第25話

アルメラさんは他のスプーンで巣から蜂蜜を掬って舐めていた。ニンマリとしている。

「少しくらい良いじゃろ?」


蜂蜜は疲れを取ってくれるというから良いけどね。こうやって置いておけばマタギさんも気づくだろう。一応紙にメモして残しておく。

蜂蜜を名残惜しそうにするアルメラさんと再び影の世界を通って狩人ギルドに戻る。


お昼ごはんを食べて無いが蜂蜜を甜めたお陰であまり空いて居なかったので、その足でハンターギルド倉庫に行った。もう夕方近いが今度は誰も居ないだろう事を確認して中に入る。

「いらっしゃい、ミリオネアさん」

「こんにちは、魔物を狩って来ました。」


いつも通りハンター証をリネットさんに渡し、ガルドさんに出す場所を聞く。珍しくガルドさんが聞く。

「今日は何を持って来た?」


指定された場所にキラービーを出す。ぽろぽろと落としていくと山積みになった。

「こ、これは!キラービーじゃないか!!」


大人の握りこぶしくらいのキラービーに何で驚くのかと思っているとリネットさんが教えてくれた。

「キラービーはランクCの魔物ですよ!ミリオネアさんはランクDになったばかりでしょ?!」


そんな事知らない。

「川べりの木に居たので取り敢えず出来るだけ狩って来ました。」


呆れた顔でリネットさんが言う。

「キラービーは1匹15000エソで48匹、全部で720000エソ、ギルド分と税金抜いて55440エソね。金貨5枚と大銀貨1枚と銅貨4枚と鉄貨4枚だけど金貨だけ貯めて残りは孤児院で良い?」


おお、キラービー意外と稼ぎいいわ。

「はい、それで良いです。」


呆れられたリネットさんとガルドさんにさよならを言って家に帰った。今日は色々あり過ぎて疲れてしまった。クリーンの魔法で埃を払って着替えて食堂に行くとお母様が食事を終えて立ち上がる所だった。

「まぁ、ミリちゃん遅かったのね」


心配そうなお母様の声に申し訳無さで一杯になる。

「ごめんなさい、ちょっと色々あって。」


そう言うと部屋に帰ろうとしていたお母様は座り直して、あたしの夕食を指示して、自分の分の紅茶をメイドにお願いする。これはちゃんと話した方が良いな観念する。


まずは狩人ギルドのアルメラさんに自分の事がバレた話をした。お母様はそんなに驚かなかった。いずれはバレる事は分かっていたらしい。

それからアルメラさんの種族属性という魔法属性『光』とスキル『化身』の話をする。これもお母様は知っていたみたいでそれ程驚かなかった。

キラービーというレベルCの魔物を狩ったら結構な稼ぎになった事を話す。お母様は少し青褪めたがスキル『影』の力で危険も無く狩れて居ると言えば安心してくれた。

それからアルメラさんから聞いたアントウーヌの魔女の話をする。この話は聞いたことが無かったようでとても興味深そうに聞いてくれた。

「アントウーヌ、アントウーヌねえ・・・そう言えば薔薇の苗の産地の近くにそんな森があると聞いたわ。」


それって、リリスお姉ちゃんのボアン子爵領じゃないか?お母様にそう言うと「そうだったかも」と答えた。これはリリスお姉ちゃんに会いに行かねば!


それから凄く言い難かったが昨日のマクシミリアン騎士団長の事を話した。お母様は両手をテーブルに付けて立ち上がった。勢いでテーブルの紅茶が少し溢れる。

「あ、あたしは変わったハンターとして扱われただけだから!大丈夫!」


お母様の耳にはあたしの声が届いて居なくて叫んだ!

「何てこと!!ミリちゃんを叩くなんて!許せない!」

「お、お母様、落ち着いて下さい!」

「ダンダン伯爵家の騎士団長マクシミリアン•ズゴーね?」


あの暴力野郎はズゴーと言うのかと場違いな事を考える。

「噂では知ってだけど、許せないわ!正式に抗議しておきましょう!」


そう言ってやっとお母様は座った。メイドが慌ててテーブルの上を片付けて紅茶を置くと一口それを飲んだ。

「ダンダン伯爵家の者がミズーリ子爵領で探りを入れているのは分かっていたけど・・・」


お母様の様子からあたしはブラク村の件はどうなったのか聞いてみた。

「それがねぇはっきりしないのよ。何処かの手の者による組織だった襲撃なのは分かって居るけど背後に居るのは・・・まだ、不明ね。」


お母様には心当たりがあるようだが証拠が無いようだ。だから、あたしに手伝える事は無いようだ。

あたしは思い切ってお母様に伝える。

「お母様、あたしリリスお姉ちゃんのボアン子爵領に行って見ます。」

「休みも少ないのに帰って来られるのかしら」


懐疑的なお母様にあたしは自信を持って言う。

「大丈夫です。スキル『影』で短縮して行くし、お母様にも話した派生スキル『影探索』を使ってリリスお姉ちゃんを探します。」


不安そうだったお母様もあたしが力強く言う事で何とか納得してくれた。でも、幾ら短縮出来ても数日はミズーリ子爵領を離れる事になる。



翌日、あたしはいつも通り朝食を食べた後にハンターギルドに向かった。今日出掛けるとお母様に伝えてあるが出るときは声を掛けてねと言われていた。お母様は朝からお父様の執務室で書類の仕事だと言う。


