第40話
司会者の煽りは確かに魔法を使う者の心に火を付けた。ただ、誤算だったのはその数が少なすぎた事だろう。10枚からどんどん釣り上がったが15枚で入札が止まってしまったのだ。入札を競っていたのがたった3人だったから火が消えてしまったのだ。
結局マナポーションは金貨15枚で落札された。司会者が見誤ったと言う事だろう。
「さぁ、これで最後です。この薄い青色の小瓶、これはキュアポーションと言います。」
どよどよとざわめきが広がる。十分に驚いてくれたところで司会者が続ける。
「『キュア』魔法がありますがこれは状態異常となってしまった仲間を正常に戻す為の魔法、とても高度な魔法で詠唱もとても長く、魔力を消費する割には失敗もするというとてもリスキーなものです。ですが、『キュア』はとても有用なのです。状態異常とは毒は勿論、盲目、麻痺、腐敗、石化、眠り、混乱、洗脳、魅了、狂気、弱体化、沈黙、忘却、呪いなどと多岐に渡ります。」
一気に言ったせいか司会者は一度言葉を止める。言葉が染み込むのを待って居たのかも知れない。
「『キュア』の魔法を使える魔法使いも希少です。呼び寄せて魔法を掛けて貰うのにどれ程の費用と時間が掛かるでしょう。でも、此の小瓶一つがあれば失敗を恐れる事も、『キュア』の魔法を使える者を待つ事も、高価な費用に怯えることなど無いのです!」
良いから早く始めろという声があちこちから上がり始める。司会者はにこやかに笑って言った。
「それでは、皆様のご要望に応じて始めましょう。最初は金貨20枚から!」
入札はどんどん入り、金額も上がってあっという間に金貨30枚に達する。しかしそこから1枚づつしか上がらなくなるが入札が止むことは無い。みんな欲しいが出来るだけ費用は抑えたいのだ。じりじりと金額が上がり、時間が経過していく。金貨36枚で止まり司会者が決定しようとしたとき金貨50枚の入札が入った。会場がどよめく。
「決まりました。キュアポーションは金貨50枚、落札されました。」
金貨50枚も出せる者とはいったい誰なんだと言う声も上がる。
「あ〜、もっとふっかけりゃ良かったのじゃ。」
とても残念と言ったのはアルメラさんだった。
その時、影従魔『ルキウス』が言った。何か来る!
舞台の一部が突然爆発した。司会者がひっくり返る。驚きに席にいた者達が悲鳴と怒号をあげる。警備の男達がわらわらと立ち上る埃の前に集まり様子を伺う。
そしてあたしとアルメラさんは影従魔『ルキウス』によって突然影の世界へ引き込まれた。
影従魔『ルキウス』に包まれるように守られ、現実世界を見ると爆発した場所に男が立っていた。縦縞のタキシードを着て眼鏡を掛け、金色の短髪をツンツンに尖らせた男がスタスタ歩いてひょいとキュアポーションの小瓶を摘み上げた。
「これは私『メドギラス』が頂いて行きます。」
あたしの向こう隣でアルメラさんが怒鳴る。
「あ奴は魔族!『エンドレス』!」
影従魔『ルキウス』に抑えられながらもアルメラさんは何とか抜け出して現実世界に行こうとする。
「いったい、あの魔族がどうしたんです?知り合いなんですか?」
「知り合いなものか!あ奴は我が黒狐族の村を滅ぼした怨敵じゃ!」
あたしがアルメラさんと話しをしている間にも現実世界では魔族『メドギラス』とオークションの護衛との戦いが起きていた。
それは戦いと呼べただろうか。一方的に護衛達の魔法攻撃や魔法付与攻撃が成されるのに、全てを躱され一つも当たらない。動きが早いのだ。まるで相手の動きがわかっているかのような動きをしている。
放たれた魔法は舞台を焼き、カーテンを凍らせる。護衛達の攻撃が互いに相殺されたり、魔族『メドギラス』の動きで相打ちになりそうになっている。
オークションの護衛をするくらいだからかなりの腕利きの筈なのに子供のようにあしらわれている。
「もう、そろそろ良いかな。」
いつの間にか他のポーションは司会者が大事そうに抱えて、舞台の袖の方で蹲って居た。
「逃してなるものか!!」
大きな声を上げて剣を振るい、魔族『メドギラス』に一太刀入れた者が居た。綺麗なドレスを着た女性だが手には普通より長く劉伶な飾りがある特別な力を発揮している剣を持っていた。
「ここで会ったのが運の尽きだ!『エンドレス』ぅ!」
んん?ん〜、どこかで見た顔だよ!
