第41話

ナサニエラさんに何故魔族『メドギラス』を追うのか理由を尋ねると話始めた。


空の高いところに天人の住む島がある。とても大きな島だけど特殊な結界に覆われていて余人には入れないし、近づく事も無い。

住む天人の数は20000人を越えて居た筈。

その王宮には天人を治める女王が居た。とても気高く賢いその人は私の姉だった。

名前をウキヨエラと言った。天人の寿命は長くエルフと変わらなかった。その為に平和な時間が過ぎて居た。

天人は星を見て、天空の島で特殊な作物を育てて居た。星の光を栄養として、天空の島の魔力を供給していたのだ。

そんな中、ある時天より高い星の煌めくところから星が落ちてきて結界を壊した。結界を作って居た花は散って枯れたのデメリット元に戻るまで時間が掛かった。

その為に外からの異物が入り込んでしまった。

異物は異質で異様だった。沢山の天人に囲まれて異物は女王の前に連れて来られた。

異物は魔族を名乗った。そして女王を褒め称えてその姿を永久に留めないかと誘った。傲慢なその言葉を妹である天人は咎めた。

すると魔族は天人を一人づつ殺し始めた。異質で異様な魔族に敵う者が居なくて天人は次々と手に掛けられた。

魔族は止めて欲しければ自分の誘いに乗ることを要求した。殺められた天人が100を越えた所で女王は魔族に屈服し、石化の魔法で彫像となり、魔族に持ち去られた。

女王の妹は天人の島の宝である封剣を持ち、姉を救う為に天人の島を去った。

200年世界を彷徨い姉の彫像を探し、エルフの友人の情報でオークションに出される事を知り、やっと手に入れた。

しかもそこには石化を解除出来る秘薬も仇である魔族も見つけたのだ。でも秘薬は魔族に持ち去られ仇も討てなかった。


お、重い話だった。

「封剣という魔導具(アーティファクト)を使っても倒せなかったのだし、ナサニエラさんひとりじゃ到底無理なこと分かるでしょ。それこそ勇者でもなければ斃せないって感じでした。」

「もう、それ以上言わないで、ミリちゃん」

「それでエルフの友人って誰です?」

「エライザ学園の学長シエル•ルゥーフだよ。」

「ええっ、どんな繋がり何ですか!」

「原産地巡りで知り合った紅茶友達だよ。」

「なるほど。それでエライザ学園の仕事も融通して貰ったと。」

「補助教員の仕事は一応バージル先生にも腕前を見て貰って決まったから学園長のコネだけじゃない。」


まぁ、魔族『メドギラス』との剣戟を見たからかなりの腕前とは分かったけどね。あたしも足捌きとか体術だけでなく剣術も学びたいなあ。

「どうせだから全部事が終わったらあたしに剣術を教えてください。」

「構わないけど、キュアポーションの出展者を知りたいと何時シエルに言えば良いんだ。」

「そうですね。言うのは今夜でも構いませんよ。出来れば2、3日粘って下さい。そのまま放って置いてくれればあたしの方から手紙を出します。それを学園長に見せてルンルンで待って居てください。で、その手のものは一応返して置いて下さいね。」

「え?返さないと駄目か。」

「勿論、持っているのがバレたら罠が張れませんから。ちゃんと全部終わったら渡しますから大丈夫ですよ。」


渋々白くなった掌を開いてキュアポーション(手作り)を返してくれた。

「本当に?本当だろうな?」

「罠を張る時に渡しますよ?」

「な、なるほど。本物で魔族『メドギラス』を釣る訳だな」

「その通りですよ」


納得はしてくれたがとても惜しそうにしているのが凄く可哀想に見えた。

「それでは、あたしはこれで帰りますね」


目的は達したので後はアルメラさんとも話しを詰めないといけない。教師棟を出て、影の世界へ行き影従魔『ルキウス』にナサニエラさんにも眷属をつけるように言う。眷属の力で手紙を渡して貰う。魔法便を使うと知り合いであることがバレてしまうからだ。

ナサニエラさんが学園長シエルに話を持って行ったら特に注意が必要だ。いつから魔族の目が光るか分らないからだ。


そのまま影従魔『ルキウス』にアルメラさんの所へ連れて行って貰う。着いた場所は貴族の屋敷の前だった。昼の鐘が鳴っていた。


取り敢えずそこから退散して商人の店などが多い地区へ移動してみると小さな喫茶店を見つけた。

夜には酒場になるらしいその店の名は『薔薇』と言った。結構賑わって居るらしく沢山の人の話し声は怖かったが恐る恐る店内に入る。

直ぐに配膳をしていたお姉さんがやって来て空いているカウンターの席に連れて行ってくれた。以前なら絶対に入る前に尻込みして、気絶していたレベルだ。だいぶあたしも度胸も付いたものだと自画自賛しているとお姉さんが聞いてきた。

