第44話

ギルマスを連れて来たバンジーさんは他に女性を連れてきた。見たことのある受付嬢だった。あたしは話した事無かったけどクロエは話をしたことがあるようで小さく手を振る。

「誰?」


あたしが聞くと小さな声で教えてくれた。

「主幹受付嬢のアリシアさんや。受付嬢のボスやで」


ギルマスがバンジーさんの説明を聞いているのをアリシアが持っている紙に記録している。秘書のような仕事もするようだ。一通り話が終わったようでギルマスがこっちを見た。

「はぁ、良くやったと言えば良いのか。偉いものを見つけてくれたな。」

「ミリオネアにクロエ、ハンター証を出してくれ。査定するぞ。」


ギルマスのアルマントさんがあたし達の頭をポンポンと軽く叩く。褒めている積りなのだろうか。あたしたちがハンター証をバンジーさんに渡すとギルマスのアルマントさんがアリシアさんに睨まれていた。

「バンジーさん、まだあるんですけど」


あたしが言うとじゃあと言って別の台を指すのでそこに高原に行く前に狩った分と高原で狩った分を出す。森ねずみ5匹。一角うさぎ3匹。山蜥蜴1匹。焼けたハーピィ19羽だ。

焼けたハーピィ匂いが美味しそうだ。

「じゃあ簡単な方から森ねずみ5匹で20000エソ、一角うさぎ3匹で15000エソ、山蜥蜴1匹で20000エソだ」

「あ、ハーピィはクロエの分ね」

「じゃあミリオネアの分はギルド取り分と税を抜いて40150エソだな。ハーピィは焼けてはいるけど4000ってとこで55480エソだ。ミリオネアは金貨分を除いて銅貨1枚と鉄貨5枚だな。金貨5枚はギルド預かりで良いな。クロエは金貨5枚と大銀貨1枚と銅貨4枚と鉄貨8枚だな、ほれ」


金貨を貰えてクロエはニコニコ顔だ。

「こっちのグランドスウォームの幼体も別々なのか?」

「この潰れたのは『金の目』の獲物で焼けたのは『金の目』とクロエの取り分で残りはあたしです。」


いちいちバンジーさんは頷いて言った。

「グランドスウォーム幼体はランクBだから無傷が50000エソ、焼けて傷のあるのが40000エソ、潰れたのが35000エソだ。だからギルド取り分と税抜きでミリオネアが146000エソ、クロエが43800エソ、『金の目』が69350エソになるな。」


計算通りになるようにバンジーさんが硬貨を揃えて渡してくれる。

「クロエは金貨4枚と銀貨3枚と銅貨8枚な」

「ミリオネアは金貨分はギルド預かりで銀貨6枚だな」

「『金の目』の分は後で俺が渡しておくわ、良いな。」


あたしとクロエに異論は無い。特に金貨10枚近くの現金を得たクロエはニコニコで顔がだらしなくなっていた。

あたしはバンジーさんの言った言葉に引っ掛かりを覚えて聞いた。

「バンジーさん、今グランドスウォームの幼体はランクBって言いました?じゃあ、あの芋虫は大きくなるともっとランクが上がるんですか?」

「ああ、そうだぞ。実際のものを見ないと確定出来ないがランクAは行くだろうよ。下手をするとランクSに届くかもな。」

「ひゃー、凄いもんやなあ。グランド以外の種類あるんかいな?」


クロエの質問にバンジーさんは教えてくれた。

「そうだぜ。砂の国にはサンドスウォーム、酷寒の国にはアイススウォーム、海の底にはシースウォームがいると言われているな」

「ミリオネア達が入った洞窟は多分その成体が掘った穴だろう。卵があった大自然洞窟は孵化の為に入り込んだんじゃねえかと推測するぞ。もしかしたらジュゼッペ侯爵領に住んでた奴がこっちに掘り進んだのかも知れんなあ。ラーミアもこの辺には居ない、山を彷徨く蛇だしなぁ。」