あれって今朝、教室に来たバージル先生の補助教員ナサニエラさん(20)じゃなかった?
でも白くプリーツのひらひらのある綺麗なドレスから真っ白い羽根が生えて居るんだけど!
あの姿ってオークションに出てた天人の女神そっくりなんだけども!
魔族『メドギラス』は『エンドレス』と連呼されながら逃げられないようで何処からかくねった形をした剣を取り出し、ナサニエラさんの特別な剣を受けている。
「『封剣』ですか、私のスキルが封じられる訳です。」
ナサニエラさんの剣戟が早くて激しすぎる為にオークションの護衛たちが手を出せないで囲むだけに成ってしまっていた。
「あれって、ナサニエラさん!」
あたしの言葉にアルメラさんが言った。
「あの天人はミリオネアの知り合いなのかえ?」
「天人?いいえ〜、今朝学校で会ったんですよぅ!平民の筈なのに!」
あたしも混乱してきた。
「その『キュアポーション』を返せぇ〜!」
「そうは行きませんねぇ。」
「それがあれば石化が解除される!姉様を取り戻せるんだぁー!」
ガキン!
ぐっと押し込まれる魔族『メドギラス』が鍔迫り合いしながら答える。
「ん〜ん、それは詰まらないです。折角の芸術品なのですから」
魔族『メドギラス』が天人のナサニエラさんを蹴り飛ばして言う。
「私が丹精込めて魔力で石化して創り上げた芸術は堪能して頂かないと」
「戯れ言をぉー!この『エンドレス』がぁー!!」
天人のナサニエラさんが尻もちを付きながら封剣と呼ばれた普通より長く劉伶な飾りがある特別な力を発揮している剣に魔力を込めると剣先から白く輝く光が放たれた。
不意を突かれたのか魔族『メドギラス』が光りを浴びると服装はそのままに歪な蛙のような正体を現した。
「やってくれましたね。」
周りを囲んで居たオークションの護衛達がその姿を見てえずき始めた。もう戦うどころではないようだ。
「興が削がれましたのでお土産を持って退散としましょう」
「ま、待て!」
天人ナサニエラさんが制するが気にもせず、魔族『メドギラス』が背中から黒い蝙蝠のような翼を広げて飛び上がって、あっと言う間に天井に空いた穴から消えていった。
呆然と座り込む天人のナサニエラさんと蒼い顔で戦うことも出来ないオークションの護衛達が残された。安全と分かった影従魔『ルキウス』に影の世界から開放され、現実世界にあたしとアルメラさんは戻って来た。
ソファの陰に出たから壁の近くで崩れて気絶していた老紳士ライアンさんには気づかれてない。
「クソっ、怨敵が居たのに何も出来なかった!」
「あそこで出て行ったら劇場がアルメラさんに破壊されてましたよ」
アルメラが魔族『メドギラス』と戦ったらきっとスキル『化身』で巨大な狐になって光魔法を連発していたに違いない。
魔人『メドギラス』を圧倒出来たかも知れないが倒せたかは分らない。
すると影従魔『ルキウス』が話し掛けて来た。オークションに出されていた魚人が喋って居た言葉の中に影従魔『ルキウス』の知り合いに助けを求める言葉が合ったというのだ。
だから始末されて仕舞うなら助けたいと言う。あたしもあのサハギンの魚人のラフェさんには同情していたのだ。
だからあたしは大銀貨2枚を置いて代わりに影の世界へ連れて行くように言った。影従魔『ルキウス』に捕まった状態なら安全に確保出来るし、影従魔『ルキウス』も話が出来るだろう。
最後はしっちゃかめっちゃかになったオークションだったが楽しかった。あたし的には楽しかったし、ナサニエラさんが天人でお姉さんを石化から助けようとしていることも知れた。きっとあたしが力になれる。
まぁ今日は無理だけど。きっとあの天人の女神の像を落札したのはナサニエラさんだろう。
あたし達は復活した老紳士ライアンさんの案内でもと来た魔法陣で宿『酔狂』の地下に戻り、宿の3階の部屋に帰った。
ずっとグチグチとアルメラさんは言っていたが仕方ない。結構な時間となっていたのでそのまま宿で食事をして泊まり、アルメラさんと同泊することになったのだった。だって放って置くとアルメラさんが独りで魔族『メドギラス』を探しに行きそうだったのだ。
