第26話

気がつくと朝になっていた。どうやらリリスお姉ちゃんのベッドで眠ってしまったらしい。起きてクリーンの魔法で埃を払う。

影の世界から買ったパンを出して自分のベッドサイドで食べる。今度はピッチャーに入ったジュースもコップに入れて飲む。パンは沢山買ったからお腹が一杯になるまで食べた。


部屋の中でスキル『影』を使う。そしてリリスお姉ちゃんの魔力を感じようとする。

リリスお姉ちゃんの魔力、それはとても優しい。それはとても温かい。それはとても安心できる。それはとても嬉しい。

リリスお姉ちゃんの魔力を感じるとリリスお姉ちゃんに抱きしめられている気持ちになる。

リリスお姉ちゃんの魔力を感じるとリリスお姉ちゃんの陽だまりのような柔らかな匂いがする。


『影』の中にリリスお姉ちゃんの魔力を感じた。すぐ近くに強くある。遠く遠くに微かにある。

どうやらスキルとして『影探索』を無事に得られたようだった。


あたしは影の世界に行き、リリスお姉ちゃんの遠い遠い魔力の方向へ跳んだ。

薄暗い影の世界の中で落ちる光る影を踏んで跳ぶ。

リリスお姉ちゃんの魔力だけを感じて跳ぶ、跳ぶ、跳ぶ。

際限なく跳んだ果てにリリスお姉ちゃんの魔力が近くに感じることに気が付いた。

あたしは我に返って現実世界に戻って来た。そこはあたしが知らない場所だったけど沢山の薔薇が咲いていた。


赤い薔薇、黄色い薔薇、ピンクの薔薇、色とりどりの薔薇が丁寧に手入れをされている庭園だった。その外れの東屋に見知った女性が紅茶を飲んでいた。近くにはメイドらしき人が立っている。

「リリスお姉ちゃん!」


あたしは思わず大きく叫んだ。するとリリスお姉ちゃんがこちらを見て立ち上がった。両手を口に当てて驚いていたが、小さく呟いたのが分かった。

「ミリちゃん!」


あたしはリリスお姉ちゃんのところへ走って行って飛びついた。リリスお姉ちゃんはあたしを受け止めて抱き締めてくれた。

「ミリちゃん、ミリちゃんよね。どうして此処に、それにその格好は何?」


色々と聞きたいと言う気持ちが言葉の端に感じられた。あたしはリリスお姉ちゃんに抱き締められながら答えた。

「リリスお姉ちゃんに会いたくて、会いたくて、会いたくて来たの。」


リリスお姉ちゃんは少し身体を離して、あたしの顔を見ながら言う。

「とっても嬉しいけど答えになってないわよ、ふふふ」


メイドの女性が声を掛けてきて椅子に座ったらどうかと言うのでリリスお姉ちゃんから身体を離して、近くの椅子をリリスお姉ちゃんの近くに持って来て座る。

「何処から話したら良いのか・・・分かんないけど、リリスお姉ちゃんはアントウーヌという場所を知ってる?」

「知ってるわよ。この場所からあっち、西の方に見えるあの森がそうよ。」


リリスお姉ちゃんが指差す方向には普通の森より高さがありそうな深い森があった。

「ミリちゃんはアントウーヌに用があるの?」

「そう、アントウーヌに行かないと行けないの」


ちらりとあたしがメイドを見るとリリスお姉ちゃんがメイドを見て席を外すように言った。

「他の人に聞かれると不味い事があるのね」


リリスお姉ちゃんはあたしの気持ちを汲み取ってくれて更にスキル『妖精』を使う。すると薔薇の中から幾つもの気配が立った。あたしには見えなかったがリリスお姉ちゃんが妖精さんを呼んだようだ。

「この東屋に音が漏れないように結界を張って頂戴」


リリスお姉ちゃんのお願いに応えて幾つかの気配が瞬いた気がする。魔法とは違うような力が働いて遠くからの鳥の鳴き声などの物音がしなくなった。

「さぁこれで大丈夫よ。あたしにミリちゃんの冒険を教えて頂戴、ふふふ」


悪戯っぽくリリスお姉ちゃんが笑った。ああ、大好きなリリスお姉ちゃんだ。あたしは夏休みになってから起きた出来事を話始めた。


家に帰ったらミズーリ子爵領が多額の負債を抱えて学園に1年しか居られなくなりそうだと両親から打ち明けられ、ショックを受けた事。

お金を稼ぐ為にハンターと狩人の資格を取って魔物を狩り始めた事。

グレイウルフの罠に掛かって襲われそうになったけど熊獣人のマタギさんに助けられた事。

家の図書室で不思議な影に出会ってお母様の昔の本を見つけた事。

新しいブラク村が豚オークを使う謎の集団に襲われ、戦いに参加したら目だし帽の男をまたまた殺してしまった事。

ダンダン伯爵家騎士団長マクシミリアンに殴られたけどガルドさんというハンターギルドの解体屋さんにヒールを掛けて貰った事。

狩人ギルドのギルドマスターの黒狐族のアルメラさんとキラービーの巣を狩った事。

アルメラさんのスキル『化身』を見せて貰った事。

アルメラさんにアントウーヌの森の魔女の話を聞いた事。

ハンターギルドの解体屋ガルドさんが襲われて再起不能になってしまった事。


もっともっとリリスお姉ちゃんに話を聞いて欲しかったが端折っても時間が足りなかった。気がつくと陽射しは天頂にあり、ミリのお腹が鳴った。

リリスお姉ちゃんに笑われたけどリリスお姉ちゃんとお昼を食べることになった。防音を妖精達に解除して貰い、リリスお姉ちゃんがメイドに食事を東屋に用意するように言って、用意が出来るまでリリスお姉ちゃんが薔薇の庭園を案内してくれる事になった。