何てことだ。全部ジュゼッペ侯爵家が悪いんじゃ無いか!あたしがプンスカしているとクロエが笑ってる。笑う事無いのに。

「まぁ推測で証拠は無いがな」


アルマントさんが主幹受付嬢のアリシアさんを連れて出ていった。アリシアさんがクロエを見てニコリとして居なくなる。

「じゃあ、俺も解体するか」


バンジーさんの声にあたし達も退散することにした。もうお腹が空いて背中とくっつきそうだ。帰りはもう日が暮れ、街灯が光っている。クロエと話をしながら歩く事にした。

「ねえ、クロエ。あのアリシアさんと仲が良いの?」


フフンと笑い、クロエが意地悪な顔をする。

「気になるかいな」

「ま、まあね。あたしは全然受け付のお姉さんと話した事無いから」

「アリシアさんは元男爵令嬢や。髪の毛をピンクブロンドから染め替えて栗毛色にしとる。事情があって家を出たらしいんや」


ピンクブロンドの言葉にあたしはシェラトン•バヴァロアを思い出した。

「バヴァロア男爵って知っとるか?。ランベック辺境伯に使えとるらしいんよ」

「ええっ、今エリザの取り巻きしているシェラトンさんの関係者?」

「うえっ?そうなんか?」

「わかんないけどシェラトン•バヴァロアさんはピンクブロンドの髪で多分あたし達よりひとつ上だと思うよ」

「アリシアさんは成人してから2年くらい受付嬢をしてるそうやから17歳くらいやな」

「「姉妹!」」


2人して声が揃った。意外と身近に関係者がいるとは。今度話をしてみたいな。そんな話をしている内に選び学園の寮に着いた。部屋で着替えの為にクロエと別れて部屋に入るとリリスお姉ちゃんが居た。びっくりするが直ぐに飛び付いた。

「リリスお姉ちゃん!野外演習は終わったの?!」


埃だらけの革鎧だと気付き、直ぐに離れて魔法クリーンで埃を払う。

「ミリちゃんも久しぶりね。元気そうで良かったわ。どうしてるか心配してたのよ」

「ミリは元気!!話したい事沢山あるのっ!」

「じゃあ、着換えて食堂に行きましょうか」

「うん!!」


あたしは革鎧を脱いで仕舞うとベットの下から薄緑色のワンピースを出して着る。

「ミリちゃんはいつもワンピースね。今度一緒に買物に行きましょうか。」

「うん!」


あたしとリリスお姉ちゃんが食堂に着くとクロエとマリーちゃんことマリアンヌさんが一緒に食事を始める所だった。あたしとリリスお姉ちゃんがトレイを持っているとクロエがこっちこっちと相席を勧めてくれた。マリアンヌさんとは初対面では無かったけど何だか恥ずかしい。


なんとリリスお姉ちゃんとマリーちゃんは同じ班で野外演習をしたのだと言う。他にもアリスアラン•ロンドベール侯爵令嬢も同じだったようだ。

後2人の名前を聞いたが知らない人だった。1人はラーニャ•サルドス子爵令嬢、もう1人はバルチ•ランベック男爵令息だ。


サルドス子爵はデズモンド辺境伯爵の寄り子だ。デズモンド辺境伯爵家はジュゼッペ侯爵家を寄親としている。

ランベック男爵はサルドス子爵と親戚らしく、ラーニャさんとバルチさんは幼馴染らしい。それで何故女性の班に一人だけ男性がいるのか聞いたら男子からハブられているらしい。バルチさんはマリーちゃんと同じく寡黙で大人しいらしい。喧嘩を仕掛けられても反撃も口論もしないので男子の誰からも相手にされない。それでラーニャさんが可哀想だと班に入れてあげたらしい。


ああ、リリスお姉ちゃん達の学年でも色々あるんだなあ。アリスアランさんが班長となって班を纏めてくれたので上手い具合に演習はいったらしい。演習の内容は魔物狩りだけじゃなくて対人戦も含まれていたらしく戦いに不向きな人達にとってはかなり大変だったようだ。

スキルを使えば優劣の差が出すぎてしまうので対人戦では純粋な肉体の力だけで先生が均一になるように組んだらしい。女性同士の戦いは直ぐに決着が着いたが男性同士の戦いはかなり白熱したと言う。


野外演習の場所は王都から船で出たアンドネス公爵領の無人島だったらしい。食事なども自炊だったので狩りをして料理をするのに苦労したがバルチさんが料理が得意で助かったと言った。リリスお姉ちゃんも出来る方だったがそれを上回る実力だったらしい。ちなみに調味料は持ち込みだったので良かったと言っていた。