あ〜あ、リリスお姉ちゃんになんて言おう。その代わり、昔アルメラさんの黒狐族の村で何があったのか教えて貰ったのだった。
・・・・
アルメラさん10歳の時に突然魔族がやって来た。最初は魔族と知らなくて族長の所へ都からやって来た貴族と思われていたそうだ。珍しさもあってアルメラさんは友達と一緒にいけないと言われていたにも関わらずその様子を隠れて見ていたそうだ。
最初は雑談などしてにこやかに話しをしていたがやがて『メドギラス』と名乗った男は村長である族長に言った。
「どうでしょう、私の配下におなりなさい。そうしないと滅ぼしてしまいますよ。」
アルメラさんが育った村は人口200人にも満たなかったけど、黒狐族の村の中では最大と言って良い規模だった。
「他の所では断られて仕舞ったので全員始末して差し上げました。手間なんですよね。」
そう言ってニンマリとした『メドギラス』は近くでお酌をしていた村長の娘の頭をいきなり殴り飛ばしたのだ。
「な、何をする!」
「配下にしてくださいと言うまでどんどん死んで行きますよ。」
「何ぃ、例え儂が殺されようと他の者は従わんぞ!」
「それでも構いません。ひとりづつ聞いて回るとしましょうか。」
アルメラさん達隠れて見ていた子供達は動けずに固まっていた。逃げ出そうとした子もいたが年長だったアルメラさんの兄が抑えて我慢させたのだ。
目の前では異変に気付いた村の警備の男達が本性を現した『メドギラス』と戦って殺されて行った。村長を残し、外に出た『メドギラス』は一軒一軒を訪ねて回り、殺して行った。その間も村の警備の男達が攻撃しても誰の攻撃も通じす、為す術もなかった。
そんな行為を村長も許す筈もなく村長も村の男達と一緒に戦ったそうだ。村が壊滅的になった頃、広場にいた『メドギラス』は戦いを挑んでくる村長や警備の男たちに言った。
「まだ、無駄な抵抗をしますか。こういう『エンドレス』な行為は嫌いではありませんけどね」
ニンマリと笑いながら手に付いた血を振り払いながら本性を出した『メドギラス』に村長が最後の手段に出た。
「これ以上村の者をやらせはせん。」
村長が希少なスキルを使ったのだ。警備の男達でも持っていないスキルで魔族『メドギラス』に攻撃を加えた。
爆炎の中から服を焦がし、額から少し青い血を流して出てきた魔族『メドギラス』は怒りに燃えていた。
「あー、こんなにも私が説得しているのに従わないならひとりひとり『エンドレス』に殺して差し上げましょう。」
そう言って村長を蹴り上げ、なぶり始めた。スキルと魔力を使い果たした村長は成す術もなく殴り殺された。それを止めようとした警備の男達も一撃で飛ばされ、どうしようも無かった。
そこまで見ていたアルメラさん達は村長の家の中の避難場所に隠れたが村人を殺し尽くした魔族『メドギラス』がやって来て何も出来ない子供達をひとりづつ引き剥がして村長と同じように殴り殺した。
最初に殺られたのはアルメラさんの兄だった。みんなの死体の中でアルメラさんも殴られ気絶してしまった。
気が付いたら村の外から戻って来たアルメラさんのお祖母様に助けられていたそうだ。助かった者は50人足らず、助かっても半身不随となって生きていけない者ばかりだった。
アルメラさんのお祖母様のお陰で生き残ったが動けるようになった者から逃げ出して行き、アルメラさんはお祖母様と共に狩人として生きる為に森で暮らす事になったそうだ。アルメラさん達を庇ったお兄さんは助からず亡くなった。魔族『メドギラス』はそれ以来現れず、アルメラさんも探したが見つからなかった。
お、重い話だった。
「でも復讐なんて無理でしょう。あんなに強ければそれこそ勇者じゃないと倒せないと思うわ」
あたしの説得にアルメラさんは納得しない。
「例え、アルメラさんが挑むにしても、魔族『メドギラス』の弱点とか突かないと。罠とか仕掛てでも。」
「罠かのう・・・そうじゃ、ミリオネア!儂を助けてくれ。お主のスキル『影』ならあ奴を罠に掛けられるやもしれん!」
アルメラさんから肩を捕まれ、強調される。でもなぁ、相手が魔族だと『ディンブレス教団』の可能性もあるんだよなあ。捕まったらとんでもない事になりそう。でも逆に捕まえられれば何か聞き出せるかも。
