのはミリオネアしか居ねえ!どういうことだ!」


アルマントさんの迫力に凄く押される。仕方ないので少しだけ本当の事を言う。

「確かにあたしの魔法です。これは・・・まぁスキルを使って強化したんです。」


影の世界からの魔法が強力になるなんて言えない。これくらいが限界だ。

バンジーさんとアルマントさんが顔を見合わせてため息を付いた。

「ミリオネアはこれでランクBの魔物を3体倒した。クロエは2体だ。5体倒した時点でB級に昇格になる。クロエはお前よりも経験があるから先に昇格させたい。はぁどうしたもんか。」

「ミリオネア、お前クロエとC級の魔物をもっと狩って来い。そうしたらクロエを先に昇格させる。それから時期を見てお前だ、良いですよねアルマント。」


バンジーさんが言うとアルマントさんも賛成した。ランクCの魔物・・・

「あのぉ~、ミズチがもっとあるんですけど出して良いですか?」

「「なにィ」」


厳つい男2人にご唱和された。

あたしは転がっているミズチの側に10匹を出す。これらはあたし達を守るために影従魔『ルキウス』と『レリチア』が狩った分である。

バンジーさんに呆れられながらあたしは金貨50枚を手に入れた。



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