話はリリスお姉ちゃん達の野外演習で盛り上がり、お風呂に入って寝る頃にはあくびが出た。でもここからリリスお姉ちゃんに話したいことが沢山あるのだ。リリスお姉ちゃんも聞きたいと言った。


先ずはバージル先生が急遽出張になって授業が休みになったので王都に来ていたアルメラさんに会いに行ってオークションに参加したこと。

オークションで天人の女神と言う彫像が出されていたこと。

エルフのシェールさん、有尾猿人のジアさんは労働力に値段が付いて買われたがサハギンのラフェさんには値段が付かなかったこと。

オークションに出展したポーションには高い値段が付いて売れたけど魔族『メドギラス』に乱入されてキュアポーションが奪われたこと。

そこにエライザ学園の補助教員ナサニエラさんが天人の姿を晒して戦ったこと。

オークションの護衛も魔族『メドギラス』には歯が立たず逃げられたこと。

アルメラさんが泊まっていた『酔狂』と言う宿でアルメラさんと魔族の因縁を聞いたこと。アルメラさんが魔族を斃すというので協力することになったこと。

翌日、ナサニエラさんに会いに行って天人と魔族『メドギラス』との因縁を聞いたこと。

キュアポーションの劣化版を囮に魔族『メドギラス』をおびき出す作戦を考えて、ナサニエラさんにも協力してもらう事にしたこと。

ナサニエラさんはエルフの学園長シエル•ルゥーフのお陰でエライザ学園に来たこと。


ふあぁ〜眠いのにもっと話したい。

リリスお姉ちゃんが明日は野外演習の為の休みなので話の続きは明日にしようと言った。あたしはまだ分からないけど休みかもという事で久しぶりにリリスお姉ちゃんと一緒のベットで眠る事が出来た。とっても安心出来る。

嬉しい、嬉しい、嬉しい。


明朝はいつも通りに起きて、朝食をリリスお姉ちゃんと食べ、部屋で昨日の話の続きをする。

えっと、どこまで話したっけと言うとナサニエラさんのことの話の後からよと言われてそうそうと話し始めた。


まだ王都にいたアルメラさんに会いに行ったら貴族の屋敷に居るらしく入り難く、近くの『薔薇』という喫茶店で美味しいサンドイッチを食べた。

ほら、これがリリスお姉ちゃんの分ねと影の世界から取り出して渡す。ありがとうとリリスお姉ちゃんは喜んでくれた。

それでもう一度行ったらアルメラさんが出て来て、その貴族ナルニア•ゼノンさんを紹介された。


ナルニアさんはジュゼッペ侯爵家の寄り子のデズモンド辺境伯爵家の騎士らしくて協力してくれるとアルメラさんが言ったこと。

影従魔『ルキウス』の頼みで廃棄されそうになっていたサハギンのラフェさんを助けて南の海に返してあげたこと。

大体準備が出来たので狩りでもしようとクロエを誘ったらクロエの苦労譚を聞かされたこと。

クロエが行った高原を調べて居たら別の洞窟を見つけて中に入ったこと。

中でリリスお姉ちゃんも会った『金の目』のパーティが魔物に襲われて居たので助けたこと。

魔物が王都辺りで見ないグランドスウォームの幼体だったことで大事になったこと。

ギルドに報告に行ったらサハギンに率いられた海の魔物に王都が襲われそうな状況が起きていたこと。

ギルマスの話しを聞いてサハギンのラフェさんがサハギンの王の関係者らしかったことが分かったこと。


ああ、それで船が出なかったのねとリリスお姉ちゃんが言った。リリスお姉ちゃんの野外演習にも影響があったらしい。

それで戻って来たらリリスお姉ちゃんも帰ってたと話す。


リリスお姉ちゃんがあたしを抱きしめて大変だったねと言ってくれた。それからリリスお姉ちゃんが居なくてもやっていける程ミリちゃんも成長したねと褒めてくれた。確かに少しは人に慣れたけどリリスお姉ちゃんが一番だ。


話をしながらリリスお姉ちゃんはあたしの渡したサンドイッチを食べてくれた。とっても美味しいと言ってくれたので喫茶店『薔薇』がアルメラさんの商家だと教えた。場所も教える。商家をやっているユメカ•ローズさんの話とか魔物じゃない野生動物の肉(ジビエ)の話とかした。