あたしは迷った。迷ったときはアン様だ。
「魔族『メドギラス』のう。知らんな。儂の知ってる魔族は『オースチン』と言って温和な奴じゃった。魔法研究に余念の無い奴で多岐に渡る魔法を研究しておって、魔法論議で儂と揉めたのじゃ。もしかして『オースチン』の弟子かも知れんのう。石化の魔法を使うのじゃろ、有り得なくは無いのじゃ。」
そうだ外見を説明すれば分かるかも知れない。
「丸眼鏡に金髪短髪でツンツン?分からんが丸眼鏡は魔導具かも知れん。そう言えば『オースチン』も掛けておったわ。」
そうだ、天人の封剣とかでスキルを封じられていた。
「天人の封剣か、魔導具(アーティファクト)じゃな。天人の神が作りし剣じゃ。それまで避けられて居たのが出来なくなったと言う事は『未来予知』とか『行動予測』とかのスキルを封じられたのじゃろう。神速で動くのは『魔力纒』で身体強化でもしとるんぞゃろうよ」
魔人『メドギラス』の弱点は無いの?
「魔人はかつて魔法しか使えなかったが人間と交わる事でスキルを手に入れたから弱点という弱点は無いのう。むしろ、人間より優れておろうよ。弱点とは言えないが傲慢で自信家ではあるな。自分が正しいと主張して曲げんところがあったわ。」
困った。弱点が無いなら不意を突くより手はないだろう。罠を張って誘き出して拘束する方法を考える。
「魔人は影の世界でも死なんぞ。かなり弱体化するが影の世界から逃れる事も出来ん。放って置けば数年で死ぬやも知れんがの。」
ええっ、それじゃ影の世界に取り込んでも倒せないってことじゃない。手詰まりじゃない?
「だから言っておろうが、強き力で倒すのみじゃ!お主が拘束して儂が止めを刺すのじゃ。」
そんな大雑把なぁ〜。計画は頓挫したままあたし達は寝ることになった。
◆
翌日、アルメラからはミズーリ子爵領目指して帰って行った。あたしが影の世界を通って送ろうかと提案したのだが魔族『メドギラス』を倒す手段を練るために誰かと会って来るとの事で拒否をされてしまった。まぁアルメラさんにも影従魔『ルキウス』の眷属が貼り付いて居るようなので連絡は直ぐに取れるから大丈夫だろう。
また、直ぐに魔族『メドギラス』が襲って来ないよね。来ないでね。
『酔狂』の豪華な朝食を取って、幾つか失敬して、あたしはエライザ学園の寮に帰った。自室に戻ったらリリスお姉ちゃんに怒られるんだろうなと思ってたら不在だった。どうやらリリスお姉ちゃん達の学年は野外演習が始まってしまって、10日弱は居ないとのことだった。
それじゃクロエと狩りにでもと思ったら部屋に居なかった。周りの人達の話では昨日から帰って来てないようだ。影従魔『ルキウス』に眷属と連絡を取って貰うと別に問題が起きた訳ではなく、ソロ狩り三昧をして帰って無いだけだった。多分荷物持ち(あたしのこと)が居ないから解体とかで手間取って満足な狩りが出来ていないのかも知れない。
じゃあとあたしはエライザ学園の教師棟に向かった。勿論自室で普段のピンク色のワンピースだ。気がついたらアルメラさんにパールのネックレスを返して無かった。まあ良いや。今度会った時に返す事にする。
教師棟には学園長やそれぞれの学年の教師が授業の為の準備をするだけでなく、自分の専攻している部門を研究する場所にしていたり、宿泊していたりする。
勿論、勉強が分からなくて先生を生徒が尋ねて来るのだ。男女は特に別れて居らず、開いている部屋もあれば誰も近付かない部屋もあるのだ。
教師棟の入り口には管理人が居るのであたしはそこで目的の人物の在宅を確認した。管理人のおじさんは面倒臭そうに無精髭を撫でながら昨日夜遅くに帰って来た事をおしえてくれた。一応管理人室から在宅不在は分かるらしい。
あたしは管理人の指定した部屋の前に立ち、ドアをノックする。暫く待つと中から小さな声で返事があり、ドアが開いた。
「いらっしゃい。どうぞ、中に入って」
「はい、失礼します。」
