第45話

自室で買ってきた細剣を見ているとリリスお姉ちゃんが帰って来たので武器屋『不壊』の話をする。ふんふんと聞いてくれるリリスお姉ちゃんは別の武器屋で片手剣を買ったと言って野外演習とかで使ったものを見せてくれた。刃先が油に濡れてテカテカしている。武器の講習があり、説明とともに手入れの方法も教えて貰うらしい。

あたしの細剣、リリスお姉ちゃんの片手剣を机の上に置いてあたし達は食堂に向かった。


食事はいつも通りのシチューだったが今日は肉が少なかった。パンは中身がスカスカなのに固い独特なものでシチューに浸けないと食べられない。

ジュースは止めてリリスお姉ちゃんと同じ赤ワインを薄めたものにするする。パンの味と妙に合う。もそもそ食べているがリリスお姉ちゃんは急かさないで食べるのを待ってくれる。

その間にもリリスお姉ちゃんの話が続く。内容は生徒の髪型の話や手持ちの小物の話だ。


やっとあたしが食べ終わってトレイを片付けて自室に戻ろうとした時に悲鳴が聞こえた。

キャ~!

喜んでいる声では無くて驚いたが声のようだ。しかもあたし達の自室の方だ。急ぎ足で自室のドアを開けるとあたしの細剣を片手に転んでいる女の子が居た。

「誰?!」


リリスお姉ちゃんは言うがあたしには直ぐに判った。ピンクブロントのゆるふわヘアーはあたしの知っている人だ。

「シェラトンさん・・・」

「あなた、いったいこの部屋で何をしてるの!」


あたし達がドアを開け放して居たので野次馬が顔を覗かせる。その中にクロエが居たのでクロエだけ中に入れてドアを閉じる。振り返ると床に正座させられたシェラトンさんが居た。

「あ、あのその、ご、ごめんなさい!!」

「その手のものは何!」


シェラトンさんはあたしの細剣を持っている事に気が付き、後ろ手に隠す。ムリムリー見えてるし。

「えとえと、これは、あのその、見せて貰ってただけなの、ほんと、本当よ!」


リリスお姉ちゃんは冷たい目でシェラトンさんを見詰める。その間にあたしはこの部屋で何があったのか影従魔『ルキウス』から説明を受けていた。

あたし達が食堂に出た後に部屋の鍵が掛かっていないのを確認した上でシェラトンさんは入り込んだらしい。そして机の上にある剣を見比べたようだ。最初にリリスお姉ちゃんの片手剣に手を出そうとして、止めて、じっくりと見たようだ。きっと刃先にちゃんと油を塗って手入れがされているのに気付いたのだろう。

細剣を見て短い事を確認して手に取ろうとしたので影従魔『ルキウス』が影の世界から押さえ付けたそうだ。一生懸命に引っ張るシェラトンさんだが持ち上げる事も出来ずに両手で引っ張り始めたので影従魔『ルキウス』が放したのでシェラトンさんはひっくり返ったらしい。悲鳴はシェラトンのひっくり返った時のものだった。


あたしが掻い摘んでリリスお姉ちゃんに影従魔『ルキウス』の話をする。一緒に聞いていたクロエも呆れ返った顔になった。

「何にせや、あんたがミリの細剣を盗もうとしたことは明白や。出るとこ出ようか」


リリスお姉ちゃんはため息を付いた。するとシェラトンさんが大泣きしながら白状しだした。

「うわぁ〜ん、ごめんなさぁ〜い。許してぇー。エリザさんに命令されてやりましたぁー。ごめんなさぁ〜い。やらないと借金の返済を待たないぞって脅されたんですぅ〜、あああ〜ん、あ〜ん、ごべんなざぁ〜い。」


鼻水と涙でぐちゃぐちゃになりながらシェラトンさんは謝り続けた。感情を出さないような無表情だったシェラトンさんが大泣きしていた。リリスについてもクロエも呆れ顔だ。でも、あたしは同情してしまう。

