第29話

お父様の執務室に執事長と入り、ソファ前のテーブルにトレイを置かせると執事長は突然土下座をした。

「誠に申し訳ありません!ミリ様。わたくしは奥様を見捨てて逃げました。」


突然の事で驚いていたが直ぐに言った。

「非常事態の時はそうしろとお母様から言われて居たのでしょう?なら、仕方ないわ。あなたは戦えないのだから」

「それでも、あいつに奥様が何をされたかと思うと・・・」

「あいつって、あなたはお母様が火事でどうなったか知ってるの?」


すると執事長はお母様が商人ネアンに騙されて玄関でダンダン伯爵家騎士団長マクシミリアンに脅された事を話した。

「あなたはお母様に言われたように他のメイド達を連れて無事に逃げ出せたのでしょう?ならばあなたに責任は無いわ。火事でお母様は酷い状態だけど死んでないわ。」

「でも・・・」


尚も言い募ろうとする執事長にあたしは言う。

「ダンダン伯爵家相手にあなたもあたしも何も出来ないわ。いいえ、しては駄目よ。無視されるならまだマシよ。下手をすれば殺されて仕舞う。そうしたらお母様の行動が台無しになるわ。この件はお父様がお帰りなったら相談します。お父様の言葉に従えないなら仕方ないけど」

「・・・いえ、旦那様の指示に従います。」

「なら、この件はおしまい。他のメイド達にも伝えて頂戴、お父様やお母様を信頼しているなら余計な詮索や噂を流さない事よ、分かったかしら。」


執事長は立ち上がり、あたしを見て言った。

「ミリ様は変わられましたな。学園に通うようになってからというもの、とてもしっかりなされた。」

「・・・ありがとう。」


執事長が出て行くとお母様が仮眠室から顔を出した。

「ほんとね、ミリちゃんとても強くなったわ」

「もう、お母様まで」


あたしは照れるというより如何に自分が弱かったか自覚した。だから、お母様が食事をしている間にひと仕事することにした。転移扉を描く事である。

クローゼットの壁に描かれていた魔法の転移扉は消えていたので、薬液の缶を開け、薬液の缶と一緒に持ってきた筆に薬液を付けて魔力を流しながら再び転移扉を描いた。行き先は『拠点』である。失敗は無い、なぜならアン様の記憶を使いながら描いたからだ。薬液の缶は再び影の世界に片付ける。そして、影の世界から鍵の魔導具を幾つか取り出し魔力流す。


クローゼットから出たらお母様が物足りない顔をしていた。スープだけじゃ足りないらしい。

そこで転移扉の使い方をお母様に教えると同時に『拠点』へ連れて行く事にした。いざ行こうとして、あたしは執務室に鍵を掛けた。危ない危ない。好奇心駆られてメイド達に入られたら不味い。


あたしが教えるようにお母様が鍵の魔導具で『拠点』の文字を触れて、中央の『開』の文字に触れると転移扉が影になる。お母様が不安そうにあたしを見るのであたしはお母様と手を繋ぎ影の中に入る。強制的にお母様も転移した。


結果から言えばお母様は『拠点』の家を凄く気に入った。おとぎ話の魔女の家そのものだと言うのだ。2階にもふたりで上がり、寝室が2つあることも確認して喜び合う。


階下に戻りお母様の芝居の話をする。顔には包帯をして仮面を被る。足が切断されていたのだから歩けたらおかしいのでどうしようと考えて居たら魔女アン様の幻影が現れて教えてくれた。


言われたようにあたしが『錬金術室』まで行き、魔導具を持って来る。魔女アン様の幻影に言われるように魔導具にあたしの魔力を流すと変形した。

そう、畳まれた板みたいのに魔力を流したら変形したのだった。これは初代『シド』が考案した車椅子と言う魔導具だった。座って魔力を流すと車輪が回転して行きたい方向に自動で動くのだ。使う者は魔力を流しながら行きたい方向や速さを意識するだけで良いのだ。実際にお母様に乗って貰って使ってみて貰う。お母様はとてもはしゃいだ、こんなに楽しそうなお母様は初めて見た。


一度降りて貰い、畳んで執務室に持って行く積もりだ。そして『拠点』の家の中で寛いでいた影従魔ルキウスを正式にお母様に紹介する。意外にもお母様は怖がらなかった。とても大きい犬のように見えるのに昔から知っているように自然に話す。一度お母様を火事の時に受け止めたからかしら。