薔薇にも沢山の種類があって立木のように生えるものや蔓のように生えるもの、一本の茎に花がひとつのものや沢山の茎に別れて咲くものがあると教えてくれた。

この赤い薔薇はレッドローズ、このピンクの薔薇はレースクイーン、この青い薔薇はブルースプレーとリリスお姉ちゃんはひとつひとつ教えてくれたけど沢山あり過ぎて覚え切れない。しかも薔薇の花弁も色々あるのでとても複雑なのだと言う。


全部の薔薇の名前を覚えているリリスお姉ちゃんは凄い。この薔薇園はリリスお姉ちゃんが任されている区画で数人の使用人とと共に育てているのだそう。ほんとにリリスお姉ちゃんは凄い。


リリスお姉ちゃん大好き!

リリスお姉ちゃんみたいな優しくてしっかりした貴族に成りたい。あたしの目標はリリスお姉ちゃんだ!!


ごはんを食べた後、寂しいけどアントウーヌの森に行くことにした。リリスお姉ちゃんはあたしが歩いて森に行くのをずっと手を振って見守ってくれたけど、森に入ったところであたしはスキル『影』を使って影の世界へと入った。


高い木々は何処の森の中より幻想的だった。光と影にが逆転した森の中に家があった。現実世界で見る家のようで垣根に囲われた菜園や飛び石が敷設された小道が家に続いていた。

こんな場所を見たのは初めてだった。影に取り込んだものは例外なく影に塗り込められて影のように見える。唯一例外になるのはあたしが触れている場合のみ現実世界と同じ様に見えるのだ。


これがアントウーヌの森の魔女の家だろう。触れて居なくても現実世界を影の世界に取り込んで居られる力。いったいどうやったら出来るんだろうか。

ドアを開けて中に入る。鍵も無しに随分物騒ねと思ったけど此処に来れるのはスキル『影』を持つ者だけだから問題無いのねとひとり納得する。

ひときわ目立つのは中央に置かれた大きな木を使ったテーブルだった。テーブルの上には燭台を始め色々な物が置いてある。筆記用具のような物から食事に使うスプーンやフォークなどと良く分からない木で出来たらしいトレイなど。

テーブル以外に目を向けると右手には大きなカウンターと奥に調理道具と流し台や沢山の扉の付いた物入れ、大きな箱が幾つかある。窓は大きく光の代わりの影が差し込んでいる。

テーブルの向こう側の反対側には大きなソファが2つと小さな高さのあるテーブル、本棚と思われる物がある。

本棚の横には2階に上がる為の階段が見えた。ソファの反対側には逆に地下へ向うと思われる扉があった。扉にはミリに読めない文字が記されていて魔力を感じた。


うわぁ~

声にならない感嘆を上げてミリはソファに近づくとソファがもぞりと動いた。

思わずミリは立ち止まる。まさか魔物が家の中に住み着いて居るの?

立ち上がったのだろう、四足の生き物は丸めていた身体をこちらに向けて言った。

「ようやく現れたか、あるじ様よ。」


「へっ?」

音が聞こえる。そう言えば先程から自分が歩いていた足音がしていた。影の世界では音がしないのが当たり前と思っていたのだが何故ここでは聞こえるのだろう。


「ようやく現れたか、あるじ様よ。」

四足で毛むくじゃらで大きな生き物がもう一度言った。


「えと、あなたは・・・なに?」

腹の底からおかしいといった笑い声が聞こえた。


「くくくくくく、久しぶりに会ったのに“なに“とは心外じゃ。」

ずいと前に動いて近づくので思わずのけ反る。


「わしはあるじ様の影従魔じゃ。」

「えと、アントウーヌの森の魔女の?」

「そうとも言えるしそうで無いとも言えるがこれからはあるじ様の影獣魔じゃ。」

「えと、良く分かんないけど名前は?」


スンと鼻息だろう音を出して影獣魔と言う物が言う。

「かつては“フロイ“とも呼ばれ、“ポチ“とも呼ばれて居た。今のあるじ様が決められよ。」

「そうなの?じゃあ・・・ルキウスはどう?リリスお姉ちゃんが黒い薔薇の名前を教えてくれたの。」

「ルキウス・・・今からわしはルキウスじゃ。してあるじ様の名前はなんぞ?」

「あたしの名前?あたしはミリ•ミズーリ、ミズーリ子爵領の娘よ」


影従魔のルキウスはあたしのほうに向き直り、頭を下げて言った。

「われ影従魔ルキウスはミリ様に忠誠を誓い、真の力を開放する。」


その途端ルキウスとあたしの間に何かが起こり、あたしはルキウスのなんたるかを知った。影従魔とは何か、何ができるのか、何のために存在するのか、そして従え方を理解した。


