第28話

お母様の話はあたしがボアン子爵領に向かった後から始まる。


夕方まで執務室で書類の仕事をしていたら執事長が訪問者が来ていると伝えたという。予定は無かったけれど誰が来たのか聞いた所、付き合いの深い商人だった。火急の要件との事で玄関まで出ていったのだそうだ。

玄関でドアを開けた途端商人だけでなく目だし帽の男達が一緒に入って来た。男達は各々剣を抜いていた。お母様はひときわ大きな男に剣を突き付けられたそうだ。

「領主の屋敷なのに無用心だな」


声を聞いてお母様は誰だか大体分かったそうだ。ダンダン伯爵家騎士団長マクシミリアンだ。服装も平民のように見せていたが鍛えられた体だ。お母様は商人に詰問した。

「どういう積りなのです、ネアン!」


商人はおどおど身体を震わせて両手を組んで謝った。

「も、申し訳ありません、奥様!この男達に脅されて!わたしでなく妻や息子を殺すと脅されて仕方なく!」


言い訳としては許せる内容だがどうやらネアンは気付いて居ないらしい。

「マタギ村の件もあなた達の仕業なのですね、やっぱり」

「くくくく、気が付いていたか。」

「当たり前ですよ、ダンダン伯爵家騎士団長マクシミリアン!」


マクシミリアンの名前を聞いた執事長や商人ネアンは驚いた。

「おいおい、名前を出すのは悪手だぜ、奥様。これで証人を消さなくてはいけなくなった。」


目だし帽のマクシミリアンが合図すると部下の一人が商人ネアンに剣を突き刺した。口から血を吹き出して「そ、そんな・・・」と言いながら倒れる。

「あ〜あ、奥様のせいですな、くくくく」


目だし帽のマクシミリアンが嘯(うそぶ)く。

「最初から開放する積もりなど無いのでしょう?こんな分かり易い方法を取るなんて相当焦っているようですね?」


商人ネアンを殺されてお母様は目だし帽のマクシミリアンから話を聞き出す積りになったそうだ。

「ロベルトの負債の話からしておかしな事ばかり、ダンダン伯爵の計画ですか?」

「おやおや、そんな事まで知ってたんですかぁ〜」

「いえ、違うのですか?・・・なるほど、息子のハンザイ、いえバンサイの計画をアクトが利用した線が高いですね。」

「おやおや、面白い話だ、くくくく」


目だし帽のマクシミリアンの注意が十分引けた所でお母様は玄関脇の壁を蹴った。突然のお母様の行動に怪訝になった目だし帽の男達の視線が集まった所で執事長が身を翻して家の中に駆け込んで逃げた。目だし帽の男ひとりが追うがドアの向こうで見失う。


ブラク村の事があってから使用人達に何かあったときは逃げるように言い含めていたそうだ。その時はハウスキーパーの仕事をしていたメイドが3人と執事長だけでメイド2人は外出していたそうだ。領騎士達は街や村の見回りなどで出払っていた。いや、領騎士達が出払って仕舞う日を狙って襲って来たのだろうとお母様は言った。


「ちっ!」

舌打ちをして目だし帽のマクシミリアンがお母様を殴った。顔をである。執事長を逃がせて油断していたお母様は避けられ無かった。


お母様は痛みと衝撃で目から火花が散り、倒れてしまった。目だし帽のマクシミリアンが男達を使ってお母様を食堂に連れ込んで行った。クラクラする頭でお母様はマクシミリアンは何をする積りなのだろうと考えていたそうだ。

炊事場の近くまで引き摺られて連れて来られたお母様は聞いた。

「こんな所で何をする積りなのてしゅ」


殴られて口の中を切ったお母様の言葉の発音が上手く行かなかった。

「まぁ見てろって」


余裕綽綽な目だし帽のマクシミリアンが男達に指示をする。統制の取れた動きはきっと部下の騎士達なのだろうとお母様はぼんやり考えた。

お母様だけでなく斬り殺された商人ネアンも食堂に連れて来ていたようだ。

何とか見えるようになったお母様が気付いたのは男達が炊事場の油をあちこちに撒いてる姿だった。

「も、燃やす積りにゃのぇ」

「そうだ。商談中のミズーリ子爵家奥様は火事でお亡くなりになる。すると旦那は失意で負債の返済を出来なくなり子爵家はお取り潰しに成り、ミズーリ子爵領はダンダン伯爵家預かり、ひいては組み込まれる。娘は借金のかたにエリザお嬢さんの玩具と言う段取りさ」


