第27話

「ここは?」

疑問に思うと再びアントウーヌの魔女アン様の幻影が眼の前に見える。


「ここは『錬金術室』。山の中の岩盤をくり抜かれた場所じゃ。」


だから地下室なんだ。あたしは周りを見渡す。

「凄く広いね」


反対側の壁は100mくらい離れていて、真四角に出来ているようだ。天井の高さは5m位あり、10m間隔くらいに円柱の柱が立っていて、魔石が明るく光っていた。そう、ここは現実世界らしい。

「あっ、外と繋がってないんじゃ空気はどうなってるの?」

「此処と同じ様な部屋が下に5層になっていて、更には外に通じる洞窟と繋がっておるのじゃよ。それに扉の横に階段があるじゃろ。これを200mも登れば隠された場所から外に出るのじゃ」

「洞窟?」

「自然の洞窟でそこから登って来て、このような部屋を造って、扉を描いて、階段を造ったようじゃ」

「アン様が造ったんじゃ無いの?」

「儂は先代から受け継いただけじゃ。造ったのは初代『シド』様じゃ」

「こんなに広く、大きく無くても良いのに」

「趣味と実益を兼ねておるのじゃよ。自然洞窟の方から階下くらいまでは魔物が住み着き、ここの守りとなっておる。」


なるほどと納得し、2000年も良く保って居るなあと感心すると答えを教えてくれた。

「ここは『拠点』と同じく『状態保持』の魔法を掛け続ける魔導具が使われておるのじゃよ。魔力は空中から取り込んでおるので実質無限に効果を発揮するのじゃ。」


あっ、そうだ『エリクサー』を探さなくちゃ。

あたしは棚が並んだ場所へ行き、一番上の青い色をした硝子瓶を見つけた。無造作に100本以上が並んでいる。少し驚きながら数本を持って影の世界へ仕舞う。他にも少しそれらしいポーションも貰っておく。後で確認すれば良いや。

更には棚から溢れた素材や魔石などが何故か床に列を作っている。棚が足りないので床に置いてあるようだ。

見て回るには時間が掛かるし今はそんな場合じゃないので戻ろう。あとあと。


壁の扉まで戻り、『拠点』に魔力を流し、『開』に触れると影になったので中に入る。『拠点』であるアントウーヌの森の家に帰ってきた。

「そう言えば、此処は影の世界なのに何で現実世界と同じくなんだろう」


すぐさまアン様の幻影が現れて教えてくれる。

「結界を張ってから影の世界に取り込んだからのう。それに『状態保持』の魔導具も使っておるから儂の時代から変わっておらぬのじゃ」


凄い、アン様も凄い!

少しお腹が空いてきたので食べ物を食べたいなと思う。

「『きっちん』に行くといいのじゃ。あのカウンタの向こうで料理が作れるのじゃ。」


アン様の言う通りに『きっちん』に行くがあたしは料理なんて作った事が無い。だからいつもまるパンやジュースで済まして仕舞う。

「料理の知識も後で『だうんろーど』するのじゃ。儂も良く作っておった。まずは、その大きな箱『れいぞうこ』の一番下の引き出しを引け。」


アン様の言う通りにすると引き出しから冷気が出てきた。引き出しの中には凍った何かが沢山入っていた。

「取り敢えずはそれをひとつ取り出してそこの棚にある大きな椀に置くのじゃ」


言われたように椀の中に凍った物を入れると次の指示を出される。

「『れいぞうこ』の上の箱は『れんじ』じゃ。椀ごと入れて、摘みを“3“に合わせるのじゃ」


言われた通りにすると『れんじ』から低い音がして中が光っている。どんな魔導具なんだろうと見ているとアン様が答えた。

「これは光の魔法を使った食べ物を温める魔導具じゃ。」


チン!と音がして光が消える。扉を引いて中の椀を取り出すと湯気が立ったシチューがあった。

カウンターにシチューの椀がを置いてスプーンを取り、いざ食べようと思って考えた。

「これって500年前のものだけど大丈夫?」

「大丈夫じゃ。『れいぞうこ』は保存に長けた魔導具じゃから使わなければ永遠に持つぞ」


わぁ凄い!じゃあ心配無いね。

シチューは色々な野菜も入っていてとろりとして美味しかった。まるパンも食べたかったが買い置きの物は影の世界で浮いて居るから『拠点』から出ないと取れない。後で『拠点』に持ってこよう。