「何にしますか?初めてのお客さんですよね。今の時間ならランチサービスがお得ですヨ。」

「どんなもの何ですか?」

「銀貨1枚でサンドイッチと紅茶、それと果物が付いてますヨ。」

「それを下さい。」

「分かりました。」


丁寧に教えてくれたお姉さんのお陰で落ち着いて来た。お客は声が大きい気がするがハンターとは違い上等な服を着て、熱心に話し込んでいる人達が多かった。商人なのだろうなと分かった。ちらほら女性も見受けられたから女性受けの物も出しているのかも知れない。

「お待たせしました。」


お姉さんが出してくれたランチサービスを受け取り、銀貨を払う。食パンを綺麗に切り揃えて間に色々な食材が挟み混んである。赤みの強い紅茶からは薔薇の香りがする。果物は小皿に盛られた白い物だった。甘い匂いがした。


あたしはサンドイッチを摘んで食べる。食パンにペーストされた黄色いものがとても美味しい。薄切りのハムや生野菜が美味しい。生野菜は完全な生ではなくて軽く火を通されて柔らかい。美味しくてパクパク食べてしまう。

紅茶も含むととても香りが良い。飲む前は薔薇の香りが強過ぎるかなと思ったが温度が落ち着いたせいか紅茶の味が強く感じられた。

思わずフフっと笑ってしまった。朝から紅茶に絡んでばかりだ。小さく切られた果物を口にすると少し酸味がありシャクシャクとした食感が気持ち良い。紅茶の苦味を消してくれているかも。とても美味しくて紅茶を飲み切った時には全部食べてしまって居た。

見た目から食べ切れないかもと思ってたのにだ。

これはリリスお姉ちゃんにも食べさせてあげたい。

店のお姉さんにサンドイッチを持ち帰りしたいと言って銀貨1枚を渡すと紙袋に入れて渡してくれた。礼を言って受け取る。繁盛している筈だ。これ程美味しい店があるなんて。クロエにも教えてあげよう。


店を出てもと来た道を戻り貴族の屋敷の前に来た。さてとどうしようと考え倦ねていると屋敷のドアが開いてアルメラさんが出てきた。中年の男性も一緒だった。

門の外で立っているあたしに気付いたアルメラさんが声を上げた。

「あっ!ミリオネア様!」


一緒に居た中年男性がアルメラさんに何か言うとアルメラさんが門のところまでやって来た。

「どうしたのじゃ、こんなところまで。」

「ちょっとアルメラさんに伝えて置きたい事が出来まして」


立ち話ではナサニエラさんの事は話せない。アルメラさんは中年男性を見てあたしの手を引いて中に連れて行く。

「ナル、この子はミズーリ子爵領の令嬢ミリオネア様じゃ」


ええっと偽名で紹介しないでくれるかな、アルメラさん。

「これはこれは、私は当家の主人ナルニア•ゼノンと申します。」


正しい名のりは混乱するのでやめておく。カーテシーをして答礼する。

「ミリオネアです。宜しくお願いします。」


頭の中でゼノンという家の貴族を思い出そうとしているとアルメラさんが教えてくれた。

「ナルはのう、南方戦線で功績を上げて騎士爵になった叩き上げじゃ。詳しくは省くが魔族と戦うには戦力となると思って声を掛けたのじゃ」


ああ〜思い出した。確かジュゼッペ侯爵家の寄り子のデズモンド辺境伯爵の騎士だった筈だ。でも、ジュゼッペ侯爵家の繋がりはあまり歓迎出来ないなあ。あたしの顔が曇ったのに気付いてアルメラさんは言った。

