第47話

確かジョージ•ジョージア男爵令息だと思う。背丈はあたしとクロエよりちょっと高いけどとっても痩せっぽっちでふにゃふにゃしている。声も小さくてあまり聞こえないが言う事はちゃんとしているようだ。初めてエライザ学園に来た時のあたしなんかよりずっとちゃんとしてる。吹けば飛びそうだけど。

「宜しくお願いします、ミリ嬢」

「こ、こちらこそ。」


何を言っていいのか分からないぞぅ〜。恥ずかしさで俯いてしまい、震える手を伸ばす。何気に男の子と手を触れるなんて初めてだ。


意外と温かい手に触れて驚いて相手を見るとジョージ•ジョージアが言った。

「じゃあ、僕からやって見るね」


ジョージ•ジョージアが目を瞑って真剣な顔で『魔力纒』を始めた。あぅ、睫毛が凄く長い。色白で女の子みたいな顔つきだ。

恥ずかしさで顔を叛けるとクロエがジョージ•ジョージアとペアをしていた女の子と何故かお喋りを楽しんでいる。

「へぇ〜、じゃあメイサは幼馴染なんだ。」

「ええ、そうです。ブロード男爵家の娘なので小さい頃からジョージ様と一緒です。というか集中出来ないんでクロエ様、少し黙っていて頂けませんか」


話し掛けようとするクロエを少し鬱陶しそうに言い放つメイサ。確かメイサ•ブロード男爵令嬢だったっけ。

ジョージ•ジョージア男爵と同じパンドーラ侯爵家の寄り子だったと思う。クロエに敬語使ったりしてるから知り合いなのかも。

眉間に皺を寄せて集中しようとするがクロエが悪戯しているのか、良いところで話し掛けたり、手の握りを変えたりしている。

「クロエ様が気になるかい」


いきなりジョージ•ジョージアに話し掛けれてびっくりする。

「ええ、まあ」

「クロエ様はパンドーラ侯爵家の中でも1番の力のある伯爵家なんだ。だから僕とメイサは小さい頃にご挨拶に伺った事がある。10歳の御披露目には事情があって来れなかったから久し振りってところかな。」

「ええっと、あたしの魔力感じられました?」

「うん、大丈夫。今度はミリ嬢が僕の魔力を感じてよ」


うわあ~何だがなぁ。確かにそうなんだけど、そういう授業なんだけれどもぅ!言い方!

「は、はい」


真面目になろう。変な考えは押し出して、集中集中。

『魔力纒』から『身体強化』から『魔力感知』、そうだこれは影感知と同じだ。以前、リリスお姉ちゃんを探して必死にリリスお姉ちゃんの魔力の残滓を探した時と変わらない。違うのはスキルに頼らないだけの事だった。


ぶわぁーとジョージさんの魔力があたしの中に引き込まれて行く。あたしの魔力が水色だとすると無色に近い淡い青色をしている。あたしは引き込んだジョージさんの魔力にあたしの魔力を重ね、押し戻した。

今まで感じた事のない魔力にジョージさんが動揺している。

「な、何だい?」


驚くジョージさんに気づいてあたしは手を離した。なのにあたしとジョージさんの間に魔力が交流しているのを感じる。それはジョージさんも同じようで唖然とした表情になった。

クロエの魔力を感じようとしていたメイサがクロエの手を振りほどいて、ジョージさんを引き離すように引っ張り、あたしを睨む。

「あんた!何したのよ!」

「な、何って」

「ジョジョが戸惑っているじゃ無い!あんた何か厭らしい事してないでしょうね!」


ええっ、あたしが厭らしい事したことになっちゃうの?