「ああ、もう良いわ。ミリちゃんあなたが決めなさい。あなたの細剣が盗まれそうになったんだから」

「そうやな、ミリが決めればええんとちゃうか」


2人から言われてあたしはシェラトンさんに声を掛ける。

「シェラトンさん、聞いても良いですか?」

「・・・ずびずばぁ〜、何をでずかぁ?」

「ハンターギルドの受付嬢のアリシアさんってあなたのお姉さんですか?」


一瞬何を聞かれたのか分からなかった様だったが息を止めて言った。

「お願いですぅ〜、お姉様には言わないで下さいィー!これ以上心配掛けたくないんですっ!」


やっぱり想像していた通りの様だった。

「どうしてお姉さんはギルドで勤めているの」


あたしの質問が何を意味しているのかリリスお姉ちゃんは分からなかったけどクロエには通じたようだ。

「借金ゆうてたけど、そのせいなん?」

「・・・はい、結婚も決まってたのにお父様がお金なんか借りるからそのせいで流れてしまって。しかもお金を稼ぐ為には働くしかないって」


断片的にしか分からなかったがバヴァロワ男爵が借金の肩代わりをしたせいで借り先のダンダン伯爵には頭が上がらなくなるなったらしい。むむむ、またもやだ。

「わたしがミリさんの剣を持っていかないと・・・どうなるか」

「良いわよ、あたしの細剣持って行っても。その剣はあたしから離れると自動的に戻ってくるから心配無いわ」


勿論、嘘である。

「は?」

「だから、それ持ってエリザの所へ逃げなさいな」

「クククッ、はよせんとミリの気が変わるでぇ」


クロエは何かに気付いたらしく煽ってくれる。

ドンと床を踏むとビクッとシェラトンさんが細剣を持って立ち上がり、あたしがクロエとの間を開けると脱兎の如くドアを開け放しで逃げ出した。いきなりドアが明いたので野次馬が驚いて居る。あたしがドアを閉めるとリリスお姉ちゃんがこっちを見ていた。どういう積もりか説明しないとね。


あたしが説明をするのをクロエが横で聞いている。

「きっとシェラトンさんはエリザに逆らえないのよ、家族を守るために。だからあたしの細剣を持って行かせたの。そうすれば少なくてもシェラトンさんはエリザに何かされないわ。」

「でも、良いの?ミリちゃんが使う積りで今日買ってきたのでしょ」

「そやで〜、結構気に入っとんやろミリ」

「うん、明日には取り帰すわ。影従魔『ルキウス』に取って来て貰うのよ」

「かかかかか、やっぱりやで」

「ああ、それで渡したのね」

「うん、無くなればエリザにもどうして無いのか分らないわ。あたしが返してと言って来ると思ってるだろうけど。きっとシェラトンさんに聞くでしょうね。でも、あたしはシェラトンさんに細剣は自動的に戻ってくると言ってあるからエリザも納得するしか無いわ」


会話を聞いていた影従魔『ルキウス』から了解したと返事も来ていた。騒動が落着いたのでクロエが部屋に戻ると言ったが振り向いて爆弾を投げた。

「あ、そうや。エリザの前の取り巻きのエマ•パッシャー男爵令嬢な、あれも借金のせいで学園を止めたらしいで」


寝る前にあたしはお父様に手紙を書いた。シェラトン•バヴァロアさんとエマ•パッシャーさんの事だ。お父様なら何か知っていると思う。何故かリリスお姉ちゃんはシェラトンさんの事を言わなかった。


翌日、起きると机の上に魔法便が届いていた。お父様からの返事だった。

あたしは手紙を読むと急いで紙片に『今日は病欠』と書いてリリスお姉ちゃんの机に置いて、ベット上から『転移扉』を開いて『拠点』のアン様の家に移動した。リリスお姉ちゃんは洗顔の為に部屋に居なかったのだ。