「気掛かりは分かるが、ナルは大丈夫じゃぞ。なにせナルが子供の頃からの知り合いじゃからのう。まぁここでは何だから他へ行って話そう。ではな、ナル。」


アルメラさんはナルニア様に挨拶をしてさっさと出て行ってしまう、あたしはナルニア様に礼をしてから慌てて追い掛けた。


貴族の屋敷のある場所を過ぎて商家のある場所に向かう。この方向はさっきの『薔薇』という喫茶店のある方だ。まさかと思って居たらその隣の商家に入って行く。


えっ?黙って入って大丈夫?あたしが戸惑って居るとアルメラさんがニヤリと笑う。

「ここは儂が面倒をみとる商人の店じゃ。隣の喫茶店『薔薇』を経営しとるんじゃ。」

「えっと、表に屋号がありませんでしたけど」

「クフフフ、そう思うじゃろ。実は『薔薇』が屋号じゃ。洒落とるじゃろ?」


確かにお洒落な名前だが、商家の一般的な名前で無いな。そんな話をしていると奥から女性が出てきた。

「アルメラ様、こんな処で立ち話をなさらずに応接室を使って下さいな」


黒髪で顔の前を真横に切り揃えて、腰まで伸ばしたあたしよりちょっとだけ背の高い女性が言った。なのにあたしより線が細い。

「どうにも済みませんねえ。アルメラ様は商人向きじゃ無くてきちんとした対応が必要な方には応接室を使うようにお願いしているんですけどねえ」


妖艶に微笑む女性はお母様と変わらない年齢に見えた。

「失礼な奴じゃのう。取り敢えずこちらへ、ミリオネアさーま!」


アルメラさんに連れられて奥の応接室に入り、ソファに座ると対面にアルメラのが座り、黒髪の女性が飲み物を用意してくれる。

「この娘は儂が後援している商家ローズの主人、ユメカ•ローズじゃ。家名があるが貴族じゃないのじゃ。出身が東方の弓月国でな、誰もが家名を持っとるのじゃ。」


ユメカさんがあたしとアルメラさんの前に持ちての無いカップを置いた。湯気を立てるそれは紅茶と違い緑色をしていた。

「これは?」


初めて見る飲み物にユメカさんに聞く。

「これは弓月国の飲み物で『茶』と言いますのよ。飲み慣れないと飲みづらいかも知れませんがとても体に良いんですのよ。」


片手で掴み、もう片手を下に添えて飲んで居るアルメラさんの真似をしてズズッっと飲んで見る。ほろ苦い味が紅茶と違う香りを伝えて来る。んん~、でも美味しい。

「美味しいです、ユメカさん」


そう言うとにっこりして言った。

「初めての方は苦さに吐いてしまう事もあるんですけどねえ」

「何だが懐かしいような、心休まるような気持ちです。」


アルメラさんが何故かうんうんと頷いている。

「それにしてあの『薔薇』という文字は弓月国の文字ですか?何処かで見たような気もします。」

「そうですか、弓月国の文字は複雑なので模様にしか見えないと言われますのよ。この『薔薇』の文字は表意文字と言ってひとつずつ意味が含まれてるんですのよ。」


表意文字と聞いてああと腑に落ちた。

初代『シド』様が異世界の転生者としてこの世界に産まれ、生きながら魔法と上手く合わせて使った文字も表意文字だったから、きっと馴染みが或るように見えたのだと分かった。初代『シド』様は異世界の弓月国みたいな国の出身だったのかも知れない。

「ユメカさん『開』という文字はありますか?」

「あら、それは“ひらく“と言う意味の文字ですのよ。」


やっぱりそうなんだと納得である。

「さて、それくらいで儂と話をせんかい。何か伝える事があると言っておったが」

「ああ、済みません。」


そこでアルメラさんに頼み事があると伝えた。

「オークションの主催者に魔族と戦っていた女性を紹介して欲しいと伝えて欲しいんです。」

「何故じゃ」


そこでナサニエラさんにしたようにオークションの主催者が魔族に情報を流している疑いがあるので魔族を罠に掛ける為に必要な事と言う。

「キュアポーションを出展した者がキュアポーションを欲してるナサニエラさんを探しているなら魔族『メドギラス』は邪魔をしてくると思いませんか?」

「なるほど、わざと密会する場所と時間をリークして誘き寄せる訳じゃな。」


直ぐにアルメラさんは理解してくれた。でも、ユメカさんも聞いているけど大丈夫だろうか。

「ああ、大丈夫というよりユメカがオークションの主催者との連絡係じゃ。」

「えっ、じゃあユメカさんはオークションの主催者が誰か知っているんですか?」

「いいえ〜、わたしは指定の場所に連絡用の魔法紙の手紙を置いてくるだけですのよ。」

「ユメカのような連絡係を経由せんとオークションには出展も参加も出来んようになっておる訳じゃな。」


かなり厳格に秘密を守るようになって居るようだ。

「それで、どれくらいで密会を設定する積りじゃ?」

「そうですね、オークションの主催者はナサニエラさんの事を教えてくれない筈なので、断られてから探してやっと見つけたと思わせられるだけ、日にちが必要なので10日位後になりますね。」