はむはむと食事を済ませると何だが眠くなって来た。でも用事が済んだらリリスお姉ちゃんのところに戻らないとリリスお姉ちゃんが心配する。


急にリリスお姉ちゃんが心配になって来た。あたしのすることをのんびり見ていた影従魔ルキウスに相談してみよう。

「ルキウス、お願いがあるんだけど」

「お願いする必要はないぞ、あるじ様」

「リリスお姉ちゃんに万が一が無いように守って欲しいの」

「あるじ様の命令だが儂はあるじ様を守りたい。・・・狩った魔物は影の世界に居るか?」

「えと・・・あっ!1匹グレイウルフを売り忘れていたわ」

「ならばそれを我が眷属としょう」


ルキウスはのそりと立ち上がり消えた。影の世界に出ていったのだ。影従魔の眷属とは影従魔と同じ様に影の世界に住む影で影従魔のルキウスの指示の下色々な事を代行するのだ。現実世界の見張りになどは造作も無いだろう。

これでリリスお姉ちゃんに何かあっても直ぐに分かる。


あたしは『拠点』を出て現実世界に戻り、森を抜けて薔薇園に出た。東屋まで行かない内にリリスお姉ちゃんの近くにいたメイドさんが待っていた。あたしが声をかける前に口を開く。

「お待ち申し上げておりました。こちらでアマリリスお嬢様がお待ちです。」


あたしが待ってくれていた礼を言う前にスタスタ四角い館に入って行く。もう薄暗く明かりが灯っているのであちらこちらの窓から光が漏れていた。結構な時間を『拠点』で過ごしてしまっていたようだ。


メイドさんに案内されたのは食堂だった。そこにはリリスお姉ちゃん以外の人が居て、あたしの顔が強ばる。初めての人はどうしても怖いのだ。

リリスお姉ちゃんがあたしに気付いて立ち上がり、近寄って来た。リリスお姉ちゃんの顔を見ると安心できる。

「心配しないで、此処にいるのはあたしの、私の家族だから」


言葉遣いをリリスお姉ちゃんが変える。社交モードだ。あたしはリリスお姉ちゃんに頷く。

「こちらへどうぞ」


リリスお姉ちゃんの手に引かれて一番の上座に座る壮年の男性の前に来た。立派なひげを生やした栗毛茶色の瞳を持つ、リリスお姉ちゃんによく似た人だ。食事を中断してこちらを見る。

「お父様、この子がみり」


「無作法であろう!」

リリスお姉ちゃんが話を始めた所で大きな声を上げた。あたしは跳び上がって、リリスお姉ちゃんの後ろに隠れた。


「食事中なのにも関わらず、そんなハンターみたいな埃臭い姿の者を儂の前に連れて来るな!アマリリス!」

大きな態度だけでなく貴族としての誇りなのかも知れないが怒鳴られてあたしはリリスお姉ちゃんの手を振り切ってにげだした。

「あっ!」


リリスお姉ちゃんが小さく声を出したが構って居られなかった。館を出た所でスキル『影』を使って影の世界に逃げ込む。現実世界は真っ暗なのかも知れないが影の世界は光が満ちて居て、待っていてくれた影従魔ルキウスがのそりと立ち上がった。バフンとばかりにルキウスに掴まる。