楽しくリリスお姉ちゃんと話しをしていると寮の入口の方が騒がしくなっていた。何事だろうとリリスお姉ちゃんと出ていって見ると廊下の掲示板に明日から一年生の授業が再開されると貼り出されていた。バージル先生が戻って来たらしい。と言う事は今日まで休みだ。


あたしはリリスお姉ちゃんと王都で買物をすることになった。一度部屋に戻り外出のための着替えをする。あたしは白のワンピースでリリスお姉ちゃんは黄色いワンピースだ。

2人で出ようとしたところでクロエに会った。クロエは装備を整えてあたしを狩りに誘いに来たらしい。あたし達が買物に行くと知って、一緒に行くと宣言した。

直ぐに着替えて来ると戻って来たクロエは茶色の堅そうなシャツと青色のズボンだった。なんかクロエらしいが女の子らしくない。凄くリリスお姉ちゃんに駄目だしをされてリリスお姉ちゃんは右にあたし、左にクロエを抱えて歩き出した。


リリスお姉ちゃんが連れて行ってくれた場所はとても大きな洋服店で若い女の子向けの服が沢山合った。あたしとクロエはリリスお姉ちゃんの見立てで可愛らしい服や格好良い服や女の子らしい服や余所行きみたいな服を取っ替え引っ替え着替えた。目まぐるしく変わる服にあたしもクロエも少し疲れる。リリスお姉ちゃんが洋服代を出してくれると言ったがそれなりに高いものになったので自分で払う。クロエも金貨はあるんやでぇと自分で払った。リリスお姉ちゃんにはそれでも一着分はクロエもあたしも買って貰った。


リリスお姉ちゃんがあたしに選んだのは薄黄緑色のネックの高い丸首で切れ目が入っている長袖シャツ、袖には切れ目がある。引きベルトが縫い込んてある濃い緑色のフレアスカートだ。スカート丈は膝下でアイッシュボーンの革で出来た黒いロングブーツも込みである。上着はボタン前開き、半袖半丈の銀縁の白いジャケットだ。鏡で自分を見ると金髪碧眼の自分がとても自信に満ちている別人に見えた。


リリスお姉ちゃんがクロエに選んだのはVネックの薄朱色フリルブラウスに紺色のキュロットロングスカートだ。スカート丈は膝上で膝下まで来るワイルドホース革の茶色のロングブーツだった。肩には赤いショートマントがアクセントと言っていた。黒目黒髪でショートヘアなのではっきりした色が良く似合う。

あたし達には服のセンスが無いのでリリスお姉ちゃんが今の流行りを取り入れて選んでくれたが恥ずかしくて多分、そんなに着ないと思う。でもお母様には一度くらい見せても良いかも。


楽しく買物をして外で外食をする。ちょっぴり大人の真似をしてフルコースが出るレストランで食べたその味はリリスお姉ちゃんやクロエが一緒のお陰でとても美味しくて、楽しいものになった。きっとずっと忘れないと思う。


寮に帰ってマリーちゃんも合流して4人でお風呂に入り、普段は無口なマリーちゃんの口も緩んで珍しい話も聞けた。寝るときは一緒では無かったが心は暖かく夢も見なかった。


いつも通りの朝、リリスお姉ちゃんと食事を取ってエライザ学園に行く。教室に行けばクロエはまだ来ていなくて珍しくアビーさんに声を掛けられた。

「ミリさん、少し早いよろしいですか。」


ミッチェルさんから声を掛けられる事はあってもアビーさんから声を掛けられるのは何気に初めてで、少し驚く。

「はい、何でしょうアビー様」

「あ、いや。様は止めてください。ミッチェル様では無いのですから。」

「あ、はははは。ごめんなさい、アビーさん」

「それで、ミリさんとクロエさんが装備を整えて寮を出て行くのを見た者が居たと聞いたのだが本当だろうか」


ああ、特に気にしないで出て行ったのを見られたのか。まァハンターであることを隠す積りも無いので構わないのだ。

「ええ、ハンターギルドに所属して少し狩りに出てますよ」


そう答えた横からクロエが顔を出して言う。

「これでもわっちとミリはC級のハンターやで。」


ドヤ顔しなくても良いのだが。

「ほう、素晴らしいものですね。私も一応騎士を目指す者としてハンター登録はしていますが対人の戦闘訓練ばかりでまだD級です。」

「クロエは兎も角、あたしはスキルだよりの狩りなので全然弱いです。アビーさんみたいに武器も使えませんし」

「そやで〜、ミリのスキルは凄いんやでぇ〜」


あんまりスキルの話はしないで欲しいんですけどっ!クロエさん!