「なるほどのう、妥当じゃ。ではユメカ頼むのじゃ。」

「分かりましたわ」


折角なのでアルメラさんがユメカさんの商家を作ったきっかけを聞いて見ることにした。

「アルメラさんは狩人ギルドという仕事があるのになんで商家というかユメカさんの面倒をみることになったんです?」


アルメラさんとユメカさんが顔を見合わせる。すると2人して笑い始めた。

「ふふふ、ユメカは川で水浴びをしておった儂を獣と間違うて襲いおったのじゃ」

「うふふ、まだ駆け出しの狩人だったわたしは大きな成果を目指していて人とは気付かなかったのですわ」


当然のことアルメラさんにこてんぱんに反撃されて、自分の間違いに気付いたのだそうだ。弓月国から来たばかりだったユメカさんはアルメラさんに師事してこの国の狩人として働くようになったそうだ。

動物は狩った後は使える素材にした残りは食べられる肉を自分用に取っておくだけでほとんどは捨ててしまう。弓月国では食用肉(ジビエ)として流通しているとユメカさんから聞いたアルメラさんが食用肉(ジビエ)として活用するためにユメカさんに王都で商家を作って売らせたのだと言う。

始めて10年も経って居なくて、好事家くらいが買うだけで中々広まって行かないので隣に喫茶店を作って実演販売始めたのだそうだ。

ああ、喫茶店『薔薇』のランチはその為の物かと分かった。

「ランチサービスのサンドイッチに入って居たお肉はその食用肉(ジビエ)なんですね。変わったお肉だと思いました。」

「そうか、ミリオネアはもう食べたんじゃな」

「あまり食べられない生野菜ぽいのも入ってましたね」

「あれは弓月国の方では良く食べられる野菜なんですのよ。本当は熱を加えないんですけど、この国では生は厳禁なんですよねぇ」


とても残念そうにユメカさんは言う。そうか、弓月国では生野菜が常識なのか、何だがシャキシャキした野菜の美味しさがわかるような気がした。

「今度、ユメカさんの言う生野菜を食べてみたいですっ!それにあの黄色いペースト美味しかった!」


急に食いしん坊キャラになったあたしが言うとユメカさんが教えてくれた。

「ユスランって言うんですのよ。弓月国の言葉で『油酢卵』って書きますのよ。あまり日持ちしないので作ったらその日の内に食べ切らないと駄目なんですのよ」

「出来たら作り方教えて下さい、レシピ売って下さい。」

「ミリオネアじゃから教えるのは吝かじゃないのじゃ。ユメカ作り方を教えてやれい」

「はいはい、じゃあこれをどうぞ」


ユメカさんは懐から紙片を出して渡してくれた。あれ?簡単に渡してくれた。

「ミリオネアのように教えてくれと言う者が多くての。ユメカはこうして用意してあるのじゃ。『油酢卵』は生野菜に1番合うからの。こうして広めておるのじゃよ」


なるほど、なるほど。今度『拠点』でお母様と作って見よう。話が弾んでかなりの時間をお邪魔してしまった。もうすぐ夕方になるのであたしは商家『薔薇』を出てエライザ学園の寮まで歩いて帰る事にした。