アン様の家にはお父様とお母様が待っていた。

「お父様、お母様!」


お父様とお母様は大きなテーブルで朝食を摂っていた。あたしは顔も洗わず寝起きのままだ。

「おお、ミリ。早いな」

「まぁミリちゃん。ちゃんと着替えてから来ないと駄目よぉ」


お母様は普通の服装で大怪我の演技はしていなかった。とても元気そうである。お父様が側にいるから感情は揺れないが離れたら不安定になるかも知れない。以前のように代理として気張って要られないかも知れない、あの火事のせいで。

「ええ、そうですね。ちょっと着替えて来ます。」


そう言ってあたしは2階の自分の部屋で置いてある白いワンピースに着替えて降りてきた。お父様はお母様が入れてくれた紅茶を飲みながらあたしが来るのを待って居たようだ。近くにはあたしの為にお母様が朝食を用意してくれていた。

軽く熱を加えた野菜と炒り卵。四角く白いパンにリンガのジャム。香り漂うアッザムの紅茶。お母様に聞くと最近の定番だそうだ。病人の振りはそろそろ終わりらしい。


お母様に礼を言ってもそもそ食べ始める。その様子をお父様が見ながら話を始めた。

「ミリが手紙で教えてくれたパッシャー男爵家だが私も知っている男だ。昔私が紋章師をしていたのを知っているだろう。その紋章の型を造る技師だった男だ。だから同時に家印も造っていたんだ。型を作るのに必要なスキル『精密』を持って居て、私の『緻密』と相似のようなスキルだったので仲が良かった。」


お父様の顔が曇る。

「だいぶ前から引き抜きの話が来ていたのは知っていたが彼は頑なに断って居た。型を造る技能レベルは子爵だったが伯爵の型も作って居たらしい。」


技能レベルと言うのは王家が許可するレベルの事で、男爵、子爵、伯爵、侯爵と爵位が上がるに連れて紋様が複雑になり、真似を出来ないレベルで造られるらしい。その後に王家の秘伝の方法で魔力印となるように仕上げられると教えて貰った。

「その彼がついこの間亡くなっている事を知らされたよ。家が火事で消失し、その中で死んでいたそうだ。一家は離散、婦人は廃人同然で実家に帰ったが娘のエマ嬢は行方不明だそうだ。借金があったという噂もある。」


お母様が話を聞いて涙していた。あたしはうちと同じなのかと疑いを口にする。

「ああ、うちと同じ方法で嵌められた、いや、うちが同じ方法で嵌められたのだろう。」


悔しさからか、お父様の顔が厳しい。

「それからロベルトが嵌められた方法が朧気に判ったよ。」


お父様に依ると王家より支給される家印の偽印を造り、契約をして見せる。その後スキルか土魔法を使えば別の内容が全く違う契約書が偽造出来、それに本物の家印を押せば新しい契約書の出来上がりだ。

勿論、契約書は契約者の数だけ複製されるが、契約の『契約名』が同じなら日付の新しいものが正しいとされて、古い契約書は魔法印を押した者が焼却廃棄出来るのだそうだ。

お父様がロベルトお兄様の契約書が破棄されるのに立ち会っているから古い契約書が燃えて無くなっていることを知っている。

「あの時、このからくりを知っていれば・・・」

「でも、偽印なんて犯罪では無いでしょうか?」

「もちろんだ、契約書の偽造も犯罪だ。証拠を持って法規院に提出すれば厳しい処分をされるだろう。伯爵と言えど只では済むまい。」

「でもダンダン伯爵がそれの用意をしていないとは思えない・・・」

「そうだ。もしかしたら法規院にも手が伸びているかも知れん。」


お父様の説明では法規院と言う組織があってエライザ王国が建国されて以来、沢山の法律が作られ、周知されて来た。その法律を取り纏めたり、実際の事件を判断して法に照らして判決を下す組織らしい。組織の内情は詳しく知られて居ないがその判決は王と言えども簡単には覆せないらしい。

