第46話

「ミリちゃん、起きて」


ううん、もうちょっと

「いやねえ、ほら!」


バサッと布が捲れられ、温かさが失われる。

そろそろ寒さが厳しくなってくるなぁ。眠い目を擦りながら身を起こすとリリスお姉ちゃんがこちらを見ていた。

「もう、急に居なくなっちゃうんだから誤魔化すの大変だったのよ」


そうだ、リリスお姉ちゃんにメモ一つで『転移扉』使ったんだっけ。

あたしは立ってリリスお姉ちゃんに謝った。

「ごめんなさい、リリスお姉ちゃん。お父様の連絡が来て直ぐに行かなくちゃいけなかったの」

「ふふ、大丈夫よ。ミリちゃんは体調が優れないという事でクロエに伝えたから連絡も行ってるし、ずっと寝ていた事になってるからね」


そうだ、リリスお姉ちゃんの機転であたしが寝ていたみたいになってた。あたしが頷くとリリスお姉ちゃんと食堂に行く。食堂は暖炉が焚かれて暖かかった。やっぱり今日は寒かったんだと分かる。もう、ワンピース1枚じゃあ寒い季節だな。食堂の隅には毛布が山積みにされて自分で持って帰るように張り紙がされていた。


食事も温かいとろりとしたクリームシチューになっていたが、パンは堅いパサパサしたパンだった。シチューに漬けて食べればそれはそれで美味しい。

それから小さいが赤紫の甘芋と水で薄めた赤ワイン。甘芋は数が少ないから一人一個と言われて沢山確保出来なかった。甘芋はこの季節の食べ物でエライザ王国でもあまり作られて居なかった。

確か特産地はジュゼッペ公爵領だった。高地で土地が痩せて居る場所で採れる甘芋は美味しい。平地の豊かな土地で作ると大きくなるが甘みが落ちて、苦味が出て来て美味しくなくなるのだ。


美味しい甘みを食べて幸せな気持ちになるが甲高い声に邪魔をされる。

「だから、私には余分に寄越しなさいと言っているのよ!」


エリザだった。頑なに断られるも強硬な姿勢は変わらない。

「私を誰だと思っているの!そんな安物なんていくらでも買ってあげるからその食べられる甘芋を寄越しなさいと言っているのよ!」


相手に困っていると奥から体格の良いおじさんが出てきた。

「無理を言うんじゃねえよ、嬢ちゃん。」

「あなたは誰?」


エリザが出てきたおじさんの方を向く。

「俺?俺は此処の料理を任されてる料理長ってえ奴さ。」

「なら、私の言う事をそこの馬鹿女に命令しなさい!」

「あああん?馬鹿はてめえだろ?」


料理長の迫力にエリザが半歩下がるが、引き攣った顔をしたまま言う。

「何を言っているのよ。私の言うことが聞けないの?

「ああ、聞けねえな。俺に命令したけりゃシエル•ルゥーフ学園長を連れて来な!」


シエル•ルゥーフ学園長はエルフでナサニエラさんの紅茶友達らしい。あたしとも話が合うかも。

そんな事も知らずにエリザはギリギリと奥歯を噛み締め、何時ものセリフを言う。

「覚えときなさいよ!あなた!」


フンと鼻息も荒く普通にトレイを持ってエリザ様席に向かった。エリザは日当たりが良くて景色が見える窓側の席を勝手にリザーブしているのだが、今日はどうだろう。

まぁエリザを見ていても仕方ないのであたしとリリスお姉ちゃんは食事を終えて毛布を抱えて自室に戻る。遠くからやっぱりエリザの癇癪が起きているのが聞こえた。


お風呂に入りに行き、リリスお姉ちゃんが学園であった事など面白おかしく教えてくれるのを笑いながら体を洗って居たら突然後ろから抱きつかれ、胸を揉まれた。うふん、変な声が出る。