リリスお姉ちゃんは不在だし、クロエは魔物狩りから帰って無いだろうから慌てる事は無いのだ。大通りを人が行き交うのを見ながら歩いて居たら声を掛けられた。

「ミリ、ひとりで寂しそうね。わたしが構ってあげましょうか?」


酷い言い方をするのはエリザ•ダンダン伯爵令嬢だった。こんな街なかで遭遇するのは珍しい。しかも取巻きが2人から3人に戻って居た。

「あら、エリザ様。こんばんわ。」


あたしが怯まなかったのが気に食わなかったのか更に言う。

「あなたは独りで可愛そうね。私達はこれから大きな料亭で食事なの。あなたは寮に戻って代わり映えの無い食事かしら」


あたしはエリザの言葉よりひとり増えた女性に興味があったのでそちらを見ていた。

「あら、シェラさんは初めてだったかしら?」

「ミズーリ子爵領のミリ•ミズーリと申します。宜しくお願いします。」


シェラと呼ばれたピンクブロントのゆるふわのショートカットヘアで痩せ気味なのに胸だけは大きな気弱そうな女性にカーテシーで挨拶をする。

「バヴァロワ男爵のシェラトン•バヴァロアですわ。こちらこそ。」


ピンクブロンドの髪は珍しい。それにバヴァロア男爵は聞いたことが無い。新しい貴族だろうか。

「失礼ですが寄親の方は?」

「ランベック辺境伯様です。」

「ああ、クルチャさんの所でしたか。お父様は辺境伯様にお仕えなさって?」

「ええ、財政を支えております。」


あたしとシェラトン様の話が弾んでいるのが気に食わなかったのかいきなりエリザが声を荒らげた。

「もう、こんなところで話してないで行きますわよ!」


エリザがさっさと進んで行ってしまったので、軽くシェラトン様が頭を下げて慌てて追い掛けた。

新しくエリザの取り巻きになったようだがシェラトンさんは良い方のようだ。印象も良い。

でも同学年じゃないよね。何か事情があってエリザの取り巻きしてるのかなあ。


ぼんやり考えながら歩いて居ると影従魔『ルキウス』から魚人ラフェが話があると連絡があった。

ああ〜忘れてたわ!

あたしは目立たないように建物の陰に入ってスキル『影』で影の世界へ行き、寮に走った。

寮で現実世界に戻り、魔法クリーンで服の埃を払うと部屋着の薄赤色のワンピースに着替える。部屋の『転移扉』を使って『拠点』のアン様の家に移動する。


影従魔『ルキウス』を探すとお風呂場の浴槽に魚人ラフェさんを入れて待っていた。

「ごめんね、お待たせ。」


魚人ラフェさんが何か言ったが言葉が通じない。困ったな。こういう時はアン様!

アン様が魚人の言葉を『だうんろーど』してくれたので話が分かるようになる。魚人ラフェさんが驚いている。なるほど言葉が分かるようにサハギンの表情まで読めるようになってるわ。

「俺様は礼を言う。地上人の投網に掛かるなんて不甲斐なし。知らぬ世界で死ぬところ。サハギンの面汚し。」


魚人ラフェさんの言うところでは地上人=エライザ王国と戦って居たところを捕まったようだ。共通語は片言しか分からないし、喋れない為に随分と苦労したようだ。体が乾いてしまうと人で言うところの火傷のような状態らしくとても苦しく、治るまで時間が掛かるそうだ。魚人の世界にはポーションのようなものは無くて海草をもんで貼り付けるらしい。

南の海に繋がる川でも構わないから放流して貰えれば帰れるらしい。

「俺様礼が出来ない。どうすれば良い。」

「そんなことは良いのよ。影従魔『ルキウス』が言うには昔サハギンに仲間が海に落ちた時に助けられて、名前を教えて助けが必要な時は名前を呼ぶように言ったらしいわ。だから誰であろうとその名を言えるものは助けるそうよ。」

「昔の王ババライファは偉かった。」


なるほど、助けたサハギンはサハギンの王になったのね。だからラフェさんも知ってた訳なんだ。

「影従魔『ルキウス』に南の山脈を越えた場所の川まで送らせるわ。川を下ればきっと海に出るわよね。」

「俺様助かる。ゼゼンブルトのギアナ海に来たら俺様の名を呼べ。海の幸を礼に贈る。」


どうしても礼がしたいのはサハギンならではだろうか。ゼゼンブルトのギアナ海が何処か知らないけどね。

「汚したこの桶の粘液。昔、地上人の薬液に使えると聞いた。『サハギンの粘液』捨てずに利用を願う。」


浴槽の水の上に確かに粘液がたっぷり浮いていた。まぁ、錬金術などに使えるならアン様に聞いて錬金術室に保管するとしよう。

影従魔『ルキウス』に頼んで影の世界からジュゼッペ侯爵家領を越えた山脈の向こう側の出来るだけ海に近い川に連れて行ってくれるように頼む。影従魔『ルキウス』は出来るだけ直ぐに戻ると力強く言ったが、影従魔『レリチア』がごゆっくり〜と言ったせいでムキになるかも。


アン様を呼んで『サハギンの粘液』の事を聞くと『転移扉』を描くのに必須の材料だと言われた。何でもアン様の場合は冒険者に依頼してかなりの高額で購入していたらしい。それはそれは、臭いだけ我慢すればかなりのものになったのね。