それから影従魔ルキウスにお母様とお母様と他の人達を守る眷属を揃えて欲しいと言うとあたしが知っている人全員の眷属を用意すると言った。魔物はどうするかと聞くと影従魔ルキウスが適当に用意すると言ってくれたので任せる事にした。


車椅子を持って『拠点』の家から執務室に戻る。お母様に聞いてお父様への魔法便を作り、飛ばした。

魔法便は書いた手紙を相手に飛ばす魔法の連絡手段だ。あたしは今回初めてやった。封筒が魔法により光る鳥となって飛んで行くのは不思議な気がした。


お母様が食べ終わったトレイを階下の食堂に持って行くとメイドが心配していた。執務室に鍵が掛かって居て中に入れなかったからだった。心配のあまり詮索されては困るので簡単に説明する。

お父様に魔法便を出して連絡したこと。

お母様の足が不自由なので知り合いの魔導具屋から魔導具を融通して貰って翌日持ってくる事。

暫くはあたしが執務室でお母様の面倒を見るので食事は執務室の外の台の上に置いて置くこと。

お父様が帰って来たらあたしは再び学園の戻る予定だこと。


食堂でメイド達を宥めていた執事長には街長からの書類などは今まで通りに持ってくる事と巡回している領騎士達への連絡はお父様が帰って来るまで待つことを伝える。


事細かにあたしが説明したのでメイド達も執事長も安心したようだ。それからお母様とあたしの部屋を改めて焼け残った屋敷の空き部屋に用意するように伝えた。節約の為に余計な家具など揃える必要は無いことも申し伝える。こうしないと気を回してぬいぐるみや絵画などを飾りたがるのだ。

ミズーリ子爵家は金欠なのに。


あたしは過ごし疲れて執務室に戻るとお母様が居なかった。もしかしてとクローゼットの転移扉から『拠点』の家に行くと2階のベッドで休んでいた。お母様はすっかりこの家が気に入ったようだ。嘆息するとあたしもお母様のベッドに潜り込んだ。


翌日、お母様と目を覚ました。あたしは転移扉でお父様の執務室に戻ってきた。お母様にはアン様の家からは絶対外に出ないように言い含めて、家の中の事で分からない事は影従魔ルキウスに聞くように言ってきた。とても楽しそうにしているお母様を見るとあんな恐ろしい目にあったとは思えない。


執務室の外に出ると廊下の台の上に書類を置いて居る執事長に会った。挨拶をしてお母様とあたしの食事を用意するようにお願いして、書類を抱えて執務室に戻る。執務机の上に書類を置き再び廊下に出た。まだ顔も洗って無いが服も昨日クローゼットからお母様のものを借りたままだ。

あたしの部屋やお母様の部屋のある方が燃え落ちてしまっているので着れる服が無い。学園から持ってきた宿題や教科書と燃えている。早急に何とかしなければならないがまたお金が必要だ。

焼けて無い衣装保管部屋に行き、季節が少し合わないけど置いてある自分の服に着替えた。クリーンの魔法を掛ければ取り敢えず大丈夫だ。夏場なのに少し生地が厚くて暑いが我慢するしかない。後でメイドに服を買いに行かせよう。あぁ、お母様の服も無いな。燃えたわ。

取り敢えずお母様の分はクローゼットにあるものを使って貰い、回復したら買いに出て貰う事にしよう。


一階の食堂に行くとメイドが食事を運ぶ所だった。なので、一緒に執務室に行き、中のソファ前のテーブルに置いて貰う。ついでにあたしの服も買って来るように指示する。貴族の買物はツケで払うので当座は何とかなるだろう。メイドからはお母様の容態を聞かれたので少しづつ元気になっているがまだ仮眠室で休んで居ると伝えた。