「私達が負債を何とか返済して追い詰め切れないから、ブラク村を襲い、ハンターギルドの職員からお金の工面をしている者を探そうとしていたのね?」

目だし帽のマクシミリアンは目だし帽を取り、投げ捨て驚く。


「流石だな、奥様。良く判ったな。」

「悪党のやりそうな事だわ!」

激昂したマクシミリアンがお母様のお腹を蹴った。蹴られたお母様は転がり蹲った。口から血と胃袋の中身が吐き出された。息も出来ない痛みと蹴られた衝撃であえいでいるとマクシミリアンが顔を寄せてお母様の顔に唾を吐いた。


「痛めつけるついでに犯してやっても良いと思っていたんだぜ。奥様はなかなかに良い胸をしてるし、顔も悪くねえ。でも、こうやって蹴ったりするのも良いなあ〜。そんな苦しそうなのに俺を睨んて来るなんて唆るぜ。」

マクシミリアンは下衆だった。

お母様はひと通り聞いたがまだ不審な事があったので苦しいのを押して聞いた。

「ここまでミズーリ子爵領を欲しがるにゃんて、何が目的にゃょ」


上手く回らない口でマクシミリアンに言う。

「本命は穴(ダンジョン)らしいぜ。何でも無限に金のなる穴らしいな?」

「!」


お母様は動かない身体を押してマクシミリアンに詰め寄った。必死に服を掴み立ち上がろうとする。

「駄目!!それだけは駄目!龍穴を刺激しては駄目!ミズーリ子爵領を得てもそれだけは止めへ!!」


お母様の必死さに反ってマクシミリアンは笑ったそうだ。後でお母様に聞こう。いや、アン様の幻影でも良いかも知れない。

「ほう、龍穴とは聞いたことが無いな。なんだそれは?」

「・・・言えないわ。」


マクシミリアンがまたお母様を蹴った。そして剣を足に刺す。激痛に声も上げられないお母様は転がり周り、吹き出した血が当たりを汚した。

「言え!龍穴とは何だ?」


お母様が黙って痛みに堪えているとマクシミリアンは反対の足に剣を浅く刺し、グリグリとした。

お母様が声にならない悲鳴を上げた。痛みで全身が痺れ硬直する。

「言わないならこうだ!」


マクシミリアンがお母様の足を切り落とした。痛みで気絶しそうになり空気を求めてパクパクと口が開く。

マクシミリアンは耳元で囁いた。

「言えば治癒してやる。」

「・・・エンドロール侯爵家の口伝・・・」


それだけやっと口にするとマクシミリアンが足だけに治癒を掛けて流血を止めたお陰で痛みは遠のいた。

「それで?」

「『・・龍穴の奥深く闇の・・中の闇の中の・・・影に潜むものを・・起こしてはなら・・ぬ。それは・・世界の終末』」

やっとの事で口にしたマクシミリアンは叫んでお母様の反対側の足も切断した。


「なんだ!それは!!訳の分からねえ事ほざきやがって!」

お母様が気を失う最後に聞いたのはそんなマクシミリアンの声だった。



お母様の話を聞いてあたしは呆然とした。ダンダン伯爵家のせいで苦しい思いや苦労をしているのだとぼんやりと分かっていたがあんまりだ。


陽が登り切って避難していたメイドが恐る恐る入って来た。

「あの、奥様。領民が館の前で騒いでいます。どうしたら・・・」


メイドは俯き加減で声を掛けて来たのであたしは咄嗟に影従魔ルキウスにお母様を隠して貰った。突然の事でお母様は驚いていたが直ぐに暴れるのを止めた。

「お母様は火事のショックでお話が出来ないわ。あたしが話ます。」


沢山の領民の前で話なんてあたしには出来ない。でも、お母様を表に出すわけにはいかないのは分かり切っていた。幸いメイドもお母様がピンピンしているのを見ていない。あたしがやるしかない。