「クロエさんもスキル『覚醒』で身体強化されて戦うのですか」

「ちゃうでぇ〜、わっちは主に『魔力纒』の焔魔法やで」


アビーさんが目をパチクリする。

「折角のスキルを生かさないのですか。」

「だってやで、バサッって切ったらドバァって血が吹き出るやろ、臭いも凄いし嫌なんよ」

「なるほど」


少しアビーさんは考えて言った。

「出来たらお二人の狩りに同行させて頂けませんか。」


あたしとクロエは顔を見合わせる。クロエは兎も角あたしはあまりスキルの事を広めたく無いがアビーさんが無闇矢鱈に広めるとは思えない。

「対人戦だけではこの所、技術の伸びが不足しておりまして」

「アビーちゃんが剣の使い方を教えてくれるんならわっちは良いで」


クロエがあたしを見る。あたし次第と言いたそうな顔だ。

「そうですね。あたしにもクロエと同じように剣の指導をして頂ければ、嬉しいかな」


アビーさんが笑顔を向けた。朝顔が開いたような清々しい笑顔だった。何だか心が洗われる。

アビーさんが何かを言う前に先生が教室に入って来たのでアビーさんがあたし達から離れて自席に戻り、ミッチェルさんに何か言っていた。きっと了解を貰えたと報告しているのだろうと思う。


バージル先生が声をあげた。

「みんな、済まなかったな。王宮からの急な要件で少し王都を離れて授業が出来なかった。たっぷりと自主練習が出来る時間があったと思う。依って今日はその成果を見せて貰うことにする。実習棟へ移動しろ」


バージル先生の指示に従ってみんなが実習棟に移動し、ひとりひとりみっちり確認され、成果確認ざれた。クロエは狩りの間ずっと『魔力纒』をしていたので、当然問題無かった。あたしも出来るだけ『魔力纒』だけはしていたのでバージル先生に変な指摘は受けなかった。休み前よりは少しは上達していたと考えて良いのだろう。半分くらいの成果確認でお昼となり解散したが、午後も続きをするとのお達しだ。


ほとんど待っているだけの授業って、何?

だから若いあたし達は楽しくお喋りに興じるのよ。

「先程のお話の続きなのですが、ミッチェル様の許可を頂けたので次のお休みの時にご同行させて下さい。」

「どうせ暇なんやし、あっちの隅っこで剣の基本教えて貰えへん」


クロエがナイスな提案をする。バージル先生はまだまだ他の生徒の『魔力纒』の状態の指導を続けている。暇をしている人達も見ているだけでなく、『魔力纒』の練習をしている者や何だか分らない運動をしている。あたし達が剣の基本動作をしていても問題ないだろう。


アビーさんに木剣を渡されて振り降ろしの動作を教えて貰う。木剣は片手剣と呼ばれる普通の剣のより細く軽いがレイピアと呼ばれる剣のような形をしていない。レイピアは刺突剣の為にほぼ丸い、先端の尖った剣だ。

アビーさんの説明では細剣と呼ばれる形で非力な女性にはうってつけならしい。木剣では普通に片手剣が細くなったような形をしているが派生形は沢山あるらしい。

「先ずは、先程の足捌きと剣の振り降ろし、振り上げを1万回程ですかね」


い、1万回?

「ええ、こんなふうに振るんです。」


アビーさんが細剣を足捌きで移動しながら上下に振る。前に進みながら斜めに振り降ろし、振り上げ、更に進みながら反対方向から同じ動作をし、後ろに戻りながら同じ動作を繰り返す。

「8回の剣の動きに対して前後の動きで1セットですね。」


バシュバシュビシュビシュバシュバシュビシュビシュ

風切音が鳴って瞬きする程の時間で1セットを終えて見せる。

で、できる訳あるかぁー!