影の世界を通ってハンターギルドに行くとリネットさんしか居なかった。

「ごめんね、今日は仕事おやすみ・・・ううん数日は仕事にならないわ。」


ガルドさんが居ないなんて何があったのだろうか。ギルド内部の話だからと話したがらないリネットさんに強引に聞くと昨晩ガルドさんが暴漢に襲われたのだそうだ。

襲ったのはハンターギルドに所属していたハンターで素行の悪さでハンター証を取り上げられ数年前から姿を消していた男のだと言う。ガルドさんとも素材の価格などで衝突していて恨みを募らせていたのだろうと言われていた。

男は逃げた後でまだ見つかっていないがハンター達が探し回っているらしい。

ガルドさんの傷は深く、片手を完全に斬り落とされ腕を持ち去られてしまったらしい。命はあるが腕が無ければ仕事を続ける事が出来ない。細かな傷は自分でも治癒出来ていたが心の傷は深い。今はギルドの秘密の場所で保護されているらしい。逃げている男に再び襲われないとも限らないからだ。

「ミリオネアさんも気をつけてね」

と優しく注意された。


ガルドさんの事は気になるが自分の用事を伝える。少しの間ミズーリ子爵領を離れるので魔物の納入が無くなる事を言うと寂しそうにリネットさんは呟いた。

「丁度良かったわ」


こんな事は丁度良くない。そこへハンターギルドの職員らしき男の人が飛び込んで来た。

「リネット!ギアンが捕まったぞ!」

「え?見つかったの?」

「いや、ギルドに自首してきたらしい。リネットも来い!」


リネットさんがあたしを見た。あたしはどうするのかという事だろう。あたしもガルドさんの人生を滅茶苦茶にした人に頭に来ていた。頷くとリネットさんが言った。

「分かったわ、ミリオネアさんも一緒に」


ギルド職員の人にリネットさんと一緒に付いていく。何となくリネットさんがあたしの手を繋いでくれた。きっとリネットさんも不安なのだろうと思った。

何気にハンターギルドの正面の扉を開いて中に入るのは初めてだ。中は広々とした空間なのに沢山のハンター達が居た。奥側が受付になっているらしくそちら側にギルドマスターのブルマントさんが見えた。裸ベストの姿はなかなかに異様だ。その前にギアンという犯人がいるらしいが人が一杯で見えないし、近づけない。

リネットさんが手を引いて壁側にずれて行くと少し高い段になっている場所に連れて行ってくれたお陰で少し顔が見えた。

笑っていた。ヘラヘラそのギアンという男は笑っていた。周りを屈強なハンター達が囲んで今にも殴り掛からんばかりの形相なのに笑っていた。

「おいおい、タコる積もりかよ。自首すれば手は出せない筈だろ、ギルマス。」


ギアンという男は短髪青髪黒目で部分鎧を着て腰には片手剣を下げて居るようだった。良く見えないけど。

「そうだな、ギアン。規定ではそうなってるが、なに、この密集具合だ、肘が打つかり合うくらいあるだろ?」


ニヤリとギルマスのブルマントさんが言う。

「てめぇ、それでもギルマスかぁ!」

「このイキリ立った連中を見ろよ。おめえが再起不能にしたガルドの仲間だぜ!」


ギルマスのブルマントさんもギアンと言う男に憤慨しているようで今にも殴り掛かりそうだったが入り口から声が掛かった。

「済まないがそのギアンと言う男は私が貰い受ける。」

入り口が開け放たれ、騎士が扉を押さえると真ん中を銀髪碧眼で身長170cmの長身の騎士が入って来た。ダンダン伯爵家騎士団長マクシミリアン•ズコーだった。


「良かろうな、ブルマント•ワイトギルド長」

ブルマントさんが目を剥く。

マクシミリアンが歩くとハンターが避け、ギルマスまでの道が出来た。


「何を、言ってやが・・・言ってるのです。このギアンはハンターギルドの職員を襲った犯人だ、す。こ、こちらが捜査する権利がある。」

「そのギアンという男は我がダンダン伯爵領で犯罪を犯して来た者です。ずっと追っていたら都合の良いことにここで見つけられたのですよ。」

「そんな・・訳がありや・・訳が無い!」

「どちらの方が指揮権を持っているか、ご存知でしょう、ブルマント•ワイトギルド長。」


同じ騎士だが、伯爵家騎士団長と子爵家騎士では地位が違った。憤懣やるかたないがブルマントさんは頷かない訳にはいかない。その為黙って俯いてしまった。

この様子をハンターのみんなは固唾を飲んで見守っていたがひとりだけニヤついた男が居た。ギアンだった。なぜ喜べるのか。ダンダン伯爵家での調査などハンターギルドでの調査以上に苛烈な筈だ。