クロエが後ろからメイサの肩を引いて言った。

「只、魔力を感じただけやろ。メイサの魔力と違うんで戸惑っただけやろうな」

「何いってんの!あたしの魔力にケチ付ける気?」


クロエが伯爵令嬢と言う事で遠慮していたのに地が出ていた。メイサは気付いて居ない。

「ああ、クロエ様の言うとおりだよ、メイサ。ただびっくりしただけだから。」

「わっちもミリの魔力を感じてからメイサの魔力を感じたから違いがよう分かったで」


クロエが言う事を聞いてメイサはとにかくあたしがジョージさんに何かしたのでは無いと分かったらしい。クロエの手を振り払ってずいと前に出て言った。

「なら、あたしにもやらせなさいよ」


そのふて腐れた顔であたしに迫った。もちろんジョージさんの後に交代する積もりだったので構わないのだけど。

凄く怖い。どうしたら良いの?あたしはクロエを見て助けを求めたがクロエは肩を張って両手をあげる。お手上げらしい。

「ええっと、良いけどクロエの魔力は感じられたのかしら」

「そんな事ぁ良いの!あんたの魔力とやら感じで診ないと納得いかないんだから!」


あたしはメイサの迫力に負けて手を掴まれた。少し怪訝な顔をした後に目を瞑ってメイサは『魔力纒』を始めた。

魔力の光が薄いのであまり得意ではなさそうだが感じられるのだろうか。メイサの魔力が消えて行き、あたしの魔力がメイサに引かれるのを感じるが微々たるものだ。ジョージさんに比べたら半分も無いだろう。いい加減長くないかなと思っていたらいきなり手を乱暴に離された。

「もう、何なのよあんたの魔力!」


いきなり酷い言い草だ。

「確かにジョジョとは違って薄いって感じよ!でも驚く程の事は無いじゃない!」


確かに驚く程の事は無いだろう。だってジョージさんが驚いたのはあたしがジョージさんの魔力を感じた時だからね。

クロエがジョージさんと魔力を感じあっているのを止めて口を出して来た。

「まあ、ミリに魔力を感じて貰ぃな。そしたら驚くでぇ」


メイサはあたしを睨みながら言った。

「今度はあんたの番よ!」


言われた通りあたしはジョージさんにしたように『魔力纒』から『身体強化』をしてメイサの魔力を引き込む、メイサの魔力は少なそうだったのであまり強くしないようにしたのに、魔力を引き始めたらメイサが体を震わせて、手を振り切った。

「何なのよ!あんた!」


優しくやっていたのにお気に召さなかったらしい。

「何か、魔力を全部吸い取られる気がしたわ!」


ええっ、あんなに優しくしたのに?ジョージさんはもっと早かったし、クロエには遠慮無かったわよ?

あたしが分かって無いと見たのか、また文句を言う。

「とにかく、あんたは異常だわ!バージル先生に言いつけて来る!」


ジョージさんやクロエが止める間もなく別の人に指導していたバージル先生に言いつけている。クロエもジョージさんも諦めた顔をしている。

「ごめんね、ミリ嬢。メイサは思った事は直ぐに行動するだ。いつも注意はしてるんだけどさ」

「あ、いえ。そんな」


あたしはジョージさんに謝られてどうして良いか分からなかった。

直ぐにメイサはバージル先生を連れて戻って来た。

「いったいどうした?ミリ嬢が変だとメイサ嬢が言うんだが」


クロエとジョージさんとあたしが乾いた笑いをする。

「と•に•か•く!バージル先生にさっきのをやってみせなさいよ、あんた!」


メイサにはあたしは敵認定されてしまっているようだ。ずっとあんた呼ばわりで名前を呼んで貰えて居ない。クロエには普通に接しているのに、辛ぁ〜、さっぱり理由が分からない。

「メイサ嬢の言っていることはさっぱりだがまあミリ嬢やってみてくれ」


バージル先生が言うのだからやって見ることにする。あたしのやり方が変なら先生には直ぐわかるだろう。

『魔力纒』から『身体強化』で相手の魔力を吸引し始めるとジョージさんのような無色に近い淡い青色のような魔力を感じるがあまり吸引出来ない?バージル先生が抵抗しているのだろうか、構わず吸引した分以上にあたしの魔力を戻す。戻る分には抵抗が無い。