「だが、それには証拠が必要だ。偽の家印が何処にあるかは分からんがそれがあれば決定的だろう。恐らくダンダン伯爵家の何処かに秘密に保管されて居るに違いない。もしくは王都の金融業者ゴウト会が保管して居るかも知れん。王都の金融業者ゴウト会もダンダン伯爵と共謀している可能性が高い。王都の金融業者ゴウト会が保管している契約書も入手出来れば証拠になろう。」


あたしはひとつ思い付いたのでお父様に言ってみる。

「あたしのスキル『影』で影の世界に行って盗めるかも知れません。」

「そんな事が出来るのか?」

「影ですから少しの隙間でも入り込めるし、穴さえあれば魔法鍵の掛かった金庫の中身も取り出せると思います。」

「だがミリには契約書や家印は分からんだろう」

「お父様と一緒なら大丈夫です」


お父様は腕を組んで考え込む。そして言った。

「うむむ、この際だ。非常手段も仕方あるまい。」

「そうですよ、相手は詐欺を働いているんですから」


そういった経緯であたしはお父様と取り敢えず王都の金融業者ゴウト会を訪ねて見る事にしたのだ。

先ずはお母様の説得だった。だってお父様と離れたくない、イヤイヤやだぁ〜だったのだ。必死のお父様の説得は・・・失敗。仕方無しにお母様も一緒に行くことに。


アン様の『拠点』である家から『転移扉』を抜けて王都のエライザ学園のあたしの自室のベットの上に出る。初めて見た娘の部屋をお母様はじっくりと見て、何も無いことが分かると同室のリリスお姉ちゃんの事を矢継ぎ早に聞き始めた。

置いてある書物から机の上の小物から片手剣の事やら、ベット下の服まで引き出して見始めてしまう。お父様の注意で何とか止めさせられたがこのまま寮の中を案内する訳にはいかないので、手を繋いでスキル『影』で影の世界を通って外へ。


そしてお父様の案内で王都を歩いて行く。薄暗く見にくいとのことで一度現実世界に戻って歩く事になった。一応鍵を身に着けて貰ってはいるが影の世界はやはり心配ではある。お父様は大通りを進み、商館がたち並ぶ地区の外れの建物の前に来た。


商館が2階建てなのにこの建物は5階建てだった。ビルと呼ばれる建物は他と違って異様な様子だった。再度、影の世界に行く前にもう一度お父様とお母様に念押しをする。

手は離さないで。

音は聞こえないが手を繋いでいればあたし達だけは話が出来る。金庫の中身を取り出すのは影従魔『ルキウス』に任せて指示だけをすること。

わくわくしているお母様を見るとあたしは独りで来たほうが良かったのではと何度目かの後悔をした。


あたしはスキル『影』でお父様お母様を連れて影の世界へ移動する。入り口の隙間から難なく中へ入ると中央のテーブルでカードゲームをしている厳つい男達がいた。他のテーブルにも酒を飲んでいる物や、腕を組んで居眠りをするものなど、用心棒なのかと思う。

お母様が小声で呟く。

「クリスぅ、怖い人達が沢山いるわぁ」

「大丈夫だよ、シェリー」


やっぱりお母様置いてきた方が良かったのでは。

奥に階段があり、さっさと抜けて上に上がって行く。何人かは何かに気付いたのかこちらをちらりと見たようだ。気配とかわかるのだろうか。


2階は幾つかの部屋に別れているようで覗いては居ないが商談とかしているのかも知れない。

3階も似た部屋があったが床の絨毯が豪華になって居てそれなりに作りが違うようだった。お母様に品評される。

「この絨毯はゴブラン織りかしら、高そうよ」


4階はまた大きなフロアーになっていて1階のように人が居た。テーブルではなくソファが幾つか置かれ、腕が立ちそうな男達が談笑していた。あたし達が入ると一斉にこちらを見て顔を見合わせている。何かが入り込んだ事に気付いたようだが姿が見えないので怪訝に思ってるようだ。