それからあたしは『拠点』の『転移扉』から『錬金術室』へ跳び、空缶と掬いを持って来て、せっせと臭いのを我慢して掬ったのだった。時間が経てば臭いも収まると言われたがリリスお姉ちゃんもこのお風呂に入るし、お母様も入るのだ。勿論あたしもだ。だから綺麗にして置かないといけない、絶対だ。


『サハギンの粘液』を掬い、水を排出して、魔法クリーンで綺麗にした頃には臭いも無くなった。良かった、残り香でもあったら入れなくなるところだった。魔法クリーン様々だよぉ〜。


肉体労働をしたのでとても疲れた。エライザ学園の寮まで戻ってもリリスお姉ちゃんは居ないし、詰まらないので簡単に夕食を済ますと2階の自分の部屋で寝ることにした。ベットに入れば考える事も無く夢の中へ・・・


あたしは戦っていた。影転移をして風上に行って懐から出した眠り薬を風魔法に乗せて散布する。スキル『影操作』で自分の体を空高く持ち上げて、風下から向かって来ていた騎士達の行進が次第に遅くなり、留まって行くのをスキル『影探知』で確認する。彼らを殺しても他の者が送られるだけだから、今は無力化するのが一番だ。スキル『影探知』の範囲を更に拡大すれば次の集団が大きく迂回してアントウーヌの『拠点』に向かって来ているのが分かった。右周りの小集団は移動速度が大きいから影従魔『ポチ』に土魔法で妨害をさせ、左周りの空をワイバーンに乗って来る集団には影従魔『トリ』に風魔法を使って失速させる。

これで少しは時間が稼げるだろう。今のうちに『拠点』の影結界を完了させられる。既に弟子たちは『転移扉』を使って避難させているから、落ち着いたら訪ねて行けば安心する筈だ。

土魔法で掘り進めた穴に風魔法で移動して来た結界石を向きを確かめてから降ろす。ほぼ2/3を埋められた結界石はこれで5個だ。

家の中に戻り、丸テーブルに魔力を通して起動させる。丸テーブルの下面に埋め込まれた魔石が共鳴を起こし、結界石にスキル『影』の影響で五角形に囲まれた地面ごと影の世界へ移行する。

ガコン

『拠点』の家が振動する。きっとかなりの遠くから此処を目掛けて魔法を放った者がいるのだろう。結界石の結界に魔法の魔力が反応して中にある『拠点』の家に影響を与えるが音だけだ。もうすぐ完全に影の世界に入る。光溢れる現実世界とは違い薄暗い世界だが、現実世界と同じように影に侵食されないで済む筈だ。また、穏やかこの家で暮らせるだろう。

全く無音となった家の中に影従魔の2匹が戻って来た。影従魔『ポチ』はお気に入りのソファの近くで丸くなり、『トリ』はいかに頑張ったか報告する。

ああ、これは夢だ。アントウーヌの森の魔女と呼ばれたアン様の・・・


あたしは影従魔『ルキウス』に起こされ思わず『ポチ』と呼んでしまいそうになる。

魔法クリーンで服の埃を払い、階下に降りて『れいぞうこ』から固形のスープを出し、椀に入れて『れんじ』でチンする。棚に置いてある長パンを半分に千切り、温まったスープをスプーンで掬い食べた。

ああ、今日も一日がはじまる。


食事を済ませたあたしは『転移扉』を通ってエライザ学園の寮の自室のベットの上に出た。ベット下から新しい薄緑色のワンピースに着替えると着ていたワンピースを洗濯物入れに入れた。

隣のリリスお姉ちゃんのベットには誰も居ない。暫くベットを見ていたが身を翻して部屋を出た。廊下の突き当りの部屋の前まで行き、ドアを叩く。反応が無いのでクロエは居ないのかなと諦め掛けたところでドアが開いた。


髪の毛がくしゃくしゃなクロエが顔を出し、あたしを見て笑顔になり、あたしが何も言わない内に部屋の中に惹き込んだ。

「おはよう、クロエ。狩りから帰ってたんだね。」

「ああ〜ミリや。良かったわぁ〜、探したんやでぇ〜」


まるであたしが行方不明になっていたような言い方だよ。

部屋の中はクロエだけでマリーちゃんの姿は無かった。


クロエは髪の毛を整えもしないで寝巻きのままであたしをベットに座らせると滔滔と独りで高原に狩りに行った顛末を話し始めようとした。

あたしはクロエを止め、服を着替えさせ、髪の毛を梳り、落ち着かせた後に飲み物とまるパンをテーブルに出して話しを聞く事にした。

















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