暫く目を瞑っていたバージル先生が言った。

「うん、メイサ嬢の言うとおりだよ。ミリ嬢はちょっと異常だな」

「ええっ、何処がです?」


バージル先生はあたしの両肩に手を乗せて言った。

「魔力を感じる練習なのにもう『治癒』の魔法が使えるレベルにあるぞ。」

「「「ええっ」」」


ジョージさん、メイサ、あたしが同時にハモる。隣でクロエは当然とばかりに頷いていた。

「どういうことですか?」


あたしが聞くとバージル先生が説明してくれた。

「『身体強化』で魔力を内に込めると相手の魔力を引き込む事で相手の魔力を感じる事が出来る訳だ。この時自分の魔力に属性を加えて魔法として魔力を戻す事で『治癒』の魔法が発動するのだよ。『治癒』には体力回復の効果もあるからミリ嬢にやって見せよう」


バージル先生があたしの手を取って再び『魔力纒』『身体強化』『魔力感知』『治癒』とやって見せた。あたしの体がポカポカしてくる。何だが力が湧いてくる感じがする。

「これが『治癒』だ。」


周りからも分かるくらいあたしにバージル先生の魔力が纏わりついた。魔法が行使された証の微光だ。

「まあ、俺の「治癒」は出来る程度なので擦り傷程度しか治らんがな。確かミリ嬢の魔法属性は水だったな。『治癒』の才能があるのかも知れんな。」


バージル先生があたし達に色々言っているので周りからの視線が集まっていた。

「来週からは『魔力纒』からの『魔法付与』をやるぞ。今日の魔法を感じる練習を休み中もしっかりやるように。今日はこれで終わりだ、解散!」


そう言ってバージル先生は行ってしまった。


メイサがあたしを見てる。そして頭を下げた。

「ごめん!てっきりミリが何か変なことしたんだと思っちゃったんだ。」


頭を下げられては何も言えない。

「良いよ、気にしてないから」


本当は凹んでいたんだけどバージル先生が褒めてくれたのでそれで良しとしよう。

「それにしてもミリ嬢は凄いね」

「そやろ、ミリはなぁ、こんなにごっつう可愛いのに凄いんや」


もう、クロエったら褒めすぎだよ。

それからクロエがジョージさんとメイサに寮に帰るまで延々とあたしを褒め続けた。二人が本気にするから止めて欲しいと言っても遠慮しいなとクロエは取り合ってくれない。


あたしなんて大した事ない。またまたスキルが凄かったからいい目を見てるだけだ。それに多分継承の腕輪が魔法を使う上で大きな力になっているのだと思う。

誰にも言えないズルをしている気がしてとても自慢出来る事じゃ無いと思う。


クロエの話の合間にジョージさんの事をメイサがジョジョって愛称で言っていることやジョージア男爵、ブロード男爵の話も聞いた。2人の父親がパンドーラ侯爵家で共に官僚として仕えているために親友になったという。パンドーラ侯爵家の領都ドーランに邸宅があるけど土地は持っていない。

2人共に将来はパンドーラ侯爵家令息マクスウェル様の下で働くのが希望ならしい。最もメイサはジョージさんにお熱なのは見ていても分かる。

スキルの事を聞いたがCommonスキルなので恥ずかしくて言えないとか言ったけど無理矢理聞き出すとジョージさんは『観察』、メイサは『縫製』だという。

メイサの『縫製』はあたしには羨ましい。手元が不器用なあたしは貴族の習い事1番の刺繍が壊滅的に出来ないからだ。

ジョージさんの『観察』も上達すれば派生スキル『鑑定』を得ることが出来るのだ。派生スキルも沢山あって『人物鑑定』やら『アイテム鑑定』とか出来るらしい。羨ましいです。


既に2人共に将来の夢を持って居てその為に頑張ると言って素晴らしいと思う。戦う事は将来考えていないけど経験することが自分の為になることをちゃんと理解して、身の丈に合わせて学んでいるのだ。

あたしなんか、ULTRAスキルなんか手にしても周りに振り回されるばかりで自分から将来どうしたいなんて夢は無いのだ。クロエでさえ自分のスキルを使って領民の生活を守る事を目標にしている。