お母様がお父様に抱き着く勢いで近くに寄り添う。仲が良いのは大概にしてほしい。


うん、気をつけ無いと気付かれて危なそうだ。側に寄り添っている影従魔『ルキウス』が声にならない唸り声をあげた気がした。でも、それだけだったので奥の階段を登って最上階へ行く。


5階は待合室みたいな場所の先に一部屋だけあった。誰も使って居ない長椅子がぽつんと置いてある。でも、部屋の前には武器を腰から下げた用心棒が2人居た。あたし達が上がった途端に身構える。影伝いに移動しないとあたし達の影だけが移動しているのが直ぐにバレそうだ。陽ざしか丁度ボス部屋の前に差し込んでいるからちょっと移動するには不味い。

ここは影従魔『ルキウス』に階下で騒ぎを起こして貰い、隙を作った方が良さそうだ。

あたしの意図を理解して影従魔『ルキウス』は眷属に暴れさせる事にしたようだ。あくまで自分はあたしの側にいたいらしい。


1階で騒ぎが起きたようで騒然とした雰囲気になったが部屋の前の用心棒2人は平然として動かない。うん、用心棒の鏡のような人達だ。

ドアが開いて男がひとり出て来て何か叫んでいる。そして、用心棒2人に命令したようで階段を用心棒を連れて降りていく。階段の陰に居たあたし達をすり抜けて降りて行ってしまった。あたしは慣れていたがお父様お母様の顔は引き攣って居たようだ。だって普通ならぶつかるので人が居るのが直ぐに分かるのだから。

誰も居なくなったので階段の上に出てドアの向うに移動して現実世界に戻った。ついでに影従魔『ルキウス』に頼んで長椅子を階段の入口を塞ぐように指示する。これなら慌てて戻って来ても直ぐには上がって来れないだろう。


「ふあぁ、怖かったぁ」

お母様が息を吐いて心情を吐露する。

「お母様、あまり大きな声で話さないで下さいね。見つかるとやばいので」

「そうだぞ、シェリーは大人しくしててくれよ」

お父様がお母様を優しくハグする。だからそういうのは娘の前では止めて欲しい。


お父様が部屋を物色し始める。外から見た部屋より中に入った部屋は狭かった。何か隠し扉や倉庫のような物があるらしい。大きな机を調べて居たお父様が仕掛けを見付けて、操作すると絵が掛けられて居た壁の一部が引き込まれて人が通れるような穴が開いた。

隠し部屋にお父様お母様と中に入り、影従魔『ルキウス』に閉じさせる。万が一ボスが戻って来たら直ぐにバレてしまうからだ。お父様は驚いたがあたしは天井を指して言う。

「大丈夫です。あの明かり窓があるから直ぐに逃げ出せますから」

「ああ、そうだな」


お父さんが隠し部屋の棚を探し始めた。あたしも真似をしてみるが何が何だがよく分らない。お母様は床に放置されている小物や置物を手にしては何やらブツブツ言っている。

暫くしてお父様が何枚かの契約書を見付けた。

「あったぞ。日付やら契約者の名前に心当たりのあるものを選んだ。おや、シェリーそれは何だ?」


お母様は床の置物の中から宝箱のような箱を見付けて中を漁って中身を取り出して居た。その中に押印のような物が幾つかあった。お父様もしゃがみこんでひとつひとつ確認していたが唸った。