「こら!クロエ何すんのよ!」


振り向きもせずに声をあげる。リリスお姉ちゃんは判っていてわざと何も言わなかったようだ。

「何もなんやろ、元気やないかミリ」


リリスお姉ちゃんの笑い声にクロエが言葉を抑えて言う。

「なんぞ、仮病をつこうような事があったんかいな。わっちも混ぜてえな」


仮病なのはクロエにもバレて居たようだ。

「分かったから、取り敢えず揉むのは止めてくれる?」


話をしながらもあたしの胸を揉むのはクロエの胸が控えめで悔しいかららしい。

「ほなら、直ぐに上がったらミリの部屋に行くから待っといてや」


あたしからクロエは離れてさっさと鼻歌を歌いながら体を洗い始めた。あたしとリリスお姉ちゃんはお互いに顔を見合わせて吹き出してしまった。

その後ちゃんと体を洗い、温まってから部屋に戻り、食堂から持って来た毛布を整えて居たらクロエがやって来た。クロエはリリスお姉ちゃんのベットにリリスお姉ちゃんと並んで座り、こっちをニンマリと見る。

早く話をしろと言わんばかりだ。


あたしはお父様お母様と王都の金融業者ゴウト会へ盗みに入った事を話す。ゴウト会でお金を騙されて借りていたのは

タリン•パッシャー男爵

リガ•バヴァロア男爵

カティン•ヴィリニュス男爵

ロック•カンザス子爵

クリストファー•ミズーリ子爵


パッシャー男爵、バヴァロア男爵はクロエも知っている。リリスお姉ちゃんはエリザの取り巻きだった娘の実家と教えると分かってくれた。

そしてロック•カンザス子爵はうちミズーリ子爵の親戚とワカルト残りはカティン•ヴィリニュス男爵になる。お父様も知らなくて調べると言う事だったが意外にもリリスお姉ちゃんが知っていた。


カティン•ヴィリニュス男爵とは法規院の貴族だ。まだ法規院に勤め始めて2年程ならしい。ヴィリニュス男爵家はパンドーラ侯爵家の寄り子のヴッヘンドル伯爵の息子だった。エライザ学園で学び文武両道で成績は常にトップ5位に入る実力者だった。記憶力に富み、スキルはCommon『視覚』で見た物は大抵覚えて置くことが出来る力があった。


何故リリスお姉ちゃんが知っているのかと言うと許婚者(いいなずけ)として面談した事があったからだ。リリスお姉ちゃんがエライザ学園に入学した時に父親から許婚者候補として紹介されたのだと言う。

真面目で優しくてリリスお姉ちゃんはかなり惚れ込んたようだ。でも半年くらい何度か逢瀬をしている時に父親からもう会ってはいけない。許婚者候補からは外すと言われたらしい。

理由は賭博だった。仲間内から誘われて軽く遊ぶ程度だったのが依存症めいたのめり込み具合で法規院での稼ぎも隠れてかなり注ぎ込んでいたらしい。ボアン子爵である父親が調べたところに依るとヴッヘンドル伯爵の息子でありながら子爵と成れなかったのは真面目な顔の裏で賭け事ばかりして、実家にお金で迷惑を掛けた為だったのだ。

お情けで男爵位を貰ってスキルを見込んで法規院に就職させて貰ったらしい。その給料で迷惑を掛けたお金の返済をする予定だったようだ。それを知らないボアン子爵である父親は勤務先と血筋だけでアマリリスの許婚者候補としたのだった。

今は許婚者は居ないのよと寂しそうに嗤うリリスお姉ちゃん。カティンという男に怒りが湧いてきた。どの面下げて生きてんだろ、絞めないと。

あたしが独りで怒りを溜めているとクロエが言った。

「そのカティンとやらは自業自得で借金作っとんのやろ。他の男爵とかはちゃうんやない?」

「そうとも言えないわよ。金融業者ゴウト会って何処かで聞いた事あるもの」


心やさしいリリスお姉ちゃんが知っている話は借金の又貸しをしている悪徳業者の話だった。詰まり、借金を返せない契約書を二束三文で買い取り、無理矢理な方法で借金の返済をさせて居るという噂だった。それがゴウト会かもというのだ。