メイドを先にやって、埃を払い服を着替える。お母様の服で少しブカブカだが仕方ない。革の鎧姿で出る訳には行かない。お母様を現実世界に戻し、隠れて居るように言った。

お母様も自分が危険な事を分かって頷いてくれた。でもとても心配そうだった。


あたしは執務室を出て行き、館の前に出た。そこには館に居なかったメイドや逃げてくれた執事長や火事で心配して集まった領民が沢山いた。スゴく怖い、好奇の瞳があたしを見つめて居る。体が震えているが領民の中にハンターギルドのブルマントさんや狩人ギルドのアルメラさんの姿があったのがあたしに力をくれた。


「わたくしはミリ•ミズーリ!お母様は火事でお話出来ない怪我を負っていますのでわたくしがお話します。昨晩、わたくしが戻って来たら既に館は燃え落ちて居ました。幸い『延焼防止』の魔法で守られた部分は無事です。何があって家事になったのかこれから調べる事になりますが、当主は王都に行って不在ですのでわたくしが領主の仕事を代行しますのでご心配要りません。暫く前からわたくしも手伝っていましたのでお父様、当主が戻るまで何とか致します。みなさんが心配して下さる事に感謝します。」


そこまで言うと領民から声が上がった。

「奥様のご様態はどんななん・・ですか?」

「全身にひどい火傷を負って話をする事は困難で、文字を書くのも不便する状態です。それに火事の記憶も曖昧なようで家にあったポーションで何とかなっているだけですが。」


「館が燃えちゃったから再建するんだろうか?」

「いいえ、暫くこのままにします。今は財政も苦しい状況で領民の皆さんにご協力頂いて居ますので・・・再建は見通しが立ちません。」


「火が消える時になんか怪物を見たと言う奴がいるぜ!」

「そうですか?わたくしは知りません。」


口々に領民は心配してくれたり、税が上がることを恐れた気にしていたがひとつひとつ分かる範囲で答える。


「さあ、みなさんもお家にお帰り下さい。」

そう言ってやると領民はてんでに帰って行ったがハンターギルドのブルマントさんと狩人ギルドのアルメラさんが残って居て、あたしに近づいて来た。離れた場所には戻ってきた執事長やメイド達がいた。

ふたりの顔を見たら力が抜けて倒れそうになるのを堪える。


「どうかされましたか?」

ふたりはお互いに顔を見合わせた後にあたしを見た。


「立派だったぜ、ミリオネア様」

「儂らを頼るのじゃ、ミリオネア」

ふたりにはバレバレだったようだ。他人行儀な言葉遣いは無用だろう。でも・・・


「ありがとうございます。でもすぐにでもお父様を呼び戻しますので何とかなるでしょう。万が一、駄目だったらミリオネアで頑張りますから」

意地でにっこりすると2人が嘆息する。

今は仕方ないと考えたのか2人は帰って行った。

すると執事長やメイド達が近づいて来た。彼らに離れられたら困る。だからあたしは今まで通りに過ごして欲しいと言った。食堂や炊事場は燃えてしまったが残った屋敷にある別の炊事場や食堂を使ってくれるように伝える。給金も今まで通りだすし変わらずに仕えてくれるように頼む。執事長は何やら言いたそうだったがあたしが首を横に振ると分かってくれたみたいだ。メイド達と執事長が残った館に入るまで残った。そして、誰も居なくなるまで佇んでから身を翻して館の中に入る。


歩きながら2人は信用出来るだろうかと自問する。きっと信用出来るし秘密も守ってくれるだろう。最初からあたしがミリオネアと分かっていたらしいブルマントさん、ちょっとした行為から推理して正体を知ったアルメラさん。2人ともちょっとした脅しになど屈指はしないだろうが弱点は誰にもある。

相手は伯爵という地位を保ちながら騎士団長という暴力を行使してきた相手だ。油断はならない。もしかしたら王都の金融業者も伯爵の仲間かも知れない。

頼りたいが頼れば巻き込む事になる。ともすれば崩れそうな弱い自分を叱咤するが・・・あたしは弱い。


執務室のドアを開けるのに躊躇してしまう。意を決して開けるとお母様がぼんやりと椅子に座っていた。その姿に力が無いのが分かると無性に悲しくなった。火事に巻き込まれて殺されるような目にあっても気丈に居ようとするお母様を誇りに思うと同時に自分が何とかしないとと思う。