「無理やん、そんなん!!」


クロエも同意見だった。

笑いながらアビーさんが事もなげに言う。

「慣れてくればこんなものです。私の師匠は動きも音も置き去りにします、空気の動きさえ制御される方なので何もしてないように見えて、相手は微塵切りですね。」


こ、怖いぞぅ師匠。いったい誰なんだ、師匠。

「アビーちゃんの師匠って何者や!」


クロエはあたしの心からの友達、気持ちは一緒だった。

「『風のシルフィード』元剣聖と呼ばれた方です。」


「誰?」


あたしの間の抜けた質問にクロエが説明してくれる。

「剣聖ってえのは剣技を極めた騎士に天が与える称号やで。世界にひとりしか持てへん。シルフィード言うたら、風魔法を持ちながらスキル『特化』の持ち主や。南方戦役でも破格の結果を出してるんやで。」


はぁそんな凄い人がアビーさんの師匠なんだ。

「剣聖の称号は自身よりも相応しい力を持った人が出るとウ奪われてしまうらしいです。シルフィード先生はもうお年ですし、これ以上の剣技の研鑽は肉体的に無理と判断なされて称号を譲られたと聞いてます。」

「風のシルフィードの名はエライザ王国の武芸大会の連続5回覇者としても知られとるんや」


凄い人が居たもんだ。なら疑問も浮かぶ。

「そんな方が何故アビーさんの師匠になっているんです?」


別に侮辱している訳では無い。アビーさんは少し嘆息して教えてくれた。

「シルフィード先生はアンドネス公爵家に招かれて騎士の育成をされているんです。微力ながら私がミッチェル様の剣になると宣言した事で私も弟子にして頂けました。」

「偉いもんやなぁ」


あたしもクロエに同意だ。いったいアビーさんはいつからそんな事を考えて居たのだろう。

「アビーさんはいつからミッチェルさんと一緒なんですか」


あたしの馬鹿な質問に微笑みながら答えてくれる。

「初めてお目に掛かった3歳の時からです。」

「3歳!わっちなんかちょうちょ追い掛けておったわ」

「あたしも家に閉じ籠もっていたわ」


アビーさんとクロエが何故かあたしを見る。変な事言ったのかな、あたし。


丁度その時バージル先生が声をあげた。

「よーし!これで全員の『魔力纒』の確認は終わった。はぁ、何人かはその気も無いようだから特にコメントしないぞ。だが身を守るには必要な事なんだ。」


バージル先生の視線はエリザ達の方を向いていた。確かに彼女達はなんにもしていなかった。ミッチェルさんですら真面目に『魔力纒』をして認められているのにである。


バージル先生は時間を確認すると言った。

「まだ時間があるから触りを説明しておくぞ。次は『魔力纒』を内に込めて『身体強化』の練習と他者の魔力に干渉しての『治癒』の練習だ。『魔力纒』が出来る者は自分の魔力か分かる筈だからそれを内に込めて循環させる練習をするように。他人の魔力を感じる練習には手を繋いで互いに『魔力纒』をしてみるとわかり易いぞ」


それだけを言ってバージル先生は解散を指示した。


あたしとクロエはアビーさんと別れて寮に帰る事にした。アビーさんはミッチェルさんと合流しに行った。

あたしとクロエは学園を出ると王都の武器屋に行くことにした。アビーさんが勧めた細剣を買い求める積りだった。アビーさんみたいに凄く無くても多少は使えるようになりたいのだ。だって、アビーさんは格好良かったのだ。


クロエが前に行った事のある武器屋は『不壊』という名前で自慢そうに言う。

「ここのドワーフのリタ姉御は自分の武器(さくひん)は絶体に壊れないから店の名前を『不壊』としたんや。壊されたら無料で修理してやるわと豪語しとるんやで、イヒヒヒ」


クロエが変な笑い声を上げる。王都の武器屋の中でも女性なのに腕は1級だと評価されているらしい。昔は武器の性能を自分で確かめる為にハンターをやって居た事もあったらしい。


武器屋は大通りから外れたひと通りの少ない場所にあった。屋根の上に大きく『不壊』とあり、ドアを開けて中に入る。中は直ぐにカウンターがあり、その奥の壁には所狭しと武器が並べられて居た。だがカウンターの向こう側には誰も居ないし音もしない。