メイドが出ていくと鍵を閉め、トレイを持って『拠点』の家に行く。するとお母様が楽しそうに何かをしていた。すぐ近くには影従魔ルキウスが座り込んでいた。

カウンターにトレイを置いて、お母様に聞く。

「お母様、何を為さっているのです?」


お母様が笑顔で振り返る。

「あら、ミリちゃんお帰り。今ルキウスに聞きながら朝食を用意してたのよ」


あたしがしたように『れいぞうこ』から凍った食材を取り出し『れんじ』で温めたようだ。珍しいものに触れて楽しそうだ。少しは元気が出たのかと安心する。

2人で大きな丸いテーブルに運び食事をする。館から持ってきたお母様用のスープは味が薄く、中身も少なかった。アン様が用意していた冷凍物の方が贅沢な作りだった。


これからしなくてはならない事をお母様に相談しながら食事を進め、あたし達はトレイを持って館に戻った。


執務室のクローゼットからお母様の芝居のための服を用意してお母様は着替えて仮眠室で大人しくお母様は休む。元気なように見えて身体は癒えてはいないのだ。あたしはトレイを持って食堂に行く。執事長がメイド達にあれこれ指示していたから昨日言いつけて置いた事をしてくれるのだろう。執事長に書類仕事は戻ってからするので執務室前の台の上に置いて置くように頼む。


館を出るとあたしは影の世界に入って執務室に戻った。クローゼットで革鎧に着替えて仮面を被る。これから魔物を狩ってくるのだ。

アン様の『拠点』や『錬金術室』へ行けば換金出来る物があるに違いない。狩人ギルドのアルメラさんの言うように金貨2000枚くらいすぐだろう。だが、それを売る場所は無い。幻の秘薬ポーション『エリクサー』など値段が付かないくらい高く売れるだろう。だが、全身火傷でなお足まで切断されていたお母様を全快させる力を持つ幻の秘薬なのだ。持っているも分かるだけで国王が全力で奪いに来るだろう。決して譲ってくれとお金を持って来たりはしないに違いない。お母様にも言ったが持っているだけで危険なのだ。


ランクDのハンターであるあたしが売れるのは魔物だ。だから魔物を狩るのだ。出来るだけ高位の魔物を狩る。でなければランクDの魔物を沢山狩る積もりだ。もうすぐ夏休みも終わり時間も無いのだ。


考えながらあたしは狩人ギルドまでやって来た。狩人ギルドのアルメラさんに報告するためだ。アントウーヌの森の魔女アン様の事を教えてくれたのは彼女だ。お祖母様に聞いた話と言っていたがきっとアン様と関係が無い筈は無い。

狩人ギルドのドアを開けるとアルメラさんがカウンターに突っ伏していた。

「こんにちは、アルメラさん」


あたしが声を掛けるとぼんやりと見返して、廻を見回す。カウンターを飛び越えるとあたしの腕を掴み、大急ぎで地下室に連れ込み鍵を掛けた。突然の事に驚いて居るとアルメラさんが部屋の壁際に設置してあるピッチャーからコップに水を入れ、一気に飲み干し・・・咽(むせ)た。

「何か、あったんですか?」

あたしが聞くとおもむろに椅子を引いて座ってから口を開いた。


「何かどころじゃないわ!昨日、お主の館が燃えたじゃろ、それで、お主、ミリオネアに声を掛けたじゃろ、ふぅ。そしたら帰り際にダンダン伯爵家騎士団長マクシミリアンに囲まれたんじゃい!散々関係やら秘密やら話せと脅されてな、化かして山の方に連れ回してやっと帰って来たところじゃ」


少し気になる言葉があったが取り敢えず謝る。

「それはすみません。アントウーヌの森に行ってきた報告をしに来たんですが帰った方が良かったですか?」


アルメラさんが非難するような眇めになる。

「お主、儂を苛めるつもりか?聞きたいに決まっておるじゃろ!」

「じゃあ、これで」


あたしはアルメラさんの肩に触れてそっと言った。

「アルメラさんのお祖母様とアン様の関係を知りたい」


机の上に魔女アン様の幻影が現れてアルメラさんが驚く。

「ほうほう、黒狐族なのじゃ。確かに使用人にアンジュという娘が居ったわ。」

「アンジュはお祖母様の名前・・・」


放心しながらもアルメラさんは答えた。幻影とあたしを見比べ、視線を行ったり来たりして叫んだ!