「これは他でも聞いた方が良いかも知れないわね」


リリスお姉ちゃんは言うが多分お父様が調べて居ると思うのだ。だからあたしは言った。

「そういうことでミズーリ子爵家の一大事だったの。着いてきたお母様は少し怖い思いをしたけど。」


もちろん両親が甘々で砂糖を吐きそうな程だったとは言えない。

「大変やなぁ〜」


クロエは呑気な事を言う。

「そうよ、貧乏子爵はお金を稼がないといけないの」

「そうねぇ、うちも借金が無いわけでもないし、他人事じゃないわね」


リリスお姉ちゃんも賛同してくれる。てか、優雅な薔薇園を持つボアン子爵も借金あるんだ。

まぁカティン•ヴィリニュス男爵の話を聞けたし、リリスお姉ちゃんに断って魔法便でお父様に知らせる事にした。クロエは狩りの話とかじゃあなかったので余り興味は唆られなかったらしく、大人しく自室に戻った。


クロエから今日の授業の話を少し聞いたが『魔力纒』からの『身体強化』が出来る者が少なかった為に明日も同じ内容はで指導があるらしい。

リリスお姉ちゃんはどうなのか聞いてみると少し得意そうにやって見せてくれた。

リリスお姉ちゃんの体に魔力の光が朧気に見える。光が少しずつ消えて行くとリリスお姉ちゃんがパンチをして見せてくれる。

ズバッ

音と共に風が発生する。強風とまで行かないが、身体強化されたパンチだったようだ。

「どう?これがわたしに出来る『身体強化』よ」


リリスお姉ちゃんの『身体強化』は普通の2倍位の力が出せるようになるものらしかったが、持続は難しく5分と保たないらしい。でも、出来るのは素晴らしい。

「凄いです、リリスお姉ちゃん!」


あたしはリリスお姉ちゃんの手を取ってキャッキャする。

「ミリちゃんの方が素質がありそうだからもっと強く成れそうね」


因みに『治癒』も余り効果を発揮出来ないそうだがスキル『妖精』でシェリーに治療して貰う方が早いという。うん、リリスお姉ちゃんはそれでも十分に凄いと思う。


普通に起床してリリスお姉ちゃんと朝食を取り、学園に登校する。クロエは既にいてアビーさんと一緒にあたしの所へやって来た。

「クロエさんから聞いたがもう大丈夫なのか、ミリさん」

「ええ、ありがとうございます。アビーさん」

「なら、明日は大丈夫ですね。」


ああ、一緒に狩りに行く件の事だなと直ぐに分かった。

「もちろんです、アビーさん。ただ練習ははできませんでしたけど」

「なに、剣の道は絶壁だ。少し練習したところで少しも変わらないです」


それ、全然気休めになってないですって。


直ぐにバージル先生がやって来て授業が始まった。ちらりとあたしを見たような気もしたが仮病だとバレてないよね。

「今日も昨日と同じく『魔力纒』の練習から『身体強化』をやって貰うつもりだがその前に歴史上の偉人について話して置いてやる。そうすれば少しはやる気になるかも知れんからな。」


前置きをしてバージル先生が話してくれたのは凡そ1500年前の聖女の話だった。


聖女の名前はパーミット•メレアーデ•エルセイヤと言い、エルフの女性だった。エルフの長老の7番目の娘として生まれ、西の奥深くにあると言われるエルフの森で静かに暮らしていた。10歳の時に人間であれば誰もが得るはずのスキルが発現しなかった。才能無しとエルフの中でも蔑まされる事になってしまったパーミットは15歳の成人を待たずして森を離れることになった。一説には追い出されたとも、自らを嘆き出奔したとも言われている。