「留守?」


あたしの問い掛けにクロエは笑って前に来た時もこうだったと言った。壁の武器は刀槍矛戟(とうそうぼうげき)、弓弩(きゅうど)と様々な大きさの武器が飾ってあった。ただ、どれがどういう名前の武器なのかは分らない。クロエにそう言うとクロエも弓、刀や槍くらいの見分けはわかるが他はわからんねんなと笑う。

ふと、カウンターのこちら側の隅に樽が置かれ、その中にぞんざいに片手剣やレイピアや細剣らしき武器が入っていた。クロエに言うと二束三文の出来の悪い武器が置かれているとのこと、あたしは興味があったので中の武器をひとつひとつ出しながら探し始めた。クロエは誰も出て来ないのにのんびりと壁の武器を見るだけだ。あたしに何も言わない。


確かに二束三文らしく、入っていた片手剣も刃が毀れていたり、レイピアも曲がっていたりしていたがあたしが手にした細剣はちょっと違った。手持ち部分は布が巻かれ汗が滲み、使われたお古と分かった。手をガードする鍔は小さく伸びる刀身は黒々としていた。あたしが手にして立ち上がり、クロエを背にアビーさんがやって見せた練習方法を思い出しながらやってみる。ビュビュと音を立てるが何処か弱々しい。でも重さも丁度良いし、長さも60cmくらいで丁度良い。細剣を立てて刃先を見ていると声が掛かった。

「へー、そいつが気に入ったかよ!」


ガラガラ声の女性がカウンターの向うにいつの間にか立っていた。クロエもこっちを見てニヤニヤしている。

「あっ、ごめんなさい!」

「いんや、いいぜ。それは借金のかたに引き取ったもんだ。かなり使い込まれていやがるから大銀貨1枚で良いぜ。」


うわ~高いんだなあ。顔に出たのかその女性は笑って言った。

「くくく、クロエぇお前が連れて客はおもしれぇなあ。その代わり刃先の研ぎは今やってやるよ。」

「うへぇ〜、リタ姉御が珍しい。」


カウンターの向うにいるから店の関係者かと思ったが店主リタさんのようだった。ドワーフと言うのに背丈はあたし達と変わらず短い赤髪が立ち上がって炎みたいで作業服の繋ぎが良く似合って居た。

「それで、クロエはこれで良いか。」


カウンターの下からリタさんが出したのは細剣だがあたしのより長い。銀色に輝いている。それに解体用のナイフだ。刃先の反対側がギザギザの鋸のようになっている。

あたしが手にした細剣をカウンターに置くと

「金貨1枚だな」


とクロエに言った。

「あたしはクロエの友達のミリオネアです。よろしくお願いします。」


ケケケと変な笑い声を上げてリタさんはあたしの細剣を受け取って奥の部屋に引っ込んだ。クロエは腰の巾着から金貨を出してカウンターに置き、細剣を手にしてあたしがさっきしていたように振って見る。ビシュビシュと音がするがあたしより鋭く聞える。むむ、負けてる。

あたしがクロエを褒めていると奥からリタさんが出て来てカウンターに細剣を置いた。手持ちの布は新しい物に変えられて刃先もさっきと違い鋭くなっていた。こんな短時間に作業するなんて驚きだ。

「ほれ、鞘も必要だからこれを使え」


長さの違う鞘もカウンターに置かれる。

「えっとお幾らですか?」


あたしが聞くとリタさんはニタニタ笑いながら言った。

「いんや、サービスしとくぞ。クロエは銀貨2枚だぜ。」


ええっ、銀貨2枚するものを無料なの?

クロエはリタさんの言葉にプンスカする。でも素直にお金を出しているから普通なのだろう。

「ありがとうございます。何かあったら相談に来ても良いですか?」

「ああ、良いぜ。ミリオネア。じゃな」


金貨と銀貨を持ってリタさんが奥に引っ込んだ。あたしたちも店の外に出る。あたしの手には鞘に入った細剣、クロエの右手に鞘に入った細剣、左手に解体用のナイフ。

クロエは良い武器屋を教えてくれた。まだ明るいがもうじき暗くなってくる王都の道をクロエと武器の話をしながら寮に帰った。



















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