「見ておったぞ、あるじ様。あやつを殺すか?」


いきなり物騒な事を言い出すルキウス。

「良いの、あたしが馬鹿だったのよ」


影の世界から見ると館からリリスお姉ちゃんが飛び出して来た。あたしを追って来たのだと分かる。でも、あの食堂には戻りたくない。


現実世界に姿を現したミリを見つけたアマリリスはミリを抱き締めた。

「ごめんなさい!ミリちゃん!あたしが迂闊だったわ。久しぶりにミリちゃんに会えたから家族に紹介したくてそのままの姿で連れて行ってしまったわ。ごめんなさい。」


リリスお姉ちゃんは泣いていた。

「良いの、リリスお姉ちゃん。ついあたしも何も考えないで行ったんだから、リリスお姉ちゃんのお父様が怒るのも無理は無いわ。」

「・・・ごめんなさい。」


暫くお互いに抱き合ったままでいると落ち着いた。

「で、どうするの?ミリちゃんには泊まって貰おうと思っていたんだけど。」

「このまま帰ります。あんなに怒られた後だもの、平気な顔で泊まれないわ」

「そう・・・アントウーヌの森に何があったのか詳しく知りたかったけど、もう少しで夏休みも終わりで学園で会えるわね。その時教えて頂戴。」

「うん、分かった。リリスお姉ちゃん」


お互い離れがたくて身体を離しても、手を離し難くて、指の先まで触れ合ってから離れた。あたしは気持ちが残らないよう思い切って振り返り走った。そして影の世界に跳んだ。


影の世界を走っていると影従魔ルキウスが並走してきたのでその背中に飛び乗り、王都の学園を経由せずにミズーリ子爵領へ転移して貰った。


ふわっと体が浮いたかと思うと既に眼の前はミズーリの家だった。

だが、家の様子がおかしい。黒黒とした光に包まれていた。

慌てて影従魔ルキウスから降りて現実世界に戻ると理解できた。


家が燃えていた。

轟轟と音を立てて燃えていた。

12年間あたしが過ごした家が燃えていた。図書室から出たくないと泣いた家が燃えていた。夜中にお腹が空いてつまみ食いに調理場に行ったら先に食べていたお母様がいた家が燃えていた。お父様に肩車をして貰って楽しかった家が燃えていた。難しい問題が解けないとお兄ちゃんに教えて貰った家が燃えていた。


何故?何故なの?

眼の前の現実が理解出来ないで居ると影従魔ルキウスの声が聞こえた。

「あるじ様、建物の中に人がおるぞ。魔力からしてあるじ様の縁者じゃろうな」

「ルキウス!!助け出して!!今直ぐよ!」


あたしは叫んだ!その叫び声に答えるように夜空から大きな獣が赤黒い焰ごと建物を飲み込む。焔も建物も何も見え無くなるほど巨大な影従魔ルキウスが包み込んで、一瞬で焰は消えた。

建物の2/3が残った。他は燃え切っていた。この世界では火事になったら手が付けられない。燃えるままにするしか手がない。だからお金を出して『延焼防止』の魔法を掛ける。広さに合わせてお金の額が大きく変わる。しかも一年ほど持てば良いほうだ。ただし、『延焼防止』の魔法を掛けられるのは大きなお金を持てる貴族だけだ。貧乏貴族の子爵家の我が家はお父様の書斎や執務室程度しか掛けて居なかった。

燃えたのが1/3で住んだのは影従魔ルキウスのお陰だった。


焼け落ちた家の前の庭に影従魔ルキウスが助け出したほとんど焼け爛れたお母様が横たわっていた。足が無かった。

まだ死んでいないが弱々しく胸が上下している。どうしたら、どうしたらお母様を助けられるの?あぁ神様助けて!お母様を助けて!

あたしに出来ることは祈ることだけだと涙を流していると影従魔ルキウスが言った。

「あるじ様、幻の秘薬ポーション『エリクサー』を使いなされ。そうすれば治るのじゃ。」


影従魔ルキウスの言葉にあたしははっとなった。『拠点』から跳んだ『錬金術室』の棚から『エリクサー』を持ってきていた。腕を落とされて再起不能になってしまったハンターギルドの職員ガルドさんを助ける為に持ってきた『エリクサー』だった。


ガルドさんゴメンと心の中で謝り、懐から出した青い色の瓶の中身を焼け爛れたお母様に振りかける。中身はそれ程無かったが数滴が降り掛かった場所から白煙が立ち昇り、お母様の全身を包み、白く輝いた。

輝きがどれくらい続いただろう。光が収まり白煙が無くなった中から黒くぼろぼろの服を身に着けた裸のお母様が現れた。胸が上下しているが目は瞑ったままだ。


こんなお母様の姿を誰かに見られては不味いので影従魔ルキウスにお母様を運ばせる。お母様の体が暗闇に沈んで見えなくなった。影従魔ルキウスに触れて居ればあたしに触れているのと同じ効果があるので影の世界でも問題無い。ほとんど夜になっていて真っ暗だったので魔法で『灯火』を付けて焼け残った館のドアから中に入る。