パーミットは流浪している内にある魔法使いと出会った。その魔法使いの老人はとても貴重なスキルを持っていたがそれ故に人里離れて暮らしていた。道端で倒れていたパーミットを助けて帰った。そしてパーミットの内に萌芽としてあったスキルを見出した。パーミットのスキルは発現して無かった訳でなく未成熟だっただけの事だった。魔法使いの老人の元でパーミットはスキルを磨き、魔法を学んだ。数年してパーミットが16歳の時魔法使いの老人はパーミットを独り立ちさせた。パーミットのスキルも成熟し、魔法についても充分な知識を身に着けたと判断されたからだ。

パーミットのスキルは『時』と言い、ある範囲の時間を自在に変える事が出来た。パーミットのスキル『時』に入った魔物は時を奪われて動くことが出来なくなった。その間にパーミットの魔法で倒された。また、時期外れの植物もスキル『時』に依って成長し、果実は実を付けた。

パーミットの凄さはスキルによるものでは無く、その『魔力纒』からの『治癒』の能力の高さだった。怪我人の時をスキルで止め、『治癒』に依って怪我を治した。種族によっても個人によっても異なる魔力を同調させて『治癒』出来ない者が居なかった。

パーミットに出来なかった事は無かった。欠損を修復することはもちろん、病に伏せる者も回復させる事が出来た。出来ないことは死者を復活させる事だけだったと言われている。

パーミットは自身の種族がエルフだったから長命だったがそれ以上に自身の若さを保ち多くの国や人々を助けて回った。それは敵対する種族、国を問わなかった。だからパーミットを敵視する者もいた。乞われれば何処へも行き『治癒』して回ったからだ。どんな相手でも死にさえしなければパーミットによって助かる。どんな相手も貧富の垣根を越えてパーミットは相手にした。それ故にパーミットは100年ほどの間に『聖女』と呼ばれるようになった。時代が移ろい世界が暗雲に包まれ猜疑が覆い、国と国が絶えず争うようになった時代にパーミットは疎まれる事になった。そしてパーミットの居場所が無くなった時にかつての師である魔法使いが現れてパーミットを連れ去った。それ以来パーミットは何処にも現れなくなった。


「どうだ、やる気になったか?」


バージル先生は頑張れば『聖女』のようになれると言いたかったのかも知れないがそりゃみんなドン引きだよ。しかも1500程前の時代に生きたと言われても話半分としか思えない。

「各地には『聖女』様の足跡を残す場所がたくさんありあるんだぞ。」


バージル先生が言うには聖女様が立ち寄った宿や聖女様が使った井戸とか、聖女様が建てた祠とか胡散臭いものも多いらしい。でもそれだけ聖女様にあやかる場所が存在するのも事実だとバージル先生は言った。

「昼食の後は実技になるから覚悟しておけよ」


そう言ってバージル先生は居なくなった。

あたしはクロエとアビーさんとミッチェルさんと4人で食堂に行った。何だが今日のミッチェルさんはあまり元気が無かった。ミッチェルさんに聞けば実技が上手く行かないから少し落ち込んでいるだけよと誤魔化されたが何か悩みでもあるのだろうか。

ミッチェルさんは公爵令嬢で身分は大きく子爵令嬢とは違うが同じ女の子として出来る事があるなら力になりたい。クロエも同じようで水臭いんとちゃうかと言った。アビーさんと見詰めあった後にミッチェルさんは教えてくれた。


ミッチェル•アンドネス公爵令嬢には既に公務から身を引いたお祖父様であるトビアス•アンドネス様が隠居している。お祖母様であるマーサ•アンドネス様はミッチェルさんが小さい頃にすでに多く亡くなっていたが最近トビアス様の具合があまり良くないらしいと連絡を受けているのだそうだ。トビアス様の年齢は58歳と高齢で病気勝ちで心配なのだと言う。確かに怪我や体力の低下はポーションなどである程度治す事が出来るが病気には無力である。バージル先生の話にあった『聖女』様の力なら何とか出来たかも知れないが、今の時代に聖女様は居ない。