ブルマントさんの返事が無いのを良いことにマクシミリアンは顎をしゃくって部下達にギアンを囲ませ、身を翻してハンターギルドが出ていった。ギアンは縄で縛られる事なく連れて行かれ、外の車輪付きの檻に入れられた。マクシミリアンが乗った馬の後を騎士のひとりが馬に乗って檻を引いて大通りを抜けて行く。

外に出で様子を見ていたリネットさんとあたしはあまりの用意の良さに不信感を募らせた。

「・・・おかしいわよ。」


リネットさんの呟きはハンター全員の気持ちだったろうがどうしようも出来なかった。


モヤモヤした気持ちのままリネットさんと別れた。ガルドさんの見舞いも考えたが何も出来ない。むしろアントウーヌの魔女の家に行けば幻の秘薬ポーション『エリクサー』が手に入るかも知れない。そっちのほうがまだマシだろう。


ギルド建物の影から影の世界に行き、この街で一番高い鐘楼に登って現実世界に戻る。マクシミリアン達が向かった南の方向を見ると遠くにマクシミリアンの馬と馬に引かれる檻が見えた。見ていて何が変わる訳でもなくモヤモヤを抱えたままだ。


ミリは惹かれる思いを振り切って影の世界に行き、北を目指した。まずは王都に向かうのだ。

王都にはエライザ学園がある。寮に行けばリリスお姉ちゃんの私物が置いてある。それの魔力を確認してから『影探索』を使ってみるつもりなのだ。

一応、ボアン子爵領は王都よりも西のデサリータ侯爵領近くにあることは分かっている。大まかにはその方向に向かうがスキルの派生が出来ればなお良しと考えていた。


影の世界を跳びながらお腹が空いてきたので一度、現実世界に出て森に近づく。影の世界に保管してあるまるパンやお菓子を食べながら魔物を探す。森ねずみや一角うさぎを狩るつもりなのだ。ハンターギルドで稼いた金貨は使うつもりは無い。狩りをしてそれを売ることで路銀を得るつもりだ。

程なくして森ねずみと一角うさぎを1匹づつ狩ることが出来た。影の世界に入って更に北に向かうと夕暮れになる前に王都の城門が見えてきたので現実世界に戻り、歩き出した。


城門には王都に入ろうとする人達が列を成している。列の長さから30分程度で入れると見積もって並ぶ。近場の人達と他愛の無い話をしていると順番が来た。懐のハンター証を出して見せる。門兵はちらりと見ると通って良いと素振りを見せる。仮面を被った女の子出戻り姿はハンターだから不審には思われない。


そのままエライザ学園を目指しながら途中にあったハンターギルドに立ち寄る。夕方が近いせいかあまりハンターは居なくて受付嬢が書類整理していたので声を掛けて、買い取りの場所を聞く。するとギルド建物の隅を指示されたのでそこに居た男に声を掛けた。

「一角うさぎと森うさぎを買い取って欲しい」


男がみせろと言うので腰の袋を広げて中の影から出した。この袋はアイテムボックスの代わりだ。影からいきなり出して狩人ギルドのアルメラさんみたいに驚かれては大事になるからだ。ちょっと男は驚いたがあたしのハンター証を受け取って処理してくれた。

「ランクDだから税抜きで6570エソだな。入れとくか?」

「いえ、硬貨でくれ」


銀貨6枚と銅貨5枚と鉄貨7枚を受け取る。言葉がぞんざいなのは丁寧だと反って不審に思われるからだ。

ハンターギルドを出て近場のパン屋でパンを買う。果物屋でリンガの様な果物も買っておく。全部アイテムボックス代わりの袋から影の世界に入れて仕舞う。

暗くなる前に影の世界に行って寮を目指す。寮には警備だけで他に人は居ない筈だ。しまっている門や扉を抜けて自室に入る。まだ少しだけ陽が残っている。

リリスお姉ちゃんのベットに座る。凄く懐かしく感じる。横になってリリスお姉ちゃんの魔力を感じようとするとリリスお姉ちゃんの匂いがする。何故か涙が出た。

そのままの姿勢で影の世界から買ったパンを食べた。















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