ちゃんとみんな考えているんだなあと思うと凄く自分の将来が不安になってしまった。


寮に着いて自室で何時ものワンピースに着替える。まだ、昼になったばかりだ。取り敢えず食事をしようと食堂に行く。

寮で食事をしようとするものは少ないがクロエを見付けたので一緒に食事をする。サンドイッチやまるパンを野菜ジュースで食べる。いつものように少し失敬して置く。手際の良さにクロエが呆れる。


クロエに食事の後の予定を聞くと特に何も考えていないというのでアビーさんに教えて貰った剣の練習をしようとあたしは提案した。なんだかんだでまだまともに練習を出来ていなかった。

寮の裏手には広々とした場所があって模擬戦や魔法の練習などが出来るのだ。上の学年がいないせいで誰も居ない。むしろ明日から休みになるので遊びに出掛ける者の方が多い。メイサとジョージさんも王都に買い物、いやデートらしい。羨ましいぞぅ。


一度自室に戻って革鎧に着替えて細剣を持って来る。アビーさんが教えてくれたように細剣を振るう。

細剣を足捌きで移動しながら上下に振る。前に進みながら斜めに振り降ろし、振り上げ、更に進みながら反対方向から同じ動作をし、後ろに戻りながら同じ動作を繰り返す。8回の剣の動きに対して前後の動きで1セットである。もうこれだけで腕が疲れて来た。少し休みを入れながら繰り返しているとクロエもやって来た。

「お、やってる。やってる」


クロエはあだしの前に離れて立つと

「確かこうやったな」


とあたしのより長くて銀色の細剣を振るう。

ビシュビシュ

音があたしより鋭い。1セットしたところでクロエは破顔した。

「うへぇ、こりゃごっつうきついねんやな」


大変だと分かっていて楽しそうだ。あたしもクロエに負けてらんない。気合を入れてあたしも再開する。暫く2人共に無言で練習を繰り返す。遠くから鳥の鳴き声が長閑に聞こえて来る中に細剣が振られる音が響く。


何セット出来たか分からなかったがもう腕が上らないくらい疲れて休む。最初から無理をするなんて出来ないぞと自分に言い訳をして休んでいると声を掛けられた。

「やってますね」


声を掛けてきたのはアビーさんとミッチェルさんだった。2人共にドレスを着ているところを見ると学園内にある公爵邸に戻る途中らしい。馬車でないのは学園内では禁止されているからだ。入口までは乗って来れるがそこから先は馬車は別の場所に移動するし、馬も別の厩舎に連れられて行く。


ミッチェルさんは金髪の縦ロールを揺らして碧眼を燦めかせてあたし達を見る。赤をベースとした豪華なドレスで黒のローヒールを履いている。

アビーさんは黒のひらひらの少ないドレスで白いラインが入ったキリリとした姿だ。ミッチェルさんと同じような黒のローヒールを履いていた。

2人を見てクロエも一時中断する。2人はアンドネス公爵領に行っていたのだ。戻ってきたようだ。

「ミッチェルさん!アビーさん!」


あたしは2人の名前を呼ぶ。

「ああ、続けて下さって構いませんよ。後でお二人を呼ぶつもりでしたから」


ミッチェルさんの言葉にクロエが言った。

「じゃあ、効果あったんかいな」

「ええ、確かに快方に向かって来ました。」


ミッチェルさんは話を続けたそうだったがアビーさんが止める。

「お二人は練習を続けて下さい。私達はこれから一度戻ってから学園の所々の方に挨拶があるのでまた改めてお礼させて頂きますわ」


優雅な礼をして二人が歩いて行く。暫く見送ったが何だが再開する気にならなかった。あたし達は効果あることを知っていたがクロエは嬉しそうだ。

「お祖父様が良うなって良かったわぁ」

「うん、そうだね」

「なんや、ミリは嬉しゅうないんかい」

「そんな事無いけど、なんか疲れた。」

「それじゃ、わっちは続けるで」


疲れ知らずのクロエはあたしから離れて練習を再開する。ふらふらなあたしとは違い、クロエの動きに無駄は無い。

引き締まった体にはバイタリティが満ちているのだ。それに比べてあたしはふにゃふにゃな体だから力も無い。もっと力強く剣を振らないと固い皮膚を持つ魔物には通じないだろう。あたしに合った戦い方を考えないとせっかくの細剣を無駄にしてしまう。考え込んでしまっていたのか気が付くとクロエが目の前に立ってた。