確かに人に話してもどうにもならない事だった。ましてやあたし達は学生であって病気に対する知見も無い。あたしとクロエは顔を合わせて、ミッチェルさんに謝った。無理に聴きだす話では無かった。


軽いランチを食べながらの話が重くなってしまった。でも、あたしは何とかしてあげたいと思う。困った時はアン様に相談だ。

ミッチェルさんとアビーさんに先に実習棟に行って貰い、用事を済ませてから行くと言ってクロエと食堂に残った。クロエはアン様の弟子の子孫だからアン様と会っても大丈夫じゃないかと思った。だからお母様に說明した時と同じく幽霊と話せると言う事にしてクロエと手を握ってアン様に質問をした。

「な、なんや。このちっこいのは?」

「さっき說明したようにアン様の幽霊なの。あたしに触れていればあたしに見えるようにクロエにも見えるし、聞こえるわ」

「おお、お前がアーノルド•パルファムの子孫なのじゃな。ううん、面影があるのう」


本当に記憶だけで幽霊じゃないよね。何だが心配になって来た。

「アン様、別にクロエを紹介するために呼んだんじゃ無いんです。」


そしてミッチェルさんのお祖父様の容態について說明して何とか回復させる方法は無いかと相談する。

「どんな病気にも効果がある訳じゃないが、多少の回復を見込める薬液があるぞぃ。」

「ええっ、そんな薬液聞いた事無いですよ」

「そやでぇ、そんな都合のええもんがあったら世の中に出回っとんるちゃうか」


そんなあたし達の反問にアン様は明快に答えてくれた。

「門外不出の『聖女の涙』じゃ」

「「えっ!聖女?」」


あたしとクロエは思わずハモってしまった。

「聖女って1500年前のあの『聖女』様ですか?」

「そうじゃ、その『聖女』が考案した薬液でどうにもならん病気で無ければ大抵の病気に効くんじゃ」

「その『聖女の涙』って何処にあるんです?錬金術室にアありますか?」

「いんや、『聖女の涙』は効果時間があるから昔の物は・・・嫌、状態保持の魔法のお陰でまだ使えるかも知れんのう」

「それじゃ直ぐに取って来て・・・」

「待ちいや、ミリ!」

「え?なんでクロエ。」

「今更やから、突っ込まんけど『聖女の涙』ちゅうもんをどうやってミッチェルさんに渡す積りや」

「ええっ、これが特効薬と言って渡す・・・いいえ、駄目ね。あたし考え無しだわ。」

「そやろ、だから少し頭を抱え使うて渡そうや」


クロエとあたしは渡す迄のストーリーを考えながら実習棟に向かった。アン様の情報であたしの秘密を守りながら不自然にならないような方法を捻り出す事が出来た。


実習棟に着くと既にバージル先生がみんなの『魔力纒』から『身体強化』の状態をチェックしていた。なかなか皆上手く出来ていない。簡単にやってき見せることが出来たのはクロエだけだった。あたしも皆とは離れた場所で一生懸命に練習をする。たぶんコツさえ分かればすんなりと行くような気がしてるのだがそのコツが掴めない。

「ああ、どうして上手く行かないのよ!」


エリザめいた癇癪が沖そうになって思わず呟いてしまった。すると目の前にアン様が現れて言った。

「何をしとるのじゃ。お主はいつも影の世界でやっておろうが」


その言葉に影の世界で自分がクロエのスキル『覚醒』を使ったみたいな動きが出来ている事を理解した。そうか、あれば無意識に『身体強化』をしていたのか。

あれば、こうして、こんなふうに魔力を纏わせて身体を意識して・・・その瞬間あたしは『身体強化』のコツを掴んだ。そして、跳ねた。軽く跳び上がった積りが3m程の高さまで跳んでいた。