「ミリ、思わぬ証拠があったぞ。これは家印の試作品のようだ。こんなところに放置して置くなんて」

「褒めてぇ、クリス!」


お母様がニコニコ顔でお父様に言うとお父様は良くやったと頭を撫でる。だからそういうのは別の所でやって欲しい。


階下から怒鳴り声が聞える。もどって来たボスが階段を塞いでいる長椅子に文句を言っているようだ。

お父様が腰のアイテム袋に証拠の品をしまったので2人と手を繋いであたしはスキル『影』で影の世界へ移動して、ビルの外に出てしまう。

そこで移動の手間を考えて影従魔『ルキウス』にエライザ学園の寮の自室まで運んで貰う。自室で現実世界に戻り『転移扉』を通って『拠点』のアン様の家に出る。此処まで来れば安心だ。


あたしはお父様とお母様の手を離し、直ぐに現れた影従魔『ルキウス』に礼を言った。

「ルキウス、ありがとう。お陰で上手く行ったわ」

「なんの、あるじ様の力になるのが儂の役目じゃ。只、現実世界には影の世界からしか干渉出来んのが残念じゃな。早う『影実体化』を覚えてくだされ」


あたしがルキウスと話している間にお得はソファに座り、持ってきた物を確認している。お母様は勝手が分かっているので紅茶の準備をしている。


「『影実体化』?」

アン様の幻影が目の前に現れた。何故かあたしと同じ位の大きさだった。初めて見るので驚く。

「『影実体化』とは影従魔を現実世界に実体化させるスキルじゃな」

「ええっ、じゃあ影の世界じゃあ薄らぼんやりとしか見えないルキウスの姿が見えるの?」

「そうじゃ。だがそれにはもう少しスキル『影』を使わんとな」


いきなり抱きつかれひゃっと声をあげる。お母様があたしを後ろからハグしたのだった。

「何を独り言、言ってるの?ミリちゃん」


ハグして目の前に現れたアン様の幻影を見てあたしにハグしたまま驚くお母様。

「ん!こ、この人誰なのミリちゃん!」


あたしの前世で継承の腕輪で見える幻影なんて説明しても分かりづらそうだったので簡単に說明する。

「この人はこの家の元持ち主のアントウーヌの森の魔女様、アン様よ。ゆ、幽霊みたいなものかな」

「さっきからミリちゃんはこの人と話していたの?」


少し違うが構わないだろう。

「そうね、あたしに触れていないと見えないから」


何気にお母様は初めてアン様に会ったんだった。あたしからお母様が離れて姿勢を正すと自己紹介を始めた。

「初めまして、わたくしはミリの母親のシェリーヌミズーリと申します。いつも娘がお世話になっており、ありがとうございます。」


あたしから離れたから見えないのにお母様はカーテシーをして、前を見て怪訝な顔をする。あたしがお母様の肩に手を置くとアン様の等身大の幻影が現れた。

「これはこれはご丁寧な挨拶をありがとうございます。」


何故かアン様の幻影がまるで生きているかのように返答をした。しかも普通の貴族のような話し方だ。あたしを除け者にして2人してあたしの事で盛り上がっている。話の中でアン様が500年前の人間と分かるとお母様はエンドロール侯爵の話を聞き始めた。あたしも知らない話だ。


アン様に依るとエンドロール侯爵家は500年前は侯爵じゃなかったらしい。遡ればエライザ王国の建国にまで行き着くが騎士から始まって少しづつ爵位を上げたらしい。

500年前は子爵だったようだ。爵位はそれ程では無いがずっとミズーリの辺りを治めていて、王都近くまで領土を広げたのは最近の事らしくアン様も知らなかった。

エンドロール子爵家が何をやっていたのかはアン様は知っていた。穴(ダンジョン)を守っていたのだ。なぜならエンドロール子爵家の許可を得て、穴(ダンジョン)の浅層で錬金術に必要な資材を集めていたのだ。

勿論、穴(ダンジョン)産だけが錬金術の素材では無かった。それにエンドロール子爵家だけでなく他の領にも穴(ダンジョン)は存在していて、少なく無いハンターがお宝を求めて入っていたらしい。