「なんや、また考え込んでいるのかいな」


少し、呆れたクロエの声にあたしは頭を上げた。

「うん、クロエみたいに体力無いからあんまり強くも長くも続けられない自分に落ち込んでた。」

「そりゃ無理やで。ミリはミリのやり方でやるしかないで。そうや、覚えたての『身体強化』つこうて見たらどないや」


クロエの勧め通り『身体強化』をして細剣振るう。

確かに剣の鋭さは増したような気はする。前に進むスピードも早いがそれだけだ。そして、何より難しく感じたのは『身体強化』をしながら意識して体を動かす事だった。細剣を振るう手順に気を取られると『身体強化』が弱まってしまうのだ。


『身体強化』の状態を続けるにはと考えてあたしはスキル『影』で影の世界へ移動した。

クロエの影が素速い動きであたしのより長い細剣を振るっているのが見える。動きもアビーさんの言っていた前後だけでなく左右も含めて工夫を加えているらしい。うん、流石に天才だわ。


影の世界だと全能感が増す。普通に跳んで見ると軽々と2m程の高さまで飛び上がる。『身体強化』をしていないのに現実世界で『身体強化』をしているような身体能力がある。


これで『身体強化』したら・・・空恐ろしい気持ちが湧き上がるが『身体強化』をしてみると、軽く跳んでも10m程跳び上がれた。案の定、倍加以上の効果だ。まるで『覚醒』を使った時のクロエのようだ。

着地も現実世界のような負荷も無い。『身体強化』していても現実世界で着地に失敗すれば足を痛めたり、転んでしまう恐怖が高く跳ぶのを躊躇わせるのに影の世界では包まれる全能感が恐怖を無くしてくれる。事実、着地に失敗しないのだ。


前後左右意識して『身体強化』したまま動いて見れば思うままに動ける。細剣を振るう速さも尋常ではなく、音はしないが少しも負担にならない。

だいいち『身体強化』自体がスムーズに出来る。現実世界よりもずっと強く可能な気がする。それこそ無限に強く成れそうな気がして思わずブルってしまった。そう言えばリリスお姉ちゃんを探しに影の世界を駆けた時は意識していなかったけどむちゃくちゃ速かったのでは無かったか。もしかしたら影の世界では魔法の効果が上がるのだろうか。


クロエが練習している場所を避けて少し離れて大木の前に来た。『魔力纒』をして水魔法で水球を生み出す。

魔力を込めるとそれだけ水球に力が増していくのが分かる。現実世界での魔力が失われる感覚が全くない。『身体強化』のように魔力が無限に扱えるような気がしてくる。


水球を大木に向かって投げる。飛んでいく速さも思った以上だ。

水球は大木に弾かれて消える事なく、抉れてかなり深い穴が出来た。現実世界ではかなりの音がしたらしくクロエが慌ててやって来た。キョロキョロ周りを見てあたしを探しているようだ。あたしはクロエの影から現実世界に戻るとクロエに驚かれる。