執務室ならお母様の着替などがあるはずだ。現実世界を歩くあたしの後を影の世界で影従魔ルキウスが付いてくる。


執務室にある明かりに火を灯し、影を作ると影従魔ルキウスが影の中からお母様を押し上げてくる。執務室の隣の休憩室のクローゼットからお母様の下着とバスローブを持ってくると床に横たわるお母様に着せ始めた。一人で作業するのは大変だが苦労しながら何とか着せられた。


終わると床にあたしはへたり込んでしまった。気が張っていたから何とかなったがとても疲れた。

それにしても何とか間に合って良かった。もし、リリスお姉ちゃんの所で泊まったりしていたらお母様は亡くなっていただろう。

お母様は火事の中で逃げられないようにか何者かに足を切断されていた。しかも焼け爛れていたということは屋敷の焼けた方の場所、炊事場か食堂に居た筈だ。何故、お母様がそちらにいたのか分からないがお母様を亡き者にしようとした者がお母様が生きている事を知ったら再び襲って来るだろう。お母様を隠す場所が必要だ。そうだ、『拠点』ならお母様を隠せる。


あたしは記憶を辿って執務室横のクローゼットの壁に自分の魔力で扉を描いた。行き先を描こうとして考えた、自分の魔力で描いた扉では往復しか出来ない。恒久的な扉が必要だ。そう考えたら眼の前にアン様の幻影が現れて教えてくれた。

「恒久的な扉を描く薬液は『錬金術室』にあるのじゃ。『エリクサー』のあった棚の反対側の一番下の棚に四角い缶の中じゃ」


でも、あたししか扉を開けられない。お母様を軟禁とは行かないよね。

「それならお主の魔力を込めた鍵の魔導具を渡して置けばいいのじゃ。その魔導具は薬液の缶の隣に置いてあるのじゃ」


アン様の幻影に教えられたように一度『錬金術室』に行き、魔導具を幾つかと薬液の缶と更にポーションを持ってきた。それだけでもう力が尽き、あたしはお母様の横に横たわった。



気がつくとお母様に揺り起こされていた。

「ねぇねぇミリちゃん、起きて」


むにゃむにゃしながらあたしは目を開けてお母様を見ると抱きついた。

「お母様!お母様!無事で良かった。」

「ミリちゃん、わたしはどうしたのかしら。確かもう助からないと絶望したところまでしか覚えて居ないのだけれど。」


お母様から離れられ無くてそのまま話す。

「お母様を燃えた館の中から助け出したんです。真っ黒に焼け爛れていてもう駄目だと思って居たけど、『エリクサー』を使ったら無くなった足まで治って、火傷も綺麗になったの」

「ちょっと待って、『エリクサー』?あの幻の秘薬ポーション『エリクサー』なの?」

「そうよ、それを使ったからお母様は助かったの!」

「ミリちゃん、どうやってそれを手に入れたの?」

「あぁ、そこから話さないとね。実はリリスお姉ちゃんの居るボアン子爵領にはアントウーヌの森があったの。アントウーヌの森には昔、あたしと同じスキル『影』を持っていた魔女と呼ばれた魔法使いが住んでいたのよ。だから魔女の手掛かりを探そうと行ったの。お母様はあたしがリリスお姉ちゃんに会いに行ったと思っただろうけど。」

「まぁ、そういう事だったのね」


ぐぅ〜とあたしのお腹がなって、くぅ〜と小さくお母様のお腹が鳴った。あたしたちは話もそこそこに笑いあった。床に座って居たので立ち上がりソファに座りなおす。

「取り敢えず朝食を出すわ」


そう言ってあたしは影の世界に置いてある細長パンやサンドイッチやジュースの入ったピッチャーとコップを出した。お母様の前で物を取り出すのは何気に初めてだった。

「まぁまぁ、ミリちゃんのスキルをこうして使うところを見るのは初めてだわ。とても便利ね。」


ソファの前のテーブルに出された食べ物をふたりで食べながら話をする。

「アントウーヌの森で魔女の家を見つけたわ。そして幻の秘薬ポーション『エリクサー』を手に入れたの。」


「それをわたしを助ける為に使ってくれたのね、ミリちゃんありがとう」

「大丈夫よ、『エリクサー』はまだあるのよ」

本当は100本近くあるなんて言ったらお母様はひっくり返るかも。


「あたしの話よりお母様の方よ。いったい何があったの?」

「そうね、話さいとね。」







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