「ミリオネア!説明せい!この小さい婆さんは何じゃ!何故こやつが儂のお祖母様の名前を知っとる!」


それからアルメラさんはアン様の幻影と話をして理解してくれた。

「つまり、ミリオネアはアントウーヌの森の魔女アン様の生まれ変わりということじゃな。」

「そうみたいですよ。アン様みたいな凄い魔法使いじゃないひ弱な娘ですけど。」


アルメラさんは乾いた笑い声を上げた。

「それで他には何じゃ、報告だけではあるまい」

「はい、少しでもお金を用意したくて相談に乗って欲しいんです。」


あたしは『錬金術室』から持ってきたポーション類を幾つか並べた。

「これはポーションです。これを売れないかと」


アルメラさんがひとつひとつ手にとって見ていくと、百面相になった。

「これはヒールポーション、これはハイポーション?これはマナ、マナポーションなのか?これはキュアポーションじゃろか?え?これは何じゃ?分からんものもあるのじゃ!」


アルメラさんはあたしを見ると言った。

「何故、ハンターギルドへ持って行かん?狩人ギルドよりもハンターギルドの方が高く売れるはずじゃぞ!」


あたしはアルメラさんの瞳を見つめていった。

「ハンターギルドは駄目なんです。ブルマントさんは騎士爵持ちなんでダンダン伯爵家騎士団長に逆らえないんです。出処を隠し切れる保証が無いんです。その点狩人ギルドなら問い詰められても誤魔化せるでしょ?最悪ミズーリ子爵領の穴(ダンジョン)から見つかったと言い訳出来ます。」

「じゃが穴(ダンジョン)にはハンターしか入らんぞ」

「確かに承認されたハンターは穴(ダンジョン)に入る許可がありますが、今は一人もいませんよ。お父様が許可を出してないから。だから穴(ダンジョン)を埋める許可を狩人ギルドに出します。」

「ん?なんかお主変なことを言いおったな」

「穴(ダンジョン)を埋める許可を狩人ギルドに出します。」

「はっはははは・・・・・穴(ダンジョン)を埋めるじゃとぅー?」

「そうです、その際に見つかった事にしたいんです。」


アルメラさんが頭を捻り始めた。

「確かに穴(ダンジョン)は忽然と消えたり現れたりすることがあるんじゃが・・・その時に中の武具や魔導具が見つかる事もあるんじゃが、埋めるなぁ」

「ヒールポーションなら売れますよね?」

「無論じゃ」

「じゃあマナポーションは?キュアポーションは?」

「マナポーションなんてヒールポーションの10倍くらいするぞ!キュアポーションならその倍じゃ!」

「それからオークションにも出せますよね?」

「あぁ、確かに狩人ギルドからもオークションに出すことはあるのじゃ」

「それで処分して欲しいんです。お礼に幻の秘薬ポーション『エリクサー』を一本差し上げます。」

「礼に金貨じゃなくて『エリクサー』ねぇ〜・・・『エリクサー』じゃとうぅー!」


暫くアルメラさんは放心した。どうやらあたしが出したポーションの中に『エリクサー』があったのに気付いたらしい。

「流石に『エリクサー』をオークションに出せないでしょうが他のポーションなら出せるでしょ?」

「ええい、分かったのじゃ。それでどれだけオークションで売るのじゃ?」

「ハイポーション10本とマナポーション1本とキュアポーション1本ぐらいが限度ですよねえ。」

「・・・ヒールポーションは金貨1枚じゃからハイポーションなら金貨5枚はいくじゃろう。マナポーションがヒールポーションの10倍の金貨10枚で、キュアポーションはマナポーションの倍の金貨20枚じゃろうなあ。合計で金貨80枚は堅いじゃろうか。」

「おぉ、凄い!80万エソですね。」

「じゃが、お主気付いているかも知れんがこの手が使えるのは一度きりじゃぞ。」


あたしは睨むように言うアルメラさんに頷く。

「ですよねえ、でも次はキュアポーションだけとかマナポーションだけとかハイポーションだけとかでしたらどうです?ミズーリ子爵領の穴(ダンジョン)でスポット(特別な穴)を見つけた事になりませんか?もちろん埋めたのはあたしって事にして。」

「・・・お主、考えたもんじゃな」


あたしは微笑む。希少なものが見つかったのでオークションに出して、欲を掻いて更に探したら少し見つかった。更に探したらちょっとだけ見つかった。こんなふうに出せば疑いも少なくなる。

狩人ギルドに場所を聞く為に詰め寄っても守秘義務があるから見つけた人物も場所も言えない。最近出入りしている者はと探してもあたしはスキル『影』で逃げ切るから捕まらない。狩人ギルドでの接触はアルメラさんとマタギさんだけだ。マタギさんは森に入ればひと月くらい顔を出さないそうだから捕まえるのも容易じゃないだろう。一応あたしの正体は言わないようにお願いするけどね。









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