「わぁ!ミリ!びっくりするやないか。」

「ごめん、ごめん」


クロエが大木に開いた穴を指して言う。

「あの穴はミリがやったんかいな?」


そう言うので影の世界で魔法を使った結果を話す。

「そりゃ面白いことやな」


クロエは唸ってから言った。

「影の世界って分からんことばかりやな。ミリに貰ったこの『鍵』が無いと生き物は生きていけんのやろ?」


そうなのだ、あたしの魔力が込めらた『鍵』が影の世界で普通に生きるには必要になる。

「もしかしたら、影の世界って言うのはミリの魔力で出来てるんのかも知れんなあ」

「ええっ、そんな訳ないじゃない。」


あだしの魔力は確かに常人よりも多いようだが無限にある訳じゃ無い・・・筈だ。

「何にせよ、影の世界じゃあミリは無敵やなあ」


そうなのだろうか。あたしには自信は無い。

「そんな事言われても影の世界に住んで影から魔物狩りする訳にはいかないんだから」


そう言いながらあたしはそんな狩りをした事が無いのに気付いた。

「影の世界でもスキルは使える・・・?」


現実世界では『影操作』で魔物を影の世界の引きずり混んだりしている。石を投げるのも影の中に潜り込ませて反動のように投げたり、動かしている。影は何かの表面から出ることは出来ないのだ。だから魔物が地面に落とす影を使って魔物を影の世界に引きずり込む。魔物の体にできる影は影でないのだ。

ああ、分からない!


あたしが悩んでいるとクロエが言った。

「何にせよ、そろそろ止めて帰えへん?」


そう言われると日差しもだいぶ傾き掛かっていた。クロエに言われて戻り始めた所でクロエがふと言った。

「何にせよ、ミリはもっと体力つけな、あかんな」

そうなのだ。そこが1番の問題だった。


自室に戻ってワンピースに着替えているとリリスお姉ちゃんが帰って来た。何だが疲れた表情をしている。

「リリスお姉ちゃん、大丈夫?」


そう声を掛けるとリリスお姉ちゃんがあたしに抱き着いた。

「ミリちゃ〜ん」


こんな風に抱き着かれるのは初めてだ。柔しく背中を撫でる。何か嫌なことでもあったのだろうか。

「あ〜もう!なんでサブリナってああ何だぁ!」


サブリナ•バーカー伯爵令嬢。リリスお姉ちゃんに文句を付けるのを生きがいにしているような人だ。縦ロールピンクブロンドでアイスブルーの瞳をしていて優しげな所が一つもない。あたしにとってのエリザみたいな人だ。