周りで練習していた者たちが一斉に驚き、あたしを見てた。

は、恥ずかしい。あたしは顔を赤くしてしゃがみ込んでしまった。

「おお、やったじゃないか。ミリ嬢」


バージル先生に遠くから褒められた。クロエもやって来て凄い凄い言ってくれる。ミッチェルさんとアビーさんも褒めてくれた上にあたしにやり方を教えてと言われてしまった。因みにクロエにも以前教えて貰おうとしたが言い方が天才の擬音説明で少しも分からなかったのだ。


あたしは自分で分かったコツをミッチェルさんとアビーさんに魔力の纏わせ方から説明するとまず、アビーさんが成功し、ついでミッチェルさんも成功したのだった。

すると周りの者たちが集まってミッチェルさんやアビーさんに聞いてくる。もちろんあたしにも聞いてくるので教えてあげる事で一気に生徒の半数が『身体強化』出来るように成ったのだった。

「よしよし、順調だぞ。まだ出来ない者もいるがミリ嬢からコツをちゃんと聞いていればある程度出来るようになるから、次は魔力同調をやろう」


機嫌がとても良くなったバージル先生が少し早いが今日はこれで終わりと授業が終わった。


みんなが三々五々帰る中、あたしはクロエと一緒に学園の図書館にやって来た。以前『森の生態系』の秘密を調べる為に来ようとしていたが来れなくてリリスお姉ちゃんに本を借りて貰って以来だ。元々本は大好きなのでこんなにも来れなかったのは不思議としか言いようが無い。

学園の図書館はとても大きい。どのくらい大きいのかと言うと授業を受ける講義棟と同じ位ある。3階建てで玄関も立派だ。玄関に受付があって事務員が学生証を確認しないと中に入れない。しかも受付にいる事務員は3人もいた。

あたしがまごまごしているとクロエが率先してやり方を教えてくれた。クロエは何度も来たことがあると言う。何気に似合わない。そんな事考えたらクロエに睨まれた。

勝手知ったるなんとやら、クロエと薬草やポーションについて書かれた本を探す。幾つかピックアップして閲覧台に置く。

薬草の全て〜薬草大全〜

幻の薬草を求めて

秘薬〜ポーションの作り方〜

この3冊だ。


2人して一緒に確認していく。まず、薬草大全から捲る。最初に目次があり、薬草についての概要が書かれている。さらに個別の説明が右ページに薬草の絵が書かれ、左ページに説明文がある書き方をされている。

薬草について学ぶのまだ先の話なので取り敢えず飛ばして目次から目的の薬草を探す。ページを捲っているとクロエが見付けてくれた。その薬草が載っているページを開くとかなり後ろの方だった。

『オオボロン草』

湧き水のような水質のきれいな水辺に群生する薬草。草丈は15cm程度で根本から3つに別れて葉が伸びる。葉の形はなだらかな菱形で微かな匂いがする。軽く触れるだけでポロリと落ちる事からポロン草と呼ばれたが訛って現在の言い方になったと考えられる。草丈が5cmにも満たないものはコボロン草と呼ばれるが薬草では無い。薬効は病気の軽減があるとされるが確かなものとは言えない。民間では乾燥させたオオボロン草を束ねて軒下に吊るすとその家では病気に掛からないと言い伝えられている。オオボロン草は稀に魔力溜まりの近くに見つかる事があるが類似の薬効がある。

アン様に教えて貰ったのはこの薬草だ。良く知られている薬草だが薬草として研究されて居なかったらしい。


次は幻の薬草を求めてだ。中身は著者があちこちの山野を歩き、薬草を見付けて効果を確かめたという話がこれでもかと載っている。著者はハンターの資格もあり、時には魔物を狩り、奥山に分け入ったとある。本の最後の方である高原で夜露に光る薬草を見付けたと書いていた。現地の人々から『涙の草』と呼ばれていて、その夜露を飲んだ者が病気にならなかったという言い伝えがあると結んでいた。結局、『涙の草』が何か描かれて居ない。