「お母様!領民には大丈夫だと説明して来ました。それでハンターギルドのブルマントさんと狩人ギルドのアルメラさんが力になってくれるとも言ってくれました。」

「まぁ!そうなのね。ミリちゃんも頑張って領民に説明してくれたんだからわたしも頑張らないとね。」


お母様が笑顔で応えてくれる。あたしは意を決して言う。

「だから、お母様は後遺症で直ぐには仕事に戻れない状態だと領民には伝えようと思います。」

「どうして?わたしはミリちゃんの持って来てくれた幻の秘薬ポーション『エリクサー』でこんなに元気になったのよ。」

「だからです。ダンダン伯爵家はお母様を亡き者にして、自分たちの思い通りに進んでいると考えていると思うのです。だから、その隙を活用するんです。それに、お母様が『エリクサー』で元気になったらその『エリクサー』を何処からどの様に手に入れたのか聞き出そうともっと卑劣で恐ろしい手段を取るかも知れないんです。」


あたしはお母様に抱き着いて言った。

「もう、二度とお母様にあのような恐ろしい姿になって欲しく無いんです。」

「・・・そうね、わたしもあんな目にもう二度となりたく無いわ。ありがとう、ミリちゃん」


あたしはお母様から離れてお母様の目を見て言った。

「だからお母様には身体が不自由な振りをして欲しいんです。もちろんずっとお芝居をしていたら疲れちゃうんで隠れ家では普通に暮らせるようにします。」

「隠れ家?」

「はい!アントウーヌの森の魔女が住んでいた家が影の世界にあるんです。」

「まぁ!・・・でも影の世界じゃミリちゃんから離れたら死んじゃうでしょ?」

「それが魔女の家では普通に暮らせるんです。不思議な魔導具も沢山あるし、きっとお母様も気に入ると思います。」

「まぁ、びっくりね。でも良いの?それって確か500年も前のものでしょ。しかもミリちゃんのでなくてその魔女さんのものでしょ?」

「大丈夫です!あたしがその家を使って良いって許可も貰いました。というか、スキル『影』持ちに渡す為に魔女さんは『状態保持』の魔導具を使ってずっと変わらないように作ったと言っていました。」


お母様は小指を顎に当てて頭をこてんと傾ける。お父様がお気に入りのポーズだ。

「まるで500年前の魔女さんが生きているみたいな事をミリちゃんは言うのね」


あぁ、お母様に継承の腕輪の殊を話して無かった。あたしは左腕の服を捲って腕輪を見せた。

「え?それは何?ミリちゃん」

「これは『継承の腕輪』と言って魔女さんの記憶を見せてくれる魔導具なんです。」

「付けていて大丈夫なの?」

「はい、大丈夫です。お母様にも分かるように説明するにはどうしたら・・・」


すると眼の前にまたアン様の幻影が見えた。

「わしを見せれば分かり易いだろう。見せたい相手に触れて質問をすれば大丈夫じゃ」


あたしはお母様の肩に触れて言った。

「お母様に分かるように説明する方法を知りたい」


するとお母様は目を見開いた。暫くしてお母様が言った。

「今、アントウーヌの森の魔女様と話をしたわ!びっくり!もう、何度ミリちゃんには驚かされるのかしら」


不意にドアがノックされた。お母様は急いで仮眠室に隠れる。ドアを開けたのはメイドだった。

「失礼します、ミリ様。お夕食の準備が出来ました。一階の食堂を使われますか、それとも此処にお持ちしますか?」


あまりお父様の執務室に入られたく無いし、お母様の食事の話も必要なので下の食堂に行くと伝える。メイドは下がろうとしたが何か言いたそうにしていた。何か他にあるのと聞くと部屋からミリ以外の声がしたのでと言われた。隣の仮眠室に居るお母様に話し掛けていたと誤魔化す。


メイドが下がったので仮眠室のお母様と食事の話をする。

「それじゃミリちゃんが持って来てくれる?食事の世話をすると言えば誤魔化せるんじゃないかしら」

「そうですね。そうします」


あたしが食堂に行くと2人分の食事の用意があったがお母様の分はあたしが持って行くと言ってトレイに食事を乗せさせる。お母様の分はスープが主になるように指示する。手早く食事を済ませると執事長が話したい事があると言われる。メイドが居る場所で話せなそうなのでトレイを持たせてお父様の執務室まで連れて行く事にした。



















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