「今日もサブリナさんたら決まり事を破るのが当然で、自分の言う事を聞くのが当然という態度なのよ!」


ジコチューなのはエリザと一緒ならしい。ジコチューって何だ?時たま自分では知らない言葉が浮かぶ。直ぐに自分勝手で世界は自分の為に回っていると考える人と分かる。

こういった知らない言葉が浮かぶのは継承の腕輪のせいかも知れないと最近気付いた。


あたしに抱き着いたまま愚痴を言ったら落ち着いて来たのか、暫くしたら体を離した。

「さて、着替えるわ。そしたら夕食にしましょ」


リリスお姉ちゃんはあんまり後に引かない人だ。さっぱりした気性は異性だけでなく、同性からも好かれているらしい。

これはクロエの同室のマリーちゃんこと、マリアンヌ•ロッテンマイヤー伯爵令嬢の情報だ。


食堂に行くとメイサが食事を終えて出て行く所だった。ひらひらと手を振って挨拶してくれる。

あたしとリリスお姉ちゃんがトレイを持って席に座るとクロエとマリーちゃんが食堂に入って来た。直ぐ後ろにいたらしい。トレイを持ってあたし達のテーブルに来た。

「ミリちゃんはメイサと知り合い?」


マリーちゃんから聞かれた。マリーちゃんが質問するなんて珍しい。

「うん、今日の実習で一緒になったの。ねえ、クロエ」

「そやでぇ、ちゃんとしとる娘やで」

「あら、それはクロエちゃんが伯爵令嬢だからじゃない?」


リリスお姉ちゃんが指摘する。

「そやかも知れんけど、わっちの知り合いやしな」

「メイサって寮の中で結構嫌われているのよ」


マリーちゃんがあたしの知らない事を教えてくれる。まぁメイサのあの態度が誰彼構わずなら仕方ないかも知れない。

トレイを置いて、席に付き食事を始めるもお喋りは止まらない。

「メイサが付き纏っているジョージ君が軟派でね、女の子誰彼構わず声を掛けるからメイサがヤキモチ焼いてね。」


何と上級生にも声を掛けるらしい。まぁあの女性みたいな作りの顔はハンサムと言うより美貌と言うべきものだ。ハンサムって何?ああ、顔の作りの良い男のことね。

「ことあるごとにメイサが噛みつくのよ」

「ああ、分かる。今日あたしも睨まれたし」


あたしの言葉にリリスお姉ちゃんが怖い顔になる。

「少し厳しく言った方が良いかしら」

「ああ、大丈夫だからリリスお姉ちゃん。」

「そう?ミリちゃんが良いなら何も言わないわ」


何気にリリスお姉ちゃん愛が重い。

その間も黙々とクロエは食べる。割と大食いなクロエだ。

「だからあんまりメイサの肩を持つと寮内で良く思われないかも知れないわ。」

「だから、さっきもメイサ独りだったのね」

「ミリちゃんはメイサが気になるの」


リリスお姉ちゃんが野菜ジュースを飲みながらあたしに聞く。

「気になるって言うか、可哀想に思えるの」

「ミリちゃん優しすぎるよ」


マリーちゃんがそう言う。あたしとしてはメイサは身を守ろうと棘を一杯生やす動物に見えてしまう。

「きっと、メイサは自信が無いんだと思う」

「ああ、ちょっと前のミリみたいに思うんやな」


クロエの指摘した通りなんだと思う。

「まぁ、今だってそんなに自信は無いんだよ。でも、こうやってあたしを見守ってくれるリリスお姉ちゃんや気さくに付き合ってくれるクロエや色々教えてくれるマリーちゃんがいるからやってけるの。」

「そりゃミリちゃんが可愛いからよ」


リリスお姉ちゃんが茶目っ気たっぷりに言ってくる。クロエはあたしの胸を見ながら言う。

「そりゃミリに魅力があるからやないか」

「そうねぇミリちゃんちっちゃくて可愛いもん」


クロエもマリーちゃんもあたしを褒めてくれる。とっても温かい気持ちになる。メイサもこんな気持ちを理解出来れば良いのに。


「メイサがミリみたくなるかは結局本人次第なんやねん」


本当にその通りなのだがそれを指摘できるのは多分あたしじゃなくてジョージさんだろうと思う。ジョージさんがもっとメイサを見てあげれば自信も付くのに。

「ミリちゃんがメイサの事をそんなに気にする事は無いのよ」


リリスお姉ちゃんが言う。

「そんなに遠くない内にメイサも気付くんじゃ無いかな」


そうであって欲しいな。

「それよりミリ、明日の事を言っとかんといかんよ」


クロエの言葉にあたしは内心あっと思った。

「そうだったね。リリスお姉ちゃん、明日はクロエとアビーさんと狩りに行ってくるね。」

「クロエも一緒?」


マリーちゃんがクロエに言う。

「そうやで。マリーちゃんはわっちの事は気にせえへんやろ?」

「うん、そうねぇ」


関心が無くは無いと言ったマリーちゃんの返事にクロエが少し動揺している。きっとマリーちゃんも変わって来ているのだ。

「アビーさんと言うとアビー•セクタフ騎士爵令嬢の事ね。」

「そやでぇ」

「アビーさんに剣の使い方を教えて貰う代わりに一緒に狩りに行きたいって言われたの。アビーさんはD級ハンターなんだって!」

「C級のわっちとミリには及ばんけんどな」

「狩る魔物のランクに応じて進級しちゃうからあんまり剣の腕は無いのよね。クロエは魔法ばかりであたしはスキル頼みだから」


あたしの向こうスキルの本当の力を知らないマリーちゃんが不思議そうに見ている。いけない、失言しちゃった?