いわば穴(ダンジョン)全盛期とでも言う時代だったらしい。

その頃はハンターと言わないで冒険者と言っていたらしいのだ。だが魔導具を使っての身分証明証は変わらないようでタグと言われていたようだ。

パーティを組んで穴(ダンジョン)の浅層では飽き足らず深く入り過ぎて戻って来ない者も少なくなかったらしい。しかも穴(ダンジョン)と穴(ダンジョン)が繋がっていた場合もあって、深く潜ったパーティが他の穴(ダンジョン)から出てくるなんて事もしょっちゅうあり、マップを作っても中での道が変わってしまって役に立たなかったようだ。


今では誰も入らないのでそんな知識も失われてしまっている。しかも地上の魔物と違って穴(ダンジョン)の魔物は悪夢に出てきそうな判別さえ出来ない存在で弱点も分らない状態だった。

だからその頃の冒険者は穴(ダンジョン)に入れる階層に応じてレベルという強さの判定があったらしい。

アン様はレベル5と言う事で5階層まで行って帰って来れる強さだったらしい。そして、その頃の冒険者の最上のレベルは9だったらしい。

穴(ダンジョン)の階層の深さは底知れないもので誰も届いた事は無かったという。アン様が亡くなる迄の約100有余年は変わらずそんな時代だったらしい。それから言い伝えでは魔物増殖(スタンピード)が起きた為に穴(ダンジョン)への探索は禁止されたようなのだ。


エンドロール子爵が穴(ダンジョン)の管理をして何とか魔物増殖(スタンピード)を抑えたと言う事らしい。現エンドロール伯爵の蔵書の中にもどうやって抑えたのかそれらしい記述は無いのよねとお母様は言う。

ええっ、お母様調べた事あるのかしら。ふふふと笑うだけではっきりとは教えてくれなかった。


でもあたしは何となく、その方法を調べられそうな気がするのよね。ヒントはお母様の『森の生態系』という本にある気がしてる。前にアン様に聞いたが知らなかったけどね。多分『魔族』『エンドロール家の蔵書』『スキル影』この言葉は関係があると思う。もしかしてエンドロール家の始まりには初代『シド』様が関係しているのかもと憶測している。


アン様とお母様のお喋りはお父様の言葉で終わりになった。

「シェリー、ミリ、分かったぞ。」


あたしとお母様はお父様の声に振り向き、あたしはお母様の肩に置いた手を離す。アン様の幻影が消えて行く。その表情が少し寂しそうに見えたのはきっと気の所為だろう。


「ここにある契約者はタリン•パッシャー男爵、リガ•バヴァロア男爵、カティン•ヴィリニュス男爵、ロック•カンザス子爵、そしてミズーリ子爵だ。」

「カンザス子爵様ってあのメローネが嫁いだ子爵様の事なの?」

お母様が心配そうにお父様に聞く。

「そうだな。ロック殿にも確認が必要だな。もしかしたら家と同じ様に嵌められたのかも知れん」


メローネとはあたしにとっては伯母さんに当たる。お母様の妹である。あたしが産まれた頃には頻繁に遊びに来ていたのだ。

「ロック殿も心配だが、このカティン•ヴィリニュス男爵の事も調べよう。」


あたしは聞いたことの無い名前だがお父様には調べる宛があるらしい。

「杞憂なら良いが法規院の関係者かも知れんな。そうなるとかなり厄介だ。」


お父様が額に手を当て考え込む。

「お父様、証拠が足りないんですか?」


額から手を離し、あたしを見てお父様は言った。

「そうだな。契約を無効として訴えるなら全員の署名も居るし、それぞれの主張についても纏めた書類が必要になる。それからダンダン伯爵との繋がりの証拠も必要だろう。」

「お父様、あたしなら何処からでも証拠を盗んできますから仰ってください。」


やや呆れた目線でお父様に見られた。おかしな事を言っただろうか。

「ははは、まぁミリなら可能だろうが、やり過ぎは良くないんだ。あまり不正な証拠集めは却ってこちらが不利になるんだよ。」


お父様の言う事は良く分からなったが今は必要無いことは分かった。

「さあさあ、難しいことはちょっとお休みして少し遅いけどお昼ご飯を食べましょう」


お母様が『れいぞうこ』から出して温めてくれたスープを頂く。いつものまるパンもあり、お父様お母様と一緒に食べる。学園では授業をしているだろうけどきっとリリスお姉ちゃんが上手くやってくれてると思う。