ナサニエラさん(20)。バージル先生の補助教員でバージル先生の戻りが2から3日遅れると昨日の朝、教室に告げに来た人だ。そして、その日にオークションにいて、天人の女神の像を落札している筈であり、魔族『メドギラス』を『エンドレス』と喚びながら果敢に攻撃した天人だ。
あたしが来たのはバージル先生の生徒だから来たのだろうと誤解していると思う。
部屋の中はほとんど何も無いのにドア横に天井に届きそうな大きな箱が置いてある。例えは悪いが棺桶を立てたようなものだ。窓側に机があり、中央には4人掛けのダイニングテーブルがある。隣に行くドアがあるがそちらは多分寝室だろう。
白の貫頭衣(チュニック)みたいな服に幅広の革のベルトをしていても持ち前の美しさは損なわれて居ない。くしゃくしゃなはずの金髪はウェーブが掛かったように見え、赤み掛かった銀色の瞳は眠そうだった。
あたしにダイニングテーブルの椅子を勧め、窓側の机の横に合った食器棚からカップを出して紅茶を入れてくれた。何気ない動きの中にも魔法をふんだんに使っている。何もないところから紅茶を取り出し、ティーポットに紅茶を入れた後はお湯を魔法で注いでいた。少し蒸らしてカップに注げは紅茶の出来上がりだ。自分の分のカップはあたしに出した物の倍のサイズが合った。
「遠慮しなくてもいいわよ。」
「ありがとうございます」
礼を言ってカップを持って口に含む。紅茶の濃厚な香りが鼻をくすぐる。少し苦味があるがとても美味しい。
「美味しいです。アッザムの5年物ですか?」
あたしが聞くと眠そうだった目を見開いた。
「驚いた。良く判ったわね。丁度知り合いから頂いたところだったの」
紅茶はお母様が大好きで色んな種類を小さい時から嗜んで来たのだ。当然詳しくなってしまう。
「お母様が大好きなもので」
「そうよね、あなた達は子供と言えどお貴族様はだったわね。学校では不敬罪は無いから助かるわ」
「ふふふ、ナサニエラ先生も紅茶には詳しそうですね」
「ナサニエラで良いわよ」
紅茶好きと分かったせいか、ナサニエラの態度が少し緩くなる。生徒とは言え初対面の女の子が来たのだ、多少は警戒するだろう。
暫く紅茶の好みとか、種類とかの話で盛り上がる。ナサニエラさんは補助教員になる前は各地を放浪していて、色んな所で紅茶を飲んで来たそうだ。特に好きなのはジュゼッペ侯爵家が治める山岳地帯ロンベルク産の2年ものが好きだそうだ。
あたしの最近の好みは、ミズーリ子爵領に居た頃はハーブティーが多かったがリリスお姉ちゃんの影響でローズヒップティーになった。ナサニエラさんは伝統的な紅茶のほうが好みらしくハーブの香りやローズの香りが苦手らしい。
「それで今日はどんな用だったのかしら」
一通り話が終わると改めてナサニエラさんが言った。
「入り口にある、あのちゃん大きな箱には何が入っているんですか?」
あたしの質問にナサニエラさんが強ばる。やっぱりだな。
「それを知ってどうするつもり、ミリちゃん」
「ナサニエラさん、昨日オークションに居ましたね。」
ガタと椅子が引かれた途端にナサニエラは入り口の大きな箱の前に移動して剣を身構えて居た。目にも留まらなかった。
「誰だろうと許さないわ。」
簡潔な言葉の中には絶対守るという決意が聞こえた。
「あたしもオークションを見ていたんです。現れた魔族にナサニエラさんが剣を振るって居たのも見てました。」
あたしが紅茶を飲んでいるだけで淡々と話すので少し警戒を解いた。
「それで?」
「あたしはナサニエラさんが欲しいと思って居るものを提供出来るかも知れないんですよ。」
あたしがナサニエラさんに敵対する訳では無いと分かったのか大きな箱の前からあたしの前の椅子に戻って座った。
「それって、どういう・・・」
「オークションに出たキュアポーション・・・」
「まさか、あなた!」
座って居たのにまた立ち上がってナサニエラさんが叫ぶ。
「まぁ、同じ物ではありませんし、効果があるかはわかりませんけど」
そう言ってあたしは腰のアイテム袋に見せ掛けた影の中から一本の瓶を出して、テーブルの上に置いた。
薄い青色の小瓶だがその後中身は半分程しかなく、瓶も薄汚れてちょっと泥も付いている。あたしの力作だ。