「場所は学園の狩り場よりもっと西の方に行くつもりや。沼沢の森はわっちと相性が悪いんや」


クロエがわざと言葉を重ねるように話を進める。

「そうなのね。気をつけるのよ、ミリちゃん」

「分かってる。無理はしないからリリスお姉ちゃん」


食事を終えてお風呂に行ったらリリスお姉ちゃんがアビーさんのことを凄く聞いてきた。クロエとマリーちゃんは何をしているのかやって来ない。

アビーさんの話はお風呂から上がって自室に戻っても続いて居て、魔物よりもアビーさんに気を付けるように言われる。

バスタオルで髪の毛を乾かしながらリリスお姉ちゃんは言う。

「前にミッチェル•アンドネス公爵令嬢がミリちゃんのスキルに興味を持っているって言ってたじゃない?」

「うん」

「だから、探りを入れられたら誤魔化さないと駄目よ。下手にスキルを見せては駄目よ」

「え〜、魔物を影の中に仕舞うのも捕まえるのも駄目?」

「そうね、出来れば見せない方が良いわ。見せても魔物を収納する事だけにしたほうが良いわ。」

「分かった。『影操作』は使わない。授業で習った『身体強化』と水魔法だけにして置く。」

「クロエは知ってるのね。口を滑らせないようにちゃんと言って置かないと。ミリちゃん、私ちょっとクロエの所に注意しに行ってくるから、先に寝てて!」


リリスお姉ちゃんはあたしの事になると本当に心配性になるんだから・・・でも、とっても嬉しい。大すき、リリスお姉ちゃん。


あたしはリリスお姉ちゃんの言う通り先に休む事にした。クロエがリリスお姉ちゃんに懇懇と1時間もお説教を食らっているとは知らずに。


翌日、あくびばかりする変なクロエと装備を整えて寮の外に出るとそこにはアビーさんだけじゃなくてミッチェルさん迄いたのだった。

あたしとクロエを見送りに来ていたリリスお姉ちゃんとマリーちゃんも驚く。

「ミッチェルさん?」

「おはよう、ミリ嬢。それにクロエ嬢」


優雅にほぼ騎士のような鎧を身に着けたアビーさんがミッチェルさんの前に出て挨拶をしてきた。

「あ、おはようございます。」

「おはようさん、アビー」


みんなの視線がミッチェルさんに向かっているのにミッチェルさんは少しも動揺が無い。

「どないしてん、ミッチェル様は」


クロエの質問にアビーさんが苦笑しながら答えた。

「実は昨日、今日の事を話したら付いてくると言われてな。ミリ嬢とクロエ嬢が狩りをする様子をご覧になりたいと仰ってな。私は構わないが、お2人に聞いてみないと分からないと言う事でお連れした。」


そんな、公爵令嬢がしたいことを拒否なんで早々出来ない。

「ああ、もちろんミッチェル様は私がきっちり守るし、迷惑は掛けない。」


そこでミッチェルさんが優雅に歩み寄ってきた。そしてリリスお姉ちゃんとマリーちゃんを見て挨拶をした。

「おはようございます。アンドネス公爵令嬢ミッチェルと申します。」


ドレスアーマーというのか簡素なドレスの一部分が銀色に鈍く光る金属で覆われている。多分魔導具の効果があって、防御力を高めているのだろう。普段のドレスとは違うのに少しもミッチェルさんの美しさを損なって居ない。

「ボアン子爵の娘がアマリリスと申します。宜しくお見知り置き下さい。」

「ロッテンマイヤー伯爵の娘がマリーと申します。宜しくお見知り置き下さい。」


リリスお姉ちゃんとマリーさんが挨拶を返す。

貴族は高位の者から挨拶されないと挨拶も出来ないのだ。低位な者が声を掛けるなんて失礼に当たる。エライザ学園内では身分差を無く過ごす事にななっているが初めて会う場合は違う。どうしても貴族の常識に従わないといけない。

「ああ、お2人のお話は伺っておりますわ。今日はミリさんとクロエさんをお借りしますわね。」


やっぱりついてくるんだ。あたしはしょうが無いと諦めていた所思わぬ声が聞こえた。

「ミリちゃん、私も行くわ」


何とリリスお姉ちゃんが参戦すると言い出したのだ。


















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