「これで我ルキウスはあるじ様のものですじゃ、何なりと命令して下され」

「びっくり!」

あたしは一言しか言えなかった。影の世界ではルキウスは万能だ。乗る事も出来るし、纏う事も出来るし、思うままに攻撃をさせる事が出来る。


暫くしてルキウスが言う。

「そうじゃ、そうじゃ。新しいあるじ様が来たら教えなければならん事があった。」

「ルキウス、なんの事?」

「ほれ、そこのテーブルの上にある金色の腕輪じゃ。それを付けて下され。さすればこの家の事や前のあるじ様の事やスキル『影』の真実を知ることが出来ると言うとった。」


影従魔ルキウスの言う場所に綺麗なとても複雑な紋様が彫られた素敵な腕輪があった。こんな素敵な物をあたしが身に着けて良いのだろうか?

「左腕の肩近くに付けるものらしいぞ、あるじ様。前のあるじ様もそこに付けて居ったわ。」


良く分からなかったが影従魔ルキウスの言う通りにする事にした。右手で持ち、しげしげと紋様を眺めてから服を捲り上げながら左腕に付けてみる。ブカブカだった腕輪はあたしの腕に合わせてキュッと縮んだ。

するとあたしの眼の前に20cmくらいの大きさの半透明なお婆さんが現れた。お婆さんは腰が曲がって居るけど大きなトンガリ帽子を被り豊かな白髪を靡かせていた。


「ふむ、お主がスキル『影』持ちじゃな。儂はアンと呼ばれて居る魔女じゃ」


眼の前に500年も前のアントウーヌの森の魔女が現れた。

「えっ?えっ?えっどういうこと?」


いきなりの事にあたしは動揺して幻影に聞いてしまった。

「かっかっか、驚いたか。お主が付けた腕輪は『継承の腕輪』と言ってな、前の持主の記憶を知ることが出来るのよ。ポチに言って新しい『影』持ちが来たら付けるよう言っておいたのよ。」

「それであたしの眼の前にアントウーヌの森の魔女アン様が見えるのね」

「お主が分かり易いように腕輪が幻影を見せているのじゃ」

「じゃあ、教えて。魔女アン様は幻の秘薬ポーション『エリクサー』を持っていると聞いたわ。本当にあるの?」

「持っておる。地下室の錬金術工房の棚の一番上の青い色をした硝子瓶に入っておる。」

「地下室・・・あの変な模様が書いてある扉の先かしら」

「そうじゃ、あれは変な模様ではなく異世界の文字じゃ」

「異世界!なにそれ!」

「異世界とは初代の『影』スキル持ちがやって来る前に住んでいた世界の事だ。」

「初代の『影』スキル持ち?」

「その名を『シド』と言う。」

「初代ってどういうこと?最初に『影』スキルを得た人のこと?」

「スキルは人の魂の形、色、大きさに依って得られる特殊な能力じゃ。ULTRAスキルは特定の魂でないと得られない。それ故、同じ魂が転生することで発現する。つまりお主は儂の生まれ変わりじゃ」

「ええ〜」


だから初めて訪れた筈のこの家が違和感無く懐かしい感じがしたんだ。転生なんて言われたのに素直に受け止められる。

「シドという人は何時ぐらいの人なの?」

「4代前、つまり2000年以上前の人物じゃ」

「男の人だったのよね?どんな人だったんだろう」

「人生の記憶を受け継ぐには膨大な情報を処理する必要があるから一世代前でさえ魂の大きさが足りぬぞ。ただ、この世のどんな力にも敵わない力を得ようと努力する人物だったらしい。伝聞じゃがな。」

「ふ〜ん、あっそうだ!それよりあの変な模様を教えてよ」

「異世界の文字じゃ。では記憶の一部を『だうんろーど』するぞ。」


魔女アン様が言うと急に頭が痛くなった。何か重い物を乗せられた気がする。暫くして重さが無くなって来ると地下に通じると言われた扉の紋様が読めるようになっていた。

円形の線の内側には2重の円が描かれ、8等分の線が描かれ中央の円の中には『開』と掛かれ、8等分の先の中には行き先らしい文字が描かれていた。『錬金術室』『オロベイヌ島』『パルファム』『ランベック』とあった。

これは転移扉だ。魔女アンの時はあまり遠出をしなかったのであまり行き先を『せってい』していなかったのだ。

使い方は『だうんろーど』で分かっていた。


幻の秘薬ポーション『エリクサー』を手に入れたかったので『錬金術室』に行く事にする。

影従魔ルキウスがこちらを見たが直ぐに戻るので良いと言うと頭を下げた。

『錬金術室』に触れて魔力を流し、中央の『開』にふれると扉が消えて影だけになった。その中に入って行くと転移先に出た。


背後の影が消えると扉と同じ紋様があった。『錬金術室』の代わりに『拠点』と書いてある。




















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