秘薬〜ポーションの作り方〜は実際の工程が書かれた本であるが薬草を使うに当たって乾燥させて粉末にしてから、そのまますり潰して使う事で薬効が違うと書かれている。この本の作者は本の半分を自分で製作した魔導具での作り方を推奨していて昔ながらの簡便な方法では薬草の薬効が劣ると書いている。その中に『オオボロン草』は乾燥させて使用すると薬効が高くなるとあった。


これでほぼ情報は集まった。あたしは書き写したメモ書きを見てクロエと声を抑えて笑いあった。

アン様によると魔力の高いオオボロン草を乾燥させて涙の草の薬液で溶かし、濃縮したものが『聖女の涙』なのだそうだ。濃縮の過程で特定の魔力の持ち主が作業すると更に効果が高まると教えてくれた。


あたしとクロエは寮に帰ると帰宅していたマリーちゃんやリリスお姉ちゃんに相談する。もちろんミッチェルさんのお祖父様の話をして自分達なりに考えたと言う体でマリーちゃんやリリスお姉ちゃんに作って貰うためだ。

あたしやクロエはまだ習っておらず、実習室に行った事もないからだ。マリーちゃんやリリスお姉ちゃんはすでに講習を受けており、何度か作業したり、野外演習でも簡便なポーションも作ったらしい。


一緒に食事もして話をすると普段無口なマリーちゃんがかなり薬学に詳しい事が分かった。涙の草の生息域についても知っていた。幻の薬草を求めてに書かれていたある高原とはジュゼッペ公爵領の南方の山の向こう側のデズモンド辺境伯家のある高原らしい。かなりの高地であり、紅茶の産地も近いらしい。ああ、行ってみたいなあ。


涙の草の夜露の収集は野外演習で一緒だったサルドス子爵令嬢ラーニャさんやランベック男爵令息バルチさんに頼んで見るそうだ。2人はデズモンド辺境伯の寄り子なのだ。


試作品が出来るまでどう急いでも数日は掛かる。効果を確認するにはもっと掛かるだろう。だからリリスお姉ちゃんとマリーちゃんは先にミッチェルさんに教えて置いた方が良いと言った。


その夜は4人でワイワイ言いながら食事を済まし、お風呂も一緒に入って凄く楽しかった。部屋に戻って寝る前にリリスお姉ちゃんが言った。

「知恵を貸してくれたのはアン様でしょ?」


あははは、リリスお姉ちゃんには敵わない。バレていたらしい。

「うん、でも言えないし。あたしがいきなり発明する訳にも行かないから」

「でも、良いの?効果が確かだと分かればお金も入ってくるし、名声も得られるわよ」


いたずらっぽい言い方は分かって言っている。

「リリスお姉ちゃんやマリーちゃんの陰で少し役得出来れば良いの」

「そうね、流石は陰の実力者って感じだわ。ふふふ」


翌日、あたしはリリスお姉ちゃんだけでなくマリーちゃんとクロエと一緒にエライザ学園に行った。

教室に入るとあたしとクロエはミッチェルさんとアビーさんの元に行く。そして昨日調べてリリスお姉ちゃん達にお願いした事を話す。もちろん、必ず効果が得られるとは限らないと話はする。

それでも、あたしが渡した『聖女の涙』のレシピを持って、凄く感謝してくれていた。そして直ぐに連絡しなくては!と午前中の授業を休むと言ってアビーさんと教室を出て行った。いつも授業は真面目に出席し、いい加減な所の無いミッチェルさんに取って最優先と云うことなのだろう。


バージル先生が来るのを廊下でクロエと待ち、やって来たバージル先生にミッチェルさんとアビーさんの欠席を知らせる。頷くだけでバージル先生は特に何も言わなくてそのまま、普通に授業が始まった。