それをナサニエラさんはしげしげと見てガバッと掴んだ。
「こ、これは本物のキュアポーション?!」
「ちょっと量が少ないのと効果に保証が出来ないのでオークションには出せませんでした。」
「な、なんとアレの出展者なのかぁ?!」
少しナサニエラさんは驚き過ぎだ。
「まぁ、もう見付からないとは思いますが」
嘘だが。
「これをくれ!お金は払う!今すぐは無理だが必ず払う!頼む!!」
ナサニエラさんは頭を下げて二度と離さないとばかりにキュアポーションを掴んで居る。
思った以上の効果だと心のなかでほくそ笑む。
「あたしに協力しておく頂ければそれは差し上げても構いませんよ。」
「どういう事だ?」
下げていた頭を上げて不審そうな顔であたしを見る。まだキュアポーション(手作り)を離さない。
「ナサニエラさんって天人ですよね。それにあの箱の中身はオークションに出された天人の女神。」
あたしがオークションにいた事を知った為に否定はしないナサニエラさん。
「ナサニエラさんは本物のキュアポーションを盗んで行った魔族『メドギラス』に恨みを抱いて居ますよね。」
「それがどうした。ミリには関係無いだろ!」
さっきまで親愛を込めてミリちゃんって呼んでくれて居たのに警戒心で呼び捨てになってしまった。
「実は知り合いにあの魔族『メドギラス』に恨みを持つ者が居るんですよ。」
「それがどうした、ミリには関係ない!」
何だが意固地になってる。困ったな。
「ナサニエラさんみたいに敵を取りたいけど魔族『メドギラス』が何処に行ったか分からなくて困っているんです。」
「それがどうした、そいつには関係ないぞ!あたしはあたしで恨みを晴らす!」
どうにも魔族に逃げられたにも関わらずひとりで何とかする気らしい。
「ナサニエラさんはどうしてあの魔族『メドギラス』があの場に現れたと思います?」
「!・・・」
言葉に詰まったようだ。分からないというより何も考えて居ないんじゃ無かろうか。
「オークションに出される出展品は基本、出展品を出した物か、オークション関係者だけです。更に言えば出展の順番なんて限られた人にしか知らされて居ません。」
「どういう事だ?」
う〜ん、ナサニエラさんって見た目は理知的なのに脳筋なのかも知れない。
「一番怪しいのはオークションの主催者ですよ。彼が何故か魔族に情報を流しています。」
「クソっ、奴が!!」
今にも飛び出して行きそうな勢いで怒る。
「勿論、憶測でしかありませんがね。」
動かなくなった。うん、やっぱりね。
「だから、罠を仕掛けるんです。ナサニエラさんはどなたの紹介でオークションに出られたんですか?」
「どういう意味だ?ミリ」
「ナサニエラさんにオークションを紹介してくれた方に『キュアポーションがどうしても欲しいから出展者を教えて下さい』って頼むんです。無理でしょうけどオークションの主催者にお願いして貰う訳です。あたしもオークション会場で戦ったナサニエラさんを紹介して貰えるように頼んで見ます。」
「ミリが何をしたいのか分からん・・・こうやって知り合っているのに。」
「あたしとナサニエラさんが知り合いなのはオークション主催者は知りません。でも互いに連絡を取りたがって居るのが魔族にも当然伝わります。その後ナサニエラさんがあたしと会える事になったからもう良いと言えばどうです?魔族は妨害しに来ると思いませんか?」
「・・・なるほど、罠に嵌める訳だな。」
「そうです、詳しく言わなくても向こうがナサニエラさんを見張って、あたしとの取引現場に現れて妨害してくる筈です。そこであたし達とナサニエラさんで挟撃するんです。ナサニエラさんひとりではまた逃してしまうかも知れませんが協力し合えば倒せなくても意趣返しは出来ますよ。」
「くはははははー、あっははははは!」
いきなりナサニエラさんが哄笑し始めた。魔族に意趣返し出来た時の事を考えて笑ったと思う。
「分かった。ミリちゃんがなかなかの策士だってことが。」
あたしが策士ってなんか釈然としない。
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