食事をしながらお父様がミズーリ子爵領での話をしてくれた。あたしがアルメラさんから聞いたハンターが穴(ダンジョン)に無許可で入り込み、正体不明の魔物に襲われた件を聞いたからだ。


お父様の説明では入ったハンターはミズーリ領の登録ハンターでは無くてダンダン伯爵領のハンターらしかった。数人のパーティで入ったがそれほど行かない内に魔物に襲われたらしい。ハンターの武器では魔物に太刀打ち出来ず、たった一人だけ生還し、怪我が酷くて亡くなったらしい。入り込んだ穴(ダンジョン)は特定出来たがミズーリ子爵領のハンターは誰も入って調査してくれず、困っているらしい。普通の場合なら亡くなったハンターに身寄りが居ればそこに連絡やギルドからの見舞いなどが支給されるのだがダンダン伯爵領のハンターでは扱いに困って居ると教えられた。


穴(ダンジョン)に現れた魔物は話に依るとゴブリンと猿を掛け合わしたような悪夢のような姿をしていたらしい。足の形は猿のように指があり、物を掴め、ゴブリンの黒緑の体色をしていて、体から毛が生えていたらしい。極めつけは目が4つ合ったという。ハンターギルドではこの魔物を『猿ゴブリン』と仮名して、もし穴(ダンジョン)から出てくるようなら対処出来るように幾つかのハンターパーティに監視を依頼していると言う。当然領主として何もしない訳には行かず、数少ない騎士も監視に加えているとお父様は言った。


あたしはアン様に質問してみる事にした。

「『猿ゴブリン』じゃと?儂の時代の穴(ダンジョン)にはそのような魔物はおらんかったぞい。おったのは昆虫系の魔物じゃの。蜘蛛、蜈蚣、蟷螂、黒油虫などじゃな」

「それはそれで嫌だな」

「階層を降るに連れて大きさが大きくなって数がすくなるが、強さは太刀打ち出来んほどじゃったわい。しかも混じっとったわ」

「それはそれでもっと嫌だな」


時代によっても出てくる魔物が違うなんてなぜだろう。『猿ゴブリン』の他にも違う魔物がいるのだろうと思うと何故か好奇心が高くなる。今度出来たらクロエと入って見ようかな。

お父様とお母様はあたしと会って目的を達成出来たからと言ってミズーリ子爵領へ『転移扉』を使って帰って行った。


寮の扉は『隠蔽』の魔法が掛かっているからリリスお姉ちゃんもクロエも勝手には入れない。お父様とお母様はアン様の『拠点』の家とミズーリ子爵領の館の執務室横のクローゼットの『転移扉』しか使わないので影の世界へ行くことはあたしとしかないので心配は要らない筈だ。一応万が一を考えて影従魔『ルキウス』の眷属が一人づつに付いているので影の世界で迷子になっても直ぐに助け出せる筈なのだ。

気軽に行き来してはいるが事故は無いとは言えない。


あたしはエライザ学園の寮の自室の『転移扉』へ出た。まだ、授業は終わらないからリリスお姉ちゃんは帰って来ていない。でもあたしのベットは何故か膨らんている。

え?誰か居るの?

布をめくると丸めた枕が出てきた。

ははは

リリスお姉ちゃんがカムフラージュしてくれていたみたいだ。枕を戻して横になり、布を掛ける。もっと厚い布が欲しい。ぼんやりと今日お父様と話した事を考えて居たら眠ってしまったらしい。帰ってきたリリスお姉ちゃんに起こされた。














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