「昨日の状況であれば今日の『治癒』は出来る者が何人かいる筈だ。再度の説明になるが『魔力纒』の状態で魔力をコントロールして『身体強化』までする。その状態で普通の相手の魔力を感じる練習になる。

感じる練習だけなのでこのまま教室でペアになってそれぞれやってみろ。」


あたしはもちろんクロエとペアになってまず、『身体強化』が得意なクロエがあたしの魔力を感じようとする。なかなか上手く行かないようだ。聞くと魔力が反発する感じはするが魔力を感じる事が出来ないようだ。

交代してあたしが『身体強化』をして素のクロエの魔力を感じようとする。確かに凄く反発する感じがする。目に見えないがクロエは普段から魔力をダダ漏れさせている感じがする。魔力が高いのだろうか。あたしなら意識しないと『魔力纒』すら出来ないのだ。


あたしはクロエの魔力が反発して来るのではなく、自分の身体がクロエの魔力を受入れていないのでは無いかと感じた。だからクロエの魔力を感じるより『身体強化』のように自分の体の中に引き入れるようにしてみるとクロエの魔力をすんなりと感じる事が出来た。まだ、微かであるが出来たと思った。なので直ぐにクロエに今の感じを説明する。感覚派のクロエは理屈で説明されるより理解してくれると思ったのだ。

再びクロエが『身体強化』をしてあたしの魔力を感じようとするとクロエが叫んだ。

「おほっ!ミリの言う通りや!」


静かに集中しているのに叫んだりするからみんなの視線が集まる。

「なんとのうコツが分かったで!」


そう言ってクロエがあたしの手を離してみんなに説明し始めた。感覚派のクロエの言う説明はギュッと萎ませるとかほへっと受け入れるとか擬音が混じるので分かりにくいのだが、聞いていた数人はそれで分かったのか声をあげて、クロエが正しいと言い始めた。


『魔力纒』から『身体強化』にコントロールして他人の魔力を感じ取る事が出来るようになった者が増えて来た所でバージル先生が言った。

「以前にも言ったが属性によって『治癒』の効果は違うが強弱はあれど『治癒』は可能ということだ。これ以上の魔力コントロールは自主練習をしてくれ。『治癒』を使える者は『身体強化』をした状態で『自己治癒』という特殊な力を持つもの者もいる。此処まで魔力を扱える者は達人級と言えるがそこまで出来なくても構わん。他人の魔力を充分皆が感じる事が出来るようになってから『治癒』の扱い方は教えるのでそれ迄自主練習とする。」


バージル先生が生徒の間を歩いて回って出来ている者を確認している間にあたしとクロエはもう一度交代してあたしが感じる側で練習する。馴れて来たのかさっきよりずっと抵抗無くクロエの魔力を感じる事が出来る。感じているとクロエの魔力がどんなふうに出ているのか分かるような気がした。

クロエの場合手足から魔力が沢山出て居て、体から出る分は凄く少なく感じる。普段から偏った感じで魔力を使っていると言うことなのだろうか。クロエと交代して、あたしが感じた事をクロエに聞いて見ると話し掛けたのが邪魔したのかクロエは『身体強化』を解いた。

「そやなぁミリの場合はムラは無いんやけど魔力が薄いって感じや」


魔力が薄いってどういう事?

「そない言われても感じただけや」


そう言われるとクロエの魔力は強さがあると言うか濃いのか。そう言ってやる。

それを聞いていたらしくバージル先生が口を出して来た。

「ほう、ミリ嬢とクロエはそこまで分かるようになったか。」


手を叩き、バージル先生が言う。

「みんな、聞いてくれ。互いの魔力の違いが分かって来たら他の者と交代してペアを変えてやってみろ」


ざわざわと声が上がったがクロエがあたし達の近くでペアを組んでいた男子に声を掛ける。あたしは話をしたことも無かったがクロエはお構い無しだ。















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